東京メトロの30代の男性駅員が昨年、駅の業務用端末を使って、ストーカーの標的にしていた30代の女性の乗車履歴を引き出し、インターネット上に公開していたことがわかった。女性から被害の申告を受けた東京メトロは昨年3月、駅員を懲戒解雇した。
女性によると、駅員は2009年ごろから、帰宅時に女性の勤務先で待ち伏せるようになった。食事などにしつこく誘われ、夜道で尾行されたこともあった。
女性は、氏名や生年月日を登録する記名式のIC乗車券「PASMO(パスモ)」を使っていた。昨年2月、ネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」で自分の乗車履歴に関する投稿を発見。自宅の最寄り駅など約1カ月間に利用した首都圏の9駅と乗降した日付、利用したバス会社名などが書き込まれていた。
うち1駅はラブホテル街に近いとして、男性と性的関係を持ったのではという事実無根の内容も書かれた。女性の名前はなかったが、事実上個人を特定できる内容だった。駅員は女性を一方的に知っていたという。
警視庁にストーカー被害として相談し、東京メトロに申告。駅員は会社の調査に、駅改札の端末で女性の乗車履歴を3日間で計10回調べ、自宅でネットに書き込んだと認めた。
女性は被害の拡大を恐れて転居。昨年12月、東京メトロと、パスモを運用する会社「パスモ」に慰謝料や転居費、2ちゃんねるの投稿の削除を申し立てるのに必要な法的費用などを求める損害賠償訴訟を東京地裁に起こした。女性は「駅員が簡単に乗客のプライバシーを知ることができるとは知らなかった。本当に怖い」と話す。
警視庁が駅員を呼んで注意した後は、女性の前に現れていないという。
東京メトロは昨年1月下旬、氏名と生年月日を入力すれば、記名式パスモを使うすべての人の乗車履歴を見られる機能を駅端末に導入し、駅員は直後に悪用していた。今回の問題発覚後、閲覧可能な端末を駅事務室内のみに制限した。
東京メトロ広報部は「1人で複数のパスモを使う人など、紛失したカードの特定が難しい場合の対処に必要な機能。事務室内は他の駅員の目があり、悪用は難しい」と説明する。
東京メトロでは07年8月にも、浅草駅に勤務する男性社員が駅事務所の端末を使い、知人女性の名前と生年月日、電話番号を画面に表示して撮影した画像を自分のブログに載せたとして、懲戒解雇されている。
■14社「基本情報、駅で検索可」
IC乗車券は、カードに現金を入れておけば自動精算できるうえ、記名式なら紛失しても再発行し、残額を引き継げる。2001年のJR東日本を皮切りに広がり、東京メトロは07年に導入。13年春にはパスモを含む全国10のカードの相互利用が始まる。
朝日新聞が、東京メトロをはじめ北海道、関東、東海、関西、福岡の計21社に社員が乗車履歴を自由に閲覧できるか聞いたところ、東京メトロを除くJR東日本、東急、小田急など19社は「IC乗車券が手元になければ見られない」と回答。うち関東の1社は「著名人の名前などをいたずらに検索できないようにしてある」と話した。
残る南海電鉄は「本社の端末で表示できる」としたが、16桁の会員番号と5桁プラス12桁のカード番号が必要で、自由な閲覧は事実上不可能だとする。
だが、氏名、生年月日、電話番号、定期券利用区間といった基本的な情報については、14社が「IC乗車券がなくても氏名などの入力で駅端末から検索できる」と答えた。このうち7社は相互乗り入れなどをする他社利用者の基本情報も閲覧できるとした。
名古屋市営地下鉄や名鉄などが加盟するmanaca(マナカ)の場合、氏名と生年月日、性別を入力すれば、その他の基本情報が駅端末から閲覧できる。名鉄社員が地下鉄利用者の情報を見るなど、相互検索も可能だという。
国土交通省鉄道局は、各社の個人情報の取り扱いを「把握していない」という。
個人情報保護にくわしい岡村久道弁護士は「便利さと引き換えに個人情報を渡す傾向が強まっているが、一つ間違えば犯罪に結びつく。乗車履歴の閲覧が本当に必要なのか、東京メトロは再検討の余地がある。利用者も必要がなければ記名式のIC乗車券の使用を避けるなど、みだりに個人情報を出さないという自覚が必要だ」と話す。(神田大介)