肆拾肆/
ゴブリンの集団に出会ったとき、必ず一名の死者が出る。
コボルトの集団に出会ったならば全滅すら覚悟しなければならない。それがアタシたちの常識だ。
塔に入れば死者が出る。だから見つからないように、隠れながら探索を行い、塔や敵の情報を得る。運がよければ開いたままの武器庫などを発見し、装備、道具、消耗品を入手する。そして、底をつきかけているパラメーターアイテムを消費しながら力を蓄える。
「姐さん。前方からゴブリンが来ます。巡回に鉢合わせたっぽいっスね」
「……伊藤、どうだ?」
ゴブリンとの遭遇があることを教えてくれた伊藤に問いかければ、伊藤は武器を片手に笑みを作ってくれる。
「大丈夫っス。覚悟はできてるっスよ」
「よし、行けッ!!」
「はいッ!!」
≪法の剣≫より逃れ来た連中、塔の攻略に失敗した連中を集めて≪カラミティ・ブルータス≫は作られた。≪法の剣≫の統治主義、幹部以外の意見の反映されないという性質に反抗し、支給品を奪われたものや、奪われる前に逃げてきたもの、運よく支給品を貰ってすぐに街へ向かった者たちなどによって作られたこの組織は、塔に入ってから現実を思い知らされることになった。
敵と出会うたびに人数が減っていくのだ。ゴブリンの戦士たちはまさしく日本という国で平和に生きてきた私たちには想像もつかない存在だった。
躊躇無く振るわれる武器。敵を殺すために考え込まれた陣形。火炎放射器などは使われた瞬間に撤退を考えねばならず。それにしたって殿を用意しなければならない。
塔は、人間に攻略できるものではなかったのだ。
それでも≪法の剣≫から逃げ出した者たちには塔に挑む以外に選択肢はなくなっていたのだけれど。もちろん、そもそも≪法の剣≫と接触していないアタシには奴らの下に行くという選択肢があったが、生来の性質からかそれを選ぶ気にはなれなかった。
――いいか。最下等の兵士であるゴブリンに対するには……
ここに連れてこられてから頭に響くようになった、不思議と不快ではない声に耳を傾ける。敵と遭遇するとアタシたちでもできる戦術を教えてくれる声。
そして、アタシの周りにいる、≪法の剣≫の統治から、いや、この塔を自分たちで攻略しようと集まった者たち。当初20名はいたチームは最終的に非戦闘員すら駆り出し、それも全て殺され、最終的には5名となっていた。
最初から行動を共にしている海雲、アタシに忠実な伊藤、計算高い山県、理解し難い台詞の多い多聞。
そしてアタシ、龍村勝香。
元々、複数の組織の集合だった≪カラミティ・ブルータス≫の元々のリーダーたちも次々と死んでいき、とうとうアタシだけになったのだ。
これが、たった6日。いや、初日は活動してなかったことを考えればたったの5日のこと。
たったの5日で、たくさんの人が死んでしまった。
肆拾伍/
そして、また一人死んだ。
「た、龍村、傷を治療してくれ」
「大丈夫か? 山県、治療を頼む。……多聞。伊藤はッ」
「彼は死者の園へと旅立ったよ。あぁ、勇敢な戦士の魂よ。夢の中でも闘争剣戟の果てと散れ」
「……そうか。伊藤」
未だ一階の探索で、四人になってしまった。アタシたちは半死半生なんてものではなく、既に終わっていた。今も山県が海雲の腕に刻まれた深い刀傷に回復薬を使い、治療を行っていくものの。
(回復薬も、あと少し……)
クレジットは残り少ない、武器のエネルギーは、帰りを考えると心許ないが、ある。パラメーターアップアイテムは、買い戻す当てや入手する方法がない以上は売ることはできない。
「リーダー、どうするんだい? 伊藤君が死んだ以上はもう……。やはり塔の探索より市街で金を稼ぎ、装備類を充実させてからにすべきだったのでは?」
海雲の治療を行いながら山県が意見を出してくる。正論ではある、時間があって、私たちがまともに施設を利用できるならばその意見を採用してもよかったが。
アタシが言う前に海雲が口を出していた。
「馬鹿が。≪法の剣≫に睨まれてる俺たちが街の施設をまともに使えると思うか? バイトなんか割りの良い奴は根こそぎ取られてる。飯をただで食うにも宿舎の出入り口には四六時中人が張り付いてる。だから、ノーマークな宿を使うしかねぇ。おかげで飯代も馬鹿にならねぇ」
「ああ、だがそれがわからない。奴らの思惑はなんなんだ。第一、アタシたちをあんなに堂々と監視してなんになる? 武器屋の買い物も見張られてたけど」
脅威にすらならないアタシたちを見張る敵。……それに、不快を感じながら山県を見る。メガネをかけた商社マン風の男性である彼は、アタシたちに対して失望を窺わせる目を向けていた。
「何だよ。言ってみろ」
「なら言わせて貰う。伊藤君を殺さずに済む方法はいくらでもあったはずだ。どうしてッ、どうしてここまで塔に拘るんだ。僕たちが≪法の剣≫に睨まれていることはわかってる。だが、それでもッ……」
山県が最後まで言うことはできなかった。海雲が怪我をしていないほうの腕で山県の胸倉を掴んでいたからだ。
「アンタ、ちっと俺たちより年上だからって、変なものの見方しやがってッ。伊藤が死ぬ必要はなかっただとッ!! 俺がゴブリン連中と戦ってる間、アンタは何やってたッ。弓構えて、後ろでビクついてただけじゃねぇかッ。てめぇがなッ、もっと戦えてりゃ伊藤だってそもそも生き残れたかもしれねぇだろうがよ!!」
「ぐッ……ッ、だ、だがッ……」
「やめな。海雲」
アタシの声に海雲は舌打ちしながら山県から手を離す。確かに、まともに敵と戦える人物が海雲ぐらいなのも問題だった。我関せずと視界の端で手元の剣を見ている多聞に目をやり、離す。一応は山県より戦えるとはいえ、アタシも多聞も山県よりほんの少しマシ、といったところだったからだ。
伊藤が速度で敵の戦列をかき乱し、アタシと多聞が敵を拘束し、海雲が一体一体を始末する。そして余裕があれば山県が弓で射倒す。聞こえた声が教えてくれた戦術に従い、戦ったものの。伊藤は敵に囲まれ、逃げ切れず死んでしまった。
山県が言うとおり、街で戦力を充実させるのもひとつの手ではあった。あったのだが。
「インテリ。アンタが言うように街で戦力を充実させるのが一番だ。俺だってそれは認めてやるよ。アンタが言ってることは正しい。正しいがな」
海雲は、悔しげに喉を押さえる山県に指を突きつけた。
「そんなもんは時間があったらできることなんだよッ!! 明日か明後日か知らんが、≪法の剣≫は着々と準備を整えてる。近いうちに塔の探索に乗り出す。対して俺たちがバイトして武器を購入し、薬を購入し、そうしてどうなる? 戦力は整った。さぁ、次はどうなる? 塔に入れないんだよッ!! 武器屋を見ろ! 昼間は俺たちが入る余地なんかまったくなかっただろッ。今じゃバイト連中のいない夜中にこそこそ入ってだ。それでも監視みてぇなもんがいる。見張られてるんだよッ!!」
「そんなことは僕だってわかっているッ! だが、だがッ。このままでは犬死以下ッ。なんの意味もなく屍を晒すだけだッ!! 僕たちは上にたどり着けず「いける。頂上には着く」
「龍村?」
「リーダー?」
わかっている。そんなことは、状況は八方塞がり。本来は≪法の剣≫に頭を下げてでも保護を請うのが正しい道なのだと。
だが、それだけはできなかった。私たちが越えてきた仲間の数を思えば、私たちが倒してきた敵のことを思えば。
≪法の剣≫の統治に従うこと。それを思い。さらに、ひとつの感情が自分にあるのを知っていれば……。
――進め。塔を、塔を攻略し、天辺にいるお方に出会わねばならぬ
(ああ、そうだ。アンタに言われなくてもわかってるよ。前の世界じゃ味わえなかったこのリアルな感情。胸の奥がどきどきするんだ。生きてる実感がある。こんなに虚しくならない戦いがあるなんてアタシは知らなかった)
それに、アタシについてきた仲間は嫌々死んだんじゃない。望んだ死闘の末に胸を張って逝って行ったんだ。だから、それを否定する山県に反発が湧きかけるものの――
「ん?」
「あ、お、おまッ」
「あー、何やってんだ? お前ら」
「……?」
現れたのは、不気味な生き物らしきものを二体連れた、妙に小奇麗な男だった。
そいつはまず伊藤の死体を見た。そして、アタシたちを見て、海雲を見て、山県を見て、多聞を見たのだ。
まるで全てを見透かすようなその目にイラッとしたので、睨みつけてみるものの、堪えた様子もない。
しかし、こんな奴、この塔で初めて会った。それにどうして綺麗なんだ。コボルトやゴブリンには遭遇してないのか?
アタシは突然出てきたソイツに釘付けだった。
だから山県が、無言で、値踏みをするようにその男を見ていたことにアタシは、そのとき気付かなかった。
肆拾陸/
出会ったのは、以前、助けてくれた胸糞の悪い男だった。
その背後には以前と装備の変わった不気味な人形のようなものが二体。寄り添うように立っている。
「海雲、知り合いか?」
「前に助けてくれた奴だ。話したろ」
「ああ、アイテムをとられたっていう」
ついでにパシリにされかけた。
「リーダー、この方は?」
「連理貴久、タカぼんと呼んでくれ。よろしく」
俺が説明する前に他の連中に自己紹介してやがるし。
「で、アタシたちに何の用なんだ。そういやアンタ、≪法の剣≫なのか?」
≪法の剣≫。その単語に反応し、身構えてしまう俺たち。
奴らには現在、多くの嫌がらせを受けているからだ。
「だとしたらどうするんだ?」
対する奴はにやにやと嗤っている。四人の人間の敵意に囲まれて、なんら緊張もしていない。
襲ってみるか? 龍村と≪法の剣≫に対する人質にする算段をつけようとアイコンタクトを交わした瞬間、鎧や服の合間合間から赤い肉のようなものが見える人の形をした塊が連理の前に出てくる。
「ああ、三号、お前は下がってろ」
「んだ、てめぇ、ずいぶん余裕だな。ここでアタシらにフクロにされても」
連理はにやにやと嗤うだけ。……冷静になろうと試みる。この反応は、ああ、覚えがある。高校時代に全国で優勝し、有頂天になった俺が試合を吹っかけたときの親父の顔に似ているからだ。
散々挑発して、やっと試合を了承した親父は、
――ほれ、打ちかかって来い
(あのとき俺は、そうだ。負けたんだ。そのときの親父に奴は似てる)
にやにやと、まるで見透かすような目で見てくる連理。そう、奴としてはどちらでもいいのだ。襲われようが、襲われなかろうが。
「龍村。こいつは、違う。≪法の剣≫じゃない。第一、よく考えりゃ、俺らがここで身包み剥がされてもおかしくねぇんだ」
俺がそれを言った瞬間の連理を、俺は一生忘れない。そして、こいつに会う度に必ず思い出す。そう確信した。
その心底残念そうな、つまらないものを見たような顔。
一瞬、ほんの一瞬だけ見えた表情。しかし、それがこの男の本性なのだ。
「冗談だ。冗談。俺は≪法の剣≫じゃない。しかし、」
俺らを見ながらそいつは、呆れたような顔をして言う。
「急がば回れって言葉を知らんのか。あーあー、人間の死体なんぞ散らかしやがって」
「てめッ、「てめぇ、ケンカ売ってんのか!!」
「売ってないって。ほら、可愛い顔が台無しだぞ。お嬢さん」
「うるせぇ。アタシに触んな」
振りほどかれるも、龍村の顔の汚れをハンカチで拭って、満足そうな連理。
そして、連理に触れられた部分を乱暴に袖で拭い、再び顔に汚れを付ける龍村。
それを見て、連理は満足そうに頷くのだった。
(このやろぉ……。確信犯かッ!!)
文句を言おうと声を張り上げようとすれば、龍村が連理に鬱陶しそうに話しかけるところだった。
「連理、だったか? さっさとどっかいけよ。アタシらも暇じゃないんだ」
「奇遇だな。俺も暇じゃない。それに、ここに用があるんだ」
「……連理さん、だったかい? それ、もう少しくわし「山県ッ、こいつは敵だぞッ。話すなッ」
一斉に四人の間に緊張が走った。龍村、多聞は武器を握り、山県は迷っている。俺は、……刀の柄に手を這わせる。
連理の前に先ほど三号と呼ばれていた、肉でできた人形に服を着せたようなものが立ちはだかる。
「どういうことだ? 海雲? こいつは≪法の剣≫じゃないんだろ?」
「思い出したんだ。こいつが≪法の剣≫と仲良くしてんのを見たことあんだよ」
咄嗟に思いついたでまかせを言う。否定されても押し切る気だった。だいたい荷物も取られたし、こいつが何より気に食わない。
その、なんでもできると思ってやがる目が。見透かしたように俺たちを見る目が気にくわねぇんだよ。
「そりゃ同盟組んでんだから仲良くもする。しかし、敵か。お前らの敵は、人間、か……」
敵、という言葉にぶるり、と震えが来た。さっきの連理を思い出す。残念そうな、つまらなそうな顔が、思案にくれている顔が、その暴力性を開放したくて堪らない獣のように見え――
しかし、連理が動く前に龍村が動いていた。
「違うッ!! あたしたちの敵はこの塔の連中と機械人共だ。そのためにアタシらはッ」
「ぅ……」
思わず声が漏れかける。気に食わないという理由だけで戦端を開きかけている自分に突き刺さる言葉だった。
そうだ。連理に戦闘を仕掛けるのは自殺行為だと知っていたはずなのに。自分の軽率な言葉で全員を今、危険に晒している。
対する連理は、当たり前のものを見たような、何かに感心したような表情で龍村を見、そうしてからつまらなそうに言う。
「ふーん。まぁいいけどな。二号、蹴散らして来い」
思わず身構えた俺たちの横をガシャガシャと音を立てて駆け抜けていく、鎧を着た人間のような物体。
それが、走っていく。話かける切欠もつかめず、武器を掴んだり離したりしてしまう俺たち。そして、遠くで響き始める、悲鳴と何かが轢き潰される音。
「響くは悲鳴。殺すは肉の塊なり。優雅さに欠ける」
多聞が何かまた妙な事を言うが、耳には入らなかった。
「で、何だっけか? ああ、俺はここに用事があるわけだから……」
床に腰を下ろす連理。俺たちが囲んで見下ろしている状況なのに、その表情から余裕は消えず。
雁首揃えて連理を見る俺たちに連理は首を傾げた。
「あん? さっきのか? コボルトが接近してるようだったからな。ついでだ」
……なんのついでなのかは聞かなくてもわかった。連理貴久は、たった一体でコボルトやゴブリンの集団を蹴散らすことのできる戦力を二体有している。考えたくもないが、連理貴久自身も同等の戦力を有しているに違いがなかった。
思えば、塔に入っているというのに、この男は汚れひとつなかった。返り血すら浴びず、ここまで来ているのだ。俺たちが全員包帯まみれで血まみれなのに、涼しげな顔で戯言を放つ余裕すらある。
言葉が詰まる。今、俺たちは間違いなくとんでもない生き物と相対していることに、今更ながら気づかされる。
「連理さん、話を聞かせてもらってもいいかい?」
「ん、いいぞ。ああ、そんな堅苦しくしないでもいい。気軽にタカぼんと「山県ッ!! コイツと話すことなんかねぇッ。龍村、移動だ! 多聞も突っ立ってねぇで荷物拾えッ」
「……」
無言でこちらを見る多聞。なんだよ、と多聞を見れば奴は、荷物を拾い。
「風のように逃げねば、きっと奴らに追いつかれるだろう」
確かに、集中すればざわざわと肌に響く感覚がある。ゴブリンやコボルトが接近するとき特有の悪寒に似たものだった。
山県のような青瓢箪にはできねぇが、戦闘に慣れれば感じるようになるものだ。
「ん、本当だ。なんだ、耳が良いんだなお前ら」
ふい、と連理から顔を背けた多聞は先に安全そうな道へと歩いていく。そうだ、それでいい。
龍村は、伊藤の死体の目を伏せているところだった。
俺たちには遺体を持ち帰る余裕がない。今まで死者は例外なく塔に置いて来ていた。
「よく闘ってくれたな。ありがとう」
龍村の祈り。
その光景は見慣れたものでありながら、いつまでも見ていたいと思わせる厳粛さがあった。その一瞬は切り取られ、俺の記憶に永劫残るだろう。そう、感じさせるものが龍村からは溢れている。
先ほどの連理との争いの気配を鎮めたのも、塔に対する姿勢も全てが敬意を抱かずにはいられない、勇気に満ちたものだった。
時折見せる意思の強さも含めて、俺は、こいつに……。
「アタシ達はぜってー、てめぇらには屈しねぇからな」
龍村は龍村を見る連理にそう言うと、伊藤の傍から立ち上がり、荷物を取ってから多聞と同じ方向にスタスタと歩いていく。しかし、途中で顔を怪訝そうに歪めた。
視線の先には、荷物も拾わず突っ立っている山県がいる。
「山県? なんだ、早く準備しろ」
俺がそういっても山県は動かない。慌てて龍村を見れば、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で連理を睨み付けている。
「やりやがったなッ」
「なんのことだ? ほら、山県、だったか? 早くしないと置いてかれるぞ」
からかうような連理の口調にも反応せず、山県は俺達を見、そして口を開く。
「僕はここで抜けさせてもらうよ。残念だけど、君たちにはついていけない」
「ッ、……好きにしな」
宣言に呆然とする俺とは違い、予想していたのか龍村は即座に決断を下した。
俺は、俺は……。裏切られた気分で山県を見れば、奴は俺を見ても罪悪感ひとつ浮かべず、連理の方へと歩いていく。
舌打ちが自然と漏れた。
「てめぇみたいな腰抜けはこっちから願い下げだったんだよ!! 糞がッ。ぐだぐだしてたら押し潰されちまうぜ。てめぇはそこで連理と死んでろッ!!」
逃走経路を改めて確認する。一方だけ開けてあるように気配が手薄な方面へと。
しかし、迫るゴブリンの気配は四方から来ている。こんなざわついた気配初めてだ。まるでモンスターに囲まれているような、こんなのは。
振り返る、なんの緊張もしていない連理と、こちらを睨むように残る、山県がいる。
「ッ。だが言っておくぞ。山県、そいつといると絶対に後悔すんぞ!! そいつは感情のないただの外道だッ!!」
我慢できずにそれだけを裏切り者に告げ、俺も荷物を持って即座に駆け出すのだった。
肆拾漆/
「三号、銃を降ろせ。あれは、ああいうものなんだ」
海雲の捨て台詞になぜか反応した三号に銃を降ろさせる。しかし、あいつも大分荒んだな。最初に感じた体育会系の男臭さがただの乱暴さに変わってしまっていた。
「で、何が聞きたいんだ?」
目を転じれば、こちらへと申し訳なさそうな、それでも何かを必死に見極めようとしている男がいる。商社マン風の背広を着た、メガネの青年だ。ちなみに俺より年上。たぶん24,5歳だと思う。
「まずは自己紹介を。僕は、山県義純。元の世界では南雲財閥系列の企業に勤めている」
「連理貴久。さえない三流大学生だ。タカぼんと呼んでくれるとうれしいな」
「あ、はい。タカぼん、さん……」
腰が低いのか敬意を持ってくれてるのかわからなかった。それに、南雲か。
微かな疑問を無視し、問う。
「それで山県、聞きたいことは?」
「はい。まず、貴方はここで何を?」
「ここで、か。……三号ッ。二号の手伝いに回れ!! 肉は回収しなくていい!!」
ガンマンスタイルの肉人形を時間のかかっている二号の援護に回らせ、俺たちは……あそこがちょうどいいか。
「そこの部屋に隠れるぞ」
「隠れって、いや、そこは開きっぱなしだから隠れても」
「いいから。塔の仕組みのわかってない奴だな」
はい、と力ない声で男はついてくる。しかし顔が悔しげだった。どうにも自尊心というか、上昇志向だか、我が強いのかもしれんな。こいつは。
それはともかくとして、しばらく待つ必要もなく、二号と三号は戻ってくる。
ガシャガシャと金属を合わせた鎧を着ているために音の激しい二号に、音を立てずに流れるように移動している三号。
……内藤に橇を持たせて帰らせたが、二号も同時においていくべきだったかもしれんな。しかし、今回はイレギュラーだ。最大戦力で挑む必要があった。
それに、今回は山県もいる。目的なんぞわかりきっていたから見殺しにするわけにもいかん。
仕方なしに二号と三号に背負わせている背嚢から布の塊を出す。橇から持ち出したアイテムだ。
「おい。手伝え」
「う、うん」
「腰低いな、アンタ。年上なんだし堂々としていいんだぞ。あと、布は鎧の金属があたる部分に噛ませてくれ」
稼動域が狭まるが、音もガチャガチャ言わなくなるはずである。ぐいぐいとつめていくと苦しげな音が二号の口から漏れた。
兜をぱかん、と叩き。黙らせる。
今は速度より、見つからないことが優先なのだ。
肉人形用の追加スキル【忍び足】を購入しとけばよかったとも思うが、っても、口のパーツとパラメーターアップアイテムで強化できるシステムを搭載するだけでもずいぶん金がかかったし。それに装備の分だけでも随分と金が飛んだ。
金、金、金か。どこでも世知辛いもんだ。A.I.連中を騙くらかすわけにもいかんし。
「それで、何をしようとしてるんだい?」
「ん、ああ。ちょっと待ってろ。ああ、布はそのまま続けてくれ」
忘れていた作業を行う。外の遺体に細工を仕掛け、ドアに端末を押し当て、ドアを閉める。同時に鍵も閉めた。一階層の部屋のコードを入手しているので開閉と施錠は自由に行える。
「……やはり」
「ん? なんだ?」
「貴方は、僕達より進んでる」
探索をほぼ放棄してるお前らと一緒にするな、と言ってみたかったが、反発を抱かれても嫌なので黙っておく。そうしてから、言葉を選んで外からの意見を言ってみた。
「例えば、お前らのとるべきだった道としてだ。一人か二人、人物を選び、そいつにパラメーターアップアイテムを集中すればよかったはずだ」
「それは、夢物語だ。みんな、みんなだッ。そんなことは絶対に選ばなかった。彼らは物語の主役に成りたがっていた」
そりゃそうだ。だから俺たちも放置した。そして予想していたとおりになった。≪カラミティ・ブルータス≫を除いて、全てが壊滅した。
「僕達のことはどうでもいい。タカぼんさんは、どうやって「考えたんだよ。山県ァ。お前、俺がただ、なんの考えもなしに幸運だけで進んでるとか思ってねぇか?」
っと、っと、っと、言葉言葉。俺が苦労してないみたいに言われたからって、言葉まで全盛期に戻してどうするんだよ。
肩を縮めてしまった山県に無理やり笑顔を作ってみせる。
「ふ、雰囲気あるな。それが君の素かい?」
「いや、俺はただの三流大学生だ。それで、なんだ。考えたことあるか?」
「例えば?」
「この塔の仕組み。この施設の仕組み。どうしてこんなに遊びが多いのか、とか。そういったことをだよ」
「……いや、思えば、目の前のことに精一杯で、そういったことには」
「だろ。もう簡単に手に入るものは残っちゃいないが、そういったものが最初にはごろごろ転がってたんだよ。ここには」
「それが二号とか、三号とかいうものなのかい?」
「含めて。いろいろとな」
例えば、後でわかったことだが、俺と武満の使っている端末では、能力項目の表示や登録した個人の情報の閲覧など違う点がいくつかある。他の端末は俺の物ほど詳細には表示ができないようだった。
今後は改造も含めて端末の解析を行う必要があるだろう。うまくいけばカタログの部分などにも手を入れられるかもしれない。
また武満たちの根城にしている司令部の傍には複数の使われていない工場のようなものがあったりとか。
既に≪法の剣≫が金で買えるものや動かせるものなどは人をやって入手に動いてしまっているが、このような施設やアイテムがこの街には大量にあったのだ。
それを、こいつらは怠った。塔に行けばなんでも手に入ると思っていたのだ。
一番簡単な切欠である肉人形を最初に確認できていればおそらくそういった考えもできたんだろうが、いや、そこを含めての怠慢か。
「……、耳に痛いな。それで、ここでは何を?」
「死体。人間の死体についてだ」
「……? 死体、かい?」
「この塔で死んだ人間の死体は、どこに行く? モンスターの腹の中か? それとも専門の焼却施設があるのか? どう思う?」
「……焼却施設、かな? モンスターの死体も消えていたし」
「モンスターの死体はほとんどは俺が回収してる。金になるからな。人間のは道具が残ってれば身ぐるみ剥いで放置だ。
そして、人間を焼くような焼却施設については一階層にはなかった。食堂に併設された調理場があったが、人間が調理された形跡もなかったしな」
補足として、モンスターの死体は奴らの共同墓地とも言うべきか、専用の死体置き場があるようだった。俺が残した骨や臓物、解体しなかった死体などはそこで処理がなされているようだった。
死体置き場。入ることはできるようだったが、侵入は身の危険からできなかった。体の芯から勝てないと思わされた敵がいたからだ。それでも、発見した一階のコントロールルームで、監視カメラの映像を見ることで得られた情報を思い出す。
荘厳な、巨大な黄金の十字架の掲げられた室内。そこには祭壇と無数の壷が用意されていた。
そこには不気味な死肉喰い専門のモンスターがいる。しかし、人間を食べているかは確信が持てなかった。死肉喰いに対する扱いはペットや仲間というよりも、信仰の対象として見られているようだったからだ。
丁寧に磨かれた祭壇とその前に鎮座していた巨大な蛇のような生き物。黄金の冠を被ったその蛇は朗々と詠うように唸りを上げ、ゴブリンの死体を丸呑みにし、骨だけを小さな壷に吐き出していた。
それを黒い神官服を着たモンスターが持ち去っていく。
初めて見る宗教色の強い、モンスターの行動だった。
しかし、人間に、敵に対してそれをモンスターが行わせるのだろうか?
疑問だった。奴らにそれを行う情緒があるかは別として、確かめねばならなかった。輩の死体を解体し、売り叩いている敵の同族を奴らが許すのだろうか? そんな厳かな場所で葬るのだろうか?
また、奴らの食事についてだが、食堂らしき場所にレーションの販売機が設置されており。奴らはそこを主に利用しているようで頻繁に使われている様子が見えている。調理場には埃が積もっていたし。調理場は使われていないんだろう。
レーション販売機は壊して凶暴化されても困るので手はつけていないが……。
思考を中断し、山県に対する説明を続けることにする。
「もしもだが、調理せずにその場で食べたとする。それに肉をその場で食ったとして、骨はどこにだ? 放置されている形跡がなかった。ダストシュートに入れられてる可能性もないわけでもないが……」
そこでいくつか推測が出てくる。
以前武満に調べさせたこの都市の物資搬入経路。あれは都市の外部から輸送されているのではなく、この都市内の各工場と地下でつながっていた。また、工場からは材料の生産の為の施設(あいにくとまだ中に侵入することはできなかった。一応、窓からのぞいたら鶏に似た生物や植物のようなものが大量に栽培されていたらしいが)へと繋がっていた。そこから先は未だ調査中だ。生産施設のキーが見つからない以上、調査は当分先になるだろうが。
ちなみに言い忘れていたが、この都市の外は茫漠たる砂漠である。周囲には砂しかない。
そもそも俺たちはどうやってここに連れてこられたのか。テレポートかワープか知らんがそういった技術が使われているのか。
そして、他に外につながるものが、都市内で見つからない以上は。
だからこそ、目的だけはわからないが、死体の行き先が気になるのだ。
ただ処理されていたり、粉々に破壊されているだけならいい。しかし……俺の推測通りなら。
「……今日は、三階層に立ち入るつもりだった。が、ここの様子を見て対応を替えることにした。今日は、少し騒がしい」
「騒がしい? そういえば、確かに。いつもより少し、悪寒が酷いかな」
目を閉じる。閉めた扉の向こう側を想像する。きっと、先ほど龍村たちが感知していた敵がうじゃうじゃいるんだろう。目を開いてレーダーを見れば光点で扉の外は真っ赤に染まっていた。
今日の死体が特別なのだろうか?
「大丈夫なのかい? 本当に……?」
小さな声。扉の外に聞こえないように振舞っているのだろう。俺も山県と同じように口を閉じ、傍の二号と三号を見る。
彼らは動かずじっとしていた。鎧にも布を噛ませているので音を立てる心配はない。正直ここまでやる必要はなかったとは思うが。念には念を入れるべきだった。今更一階層のモンスターに殺される心配などないが、警戒されたらこれからの調べ物が捗らない。
「大丈夫だ。今回は戦うことが目的じゃないからな」
レーダーを見る。赤い光点が死体を持って移動していくのが確認できる。死体に仕掛けた発信機からの情報だ。一個1000クレジット、内藤の装備に密かに仕込んでいるものと同じものだ。武器の機構に仕込んであるから、今の内藤ならば一生気付くまい。
「映像を出すぞ」
三号がいそいそと発信機と同じく、死体に仕掛けた隠しカメラの映像を受信する装置とそれを出力するためのプロジェクターを、二号がそれを映す白幕を壁にセットした所で俺は部屋の電灯を落とした。ちなみにどうしてプロジェクターなのかと言えば司令部の会議室にあったものを、武満の許可を貰って持ってきたからである。
どうしてこんなに準備が良いかといえば、それは単純なことで、≪カラミティ・ブルータス≫で死人の出ていない日はないからでもあった。
それでも今日の死体は反応がおかしかった。初日に、俺が帰るまで入り口に放置されていた死体と違い回収が早いし、俺が感知できるほどにモンスターどものざわめきが強かった。
肆拾捌/
「ポップコーン食う? コーラもあるけど」
「よく用意できたね。……うん、ありがたくいただくよ」
丁度、パイプ椅子があるわけなく、そこそこ頑丈そうな椅子に座る。白幕には移動中の映像が流れていた。
「ゆれるな」
「死体袋はないみたいだね」
両手と両足を掴まれてるんだろうか? 予算の都合からひとつしかつけられなかったカメラからは揺れる天井が主に見えていた。それと、時々ゴブリンやコボルトの手足だ。相当ぞんざいに扱われているようだ。
クーラーボックスから取り出したコーラに似た何かをちゅるちゅるストローですすり、ポップコーンに酷似した何かをむしゃむしゃと食べる。隣では三号が印刷した一階層の地図に、映像を元にして移動ルートを記入している。当然その様子もプロジェクターに映してあった。
移動中のカメラ画像の横にある三号記入中の地図は、死体が順調に移動していることの証明だった。
「……随分奥まで進むな。確かあそこは」
探索しても何も成果の無かった辺りだ。確か、居住区だったか。冷凍睡眠中なのか住民はいなかったが。
「やはり、食うのか?」
「ポップコーンとはいえ、食べてるときにその話題は……」
「あそこは居住区だ。肉を住居に持ち込む理由なんぞ一つだけだろうが。ん?」
居住区を、外れた? 隣の地図を見れば、壁? いや、地図上では壁の中だ。もちろん俺も実際に見て確認した場所である。壁だったはずだ。
「天井との距離ッ。どうなってるッ?」
「距離? あ、あぁッ。下がってるよ」
「階段だ。そういや、画面がさっきより揺れてるしな」
……地下なのか?
「三号、距離が下がった辺り……いや、いい」
明らかに地下に下ったと核心できたあたりで映像は途切れてしまう。
「切れた。電波が遮断されたのかな?」
「だろう、な……」
地下が、あるのか。つまり……確定、したか。
しかし死体なんぞ何に使うのか。武満に、"人間の死体"については回収と解剖の指示を出しておかなければ。
早速、三号に隠し階段の位置を記入させておく。カメラ映像も録画してあるから説得材料も問題ないだろう。武満相手ならば説明は不要だが、あれば探索の足しにはなる。
「なるほど、……な。やはり……」
「やはり?」
「なんでもない。帰るわ。送ってってやるよ」
「あ、あのッ」
何だよ、と見る青年の顔は予想していたものと同じだった。圧倒的な力の差、大いなる知的探求の機会、自らの力が如何様にも発揮できるだろう場所を持っている人物にめぐり合えたことの歓喜、そして、それを惜しげもなく見せた俺への敬意。
そういうものが混じり、こそばゆいものすら感じる視線と共に放たれた言葉は――
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。