ストーリー:橋下氏、野心の源流 破れた革ジャン5万円−−司法修習同期の証言
2012年04月15日
「高校ラグビーの日本代表候補で花園出場経験を持つ橋下は、修習生の中では異色でした。キアンズは遊びのラグビーですが、橋下の既成概念にとらわれない自由なプレースタイルと瞬発力は光っていた」
堀内氏は弁護士になってからも母校の九州大学ラグビー部で2年間監督を務めるなどラグビー仲間を大切にしてきた。同期たちは「数少ない橋下の理解者の一人」とみている。
橋下氏は弁護士登録から1年後の98年4月に大阪市に自らの事務所を構えて独立した。堀内氏は独立したばかりの橋下氏の事務所を訪ねたことがある。
「玄関のドアを開けるとギイーという音がする古い洋館でした。橋下は『松田優作の<探偵物語>に出てくる事務所みたいでしょう』と本当にうれしそうだった。でも、1年での独立は大変だったと思いますよ」
ラグビー仲間たちはある冬の出来事を印象深く覚えている。司法研修所グラウンドで毎年冬に行われていたキアンズの同窓会。独立したばかりの橋下氏が自己紹介パンフレットのようなものを持ってきたという。「広がる橋下ネットワーク」という趣旨の内容。ネットワークには公認会計士や税理士らの名前がずらりと並べられていたという。