HOME  >  消化器いろいろ  >  消化器特集  >  バックナンバー一覧  >  no.576 vol.56「プロトンポンプ阻害剤のこれまでとこれから」  >  NASHからの肝細胞癌発癌

消化器いろいろ

トピックス

NASHからの肝細胞癌発癌

東京女子医科大学 消化器内科教授 橋本悦子

はじめに

 非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis : NASH)からの肝細胞癌(HCC)発癌に関しては、メタボリック症候群の急増によるNASHの増加を受けて、報告例が増えてきている。本稿では、NASHを基盤としたHCCの特徴と予後に関して自験例を中心に概説する。なお、NASHは比較的新しい疾患概念であるため、まず、NASHを概説しその後HCC発癌に関して述べる。

NASHの概念

 脂肪肝は、アルコール性と非アルコール性(non-alcoholic fatty liver disease : NAFLD)に大別される。NAFLDは、内臓脂肪型肥満を基盤にインスリン抵抗性をきたして発症するメタボリックシンドロームの肝病変である。わが国では、食生活の欧米化、運動不足により肥満人口は増加の一途をたどり、成人のドック受診者の約10〜30%がNAFLDと診断される。そして、高度肥満者でのNAFLDの頻度は約80%と高く、糖尿病では約50%、高脂血症では約40%がNAFLDを合併する。NAFLDには、ほとんど病態の進行しない単純脂肪肝と肝硬変やHCCを発癌するNASHの2つの病態が含まれる(図1)。NASHはNAFLD全体の約10〜20%を占めると推定されている1)

図1:非アルコール性脂肪性肝障害
NAFLD(non-alcoholic fatty liver disease)

図1:非アルコール性脂肪性肝障害 NAFLD(non-alcoholic fatty liver disease)

NASHからのHCC発癌の機序

 NASHは、肥満や糖尿病によるインスリン抵抗性を基盤に脂肪肝(first hit)となり、その後、酸化ストレス、炎症性サイトカイン、鉄、エンドトキシンなどのsecond hitが複雑に絡み合って発症する。NASHの病因である肥満や糖尿病がHCCの発癌危険因子であることは、疫学および実験的研究から明らかとなった。さらに、NASHのsecond hitである酸化ストレスは、DNAを直接傷害し発癌を促進する。そして、鉄も発癌を促進する要因となる。また、すべての慢性肝疾患で、肝線維化の進行は最も有意なHCC発癌危険因子で、NASHにおいても線維化が進行すれば、HCC発癌の危険性は高くなってくる。

NASHとHCC発癌

 慢性肝疾患は、線維化の重症度によってその予後はほぼ規定される。NASHも同様で自験例では、軽度線維化NASHではその予後は良好であるが、高度線維化例(bridging fibrosisや肝硬変などの進行例)では、経過観察中HCC発癌や肝不全進行例があり、当院では3カ月毎の超音波検査などの画像診断を含めた経過観察をしている。
 進行したNASH(高度線維化)のうちNASH診断時HCCの合併のなかった118例でのコホート研究では、観察期間の中央値は40.3カ月で11例がHCCを発癌し、5年発癌率は7.6%であった(図22))。死亡は26例で、5年生存率82.8%である。死因では12例(46%)がHCC、7例(27%)が肝不全で合わせて19例(73%)が肝関連死であった。その他の死因は、他臓器の癌によるものが多い。つまり、メタボリック症候群を基盤にNASHは発症するが、進行例の死因は、心血管イベントではなく肝不全となる。

図2:NASH線維化進行例の累積発癌率 n=118

図2:NASH線維化進行例の累積発癌率

NASHからのHCCの特徴

 自験例でのNASHからのHCC発癌例を表1に示す2)。ほとんどの症例は、自覚症状はなく、肝障害の経過観察、あるいは健康診断の超音波検査でHCCを指摘されている。発癌年齢の中央値は70歳(54〜89歳)で、性差では男性が21例(62%)とその頻度が高い。肥満は62%、2型糖尿病の合併率は74%、高脂血症は29%、高血圧は47%で糖尿病の頻度の高いことが注目される。血液生化学検査の各中央値は、AST42IU/L、ALT37IU/L、総ビリルビン0.8㎎/dL、血小板11.7万/μLで、トランスアミナーゼが軽度上昇に留まることには注意を要する。非癌部の肝組織は、高度線維化88%(bridging fibrosis:6例、肝硬変:24例)、活動性は、軽度38%、中等度56%、高度6%であった。AFP高値26%、PIVKA−II高値は38%で、PIVKA−IIでより鋭敏であった。HCCは、single noduleを呈するものが70%で、大きさは12〜80㎜であった。画像診断の特徴は、ウイルス性肝障害を基盤にしたHCCと同様で、超音波検査では、薄い辺縁エコー帯、モザイクパターンなどを呈し、dynamic CTでは、動脈優位相に濃染像が見られ、平衡相で低濃度を呈する。ウイルス性肝障害からのHCCの発生は、腺腫様過形成あるいは異型腺腫様過形成を基盤として高分化型HCCが発生し、多段階的に癌の脱分化による進展過程が存在すると考えられている。NASHでも同様に多段階的発癌を疑う組織所見が認められる。

表1:NASH-肝細胞癌の特徴 n=34

年齢(中央値)
70歳(54〜89)
男性
21例(62%)
肥満
62%
2型糖尿病
74%
高脂血症
29%
高血圧
47%
AST/ALT(中央値)(IU/L)
42/37
血小板(中央値)(万/μL)
11.7
非癌部肝組織
線維化(軽度/高度)
12%/88%
活動性(軽度/中等度/高度)
38%/56%/6%
腫瘍マーカ上昇
AFP
26%
PIVKA-II
38%

 予後は、13例が死亡し、死因は12例がHCCに起因する肝不全であった。5年再発率は72.5%で、手術後8年で再発した症例もあり、NASHの発癌はウイルス性肝障害からの発癌と同様、肝全体を発癌母地とする多中心性発癌であると考えられる。

おわりに

 NASHを基盤にしたHCCの特徴と予後に関して概説した。その特徴は、高齢で線維化の進行したNASHを基盤として発癌し、多中心性・多段階発癌を示し、NASHの予後を決定する因子となる。さらなる基礎的、臨床的研究によって、癌の早期治療と予防法の確立が必要である。

文献

1)岡上武、橋本悦子ら:肝臓学会、NASH・NAFDLの診療ガイド、東京、文光堂、2006年
2)橋本悦子:NASHと肝細胞癌、総合臨床、57巻1699〜1704(2008)

「消化器いろいろ」トップへ 「消化器いろいろ」トップへ

ページの先頭へ