一歩一歩、かみしめるようにマウンドに向かった。両手を広げて、大きく息を吐く。由規がフリー打撃に初登板。昨年9月3日の巨人戦(神宮)以来、170日ぶりに打者に向かって投げた。
「やっぱり、バッターが(打席に)立つと力が入った。力んでバランスを崩したけど、今までは右肩を気にして腕を振れなかったから、力めたことをプラスに考えたい」
結果よりも、全力で投げられたことがうれしかった。相川、飯原、三輪、雄平を相手に、カーブ、スライダーを交えて66球。回転の良い直球で安打性の当たりは5本に抑えた。高めに浮く球が多かったものの、右肩痛からの復帰に向けて大きな前進だった。
ヤクルト入団に導いた恩人も、復活を後押しした。2007年秋のドラフト会議で5球団競合の末、くじを引き当てた古田元監督がテレビ番組の収録で訪問。3つの金言を授けたのだ。
グラブを持った左手を肩のラインよりも下げるフォームに改造中の由規に〔1〕「取り組みは間違っていない。北別府さん(元広島)もグラブを下げていた」。“精密機械”と呼ばれた通算213勝の野球殿堂入り投手の名を挙げ、制球力アップにつながると指摘した。
さらには〔2〕「もう少し緩急を身につけた方がいい。ダルビッシュ(レンジャーズ)だって全球100%で投げているわけじゃない」と指摘。最速161キロの直球だけに頼らない“大人の投球”への変身を希望した。
そのうえで〔3〕「ローテを1年間守ってほしい」と熱望。「そうすれば、リーグの一番上で(最多勝を)争える。うまくいけば15勝できる」と、毎年けがに泣く由規に、シーズンを通じて働くエースへの成長を求めた。
ヤクルトは昨季、首位を快走しながら終盤に急失速。2001年以来のリーグ優勝を目前で逃した。小川監督が「由規の離脱が痛かった」と振り返るように、若き右腕の故障離脱こそが最大の痛手だった。正念場の9月上旬に戦線を離れ、7勝6敗に終わった。古田元監督の指摘を受け、由規は言い切る。
「去年は大事な時期にいられなくて、悔しい思いをした。とにかく1年間投げ続けることを考えてやっていきたい」
実戦復帰は27日の韓国KIAとの練習試合(浦添)に決まった。右手のまめ、左わき腹痛、右肩痛−と故障に泣いてきた日本最速右腕が、復活ロードを歩む。 (長崎右)
(紙面から)