gyoのSF界、気候変動3/3
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さて、今、地球上で、1年間全く風の吹かない場所はありません。風が吹くと言うことは、それぞれに湿度や気温が異なった気団同士が、衝突することになります。この気団が衝突している境界面では、気温や湿度の変動が起き、湿度の高い気団に含まれていた水蒸気が絞り出され、雨や雪となって地上に降り注ぎます。このため、気団の湿度は減少し、乾燥した気団に変わっていくのです。

また、砂漠の増加は、降り注ぐ太陽エネルギーを、気温上昇させる熱エネルギーに変える割合を上昇させます。気温の上昇(地球温暖化)は飽和水蒸気量を、相対的に減少させます。気温が上昇する事は飽和水蒸気量が減少することです。飽和水蒸気量が減少すれば、雨の降る割合が減少します。これは干ばつが起きやすくなることを意味しています。もちろん気温上昇(地球温暖化)は、砂漠の増加だけでなく、工業化による化石燃料などから排出される熱エネルギーも、原因となります。ただし、二酸化炭素などの温室効果によって、地球が温暖化しているとはgyoは考えていません。なぜなら、二酸化炭素の比熱は、水蒸気の比熱よりもはるかに小さいと思えるからです。この様に考えるため、二酸化炭素などの気体が、熱を地表付近に閉じこめ温室効果をもたらすはずがないと考えています。

地表の砂漠化や化石燃料を燃焼することで、人類は気温を上昇させ、上昇気団を大量に生産しています。これは、気団の移動エネルギーを増大させることになります。このため風の強さが次第に増加します。そして気団と気団の速度差が大きい場所では、巨大な空気の渦が発生します。この渦の中では、2つの気団が急激に混ざり合います。そして水蒸気が冷やされる状態がこの中に現れると、台風となり、強風や豪雨をもたらします。

工業化や砂漠化などが進み、やがて豪雨と乾燥を交互に繰り返す割合が多くなり、風が少ない曇り空の穏やかな日は少なくなるでしょう。気団の入れ替わりも多くなるので、気温の変動も激しくなるでしょう。寒波や乾燥で、穀物の新芽は枯れ、放牧した家畜は飼料不足で減少するでしょう。人口増加を続けている人類は、慢性的な食糧不足に陥るでしょう。

食糧不足は、社会不安を招き、各地で紛争が続発するでしょう。そして人類は自ら築き上げてきた文明で、人類の命を絶つのです。第3次世界大戦は、原子爆弾を使った、悲惨なものになるのです。虐げられていた未開発国が、先進国に対して壮絶な戦いを挑んだ結果なのです。そして、地球の歴史も閉じるのです。

後に残るのは、水の干上がった、火星に似た地球なのです。植物がなくなった地球は、火星よりも太陽に近いため異常な高温となり、空気は地球の引力を離れるほど遠くまで上昇してしまい、地球からなくなってしまいます。また水も、強い太陽光線で水素と酸素の気体に分解し、空気の後を追って、太陽の引力に吸い取られていくのです。

きっと人類は、そうなる前に手を打つでしょう。きっと、できると、信じたい。

地球が誕生した頃。

熱く熔けたマグマ状態の地球に、気体成分を多量に含んだ大きな氷の固まりが衝突した。そして地表部分では、跳ね上げたマグマと氷が、高温の地球上で激しく混ざり合った。この結果、地表には植物が根を張れる土と、動植物全ての生命の原料が、多量に、水を含んだ状態で厚く降り積もっていた。この下では、石や金属などが、熔けたマグマ状態から、次第に冷やされて固まっていった。

太陽は爆発直後のため、放出エネルギーは少なかった。このため地球は、水が解けたり凍ったりする温度の0℃前後の温度を保っていた。この0℃前後の水中では、生命の元となる分子が、氷の圧力により、偶然に作り出され、融けた水中で増殖を始めた。この水の中には、生命を成長させる原料が豊富に存在していたのです。

高温状態の中で生命は誕生した、という学者がいます。この学者は、高温で調理すると、生命は断たれるという事実をどの様にお考えなのでしょうか。

太陽が次第に通常の活動を始めるようになった。これと同時に地球の温度も次第に上昇していった。この温度の上昇は10数億年も掛けた、非常にゆっくりしたものであった。この期間に、地球の生命が自立できる仕組みができていった。水面から水蒸気が蒸散していくエネルギーを利用する生命が現れ、やがて植物へと成長していくことになった。細胞が伸縮できる生命体は、やがて動物になった。10数億年の時間を掛けて、水が太陽光線により分解され、酸素を大気中に供給し、残りの水素は地球の引力を離れ、再び太陽へと帰っていった。地球誕生時の高温下では、酸素は全て酸化物になっていたのです。このため地球に酸素分子を供給できる仕組みは、太陽光線による水の分解しかなかったのです。

10数億年掛けて気温が上昇し、現在の気温とほぼ同じになった頃、地表も海もすべて植物や水草で覆われていた。植物は地中や海の水を、蒸散作用によって空中へ水蒸気として供給していたため、空中湿度はとても高かった。この高湿度は、地球を厚い雲で覆い、強い太陽光線を防ぎ、生まれたての、か弱い生命を守っていた。またこの雲は比熱の高い水でできているため、内部を温室のような気温変動の少ない状態に保っていた。これもまた、生命力の弱い動植物を守るのに役立っていた。この温室環境はエベレストの高地にも及び、ここにも生命を育ませていた。この温室状態は、人類が火を手に入れるまで続いた。

人類は、地球がまだ温室状態である時に、突然変異により発生した。毛皮のない素っ裸の人類は、気温変動が激しい状況下発生したとしたら、着衣の知恵がないので、発生後間もなく、体温を奪われ、死んでしまったでしょう。ですから、人類の発生時点では、地球はまだ温室状態を保っていたと考えた方が良いと思います。

そのころの人類の周りには、原生林が広がっていました。そこには未知の恐怖が待ちかまえていました。巨大な大蛇が自分の身を守るため人間に突然襲いかかりました。ライオンが藪陰から子どもを狙いくわえ去ったのです。人類が火を持つ前は、この恐怖に対して、なすすべがありませんでした。しかし人類は火を持った時点で恐怖に立ち向かうようになったのです。ライオンや大蛇が潜んでいそうな藪を焼き払ったのです。火は、このような恐怖に立ち向かう最良の方法でした。そして人類は藪を焼き払いながら、生息地域を拡大していったのです。ただし、この当時、人類は火の取り扱いになれていないため、不注意で度々火事を起こしました。このため、人類の発生場所として知られるサハラ砂漠は、昔は緑で覆われていましたが、今は広大な砂漠となってしまったのです。このサハラ砂漠は、人間の発生の印さえも消し去ったのです。

人類が発生した時点では、底が浅くなった湖に、恐竜が不自由な浮力にもだえながら生息していました。しかし人類が砂漠を作り始めた頃から、地球の気候が急激に変化しました。湖の水が乾燥化のため次第に減少していったのです。このために、恐竜は滅んでいったのです。土に埋まることのない恐竜の死体は、まだ湿度の高い環境の中で、カビの作用ですぐに骨まで腐り、跡形もなくなったのです。やがて気温変動も激しくなり、弱い動植物は次々に絶滅していったのです。

現在でも人類は森林を切り払い、農地化、牧場化しています。人類の食料を得るために、これは仕方のないことです。なにしろ、人口増加は留まるところを知らないのですから、仕方がありません。

巨大な木ほど根を地中深く張り、そこから水を吸いだし、樹体を潤した後、空中へ放出し、空中水蒸気量を増加させています。しかし農地や牧場の、作物や牧草の根は浅く、乾燥が続けば枯れてしまいます。枯れ草の広がる地帯は砂漠と同じ状態になります。

この悪循環を断ち切るためには、人類が協力しなければなりません。未開発国に、現代の工業技術や文明を分け、共有してこそ、真の協力が得られるのです。この状態はやがて人口爆発も止めることができるでしょう。

先進国の一人勝ち状態は、人類の協力を得にくくしています。先進国は、未開発国の安い労働力でできた製品を安く買い、自国で高く売って儲けるのです。この機構は、自国の産業を保護すると同時に、未開発国の自立を妨げているのです。

未開発国にも、自国の労働者に支払っている労賃と同じ額を支払えば、未開発国の経済的自立はすぐにも達成できるでしょう。でも、そうなると、先進国が経済的に不利になるから、先進国は自分の国の労働者に払っているのと同じ高賃金を、未開発国には絶対に支払わないのです。どの国の労働にも同じ賃金を払うという、平等な考えが、資本主義には存在しないのです。この不平等を守ることこそ、先進国が一人勝ちしていく基本なのです。この不平等を守るために、国別の通貨をやめて、世界共通の通貨に変えることは、絶対にしないのです。

先進国に生まれた人たちは、自分がもしも未開発国に生まれたら、きっと悲惨な生活をしているだろう、とか、生まれた国によって労働が差別されるのはいけないことだ、とか、どの国に生まれようとも、同じ文化的な生活ができるようにすべきだ、などとは、絶対に思わないのです。先進国に生まれた幸せを守るため、資本主義を支える不平等な制度を死守するのです。そして国を守るという狭い見方で、生きており、地球の危機には目を向けないのです。

もちろん、自然保護や、砂漠の緑化事業など、経済効果のない事には見向きもしません。そうです、経済最優先から目が覚めない先進国はすべて、自然破壊をしている国なのです。そして気候変動が激しくなり、取り返しがつかなくなった状態に、人類を追いやるのです。なにしろ、人類の欲望は留まることを知りません。人類は欲望に突き動かされているのです。これはどこの国の政府の人間でさえ変わりません。人類のリーダーシップをとると言う考えをする人はどの国の政府にもいないのです。金儲けか名誉欲のために政府の人間になった人たちばかりですから、当然と言えば当然です。

政府の人間は、税金で支払われる自分の給料を減らし、このお金で植林作業政策を進めると言う考えは、まったくしません。僻地で植林作業するのは、嫌われるから、産業や教育、娯楽などを備えた魅力的な、移動式植林作業タウンを作ろうということも、政府の人間は思いつかないのです。植林は様々な種類が混合している方が、そこに生息する動物に、食物を絶えることなく供給できるから、単一種の植林はすべきでない、という考えも、政府の人間はしないのです。経済効率を考えたら、産業に役立つ樹種だけを植林させた方が、良いに決まっている、と言う考えを固守するのです。もちろん、植林したら、そこは人間の進入を禁止し、動植物の保護地区にしようという考えも、政府の人間には、全くないのです。人間が自然を破壊してきたので、人間の手で植林し、自然を回復させようという考えも、政府の人間にはないのです。

だからこそ、非政府組織が地球を守らなければならないのです。先の見えない政府の人間を、リーダーとして頼ってはいけないのです。ですから税金の支払先も、国にするか、非政府組織にするか、国民が選べるようになったのです。

政治献金や汚職を隠すために、個人情報保護法を利用しようと画策している政府の人間は、全く信用できないのです。回収できない国債を発行し続け、最終処理は、国民の貯金で支払おうと考えている政府の人間は信用できないのです。国民の貯金と同じ額の国債は発行できると考えている政府の人間は信用できないのです。国債も回収せず、歳入歳出の金銭感覚が全くなく、利息が払えない銀行が利息を払っている二重帳簿を認め、国債の利息が金融機関や保険会社を救っているのだとうそぶく政府の人間をgyoは信用できないのです。

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