ズボラな俺がギャル子から手紙を渡される話
この世には少なからずボッチが存在する。ボッチになる理由は様々だろうが、俺はボッチはボッチでも2種類のボッチに分けられると考察している。
1つ目──ボッチを克服して、休日に一緒にボウリングやカラオケを楽しんだり、授業などで自然と班を組んだりする友達が欲しいと夢見ているポジティブ思考なボッチ。
2つ目──友達なんて要らないし平気だから、頼むから関わらないでくれと馴れ合いを嫌い孤独を自ら望む一匹狼気質のネガティブ思考のボッチ。
……だが、最近になって俺は新種かも知れない3種類目のボッチを発見した。
そう、この俺──綴有理という男子高校生だ。
俺は友達を作って友情を育みたいわけでも、孤独の中で卓逸した観察力を養いたいわけでもない。適当に過ごせて、無事に卒業できて、適当な感じに進学か就職できればいいのである。この学園に、というか、この島を訪れたのにも理由があるわけではなく単純に自分が産まれた故郷なだけだからだ。
凄く惰性的なボッチ、それが第3のボッチだ! ……あれ、これ別に新種ってわけでもねえな。やだ俺めちゃくちゃ恥ずかしい。
──1日の学園生活でテンションが上がる波があるとすれば、高い波になるのは間違いなく昼休みと放課後だ。今はその昼休みの時間、学園内は購買部や食堂に向かう生徒や弁当箱を持って親しい人と歩く生徒などで活気に満ちている。
空気に溶け込む能力を備えた俺にはどうでもいい話ではあるが、周りが異様に騒がしくなるのは少し許し難い。まぁ、こんな雑音、学園で生活していれば自然と許容できる範囲内になるわけだが。でも騒がしいものは騒がしい。黙れバカどもめ、口ン中にご飯が入ってるのに平然と豪快に笑ってんじゃねえよ、お下品だろ。
「つまりだ、板垣夏希に関する情報が一切手に入らなかったんだ。彼女に関する情報を意図的に隠蔽しているみたいに」
そう言って、俺の机の正面に椅子を引っ張ってきて座っている芝田耀太は蒸しパンを頬張った。台詞だけ聞くと超真面目な話と思われそうだが、会話自体は至って普通。おばはんが世間話する程度の明るさだ。
俺は「ふうん」と微妙な反応を返す。だって実際に微妙なんだから仕方ないよね。
「隠蔽って、誰が隠すんだよ。本人か? それとも風紀や生徒会か?」
学生島の島民であり学生である以上、必ず個人情報というのは生徒会や風紀委員会、教職員などによって管理されているものだ。耀太が言うには、情報があるべきデータベースに板垣夏希の個人情報がなかったらしい。住所や年齢、学歴からスリーサイズまで。
「わかんねっす」
「何かしら隠す理由があるんじゃねえの? ンなこと知る由もねえけど」
「ミステリアスな板垣さんたらス・テ・キ♪ ってかー? マジ俺得過ぎる。でも、収穫は一応あったんだぜ?」
「ハ。なんだよ」
あまり期待せずに聞くとしよう。はー、今日もカレーパンはとても美味しいです。安定の美味しさを褒め称えたい。
「鼻で笑われた、けど有理だからいいや。フフフそれはだなー」
こういう風に勿体振るやつなんなの? 焦らしてるの? 教えたいけど教えてあげないよ的な雰囲気を醸し出してるつもりなの? どちらにしろ、こういうやつ超うぜぇええ!
「カレーパソマソが不人気な理由がわからん。何がアソパソマソだよ」
自分の顔の一部をもぎ取って「食べろ」と渡すなんてキチガイの極みだろ。塩酸かけてやろうか畜生。
「ドライアイってこと」
はいはい、ドライアイドライアイ。あれ目薬ないとキツいよねー。エアコンの風がこっち来ると目の表面がマジでシパシパする。
エアコンと言えば、そろそろ寒さが増してくるだろうし、俺が持つ唯一無二の暖房器具であるこたつの準備しないとならん。
「わかったのはそれだけ。たまたま板垣さんが目薬差すところを見掛けたんだ」
「で?」
「んで、使ってた目薬がドライアイに効くって有名な目薬だったから……。あ、なんかスマソ。睨まんといてください」
この芝田耀太、様々な情報を取り扱う商売モドキをしているからと聞いて依頼したが、大したことなかった。情報網とか駆使してマジぱねえ情報を教えてくれるのかと思ってたら、ドライアイときた。マジでドライアイ。半端ねえなドライアイ。
「もうどうでもいいから別にいいわ。耀太には手間を掛けさせたな、お詫びにコーヒー牛乳を買ってきてくれ」
「ひゃっはー! 任せてよ愛しのMyハニー! 紙コップと紙パックどっちがいいんだ?」
「紙パック」
瞬時に返答する俺。全てにツッコむと思うなよ、全てにツッコミを入れようとすれば、それはそれは疲れるんだからな。マジでめんど臭いよ。
紙コップの自販機は食堂ン中しかないんだよな。紙パックの自販機なら、大体1階にあるから、帰り際とか楽で助かるんだけど。
「40秒で支度しな!」
「いや誰に言ってんだよ。お前が行くんだろ」
「それ、有理に言って欲しかったなと思って」
なんという爽やかさ。秋風はこいつを中心に渦巻いているに違いない。秋の醍醐味、紅葉も耀太を中心にしていくんだろうね。
「……40秒で支度しな」
耀太はパシられているのにも拘わらず満面の笑みで歩いていった。つか、耀太をパシりに使い過ぎな俺マジ面倒臭がり屋さん。
俺も某鬼神ほど性格がひねくれているわけではないので、耀太が楽しみに残しておいた焼きそばパンは食べないでおくことにした。代わりに何食べようかな……じゃあ、フレンチトーストでも戴こうか。
100円しか出費していない俺が、3個目のパンを食べ始めたとき、思わぬ人物が俺に近づいてきて、横に立ち止まった。
執拗に甘ったるい香水の匂いが俺を包み、カレーパンの余味を一瞬にして消滅させる。これぞ瞬殺。
「……なんだっけ、つづ、り? だよね?」
そいつはスカートを平塚よりさらに上げた状態で黒ニーソを履き、素晴らしい絶対領域を我が物にしていた。視線を上にずらしていくと、お次はベージュのカーディガンにブラウスという上半身が目に入るわけだが……うん、見事な実り具合だ。たわわに成長していますって感じ。肩にかかるくらいの髪は明るい茶色に染め上げられ、左側の髪をピンク色の花が2つちょこんと着いているヘアゴムでくくり、サイドポニーという髪型にしている。
はいはい可愛いよー。可愛いですからねー。頼むから話し掛けないで欲しかった。う……頭痛が。
「え、ちょ、無視!?」
声でけぇ……。くっそ、どうして俺に! 話し掛けんなよビッチめ! 畜生、影でボッチを嘲笑ってるくせに! ……あ、話題にすら挙がらねえか。失礼しました。被害妄想が過ぎました。
「……なに」
「え、なんでいきなり怒ってんの?」
「怒ってねえよ」
「や、絶対怒ってるし」
「だから怒ってねえよ。……で、何の用だよ?」
これがギャル子ひとりで、したっぱキャラだから、まだ普通に喋れてる。いつもなら2〜4人で行動してるくせに、何でこいつはひとりなんだ? あっ、もしかしてハブられてんの? うわカワイソー。
「あ、うん。えとさ、これ」
「は?」
手渡されたのは、ルーズリーフを折って折って折りまくられた小さな紙切れ一枚。どこからどう見ても、ラブレター系の代物には見えなかった。
「やっば、綾たち帰ってきちゃった? じゃ待ってるから忘れずに来てよね!」
「……」
「待てよ」とは呼び止めれなかった。
「なんで俺に話し掛けてきたの?」とか「この紙はなんなの?」とか「なんでそんなにおっぱいが大きいの?」とか、聞きたいことが沢山あったけど、手紙みたいなものを渡したギャル子は自分の席だと思われる教壇近くの方へ小走りに行ってしまい、とても今から話し掛けにいける雰囲気ではなかった。
このルーズリーフの手紙(手紙と呼べるか微妙だが)を広げてみれば疑問の幾つかは解決するんだろうけど、ここは俺の推理を少しだけ披露してみよう。
……ふむ。推測では、人にあまり知られたくないことだろう。これは簡単で、普段集団行動をしているギャル子がわざわざ単独で俺に手紙を渡してきたこと。それにクラスの連中もかなり少ない。決定的なのが、先ほどの「やっば、綾たち帰ってきちゃった?」という台詞である。これは仲間に知られたくないという風に聞いて取れるだろう。
現に、さっきのギャル子は既に軍団に加わっており手紙のことなど話題にしていないように見える。よって悪戯や冷やかしの類いでもないようだな、ワトソン君よ。
名前すらうろ覚えなのにも拘わらず俺に接触してきた、というのも、俺が誠実そうで真面目に見えたからに違いないだろうね。
あと、「じゃ待ってるから忘れずに来てよね!」という台詞から推測するに、俺をギャル子が待つというそのままの意味で捉えて問題ないはずだ。……ん? これって、もしかして。
告 白 じ ゃ ね ?
いや嘘、さっきの嘘ね。さすがに告白はないわー。フラグ建てた覚えはない、それに告白なら、もっと、ほら、何て言うか、それっぽい雰囲気とかあってもよくね? さっきの雰囲気は明らかにそれっぽくなかったよ。うん。
……あー、わかった。わかってしまった。
さっきのギャル子……4限目が始まる前に、平塚に話し掛けていたやつだ。
「マジかよ……」
……憂鬱だ。ははっ、マジ憂鬱だ。大事なことなので2回言いました。
あのクソビッチ、俺をからかったり、バカにするつもりだ。平塚との関係を根掘り葉掘り聞き、挙げ句の果てに「生意気〜(笑)」「マジでキモ〜い(笑)」「ボッチとか今どきダサくな〜い?(笑)」とか罵倒されるに違いねえ!
くそ、こういうときは、助けてドラゑもーーんッ! 俺は心の中で助けを呼んだ。
──そのとき、開け放たれた窓から一陣の風が海の香りを乗せながら教室を吹き抜けた。俺は思わず目を細める。
午後の暖かな日射しが差し込む窓際の俺の席では、まるでその風を待ち望んでいたと言わんばかりに、パンの入っていた袋たちが一斉に舞い上がり、ひらりひらりと宙を踊った。
そして、パン屑が、机に落ちた。
「コーヒー牛乳──お待ちどお、だぜ」
国民的狸型ロボットのドラゑもんじゃなくて、ひとりの人間が。
イケてるくせに二次元に全力を注いでいる、芝田耀太が。
目の前に、コーヒー牛乳を持って立っていた。
あーごめん、つまらんよね、無駄にカッコつけたわ、これはガチですまんかった。
「有理お前どうかした? すげー気分悪そうな顔だけど」
「別に」
コーヒー牛乳を受け取り、ストローを差し込んで早速ゴチになります。
「っはー。やっぱコーヒー牛乳うめえわ」
「だなー。給食に普通の牛乳じゃなくて、コーヒー牛乳を出せばいいのにと何度思ったことか」
耀太も俺と同じコーヒー牛乳を飲み、感想を呟く。それ、俺も思ってた。出身地が違っても、思うことは一緒か……。感慨深いものだよね。
「てか、給食じゃなくてバイキング形式にしたら最強じゃん?」
「最強って何がだよ。バイキングなんかにしたら、金銭的にも、教育的にも問題あるだろ」
好き嫌いとか。栄養の偏りとか。
でも、最近では昔ほど厳しくないらしい。まあ色々な事情が複雑に絡み合ってるんだろうと推測する。
俺なんか小学校低学年の頃、給食を全部食べ切るまでずっと給食を食わされてたからね。他はとっくに授業に入ってても、俺ひとりポツーンと給食を広げてんの。先生はずっと睨んでるし、給食は完食できないしで泣きそうだったね。いやー今思い出しても泣きそうになるわ。ま、何だかんだで、その先生には感謝してるんだけど。
「まー、そんな話を今さらしたところで何がどうなるってわけでもないから、何でもいいっちゃあ何でもいいんだけどなー」
耀太は揚々と焼きそばパンにかぶり付き、咀嚼しつつほのぼのと言う。
「ところで、何? その無駄に小さく折られた怪しげな紙は」
「あ?」
耀太に指摘され、そういやギャル子から何か渡されてたなと思い出す。いや別に忘れてたわけじゃない、ただ意識がコーヒー牛乳に集中していて、他のことに散漫になってしまっただけだ。決して数分前のことを忘れてたわけじゃないから誤解するなよ?
「あー、それは」
これは言っていいのだろうか。いや、別に言うほどのものでもないな。
「何でもねえよ」
「おk。それじゃあ、今秋のアニメについて語ろうず」
べらべらと喋り始めた耀太は放置し、手紙を回収してポケットに突っ込んだ。内容はあとで見ればいいだろう。今は、暴走しかけの変態オタクを止めてやらねば。ああ! 友情って素晴らしい!
「おい耀太。オタモードになる引き金を、自分で引いてたら元も子もねえだろ」
「フヒヒ……あ、ああ! うん、そうだ、そうだったそうだった。かたじけのうござりまする」
「これで隠れオタを名乗ってるから片腹痛いわ。おい、そこのムカつくイケメン、口調も直せよ」
「……あ、うむ、かたじけない」
もうお前のキャラがわかんねえよ、何が素の耀太なのか俺にはさっぱりだ! これで私生活もこんなのだったらドン引きだぞ。
やっぱそこらの変態とは格が違うね。軽ーく常軌を逸してるね。つまり最上級の変態ってこと。一々言わせんな面倒臭い。
「んで、やっぱり貧乳には貧乳の魅力が、巨乳には巨乳の魅力がそれぞれあると思うんだ。一概にどの乳が至高、なんて言えねっす」
もうやだ……誰かこいつを止めてくれよ。
イケメンで勉強できてスポーツ万能でリア充オーラを嫌と言うほど振り撒いている人気者耀太が女子の胸があーだこーだ言っても、さほど女子にキモがられることはないだろうけどね。根暗で地味で不人気者な俺にとっては死活問題なんですわ。言動のひとつひとつがクラスメイトからキモがられないかどうか冷や冷やするんだよボケ。少しくらい声のボリュームに気を遣ってもいいだろ。マジでリア充は爆発しろ畜生!
……いかんな、冷静さが取り柄の俺が冷静さに欠けてどうする。ダメだろ落ち着けひっひっふー。
「お前はもう少しTPOを考えろっつうの。好きなキャラ語るのは自宅だけにしとけよ」
「好きなキャラなんて、両手で数え切れないほどいるから無理だぜ」
数が多いからって、それが無理という結論に繋がる意味がわからん。
あと頼むから俺に向けて微笑まないで欲しい。鳥肌立つだろ。
「中でも最近のイチオシは──ヤバい! なんか、みなぎってきた!!」
「お前はお願いだから周りの視線を気にしてくれ」
あ、いや待て。……そうか。耀太と必ずしも一緒にいなければならないなんて必要性はないんだ。だったら俺がこの変態から離れればいいんじゃね? これマジでナイスアイディア。
しかし、耀太の狂ってるとしか思えない言行はまだまだ続くのであった。
「ルイズ! ルイズ! ルイズ! ルイズぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!!ルイズルイズルイズぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくん。
んはぁっ! ルイズ・フランソワーズたんの桃色ブロンドの髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!!
間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ……きゅんきゅんきゅい!!
小説12巻のルイズたんかわいかったよぅ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!!
アニメ2期放送されて良かったねルイズたん! あぁあああああ! かわいい! ルイズたん! かわいい! あっああぁああ!
コミック2巻も発売されて嬉し……いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!! コミックなんて現実じゃない!!!! あ……小説もアニメもよく考えたら……
ルイズちゃんは現実じゃない? にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! ハルケギニアぁああああ!!
この! ちきしょー! やめてやる!! 現実なんかやめ……て……え!? 見……てる? 表紙絵のルイズちゃんが僕を見てる?
表紙絵のルイズ゛ちゃんが僕を見てるぞ! ルイズちゃんが僕を見てるぞ! 挿絵のルイズちゃんが僕を見てるぞ!!
アニメのルイズちゃんが僕に話しかけてるぞ!!! よかった……世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!! 僕にはルイズちゃんがいる!! やったよケティ!! ひとりでできるもん!!!
あ、コミックのルイズちゃああああああああああああああん!! いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあアン様ぁあ!! シ、シエスター!! アンリエッタぁああああああ!!! タバサぁあああ!!
ううっうぅうう!! 俺の想いよルイズへ届け!! ハルケギニアのルイズへ届け!」
じゃあな耀太。残り時間ひとりで狂ってろ。つかコピペまる覚えって……溜め息すら出ねえよド変態。リサイクルショップにでも売られとけ。
俺はコーヒー牛乳の紙パックをお供に、この変態とは関係ないですよ〜という空気を発しながら、そそくさと立ち去った。
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