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十五話
 ユキちゃんが泣いている。
 ユキちゃんの家の前でしゃがみこんでしまい、肩を震わせながら顔を伏せった。
「私……嫌だよ……もう嫌……」
「何が嫌なんだよ……?」
 タダっちはユキちゃんの隣にしゃがみこみ、横目で見つめる。
 手のひとつでも握ればいいのに……タダっちは純情すぎて、そういった事をしようともしない。
 タダっちは、理性の塊のような人間だ。それなのに「怒り」という一面では、すぐに我を忘れる。
 いや、違う。ユキちゃんの事に関する怒り限定だ。
 一体どういった気持ちで、接しているんだろう、二人とも。
 僕には無い感情なのだろうか。
「私のせいで二人が……」
「いいっつってんだろ」
「良くないんだよ……そう言ってくれる度に……私の胸が、痛くなる……」
 僕は、ただ立っている。
 二人を守る事以外、僕に出来る事は無い。
 ユキちゃんを救う事は、タダっちの仕事。
 僕は、その領域に立ち入ってはいけない。
 だから、僕の足は歩き出した。
 ゆっくりと、自分の家に向かって、歩き出した。

「許せない」
 僕はつぶやいている。
「許せない」
 一人でつぶやいている。
「弱者をいじめて笑い飛ばすのがお前たちの信じた道か。努力もしないで、腐ったやり方で優越感を得るのが、お前たちの選んだ道か」
 僕は走り出した。
「腐りやがって。腐りやがって」
 姉貴。
 姉貴は、一人で耐えていたのか?
 それとも少しは爆発したのか? 最初のうちは信頼できる人とかいたのか?
「姉貴ぃい!」
 僕は叫んでいた。
「姉貴よぉ! お前は何を望んでいた!?」
 僕の足は、さらに加速する。
「僕が去年の冬に暴れた時、それを見て少しは気晴らしになったか!? 僕という完全強者にねじ伏せられていく同級生を見て、優越感に浸れたか!?」
 加速する。加速する。
 風を通り抜け、自転車を追い越す。
「畜生! 畜生! 悔しい! 悔しい!」
 この世には、この先が何故、無い?
 イジメられたら、悲しい。守っても、先が無い。復讐をしても、虚しい。
 つまる所、僕らに残されたものは「悔しい」という言葉だけ。
 じゃあイジメられた方には、その先が無いって事か?
 それともイジメられた事を忘れて、幸せになれって言うのか?
 心が闇に侵食されても、幸せになれと?
 もし闇に侵食されたままだったら「甘えてる」? 幸せになれないのは「自分のせい」?
 そうなのか?
 じゃあイジメられた事も無く、今幸せに過ごしている人に、今後それに見合うほどの苦しみが訪れるのか?
 答えはイイエだろう。
 何も考えず大人になった人間が多い。
 そしてそれがいわゆる「一般」だ。
 だったら、採算が合わないだろう。
 ユキちゃんが置かれている立場。
 それに関わっているタダっち。そして僕。
 全然、合わない。
 何故こんなにも試練を与える?
 タダっちに、ユキちゃんに、僕に。
「試練を与えるのは結局人間じゃないか! なんとかするのは、結局僕達じゃないか! 結局は人間じゃないか!」
 僕は実家のドアに肩からぶつかった。
 ドスンという音がして、僕の左肩に鈍い痛みが走る。
「は……は……」
 全速力で走ったのは、いつ以来だろうか。
 とてもとても、疲れている。
 肩の痛みも、案外大きい。
 相当な速さでぶつかったのだろう。
 僕は玄関先でうずくまった。
「は……かは……」
 苦しい。苦しい。
 痛い。痛い。
 助けてください。助けてください。
 僕を助けてください。
 僕を導いてください。
 僕はどうすればいいんですか?
 僕はどうすればいいんですか?
「がぁ……いてぇ……」
 肩が動かない。
 足も疲れて震えてる。
 無力。
 無力。
 耐える事を強要する事しか出来ない。
 結果それが守る事になっているのだとしても。
 なんとも出来ていない。
 むしろユキちゃんに悲しみを抱かしている。
 もしかしたら、闇すらも……。
 本当にこれが正しいのか?
 タダっちを暴れさせない事って、本当に……。
 解らないよ。解らないよ。
「痛い……痛いぃ……」
 どこが痛いのかも解らなくなった。
 だけど僕は、痛みを感じている。

「腕、捻挫だと思う……」
 彩子さんが悲しそうに僕の腕を見つめている。
 優しく撫でて、そっと寄り添った。
「痛いよね……痛い……」
「今はそうでも無いですよ」
 僕は左腕を少し動かし、彩子さんを心配させないよう笑いかけた。
 それでも彩子さんは笑ってくれない。一瞬だけ僕の顔を見て、再び僕の左腕を見つめる。
 青く変色した、僕の肩。確かに見ているだけで痛々しい。
 痛くない訳が無い。実際、物凄く痛い。
 動かすだけで骨がきしむようだ。
「ケイちゃん……あの時は信じるって言ったけど」
「うん」
「また壊れそうで、私、怖いよ……」
 また、壊れる……。
「大丈夫ですよ。僕は壊れたりなんかしませんから」
 僕はまた、笑いかけた。
 だけどやっぱり、彩子さんの表情は晴れない。
 晴れる訳なんか無い事は、解ってる。
「まだ、鍛えるの?」
「……うん。まだ鍛えます」
「……そっか」
 ごめんね、彩子さん。
 ごめんね。ごめんね。
 謝る言葉しか、思い浮かばなかった。


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