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キョン子ちゃん59
 いろいろなことのありすぎた激動の日曜日は既に暮れ果て、謎の現金を長門に託して俺たちは辞去した。とりあえずは一安心。長門の自宅なら、銀行の大金庫よりも安全だ。さて帰ろうかと思っていると、キョコが言い出した。

 「どうも気がかりなことが一つある。戻ろう。」

 現金鞄を引きずってきた経路をそのまま逆に辿り、俺たちはもとの駅に舞い戻った。いつもの集合場所に通じる改札を通る。と、キョコが呟いた。

 「やっぱり。」

 切符の自動販売機の設置されている通路に、とっくに帰ったとばかり思っていた橘がいた。料金表を見上げ、ぼんやりと突っ立っている。やがてふらふらと販売機の前に立ち、ポケットから財布を取り出した拍子にパスケースを落とし、全く気がつかずに千円札を販売機に投入、切符を取ってお釣りを取らずに去り、改札口では左手に持った切符を隣の改札機に投入、そのまま通ろうとして通路を塞がれて茫然と立ち尽くし、おりからそれを見ていた駅員に改札を通して貰えたものの、駅員の差し出す切符に目もくれずに立ち去ろうとしたため呼び止められ、渡された切符を持ってホームに降りたところにやってきた列車にふらふらと乗り込んだが、ホームの放送はこの列車はこの駅が終点であることを告げ、乗客全員の速やかな下車を促している。さてその間キョン子はといえば、橘のパスケースを拾い上げ、お釣りを取り、俺たちの分の切符を買い直しと忙しく立ち回り、一方キョコは橘をじっと観察、俺と同じ感想を述べた。

 「いかんな。完全にヘロヘロだ。」

 キョコは橘を回送列車から連れ出すと、

 「家まで送っていくよ。」

 ぼんやりしていた橘が反応を示す。

 「大丈夫です。あたし大丈夫です。大丈夫ですから。大丈夫なんです。大丈夫です。」

 テープレコーダーのような虚ろな響き。目の焦点が合っていない。どう見ても大丈夫ではない。キョコは橘の右腕を抱えた。橘はふにゃふにゃと力弱く暴れて逃れようとする。

 「キョン子ちゃん、手伝っとくれ。反対側を押さえて。そう。キョン、悪いが先に帰っててくれ。」

 キョコがてきぱきと言う。なあキョコ、お前、橘の家、知ってるのか?

 「いんにゃ、知らないよ。」

 どうする気だ? 今の状態じゃ橘に聞こうにもまともな返事は期待できないぞ。

 「心配ご無用。」

 やおらキョコは携帯を取り出し、

 「森さんですか? どうも、こんばんは。会議は終わりました? 無事終わった。そうですか。いまお時間よろしいですか? ありがとうございます。実はですね、例の橘さんがショックでふらふらになってまして、家まで連れて帰ったげようと思うんですが。はい。○○駅。そこから? あ、徒歩だと距離がある。そうですか。どうしようかな。え? 本当ですか? それはありがとうございます。よろしくお願いします。はい。了解です。では後ほど。」

 と、森さんから聞き出すというウルトラCを決めた。

 「森さんが○○駅まで車を出してくれるそうだ。ひとっ走り京子ちゃんを送ってくらあ。じゃあキョン、後ほど。」

 そう言うとキョコは橘とキョン子ともども、あらたにやってきた列車に乗って去った。2人に両脇を抱えられた橘の姿は、支えられているというよりは、むしろ連行されていると表現したほうが相応しいようにも見えた。橘はぶつぶつと呟きつつ、弱々しくもがきながら連れられて行った。

 「あたしは大丈夫です。大丈夫なんです。しっかり、きっちり、元気に、きちんと、間違いなく、十分、本当に、ちゃんと、この通り、大丈夫です。大丈夫です。大丈夫です。・・・」



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