キョン子ちゃん60
ひとりでぶらぶらと家路を辿る道すがら、誰かに声をかけられた。振り向いてみるとそれはノゾミさんだった。
「こんばんは。」
こんばんはノゾミさん。また何かあったんですか?
「そう大したことではありませんが、藤原があなた方を悩ませることはもうないと思われますので、一応それだけ、お伝えしておきます。・・・彼とは以前少し話しました。もう時間の問題です。彼は既に、自分の抱いていた夢と希望が、もはや果たされるべくもなくなったことを理解していましたから。」
それだけ言ってノゾミさんは立ち去り、そこから少しで、俺は自宅に帰還した。なんといろいろなことのあった1日だろう! 1人部屋でぼんやりしていると、キョン子とキョコが帰ってきた。橘は無事ご両親に引き渡したとのこと。ご苦労さまだったな。二人とも。
「キョンくんもご苦労さま。じゃあ、お休み。」
お休み、と言いかけて俺は大変なことに思い当たった。おい、キョン子!
「なに?」
俺は頭を指差す。脱色したままだ!
「あ、ごめん、ごめんね。すっかり忘れてた。」
キョン子は眠い目をこすりこすり、欠伸をしながら、俺の頭を黒く染め直す。俺も眠いのはやまやまだが、これをゆるがせにすると、朝っぱらから生徒指導室に連行される運命が待っている。それはいくらなんでも勘弁だ。ハルヒがなんて言うか。
「みんなキョンくんの金色頭が似合わないって言ってたけど、あたしはそうでもないと思うわ。」
キョン子が言う。
「ま、キャラに合ってない、っていうのかな。それに尽きるわね。」
入浴を促され、風呂に入りながら、俺は今日、途方もなく中身の濃い一日を思い返していた。「組織」瓦解! なんといってもそれにつきる。風呂からあがると何か目がさえてしまい、俺はしばらく居間でぼんやりしていた。どれくらい時間が経ったろう、風呂上がりのキョン子がやってきた。俺は尋ねる。キョン子よ、今更ながら、橘は大丈夫なんだろうか。キョン子はだいぶ間をおいて答えた。
「キョンくん、橘ちゃんが佐々木さんについて語るとき、どんな様子だった?」
高揚してたな。・・・俺は思い起こす。甲高い震える声で、佐々木の素晴らしき世界の到来を、幸福そのものの表情でうっとりと語る橘の姿を。
「鬱陶しかったでしょう。」
うん、そうだな、鬱陶しかったな。確かに。石ころでも飲みこんで、それが胃に溜まってるような感じだった。
「わりと強めのうんざり感ね。あの子のその態度こそが、あの子の足元の危なっかしさの傍証というわけ。足元が危ないからすがりつく。この場合は佐々木ちゃんにね。そしてその価値をひたすらに盲信し、純然たる善意ひとすじに、その素晴らしさを語る。・・・価値観が共有されてないことはお構いなしにね。構う余裕がないのだもの。彼女、余裕があるように見えても実は必死なのよ。ただひたすらに、佐々木ちゃんにすがりつくことに汲々としている。杖にすがるようにね。でもその結果、当の佐々木ちゃんにすら鬱陶しがられる始末。彼女が見ているのは佐々木ちゃん本人でなく、理想化された神的な人間像。すなわち、佐々木ちゃんに神たることを強要しているにひとしい。そんな図々しい態度を、しかも無自覚にとっている人たちに同意できないのは、多分、誰の気持ちも同じはず。もちろん佐々木ちゃんもね。現在、彼女はその頼みの杖がいきなり取り払われてしまって、地面に転んでしまったようなもの。立ち上がれるかどうかの問題。あとは彼女ひとりの戦いだから、あたしたちはどうすることもできない。以前言った通り、あたしにもどうなるかわからない。」
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