「拓也達大丈夫かな」
「なんだよヴォラク心配なのかよ」
シトリーが茶化して俺の頬をつつく。
時計の針はもう夜の7時30前。少し時間がかかってるようにも感じる。
44 殺戮の代償
「もう行って3時間近くかかってんじゃん。大丈夫なのかな」
部活が終わった中谷もマンションに来ていた。
光太郎は塾が8時30にしか終わらないらしく光太郎だけは来てないけど。
「でも待ってるのって性にあわないんだよね」
シトリーは笑いながら「そりゃお前はな」って返事した。
どうやら俺たちについてくることが少ないこいつは全然平気みたいだ。
「パイモンもいるし大丈夫だろ」
確かにそうだけど、そうだけどさぁ。
「あ、帰ってきた!」
中谷がベランダを見て、指をさす。
ベランダにはジェダイトが着陸していた。
俺と中谷はベランダの窓を開けてジェダイトに近寄る。
だけど空気は重く、セーレの視線も俯き加減だった。
「おかえり〜。結構時間かかってた……」
中谷は笑って話しかけたが、途中で黙りきってしまった。
どうかしたのかと思い、覗きこんだら俺も固まってしまった。
そこには血まみれでぐったりしている拓也の姿。
「何があったんだよ……?」
声が震える。
そんな俺にセーレは力なく笑った。
『これは拓也の血じゃないよ。全部返り血だ。ジェダイトお疲れ様。戻っていいよ』
返り血ってどういうことだ?
セーレは拓也を担いでジェダイトから降りると、部屋に入ってしまった。
「な、なんだよこれ」
『中谷、話は中でする。とりあえず入れ』
パイモンに促されて俺と中谷はリビングに戻った。
リビングでは拓也の姿を見て、固まっているシトリーの姿。
『シトリー、バスタオルを用意してくれ。拓也を寝かせたい』
「お、おう」
何がどうなってんだよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その場の空気が重い。
中谷なんか血を見て、完全に怯えてしまっている。
拓也は大泣きしたのか、目は腫れて涙の跡があった。
「どういうことだよ」
シトリーは怒りが収まらないかの様にストラス達に問いかけた。
ストラスはそう言いかけて下を向く。よほど言いたくないのだろうか。
苛ついたシトリーがテーブルに拳を叩きつける。
「黙っててもわかんねーだろーが!」
「よせ。主が起きる」
「くそ!」
「ストラス、お前は無理に話さなくていい。俺が話そう」
パイモンは俺とシトリーと中谷に向き合った。
「主が人を殺した」
え、どういうこと?
あの拓也が?俺が拓也を殺そうとした時、逆に俺がやられかけた時でも俺を助けるような拓也が?
いっつも戦うの怖いって逃げまくってた拓也が?
じゃあこの血は……その人間の血?
「誰を殺したんだ?」
「悪魔と契約をしていたのはシスターだった。そのシスターを……」
シトリーの声が震えてる。どうやらシトリーも信じられないみたいだ。
殺したって言うのか?なんで?どうして?
「契約していた悪魔はイポス。あいつはシスターと主2人を結界に閉じ込めた。俺達はイポスの相手で手がいっぱいでシスターは斧で主に斬りかかった。殺さなきゃ主が殺されていた。しょうがなかったとはいえ主は……」
パイモンも心苦しいのか、そのまま顔を伏せた。
「ずっと泣き叫んでいた。人を殺してしまったと、今は気を失ってこの状態だが」
ウソ、嘘だ。
中谷は真っ青になってしまった。
「い、池上が人殺したって嘘だよ、な……?」
「……」
「嘘だって言えよ!」
中谷はパイモンに掴みかかる。
でも否定はしない……沈黙は肯定を裏付けていた。
「うそ……」
中谷はその場に膝をついた。
肩が震えている。
「なんで、なんだよ……」
中谷の目から涙があふれる。ストラス達だって精一杯だったはず、それは中谷もわかってる。それでも言葉は止まらない。
「なんでだよ、なんでなんだよ!なんでお前らがいたのに池上がこんな目に遭ってんだ!?お前らがもっとしっかりしてれば!」
「すまない」
「謝って済む問題かよ!!?」
かすかな声が聞こえて振り返ると、拓也がうっすら目を開けていた。
どうやら目が覚めてしまったようだ。俺は拓也の顔を覗き込む。
「拓也!」
「ヴォ、ラク?」
「拓也!俺だよ!わかる!?」
中谷とシトリーも拓也の顔を覗き込む。
拓也は焦点の合ってない目で俺たちを見ていたが、急に目を見開き叫んだ。
「触るなああぁぁああ!!!」
拓也は俺の手を払いのけ部屋の隅っこに震えながらしゃがみこんでしまった。
「血、血がついてる……これは夢だ。夢、夢だ……」
こんな痛々しい拓也いつぶり?
シャックスの時もかなり怯えてたけど、はるかに今の方が怯えてる。
「池上……」
「中谷、俺人殺したんだよ。血がブシャーって出て、それが顔にかかって……」
「もういいよ……」
「肉が切れる感触がした。シスターが苦しんでるのに体が動かなかった」
「もういいってば!!」
中谷はそれ以上聞きたくなかったのか声を張り上げた。
「お前が悪いんじゃない!だって殺されかけたんだろ!?正当防衛だよ!っおまえが悪いわけじゃないっ!」
「違う、違う。全部俺のせい……奪った、あの子の未来を奪った」
こんな状態になったらもう何も言えない。
中谷も呆然と拓也の肩を掴んだまま固まってしまった。
PLLLLL…PLLLLL
拓也のポッケから音がする。ケータイがなってるらしい。でも拓也の手は動かない。
中谷が拓也のポッケから震える手でケータイをとった。
ディスプレイには「母さん」の文字。
「池上のお母さんからだ。どうしよう……」
どうしようって、そんなこと言われても。
でも拓也がこんな状態だって知ったら、きっと俺たちは恨まれる。
自分の子供をこんな事に巻き込むなんて!って泣き叫ばれると思う。
『今の拓也はとても動ける状態ではありません。中谷、代わりに出てください』
「あ、うん」
中谷は通話ボタンを押した。
『拓也!あんた連絡もしないで何してんの!?もうご飯作っちゃったわよ!友達と遊んでんの!?早く帰ってきなさい!』
拓也の母さんの声は俺たちにも小さく聞こえた。
そして俺達は顔を伏せる。
だって拓也はいつも通り遊んでると思ってるんだもん。
拓也が人を殺したなんて微塵も思ってない喋り方なんだもん。
「あの俺、中谷です」
『あら?中谷君?なんで拓也は出ないの。まさか怒られるの嫌で出ないとか』
「違います。その、色々あって」
『色々?』
中谷は俺たちに振り替える。
どうすればいいんだよ?とでも言うみたいに。
『今回の件は私たちの責任で隠すなどできません。マンションに来ていただきましょう』
ストラス本気かよ……
中谷もどう説明していいのかわかりにくい顔をしていた。
「あの……池上は今帰れる状態じゃないんです」
『どういうこと?どこか怪我をしたとか?』
「違います。とりあえず○○区の13−2のマンションに来てください。部屋番号は1007」
『中谷君?』
「……」
『わかったわ。それは拓也にとっても私たちにとっても重要なこと?』
「はい」
『じゃあパパがもうすぐ仕事から帰ってくるから、パパと直哉も連れていくわ』
「え、直哉君もですか?」
『当たり前よ。直哉は拓也の弟よ?』
「直哉君は止めた方がいいと思います。きっと辛いものを見ることになるから……」
『何を隠してるの?』
「とにかく来てください!」
中谷はそう大声で言い残して、電話を切った。
「どうすんだよ!直哉君も連れてくるって言ってたぞ!?」
『直哉も?』
あんな泣き虫が今の拓也見たら腰を抜かしかねないね。
でも拓也は今までの会話を聞いていたのか、ポツリと呟いた。
「逃げな、きゃ」
「池上?」
「逃げなきゃ見られる……この姿を皆に見られる!」
拓也はどうやらパニックを起こしてるみたいだった。
「嫌われる、軽蔑されるっ!!」
「池上!そんなことないって!」
根拠がなくってもそう言って落ち着かせるしか方法はない。
拓也はガタガタ震えながら立ち上がろうとする。
でも力が入らないのか、中谷が軽く押さえただけでそのまま地面に尻もちをつく。
拓也に触った中谷の手には返り血がついた。
ピーンポーン…ピーンポーン…
「え?拓也の家族もう来たわけ?」
電話してからまだ5分くらいしかたってなくない?
拓也はインターホンを聞いて、中谷の腕をはずそうと暴れ出した。
「放せ中谷!」
「池上!」
拓也達が暴れる中、シトリーが慌ててインターホンに出た。
「はい」
『あ!シットリ〜♪俺だよ〜ん』
この声は光太郎。
「なんでいんだよ」
『え?塾が早く終わったからさぁ。少しだけパイモンに稽古付けてもらおうとしたんだけどさぁ〜ってかなんでそんなこと言うんだよオメー』
「上がれよ。後悔すんなよ」
解錠音が聞こえた。
もうすぐ光太郎がここに来る。
あいつはこの拓也を見たらどうすんだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「何なんかね全く」
シトリーの今の態度さ。マジで来てほしくないよーな。
ちょっとムカついたから意地でも上がってやる。
どーせ剣の修行がめんどいとかそんなんだろ。自分は教えないくせにさ、俺はブーブー思いながらエレベータを降りた。
玄関の鍵は開いてる。なんだよ、なんだかんだで歓迎してんじゃん。
「おっじゃま〜」
俺が部屋に上がると、なんか一瞬鼻につく異臭がした。
何この匂い……しかも誰も玄関にこないし、俺はそのままリビングに足を運んだ。
そこには皆いる。でも皆浮かない顔。
「おーい。どしたー?」
なんでそんなに皆落ち込んでんだよ〜。
何が何だかわからなくて俺は部屋を見渡した。
すると部屋の隅には拓也と中谷の姿……拓也は血だらけだった。
「え?拓也?」
どういうこと、なんで拓也があんなに血だらけになってんの?
「きついなら見んな」
シトリーに話しかけられ意識が戻った。
「いやこれどういうこと?全然わかんないんだけど」
「あれは全部帰り血。あいつ今回の悪魔の契約者を殺したんだ」
拓也が人を?
血は髪の毛やら顔やらについてて制服はもう真っ赤に染まっていた。
人殺し……拓也が人殺しに?
「冗談だよな?」
「こんなことで嘘なんか言えるかよ…」
本当に……?なんて声をかければいいんだ。
拓也からは涙を押し殺す声が聞こえる。
中谷も、拓也に触ってか手や服に血が付いてる。俺は何も言うことができなかった。
そのまま呆けてて30分くらいたったかな…?
インターホンがなった。
「今度こそ来たかな」
来たかなって誰が?
俺はシトリーの後ろからディスプレイを除くと、そこには拓也の家族の姿。なんでここに?
「あがってください」
シトリーは解錠ボタンを押した。
拓也の家族が来る。こんな姿の拓也を見たらなんて言うんだよっ!
この部屋に着くまであと数分。
インターホンと鳴りドアがガチャっと開けられる。
そこには拓也のおばさんとおじさんと直哉君の姿。
3人とも何も聞かされてないのか、少し心配そうな顔をしているだけだった。
「拓也こんなとこにいるのね。お邪魔してすみません」
おばさんは俺に軽く頭を下げてリビングに入った。
心臓が破裂しそうに緊張してる。
そのまま固まってる俺にシトリーが背中をポンっと叩いた。
俺達はその後ろをついてリビングに向かう。
「拓也?」
拓也のおばさんの声が聞こえた。
リビングにつくと、頭を抱えてふさぎこむ拓也の肩を必死で掴んでるおばさんがいた。
「拓也、拓也!?どういうことなの!?どうしちゃったの!!?」
おばさんは泣きそうな声で拓也の名前を呼び続ける。拓也はうわ言のように見るなと呟く。
拓也のおじさんがものすごい形相でこっちを睨んできた。
「何をした?うちの息子に何をしたんだ!?」
中谷と俺はシトリーの後ろに逃げ込んだ。
顔をまともに見れない。だって、だって…!
『拓也が今回の悪魔の契約者の人間を……殺しました』
その言葉に拓也の両親は言葉を失った。
「拓也が人を殺した?」
『しょうがなかったのです!悪魔は拓也とその契約者の人間2人を結界に閉じ込めて、私たちが中に入れないようにしたのです。その人間は拓也を殺そうと、斧で拓也に斬りかかったのです!拓也は最後まで説得しようとしていました!でもその人間は聞く耳をもたなかった!殺さなければ拓也が殺されていたのです!!』
ストラスの言葉を聞いて、拓也のおばさんはブワっと涙を流した。
「拓也、拓也、拓也ぁ……」
血で汚れるのも構わず、おばさんは拓也を抱きしめる。
血はもう固まっていたけど、それでもおばさんの服に血はつく。
拓也はそれでも頭を上げない。
そんな拓也の姿を見て、直哉君も大声で泣き出した。
「うあああぁぁああぁぁぁぁああ!!兄ちゃ〜〜〜〜〜ん!!」
拓也のお父さんも肩が震えている。
「お前たちが巻き込んだんだ。全部、全部お前たちが!」
拓也のおじさんが声を張り上げる。
俺と中谷はそれにビビってシトリーの後ろに顔すらも引っ込める。
『そうです。全て私たちの注意不足です』
「そんなことで私たちの息子を人殺しにしたのか!?」
「おい!あいつの前でなんてこと言うんだよ!」
話を聞いて怒ったシトリーが拓也のおじさんに掴みかかる。
シトリーと拓也のおじさんはそのまま取っ組み合いになってしまった。
「返せ!私の息子を返せ!!」
「それは悪かった!だけどあいつの前でそんな言い方ねぇだろ!まずあいつの傷を取り除く方が先だろうが!!」
「この子の前でこれ以上揉め事を起こさないで!!」
拓也のおばさんがおじさんとシトリーを怒鳴りつける。
「拓也、家に帰りましょう?ご飯温めなおすから一緒に食べましょ。その後は、お風呂にゆっくり入ってもうその制服は捨てなきゃね」
おばさんは震える手で拓也を抱きしめる。
「明日は学校休みなさい。お母さんがずっと付いててあげるから」
「拓也のその恰好じゃ外は歩けませんよね?俺が送ります」
セーレの申し出を拓也のおばさんは断った。
「結構です。もう金輪際この子に近寄らないで。この子に関わらないで」
「……」
「この子は普通の子よ!指輪に選ばれたか何だか知らないけど、この子はあたし達の子!この子は……普通の子なのよ!行きましょう拓也」
シトリーは服をおばさんに差し出す。
「その服じゃ無理だ。せめて着替えて連れてけ」
「その好意はありがたく受け取っておくわ」
おばさんは服を受け取って拓也に渡す。
「拓也、上着だけは着替えなさい。ね?」
拓也はブルブル震えながらも服を着替えた。
着替えた拓也をおばさんは立ち上がらせる。
拓也は一瞬こっちを見てストラスに手を伸ばす。
「ストラス」
拓也はストラスを連れて帰ろうとしてるんだ。
でもストラスは拓也の肩に飛びつかない。
『私にはそんな資格もありません』
「拓也、行きましょう」
そして拓也はそのままマンションから出て行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
家に着いたら母さんが夕飯を温めなおして俺に出してくれた。
俺はそれを1口食べると、枯れたと思った涙がまた溢れてきた。
母さんは濡れたタオルで俺の血で染まった髪の毛を拭く。
「あんたが髪の色を脱色した時、母さん本当に怒ったわね…」
母さんは昔を懐かしむように笑いながら話した。
高校に入ってから、黒い髪の毛を染めたくて、髪の毛を脱色したらすごい勢いで母さんに怒られた。
せっかくの黒髪をなんで脱色したんだって。
「でも今はあんたの金髪が早く見たい……早くこの血を落とさなきゃね」
「……」
「制服2つ買っといてよかった……ゆっくり休みなさい」
「うん」
風呂に入って汚れはきれいに落ちた。
見た目は元に戻った。戻ったのに……なんでこんなに手が汚れて見えるんだ?
「兄ちゃん」
ベッドで横になっていたら部屋に直哉が入ってきた。
「一緒に寝ていい?」
「……父さん達と寝ろよ」
俺なんかに近づいちゃ駄目だよ。
しかし直哉はベッドに無理やり侵入してきた。
「直哉」
「おやすみ」
どうやら直哉にも気を遣わせてしまったみたいだ。
「ごめんな直哉」
直哉は多分起きてる。それでも何も言わない。
俺もベッドに横になった。
こんな状況でも眠れるんだな。
俺の意識は闇に溶けて行った。
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