薄暗い監獄の中、地に滲み込んだ雨水が部屋に漏れる音だけを聞いていた。
檻の外には一本の松明。自分の姿を確認するには些か抵抗があったが、見えてしまうものは仕方ないのだ。とは言え、両足に繋がれた巨大な鎖鉄球以外は、ここに幽閉される前となんら変わらないのだが。
「だめだね、緊迫感がわかないっていうのは……」
「全くだ」
ニールのぼやきに応えたのは、白髪の男子だ。灰色に近い、恐ろしいまでに白く血の気のない肌をした、とてもではないが背の高いとは言えない男の子だった。強く吊り上った大きくて黒い瞳が、一五くらいの悪ガキを思わせる。
黒と白を基調とした革服を纏っていて、カジュアルな姿が場に似つかわしくない。ぼさぼさと整っていない白髪は所々を乱暴にピンで留められ、髪の根元は黒く染めているようだ。
まるでその少年の周りだけ、世界が《色》を忘れたかのように白と黒だった。
「おいおい。オレをそんな、奇妙な脱色人間を見たような目で見るな」
見透かされていた。
「すまない、脱色人間だと思ったよ」
「にゃろう……」
この少年が自分を監獄に入れたが、どうも悪い人物には思えなかった。監視役とされているのなら、話くらいはできるのではないかと思ってみたのだが。
「おい、おっさ……いや、まだ若ぇか。兄ちゃんよ、勘違いするな。オレは仕事であんたをとっ捕まえてここに監禁しろって言われただけだからな。怨むならあんたの親父さんにしろよ」
やはり、父の差し金か。
噂もかねがね、いずれは来ると思っていたが、それがまさかこんなにも早いとは思わなかった。しかも、家から出してもらえない程度だと思っていたが……。
檻の中でうんうんと唸り右往左往するニールを見て、少年は苦笑いで言った。
「あんたも難儀してるよな」
「自分でもそう思うよ」
二人の談笑で、薄暗い監獄が少し明るくなったような気がした。エバーノと名乗った少年は、性格こそ違うもののタイプが似ているからか、ニールとよく気が合うようだった。
ニール自身に繋がれている鎖も、少し長めにできているおかげで動きに不自由はなかったし、陽の光が通らないこと以外は特に問題はなく、軟禁生活とあまり変わらない。
エバーノもやはり監視役らしく、ここから出れないのだが、それを仕事と切り捨てていた。元々陽光はそんなに好きではないと言い、ニールが話せる相手であったおかげかそんなに暇もないようだった。
半日ほど経っただろうか。そろそろ外は陽を落とす時間になった頃、エバーノはナイフや鎖鎌などの小柄な武器を取り出し、念入りに手入れをしながら何気なさそうに訊ねた。
「あんた、国王になるのか?」
その姿をじっと見ていたニールは、突然の質問に少し驚いた様子で首を捻った。
「どうだろう。僕はあまり、この世界のことを知らないから」
ずっと箱入りだったから、と笑ってみせる。
エバーノはふぅんと素っ気ない態度をとったが、すぐに、じゃあ、と続けた。
「親父さんはっ倒して、ギルドにでも入ったらどうだ?」
「慈善活動集団かい?」
「うーん、平たく言えばそうだけどな。仕事にゃ困らねェ」エバーノは視線を外して、揺れる松明の火を見た。「オレの所属してるギルドなんかはほとんど全員住み込みだし、一種の家族みたいなモンかも。イイ奴らばっかだよ」
ギルド。所謂なんでも屋で、実力のある人間がよく集まっているという噂を聞いたことがあった。実際に見たことはないが、この街に滞在しているギルドも複数あるらしい。
「とはいえ、知名度や力だけを求めてるギルドはヤバい奴が多いなぁ。こないだ潰した【アマネス】とかいうギルドはとんでもなく下卑てたし、しかもなんかまた再建してるような噂立ってるんだよ」
「【アマネス】……」
どこかで聞いたことがある名前に、ニールは考え込んだ。確か、この国で起きた事件に関与してたような……。
「知ってるか? 数年前の、少女脱獄事件。街一個滅ぼしたアレ」
「そう、それだ。あの少女は居たのかい?」
「まさか。幹部からボスまでみんな潰してやったけど、どれも金に目が眩んだ中年ばっかだったよ。まあ、もうあのギルドは崩壊したから確認のしようもないけどな」
「潰した……って、殺したのかい?」
顔色一つ変えず、平然とエバーノは頷いた。数人ぽっちな、と付け足して。
「きみは一体、幾つなんだい」
エバーノは暇つぶし程度に山積みにしていた石畳の欠片を十九個、檻の中に放り投げた。
一歳差。身長や顔立ちだけならもっと子供なのに。
「凄いね。僕は、包丁すら握ったことないよ」
「一度武器を取った奴はみんな、生きるためだと割り切ってんだ。血だとか肉だとか気にしてたら、この世界で生きて行けねぇからな」
「今回もきみは人を殺すのかな」
「さぁな? 依頼内容はあんたの監禁及び保護だけだし。あんたのお命頂戴、が来なきゃ難なく終わるんじゃねえの」
エバーノは微笑んでいた。それが少し優しげで、置かれている状況にも拘らずニールはおかしくなる。
きっと彼も、命を奪うことを望んではいないはずなんだと思うことにした。
「お命頂戴、ね」
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