12、決着
他人に痛みを与える奴ほど、自分の痛みには弱いらしい。
肌を粟立たせ、滝のように汗を流して震えている目の前のサイコパスに俺は嗤った。
成金男ほどではないが、こちらの男も趣味が悪い。
脱色した髪の毛、両の耳には合わせて八つのピアス、首からはじゃらじゃらとアクセサリー。ブランド物らしいシャツはぼろくはないが清潔ではない。ジーンズもブランド物のダメージジーンズというやつだ。カチコチ音がしているので不審に思って確認すれば、後ろ手に回されている左の手首にロレックスがはまっていた。
年齢はおそらく二十代だろうとは思うが、不健康な生活を続けているためか肌の色からして不健康そうに老けている。吹き出物が目立つ顔面は醜男と形容して差し支えないだろう。その上雰囲気が貧乏くさいせいで、高価な装飾品とアンバランスな印象を受けた。
金が何も意味をなさない現状じゃ、成金趣味とかブランド趣味なんていうのはまったくもって糞の役にも立たないと思うのだが、こういう奴らには重要なのだろう。というか、そういう連中が集まったからこその暴走なんだろうか。
どれだけ格好を取り繕ったって、中身はクズのサイコパスなのに。
俺は男の目の前にしゃがみこむと、血の散った畳にナイフを突き立てた。掃除も面倒だし、今度ホームセンターか畳屋いかないとな。
「さて、足の指と手の指、どっちからがいい?」
無表情に尋ねれば、男は豚のような悲鳴を上げた。
必要ない明かりを消しているため部屋の中は薄暗い。そんな中でナイフが煌めけばさぞや恐ろしいだろう。しかし俺の知ったことじゃない。
耳障りな悲鳴に眉をひそめた。俺はサディストでもないので、悲鳴を聞いたところで少しも嬉しくない。
「た、た、頼む! なんでも喋る、なんでも喋るから!」
男が口の端から泡を吹きながら言う。
「喋ったらただじゃおかねえぞ、カケル!」
吉行さんが確保している成金男が不明瞭な声で叫んだ。
カケルと呼ばれた男は途端に体を硬直させた。力関係ではあちらのサイコパスの方が上なのだろう。恐怖で支配するのはよくあることだ。
俺は嘆息してあぐらをかいた。
「じゃあまず、お前らはどこで銃を手に入れた?」
男は答えない。びくついた様子であちらの男と俺を見比べている。
俺はナイフを引き抜くと、男の右目につきつけた。少しでも頭を動かせば、鋭い刃が男の眼球をえぐるだろう。
「そういや、ミッチーが人体解剖したいって言ってたな。外科手術の練習台がほしいって言ってたし、どうせならあんたやってみるか? 眼球摘出手術のぶっつけ本番で。腹をかっさばくのもいいかもな」
「美千代はまだ家だろ?」
吉行さんからツッコミが入った。どこか笑っているように思える。
「怪我してすぐに治療してもらえるわけじゃないし、ちょうどいいじゃないんすか? どうせ素人なんだから最初は失敗するし」
俺がひょいと肩をすくめると、男は震えあがった。その拍子にナイフの切っ先が男の目の上を切る。短い悲鳴が上がった。
「自衛隊だ! 自衛隊の奴が生き残って武器を持ってた! 女を当てがって油断して寝てる時に全員で襲ったんだ!」
「その自衛隊の奴は?」
「正義漢ぶって目ざわりだったから殺した、ひっ、止めてくれ!」
男は身をのけぞらした。無意識にナイフを握る手に力が入っていたらしい。
今まで同じようなことは何度もあったというのに、感情のセーブが出来ない俺はやっぱり子供なのだろう。尋問には向いていない。
妙に静かなことに気付いて吉行さんの方に視線を向けると、確保されていた男は床に突っ伏していた。吉行さんによって気絶させられたらしい。死んでるのかもしれないが。
何故か明後日の方向を見ている吉行さんに首を傾げたが、耳を澄ませてその理由に気付いた。
別室の人たちが大体吐かせ終わったらしい。集合がかかっていた。
「後学のために最後までやっとくか?」
俺にだけ聞こえる声量で吉行さんが言った。
ちらりと眼前の男に目を向けて、俺は首を振った。面倒だ。
俺はサイコパスどもを甚振って喜ぶ趣味などない。
「終わりにしときます」
俺は立ちあがると、男の腹につま先をめり込ませた。男はつぶれたカエルのような声を出して倒れた。
「美千代の練習台ってのはいいかもな。一人ぐらいは手術できるやつがいないと」
「吉行さんもできますよね」
「あんなもん、応急処置だ」
明かりを消し、短い会話を交わしながら俺たちは別室へと歩いて行った。
「資源は有効活用しないとな」
吉行さんが感慨もなく言う。
ふと、ごみも分ければ資源です、という懐かしいスローガンを思い出した。
俺もミッチーの外科手術練習に付き合おうかな。麻酔係とか手術の助手とかいるだろうし。
それにしても生存者の確保にサイコパスの駆除と、最近は余計な仕事が多い。
胸中に巣食った不安はいつ解消できるのか。
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