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  colors 作者:湊 翼
第二章
髪の色と瞳の色
「ねぇ、リング。」
 ザカザカと美穂奈の歩調なんてお構いなしに早足で歩くリングの背中を一生懸命追いかけながら、美穂奈は声をかける。
「リングってば!ねぇ、聞いてる?リーンーグー!!」
 けれど、やはり振り返る事もなく、返事をするでもなく、おまけに美穂奈から逃げるかの様に更に早くなった歩調に、美穂奈は大きな溜息を吐き、その背中を睨んだ。
「リンリン!」
 その呼びかけに、ようやく立ち止まり振り向いたリングの表情は、やはり怒ったものだった。
「その馬鹿っぽい名前で呼ぶなって言ってんだろ!!」
「なによ、リンリンって呼ばないと振り向かないじゃない。」
「~っつ!ラズの野郎、覚えてろよ!!」
 そのぼやきを聞きながら、美穂奈はほんの数十分前の事を思い出す。
 結局、あの後リングは自分で自己紹介をしなかった。
 見かねたラズが仲介役としてリングを紹介してくれたのだが……。
「えっと、彼は僕の友達で、リング=リンドベルイ。僕と同じ歳で、さっき言ってた黄色の原色持ちだよ。」
 その言葉に、美穂奈はリングの傲慢な態度に納得し頷いた。
 原色持ちとは皆こんな感じなのだろうか。
「リングって呼べば良いから。ね、リング?」
「呼ぶな。」
 ラズがせっかく間に入り、仲を取り持とうとしているのにいつまでも駄々っ子みたいに文句を言うからか、はたまた魔力を使い果たして疲れてて機嫌が悪かったのか、ラズはリングのその言葉にニッコリと笑いながら、美穂奈に魔法の呪文を教えてくれた。
「リングが返事しなかったら、『リンリン』って呼んであげると良いよ。絶対振り向くから。」
 ラズに教えてもらった魔法の呪文は効果絶大だった。
 リングは、『リンリン』と呼ぶ度に、額に青筋浮かべながら律儀に振り向き怒った。
 『リンリン』と呼ばれようとも徹底して無視を決め込めば良いのに…。
 よっぽぼこの名前で呼ばれるのが嫌いな様だ。
「つか、口より足を動かせ。黙ってついて来い!」
「あのね、黙ってついて来いって言うけど、速過ぎ。ここ一応足場のあまりよろしくない森の中なのよ?もう少し私を気遣ってくれても良いんじゃない?」
 しかも美穂奈は自分の靴がなく、ラズに借りたぶっかぶかのサンダルの様なものを履いているのだ。
 転ばない様にするのも一苦労だというのに、あまりにも酷くないかと抗議してみる。
「ああ、悪かったな。俺とおまえとじゃコンパスの長さが違うもんな!」
「コンパスの長さというより、身長の違いよ!!」
 たしかに、リングと比べれば美穂奈の足は短いかもしれないが、何だか短足と言われるのは無性に腹が立つので訂正してみる。
「とりあえず、歩調は少しだけ緩めてやるから口は閉じろ。うるさい。」
 そう言って再開したリングの歩調は、先程とあまりかわらず、やはり速かった。
 美穂奈は少しだけ頬を膨らませ、小走りにリングの隣を歩く、いや走る。
「ねぇ、リング。どうしてラズはこんな不便なところに住んでるの?」
「本当におまえは俺の話聞かねーな。黙れっつの。」
「街から徒歩1時間とか、不便にもほどがあるわよ。オーラーって住宅街はないの?」
 美穂奈の主張は無視されるのだ。
 だったらこちらも、その主張は無視するとばかりに、美穂奈はリングに喋りかけ続けた。
「それとね、さっき聞きたかったんだけど。この世界って、科学が発展してないの?私の世界では水は蛇口を捻れば出てくるし、火はボタン1つで良いし。というか、お風呂ってあるの?私、昨日の夜入ってないから気持ち悪くって……。」
「えぇい!うるさい!!女は喋ってないと生きていけないのか?!」
 結局先に堪えられなくなったのはリング。
 その怒鳴り声に、美穂奈はビックリするでも怯えるでもなく、ケロリと答える。
「別に、喋ってないと死ぬわけじゃないけど、気になるでしょ?これから、この世界で暮らしていくんだから。」
「つか、異世界から来たわりに、おまえは早々に馴染み過ぎなんだよ!」
「良いでしょ?泣きわめいたりしなくて。」
 ニッコリと笑って言ってあげれば、リングは地面に届きそうな程の深く重たい息を吐いた。
「…………まぁ、そうだけど。」
 その呟きの後の、リングの歩調は大分緩やかなものとなり、美穂奈は満足気に笑った。
「ねぇ、リング。街に着くまでにまだ少しあるでしょ?色々聞いても良いかしら?」
「拒否しても一方的に喋り続けるんだろ。だったら、いちいち俺に聞くな。まぁ、答える価値のあるものなら、一応答えてやる。」
 それはつまり、俺をやる気にさせてみろという事なのか。
 美穂奈は歩きながら考えていた質問をいくつか口にしてみる。
「1つ、この世界の人達の外見について。2つ、この世界の生活スタイルや文化について。3つ、ラズが何故離れ小島で暮らしているのか。」
 美穂奈の問いにリングは視線だけをこちらへ寄越し、答える。
「1と2は答えてやる。3つ目はラズに直接聞け。」
 元々、ラズの件はただ美穂奈が気になっただけで、重要な質問事項ではなかったので、素直に頷いた。
「うん、わかったそうする。じゃあ1つ目ね。」
 言って美穂奈は自分を見下ろす。
「私って、この世界の人から見て、変って事はない?」
「言ってる意味がわからねー。」
「んとね、私のいた世界……正確には国ね。日本って言うんだけど、その国の人間の標準スタイルが、黒髪・黒目・肌は黄色っぽい色をしているの。」
「……黒?」
 言って、リングは訝しむ目で美穂奈を見た。
「……うん、私の髪は茶色っぽいけどね。色素が薄いから。」
 美穂奈の髪は、生まれつき色素が薄く、茶色く見える。
 良く頭髪検査などで引っかかったなとは今は遠い思い出である。
「まぁ、とにかく、黒とか茶とか、地味で暗い色ばかりなのよ。でも、ラズもリングもカラフルでしょ?この世界では、それが普通なのかなって?」
 日本人ばかりのところに金髪碧眼の白人を放り込んだら、誰だってその人は外人だとわかるだろう。
 それと一緒で、私はこの世界の人から見て、おかしいと、違う国の人?と思われるような容姿をしていないかが気になったのだ。
「あぁ、なるほどな。別に髪の色は関係ねーよ。髪の色は千差万別だから、茶系も黒もいる。つか、基本的にカラーと同じ色になる事が多い。俺のカラーは黄色だから黄色に、ラズのカラーは灰緑っぽい色だから、灰緑に。」
 言われて見れば、リングの髪の毛は綺麗な黄色だ。
 そして、瞳は綺麗な……。
「……ねぇ、どうして瞳は青なの?」
 そう、リングの瞳は綺麗な青色だ。
 自分のカラーの色になるならば、リングは黄色になるはずなのに?
「母親が青系統なんだよ。カラーが遺伝だってのは聞いたよな?髪と瞳の色は基本的に色遺伝カラーいでんと似たようなもんだな。俺の父親は黄系統で俺自身のカラーは黄色で髪も黄色。で、瞳は母親似の青系統。」
「なるほど。そうよね、髪も瞳も基本的に遺伝性のものだもの。日本人が黒髪茶目なのも、外人が金髪碧眼なのも、遺伝的なもの……。」
 概念としては地球と同じだと、美穂奈は納得した様に1つ頷いた。
「つまり、ラズは両親共に緑系統だからラズ自身のカラーも髪も瞳も全部緑系統になるって事ね。」
「そういう事。」
「……という事は、応用すればリングの瞳や髪の色は緑系統になる可能性もあったって事?」
 美穂奈は今リングから説明された事と、昨日ラズから説明された事を思い出しながら言う。
「リングのお母様が青系統で、お父様が黄色系統。なら、その2つを足した色、緑系統になる可能性もあったと。」
 美穂奈の言葉に、リングは少しだけ笑う。
「やっぱおまえ、頭は悪くないな。」
 道が途切れ、段差になったところを飛び越えながらそう言うリングの後に続き、美穂奈も段差を飛び降りる。
 褒めてくれても、手を貸してくれたりはしない。
 というか、期待した自分が馬鹿だったのか。
 けれど、一応追いつくまで待っていてくれる様だ。
 美穂奈が追いつくのを確認すると、リングはまた歩き出しながら話を続けた。
「髪は特に自分のカラーが出る事が多いが、稀に親のカラーが出る事もある。瞳は、まちまちだな。ラズみたいに自分のカラーの奴もいれば、俺みたいに親のカラーが出ることもある。だから、多分お前は親のカラーが出たんだろ。」
 美穂奈が赤の原色だとすると、どちらかの親は赤系統だったのだろう。
 その場合、茶系の色が出るって事は、もう1人の親は茶系か、緑系統?
「まぁ、だから気にする事ねーよ。茶色なら他にもいるし、赤い髪の方が大騒ぎになるとこだったしな。」
 そうだ、赤系統の髪の人も、瞳の人もいないんだ。
 美穂奈はラズとリングの言葉を思い出す。
 この世界で、赤は貴重なカラー
 そんなカラーが街中を歩いていたら、たしかに目立って仕方がないだろう。
「基本、会う人間の髪の色見て、そいつのカラーを断定すれば良い。おまえみたいなケースはマジで稀だからな。」
「なるほど。カラーって複雑ね。結構説明を聞いてるはずなんだけど、未だに底が見えないわ。」
 昨日から散々説明されているカラー
 けれど、次から次へとカラーへの疑問は増えていき、説明は絶えることがない。
「一応、この世界での根底だかたな。一朝一夕で全部わかるわけねーだろ。……っと、2つ目の質問は保留な。」
 言われて何でだろうと思った美穂奈は正面を向いて理解した。
 視界のひらけた場所に出たのだ。
 それはすなわち、もうすぐ街につくという事だ。
「頼むから、黙って着いて来い。」
 リングの言葉に、人通りの多いところで「魔法って何?」と言っちゃうほど馬鹿ではないと視線で訴えながら、美穂奈は頷いた。
 colorsカラーズの中心都市、オーラーに到着である。


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