『ハッキング』
ハッキングとはコンピュータを熟知した者が行うエンジニアリングを広範囲に意味する言葉。他人のコンピュータに不正に侵入したりする行為は正式にはクラッキングと呼ぶ。コンピュータ熟練者のみならず悪用する者も自らを「ハッカー」と称するためそのようなイメージが付いた。Wikipediaより
7/22 A
―7月22日 20:00 一ノ瀬聴覚研究所
学園都市の研究所は様々な視点から超能力開発を行っている。なかでも一ノ瀬聴覚研究所は『聴覚』を主な研究対象として開発を行う研究機関で有名だ。今ミミ美はこの施設を訪れていた。
「黄泉川愛穂さん…ですね。お待たせしました。ようやっと今実験が一段落したところでして」
「急に訪ねて悪いわね」
ミミ美はIDパスを偽造して警備員の1人に成りすましていた。いつものピンク色の髪は日本人らしい黒色に、瞳の色も茶色になっていた。
レンチキュラーレンズという技術がある。キャラクターカード等に使われる技術で、見る角度によって色や絵柄が変わる技法である。ミミ美の髪の毛にはこの技術を応用された色素マイクロマシンが組み込まれており、毛髪内でそのマシンが光を受ける角度を変えることで、髪の毛の色を自由に変化させるのである(つまりミミ美の髪の毛は造りモノ)。時折ミミ美は潜入捜査などの際に、変装のひとつとしてこの機能を使う。正直、髪色ひとつでは変装とは言い難いが、変装機能はまだ技術が確立していない分野であった。
教育実習生の身分では施設見学はできても詳しい資料は手に入らないので、わざわざ警備員に変装したのだった。
「それで、抜き打ち調査でいらしたとお聞きしましたが」
「そんなに固いものじゃないわ。形式上ね。開発費用や設備投資の調査、研究報告がちゃんと行われているか、その確認よ。施設案内もお願い」
「なるほど、わかりました。では早速参りましょう。やましいことはなにもないですから退屈かもしれませんけどね」
聴覚研究の権威機関とも言われるこの研究所は民間施設だが、その有効な研究成果により学園都市から特別指定されている。ミミ美はレベルアッパーが音楽データであると突き止めたため、音関係の研究所にまず捜査の目を向けたのである。すでにデータバンクに保管されている資料は大体ハッキングしたが、この研究所は重要な部分はデータ登録しておらず紙ファイルで保管されていた。そのためミミ美はわざわざ足を運んだのであった。
様々な設備を見て回りながら説明を受ける。
「まず当研究所についてですが、お渡しした資料をご覧ください。当研究所は、都市外部で人工内耳(音を電気信号化し直接脳に伝達する器機。実在する)の研究・製造・販売をしていた一ノ瀬ヒアリングエイド株式会社が、学園都市から招致されて発足したものです。主題とする研究テーマは『器機を介さない空気振動としての音とAIM拡散力場の相関性の研究』です―目の前にプラントがありますよね。AIM拡散力場の観測器です―様々な波長の音を被験者に聞かせることで、AIM拡散力場の変化を計測します。
主な収益源は、音系統能力LEVEL計測装置の研究開発からです。様々な音を聞き分ける多感聴覚、遠くの音を捉える遠隔透聴、また広域のヘルツを自在に発声する無限声帯など、当研究所の開発した器機によりあらゆる新能力の発見に至っています。
毎年の運営費用配分は資料にある通りです…」
「…以上が当研究施設の説明です。こちらが過去の実験と研究報告記録です」
いくつか資料を受け取り、ミミ美はそれをチェックした。問題はない。施設内を見て回ったが、違法設備や報告記録にない器機が置いてあるわけでもなかった。学園都市のデータバンクに一致する。研究所自体はシロのようだ。ミミ美はふ、と小さく息を吐いた。
「特に問題はなさそうね」
「そりゃそうですよ。他は知りませんが当研究所は誠実さを売りにしてますからね」
徒労だったか。だが別に目的もあった。
「そうね、『都市視聴覚研究会』としての活動記録もあるかしら?見せてもらいたいんだけど」
「ええ、構いませんよ。ではこっちに来てください」
案内されたのは地下の紙ファイル保管室だ。分厚い資料を渡される。
「音に関連する能力研究所は年に2回、映像研究機関と合同で都市視聴覚研究会として集まり、研究成果をまとめ、『大脳生理学会』に資料提供をしています。脳研究機関とは協力関係にあるんです」
一ノ瀬研究所はこの都市視聴覚研究会の本部でもあった。あらゆる映像・音声研究の資料はここに集約されているのである。
都市内の映像・音声の研究所はハッキングしたデータでは今のところ怪しい点はない。ならばレベルアッパーの製作者はそれ以外の研究機関という可能性が濃くなる。その場合、もし大量に音データを手にいれるのならこの研究所からしかなく、それも紙ファイルでしか保存されていないため物理的に盗み出す必要があるのだ。
ファイルが紛失していないか確かめるため、ミミ美はここに通してもらったのだが…
「これで全部かしら?」
「ぇえ。左手奥から過去45年分全ての研究結果がファイルされて保管されています」
「…そう」特に紛失している様子もなかった。一つ一つ落丁等がないかも調べてみるがそれもない。予想は外れたようだ。
「いやー調査熱心ですね。毎年の定期監査会はもっといい加減なものなのに」
「そうね。たまには給料分働かないとね」
「ははは、頼りにしてますよ」
紛失や盗難の線はない?…となると考えられるのは『都市視聴覚研究会そのものの犯行』かもしくは…
「年に2回の定期報告会で『大脳生理学会』に資料提供してるのよね?」
「ぇえ、そうです。臨床実験は彼らの方が得意ですからね。大抵の研究所は大脳生理学会に資料提出しているはずです」
「過去の分の資料は提供してるのかしら」
「請求さえあれば承っております。まぁ滅多にはありませんけどね」
大脳研究所による犯行か?それなら疑われることなく音データを入手できる。
「…一番最近で資料請求されたのはいつ頃かしら」
「確か…一年ほど前に請求を受け付けました。定期報告会以外の請求であった上に個人請求だったのでよく覚えています」
研究員が持ち出し記録を開く。
「…個人?」
「ええ。大脳生理学者の木山春生という方からです。それも最新資料だけでなく過去20年分もの量でした」
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。