黎明遊泳 第3章


「このナノマシンを毎日飲むように忘れないでください。ああ、ナノマシンと言っても、薬みたいなも
のですから。人体では1日程度で溶けてしまいます。断って置きますが、あなたの体はまだ完全
な状態ではありません。骨格や筋肉が完全ではないので、杖を使って歩かなければなりません。
日常生活に幾らか支障があるかもしれませんが」
 退院の際、医師は私にそのように丁寧に説明してくれた。この二カ月の間、いや、私が意識を
取り戻すまでを含めれば、一年と二カ月の間、ずっと彼は私に親身になって世話をしてくれたの
だから、その感謝を篭めた日本式の礼を私もした。
 私に与えられたカプセル状のものは、21世紀の人間が見たら、ただの薬にしか見えないだろ
う。実際、それはカプセルに入れられたもので、中には有機物でできているというナノマシンが入
っている。
 ナノマシンの原理については医師に説明を受け、その資料も貰ったが、私には理解しがたい部
分も多かった。この時代の技術が進歩し過ぎている。理解できたのはナノマシンが有機物ででき
ているという事と、飲む種類によって、体に作用する効果が異なっていると言う点だった。ナノマシ
ンはそれぞれ役割を果たすべく体の場所に向かい、そこを治癒する事ができる。基本的な考え
方は薬と同じだ。
 私の筋肉や血管などに作用し、それを健全な状態に戻す事ができてしまうというのだ。私のい
た21世紀には不治の病であった、進行した癌や脳腫瘍も、ナノマシンが解決してくれるのだとい
うから驚く。
 しかもナノマシンは体に無害な有機物で出来ている為、副作用が全く無い。放射線治療も薬物
治療も必要無いと言う訳だ。
 ほぼ崩壊していた私の肉体を元通りにできているだけでも凄いというものだ。
 更に私には電子パットに保存されたある資料も渡された。これは私がしばらく滞在する場所の
資料だ。
 それは新関東コロニーの住宅地にあるある家庭の情報で、つまり私は1500年前からのホー
ムステイをする留学生として、そこにしばらく滞在する事になる。アメリカのコロンビアコロニーか
ら来た帰化局の男には、手続きまで半年はかかると言われたので、とりあえず、ホームステイす
るのは半年という事になった。
 候補者は大勢いた。21世紀からの人間が、一般家庭に滞在するという事で、この新関東コロ
ニーから大勢のホームステイ先の家庭が募られた。
 コロニーは宇宙空間内に人間が作った、閉鎖された空間でしかないが、それぞれのコロニーに
は、およそ数百万人が暮らしている。
 新関東コロニーは日本領土だが、コロンビアコロニーのアメリカ領土、その他、ロシア、中国、
その昔、EUに加盟していたヨーロッパ連合の連合コロニー、オーストラリア、更にはアフリカ大陸
初の南アフリカからも10年以内にコロニーが打ち上げられると、新聞には載っていた。
 だが案の定、私はこの新関東コロニーのみならず、世界中で相当の話題の人物となっているら
しい。それはコロニーが打ち上げられる事よりもずっと凄まじい出来事であるかのように描かれ
ていた。
 マスコミが騒ぎたて、世間もそれに便乗するという姿は1500年経っても変わらないのか。いい
加減に、溢れんばかりのお見舞いの品や花束も見飽きたし、食べきれない菓子や、貰っても仕
方が無い程の花束は、皆、病院にいる他の患者に配ってしまった。
 私を受け入れると言うホームステイ先も、ほとんどが、好奇の目的で応募してきた者達ばかりだ
ろう。当初は百を超える過程から受け入れがあったが、私についたホームステイ担当官によっ
て、その受け入れ先の数は、最終的には10にまで絞られた。
 さて私は、その中でも比較的、住みやすい住宅地にあり、家族全員が英語を話す事ができる家
庭を選んだ。と言っても、この新関東コロニーでは大分英語教育が進んでいるらしく、私が日本
語を話せなくてもそれほど困らないらしい。
 私のホームステイ先は、カワシマ家に決まった。3人家庭で、夫婦と17歳になる娘がいる家庭
だ。できればもっと平凡な家庭を選びたかったが、父親がカワシマ・テクニックスという会社の社
長だった。しかしながら、送られてきた資料の家の外観と、新関東コロニーでも最も住みやすいと
いう、高級住宅地、“サクラカワバタ住宅地”という地域の桜並木の写真が私は気に入った。
 これが、コロニーの中なのか、と思えるほどに美しい姿は、昔に見た日本の四季の写真を彷彿
とさせる。
 私はそれらの資料を持ち、今では杖をつくくらいに回復した足を踏みしめながら、病院から退院
しようとしたが参った。
 私の退院の日は既にマスコミに漏れていたらしく、病院の前には大勢の報道関係者が押し掛け
てきていたのだ。
 病院を杖をつきながら出ていくなり、いきなりマスコミがどっと押し寄せてきた。
(デイビットさん!この時代の感想は?あなたの世界と比べての御感想は?)
(奇跡の生還を果たしたパイロットとして一言!)
「カワシマ・テクニックスの社長宅迎えられたのは、何故ですか?理由は?」
(デイビットさん、何か一言!)
 自分が有名人である事を痛感した。これだったら、スペースシャトルのパイロットだった時の方
が遥かに無名だった。記者は日本人が圧倒的に多かったが、中にはわざわざ別のコロニーや、
地球からやってきた記者までいるようだった。
 だから所々知っている言葉が聞き取れたが、そもそも私は彼らの日本語が理解できない事を
分かっているのだろうか?
 病院の敷地は、警備体制が敷かれており、私の通り道を警備員が用意しておき、マスコミは入
って来れないようになっていたから助かった。だが、洪水のような記者達の言葉と、彼らがカメラ
を向けてくるのは不愉快極まりない。
 私は好んで1500年後の世界で生き返ったのではない。あれは事故であり、今だかつてだれも
経験した事が無いような偶然なのだ。
 やがて私を迎えてくれる、一台の車があった。この時代の車のデザインの事は良く分からない。
流線形の姿が使われており、清涼感があり、全く汚れもない車だ。黒塗りの車で、窓ガラスは外
側からは見る事ができないようになっている。この時代の車のデザインの事については分からな
かった私だが、これが高級車であるだろうと言う事は私にも見て取れた。
 その高級車の前に立つ、上品そうな服を来た人物が、私に向かって日本式の礼をすると、車の
扉は自動で開いた。
「デイビット・マルコムさん?」
 車の中に杖と、手持ちの大した事の無い荷物と共に入るなり、車の中にいた男が私に言って来
た。顔に覚えはある。典型的な日本人の中年の男の顔をしているから、どんな顔も同じに見えて
しまうのだが、さすがに滞在先の家庭の主の顔は、資料を何度も見て覚えている。
(カワシマ・シンジさんですね?)
 私はあえて日本語で言った。酷い発音だったと思うが、そうした方が日本人の礼儀に沿うと思っ
たからだ。
(はい、私がカワシマ・シンジ。あなたの受け入れ先である家の主です)
 と彼はそう言って来た。すると車はほとんど音も振動も立てずに動き出した。向かい合わせにな
った座席の向かい側にカワシマ・シンジは座っているが、その先に運転席と言うものが無い。そ
のまま正面のフロントガラスに繋がっている。
 この時代に合った物の考え方をしなければ。多分、車は全自動で、目的地をインプットしておけ
ば自動的に連れていってくれる。そういうシステムなのだろう。ましてコロニー内は区画整理され
ているから、車も迷うことなく連れていってくれるに違いない。そう。この車は一種のロボットなの
だ。そう考えよう。私は、安心して乗っていればいいのだ。
「英語で話した方が宜しいですかな?私は、コロニー内外で、取引先と飛び回っていましてね。仕
事は旧世代エネルギー開発です。シャンパンやワインなどがありますよ、飲んでは如何です?」
 シンジはそのように言いつつ、この車の中に設置されている冷蔵庫をスイッチで開けた。この車
はリムジンも同然だ。シャンパンボトルやワインが、私も良く知る姿で小型冷蔵庫の中に保管さ
れている。
「いえ、結構。医者に当分酒は控えるように言われていますから」
 私もシンジに従い、英語で話すようにした。その方が遥かに楽だ。日本語は表現が多彩過ぎて
私にも難しい。
「それは失礼を。客人は、最大限にもてなすのが日本式の礼儀でしてね。それはもうあなたのい
た時代から変わっていないのです。例え、地に足を付けている場所が、地面の上ではなく、コロニ
ーになったとしてもね」
 それはごもっともな事だ。礼儀正しく振る舞ってくれた方が、私としては嬉しい。さっきの病院で
は散々な目に遭った。マスコミが大挙して押しかけてきていて、彼らは私を少しも落ち着かせてく
れない。
 車の中は適度な室温に保たれており、ほのかに何かが薫る。心地の良い匂いが漂っている。
それは不快には感じられない。
「あなたの時代という言葉は、不適切ですかな?」
 シンジが私に向かってそう言って来た。
「と、申しますと?」
 私は少し戸惑いつつもそう答えた。
「黒人、白人、そして外人。世の中には変わらず差別用語が沢山ある。あなたの場合は、過去の
時代の人間と言って、現在から差別をする事。そうなのではないかと思ってしまいましてね」
 シンジはそう言って私を気遣う。なるほど、確かに過去の時代の人間という言葉は良い印象は
無い。私は気にならないが、差別用語として使おうとすれば使える。
「いえ、特には。気にしませんが」
 私はそう言うのだった。
「そうですか。だが、新聞はやたらとあなたの事を、過去の時代からの使者とか、21世紀からの
使者とかを書き立てている。私はそれを読むたびに歯がゆい思いをしていたものだ。私はあなた
を、普通の客人としてもてなしますが、分からない事があったら何でも言って欲しい。遠慮はせず
にね」
 シンジは丁寧な口調でそう言って来た。丁寧な言葉を使いなれているようだったが、どこか、本
心からでは無いような印象もある。彼は会社の社長だそうだから、社交辞令というものに慣れて
いるのかもしれない。
 英語での礼儀というものもわきまえているようだ。
 車の景色はどんどん進んで行く。スピードは時速60kmくらいだろうか。何台もの色とりどりの
車とすれ違う。広い道路に出ているらしい。緑が広がっており、遠くには山の景色が見えた。
 どこかで見た事がある山だ。確か、富士山という日本で一番有名な山の写真を、景色の写真集
で見た事がある。あれに良く似ている山が見えた。
「新富士山ですよ。このコロニーの中に人の手で作られた。人工の山です。地球にある本物に似
てはいるが、冬になるときちんと雪化粧をする。良く出来ていますが、実態は地下に発電所を作
る計画がある」
 私が、その山に見とれているとシンジはそう解説して来た。
「何もかも、私の知らない事ばかりだ。まだ、自分が巨大なコロニーにいるという事が分かりませ
ん。それに、今が1500年後だという事についても」
 そのように私が言うと、シンジは顔色を変えて言って来た。
「私は正直、あなたを受け入れる事に対しては積極的では無かった。この際ですから、初めにこ
の事をはっきり言っておきましょう。正直、私は家にいる事が少ない。典型的な仕事人間という奴
で、今日もあなたを迎えに行くために、無理した予定を立ててしまった。
 あなたが家にくるのは構わないのですが、あなたのホームステイを誰よりも推したのは、私の娘
でしてね。何というか、思春期の子供というのは、親に反発するくせに、新しいものが好きで、好
奇心が旺盛と言うのか」
 シンジはそう言ってくる。私は彼の顔色の変化に気づいていた。
「それは、思春期の子供と言うのは、皆そんなものでしょう。私の家は、まだ子供が小さいときに
私がこちらに来てしまったので、思春期にあの子達がどう過ごしたかは分かりませんが」
 私の脳裏に、自分の子供たちの顔が浮かんだ。上の長男が10歳、下の次男が5歳になった
時、私は宇宙空間を漂う羽目になった。彼らは幸せに成長し、立派な大人になったのだろうか。
 彼らは生きてはいない。妻もそうだ。私の子孫がどうなったのかも知らない。私は勝手に1500
年の時を旅してしまった。
 彼らを残してきた事が、悔んでならない。シンジの話で、私は余計に家族の事を思い出してしま
うのだった。
 だが、どうやっても1500年の時を取り戻す事は出来ない。それは過ぎ去った過去の出来事な
のだから。



「ようこそ、よくおいで下さいました。カワシマ家に」
 私がホームステイする事になった、カワシマ家とは、落ちついた作りの中にある規模の多き家
だった。この家には、日本らしさはほぼ無い。完全に私にとっては未知の世界だ。アメリカ的でも
なく、ヨーロッパ的でも、アジア的でもない。
 流線形の形をした本棟が特徴的で、真っ白な壁と、大きな窓がある事が印象的だ。さながら美
術館のようなたたずまいをしている。汚れも染みもどこにも無く、常に清潔さが保たれているよう
だった。
 カワシマ家では使用人を5人ほど雇っているらしい。いかにもベテランという様相の使用人が、
まるでホテルマンであるかのように私を出迎えた。だが彼らは妙に態度も丁寧過ぎ、そして顔も
整い過ぎているような気がした。
 そんな中、少しぶっきらぼうな顔をして私を迎えた、一人の少女がいた。すぐに分かった。彼女
がカワシマ・シンジの娘だ。
「ほら、あなたもきちんと挨拶して」
 シンジの妻である、ミドリがそのように言い、娘はしぶしぶと言った様子で私に頭を下げた。
(カワシマ・ハルカです。よろしくお願いします)
 と言ってハルカは日本語で言って、私に頭を下げた。日本式の礼だ。だが彼女はまるで人見知
りをするかのように、ちらちらと私の方を見ながらの挨拶で完全に頭を下げてはいない。だが私
はきちんと礼をした。
 私が、シンジの娘のハルカを見てまず驚いたのが、彼女の髪の色だった。真夏のフロリダにい
そうな若い娘がしている、露出のある格好、へそ出しキャミソールと、短パンを穿いているくらいな
らまだしも、髪を緑色に染めている。
 だが、違和感のある染め方では無く、元来から緑色の髪の色をしているかのような染め方だ。
(ヨロシク、オネガイシマス)
 せっかくなので、私は日本語でそう挨拶をするのだった。それに対してシンジの妻はちらりとほ
ほ笑んだ。だが後ろにいる使用人達はまるで笑おうとしない。
「家の中を案内しますわ。広い家なので迷われるでしょう。あなたのお部屋も用意しました。なる
べく私たちと交流を持つようにと言われていますので、食事は一緒です。主人は忙しくて、あまり
家にいませんが、私や、使用人たちはいます。どうぞ、自由に使って下さい」
「ああ、はい」
 シンジの妻であるミドリも英語が堪能であるようだ。彼女らも英語を使うとは意外だった。ここは
コロニーであり外国領土。何よりも言葉の壁があるだろうと私は覚悟さえしていたのだが。
「使用人の人達も、英語ができますか? 私もしばらくホームステイする身としては、多少は日本
語も学ぼうと思って来た。せっかくの機会ですし」
 流線形の窓ガラスがはめ込まれ、庭が見渡せる小高い丘の上。そんな廊下を私は杖をついて
歩きながら、私はミドリと、背後からついてくる使用人2人を見まわしながら言った。使用人は2人
とも日本人らしい女性で結構若い。20代くらいの年だ。
「使用人達も英語はできます。日本語も話せますし、うちは、外国からのお客も多いですから、中
国語も、フランス語も、確か、アラビア語も入っていらしたかしら?」
 と言って、ミドリは、私の背後にいる使用人に尋ねた。若い方の黒髪の使用人が答えてくる。
「はい、奥様。20言語が登録されています」
 そのように私達ににっこりとほほ笑みながら答えてきた。わざわざ私の為に英語を使ってそう言
ってきてくれている。日本的な美人とはこういう事を言うのか、落ちついた顔立ちが綺麗だった。
 しかし、入っている。登録されている。という表現が不思議だ。それは一体、どういう事なのだろ
う?
 私は疑問の眼で使用人達の方を見るのだった。彼女達のどことなく不自然な印象から私は、あ
る答えを見つけ出した。
「こんな事を言って、おかしく思ったら申し訳ありませんが、もしかして彼女達は、人間じゃあな
い?」
「あら?21世紀では、まだ、ロボットはそれほど一般的ではありませんでしたか?」
 ミドリはそう言って来た。
「あ、ああ、彼女達は、ロボットなんですか。ああ、なるほど」
 そう言われても私はとても信じられない思いだった。確かに人間に比べれば、どこか機械的に
作られた態度が、ロボットらしいと言えば、使用人たちはロボットのようにも見える。しかし、かなり
自然にカワシマ家に溶け込んでいる。
 私は、自分の生きていた時代で開発された、二足歩行型ロボットや、ロボットの出てくる映画を
思いだしていた。それはロボットと人間の差が明確だった。あれとは違う。かなり彼女達は人間的
にできている。
「彼女達には、悪いかもしれないが、あの皮膚の下は、つまりは金属とか機械でできているという
事になるんですか?」
 私は思わず興奮してミドリに尋ねた。ここまで精巧に作られているロボットを見て、戸惑いつつ
も、好奇を隠せなかった。
「いえ、頭の部分以外はほとんど人間と変わりません。確か、ほとんど有機物で作られているんじ
ゃあなかったかしら?ただ人間よりも頑丈にできていますけれども。そうそう、人間との区別は、
首の後ろに、接続盤がついているかどうかで判断して下さいね。失礼しました。そこまで知らない
とは知りませんでしたので」
 ミドリが頭を下げながら私にそう言って来た。
「いや、いいんです。分からない事だらけで。ただ、ほとんど人間の姿をしたロボットを見れただ
け、私は感動だ」
 そう、ここは1500年後の世界。だが、私はここで生活していかなければならない。1500年後
の世界だからと言って、いつまでも戸惑っているわけにはいかない。早く慣れなければならなかっ
た。
「マルコムさん。こちらがあなたのお部屋です」
 と言って、ミドリは一つの扉の前までやって来ていた。両開きの扉になっているその扉は音も立
てずに両側に開いた。
 そこには、どことなく無機質な印象を持ちながらも、落ちついた雰囲気の部屋が広がっている。
悪くない。日本人の家庭にホームステイするわけだから、もっと、私が想像する和風とされる部屋
も期待していたが、今は時代が違う。
「細かい事は、使用人から好きにお聞きになられて。彼女達は嫌がらず何でもこなしますので。
戸惑う事も多いかもしれませんが、まあ、じきになれるでしょう。夜に眠って、食事をして、お風呂
に入るという習慣は、21世紀からある事だと思いますから」
「いろいろとありがとうございます」
 そう言って、ミドリは私に当てられた客室から出ていった。
 ベッドがあり、絨毯があり、ソファー、椅子、本棚。そして部屋の中にはバスルームさえもある。
高級ホテル並みの設備だ。カワシマ家は相当に裕福なのだろう。
 まだとても落ち着いた気持ちにはなれない。ベッドの中に横になる事はできないだろう。私は持
っていた杖を置いて、部屋の中央に置かれたソファーに座った。杖を使って歩くなどした事が無い
し、私の筋肉も骨格も完全ではないと言うから、結構疲れる。
「君達も、座ったら?」
 そう言って、部屋の入り口付近に立っていた、使用人のロボットたちにそう言った。
「では、失礼します」
 そう言って、髪の色が桜色の方の女性のロボットが頭を下げて、部屋のソファーに二人の使用
人が座った。私は待ちきれないと言わんばかりに、質問を始めた。
「私の事はすでに聴かされていると思うが、何と言ったら良いのか。君達ほど人間に近い、つま
り、21世紀の人間にとっては、ロボットか人間かの区別もつかないような存在を、私は知らない。
ロボットというのは、私にとっては君達の差別用語になるかと思うのだがね。名前はある?そちら
で呼んだ方が良いだろう」
「いえ決して」
「私たちの事をロボットと呼んでも構いません」
 二人のロボット達は口々にそう言って来た。まるで人間がするかのような態度と口調が発せら
れる。
「名前くらいはあるんだろう?おっと、製造番号を並べられても分からないからな。この家での呼
び名とかはあるんだろうと思う」
「私は、サクラと呼ばれています。食事の用意が担当です」
 と、実際に髪の色が桜色の方が言って来た。
「私は、ヒマワリと呼ばれています。清掃などが担当です」
 そう言って来たのはオレンジ色の髪をした方だった。髪の色が植物の色になっているらしい事
は、日本語を勉強した後で知るのだった。
「ああ、そうかい。じゃあ、次は」
「マルコム様。私たちに質問をするのも良いですが、なるべくならば、このカワシマ家の方々に質
問をされた方が、人同士の交流ができるかと思われます。特にお嬢様からはそのように命令され
ています」
「お嬢様って、さっきの?名前は?」
 あの緑色の髪をした少女の顔を私は思い浮かべる。
「ハルカお嬢様です。あなたをこの家へホームステイするように、強くご主人様に薦めたのは、ハ
ルカお嬢様です。なるべくあなたが、お嬢様と会話をするような環境を作るようにと、お嬢様から
強く命令されています」
 命令とは随分強い言葉を使うものだな、と私は思う。そんなに大切な事なのだろうか。私はサク
ラという使用人ロボットの眼を見て思う。
「じゃあそのハルカお嬢様について、知っておきたいね。話すよりも前に」
 私がそう尋ねると、ヒマワリの方が話してきた。
「ハルカお嬢様は、現在17歳です。私立新富士大学付属第3高等学校の3年生の高校生になり
ます。大きな声では言えませんが、成績はあまり良い方ではありませんが、ご主人様が幼いころ
から英語教育をなさって来ているので、英語は話す事ができます。趣味はネットチャットです。理
由は分かりませんが、環境やエネルギー開発に興味がおありで、環境問題を論議するチャットに
よく出入りされています。
 お友達の方は私共は知りません。好きな食べ物はパイナップルです。納豆がお嫌いです。担当
している使用人はアジサイです」
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