悪徳なんてこわくない 第一章(作:SAYさん)
「私は兵士だ・・・」
山岳地帯の草原を行軍している小隊は、音を立てずに進んでいる。
体の前で、いつでも撃てるように構えているライフルが重い。
H&K G3A4、かつてドイツ連邦軍が制式採用していたバトルライフルだ。
通常のM16などの銃と違って、弾が5.56mmの軽いものではなく、7.62mm
弾を使う。弾丸が大きくてパワーがあるぶん、有効射程距離が5.56の380m
位に比べ、1000mと長い。だから狙撃銃、スナイパーライフルとしても使え
る。
体が華奢で、敵と近接した白兵戦では、おそらく100回試しても、体のゴツイ
敵兵にあっさり殺されてしまうだろう私のために、上官が選んで与えてくれた
銃だ。
「離れた場所から、隠れて敵を狙い撃ちしろ」
そう、言われて・・・。
でも、行軍中ずっとかついで運ぶには、私には重過ぎる。
頭にかぶった、ケプラー製のヘルメットを留めているベルトから汗がしたたる。
「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」
息が上がっているのが分かった。
部隊が開けた草原をやっと突破し、尾根の反対側にあるブナの林の中に入った。
「よし、小隊止まれ!」
少尉が押さえた声で叫ぶ。
前方の木立の中から、二人の兵士が、ぬぅっと現れた。偵察のために先に行っ
ていた斥候の二人だ。こちらに向かって合図を送ったのが見えた。
「小隊はここで小休止。各自、警戒を怠るな」
兵士たちは皆いっせいにため息をつくと、みな思い思いに適当な場所を探して
腰を降ろしはじめた。
やっと休憩だ。
私は、近くにあった立ち木の根に座りこんで、重いライフルをやっと降ろした。
すぐに、ラポウスキーがそばにやってきて、水筒を差し出した。
「飲めよ。疲れただろ」
短く刈り上げたきれいな銀髪が目立つ、ロシア系の筋肉の固まりのような大男
だ。でも、私に親切にしてくれる。だから、ラポウスキーのことは嫌いではな
い。
私は笑顔を返すと、両手にライフルを持ったまま、唇をつきだすようにして、
差し出された水筒の口をくわえた。彼が傾ける水筒の水を、自分の手を使わず
に口だけでおいしそうに飲んだ。そんな私の仕種を、ラポウスキーはいつもの
苦笑を浮かべて眺めた。
「ありがとう。ラポウスキー」
飲み終わるとお礼を言った。
「いえいえ、どういたしまして、お嬢ちゃん」
彼はそのまま私の隣に座りこんだ。
森の中は、風で木々の葉が揺れる音だけがしていて、静かだった。戦友たちは、
あちこちで座ったり、中には草の上にゴロリと横になったりして、休んでいる。
「今夜は、誰が相手なんだ」
ふいに隣で、ラポウスキーがつぶやいた。
私はため息をついた。
「さあ、誰かは、そのときにならないと分からないわ」
言いながらすこしうつむいた。
「兵士がチケットを持ってくれば、私の脳に埋め込まれたナノロボットが起動
して、私はすぐに淫乱なセックスペットになっちゃうの。知ってるでしょ」
私がカワイイ口調ですこしうんざりしたように言うと、彼は、私がそう嫌いで
もない、得意の苦笑を浮かべた。
「今夜お嬢ちゃんを、好きなだけオモチャにする野郎がムカつくぜ」
「フフン、心配しないで、あなたの番の時は、思いっきり狂ってあげるから」
2017年、アジア大陸の某大国が、経済の発展に極みに達し、とうとう増長を
起こした。もともと偏狭で時代遅れの、自己満足に近い民族思想を根に持った、
いろいろと問題の多い国であったが、莫大な人口を満たす食糧を調達するため
に、周辺国に無理難題を押しつけはじめ、国際社会から批判を受けると、億を
越す膨れ上がった民衆が憤慨して大規模なデモを起こした。それがアジアの広
大な国土を覆い尽すまでに広がると、呼応した軍部のタカ派が暴発して内乱が
発生し、ついに、核ミサイルを発射した。
第三次核大戦である。
二年間に渡って、アジアのほぼすべての周辺国、欧州諸国と米国、それに遠い
南米諸国まで巻き込んで、多国籍軍と大陸軍との間に激しい空爆と地上戦がつ
づき、20億という人民を掌握し切れなかった某国政府は崩壊し、アジア諸国
と欧米が分割統治するという形で終わった。
戦禍はすさまじかった。核の地獄によって、ロスアンゼルスとサンフランシス
コは消滅し、東京は放射能で人が住めない土地となり、韓国は国民の3分の2
が死んだ。
しかし、混乱はそれでは終わらなかった。広すぎる大陸と多すぎる人口、それ
に各国の思惑や国際テロ、さらには宗教や民族思想といった根深い対立が火種
となり、各地で大規模なゲリラ戦争が起きたのだ。
2026年、核の恐怖は、世界の人々の心の奥底に深く刻みこまれ、使われるこ
とはなくなったが、それでも、いまだに、北はロシアの南西部から南は朝鮮半
島北部、西はアラビアの砂漠とイスラエルを越えて、東欧まで、広いエリアで
様々な勢力同士の地上戦が続いていた。
それは、第四次非核大戦と呼ばれた・・・。
その時代、世界的な少子化のなかで、どこの国でも、跡とりと年老いた親の世
話を任せられる男子が優先され、女子の出生数が極端に減少した。その結果、
いまや世界のほとんどの国で、人口に占める女性の割合が圧倒的に不足する事
態となっていた。
長い戦争の間、各国の軍隊は、従軍中の兵士たちの慰安問題に頭を悩ませた。
兵士たちのセックス処理である。経済の発展と、女性人口の極端な不足のため
に、どこの国でも、いまや女性の売春はほとんど行われなくなっていた。
医学の進歩が、その問題に新たな解決策を提供することになった。
男子の中で、周囲の推薦と当人の希望に基づいて選抜された者たちが、慰安奉
仕のための特殊な性転換兵士として、軍の病院でシーメールに改造されること
になった。つまり、性欲の処理に困った、他の若い男性兵士たちの相手をする、
セックスペットにである。
大規模なアンケートにもとづいた、大多数が理想と求める美貌と肢体を持ち
妊娠や性病の心配がまったく無く、それでいて男として戦友と気持ちが通じ、
激戦時でも頼りになる存在、そして、セックスの欲望を十分に満足させてくれ
る淫乱なテクニシャン。
冷徹にシステム化された巨大な組織である軍は、与えられた目標のために、綿
密な調査を開始し、入念な計画を練りはじめた。
私は子供の頃から、痩せっぽちで体が細かった。それに骨盤・・・つまりお尻
が、男としては異様に大きかった。そんな容姿だったから、人からはよく、女
の子みたいだね、とか言われた。スポーツは得意だったので、大きくなってか
らバスケットやサッカーに熱中したけど、もとからの細い体型は、どうやって
も変わらなかった。
友達から、ハリガネ君とか呼ばれて、怒って殴ったこともあった。さらに困っ
たのは、頑張って体を鍛えたのに、細さと生まれつきの大きなお尻のせいで、
近所のオバサンや女生徒たちから、○○君って、プロポーションすんごいキレ
イ〜と、やたら言われるようになってしまったことだ。逆ギレした私は、文化
祭で女装してくれという、クラスメートたちのリクエストにヤケになってOK
してしまい、チアガールの格好をして踊りまくり、ビックリしたことに、チア
ガールコンテストに優勝してしまった。
それからというもの、内側で怒りの炎が燃え盛っている私をよそに、男子生徒
たちからラブレターをもらうは、女生徒たちからはお化粧のしかたを教えてあ
げるよ、とつきまとわれたり、さんざんな目に遭った。大爆発しかかっていた
私は、卒業式の次の日、叩きつけるように書類を提出して、徴兵検査を待たず
に、「たくましい男たちのバラダイス」=陸軍に志願入隊してやった。
でも私は、じつは「ある秘密」を、小さいころから必死にず〜っと隠していた。
物心ついた時から、私は本当は自分のことを、男だと思ったことがなかった。
というよりも、女であるとしか感じられなかった、と言った方が正確だ。でも、
体は男だったし、いくらお人形で遊びたいとか、クラスの女の子たちの着てい
る服が着てみたいとか、スポーツ万能の「ある男子」に・・・キスしたい・・・
と思っても、それを表に出してしまうと、ホモとかオカマとか言われてしまう
のは分かっていた。だから、本当はその通り、オカマなのに、周囲に気づかれ
まいと必死だった。
思春期からは、他の女たちと自分の体の違いに、誰にも相談できず一人で深刻
に悩んだ。もしかしたら、クラスメートや友だちたちは、私の密かな気持ちに
とっくに気づいていたのかも知れない。つまり・・・エッ! もしやバレバレ
だった・・・?
・・・困ったことに、筋肉モリモリの汗臭い兵士たちにギシギシ囲まれて、私
の内緒の苦悩は、軍隊に入った後も一向に解消されず、かえってどんどん苦し
くなってしまった。
だから、陸軍が、性転換を希望する兵士を募っていると聞いた時、私はついに、
一にも二にも迷わず志願してしまった。
軍は、綿密に計画されたプログラムを始動した。下士官以下の兵卒の中から、
本人からの申し込みと周囲からの推薦によって、着々と、慰安要員の候補を募
っていった。表面上は、性同一性傷害の兵士のために、軍が性転換費用を援助
するという、美辞麗句で。
候補者たちは、二週間に渡る適性審査で精神分析を受け、真に性同一性傷害で
あるかを診断され、外見の適性を審査された。そして、さらに能力審査へと進
み、対人心理工作能力と、持久力、反射神経、敏捷性の高さを重点にテストさ
れ、それら全てにパスした合格者のみが、軍の医療施設に送られた。
そこで当人の意思が最終的に確認され、承諾した者は、大胆な女性化手術を施
された。
女性人口の大幅な減少により、刑務所服役囚や遠洋航海の船員のみならず一般
社会においても、バチカンカソリックやイスラム高職者が強行に訴えた宗教倫
理を乗り越えて、男性同士の交際や男娼の存在が社会的にはなかば公然と認知
されていた。それにともない、性転換手術も普及していたため、その技術は恐
ろしいほどに進化していた。
全身麻酔を施され、昏睡状態に陥った選抜兵士は、まず最初に薬液の入ったプ
ールに頭部以外を浸けられた。そして、電熱器のスイッチを入れ、42℃にま
で熱して肉体を蒸した。薬品の効果で、頭部を残した全ての体毛を取り去り、
全身の皮膚を変質させ、肌のキメを細かくしたのである。
その次に、下腹部の男性器を手術して睾丸を切除し、睾丸の袋部と下腹部の体
内のくぼみをつかって、下腹部に陰唇(ラビア)の原型と、体内に疑似膣(ヴ
ァギナ)をつくった。疑似膣の内壁には、体内の水分を透過させて愛液として
分泌する特殊な浸透膜と、挿入される男性器の快感を高める特殊な微小突起と、
あらゆる性病を防ぐ抗菌膜の処理を施した。終わると、残った陰茎(ペニス)
に注射をしてから、特殊な医療器具を、陰茎をはめるように装着し、作動させ
た。
その器具は、女性器の整形をおこなうためのもので、特殊な圧縮装置が内蔵さ
れており、薬を注射された陰茎を300分の1近くの大きさに縮小し、去勢した。
これで、今後永久に、女性と性交渉することは不可能になった。
調査で、大方の男性兵士が、ペニスが残ったままのシーメールだと、性欲より
も恐怖感を覚える者が多いという結果が出たために、選択されたことだった。
それから、その縮小していびつになった肉片と、まだ不細工なままの陰唇部の
原型に薬を注射して、型にはめて熱し、本物そっくりの女性のクリトリスと、
大陰唇、小陰唇の二重のラビアを形成した。クリトリスにはもちろん、もとも
との男性器にあった快感神経はそのまま残った。そのうえ、凝縮されることに
よって神経の密度が増し、感度がより高まった。
それから、胸に生理食塩水に成分の似た、比重のとても軽い特殊な物質を注入
して、シリコンバッグを入れた時に特有の不自然な乳形でない、美しい自然な
形状の豊満な乳房をつくった。そして、顔の整形、残った部分の不要な毛のレ
ーザー脱毛、肋骨や骨盤の整形がされ、美しくなるよう全体が整えられた。
整形が終わると次は、肛門から線状虫に良く似た、共生型生体プラントを入れ
られた。遺伝子操作によって、もとは寄生虫だった線状虫を品種改良して生み
出されたそれは、直腸内に入ると、自分から大腸、小腸へとどんどん潜りこみ、
胃に入ると先端部の口からカギ爪のような無数に並んだ牙を出し、麻酔効果の
ある唾液を吐きながら幽門にとりついて、牙を柔らかい内蔵壁に食いこませる
と、先端部を幽門に密着させて二度ととれなくなった。
そのおぞましい寄生虫型の生体ナノプラントの機能は独特であった。ふだんは、
体内に摂取される消化済みの食物から、糸状の軟体質の体の表面を通して自分
で栄養を吸収して、大人しく生きている。そのかわり、宿主は栄養を吸収され
るため、いくら食べても太らなかった。
シーメールがフェラチオやアナルセックスをして、性的興奮を感じると、大腸
内に伸びた末端の孔から、滑らかな粘液を流し出し、それはアナルセックスの
際に痛みを無くす愛液の代わりをし、同時に先端部から血液内に、宿主に恍惚
感と高揚を感じさせる、『ドーパミン』ホルモンに似た物質を分泌する。
宿主のシーメールが、男から口や直腸内に射精され、精液が消化器内に入ると、
精液に反応して、とたんに活動を活発化させる。糸状の体を腸内に伸ばして精
液を吸収し、自己の栄養にするとともに、その代わりに、シーメールにとって、
一生必要不可欠な、女性ホルモンや、美容に絶大な効果のある胎盤エキスなど
の、宿主の喜ぶホルモンを適度に生成して、先端部から血液中に分泌するのだ。
つまり、シーメールがアナルセックスや口で受け取る男の精液は、それにとっ
ては、滋味豊かなごちそうであった。ごちそうである精液をもらえそうになる
と、それ自体が興奮して、宿主であるシーメールにせがむかのように、性交を
煽る働きを行い、それにのせられたシーメールの活動で、めでたくお目当ての
精液を摂取すると、ご褒美として、シーメールに必要な各種のホルモンを与え
るのである。おかげで、高価なホルモン注射を受け続ける手間がなくなった。
それは、一種異様な光景ではあったが、医学的には十分に均衡のとれた見事な
共生関係であった。しかし、そのために、シーメールたちは、抵抗しても虚し
く必ずアナルセックスの虜になり、口で精液を舐めとり飲みこむのが好きにな
った。
そして、最後の仕上げとして、鼻孔から注射器で、脳に、電子顕微鏡でしか見
えない極小の生体ナノロボットを入れられた。それは、『トキソプラズマ』と
いう猫や人間の脳内に寄生して、その行動形態まで変えてしまう、実在の寄生
虫によく似た形状をしていた。脳神経治療で使われる医療器具を改良した、ま
だ試験段階の最新器具であった。
ごく微弱な電気パルスによって、脳の快楽中枢の神経に刺激を与え、下腹部に
つくられた疑似膣(ヴァギナ)に与えられる性的な刺激を、本物の女性が感じ
ると同様の快楽と愉悦に変換し、さらには、快感を持続・増幅して、ついには、
絶頂(オーガズム)にまで達しさせることを目的として開発されたものだった。
こうして、セックス用に生まれ変わったシーメールは、まだ麻酔で眠った状態
のまま、病室に移され、次の段階の女性化のために、ベッドにバンドで固定さ
れ、点滴針で薬を注入するチューブを全身につながれた。
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