連れて行かれたのは、風呂場だった。
ずいぶんと広い浴室で、くもりガラスの窓からは外の光が明るく入り込んでいた。
「そこに座って」
訳もわからず、浴槽の縁に座る。
楓はスプレーのようなもので泡を出して、誠の足に付け始めた。
「あの……いったい……」
「足は出すから、毛を剃らせてもらうよ」
……選択権は無しですか?
誠の返事も聞かず、楓はさっさと毛を剃り始める。
途中から鼻歌まで歌い始める楓の様子に、誠は抵抗する気持ちが萎えていく。
腕や顔など、見えそうなムダ毛は徹底的に処理されてしまった。
何となくつるつるして、肌寒い。
毛って意外と保温効果があるんだ……と現実逃避のような意味のない考えが、誠の頭の中に浮かんでいた。
最後にお湯でざっと流されて、ムダ毛処理も終わる。
「さっ、次」
「まだ何かあるんですか?」
また元の部屋にもどり、誠を椅子に座らせると、楓は誠の手を握ってきた。
「えっ?」
戸惑う誠に、楓は無言で作業を開始する。
今度は、爪の手入れのようだった。
爪の手入れか……女の子って大変だな……。
誠の心はもはや他人ごとのような、何かあきらめに似た気持ちで満たされていた。
爪はきっちりヤスリをかけられ、マニキュア? と思われる透明な液体でコーティングされた。
「さて、じゃあこれに着替えて」
先ほどとは違うワイシャツとスカートを、抵抗をする気力もなく誠は着始める。
スカートは若干の修正を受けながら、着替え終わる。
「じゃあ、メガネを外してコンタクトにしてくれる?」
ここでコンタクト?
誠は慣れない手つきで、コンタクトをはめてみる。
入れるときは少し怖いが、装着してみるとメガネよりも視界が広くて思ったより快適。
楓が向かい合わせに座ると、誠の顔に何かし始めた。
あぁ……化粧ですね……はい。
誠は目をつぶって、されるがままに任せた。
ここまで来たら、なるようになるしかない。
化粧にはだいぶ時間がかけられた。
けっして塗りたくられたのではなく、むしろポイントを押さえてメイクはされていた。
ただその下準備として、眉を描かれたり、目のラインに時間がかかっているようだった。
何が起きているのかは鏡がないので解らないが、楓が真剣にていねいにやってくれているのは解る。
ここは信用するしかない……何を信用するかは別にして。
どのぐらいの時間がたったろう。1時間はたっていないと思うが、だいぶ時間はかかったと思う。
ようやく誠の化粧が終了した。
「よし、できた。鏡、見てみる?」
「…………遠慮しておきます」
「そう。じゃあ次は立ち振る舞いの練習だから、また移動するよ」
まだあるんですか……。
誠はその格好のまま、リビングへ移動する。
リビングは広い庭が見渡せる、気持ちのよい空間が広がっており、そこにはまどか達が立っていて、なにやら練習をしていた。
誠が部屋に入ると、その中のひとり、桜が喜びの声を上げた。
「きゃぁぁ! 可愛い!」
何がですか……?
他のまどか、麻友、凛、薫子、美緒がその声に気づいて誠を見る。
美緒は桜と一緒に喜び騒ぎ、薫子と凛はあ然として口を開いて立っていた。
まどかはびっくりして、頬を赤く染めていた。
麻友も顔を赤くして、じっとこちらを見ている。
何事ですか!
「はい。じゃあ、一柳くん……というのも変か……まーちゃんも入れて、練習を始めます」
なんですか? そのまーちゃんというのは?
楓は相変わらずマイペースに進めていた。
よく見ると、部屋の隅に計測の時に来ていた女の子達もいる。
こちらを見て小さい声で何か嬉しそうに話しているが、ここは忘れることにした。
誠は女の子達の中へ一緒に入れられると、近くに来たまどかがそっと耳打ちしてくれた。
「師匠。私よりも可愛くなってますよ。思わず見惚れてしまいました」
……そんなことはありえません!! ……と願いたい……。
反対側の耳に、今度は麻友が話しかけてきた。
「やめてよ。……もっと好きになっちゃったじゃない」
麻友の言葉に、誠はかぁっと頬が熱くなる。
……このまま逃げてもいいですか?
いや……この姿のまま逃げたら、単なる変態だ。
誠は逃げ出したい気持ちをなんとか抑えこんだ。
小説家になろう 勝手にランキング
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。