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女装少女
作者:水守中也
「弥生くんって、その、女装とか好きな人なのっ?」
「は?」
 下校時。久しぶりに、友達の姫ちゃんと一緒に帰っていたら、校門を出て一分としないうちに、こう尋ねられた。
 えーと。
 とりあえず、整理する。
 姫ちゃん、本名、白石美姫。私と同じ小学六年生で友達。性格は大人しめで、小動物系。ボケかツッコミかで区別したら、ボケの方で、見た目によらず、思い込みが激しいひと。今年になってクラスは変わったため、久しぶりに二人きりで下校中。
 弥生くん。こちらは私、中島三月の双子の弟のことである。性格は大人しめだけど、けっして小動物系ではない。ボケかツッコミで区別したら、ツッコミ。だからって双子の私はボケじゃないぞ。
 双子というだけあって、容姿はかなり近く、体格もお互いにとって不本意(背が伸びない、胸が膨らまない)なことに、これまた似通っている。
 で、その双子の弟が、「女装とか好きな人」なのか、結論からいえば、ノーだ。聞いたことも見たこともない。ちょっとでも、その節が見られたら、そんな面白いネタ放っておくわけないじゃないか。
 けど……、姫ちゃんがこんなこと聞いてきた理由は、大体予想ができる。
 少し前、お母さんと買い物に行った時のことだ。
 深くは語りたくないので省くけど、お母さんとちょっとした「賭け」をして、負けた。でその結果、小学校に入学してから一度もはいたことのない、スカートを衣料品売り場で買わされ、しかも、それを履いて家に帰る(!)はめになった。言うまでもなく、極悪な母親による、羞恥プレイだった……。
 運よく、知り合いにも出くわさず、道行く人にも変な目で見られることなく(まぁ一応女の子なのだから当たり前だけど)家までたどり着いた。第二関門は、留守番していた弟の弥生。やつに見られたら、そりゃもぉねちねちと嫌味を言われるの確定だったけど、部屋にこもってゲームしていたおかげで、スカート姿を見られないうちに着替えることができた。これでミッションクリアー、だと思っていたんだけど……
 スーパーを出た直後の駅前で、実は姫ちゃんに目撃されていたのだ。
 ところが姫ちゃんは、そのスカート姿の人物を私ではなく、弟の弥生がスカートをつけて街を歩いていた、と勘違いしているみたいなのだ。そりゃスカートはいて学校に来たこと一度もなかったから、姫ちゃんが勘違いするのも分からないではないし、見られたくなかったんだから素直にラッキーと思いたいところだけれど、女として弟に負けたみたいで、ちょっぴり複雑だったりした。
 しかぁしっ、こんな展開になるなら全然おっけー!
 ここがノーベル賞級の演技の見せ所。私はたっぷりため息をついて、知られてしまった弟の性癖を語る姉、を演じた。
「そうなのよ。弥生ったら、勝手に私の服を持ち出しては、着て喜んだりしているのよっ! 変態なのっ」
「てことは、あのスカート、三月ちゃんのだったんだ」
 ……やぶへび。ちょっと前に覚えた単語が頭に浮かぶ。
 けど姫ちゃんの関心は、すでに弥生のことに移ったようである。
「やっぱり、弥生くんって……」
 弟が姫ちゃんに片思い――っていうか気にしていることは知っていたけれど、逆は知らなかった。まぁ姫ちゃんからすれば、「スキスキだぁいすき(はーと)」ってレベルじゃなく、単に気になる男の子その2、程度だと思うけど。
 でも仮に、姫ちゃんが弥生と結婚したら――姫ちゃんは私の義理の妹になる。姫ちゃんに「三月お姉ちゃん」って呼ばれる日々、けっこういいかも。
 姉としては弟の幸せを願うべきなんだろうけど、なんか両想いってのはしゃくだ。なにより、姫ちゃんは、からかってこそ面白いキャラクターなのだ。……さらば、妹よ。
 私はあくまで自然に、ぽんと両手を叩いた。
「そうだ。今度の日曜日、お父さんとお母さんは会社の人の結婚式に出席していないのよ。これで私がふーちんの家に遊びにいって留守にして、弥生一人になったらもう確定ね。私の部屋に侵入して、女装外出する可能性、大!」
「ほ、本当に……?」
 震える声の姫ちゃん。けどどこか期待する目をしているのは何だろう。
 ま、真相を知ってはっきりしたい、と思っているのだろう。これは後押ししてあげないとね。姉として親友として♪ むふふ。

 日曜日。両親は似合わない正装をして家を出た。弥生はいつものように自室でゲームしている。私は弥生に、ちょっと出かけてくるね、と言って、誰もいない一階へ移動。かばんに忍ばせていたスカートに素早く着替えて、家を出た。うしっ、ミッション・1、成功!
 さてと、あとは姫ちゃんを携帯で呼び出して、彼女の眼に触れるように、この姿で歩けば、完璧だ。
 弥生に目撃されないよう、そそくさと家から離れる。途中何人かとすれ違ったけれど、普段の私を知らないので、誰一人として、私のことを気にする様子はない。
 スカートをはくのはこれで二回目だけど、正直悪くない。黒地で裾のあたりに白いラインの入った膝上ちょっと位のスカートだけど、よく履くショートパンツより裾は長いし寒くもない。風が吹くとひらりとして、万が一の可能性でパンツが見えてしまう(別に死ぬわけじゃないしいいけど)ってのも、スリルがあって結構はまるかも。真剣勝負! みたいな。
 ただ、布地には、腿にくっ付くか離れるかどっちかにしろ、と言いたい。
 なんてのんびりしていたせいかもしれない。姫ちゃんに電話しようとかばんから携帯電話をとりだしたとき、恐れていた顔見知りが前を歩いてきたのだ。しかも、親友ていうか悪友のふーちん(本名、古屋あんり)だ。
 逃げ出そうにも、すでに射程圏内。気付かれてしまった。
 彼女は言った。
「あ、弥生くん、どうしたの」
「私は三月だっ」
 つい反射的に答えてしまって、自己嫌悪。自分でばらして、どーする?
「知ってるよ。三月のうちに遊びに行こうとしたら、三月を見かけて、ちょっとからかっただけなのだ。それにしても初めて見たのだ。スカート姿なんて」
 ちっ、気づいていやがったか。
 けどまぁ至近距離だし、ごまかしても、逃げても隠しても無駄とあきらめる。珍獣でも見る目つきで、しげしげと顔を近づけてくるふーちんの前で、逆に見せつけてやる。腰に手を当ててふんぞり返って、意味もなく、くるりとターン。
「うーん。やっぱ女の子だねえ。弥生くんのちょっとアンバランス的な姿も良かったけれど、三月の方が似合うのだ」
「ちょっと、人の弟使って、変な想像しないでよ!」
 まるで弥生の女装姿を見たかのようなせりふに待ったをかける。弥生を使って遊んでいいのは私だけなのよ……って、姫ちゃんも似たようなものか。
「で、どうしたのだ? ついに目覚めたの?」
 興味津々といった様子で聞いてくる。下手にごまかしたら、変なうわさが学校中に広まりかねない。ここは素直に話すが吉だろうと、計画を明かした。ふむふむとうなずきつつ、どーせまともに聞いていないだろう思っていたふーちんだけど、意外にもまともなアドバイスをしてきた。
「うーん、でも、前回と同じ服を姫ちゃんに見せても、インパクト薄いんじゃないかなぁ」
 うっ。確かにそうかも……。けれど他のスカートは持っていないし。
 するとふーちんは、自らを指さして言った。「だったら、あたしの服、かしてもいいのだ」
「えっ。いいの?」
 ふーちんはなんちゃってプチお嬢様だ。今はキュロット姿だけど、ジーンズからお嬢様っぽいワンピースまで、いろんな服を持っている。それに偶然とはいえ、ふーちんを味方につけたのは大きい。
 姫ちゃんの前に女装姿(って違う!)で現れるよりも、この姿をふーちんに、いかにも見かけました、って感じで携帯で撮ってもらって、それをメールしたほうが安全だ。
 さすが持つべきものは親友よね。
 私はふーちんの提案に乗って、近所にある彼女の家に向かった。

 さすが持つべきものは(以下略)――なんて思った自分が馬鹿だった。
 ふーちんの部屋は、相変わらずものが散乱している(自分の人のこといえないけど)。せっかく広いのにお菓子の食べくずとか、雑誌とか、ゲームが転がっていて。こんなんだから、夏になるとあの黒い虫が発生するんだ。
 ただ今回の被害は、黒い虫ではなくって、クローゼットの鏡の中に映る、ゴスロリな女の子。
 リボンというのは髪を結ぶもので、ショートカットの人間につけるのはどうかと思う。だいたい、よく髪型をおさげにしているふーちん本人ですら、リボンなど使わず紐で縛っているだけなのに。
 それに手首やら腰やら肩口にくっついた、フリフリした白い布も、邪魔以外のなにものでもない。背中にも自分の顔とおんなじくらいの大きさのリボンが、意味もなくくっついている。そして服全体の、蛍光色のピンク色は、もうはっきり言って毒だ。
「コンセプトは、不思議の国の三月。うん、いい感じなのだ」
「……あの、この服、ふーちん自身、着たことないでしょ?」
「うん。パパが買ってきてくれたけど、さすがに恥ずかしくって着れないのだ」
「それを私に着せたんかいっ、あんたは!」
 自らの服装はシンプルイズベストを好む(そのためショートパンツとかが多い)ので、なんていうかこの格好は、五月人形の鎧というかモビルスーツというか。私はこれからどこに戦いに行くんかい? って感じだ。
 ……目隠しされて、服をひん剥かれて着せられたときに、なんとなくやぁな予感はあったんだけどね(気づけよ)。
「いやぁ、かわいいよー、三月。さぁ写真撮りましょうねー」
「勝手に撮るなっ」
 ふーちんの手から携帯を奪い取る。
「でも、姫ちゃんに画像を送るんでしょ?」
「そーだけど、それをふーちんの携帯から送ったら変でしょ。こっちで撮るのよ」
 自分の携帯をふーちんに手渡す。
「三月より、第三者のあたしが撮って送ったほうが説得力あると思うけどなぁ……」
「いいのっ!」
 ふーちんの携帯に、この醜態を保存されてたまるものか。撮られるのも屈辱だけど、自分の携帯なら被害はない。姫ちゃんに画像を送ったら、そっこで消去してやるんだから。
「それじゃ、近くの公園にでも行くのだ」
「えっ、どうしてわざわざ外に出なくちゃいけないのよ、こんな格好で」
「だって、あたしの部屋に弥生くんがいたら姫ちゃんが変に思うでしょ」
「うっ……」
 幸い、ふーちんの両親も急な外出で留守(だから暇になったふーちんは、うちに遊びに来ようとしたらしい)で、この姿を見られることなかった。公園にも顔見知りはいなかった。けれど、日曜日なので人はいっぱいいて、今度は当然ながら好奇の目で見られた。この公園、うちからもそう遠くない。こっちは知らなくっても向こうは私のこと知っている人もいるかもしれないのにっ。
 そんな中で、ベストショットを撮る、とはりきるふーちんため、何度も何度も繰り返される撮影会。
 けれど……けれど、おかげで、ようやく渾身の一枚が撮れた……!
 姫ちゃんに送信して、画像は消去。……終わった。
 つらい一日だった。けれど、この画像を見た姫ちゃんの反応と、その後の弥生の運命を思うだけで、疲れが抜けてゆく。ハッピーな一日に乾杯っ。
「じゃ、次の服いってみよっか♪」
 ――さてと、それじゃ、こいつをどうにかしますか。

 そして待ちに待った月曜日を迎えた。
 画像は送ったはずなんだけれど、姫ちゃんからの返信も電話も、まだ来ていなかった。
 たぶん、それだけ衝撃的だったってことだと思う。でも反応がなくってつまらない。メールしようにも、姫ちゃんは学校に持ってこないし(原則学校には携帯持ち込み禁止)。なんて思っていたら、彼女の後姿を見つけた。
「姫ちゃん、おはよー」
「あ、三月ちゃん……」
 なんだろう。この微妙な反応は?
「昨日送ったメール見た? もしかしてショックだった?」
「うん。それはいいの。予想していたから」
 してたんだ。予想。さすが姫ちゃん、斜め上をゆく人。弥生も哀れだなぁ(笑)。
「それに結構似合っていて、可愛かったし」
 そう言われると、正直悪い気はしない。
「それより……」
 姫ちゃんが大きなまなざしで、三月を見つめた。
「三月ちゃんって、あんな乙女チックな服持ってたんだね……」
 えっ?
「ちょ、違うって!」
 そうだ。姫ちゃんに弥生のことを説明するとき、私の服を勝手に持ち出して着ている、って設定にしてたんだっけ。あれは、靴下も靴も含めて全部ふーちんのものなのにっ。どうせなら全部弥生の私服って設定にしておけばよかった。
「ううん。いいの。そういう意外な側面って、あたし的にポイント高いから。それに、ちょっと……好み、かも」
「だから、その、ポイントって……なにっ?」
 けれど姫ちゃんがこうなってしまったら、いくら説明しても後の祭りだということは、親友として、よーくわかっている。
 姫ちゃんが、期待に満ちたまなざしで言った。
「今度、一緒に秋葉原にでも、お買い物に行こうねっ♪」
この作品は、「三月やよい」の続編になります。
気が向いたら、こちらも、読んでください。
……思いっきり、ネタばれになってますが(笑)
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