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メイドが家にやってきた
01
 「遊希ゆうきさん。起きて。遊希さん」

 夏向かなたは熟睡する遊希を布団の上から揺り動かして夢の世界から現実に呼び戻そうとしていた。周囲には計10個もの目覚ましが倒れて散らばっている。すべて今を遡ること1時間前から30分前まで連続的に鳴るように設定されていたものだ。

 「ほぇ?」
 「あ、遊希さん、やっと起きたね」

 夏向はなるべく寝起きの遊希を直視しないように少し視線をずらしたまま、気配を頼りに遊希の覚醒の度合いを確認する。対する遊希はまだ70%くらいが夢の中にいるようだ。

 「あっ、夏向様。申し訳ありませんっ」

 やっと覚醒した遊希がベッドから飛び起きる。さっきまで寝ていたせいでパジャマの胸のボタンが外れていて胸の谷間が顕になってしまう。遊希の胸はブラを付けなくても谷間がはっきりと形成されるほど大きいのだった。

 「じゃ、じゃあ、俺、もう行くから」
 「すぐに朝ごはんの用意をしますので…」
 「いや、もう朝ごはんできてるから。遊希さんも着替えたら一緒に食べよう」

 夏向はこれ以上無防備な遊希を見ないようにそそくさと遊希の部屋を出ようとした。

 「また勝手に作ったんですか?」

 と、突然遊希の声色が不機嫌なものに変わった。

 「仕方ないじゃん。今から朝ごはん作ってると遅刻するんだから。早く着替えて来てくださいね」

 夏向は遊希の方をあえて振り向かないで後ろ手に扉を閉めた。



 二宮夏向はとある高級住宅街に住み、近くの進学校に通う、取り立てて変わり映えのしない男子高校生である。父はエリートサラリーマンで2年前から海外に赴任中で家に帰ってくるのは年に数回だ。母は売れっ子料理研究家でこちらも1ヶ月に1度帰ってくるかどうかでしかない。

 つまり、夏向はこの高級住宅街の1戸建てに1人で暮らしているのだ。いや、正確には1人で暮らしてい()のだ。

 夏向の母はもともと専業主婦だった。ところが中学に上がってから、母が趣味で書いていた料理ブログが大人気になり、勧められるままに書いた料理本が大ヒット、一躍お茶の間の人気ものになり、最近では母の名前のブランドでレストランを開くという話まで出ているらしい。

 そんな状態で中学3年の時には母がほとんど家に帰ってこれなくなってしまい、家事はすべて夏向が一手に引き受けることになっていた。自然、学業の方にも影響が出て、もともとそれほどでもなかった成績は中の下に低迷するようになってしまった。

 そのことを心配した母が、父と相談して夏向の身の回りの世話をするために住み込みメイドを雇うことにしたのだ。そして、この春メイド養成学校を卒業したばかりの川島遊希が夏向のメイドとして二宮家にやってきたのだった。



 ――しかし、一体どうしてこうなった?

 夏向が受けた遊希の第一印象は、超可愛い、だった。生まれつき色素が薄いのか、日本人らしくない明るい栗色の髪に白い肌、細身の身体に不釣り合いに大きな胸、身長は平均よりわずかに低く推定155センチ、顔立ちも綺麗に整っていて笑うとわずかに見える八重歯が逆に愛らしい。

 そんな美少女が「夏向様」と言って丁寧にお辞儀をして夏向の帰りを待ち受けていたのだ。夏向はこの先に待ち受けるバラ色の未来を思い描いて胸が高なったのだ。

 ところが…

 ――なぜ俺が皿洗いをしているのか…

 それには深い深い事情があったのだ。



 遊希が二宮家にやってきた当日、早速遊希は夕飯の支度を始めた。この1年ほど自分で作った料理か市販の弁当か外食しか食べていなかった夏向は、久しぶりの他人の手料理に胸を踊らせていた。しかも料理をしてくれるのが超可愛いメイドさんなのだ。これで期待せずにいられるだろうか?

 「夏向様。今日は私が奉公させていただく初めての日ですので、腕によりをかけた料理を作らせていただきます」

 そんな風ににっこり笑顔で言われたので、夏向は胸がキュンとしてしまい、どんな料理が出てきても美味しく食べられる、好き嫌いなんて贅沢は言わない、塩と砂糖を間違っていたってきっと気にならないと本気で思ったのだ。

 遊希の格好はまさにメイドさんという格好だった。二宮家は比較的裕福だったので家事手伝いを雇ったことはこれが初めてではない。しかし、現実の家事手伝いの人というのはたいてい汚れてもいい私服にせいぜいエプロンをつけるだけだった。ところが、遊希の服装はメイド喫茶から出てきたかのような浮世離れした格好だった。

 メイド服のデザインは黒いドレスにホワイトブリムに白いエプロンという典型的なメイド服だったのだが、胸元にレースがあしらわれていて、ただでさえ魅力的な遊希の胸にさらに注目が集まる仕様となっていた。スカート丈は実用性を重んじて膝が隠れるくらいまであり、裾の下には定番の白いペチコートをわずかに見せるようになっていて、靴下はこれまた定番の黒であった。

 夏向はあまりじろじろ見るのは失礼だと思ってなるべく見ないようにしてはいたものの、時折ちらちらと遊希が夕食の支度をしている様子を観察していた。しかし、遊希の容姿に気を取られていて遊希の手元には全く注意を払っていなかった。まさかあんなことになっていようとは思いもしなかったのだ。

 「お待たせいたしました、夏向様」

 待つこと2時間。遊希に呼ばれてテーブルに着いた夏向の前に並べられたのは、とても1人では食べきれない程の料理の数々。

 「これ、全部1人で作ったんですよね」
 「もちろんですわ」
 「すごいですね。まるで高級レストランでフルコースを頼んだみたいじゃないですか」
 「ありがとうございます」

 褒められたのが嬉しかったのか、遊希は少し得意そうな顔に満面の笑みを浮かべて答えた。夏向はそれを見て、やっぱり可愛いと改めて思ったのだ。
本作を手にとっていただいてありがとうございます。

他に連載している2本の恋愛模様がじれじれすぎて欲求不満がたまってむしゃくしゃしてつい書き始めたのが本作です。2本の連載の邪魔にならない程度に更新していこうかなと思っています。とりあえず最低週1回は更新できるようにがんばります。

基本的にらぶあまな話を目指しているのですが、設定資料に恋愛対象として見ていないとか書いてしまったのですんなりらぶあまになれるかどうかいまいち保証ができません。が、作者の精神安定のためにもらぶあまになれるようにがんばります。

タイトルからも分かる通り、有能無敵なクーデレメイドさんになる予定はありません。むしろアンバランスに萌えて頑張る姿にキュンとなるようなのにしたいのです。

というわけで、よろしくおねがいします。
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