第一章 キョーハク少女
可愛い同級生が起こしてくれる朝って夢だよね。でもそれって都市伝説でしょ?
楠さんとキ、キスをした次の日。
土曜日だよ。
ドキドキを収めてやっとのことで眠りについた金曜日。眠るのが遅かったから、いつもより深い眠りについていたらしい。
起きた時にはいつも起きている時間、朝八時を一時間も過ぎていた。
つまり今は九時。
寝坊したこともそれなりに驚いたのだけれども、今はそんなことはどうでもいいと思える状況だった。
「あわわわわ」
どんどんと。
僕の部屋の窓が叩かれていた。
物凄く怒った顔をした美少女に。
「な、何してるの楠さん!」
僕の部屋は二階。楠さんが立っているのは屋根。もちろん斜めの屋根。
僕は慌ててカギを開け屋根の上にいた楠さんを部屋に迎え入れた。
ベッドに降り立ち僕を睨み付ける楠さん。ジーンズにTシャツ。動きやすい格好だ。初めから屋根の上に登るつもりできたのだろうか。
「起きるのが遅いよ。私がどれだけ待ったと思ってるの」
そう言って肩にかけていたカバンを僕に投げつけてきた。
どれだけ待っていたかは、楠さんの髪がぼさぼさだから長時間風にさらされていたのだろうと想像できる。
僕はカバンを地面に置き聞いてみた。
「な、な、なんで屋根から?! 危ないよ!」
ぼさぼさの髪の毛を撫でつけながら楠さんが言う。
「何言ってるの。昨日君が無理やり部屋に連れ込んだんでしょう。だから君の家族は私がここにいることを知らない。私がここで助けてと叫んだら君は自宅でさえ居場所がなくなってしまう。叫んでいい?」
「そ、そんな理不尽な……。僕は何もしてないのに……」
「寝ぼけてるの? 佐藤君、君は昨日私に無理やりキスをして無理やり部屋に連れ込んでいやらしいことをしたでしょう。覚えてないの?」
「そんなことしてないよ! 特に後半身に覚えがないどころの騒ぎじゃないよ!」
「なに? 口答えするの?」
ジト目で僕を見下ろす。でも感情はこもっていない。
「ここで叫んでもいいの?」
「よ、よくないです……」
「なら認めて。君は、私を、無理やりここに連れ込んだ。はい、復唱」
「うぅ……。僕は、楠さんを、無理やり部屋に連れ込みました……」
「はいご苦労様」
そう言いながら何かを機械を取り出す。そしてそれをごそごそといじると。
『僕は、楠さんを、無理やり部屋に連れ込みました』
機械が僕の声を再生していた。
「って、録音してたの?!」
「そうだけど。それほど驚くことでもないでしょ? 初めて見た? ICレコーダー」
「ICレコーダー初めて見たけど、その前になんで録音なんかするのっ!」
「脅すネタを増やすためだけど。そんな当たり前の事聞かないでくれる?」
な、なんていう美少女なんだ……。僕達は今までとんでもない勢いで騙され続けていたみたいだ……。猫被ってたとか、そんな言葉じゃあ足りないよ。でもいい表現が思いつかないから猫をかぶってたとしか言いようがないんだけど……。
まあいいや。
撫で続けられた楠さんの髪はセットしたばかりのように整っていた。すごい潤いヘアーだなぁ。
ベッドにへたり込み楠さんの黒い髪に見とれていると、ずずいと顔を寄せられ至近距離で見つめられた。くりくりとした大きな瞳に僕の顔が映し出されている。映し出されたその顔は何とも情けない男らしさとは無縁の顔だった。っていうか、綺麗な肌が近すぎて僕の顔が真っ赤だよ!
「ねえ」
「な、なんですか……」
また怒られるのかな……。
「とりあえず、着替えようか」
「え、あ、うん……」
パジャマじゃダメなのかな……。
僕はベッドから降りてタンスを開ける。服を取り出し気付いた。振り向き楠さんを見てみる。ベッドの上にアヒル座りをしてばっちりこちらを見ていた。
「……あ、その、楠さん……、その、見ない方が、いいんじゃないかな……」
「ああ、そう。恥ずかしいんだ。顔もそうだけど性格も女の子みたいだね」
そう言って僕に背を向けてくれた。
そ、そんなの、可愛い子に見られてたら恥ずかしいに決まってるよ……。僕も背を向けて着替えを始める。
ささっと下を着替えて、上を脱いだ。が、その時、
ぱしゃ。
と、聞きたくない音が聞こえてきた。
上を着ないまま振り向いてみる。そこには当然携帯のカメラを構えた楠さんが……。
急いでシャツを着て猛然と抗議をする僕! 当然だよ! 今回ばっかりはちょっと強めに言っちゃうよ!
「そ、その、な、なんで、写真なんか……」
「部屋に連れ込んだ君が服を脱いで私を襲おうとしている証拠」
「そ、そんな……!」
「君サイテー。か弱い女の子を部屋に連れ込んでこんなことをしようとしているだなんて」
「してないよ! する気も無いよ!」
「する気も無いって、それ失礼でしょう。ふざけてんの?」
「う……」
確かに失礼だった……。
「訂正して」
「え、え?」
「いやらしいいことする気はありましたと、訂正して。さあ、ほら早く」
「う、うぅ……」
た、確かに、今のは楠さんを傷つけてしまったかもしれない……。ここは素直に訂正しよう。
「……そ、その、僕はいやらしいことする気がありました……」
え? あれ? そんな気はもともと持ってなかったから訂正する必要なかったような……。
「はい録音」
「え?!」
「当然でしょう。君頭悪いの?」
う、うううううううううううう!
諦めよう。僕はもう社会的に死ぬんだ。
「はぁ……」
「怒らないんだね」
「うん。僕が悪いし……」
「……」
「僕が気を付けておけば防げたことだから楠さんに文句を言うのは間違っている……のかな?」
「知らないよ」
だよね……。
うなだれる僕に楠さん。
「ねえ佐藤君」
「な、なに?」
「なんで君はそんなに遠慮してるの? 私はこんなに心を開いているのに君はずっと閉じたまま。なんかムカつくんだけど君の愚行をみんなにばらしていいの?」
「そ、そんな……。そんなこと言われても……。僕なんかが楠さんになれなれしく話すなんて許されることじゃないし……」
「何それ。脅してくる奴相手にへりくだるって君どれだけマゾなの」
「ま、マゾじゃないけど……。本当のことだし……」
「……私が心を開いているんだから佐藤君も心を開くべき」
「え、で、でも」
「でももしかしもない。ばらすよ」
……本当に僕は脅されています……。
「わ、分かったよ。本音で、接します」
「約束だから。じゃあそう言うわけで、佐藤君朝ご飯まだでしょう。食べてきていいよ」
「え、楠さんは?」
「私は食べたよ。そもそも忍び込んだんだからご家族の方と一緒にご飯は食べられないでしょ。さっさと一階へ行ってご飯食べてきて。そのついでに何か飲み物を持ってきて。君と私の分二つね。できればお茶」
「う、うん。じゃあ、僕は、ご飯を食べてくるね」
「はいはい」
僕を脅していると言っても、やっぱり楠さんは優しいなぁ。
朝の食卓は平和で幸せだった。家族みんなで食べるごはん。おいしいよね。
ご飯を食べ終え、お盆の上にお茶を二杯乗せて二階へ上がる。なんで二杯持っていくのかお姉ちゃんに怪しまれたけど僕の部屋にお茶好きの幽霊がいるんだと言ったら納得してくれた。
自分の部屋だけれども、楠さんがいるのでノックをしてから入る。
「入るよ?」
ゆっくりと扉を開いて中を覗くと楠さんが堂々と部屋をあさっていた。
「あれ? 探し物?」
何も隠していないけれど。
「……その反応を見ると、別にエロ本とか隠していないみたいだね……」
「え、エロっ……! そんなのないよ! そんなの探さないでよー!」
「……本当に男なのかな……。情けない声出してみっともない」
ぶつぶつと言いながら楠さんが勉強机から椅子を引っ張ってきて座る。
「うう……。よく言われるよ……」
僕はお茶の乗ったお盆をテーブルの上に置いてそのまま床に正座をする。テーブルの上に空のタッパが置いてあるけどなんだろう?
「佐藤君本好きなんだね」
「え? あ、うん。好き」
「漫画本とかが多いね」
「うん」
「アニメも見るんだ」
「うん」
「オタク?」
「う、うーん、オタクの人から見たらオタクじゃないと思うけど……」
「じゃあオタクだ」
「……サブカルチャーに全然興味がない人から見たらオタクかも」
「オタクなんだ」
「あ、その、楠さんよりは……」
「オタクなんでしょう? 言い切ってよ。ウザい」
「は、はい。僕はオタクです……」
ウザいって言われちゃった……。あの楠さんにウザいって言われちゃった……。
「今度からはすぐに答えてよね。何度も聞き返すの面倒くさいから」
「あ、うん……」
怒られちゃったよ。
「なにかおすすめとかある?」
「おすすめ?」
「面白いアニメとか、漫画とか」
「あ、えーっと……。楠木さんは、その、どんなのが、好み……なのかな」
「うーん。平和なの」
「平和なの、なら……。そこにある、とある女子高の軽音楽部っていうのが平和で面白いよ」
ふーん、と興味なさげに呟いて椅子をくるくる回す。興味ないのなら何で聞いたんだろう……。
椅子の回転をピタッと止めて僕を見る。
「それで、君は男の情事やらをどうしているのかな?」
情事? 情事ってそういうことかな……? …………はぁ?!
「な、なな何を突然言っているの?! 何を言っているの?!」
「繰り返さなくても聞こえているから。で、どうしてるの?」
「ししし知らないよ!」
「……まあ、いっか。ただの興味本位だし」
「う、うううう……」
なんか強いよ、この人……。
「ああ、そうだ」
「な、なに?」
声をかけられる度に怖いよ……。なんだか調教されている気分だ……。
「色々と部屋を調べさせてもらったんだけど、タダで探すのは申し訳ないと思ったから調べた個所に代金としておはぎを置いといたから」
「おはぎ?!」
「ほら、ベッドも調べさせてもらったからそこに」
楠さんが指さす方、僕のベッドの上を見るとおはぎがその肌を剥き出しのまま銀紙の上に鎮座していた。
「や、やめてよー……。蟻が来ちゃうよー……」
「嬉しくないの?」
「嬉しくないよー……」
「あれそれは残念。合計九個おはぎを隠したのに喜んでもらえないなんて」
「九個!? 結構多いよそれ?!」
「まあいいや」
「僕はよくないよ!」
「なら探しておはぎたちを助け出せばいいと思います。その間私はここにある君のパソコンをいじらせてもらうから」
「う、うぅ……」
どうやらおはぎの生息地は教えてくれそうにないね……。仕方がないので、僕は一人おはぎ探しをすることになった……。机の上のタッパはおはぎを持ってきた入れ物だったんだね……。
そして僕は無事に全九個のおはぎの救出に成功した。タンスの中、押し入れの中、引き出しの中、カバンの中……。色んなところにちりばめられたおはぎを探し終えたとき、僕はまるでドゴランボールをそろえたかのような気分になった。願い事が一つ叶うのかな? そうだとしたら何を願おうかな! 身長も伸びてほしいしおいしいものも食べたいし。でもやっぱり一番欲しいのはパソコンソフトの終音ミコが欲しいかな。歌を作ってニヤニヤ動画に投稿したいな。
おはぎを見つけ終え楠さんの後ろで正座をする僕。
「ねえ佐藤君」
おはぎ事件に対して特に反応も見せずディスプレイを見つめたままの楠さんが聞いてくる。
「どうしたの?」
「エロ画像はどこにあるの」
「エロっ……! そ、そんなのないよ!」
「君は聖人ですか。三大欲求の一角を担っている性欲が佐藤君には無いの?」
「そん、そんなの気にしないでよ!」
「……まあ、脅せば済むことだけど、別に処理の仕方が気になっているわけじゃないからいいや」
なら聞かないでよ……。
「それで佐藤君」
「な、なに?」
「このパソコンは何のために使ってるの? Dドライブの中身が空っぽなんだけど、エロ画像もエロ動画も見ないなんてパソコンとしての役割が果たせていないでしょ。これじゃあただの暖房器具じゃない」
「僕パソコンを駆使しているわけじゃないからパソコンの事全然詳しくないけど、パソコンってそんなえっちなものじゃないと思うよ……」
「パソコンを個人で所有している人の99パーセントはエロ目的でパソコンを買っているの。君が残りの1パーセントだとは思えないから君はエロス。うちの兄もエロス」
「お兄さんがいるんだね」
楠さんが大きな瞳で僕を睨み付けてきた。
「ちょっと。なんで私の個人情報を知ってるの。もしかして私のこと調べてたの?」
「え、い、今自分で……」
「録音するから調べてましたって言って」
「とうとうオープンに録音しだした! これじゃあどんな言葉でも人質に取られちゃうよ!」
「そうだね。なら『楠さんに酷いことをしました』って言って」
「い、言わないよ!」
「……自棄になられても困るし、無理な注文はやめておこうか」
「そ、そうしてくれると嬉しいよ……」
「感謝してね」
「う、うん」
感謝しなきゃね。
「それで、この暖房器具は他にどういう機能がついているの? エロ画像を見る機能はつけていないみたいだけど」
暖房器具扱い……。
「僕の場合はニヤニヤ動画とか見たり、2・1ちゃんねるを見たりしてるよ。だから用途としては暇つぶしかな?」
「ふーん。暇つぶしね」
カリカリとホイールを回す楠さん。
「私さ、思うんだけど」
「うん」
「インターネットしてたらよく見る、(※ただしイケメンに限る)ってあるでしょ?」
「うん」
「あれさ、逆バージョンの方が該当ケース多い気がするんだよね」
「逆バージョンってどういうこと?」
「(※ただし美少女に限る)っていうこと」
「?」
やっぱりよく分からなかった。
「もしかしたら私の勝手なイメージなのかもしれないけどさ、デブで暗い男と、デブで暗い女を比較した場合、デブで暗い男の方がポイント高い気がするの」
「……ご、ゴメン。よく分からない……」
「たとえばね、デブ男がカラオケに行きました。歌がうまい。デブ夫のくせにやるじゃんってなるでしょ?」
「う、うん」
「でもね、デブ美がカラオケに行って歌がうまくても、それはただ気持ち悪いだけなんだよ」
「え゛……。そ、そうかな……。すごいと思うけど……」
「歌がうまい(※ただしイケメンに限る)は無いけど、歌がうまい(※ただし美少女に限る)はあると思うの。ブ男には適用されないけど、ブ女には適用されるケースが多い。そう思うのは私だけかな」
……多分、楠さんだけだと思う。
「女性歌手の殆どはビジュアルがいいでしょ。でも男性歌手はそうでもないのもいるでしょ?」
う、うーん……。なんて言うか、同意しづらい……。
「その、あの……」
「言いたいことがあるならはっきり言ってよもやし太郎」
も、もやし太郎……。キャベツ○郎みたい。
「心を開くって言ったでしょ。もう約束破るの? なんだ、君、無理やりキスしたことみんなにばらしたいんだ」
「そ、そんなことないよ!」
「なら言ってよ」
怖いです……。言うよ、言いますよ……。
「う、うん。あのね、人を見た目で判断するってよくないと思う……」
「へー。君は見た目で判断しないの?」
「し、しないよ」
「なら私を特別視してない? クラスで一番可愛い私を少し高い位置においてない?」
う。それは、ちょっとあったかも……。
「で、でも、楠さんは本当に何でもできるし親切だから尊敬するのは当然だよ」
「ビジュアルが論外でも?」
「う、うん。それは、そうだよ。関係ないよ」
「……へぇー。まあ、そう言えば君はその他大勢の男子と違って私にまとわりついてこないもんね。」
「う、うん」
「本当に男なのかな」
「一応……」
「男ならシャキッとしなよ。どうでもいいけど」
どうでもいいんだ……。まあ、そうだよね……。
「……あ、そう言えば……」
聞きたいことがあったんだった。
「なに? 何か気になることでもあるの?」
「そ、その、聞いてもいいかな」
「内容を言わないでそんなことを聞かれても」
「そ、そうだよね。あの、あの山での出来事について聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいいかな」
「脅すネタを増やそうっていうんだね。別にいいよ、かかってきなさい」
そんなつもりじゃないのに……。
「あの、あそこで何をやっていたの? 怒っているように見えたけど……」
「何言ってるの。私の言葉を聞いていたでしょ。ああ、また私の口から言わせたいんだね。すごく陰険。ますます君のことが嫌いになっちゃった」
う、うう……。もっと嫌われちゃった……。でもしょうがないよね……。僕が悪いんだから。
「私はいつもあそこでみんなの悪口を言ってるの。人と話すだけでストレスたまるからさ。あの日は一緒にデートした井上先輩のことについてイライラしてた」
「あ、井上先輩って言ったらかっこいいことで有名な先輩だよね。さすが楠さん。井上先輩にデート誘われるなんてすごいよ」
「何それ嫌味? イライラしたって言ってるじゃんか。あいつ触るなって言ったのに私の体べたべた触ってきやがって……! 今思い出してもイライラしてくる!」
ここに来て初めて感情を見せてくれた。けどそれが怒りなのが少しいやかなり悲しい。
「あああああああああああ……! 気持ち悪い……!」
キーボードをガンガン叩く楠さん。
「あ、その、やめてほしい……んだけど……」
「何が?! 何を!」
「いや、えっと、キーボードを、壊すのを……」
「……ならこんなところに置いておかないでよ」
「で、でも、キーボードなんだからパソコンにつないでおかないと……」
「すぐそれ。触られたくないのなら人目につかないところに置いておけっていうの」
う、うう……。そんなの間違ってるよ!
「うう……」
「喘がないでよ気持ち悪い。もしかして私の後ろ姿で情事を済ませたの? 気持ち悪いから学校やめて」
「そんなことしてないよ!」
「あっそう。疑ってごめんね。お詫びにエロ動画ダウンロードしておいたから」
「ええ?! いらないよっ!」
「いらないの? ふんどしの男たちがぶつかり合う動画いらないの?」
「ますますいらないよ?!」
「あれ。一応異性に興味があるんだ。男色かと思ったのに違うんだね」
「違うよ! 勘違いも甚だしいよ!」
甚だしいっていう言葉を初めて使ったよ!
「なら私は女の子が大好きですって言ってよ」
「ICレコーダーを構えながら言わないでよ……」
「ばれたんだ。ばれないかと思った。佐藤君だから」
「僕目悪くないけど……」
「察しは悪いでしょ」
う、そうかも。
「あーあ。今日の収穫は少なかったよ」
「しゅ、収穫って、何?」
「もちろん君を脅すための材料に決まってるでしょう。致命的なものがまだないからね。エロ画像でも見て佐藤君の趣味を把握しておこうかと思ったんだけどどうやら君は聖人君子みたいだからうまく行かなかったよ」
そんな理由で僕の部屋に来たんだ……。
「まあいいや。とりあえず君のパソコンの中にガチムチ動画が入っているのを写真に収めさせてもらったから」
「そんな! それ楠さんが自分でダウンロードした動画だよ!? 僕の趣味じゃないよ!」
「そんなの関係ない。現に君のパソコンの中に動画が入っているんだから。言い逃れはできないよ」
ひどすぎる……。
僕はぐったりうなだれた。僕はどうやらいじめられるみたいです。
「あ、お茶貰うね」
椅子を回し手振り返り、お茶に手を伸ばした楠さん。
「……」
だけれども、お茶を握って動きを止めた。
「どうしたの? 楠さん」
「……君、このお茶の中に何か薬入れたでしょ」
「そんなことしないよ……。そもそも薬なんか持ってないよ……」
とても心外だ。でも疑われる僕が悪いんだろう。
「なら、僕が先に飲めばいいよね?」
「そうだね」
すごく警戒しているなぁ。でもしょうがないよね。初めて訪れる部屋なんだから。
僕は傍にあったコップを手に取り、口へ近づけた。が、
「ちょっと待って。そっちじゃなくてこっちを飲んで」
「え?」
「そっちには何も入ってないかもしれないし」
「う、うん……」
すごく警戒しているよ……。
楠さんに近い方のコップに持ち替えて僕は一口飲んだ。
「……問題ないみたいだね。じゃあありがたくいただくよ」
お茶とおはぎを持つ楠さん。
「うん。おいしい。佐藤君も食べていいよ」
「え? ありがとう。じゃあ……」
「あ、旗が刺さっている奴を食べてね」
「うん」
残り八個のうち旗が刺さっているおはぎは一つ。僕はそれを手に取り一口食べた。驚くほどおいしかった。
「……」
何故だかその様子をじっと見つめている楠さん。なんだろう?
あ、そっか。
「おいしいおはぎだね」
きっとこう言うことなんだよね。
「そんなことはどうでもいい」
……どうでもいいんだって。でもおいしいのは本当だからすぐにペロリだよ。
「……くふ」
楠さんが笑った。暖かくない笑みだった。
「ど、どうしたの?」
「それには下剤が入っています」
「……え?!」
なんてこった!
「ひ、酷いよ! なんでこんなことするの……?」
「言うことを聞かせる為に」
ど、どういうことだろう……。
「う……早速お腹が痛くなってきた気がする……」
下剤の効きが早い気がするけど、多分これは僕のメンタルが弱いことによる思い込みだと思う。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくるね」
立ち上がり、ドアへ向かうが、
「待って。待たないと大声で泣くから」
「え……? ま、待つから、待つからやめてね」
ドアの近くに腰を下ろす。そんな僕を椅子に座った楠さんがにやにやと眺める。
「さて、佐藤君のお腹がエマージェンシーモードなわけですが、君がトイレに行けるかどうかは私にかかっています」
「うん……」
「トイレに行きたければ私の言うことを聞きなさい」
「うん」
自分の命の為だからしょうがないよね。
「とりあえず馬を返して。この部屋にあるんでしょ?」
「え、ないよ? その、さっき部屋を探したときに……その、無かったよね」
「無かったけど。どこかに隠しているんでしょ?」
「隠してないよ。僕本当に知らないんだ」
「……本当かな……。怪しいね」
「ほ、本当だよ……」
「あとで嘘がばれたらひどいことになるからね。馬を隠すメリットはないよ」
「う、うん。僕、馬持って帰ってないよ」
「……………………………………信じましょう」
「あ、ありがとう! じゃあ、ちょっと……」
「まだ用事は終わってないからその上げた腰を下ろして」
「え、あ、はい」
「とりあえず次は誓約書にサインをしてもらおうかな」
「誓約書?」
カバンに手を突っ込み一枚紙を取り出した。
「これに目を通さずサインして」
「め、目は通させてもらうよ……」
紙を受け取り、手書きの誓約書の内容を確認してみる。
えっと?
その一・あの日見たことを口外しないこと。
その二・私、楠若菜の言うことに逆らわないこと。
その三・人前では自然に接すること。
その四・ってゆーか転校して。
「四つ目は無理だよ!」
「え? 漏らしたいの? それとも家族からの信用を無くしたいの?」
「どっちも嫌だけど転校するのも嫌だよ……。あの、他の三つは絶対に守るから最後の一つは許してくれないかな……。お願いします……」
「……そんな悲痛な表情で頭下げられたらまるで私が嫌なことしているみたいじゃない。やめてよ」
「ご、ごめんね」
「……」
何故だか分からないけれども楠さんの目に不快の色が映った。
「え、ど、どうしたの?」
「……なんでもない。分かった。じゃあ四つ目は勘弁してあげる。でも消すのが面倒くさいからとりあえずそのままサインしちゃって」
「うん」
ペンをとり紙に名前を書く。さとう、ゆうた……と。
「はい」
「……ありがとう」
受け取る時にも不快の色が見えた。僕、何か悪い事したのかな。
受け取った誓約書を眺め、一度溜息をつく楠さん。僕にはその溜息の理由が分からなかった。
「……お腹の具合はどう、佐藤君」
「うん……あんまりよくない」
ごろごろと警報が鳴っているよ。
「行ってきていいよ」
「あ、うん。じゃあちょっと行かせてもらうね」
やっとスッキリできるね!
僕はちょっと失礼してトイレに行かせてもらった。
十分後か十五分後かはよく分からないけれど、トイレにこもり用を済ませ部屋に戻ってきたとき、楠さんは一枚の手紙を残して部屋からいなくなっていた。
「えっと……」
残された手紙を読んでみる。
「『帰る。おはぎ食べていいから。下剤入りは旗が刺さった一つだけ。おじゃましました。』」
……。
激動の朝だったね。
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