東シナ海で海上自衛隊の護衛艦に接近飛行した中国国家海洋局所属の固定翼機=12日午後0時10分ごろ(防衛省提供)
12日午後0時10分ごろ、東シナ海の日中中間線付近で警戒監視に当たっていた海上自衛隊の護衛艦「あさゆき」に、中国の国家海洋局所属の固定翼機が水平距離、高さとも約50メートルまで接近、2周して飛び去った。
外務省は同日、危険な行為として、中国側に再発防止を申し入れた。
防衛省によると、現場は、日中双方が権益を主張するガス田「白樺」(中国名・春暁)近くの日中中間線より日本側。固定翼機は1機で、機体には中国国旗とともに、国家海洋局の海監総隊所属を示す「中国海監」と記されていた。
あさゆきは通常の監視活動をし、北朝鮮のミサイル発射への対処ではなかったという。
(2012年4月12日)
北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の死去以降の主な動きは次の通り。
2011・12・19 金総書記が17日に死去と発表
28 平壌(ピョンヤン)で国葬
29 平壌で中央追悼大会
30 国防委員会が韓国の李明博(イ・ミョンバク)政権を「相手にせず」と声明
30 金正恩(キム・ジョンウン)氏が朝鮮人民軍最高司令官に就任
12・1・1 正恩氏が軍戦車師団を最高司令官として初視察。新年共同社説で「先軍政治」踏襲を強調
1・12 金総書記の遺体の永久保存や2月16日の誕生日を「光明星節」とすることを発表
2・14 金総書記の初の銅像を公開
16 「光明星節」に際し軍事パレード実施
20 朝鮮労働党代表者会の4月中旬招集発表
23~24 北京で核問題をめぐる米朝高官協議
29 核問題や食糧支援で米朝合意を同時発表
3・16 4月12~16日の間に「衛星」を打ち上げると予告
24 最高人民会議の4月13日招集を発表
25 平壌で死去100日の追慕大会
6カ国協議の再開問題 北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議は、2008年12月の首席代表会合で北朝鮮の非核化を検証する手法をめぐり協議が決裂。北朝鮮は09年5月に2回目の核実験を実施、同6月にウラン濃縮活動着手を表明し、非核化プロセスは大きく後退。日米韓は協議再開に先立ち北朝鮮にウラン濃縮活動の停止や国際原子力機関(IAEA)査察官の復帰などを求めているが、北朝鮮は無条件の再開を主張し対立。調整に苦慮する議長国中国は、南北と米朝の協議を経て6カ国協議の再開につなげようと参加国に働き掛けている。(共同)
北朝鮮のウラン濃縮 米国は2002年10月に平壌で行われた米朝協議で、北朝鮮がウラン濃縮計画の存在を認めたと発表したが、北朝鮮は頑強に否定。しかし、2回目の核実験直後の09年6月、北朝鮮はウラン濃縮着手を表明、同9月には濃縮実験に成功したと発表した。10年11月に米国の核物理学者を寧辺のウラン濃縮施設に案内、稼働中とする遠心分離機を視察させた。11年11月には外務省談話を通じ、ウラン濃縮は電力生産のための低濃縮であり「核の平和利用」だと主張した。(共同)
米国の食糧支援 米国は2008年5月、北朝鮮の深刻な食糧事情に対応するため、世界食糧計画(WFP)などを通じた50万トンの食糧支援を表明。しかし、米政府は09年3月、北朝鮮が以後、米国の食糧支援を受け取らないと通告してきたと発表、支援は中断した。支援再開を視野に入れる米国のキング北朝鮮人権問題 担当特使ら調査団は11年5~6月、食糧事情調査のため平壌(ピョンヤン)入り。配給の監視態勢構築などをめぐり米朝の対立が続いていたが、米国は12月中旬、栄養補助食品を供与することを提案。北朝鮮側はこれを拒絶し、コメ支援などを求めてきた。(共同)
北朝鮮の「衛星」ロケット落下予定海域
朝鮮中央テレビが報じた、北朝鮮の朝鮮労働党代表者会で、新たに設けられた党第1書記に就任し拍手する金正恩氏の映像=12日、平壌(共同)
北朝鮮が公開した長距離弾道ミサイルとみられるロケット「銀河3号」=8日、北朝鮮北西部・東倉里(共同)
地球観測衛星「光明星3号」の説明をする北朝鮮の担当者=8日午後、北朝鮮北西部・東倉里(共同
北朝鮮をめぐる政治日程