十勝毎日新聞社ニュース
TPP「大きな利益などない」 京大大学院・中野剛志准教授 講演採録
京都大学大学院の准教授で、「TPP亡国論」の著者である中野剛志氏による講演会(北海道農協青年部協議会主催)が3日、札幌市内のホテルで開かれた。環太平洋連携協定(TPP)に参加することが、日本にとっていかに不利益なことであるかを理論立てて詳しく解説。道内の若手農業者ら400人が聞き入った。講演の趣旨を採録する。
TPP交渉参加に異議を唱える中野准教授
事実上の日米協定/ドル安誘導
TPP推進論者は「TPPでアジアの成長を取り込む」と言った。しかし、TPP交渉の参加国は9カ国で、日本を入れて10カ国。各国のGDPを見ると、10カ国のうち、米国と日本で全体の9割を占める。TPPはつまりは「日米協定」である。成長を取り込もうというアジアのシェアは全体のわずか3%でしかない。TPP参加表明国で日本より外需依存度が低いのは米国だけ。つまり日本が輸出できる国はアメリカしかない。
リーマンショックで米国の住宅バブルが崩壊し、「グローバル化」と「アジアの成長」はぶっ飛んでしまった。米国は輸入大国から輸出大国への転換を狙っている。アジアにも輸出ではなく内需主導で国内経済を立て直すことを求めている。輸出で経済を立て直そうとする米国はドル安に誘導、1ドル70円程度となれば日本はもはや輸出主導では成長できなくなり、TPPの効果はなくなる。
また、TPPに関して関税の議論ばかりしていることも疑問。関税より通貨(為替)の方がよほど重要な問題だ。製造業はすでにグローバル化しているので、関税はあまり影響しない。しかも日本の自動車メーカーの6〜8割が現地生産している。円高で工場が海外に移転し、国内が空洞化すると懸念されていたが、そうであるなら、関税は関係ないということになる。
米国の関税は自動車2.5%、テレビ5%など、既に相当低い。仮に撤廃してもらっても円高が進めば輸出による経済効果はない。
狙いは「共済」/仲裁所も危険
米国の狙いは農産物よりはむしろ「非関税障壁」と「サービス」だ。サービスの輸出とは銀行、保険、医療、電気通信、知的財産、メディアなどの制度(非関税障壁)を変えさせ、市場を獲得することで、関税税率では規制できない。米国の狙いは日本の保険市場、特に「共済」。2008年に国有化したAIGを再建するためだ。
ここで問題になってくるのが「ISD」。ISDは海外投資家が投資した国の政策により不利益を被った際、「国際仲裁所」に訴えることができるという制度だ。
この仲裁所の審理は多くの問題が指摘されている。審理の観点は投資家への経済的被害のみで、政策の社会的な正当性は考慮されない。また、非公開かつ判例にも拘束されないので不透明、しかも上訴できない仕組み。米国は作業部会に「投資」を追加し、ISDの導入に積極的だ。「投資大国」「訴訟大国」の米国を相手にしたISD導入はとりわけ問題だ。
日本にとって安全保障の観点から重要と考えるエネルギーや水資源の外資による買収、環境規制、安全規制が訴訟の対象になる危険をはらんでいる。
不参加でも同盟は維持される
最後にTPPに日本が参加しなかった場合、どんな不利益をもたらすか。米国が日米同盟を放棄することはあり得ない。日米同盟は極東軍事戦略上、米国のためでもあるからだ。
米国は民主主義を建国の理念としている。日本が「民主的」な手続きで国内世論の反発により、TPPを拒否した場合、米国はそれを尊重せざるを得ない。むしろ同盟国(日本)の国内世論の反米感情の高まりを恐れている。
このようにTPPを推進する議論は何から何まで間違っている。「自分たちは損害を被るかもしれないけれど、大きな利益があるのだから仕方がない」と諦めている人がいるが、大きな利益などない。農家が犠牲になる大義はない。あるとすれば、それはうそか勘違いだ。自信を持って反対していいと思う。(成田融)
<なかの・たけし>
1971年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒後、通産省(現・経済産業省)に入省。2000〜03年に英国エディンバラ大学大学院に留学し、05年に博士号取得。新エネルギー対策課長補佐、産業構造課課長補佐などを経て、10年6月から京都大学大学院に出向。著書に「自由貿易の罠・覚醒する保護主義」「TPP『開国論』のウソ」など多数。