最終更新: 2012/04/12 02:19

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3人の子どもを避難させ、自らは福島県にとどまった女性教師の決断を取材しました。

3人の子どもを避難させ、自らは福島県にとどまった女性教師の決断を取材しました。
福島・郡山市の公園では、空間放射線量が1.5マイクロシーベルト(μSv)と、福島第1原発事故前のおよそ30倍を超える放射線量の中で、子どもたちが遊んでいます。
3人の子どもを長野県に避難させ、自らは教え子の傍らにとどまった、ある女性教師の決断を取材しました。

教師の半澤 ゆかりさん(46)。
わが子を県外に疎開させる一方、教師として、福島の子どもたちと向き合う日々。
半澤さんは「本当に自分が教員をやっていていいのかとか。でも、まずは自分の子どもを、とにかく守っていくしかない」と話した。
氷点下15度の朝、新聞を配る半澤 ひかりちゃん(11)。
2011年6月、きょうだい3人だけで、福島県会津地方から長野県の伊那市に疎開した。
疎開先は、子どもの自然体験や山村留学を受け入れている、NPO法人の「フリーキッズ・ヴィレッジ」。
ここでは、小学生でも、食事の準備や後片づけ、洗濯など、身の周りのことは自分でするのがルールだという。
半澤家の末っ子・祈抱(いだき)君(7)、そして、次女・響ちゃん(10)。
3人は、古民家の2階にある部屋で寝起きしている。
響ちゃんは「お母さんがいると、やっぱりうれしいけど、電話したり手紙送ったりできるから、そんなに寂しくない」と話した。
子どもたちのふるさとは、福島第1原発からおよそ100kmに位置する、会津坂下町。
3人の母親・半澤 ゆかりさんは、福島県立養護学校の教員として、障害児の教育を担当している。
夫・祖玄(そげん)氏は、2年前に山林での事故で他界した。
半澤さんは、わが子を疎開させ、1人会津に残ったが、生徒が被ばくする可能性を危惧して、苦しんだという。
半澤 ゆかりさんは「教員で、給食(放射能検査)どうなってるんですかとか、自分も言えなくて。自分の生徒さんを守れないというところで、本当に、どうしたらいいのか真っ白になって、来る日も来る日も、もんもんとした時期はありました」と話した。
福島県の中では、比較的放射線量が低いとされている会津地方。
しかし、半澤さんが自宅玄関付近を計測すると、「やっぱり1マイクロシーベルト/h出ちゃいましたね。どんどん上がっていく...。これが現実ですね、受け止めるしかない」と話した。
子どもたちが疎開している長野では、放射能を意識せず、自然の中で遊べる生活がある。
ただ、次女の響ちゃんは、クラスメートとの関係がうまくいかず、学校を休みがちになっていた。
幼い心の不安を受け止めるため、2週間おきに、片道400kmの道を1人で往復する半澤さん。
どんなに少ない値であろうと、わが子は被ばくさせないと決めている。
半澤 ゆかりさんは「わたしの中では、子どもの健康は最優先項目で。そこにはやっぱり、(被ばく)リスクをできるだけ少なくするというのが、ちょっと他の人より強く持っている部分だと思うんですよ」と話した。
久々となる母親との再会に、子どもたちから笑みがこぼれた。
いち早く、長野での生活に馴染んだ長女・ひかりちゃん。
一方、次女・響ちゃんは、会津に帰りたいという思いを必死にこらえていた。
そして、祈抱君も、普段の我慢をぶつけるように反抗した。
子どもたちも半澤さんも、離れて生活することに限界がきていた。
この春、半澤さんは、22年間勤めた福島県立養護学校を退職。
子どもたちが疎開していた長野・伊那市に移住して、家族4人一緒に暮らし始めた。
長野でも、教育現場に立つことになった半澤さん。
1年契約の常勤講師という立場になり、収入も大きく減る。
それでも、仕事のやりがいと責任は変わらない。
担任する女生徒に、言葉をかける半澤さん。
原発事故に翻弄(ほんろう)された1年が過ぎて、今、強く思うことがあった。
半澤 ゆかりさんは「『一緒にいられる』ということが、どれだけ価値があることか。こんなにも大事な、いとおしい時間なんだって思い直して、もう1回、丁寧に毎日を生きたいな」と話した。

(04/12 01:03)


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