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視点:実に“素直”な最高裁判決--中古TVゲーム裁判

2002年4月26日
 記者が過去4年間、一貫して追い続けてきた“中古テレビ・ゲーム訴訟”の最高裁判決が2002年4月25日午後に言い渡された。最高裁第一小法廷(井嶋一友裁判長)は、東京高裁および大阪高裁の判決を支持、「中古テレビ・ゲームの自由流通は合法」として、ソフトハウス側主張を退けた。これで、日本における中古テレビ・ゲームの自由流通に関する司法の立場が確定したのである。

 この判決、すでに4月15日時点で最高裁が「口頭弁論を行わない」としていたことから、中古ゲーム販売店側の勝訴がほぼ確定していた。今回注目されたのは、その判決理由だ。判決の理由次第によっては、今後の著作物流通、特にデジタル化されたゲームやビデオといったマルチメディア著作物の流通に大きな影響を与えるからである。

 中古テレビ・ゲーム訴訟については、東京地裁東京高裁大阪地裁大阪高裁が判決を出してきた。東京の裁判は、販売店側がソフトハウスを相手に「中古テレビ・ゲーム・ソフトには著作者の頒布権(流通をコントロールする権利)は及ばない」として訴えたもの。これに対し東京地裁では「テレビ・ゲームは映画の著作物に該当しない。従ってゲーム・ソフトの著作者には頒布権はない」との判断を示した。これに続く東京高裁では、「テレビ・ゲーム・ソフトは“映画の著作物”に該当する。ただし映画館などでの上映を前提とした一般の映画とは異なり、テレビ・ゲーム・ソフトに頒布権は存在しない」とした。

 一方の大阪の裁判は、ソフトハウス側が中古テレビ・ゲーム・ソフトの販売差止を求め販売店側を訴えていた。大阪地裁は「テレビ・ゲーム・ソフトは映画の著作物であり、著作者に頒布権が生じる」としてソフトハウス側主張を全面的に認めた。一方大阪高裁は「テレビ・ゲーム・ソフトは、確かに映画の著作物である。しかしソフトは大量生産・大量販売を前提としており、この点が劇場用映画と異なる。こうしたソフトの場合、一度適法に流通したあとは、著作者の頒布権は消尽(消滅)すると考えるのが妥当」とし、一転して「中古ソフトの自由流通は合法」との判決を出した。

●読めば読むほどに「素直」な判決

 こうした経緯を経てたどり着いたのが、今回の最高裁判決だ。東京・大阪の双方の上告審について、基本的には大阪高裁の判決を踏襲するかたちとなった。ポイントは次の3点。(1)テレビゲーム・ソフトは映画と同じく著作物である、(2)このためソフトハウスなどゲームの著作者は、これらテレビゲーム・ソフトに関する頒布権を持つ、(3)しかし、一度適法に販売されたものであれば、その時点で頒布権は消尽する。判決は最高裁第一小法廷の5人の裁判官全員一致で出されたものだ。記者は「もしかすると、1人くらいは補足意見をつけてくるかも知れない」と予想していたが、見事に外れた。

 この判決、判決文を読めば読むほど、法解釈として素直なだけでなく、一般的な消費者を納得させる内容だと思う。判決の全文を「最高裁判所ホームページ」で公開しているので、興味のある方はご参照いただきたい。

 どこが素直なのかというと、まず、「一般に商品は、買い手が自由に再譲渡する権利を有しているとして取引行為が行われる。仮に再譲渡するに当たってその都度著作権者の許諾が必要となると、市場における商品の自由な流通が阻害されることになる。これはかえって著作権者の利益を害するおそれがあり、ひいては“著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する”という著作権法第1条の目的にも反する」としたところだ。やや乱暴ではあるが分かりやすく言い換えれば、“自分のお金で購入したものが、自分の自由にならないなどという話はないはず”というものだ。一般消費者なら、当たり前と感じていることを最高裁が認めたと言えよう。

 また判決では「著作権者はソフトを販売した時点で、きちんと対価が得られるし、それを1次頒布の段階で回収すべきだ」としている。劇場用映画フィルムのような、ごく少数の複製物を多数の人に鑑賞してもらい投資を回収する、といった特殊なケースを除けば、「1次頒布の段階で回収すべき」という指摘は商行為では、当然のことに思える。これも、判決が素直だと感じたポイントだ。さらに判決では「ゲーム・ソフトも映画の著作物であるから、もちろん著作権者に頒布権がある。しかし正当な方法でゲーム・ソフトを販売したら、その時点で頒布権は消滅する」との判断を示した。これは特許権の取り扱いを、そのまま著作権にも適用したものと考えることができる。この考え方には、記者自身も非常に納得できた。

●マルチメディア著作物販売に多大な影響

 さて、今回の判決の対象となったのは家庭用テレビ・ゲーム・ソフトである。しかしこの判決、実際にはマルチメディア著作物の流通に関して非常に大きな影響を与える可能性が高い。判決を要約すると、「大量生産・大量販売される複製物の一つひとつは、家庭など少人数で視聴するものなら、著作者の頒布権は販売時点で消滅する」となる。これは、全てのパッケージ販売のソフトについて、中古品の自由流通が合法である、と解釈できる。これはソフト販売店側弁護団の藤田康幸弁護士も指摘していることであるが、例えば、DVDに収録されたビデオ・ソフトにもこの考え方が適用される。こうなると、DVDに収録されたソフトの中古市場、といったものも形成されてくる可能性がある。

 “著作物の中古品”の流通方法が大きく変わる可能性もある。映画やビデオ業界も、その点を危惧している。映像分野でもコンテンツのデジタル化が猛烈な勢いで進んでいる。こうしたデジタル・コンテンツは、年月や使用頻度によって劣化しない。そのため中古品として市場に出回る可能性が高くなってくる。すると「新品の売上に響くのでは」というのが、映画・ビデオ業界の見方のようだ。判決直後に日本映像ソフト協会と日本映画製作者連盟が連名で各報道機関に対して「判決は映像ソフト・映画製作者として遺憾」との声明文を配布したことに、その危惧の大きさが表れている。

 さらに判決では「著作物は最初に販売する時点で投資を回収すべき」との考えを示した。ソフトハウス側は、今回の判決を受けて「中古市場が広がることで新品が売れなくなり、投資の回収も困難になる。その結果、新品の価格も必然的に上がる」と主張し、強く反発している。しかし、かつて記者が指摘したことだが、ソフトハウスは“高くても売れる高品質なソフト”を作る努力をすべきなのだ。こうしたソフトの開発に集中的に資本投下を行えば、良いはずなのである。これまでのゲームや映画などで一般的だった「一か八か」のような投資方法ではなく、慎重な姿勢が求められるということは事実だろう。

 冒頭に書いたように記者はこの4年間、一貫してこの裁判の行方を追い続けてきた。この間、多くの方からご意見やご叱責を頂いたが、ゲーム・ユーザーの方々からは「良いソフトなら、高くてもきちんと対価を支払って購入する」との意見が相次いだ。記者の回りでも、同様の意見を述べるゲーム・ユーザーが大勢を占める。要は消費者は、良いものであればそこそこ高くても購入するのだ。このあたりのユーザーの意見を、ソフトハウスはもっと経営のなかに取り入れ、生かして行くべきではないだろうか。そしてこれはゲーム・ソフトに限ったことではない。音楽や映画など、すべての著作物に関して言えることだ。少なくとも記者は、そう考える。

 なお最後にお断わりしておくが、記者はゲームをほとんどしない。(田中 一実=BizTech副編集長)

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