あえて注目したい敗戦処理の投手達。小野淳平、高橋秀聡、鶴直人らの志。
Number Web 4月10日(火)11時16分配信
2012年シーズンが開幕した。
開幕戦でいきなりヤクルトの石川雅規があわやノーヒットノーラン、中日の吉見一起は7回までパーフェクト、という快投を見せると、4月6日には広島の前田健太がノーヒットノーランを達成。4月8日には巨人の高卒2年目右腕・宮國椋丞がプロ初登板、初勝利を挙げた。
派手に活躍するスターターたちの咆哮は今シーズンへの興味を掻き立ててくれる。
だが表街道から外れ、逆襲を期する選手たちもいる。開幕のローテーションから外れ、勝利に直結する役割ではない場面で登板する彼らは、どのような起用であっても「0で抑える」ことを目指し、這い上がる機会をうかがっている……。
これまでにも、“敗戦処理”に近い立場から結果を残し、ブレイクを果たした選手は多い。
巨人の久保裕也や西村健太朗がそうだった。他にもヤクルトの増渕竜義、ソフトバンクの金澤健人といったピッチャーたちは「0に抑えることだけを考える」と自らに誓い、苦しい立場からチームに不可欠な存在となっていった。
■「試合をリセットする投手」久保裕也のケース。
2010年の序盤、久保が置かれていた立場は極めて厳しいものだった。選手層の厚い巨人の先発ローテーションから外れ、ビハインドのロングリリーフ、あるいは大差リードでの登板というケースがほとんどだった。ところが、そこから好成績を積み重ねていくと、立場は変わってきた。
2年前の当コラムで、当時の久保のことを「試合をリセットする投手」と紹介したことがあったが、シーズンのうちに彼はその役を超えていき、チームの信頼を着実に得ていった。結局、シーズンを終えてみれば、球団最多記録となる79試合に登板し、8勝1Sを挙げていたのだ。昨季は67試合に登板。ストッパーとして20Sを記録している。今年は、怪我で戦線離脱してしまったが、難しいポジションから見事のし上がった経験を持つ選手だったとは言える。
■久保の流れを受けて活躍した、西村健太朗の逆襲。
久保のこのポジションを、昨季の序盤に務めていたのが西村健太朗だった。西村は2010年に開幕ローテーションに入りながらも、シーズン途中で失速。その後のシーズンの多くを二軍で過ごしていた。そして2011年、シーズン序盤の西村の立場は、2010年の久保同様、崖っぷちともいえるものになっていた。
ところが、敗戦処理や大差のリードでの登板で快投を続けていくと、次第に首脳陣の評価を得ていった。7月に入って先発のチャンスをモノにすると、ローテーションの一角に見事割り込むことに成功。シーズンが終わってみると、自身最多となる7勝を挙げ、防御率1.82の成績。今季はチーム事情でクローザーを務めているが、昨季の今頃の立場を考えると、よく這い上がったと思う。
■「0に抑えることだけ考えています。少しでも勝利に貢献できるよう」
久保・西村という“成功例”に範をとった巨人は、今季、その同じ役目に3年目の小野淳平を置いている。昨年、プロデビューと初勝利を果たした小野は売り出し中の右腕だ。先発ローテーションとしても期待をかけられているが、今は投手として微妙なこの位置から虎視眈々と出場機会をうかがっている。
「0に抑えることだけ考えています。少しでも、勝利に貢献できるようなピッチングをしていきたい」
小野もまた、久保や西村、また、金澤らが当時に口にしていたのと同じように「0に抑えるだけ」と口にした。
当然、欲はあるだろう。しかし、余計な皮算用をするよりも、目の前の一戦、目の前の打者に全力で挑む覚悟でシーズンに臨んでいる。
小野に、単刀直入に聞いてみた。久保・西村を追えば良いのではないか、と。
「僕が久保さんや(西村)健太朗さんみたいになるというのは、ちょっとおこがましいことかもしれません。ただ、与えられた役割でしっかり結果を残して、ステップアップしていきたいという気持ちはあります。少しでも勝利に貢献したいんです。今日も出番があれば頑張ります」
4月6日の阪神戦を前に語ってくれた言葉なのだが、その日、マウンドに上がった小野は3分の1回をしっかり抑えた。
■チームの必勝パターンから外れても、存在感のある投手。
オリックスの高橋秀聡は、昨オフのトレードでソフトバンクから移籍してきた29歳の右腕である。ソフトバンク時代には先発をしていたこともあったが、オリックスでの出番は中継ぎ待機だ。オリックスには平野佳寿−岸田護という必勝パターンがある。さらに、僅差リードならミンチェが務めるし、僅差ビハインドなら香月良太と役割が決まっている。
高橋が登板するケースとしては、先発が大崩れした場合と大差ゲームだ。
高橋は言う。
「僕にできることは、与えられた役割で0に抑えるしかない。たとえ、失点したとしても最少で止める。いつ出番があるか分からない調整の難しさはありますが、そんなことも言っていられない。これが自分の立場だし、年齢的にも結果を残さなければいけない。なんとなくマウンドに立つのだけはやめておこう、と。それだけは心がけています」
■時に勝負を左右する重要な役割が降ってくることも……。
彼らの役割で忘れてはいけないのは、日本的にいえば“敗戦処理”、アメリカ的に言えば“モップアップマン”といえる役回りも、時には試合を接戦に持ち込む重要な役割を持っているということだ。
たとえば、4月4日の阪神対ヤクルト戦ではこんなことがあった。
阪神は先発したメッセンジャーが炎上。3回で5点を失った。序盤で先発投手が崩れると、チームとしてはプランが大きく狂うものだが、4回表、阪神の主砲・新井が一矢を報いるソロ本塁打を放つと、反撃が始まった。
こういう試合展開では、先発の後を受け継ぐ投手の役割は重要度を増す。もはや“敗戦処理”という立場ではない。この時、マウンドを引き継いだのが鶴直人だった。
4回裏にマウンドに上がった鶴は、任されたこの1イニングを三者凡退に抑える。1点を返した直後からの好投はチームに勢いをもたらす。野球とは面白いもので、一度傾いた流れが止まると、勢いは逆側に傾く。鶴はそれまでの流れをひっくり返すことに貢献したのだ。5回表、平野恵一の適時打でさらに1点を返すと、試合の流れは一気に阪神へ。鶴降板後の投手陣が踏ん張り、8回表にはブラゼルの本塁打などで同点。結果、引き分けに持ち込んだのだ。
先発投手が序盤に崩れた試合を最終的に引き分けに持ち込むというのは、長いシーズンを戦う上では勝ちに等しい。このポジションは、時にこうした重要な役割が降ってくることがある。数字に表れるような分かりやすい貢献ではないのだが、だからこそ、首脳陣に与える印象も大きいというものだ。
■「勝利の方程式」が崩れそうになる時も、必ずある。
オリックス・赤堀元之コーチは、このポジションについての見解をこう語る。
「うちでは勝ちゲームなら、平野・岸田がいます。怪我でもない限り、変わることはないでしょう。評価でいえば、高橋は勝ちゲームで投げる選手ではないのかもしれません。しかし、高橋も一軍にいるわけですから、チームとしては彼を評価しているということなんです。立場はなかなか変わらないかもしれませんが、試合を作り直すこともできますから、しっかりと抑えてほしい」
赤堀コーチが言うように、12球団のチームの多くには「勝利の方程式」が確立されている。“方程式”が変わることはそうそう無いだろうが、しかし、シーズンの間には何が起こるか分からない。先発が崩れる時もあるだろう、あるいはローテーションに空きが出たり、“方程式”の投手にアクシデントが起こることさえあり得る。
小野や高橋秀、鶴などのように、この位置を務める投手は各球団には必ずいる。それは高橋秀のようなベテランであったり、小野や鶴のような若手だったりと、そこに至る事情は投手によって様々だ。
離脱中の久保も含めて、西村や金澤、増渕の数年前を思えば、この位置で投げる投手は無視できない。今シーズン中盤以降、崖っぷちの立場から逆襲を果たした彼らが、チームにとって不可欠な存在になっているかもしれないのだから。
(「野球善哉」氏原英明 = 文)
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派手に活躍するスターターたちの咆哮は今シーズンへの興味を掻き立ててくれる。
だが表街道から外れ、逆襲を期する選手たちもいる。開幕のローテーションから外れ、勝利に直結する役割ではない場面で登板する彼らは、どのような起用であっても「0で抑える」ことを目指し、這い上がる機会をうかがっている……。
これまでにも、“敗戦処理”に近い立場から結果を残し、ブレイクを果たした選手は多い。
巨人の久保裕也や西村健太朗がそうだった。他にもヤクルトの増渕竜義、ソフトバンクの金澤健人といったピッチャーたちは「0に抑えることだけを考える」と自らに誓い、苦しい立場からチームに不可欠な存在となっていった。
■「試合をリセットする投手」久保裕也のケース。
2010年の序盤、久保が置かれていた立場は極めて厳しいものだった。選手層の厚い巨人の先発ローテーションから外れ、ビハインドのロングリリーフ、あるいは大差リードでの登板というケースがほとんどだった。ところが、そこから好成績を積み重ねていくと、立場は変わってきた。
2年前の当コラムで、当時の久保のことを「試合をリセットする投手」と紹介したことがあったが、シーズンのうちに彼はその役を超えていき、チームの信頼を着実に得ていった。結局、シーズンを終えてみれば、球団最多記録となる79試合に登板し、8勝1Sを挙げていたのだ。昨季は67試合に登板。ストッパーとして20Sを記録している。今年は、怪我で戦線離脱してしまったが、難しいポジションから見事のし上がった経験を持つ選手だったとは言える。
■久保の流れを受けて活躍した、西村健太朗の逆襲。
久保のこのポジションを、昨季の序盤に務めていたのが西村健太朗だった。西村は2010年に開幕ローテーションに入りながらも、シーズン途中で失速。その後のシーズンの多くを二軍で過ごしていた。そして2011年、シーズン序盤の西村の立場は、2010年の久保同様、崖っぷちともいえるものになっていた。
ところが、敗戦処理や大差のリードでの登板で快投を続けていくと、次第に首脳陣の評価を得ていった。7月に入って先発のチャンスをモノにすると、ローテーションの一角に見事割り込むことに成功。シーズンが終わってみると、自身最多となる7勝を挙げ、防御率1.82の成績。今季はチーム事情でクローザーを務めているが、昨季の今頃の立場を考えると、よく這い上がったと思う。
■「0に抑えることだけ考えています。少しでも勝利に貢献できるよう」
久保・西村という“成功例”に範をとった巨人は、今季、その同じ役目に3年目の小野淳平を置いている。昨年、プロデビューと初勝利を果たした小野は売り出し中の右腕だ。先発ローテーションとしても期待をかけられているが、今は投手として微妙なこの位置から虎視眈々と出場機会をうかがっている。
「0に抑えることだけ考えています。少しでも、勝利に貢献できるようなピッチングをしていきたい」
小野もまた、久保や西村、また、金澤らが当時に口にしていたのと同じように「0に抑えるだけ」と口にした。
当然、欲はあるだろう。しかし、余計な皮算用をするよりも、目の前の一戦、目の前の打者に全力で挑む覚悟でシーズンに臨んでいる。
小野に、単刀直入に聞いてみた。久保・西村を追えば良いのではないか、と。
「僕が久保さんや(西村)健太朗さんみたいになるというのは、ちょっとおこがましいことかもしれません。ただ、与えられた役割でしっかり結果を残して、ステップアップしていきたいという気持ちはあります。少しでも勝利に貢献したいんです。今日も出番があれば頑張ります」
4月6日の阪神戦を前に語ってくれた言葉なのだが、その日、マウンドに上がった小野は3分の1回をしっかり抑えた。
■チームの必勝パターンから外れても、存在感のある投手。
オリックスの高橋秀聡は、昨オフのトレードでソフトバンクから移籍してきた29歳の右腕である。ソフトバンク時代には先発をしていたこともあったが、オリックスでの出番は中継ぎ待機だ。オリックスには平野佳寿−岸田護という必勝パターンがある。さらに、僅差リードならミンチェが務めるし、僅差ビハインドなら香月良太と役割が決まっている。
高橋が登板するケースとしては、先発が大崩れした場合と大差ゲームだ。
高橋は言う。
「僕にできることは、与えられた役割で0に抑えるしかない。たとえ、失点したとしても最少で止める。いつ出番があるか分からない調整の難しさはありますが、そんなことも言っていられない。これが自分の立場だし、年齢的にも結果を残さなければいけない。なんとなくマウンドに立つのだけはやめておこう、と。それだけは心がけています」
■時に勝負を左右する重要な役割が降ってくることも……。
彼らの役割で忘れてはいけないのは、日本的にいえば“敗戦処理”、アメリカ的に言えば“モップアップマン”といえる役回りも、時には試合を接戦に持ち込む重要な役割を持っているということだ。
たとえば、4月4日の阪神対ヤクルト戦ではこんなことがあった。
阪神は先発したメッセンジャーが炎上。3回で5点を失った。序盤で先発投手が崩れると、チームとしてはプランが大きく狂うものだが、4回表、阪神の主砲・新井が一矢を報いるソロ本塁打を放つと、反撃が始まった。
こういう試合展開では、先発の後を受け継ぐ投手の役割は重要度を増す。もはや“敗戦処理”という立場ではない。この時、マウンドを引き継いだのが鶴直人だった。
4回裏にマウンドに上がった鶴は、任されたこの1イニングを三者凡退に抑える。1点を返した直後からの好投はチームに勢いをもたらす。野球とは面白いもので、一度傾いた流れが止まると、勢いは逆側に傾く。鶴はそれまでの流れをひっくり返すことに貢献したのだ。5回表、平野恵一の適時打でさらに1点を返すと、試合の流れは一気に阪神へ。鶴降板後の投手陣が踏ん張り、8回表にはブラゼルの本塁打などで同点。結果、引き分けに持ち込んだのだ。
先発投手が序盤に崩れた試合を最終的に引き分けに持ち込むというのは、長いシーズンを戦う上では勝ちに等しい。このポジションは、時にこうした重要な役割が降ってくることがある。数字に表れるような分かりやすい貢献ではないのだが、だからこそ、首脳陣に与える印象も大きいというものだ。
■「勝利の方程式」が崩れそうになる時も、必ずある。
オリックス・赤堀元之コーチは、このポジションについての見解をこう語る。
「うちでは勝ちゲームなら、平野・岸田がいます。怪我でもない限り、変わることはないでしょう。評価でいえば、高橋は勝ちゲームで投げる選手ではないのかもしれません。しかし、高橋も一軍にいるわけですから、チームとしては彼を評価しているということなんです。立場はなかなか変わらないかもしれませんが、試合を作り直すこともできますから、しっかりと抑えてほしい」
赤堀コーチが言うように、12球団のチームの多くには「勝利の方程式」が確立されている。“方程式”が変わることはそうそう無いだろうが、しかし、シーズンの間には何が起こるか分からない。先発が崩れる時もあるだろう、あるいはローテーションに空きが出たり、“方程式”の投手にアクシデントが起こることさえあり得る。
小野や高橋秀、鶴などのように、この位置を務める投手は各球団には必ずいる。それは高橋秀のようなベテランであったり、小野や鶴のような若手だったりと、そこに至る事情は投手によって様々だ。
離脱中の久保も含めて、西村や金澤、増渕の数年前を思えば、この位置で投げる投手は無視できない。今シーズン中盤以降、崖っぷちの立場から逆襲を果たした彼らが、チームにとって不可欠な存在になっているかもしれないのだから。
(「野球善哉」氏原英明 = 文)
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久保裕也、増渕竜義らの奇妙な役割。試合の流れを“リセット”する投手達。(10/04/28)
最終更新:4月10日(火)11時16分
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