ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
・第5章 『節制』の森
-1-
  九月十九日 朝 魔法都市グレイプニル ロ・マリオの酒場
「……はぁ」
「もしかして半魚ZINさんですか? 握手してください!」
「ええ。もちろん」
 美しい女性の声に、カウンター席に座っていた俺は、優雅な振る舞いでそっと立ち上がった。
 表情は紳士らしくきりりと引き締める。
 声はできる限りのイケメンボイスで、低く囁くように。
 ……完璧だ。パーフェクトすぎる。もしも俺が女性なら、濡れて腰が砕けて座り込んでしまっただろう。
 きっとこの狩人の女性も、今は何とも無い顔をしているが、後で人気がないところでこっそりと下着を履きかえるに違いない。
 なんという罪つくりな男になってしまったんだろう。
「それで南砂漠の塔に、一緒に挑戦してもらえるのかな?」
「……え? いえ……そういうのはちょっと……一緒にされるの嫌だし。ごめんなさい。それじゃ」
 そう言い残して、外装をエルフ化した綺麗な女性は去っていった。
 何やら少し離れた丸テーブルにいるユーザー達といちゃついている。
 女性のPTメンバーだろうか?
「ちゃんと罰ゲーム通り半魚ZINと握手してきたわよ。これでいいでしょ」
「やだ近づけないでよ。妊娠するじゃない」
「うっわ魚臭」
「ちょっとやめてよー……マジ凹むんだけど……」
 遠くからそんな声が聞こえてくる。
 いや気のせいだ。俺には何も聞こえなかった。そうだ。きっとこれは何かの間違いだ。……ちくしょう……いったいどうしてこうなった。

「……はぁ」
 そんな俺を横目に、カウンター席に座ったままのハゼが、頬杖をつきながら深いため息を漏らしていた。

   ◇◇◇

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 【ギルドメンバー募集登録】【一階カウンター三十五番席】
 ギルド名:《鮫狩男と薙刀女》
 ギルドマスター:ZIN
 ギルドメンバー:二名(侍Lv45、巫女Lv42)
 ギルド方針:アルカナクエスト攻略
 募集内容:罠解除技能持ちの方!(カード編成不問、性別不問、職業Lv40以上)
 備考:
  一刀流侍と薙刀巫女で結成したばかりの新規ギルドです!
 先日、アルカナクエスト『恋人』も達成しました! 今後は南砂漠の塔に挑戦予定です。
 南砂漠の塔を攻略したいという義賊・狩人・忍者の方! 私達と一緒に挑戦しませんか?
 体験期間は最大三日間。双方同意の上でギルド加入を決定します。
 一切強制しません!よろしくお願いします!
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 最近の俺達二人は、毎朝こんなギルドメンバー募集を行っている。
 そして募集内容を見て分かるとおり、〈義賊〉〈狩人〉〈忍者〉のいずれかのユーザーを必要としているため、活動拠点も帝都アスガルドから魔法都市グレイプニルに移していた。
『じゃあ私も拠点を移すとしよう。そろそろ魔法都市でも名を売っておきたいと思っていたところだったんだよ。君のおかげで大和の町と帝都では名が売れたしね。ちょうど良かったよ。まあ一番の理由は、その長鉈の面倒を私がみたいという我侭なんだけどね』
 ちなみに俺達の移転話を聞いた吹雪姉も、そう言って活動拠点を魔法都市に移している。おかげで長鉈の修理に困ることは無い。
 対して、妹はというと。
『そうですか。それでは兄さん、お願いしますよ? 合流するまでは、街ですれ違っても絶対に声をかけないで下さいね? ……その、兄さんがどうしても一緒にいたいと言うのなら、話は別ですけど……』
 きっと娘に冷たくされる父親って、こんな気分になるんだろうな……

 話を戻すが。魔法都市でのおおまかな生活パターンは、毎朝六時~八時まではギルメン募集を行い、その後は、日が暮れるまでトカゲ狩りをするという流れとなっている。
 そして毎朝のギルメン募集には、未だに何の成果も無かった。
 かなりの頻度で声はかけられている。
 だが。先程の女性のような冷やかしや、『その変なギルドを解散してうちに来ないか』といった勧誘ばかりで、ここ最近はハゼのテンションも低い。
 どうでもいい話だが、変なギルド呼ばわりされると俺よりもハゼが怒る。なんだかんだと言いながらも、このギルドに一番愛着を持っているのはハゼだったりする。

 ……そういえば、一度だけ〝職業Lv不問〟で募集したことがあったな……募集初日のことだが。
 その時は結構な数のユーザーが来て、大きく賑わったのだが、その結果はあまりに酷く、翌日には〝Lv40以上募集〟と慌てて募集内容を変更したほどだった。
 はっきり言って、現時点で未だに低Lvなユーザー達は駄目だ。色々と終わっている。
『罠解除技能持ちが人気だから』
 ただそれだけの理由で職業カードを変更したユーザーのせいか、ギルドやPTに寄生して楽しようだとか、装備を買ってもらおうだとか、ゴールドくれだとか、ローレライのドロップアイテムを分け前として寄越せだとか、本当に酷すぎて話にならなかった。

 かと言って、〝Lv40以上募集〟は無謀すぎるのも事実だった。
 なぜなら。現時点でLv40以上の罠解除技能持ちユーザーならば、南砂漠の塔のおかげで、どこのギルドからも優遇されるためだ。
 そのため『ネタギルド扱いされている《鮫狩男と薙刀女》をわざわざ選ぶ、高Lvの罠解除持ちユーザーなどまずいない』というのが現実だった。
 そんな現実は、俺もハゼも、ここ数日で嫌というほど分からされていた。俺達にとって〝Lv40以上募集〟が無謀な募集であることなど、すでに気付いている。
 けれど『足手まといのハズレユーザーと応対するぐらいなら、誰もこないほうがマシだ』という諦めが半分。
 そして『敷居が高くとも、ローレライ討伐をちゃんと評価してくれるユーザーが、いつか来てくれるかもしれない』そんな甘い期待が半分。
 もどかしい気持ちを、いまだ捨てられずにいた……

 ――アルカナ掲示板で語られる俺達への評価は厳しい。
『ローレライを倒せたのは〈泳ぎ〉カード持ちの変人がいたおかげでしょ? そこまでたいした事じゃないわね。たまたまカード編成がハマったコンビなだけよ』
『ウィズPTの安定度には負ける。逆にゴミカードを上げてた一刀流侍と、全体支援もできない薙刀巫女のコンビなんて、すぐに限界がくる。あいつらはオワコン』
『トカゲ草原でペア狩りぐらい、塔攻略組の俺らにだってできるさ。フィールド組の臨時PTや中堅ギルド連中が騒いでるだけだろ? どう考えても話題先行の半魚ZINネタギルドさ』
『はぐれたメタルなモブを倒せる奴は強いのか? 違うだろ。運がいいだけだ。逃げるローレライを倒せたってのは、つまりそういうことだ。そしてローレライはBOSSだからRepopしない。はぐれたメタルなモブなんて、もういないんだよ』
『ローレライを倒せただけ。実力的には塔攻略組のほうが上に決まってる』
 これが俺達。《鮫狩男と薙刀女》――通称:鮫鉈さめなた――への評価だった……

 ◇◇◇

「……はぁ」
 ハゼがもう一度深いため息をついた。
「そんなにため息ばかりついてると、幸せもギルメンも逃がしちまうぞ」
「……誰のせいだと思ってるのよ?」
「半魚神の巫女?」
「いっぺん死んどく?」
「しょうがないだろ。何度も言うが好きで半魚ZIN呼ばわりされてるわけじゃねえよ」
「……ごめん。今のは私が悪かった」
 こうやって素直に気持ちを切り替えられるのが、ハゼの良い所だ。
 まあ、そのせいで怒るのも早いけどな。……怒らせる原因が、俺にあるような気もしないことはないが……
 とにかくハゼには世話になりまくっている。
 俺としてもこの状況は何とか打開したい。本当にギルドメンバーを増やしたいと考えている。そうすればハゼの気苦労も少しは減るはずだ。
 だから、今は何よりも罠解除技能持ちのギルドメンバーがほしい。
 そのためにも、俺に対するイメージアップが必要だ。やはり〝脱・半魚ZIN計画〟が最重要課題なのだ。つまりは赤褌が必要だ。
 しかし、先日受けた月見さんからの経過報告は芳しくなかった。〝脱・半魚ZIN計画〟はまだまだ先になりそうだ……

「それじゃ、そろそろトカゲ草原に行こっか?」
「もうそんな時間か……ほら」
 近くの壁に立てかけてあった薙刀を手渡してやr――!?
「ありがと。でもちょっとだけ持ってて。んぅー……」
 席から立ち上がったハゼが、凝った体をおもいきり伸ばした。
 普段は羽織千早のせいで隠れているハゼのエロイ体が、ラインとなって浮かび上がる。
 薙刀を持ったままの俺の視線が、思わずハゼの胸や腰のくびれにいく。
 ……本当に〝思わず〟なんだ。わざとじゃない。これは仕方のない事故なんだ……やばいマジ天国。

 ――そんな時だった。その男が俺達に声をかけてきたのは。
「ああ、すまない。君達が三十五番席でギルメン募集していた二人かな?」
「あ、はい。そうですけど?」
 その声を聞いたハゼが姿勢を正す。
 なん……だと……!?
 ちくしょう! いったいどこのどいつだ!? ギルメン募集とか、今はどうでもいいだろ!
 同じ男なのにピンクな空気読めないとか、ありえねえ!


 ―――■鮫狩男サメガリオトコ薙刀女ナギナタオンナ■―――

 【マスター】ZIN:侍Lv45
  一刀流Lv39 居合いLv37 無闘流柔術Lv38 ステップLv45 ジャンプLv22 泳ぎLv61
 【装備】
  武器:長鉈(スティール・桜吹雪)
  頭 :魅惑殺しのイヤーカフス
  腕 :手甲(黒)
  胴 :鯉口シャツ(白)
  腰 :武者袴(紺)
  足 :草鞋
  外着:羽織(水色)
  内着:足袋、下着ボクサーパンツ
  アクセ:ローレライの感涙(指輪)
  (外着:水の魔力糸・月見)
  (他防具:鉄の魔力糸・月見)
  (防具ボーナス:DEXUP*6)

 【サブマスター】Haze:巫女Lv42
  神道流薙刀術Lv37 演舞Lv39 棒術防御Lv30 祈祷Lv38 詠唱術Lv36 魔力補助
 【装備】
  武器:薙刀(スティール・汎用)
  頭 :魅惑殺しのイヤーカフス
  腕 :手甲(黒)
  胴 :白衣
  腰 :緋袴
  足 :草鞋
  外着:羽織千早
  内着:半襦袢、足袋、下着スポーツタイプ
  アクセ:健やかなるアクアマリン(指輪)
  (ALL防具:鋼の魔力糸・月見)
  (防具ボーナス:STRUP*6、DEXUP*6)
すみません。まだ5章は完成していません。
本来なら章を完成させてからまとめて投稿するのですが、1話分だけ先行して投稿します。
なのでこの続きはもうしばらくお待ち下さい。
また1話だけ投稿した理由は、読まれた方はすでにお気づきでしょうが、今までとは書き方が違うからです。
具体的には、空行・会話文前のスペース・三点リーダなどの使い方が、以前とはまったく違うと思います。
ぶっちゃけると。書籍化作業により、色々と自分の中で書き方が変わりました。
それで、今回のような書き方で、読みにくいことはないか? 感想を頂けないでしょうか?
---
⇒多くの感想ありがとうございました。とても参考になりました。このままで書き進めようと思います。(2012.4.8 猿野十三)
---
/以上。この後書きはいずれ削除させて頂きます。よろしくお願いします。 2012.4.7 猿野十三
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。