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・第4章 水の『女帝』との邂逅
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 ――9月16日 21時30分 帝都・宿屋 ダブルルーム


 桟橋から酒場へと向かった俺達だったが、結局は宿屋の一室に集まっていた。

 理由はただ1つ、予想以上に少女――ローレライが目立ちすぎるのだ。
 一応、道中はフードを被せて連れ歩いたのだが、そもそも10歳前後の小さなユーザー自体が稀有なため、その小さな背丈はとにかく目立つ。
 人通りの少ない帝都西エリアという事もあってか、すれ違うユーザーにジロジロと見られる事が多かった。
 よって俺達は酒場へと向かう予定を急遽変更し、宿屋に料理アイテムを持ち込んで今後の話し合いをする事にした。


 そしてハゼが宿屋NPCからレンタルした部屋は、ダブルルーム1つとシングルルーム1つ。
 今日はダブルにハゼと少女が、シングルには俺が泊まる予定だ。

 『ツインにしないのか?』俺が聞くと、
 『この子と一緒に寝たいからツインなんてありえないわ。ダブルよ、ダブル!』ハゼはそう断言し、少女を後ろからぎゅっと抱きしめていた。
 なんか知らんが、ハゼは少女のことをかなり気に入ったようだ。少女のほうは相変わらず冷めた表情で興味無さそうにしていたが・・・。

 そんな感じで部屋の宿泊手続きを済ませた後、俺達はダブルルームに集合していた。
 いつもはお互いシングルルームに泊まっているので、俺もハゼもダブルルームに入るのは初めてだったりする。


 部屋内にはベッドメイキングされた白いダブルベッドが中央に大きく1つ。
 床はフローリングで、天井と壁は白塗りだ。
 そして天井には”プロペラがくるくると廻るヤツ”がついている。正式名称は『照明付シーリングファン』というらしい。ハゼがそう言っていた。本当かどうかは分からない。まあそういう名称なんだろう。

 またダブルルームの広さは16畳ほど、部屋に入ってすぐ右手にはバスルームと手洗いがある。
 汚れることも無いし、排泄することもないので本来ならばバスルームなどは必要ないのだが、どの宿にも必ずついていた。
 『ゲーム開発にあたり、宣伝目的でスミイチ社のホテルを忠実に再現したからついている』アルカナ掲示板ではそう言われている。

 8月31日の予言の日以降、つまり五感などが現実世界に近づいて以来、シャワーや入浴を求めるユーザーは多い。俺もその1人だ。
 なぜならあの予言の日以降、何となくだが疲労が溜まるようになったためだ。
 アルカナクエスト『審判』クリアを契機に、何らかのシステム変更が入ったと言われている。詳細は判明していない。ただ分かっている事としては、食事・睡眠・入浴などの重要性が増したという事だ。
 恐らくハゼもバスルームを使っているだろう。
 直接聞いたわけでは無いのだが、朝会うと風呂上りの匂いを必ず漂わせている。まあ女ってのは元々風呂が大好きな生き物だしな。妹もそうだし・・・。

 そして最後に、部屋奥の窓際には小さな四角いテーブルが1脚と、同じく四角いワンチェアの椅子が2脚あった。

 ちょうど今、俺とハゼが向かい合うようにしてそのワンチェアに座り、少女はすぐ側のダブルベッドに腰かけているところだった。


 ◇◇◇


 「――だからそろそろトカゲ草原も卒業する時期なのよ」
 「トカゲ草原の適正上限Lvっていくつだ?」
 「だいたいLv45前後だって言われているわ。というか、これぐらいは知っておきなさい」
 「細かいことは苦手なんだよ。効率考えたりとか」
 「まあ、あんたはそういうタイプよね」



 持ち込んだ料理アイテムで夕食をすませた俺達は、すでに今後のことを話し合っている。

 ちなみに少女も料理アイテムを食べた。
 食べたと言っても林檎だけだが・・・。

 他の料理アイテムにはまったく興味を示さなかったくせに、俺がデザート用に買っておいた林檎にだけ、少女の視線が釘付けになった。
 試しに与えてみたところ、リスみたいに両手で持って、しゃりしゃりと小さな口で林檎を食べていた。
 それを見たハゼが『これからは私も林檎にしよ』などと言っていた。餌付けする気だ。ちょっと前に『林檎よりも梨のほうが絶対にいい』とか言っていたくせに、なんて野郎だ。


 「そういや内海の適正上限Lvっていくつなんだ?」
 「それはあんたが知らないなら、きっと誰も知らないわよ……」


 ◇◇◇


 適正上限Lvとは、スキルカードLvの上昇率制限のことだ。
 要は、狩場の適正上限Lvを超えてしまったスキルカードは、そのLv上昇率が鈍くなる。
 単純に言ってしまえば、難易度の低い狩場でスキルカードを使い続けるのと、難易度の高い狩場でスキルカードを使い続けるのとでは、使用カードのLv上昇率に違いが生じるのだ。

 ややこしい話になるが、例えばオークを狩り続けた場合、初心者の草原にいるオークと亜人の森にいるオークとでは、ある一定を境にしてスキルカードLvの上昇率に明らかな差が生まれるという。
 もちろんモブの強さによってカードLvの上昇率が異なるのは当たり前なのだが、それ以外にも狩場によってスキルカードLvの上昇率に上限が生じてしまうのだ。ただしBOSS属性モブだけは例外らしい。
 これはクローズドβ時に、ゲーム内システムの解析を目的とする有志ユーザー達が集まり、何万匹ものオークを狩ることで判明したシステムだとか・・・。

 そしてアルカナ掲示板ではトカゲ草原の適正上限はLv45前後と言われており、そろそろ俺もハゼも次の狩場を探さねばならない時期を迎えていた。


 「亜人の森はどうだ?」
 「森の深部付近なら適正上限がLv50近いらしいけど、あそこはウィズPTでないと厳しいわね。あんたも行ったことあるなら分かるでしょ? 深部までけっこう歩くし、魔法と矢なんかのモブの遠距離攻撃がきついのよ、亜人の森は。
 それからどっかの馬鹿が下着一枚で泳いでたラグロア川も亜人の森の深部と同じような適正上限らしいわよ。だから川で赤毛熊狩るのも微妙だって言われてるわ」

 お互いに深く沈むワンチェアにゆったりと腰を下ろして話し合っている。
 ハゼがワンチェアの肘掛ひじかけに肘をついて、『だから無理よ』と言わんばかりに顔の横で軽く手を振った。

 そしてその直後の事だった。
 ハゼが肘掛の先端をそれぞれ両手で掴んで、座ったまま前屈まえかがみなったのは。
 身を乗り出すようにして俺を見上げてくる。
 何やら重大な用件を切り出すつもりのようだ。


 ――だが、そんな事よりもだ。
 羽織千早の隙間から巫女服の白衣と半襦袢はんじゅばんが覗き、さらにその中身まで見えそうになっている。今日1日露天広場を歩き回っていたせいで、少し緩んでいるようだ。

 おお・・・もうちょいだ。もうちょっとだけ前屈みになるんだ。


 「でね。活動拠点を帝都アスガルドから魔法都市グレイプニルに変更しようと思うの」
 「……南砂漠の塔か?」

 「うん。どうかしら?」ハゼが首をかしげた。
 綺麗なワインレッドの髪が形の良い顎に流れる。その姿勢は前屈みのままだ。

 どうでもいい事だが、南砂漠の塔は、『月』・『太陽』・『星』の適正上限がLv50前後、『力』・『魔術師』・『吊られた男』がLv55前後だろうと予想されている。
 そして現時点でLvの高いユーザーやネットゲームに慣れ親しんだユーザー、廃人と呼ばれるユーザーなどのコアゲーマー達は、そのほとんどが南砂漠の塔へと集結していた。
 最近では彼らのような上位層のことを”攻略組”と呼び、俺達のような中堅層を”フィールド組”と呼ぶのが通例となっている。


 本当にどうでもいい。
 そんなことよりも・・・後少しで胸の谷間が見えそうだ。
 がんばれ。誰が何をどうがんばるのか知らんが、とにかくがんばれ。


 「だから罠解除技能持ちユーザーを募集するのよ、魔法都市で」
 「……一刀流侍と薙刀巫女でか?」

 ぶっちゃけ話が左から右だ。
 聴覚よりも視覚に全力で集中している。
 とりあえず不審に思われぬよう話半分に聞きながら、答えを返しておく。


 「確かにそこは評価を下げるポイントよ。でも募集するなら今しかないと思うの。今ならローレライ討伐を評価してくれるユーザーがきっといるはずよ。だからフィールド組を卒業して攻略組になるためにも、トカゲ草原から南砂漠の塔へ狩場変更するためにも、魔法都市でギルメン募集をしてみない?」
 「……いい……んじゃないか」


 背もたれに深く沈んだ体をさらにずらしながら、俺は少しずつ視線を下げていき、そんな返事をした気がする。

 いい。・・・本当にいい・・・実にいい。なにこの天国。

 羽織千早の隙間には緩んだ白衣と半襦袢。
 さらにその奥に、紺色のスポーツタイプの下着が見えていた。
 大き過ぎない充分な膨らみが2つ、下着にしっかりと包まれながらも、その谷間を見せている。


 「それじゃあ明日朝に帝都を出て、魔法都市に向かうわよ? って。あんた聞いてる?」
 「……ああ。聞いてる聞いて――!?」

 相変わらず前屈みのままで首をかしげたハゼに対して、そう答えようとした時だった。
 突然白磁のような小さな手が、ハゼの胸元を押さえつけた。

 なん・・・だと・・・!?

 いつの間にか少女がハゼのすぐ脇に立っており、ハゼの胸元を隠している。
 ハゼが「え?」っと不思議そうな顔で少女を見上げた。



 「おまえ、俺の契約召喚モブだろう!? なんで隠しちまうんだよ!」

 俺は思わずそう叫んでしまった。
 俺を睨むように見ていた少女が、不機嫌そうにぷいっと顔を横に向いてしまう。
 そして、少しだけ気まずい時間が流れ・・・。


 「……へぇ、この子はいったい何を隠したのかしら?」
 「さ、さあ? 何を隠したんだろうな……」

 目を細めながら俺を眺め、胸元を押さえて体を起こしたハゼがそう言った。
 目を細めてハゼの胸元を眺めていた俺は、目をそらしながらそう返答した。

 駄目だ。これは逃げきれねえ。完全にバレている。
 あれは捕食するモノを見つけた強者の目だ。
 ハゼさん怖い、マジ怖い。


 「……ジン」
 「……はい」
 「分かってる、わよね?」


 ハゼの恐ろしいほど静かな声を聞いてから、俺は黙って椅子から立ち上がり、一歩横へと移動した。

 そしてハゼと視線を合わせないようにしながら、本日2度目の正座をした。


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