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・第4章 水の『女帝』との邂逅
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 ――9月16日 夜 帝都・桟橋


 「あ、やっと帰ってきた。あんたいったいどこに行っ――――!?」

 桟橋に腰かけながら待ちくたびれていたハゼが、海から上がってくる音に振り向き――――次の瞬間には驚愕で目を見開いていた。


 ◇◇◇


 「すまん、遅くなった」
 「……馬鹿でスケベだとは分かっていたけど、まさかここまでだったとは……」


 そして、ようやく桟橋に降り立った俺を睨みながら、ハゼが物騒な呟きを漏らした。
 何故だか分からないが、とにかくハゼが激怒している。
 というか怒りを通り越して冷たくなっている。
 なにこの空気。ハゼさん怖い、まじ怖い。水龍よりも超怖い。


 「いやいやいや。なんでそんなに怒ってるんだよ。少し遅れたけどまだ20時過ぎだろ」
 「そんなこと関係ないわよ! ……あんたね。自分が今どんな格好してるのか分かってないの? 自分の姿をよく見なさい!」


 今の俺の姿は――パンイチ。
 そして小脇には、薄手のワンピースを身に着けただけの少女を抱きかかえている。
 海から上がった直後のために俺も少女も濡れそぼっており、肌に張り付く髪やら服やらが無駄にエロティックだ。

 冷めた表情をした少女と目が合う。
 『ここはどこ?』少女が俺を見上げながら首を傾げて、目をしばたたかせていた。

 ・・・。

 「ハゼ、とりあえず落ち着け。おまえは大きな誤解をしている」
 「へえ……いったいどんな誤解なのかしら……。あんたがそんな格好で女の子に何をすれば不味いことになるのか? 洗いざらい吐いてもらおうじゃないの。とにかく。あんたはその攫ってきた子からとっとと手を離しなさい!」
 「違うんだ! 俺は何もしてないぞ! この子は突然湧き出てきたんだ!」
 「『画面からニ次元キャラが出てきた』みたいな馬鹿な言い訳しないの!」

 ちくしょう。本当なのに。誤解だというのに。
 いったいどうしてこうなった。


 その後、まずは服を着るように命じられ、俺はいつかと同じように正座をさせられた。
 そして怒れるハゼに、今日起きた出来事を細かに説明してようやく誤解が解けた後も、『服を着てなかったあんたが悪い』と言われ、さらに説教が続いたのだった。

 全裸ならまだしもパンイチの何がいけないと言うのか。男のロマンが分からん奴め。


 ◇◇◇


 「つまりこの子がローレライの赤子ってことよね?」
 「恐らく」
 「言われてみれば確かにローレライの面影が……」


 桟橋に腰かけた少女は、白磁のような足先を海面に伸ばしてぶらぶらと遊ばせている。
 潮風に吹かれた薄手のワンピースが静かに揺れていた。

 そしてハゼが、その少女の背後で膝立ちになっている。
 ハゼはアイテムインベントリーから取り出したクシで、月明かりに照らされた少女の髪をいていた。
 時折、「よろしくね。私の名前はヘイズよ? ハゼじゃないからね」などと話かけている。
 少女のほうは興味無さそうにしながらも、されるがままになっていた。
 ときどき気持ち良さそうに目を細めているので嫌がってはいないようだ。
 ちなみに俺は、正座のせいで凝り固まった体を伸ばすために、桟橋の上で大の字になって寝転がっていた。


 空には落ちてきそうな巨大な月。夜の海が奏でる波の音が心地いい。
 襲いくる眠気に思わずウトウトとしてしまう。まったりとした時間が流れていく。
 桟橋の先には――横たわる俺。置かれたランタン。少女の髪を梳くハゼ。夜の海を眺める少女。

 たったそれだけで、何も無い、何気ない時間だった。


 穏やかな空気に、俺はだんだんと夢の中へと引きずり込まれていく。
 その最中、少女が鼻歌を口ずさみはじめた。



 「ホルスト?」

 ハゼがそう聞くと、少女は肯定するかのように鼻歌のテンポを少しだけ上げた。

 ホルスト・・・クラシックだっけか・・・。
 少女の鼻歌を子守唄にして、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


 ◇◇◇


 「……こら、ジン。こんなとこで寝ないの」
 「ん……ハゼ?」
 「そうよ。ってかハゼじゃなくてヘイズ。まあ、もうどうでもいいけど。とにかく早く起きなさい。夕食もまだだし、話し合いたいこともあるから酒場に行くわよ」


 ハゼに急かされて目を覚ます。
 すると寝転がる俺の顔を覗き込むために、膝に手をおいてしゃがみ込んでいる少女と目が合った。
 そのすぐ側には腕を組んだハゼが立っており、同じように俺の顔を見下ろしている。

 俺は目をこすりながら体を起して胡坐あぐらをかいた。そのまま欠伸をしながら両腕を大きく伸ばして首をかくかくとほぐす。
 そして、こちらを見つめているハゼと少女を交互に見やった。

 なんだろう? 何か違和感があるな・・・。


 「……っお。頼んでた外套がいとうか。ちゃんと買っててくれたんだな」
 「一応ね。あんたにしてはいい判断だったわ。ほんとに買っておいて良かった。さすがにあのワンピースだけじゃ薄着すぎるわね」

 俺が寝ている間にハゼが着せてやったのだろう。
 少女は、少し大きめの白い外套をワンピースの上から身に着けていた。
 フードをすぐ被れるようにするためか白金糸の髪も外套の中に入れている。また長い裾のおかげで足首は隠れ、ぶかぶかの袖は手のひらを隠し、ちょこんと白磁のような素足と指先だけが出ていた。


 「……後は、靴が必要だな」
 「そうなんだけど、私の予備の草鞋わらじを履かせようとしたら顔を背けて嫌がるのよ。だからあんたから履くように言ってくれない?」

 たぶん無理だと思うが・・・駄目もとで少女に草鞋を履くように言ってみる。
 案の定、ぷいっと横を向かれてしまった。駄目だ。まじで勝手気ままな姫様だ。


 「ほら、言った通りだろ?」
 「ねえ、ほんとにこの子は契約召喚モブなの? 召喚主の言うこと聞かないなんて異常よ。今ならまだ許してあげるから正直に言いなさい」


 この野郎。あれだけ説明したというのにまだ疑ってやがるのか。
 そもそもどうして俺が誘拐してきたことが前提なんだ。


 「おまえな……、俺を信頼してるんじゃなかったのかよ」
 「もちろん信頼はしてるわよ。でも信用はできないわね。まさか忘れたとは言わせないわよ。誰のせいで”半漁神の巫女”呼ばわりされてるのか。今日なんて露天広場を回ってたら私のギルド腕章を見たユーザーに『そのギルド名、もしかして半漁神の巫女ですか?』って聞かれたんだから。
 だいたいあんたの行動は斜め上すぎるのよ。今日だって下着1枚で泳ぎ回ってたし、馬鹿だし、スケベだし、いったいどこをどう信用しろって言うのよ」


 ギルド腕章とは、8月31日の『審判』の日以降に実装された機能だ。
 ギルドに所属するとホログラム製の腕章が左腕の二の腕あたりに自動生成される。
 この腕章は常に手前表示だ。パンイチだろうが重装備だろうが、常に他ユーザーから見えるようになっている。
 またギルドマスターのギルド腕章はゴールド。サブギルドマスターの腕章はシルバー。ギルドメンバーの腕章はブロンズだ。つまり俺のギルド腕章はゴールドで、ハゼのはシルバーだ。

 まあ、そんな事よりもだ・・・。


 「確かに俺も男だ。エロイのは認める。もしかすると平均よりもちょっとだけエロイかもしれん。でもな。見知らぬ女の子を攫うようなクズじゃねえよ」
 「平均よりもちょっと? もしかすると?」
 「引っかかるとこはソコじゃないだろ!?」
 「はいはい、分かってるわよ。半分冗談で言ってみただけだから気にしないで。それよりも立ちなさい。そろそろ酒場に行くわよ」
 「半分冗談て……残り半分は何なんだよ?」
 「聞きたい? 下着1枚で泳ぎ回るようなあんたにも分かるように、隠さず言ったほうがいい?」
 「……酒場に行こうか」
 
 旗色が悪い。ごまかそう。
 ハゼにジト目で睨まれながら立ち上がると、俺とハゼのやり取りをしゃがみ込んだまま眺めていた少女もゆっくりと立ち上がった。


 「指輪に戻る気になったか?」

 もう一度聞いてみたが、首を横に振られてしまった。


 「じゃあ、ちゃんとついて来いよ?」

 そう声をかけておく。少女は軽く頷いていた。
 そして俺が酒場へと歩き出すと、そのすぐ後ろを裸足でぺたぺたとついて来る。



 「なんかカルガモの親子みたいね。あんたとこの子って」

 少女の手をとりながら、ハゼが楽しげに笑った。


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