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・第4章 水の『女帝』との邂逅
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 ローレライの名を受け継いだソレは、俺の目の前で”幼い少女”をかたどった。

 背を向けているのではっきりとは分からないが、背丈は俺の脇腹程度までしか無いので、恐らく10歳程度だろう。白金糸のような綺麗な髪をしている。
 しかしながら細かく波打っていたローレライの髪質とは異なり、少女の髪にはクセが無く、真っ直ぐ腰まで伸びていた。
 逆に服装は、ローレライが着ていたのと同じような薄手の青いワンピースだった。丈は少女のすねあたり。細い肩紐が華奢な肩にかかっており、肩甲骨を隠すように背中側の布地と結ばれている。きっと正面から見れば、鎖骨から肩までが剥きだしになっているだろう。薄着すぎる・・・。

 不意に、俺に背を向けるように水龍と対峙していた少女が、首だけを回して、その横顔を俺へと向けてきた。深く、澄みきったエメラルドの瞳だった。
 現実離れした美しい顔立ちをしている。
 冷めた表情と白磁のように白い肌が相まって美しい彫刻のようだった。

 だが、彫刻と見紛うことは無さそうだ。
 まるで幼さを否定するかのような大人びた雰囲気が漂っているからだ。幼さと妖しさが混在し、それが妙な人間味をかもしだしていた。
 危うげなアンバランスを持った少女。その妖艶さこそがローレライの名残りなのかもしれない。


 はっきり言って、まったく展開についていけない。
 その少女を見てまず思ったことは、『開発スタッフはロリコンだったんだな……』という的外れな感想だった。


 ――そして水龍がそんな隙を許すはずもなく、
 その大きな口から魚雷のような水塊ウォーター・ブレスを射出した。


 ◇◇◇


 正面へと、水龍の方へと、少女がその横顔を戻す。
 それにつられて白金糸がふわりと舞った。

 俺がその光景に目を奪われていると、
 少女はその細い両腕を真正面へと掲げた。


 ――ドンッ という鈍い音が響き、湖底に衝撃が走る。
 水龍の水塊ウォーター・ブレスが、俺の目の前に漂う少女へと着弾した。


 しかし少女は何事も無かったかのように、か細い両腕で水塊ウォーター・ブレスを防いでいた。
 割れるかのように、傘が開くかのように、少女を中心にして俺達の後方へと水塊ウォーター・ブレスが霧散していく。


 すげえ・・・完全に受け流している。

 そう思った直後、湖底に水龍の美声が響き渡った。


 ――水のヒメゴか。水にえにしある人の子か――


 かすかに驚きを含んだその美声を聞いて、俺はようやく逃げねばならない事を思い出す。
 水龍の水塊ウォーター・ブレスを防ぎきった少女は、ただゆっくりと両腕を下ろしていた。

 俺はそんな少女の腰に背後から右手を回して、小脇に抱きかかえる。
 そして再びステップを交えながら頭上の湖面を目指して加速した。

 状況整理は後でいい。今はとにかく逃げねばならない。
 俺はただそれだけを考えて泳ぎ続けた。


 そして最後に、加速していく俺の背中へ水龍が穏やかな美声を投げかけてきた。


  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

   ね。今はまだその刻では無い

   水の秘め子に愛されし、人の子よ

   水の姫子に愛されし、人の子よ

   汝が『世界』を求めるならば

   汝が水を求めるならば

   いずれ、その刻が訪れようぞ

   我、『女帝』なり

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ◇◇◇


 ローレライのおかげで水龍から逃げきれた俺は、
 ラグロア湖から滝を1つ下りて、近くの岩場で休憩をとることにした。


 そして――。

 『ハゼ、今大丈夫か?』
 『大丈夫だけど?』
 『ちょっと不味いことになった。悪いんだが帝都西門近くの桟橋で会えないか?』
 『桟橋? っていうか何したのよ? 怒らないから言いなさい』
 『とにかく会えばすぐ分かる。口で説明するのが面倒だ。たぶん20時頃には桟橋に着けるから、マジ頼むわ』
 『ちょっと!? 20時頃って4時間後じゃない。あんたいったいどこにいるのよ!?』
 『それも含めて後で話す。じゃあ頼んだからな。俺は今から全力で帰る。それから子供用の外套がいとうも一枚買っておいてくれ。じゃあな』
 『あ、こら! ちょっと待ちな――』


 ハゼとの個別回線を一方的に切断する。
 相談や報告は合流してからでいいだろう。とにかくやっかいな事になった。

 そのやっかい事の原因を探すと、近くの岩に腰かけていた。
 白磁のような足先で川面をぱちゃぱちゃと叩いて遊ぶ少女――ローレライだ。



 「ローレライ」

 そう名前を呼んでやると、川面を叩く白い足先を眺めていた少女がこちらへと視線を向けてきた。
 軽く首をかしげている。相変わらず冷めた顔をしていて無表情で無言だが、『なに?』と問いかけてきているのは不思議とよく分かった。

 「頼むからそろそろ指輪に戻ってくれよ」

 俺がそう言うと、少しだけ眉間にしわを寄せた少女がぷいっと横を向いてしまう。
 ちくしょう。全然言うこと聞いてくれねえぞ。どうなってんだ。
 アルカナ掲示板の情報とまったく違うじゃねえか。


 ◇◇◇


 水龍に襲われた時に、頭の中に鳴り響いたシステムボイスが正しいならば、
 この少女――『モブ名:ローレライのヒメゴ、Named:ローレライ』は、俺の契約召喚モブとなったわけだ。


 そしてラグロア湖から滝を下りて休憩をとった俺が、まず最初にした行動はアルカナ掲示板を開くことだった。召喚士情報交換スレなどで召喚モブについて調べるためだ。

 だが、『召喚士は地雷職ナンバー1』と言われているせいだろうか。
 掲示板ではそれほど多くの情報は得られなかった。ひとまず分かったこととしては――

  ・召喚モブは、『一時召喚モブ』と『契約召喚モブ』の2つに分かれる。
  ・一時召喚モブは、召喚・使役・戦闘・帰還の流れで、使い捨てとなる
  ・契約召喚モブは、召喚・使役・契約・保有の流れで、自身の駒にできる
  ・契約に成功すると、名付けの権利を得る
  ・保有には、シンクロニシティアイテムが必要
  ・シンクロニシティアイテム無しで契約すると、保有失敗でモブが消える
  ・シンクロニシティアイテムのアイテム等級が足りないと、保有失敗でモブが消える
  ・召喚、使役、契約に失敗すると、逆にモブが襲ってくるので注意


 ――といった感じだ。


 アルカナ掲示板の情報通りならば、俺は少女に『ローレライ』という名を与えたわけだから、少女は俺の契約召喚モブとなったわけだ。
 つまり召喚・使役・契約の全てに成功したはずで、俺が少女の召喚主なわけで、言うことをきくのが当たり前のはずなのだ。

 そのはずなのだが・・・。


 「なあ、ローレライ。お願いだから指輪に戻ってくれないか?」

 もう一度だけ、俺は丁重に頼み込んでみたが無駄だった。
 少女は何事も無かったかのように、相変わらず川面を白い足先でぱちゃぱちゃと叩いて遊んでいる。

 ちくしょう。無視かよ。
 なかなか言うことを聞いてくれないぞ。
 いったいどうしてこうなった・・・。


 ・・・とにかくハゼと合流してから考えよう。

 問題はこの少女を桟橋までどうやって連れて行くかなんだが、かなり気紛れっぽいしな。
 ほっとくとふらふらとどこかに行ってしまいそうで怖い。
 仕方ない。また小脇に抱えて俺が泳ぐか。帰りは川の流れに乗ればいいだけだから、それほど大変じゃないだろう。


 そう結論を出して、少女が腰かけている岩へと移動する。

 すぐ側に立った俺を、少女が『なに?』と見上げてきた。
 俺は無言で少女の腰に腕を回して、ひょいと小脇に抱え上げた。
 特に抵抗するわけでもなく、ローレライはされるがままになっている。


 こういうのは拒否しないんだよな。

 確かモブ名は『ローレライのヒメゴ』だったか。言いえて妙だな。ぴったりだ。
 ほんと気紛れなお姫様だわ。


 そんな事を考えながら、俺は少女を小脇に抱えてラグロア川へと飛び込んだ。


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