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・第4章 水の『女帝』との邂逅
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 そうして鮭との男の勝負を制した俺は、最後に高さ10m以上の大きな滝を水面ジャンプで飛び越えて、ついにラグロア湖へと到達していた。


 ラグロア湖は静寂に包まれていた。
 湖の北側にはラグロア火山がそびえ立ち、その周辺は赤茶けた大地に囲まれている。

 そして、ラグロア湖には生命の息吹がまったく無かった。
 モブどころか魚1匹見当たらない。不気味な静寂に包まれている。

 この雰囲気は知っている。つい先日味わったばかりだ。
 完全に同じだ。そう・・・ローレライが逃げ込んだブルーホールの雰囲気と。


 背中がぞくぞくしてくる。
 『やばい、ここは本当にやばい』俺の本能が狂ったように警告を発していた。
 ラグロア湖の隅に浮かびながら落ち着くように何度も深呼吸を繰り返し、冷静にメリットとデメリットを計算する。

 今なら死ねる。まだデスゲームは始まっていない。2日ほど寝込むだけで済む。
 ”知恵のかけら”を失うことも怖くはない。
 むしろ、いつか”この湖に住まうモノ”と戦う日がくるのならば、”知恵のかけら”を失ってでもその強さを確かめておくべきだ。デスゲームが始まる前に・・・。恐らくハゼもそう考えるだろう。


 ――――よし。

 気持ちを奮い立たせるように気合を入れ、俺はラグロア湖の底へとダイブした。


 ◇◇◇


 ラグロア湖はすり鉢状の湖だった。
 いや、むしろ傾斜が凄まじくきついので、巨大なタンブラーのような湖と言った方が適当かもしれない。

 広さは野球場5,6個分といったところだが、水深が半端ない。とにかく深い。
 ローレライのブルーホールと同様に岩壁でできており、深すぎて湖底まで日が射し込まない。そのため岩壁がどこまで続いているのかすら分からない状況だった。
 

 俺は途中からランタンを腰にぶら下げて、底へ底へと泳ぎ続けている。
 ローレライを追いかけた時はステップを交えながら2,30分ほど潜ったが、今回はステップを使わずに泳ぎだけで潜り続けていた。


 そして潜り始めて20分ほど経過した頃、暗闇に包まれていた俺の視界に小さくて淡い光が入ってきた。湖底に近づくにつれてちりのように小さかった淡い光が、だんだんと大きくなっていく。


 ――――あれは・・・?

 だんだんと大きくなる光の中に”何か”がいる。
 その”何か”は青磁せいじ色だ。淡い光はその”何か”が発する光だ。

 そして、泳ぎを止めない俺の瞳に映る”何か”がより明確になっていき――――龍!


 ”何か”は青磁に輝く水龍だった。
 その長い体をとぐろにして湖底に横たわっており、鱗の一枚一枚が陶磁器のように青く輝いている。顔付きは見えない。とぐろの中心に顔をうずめているからだ。
 そのとぐろの中心にある水龍の頭部からは、美しい白角が2本突き出ていた。
 またひげも2本あり、とぐろの中心でゆらゆらと揺れている。その色は背中のたてがみと同じく群青ぐんじょう色だった。

 水龍の優美な姿に、恐怖よりも綺麗だと思う心が先行する。
 いつしか俺は泳ぎを止めて見惚れてしまっていた。目を離せなくなっていた。


 ――ゆっくり、ゆっくりと・・・自分の体が湖底へと落ちていく事すら忘れてしまっていた。


 ◇◇◇


 ――人の子よ。何ゆえ我が域を侵す。答えよ――


 おごそかな水龍の声が湖底に響き渡った。我を忘れていた俺の体がびくりと震える。

 そういえば・・・”ローレライの感涙”は装備したままだが、”魅惑殺しのイヤーカフス”は外していたのだった。『指輪はともかく耳カフスとか、なんか男らしく無くね?』そんな気がしたからなのだが・・・不味ったな。

 おかげで魅了チャームのステータス異常を食らっていたようだ。
 とにかく水龍が近い、すんげー近い。というかこの距離はやばい。

 俺のすぐ下、30m程先に水龍がいる。
 そして俺が魅了チャームされている間に、水龍はとぐろの渦にうずめていた顔を俺の方へともたげていた。
 美しき東洋龍。その姿に再び我を忘れかけてしまう。本当に綺麗だ。
 その美声。その綺麗な顔付き。雌であるのは明らかだ・・・美しい・・・。


 ・・・やべえ!?

 俺は慌ててアイテムインベントリーを開き、魅惑殺しのイヤーカフスを装備した。
 ずきんっと頭に痛みが走る。上手く魅了チャーム抵抗レジストできたようだ。
 まじシャレになんねえ・・・、今後はもう外さないようにしよう。


 ――ことわりなるよしを答えよ――

 正気を取り戻した俺は、たずねを繰り返す水龍を改めて眺めた。
 長大な体だ。俗っぽく例えるならば、ちょうど16両編成の新幹線程度の大きさと言ったところだろうか・・・。


 ――答えよ! 人の子よ!――

 ジロジロと眺めていた俺を叱りつけるかのように、水龍の美声が大きく響き渡った。
 ここに来てしまった理由を述べれば良いのだろうか?
 だがいったい何と答えればいいのだろう?

 『鮭と男の勝負してました』
 『鮭のせいです』

 鮭、サケ、シャケ。
 そういやサケとシャケってどっちが正しい呼び名なんだろう?

 答えを出せないまま、しばらく悩んでいると・・・。


 ――ことわりを持たぬ人の子よ。断り無き人の子よ。その過ちを悔いるがよい!――

 別のことを考え始めてしまった俺を見限るように、水龍がそう吐き捨てた。
 絶望的な恐怖で俺の体がぞくりと震える。
 どうでもいいが、ドMだったらきっと違う意味でゾクゾクしていただろう。


 ほんとどうでもいいな・・・よし、逃げよう。

 俺はじっと見つめ合っていた水龍から視線を外し、ステップで水中を蹴り上げて頭上へと跳ね上がった。そしてステップを繰り返しながら、とにかく湖面を目指して全力で泳いだ。



 ――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――



 直後、水龍の咆哮が上がる。
 俺はその咆哮をもろに受けてしまい、数瞬だけすべての動きが停止してしまった。

 気絶スタン!?

 戦慄した体からステップで練り上げた勢いが失われていく。不味い。これでは逃げ切れない。
 そして――『絶対に振り返ってはいけない』そう分かっていたはずのに、思わず水龍の方へと、湖底の方へと、俺は振り返ってしまった。

 そこにはとぐろを巻いたまま口を大きく開き、俺へと狙いを定めている水龍がいた。
 直感する。ブレスがくる。無理だ。死ぬ。



 その時だった。俺の頭に儚くも美しい声が鳴り響いたのは。



 ――愛しい人。どうかわらわの名を呼びたもう――



 ローレライ!? そう思った刹那、頭の中にシステムボイスが鳴り響く。

 『Named...ローレライ...complete.
  あなたと”ローレライの感涙”との契約が完了しました。
  ローレライの感涙は呪われたアイテムです。あなたは呪われました。
  解呪されるまでこのアイテムは外せません。
  以後、”ローレライのヒメゴ”はあなたの契約召喚モブとなります』


 え? 呪い? 呪われましたってどういうこと?


 混乱する俺をよそに、事態はさらに加速していく。
 まず装備していた指輪――”ローレライの感涙”からぬるりと、青いゼリーのように液状化したソレが飛び出した。
 続いてその青いソレが俺の目の前でグニャグニャと動き、人型を為す。

 そして最後に――青いソレに人の色が灯った。




 【ローレライの感涙】
  ――――――――――――――――――――――――――
  『悲哀の美しき女は。最後にその願いを叶えた。
   ・・・それが偽りであったとしても・・・
   朽ち果てし赤子は。その感涙となりて想ひを継ぐ』

  ※LEGENDARY ITEM
  ※取引不可/破棄可能
  ※防具アイテム(指輪/男性専用)
  ※呪われていました
  ※特殊シンクロニシティアイテム:設定済み
  (モブ名:ローレライのヒメゴ、Named:ローレライ)
   海よりも深く美しき宝玉は、その恩を決して忘れない。
   そなたが宝玉に願うとき・・・
   深き水に愛されし稚児ちごは、その身をもって助けとなるであろう。
  ――――――――――――――――――――――――――


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