最大で約800mもの川幅をもつラグロア川は、上流に進むにしたがって川幅をじょじょに狭めていく。
そして狭まった分だけ、その流れは激しさを増す。
まるで『ラグロア山の麓にあるラグロア湖には行かせない』と言わんばかりの激流と化していく。
そういえばアルカナ掲示板では――
『ラグロア川を遡上してラグロア湖に向かうのは、どう考えても不可能』
『NPC情報によると竜の草原の先にラグロア山道があるらしい』
『ラグロア山道には三叉路があり、ラグロア火山とラグロア湖に繋がっているらしい』
――などと言われていたはずだ。
こうして実際に泳いでみるとよく分かる。まず間違いなくラグロア川を泳いでラグロア湖に行くのは正規ルートじゃない。
まあ、どうでもいいんだけどな。
とにかく俺は上流を目指す。鮭ごときに負けてらんねぇ。
これは男のプライドを賭けた勝負だ。
だが、ただ単に鮭と泳ぐだけってのも面白味がない。
これが競泳水着のお姉さんと一緒に泳ぐとかなら話は別なんだが・・・。
そうだな。せっかくだ。ついでに水面ジャンプの加減も調整できるように練習するか?
さっきはどう考えても飛びすぎだったし、どうせこの先にも腐るほど滝があるだろうしな・・・うむ、そうしよう。
なんだか鮫狩りや海篭りをしていた頃を思い出す。
あの頃はあの頃で実に楽しかった。
・・・やべえな。こういう高揚感は久しぶりだ。
かなり楽しくなってきた。よし、絶対に水面ジャンプをモノにしてやろう!
◇◇◇
そうして鮭どもと一緒に上流を目指し、いくつかの滝を越えた頃、
両岸の岩壁が低くなっている滝に出くわした。
そこは川幅が約300mほどの地点だ。
これまでと同じような横長い滝があり、ちょうど滝の上の岩壁が低くなっているところだった。
また飛び石のような丸くて大きな岩が川面から顔を覗かせている。その岩を上手く使えば両岸を行き来できそうな場所だった。
そして、恐らくその低い岩壁を下りてきたのだろう。
遠目なのではっきりとは見えないが、何やら岩の上で漁をしているユーザーが滝の上に1人いる。
どうやら鮭の生け捕りが目的のようだ。
――確かイクラは高級食材アイテムだったはずだ。
『イクラは鮭を網で生け捕りにし、料理人がさばいてようやく手に入る』
などと聞いたことがある。
残念ながら俺には『捕獲』カードが無いので鮭の生け捕りは不可能だ。
泳いで鮭を狩ることはできるが、それではイクラが手に入らない。ドロップしないのだ。
ちなみに釣り糸を垂らしても鮭はなかなか食いついてこないらしい。
きっと産卵のことで頭がいっぱいなんだろう。食欲よりも性欲とか・・・けしからん。本当に鮭はエロイ奴だ。とにかくそんなエロ鮭の生け捕りには『捕獲』カードが必須と言われている。
だが『捕獲』カードは、馬を捕獲したり、魚を生け捕りにしたり、様々なゴールド稼ぎに使えるためか非常に高額だ。
俺もかなり欲しいカードなのだが、恐らく一生縁の無いカードで終わりそうだ。
なぜなら今一番必要としているのは長鉈のアプグレ費用だからだ。
もしも『捕獲』カードを買うゴールドがあるならば、間違いなくアプグレ費用に回すだろう。というかハゼがそうする。
――ローレライから得たミスリルインゴット。
俺達2人の武器をミスリル製にする場合、
ハゼの薙刀は量産品なのでミスリルインゴットで作ってもらえば、それで終わる。
しかし俺の長鉈はカスタマイズ品だ。この長鉈をミスリル製にするには、”スティール>シルバー>プラチナ>ダイヤ>ウーツ鋼>ダマスカス鋼>ミスリル”の順番で合計6回のアプグレが必要となる。
そんなわけでアプグレ費用がシャレにならない。
特にウーツ鋼とダマスカス鋼の値段がやばい。
ドワーフ鉱山から『採掘』カードで獲得できるのはダイヤまでだ。
ウーツ鋼とダマスカス鋼は合金レシピが判明しておらず、今のところ”南砂漠の塔”のレアドロップでしか手に入らないという。
またアルカナ掲示板には”錬金術士のための合金情報交換スレ”というスレッドがあるのだが、
『もしもウーツ鋼やダマスカス鋼の合金レシピを見つけても、それらを秘匿できれば一攫千金の夢が実現する』などと言われているため、錬金術士同士の情報交換はあまり上手くいっていないようだ。
そんなわけで俺の長鉈をミスリル製にするには莫大なゴールドが必要なわけで・・・。
ハゼが露天広場や交易NPCを調べておきたいと言い出したのも、俺の長鉈が一因となっているはずだ。ほんとハゼには世話になってばかりいる。
だからこそ少しでも手伝いたいと思ったのだが――
『着いていく』俺がハゼにそう伝えた時、
『ジンが1人で前衛をこなしてくれるから2人で戦えるの。だからせめて戦闘以外のことは私にやらせて? おねがい。いいでしょ?』ハゼはちょっと困ったような顔で返答してきた。
相変わらず義理堅くて面倒見のいいやつだ。そもそも借りを作ってるのは俺のほうだろうに・・・。
とにかく。ハゼが俺を信頼してくれるように、俺もハゼを信頼している。
だから今日は徹底的に羽を伸ばす。ハゼに全てを任せて俺は泳ぎまくる。
遠慮していたら、それこそハゼが嫌がるだろう。こういう日は『今日1日、思い切り遊んだ』と報告できるように全力で楽しむのが礼儀のはずだ。
◇◇◇
そんな回想に浸りながら川面から顔だけをだし、
流されないように気をつけつつ遠目から滝の上にいるユーザーを眺めていると・・・。北岸の岩壁から下りてくる真っ赤な巨体が見えた。
あれは確か――ラグロア・ファイアグリズリー(通称:赤毛熊)
モブ情報交換スレで報告されていた特徴とよく似ている。間違いないだろう。
遠目からでもよく目立つ燃え上がるような赤毛。
その巨体は2mを越えている。戦闘力はハイオークを優に上回る。
『赤毛熊2体と戦うぐらいならオークヒーローの方がマシ』そう言われるほどのモブだ。
本来はラグロア火山に出没するモブだと言われているが、ラグロア川で鮭漁をするユーザーを見つけると容赦なく襲ってくるらしい。
そんな赤毛熊が、滝の上の飛び石を渡って鮭漁をしているユーザーへと近づいていく。
しかしながらその当人は鮭漁に夢中で気付いていないようだ。南岸の亜人の森に逃げ込めば、赤毛熊は追ってこないらしいが・・・まずいな、あれは――――。
◇◇◇
料理人専用日記スレッド★15
1:アカシック
ここは料理人ユーザー専用の日記スレッドです。
日記スレッドのため、レスは禁止です。
日々起きた個人的なイベントを適当に書き連ねて下さい。
769:月影十夜
いつもうちの屋台で買ってくれる人がいる。
ぶっちゃけると、その人に惚れてしまった。
誰か俺の背中を押してくれ・・・
770:ミスター鯵っ子
念願のダマスカス鋼製・出刃包丁を手に入れたぞー!
771:うまい象・コンソメ味
あ、ありのまま今日起ったことを話すぜ!
ラグロア川で鮭漁をしていたら、
目の前に赤毛熊が立っていたんだ。
俺は死を覚悟した・・・だが、その時だった。
鮭と一緒にヤツが現れたのは・・・
ほぼ全裸で変な刀を腰に差したヤツが、
いきなり滝から飛び出してきて、
赤毛熊に絡みつき、絞め殺したんだ。
そして何事も無かったかのように、
ヤツは鮭と一緒に上流へと飛び跳ねていった。
何を言っているのかわからねーと思うが、
俺も何が起きたのか分からなかった・・・
頭がどうにかなりそうだ・・・
魚類だとか人類だとか
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・
772:TomYumGoong
専用の作業部屋をレンタルする資金がようやく貯まった。
次の目標は店舗だ。がんばろう!
◇◇◇
――赤毛熊に襲われそうなユーザーを華麗に助けた俺は、泳ぎを止めることなく上流を目指していた。
そして上流に近づけば近づくほど、赤毛熊と遭遇する機会も増えてきていた。
どうやら赤毛熊も鮭を獲るためにラグロア川へと下りてくるようだ。色々なところで鮭を咥えている赤毛熊を見かける。
赤毛熊に狩られる鮭。
赤毛熊を狩る俺。
もはや俺と鮭、どちらが格上なのかは明白だった。
所詮、鮭など下心満載の下半身直結野郎なのだ。
清廉潔白な俺に敵うはずがない。
きっと昔のエライ人ならば――
『鮭とは違うのだよ、鮭とは!』
――こう叫んだであろう。間違いない。
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