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15.格闘戦
 ――土色の世界で――

 ここを修行場にして一カ月は経つだろうか。
 まさかこんな形で第三者が侵入してくるとはね。まぁ俺の土地ってわけじゃないんだが。

「どうだろうか? 一人で修業というのも有意義だとは思うが、相手のいる組手というのもいい物だろう?」

 俺の目の前には黒づくめの老紳士。
 というか……ぶっちゃけヘルマンじゃねえか!!

「断る……って言ったら退いてくれんのか? 悪魔ってのは相手の都合なんてお構いなしだと思ってたけどさ」

「ほう……」

 ヘルマンは感心したような顔をしている。悪魔だと言い当てたのが意外だったのかね?

 つうか何故コイツがここにいるんだよ。原作じゃ村を襲った後はスタン爺に封印されてるはずなんだが。
 封印が外れたか? こんなに早く? ありえねぇ。
 なら封印自体されなかったとか? それじゃ今頃ネギも石か?
 それとも俺が村から消えたことで歴史が書き換わっている? 村の襲撃自体なくなってるのか?
 いや、そもそも原作ではスプリングフィールドの子供はネギ一人だ。正史に存在しないイレギュラー(オレ)がいなくなれば、それは村の状況が正史に近くなったようなもの。ならば……
 ……あー、良くわかんねぇ。
 もういいや。直接聞いちまえ。

「で、悪魔が俺を殺しに来たってか? メガロの使いパシリかい?」

「ふむ。聡いな」

 返答は無し、か。悪魔にも守秘義務はあるのかね? 契約者をバラしてはならない、みたいな、さ。

「ますます惜しい。血統に優れ、行動力、向上心ともに申し分ない。そのうえ頭もまわるとは。ますますもって惜しすぎる」

 そこでヘルマンは一旦言葉を切り、両の拳を握って構えた。

「だが、これも仕事だ。構えたまえ、お嬢さん」

「その前に自己紹介くらいはしてくれよ。そっちは俺のことを知ってるんだろうけどさ」

 降ろしていたフードを上げる。その間も視線はヘルマンから離さず、観察を続ける。

「これは失敬。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。しがない『没落貴族』さ」

「ご丁寧にどうも。俺はアイカ・スプリングフィールド。しがない『魔女の娘』だよ」

 にしても隙が無い。こりゃ逃げられんね。
 無造作に垂れ流されているオーラに淀みも見られない。ま、ガキ一人殺すのに心を乱すような甘い相手だとは思っちゃいないが。

 チッ。しゃあない。俺も覚悟を決めるか。
 やってやろうじゃねえかよ。

 発動。『神のご加護が(マバ)ありますように(リア)

 相手は各上。増援なんてあり得ない。
 肉体は脆弱。手持ちの武器は未完成の念能力のみ。
 だが、

「俺に喧嘩売ったこと、必ず後悔させてやる」




 ――対峙する一人と一人――

 アイカは構えも取らずに一足でヘルマンとの間合いを詰めた。

「ぬ!?」

 とヘルマンが驚きの声を漏らすが、それも当然。
『マバリア』によるヘイストと『流』による移動術を組み合わせた今のアイカの速度は、瞬動術のそれに匹敵する。
 さらに言うならば、瞬動が足に魔力なり気なりを集中し発動するのに対し、アイカのそれは魔力も気も必要としない。オーラを見ることの出来ないヘルマンにとっては、完全なるノーモーションからの瞬動に見えていた。

「らあっ!!」

「ぐ!!」

 意表をついてのアイカの右ストレート。かろうじてガードに間に合ったはずのヘルマンの顔が歪んだ。

(なんだ? この重さ(・・)は?)

 それはヘルマンにとって全くの予想外の一撃。
 ヘルマンが侮っていたと言われればそれはその通りだろう。相手は子供なのだから。

(この少女は魔獣の生息する魔法世界でこれまで生き抜いてきているのだ。加えて膨大な魔力量。使える(・・・)とは思っていたが、しかしそれだけでは説明できんぞっ)

 ヘルマンがアイカの不自然な強さに気をとられている間にも、アイカの猛攻は止まらない。

 右の拳を引くとともに、アイカの上体が捻転し、左腕が走る。
 フック気味の一撃。身長差のせいでヘルマンの腹部へめがけて放たれたその拳を、ヘルマンは一歩さがることでやり過ごす。

(それにしても、魔法使いとして挑んでくるかと思ったが)

 勢いのままに体を捻じり、背中を見せたアイカに向かってヘルマンは反撃。

(まさか体格のまるで違う私に格闘戦を挑んでくるとは。――ッッ!?)

 空気を切り裂いて打ち下ろされたヘルマンの左の拳は、そのままアイカへと突き刺さるかのように思えた。
 しかし、それは軌道を変えて空を切ることとなる。
 狙いがずれていたというわけではない。
 ただ単に、ヘルマンの腕が弾かれたという、ただそれだけのこと。

(後ろ回し蹴りというやつかね!?)

 ヘルマンの腕を弾いたのはアイカの右足。
 左の拳を振りぬいた後、上体を引き戻そうというのではなく、アイカはその勢いのままに旋回し、回し蹴りを放っていた。
 アイカのふくらはぎがヘルマンの腕を叩く。やはり不自然に重い。人間の骨ならば、そのまま叩き折ってしまうほどの重さだ。

(だが、そこからどうする? 私にはまだ右の本命が残って――)

 しかしヘルマンの狙いはことごとく外されることとなる。
 左腕を打ったアイカの足が、膝から曲がって腕へと絡みついた。

「なっ!?」

 そのままアイカは跳躍。

「シャアッッ!!」

 己の右足でヘルマンを捉えたまま、その左足がヘルマンの頭部へと突き刺さっていた。



「ふう。器用なことだ。拳法というものかね?」

「我流だよ。つか平然と耐えんなよ。自信無くすぜ」

 たまらずといった様子で距離をとったヘルマンだったが、特にダメージを負ったようには見られない。
 アイカは表情にこそ笑みを張り付けていはいたが、悪態を吐きたい気分だった。

(完璧入ったはずなのにな。攻防力も八十以上は足に集中させたぞ。頭蓋を蹴り砕くぐらいのつもりだったんだけどな)

「いやいや。自信を無くす必要は無いよ。素晴らしい一撃だった」

「そらどうもっ!!」

 再びアイカは前進。突進とも呼べるそれは、無防備ささえ感じさせるものだが、

(距離をとってもしょうがねえ! なによりアレが来たら防げねえ!)

 アイカの警戒するもの。それは原作にてヘルマンが用いた特殊能力。
『永久石化』。魔法世界の術者でも解呪不可能なそれは、喰らうことが即、死に繋がる最悪の技。

(発動にタメが必要な技なようにも思えねえ。アレを出される前になんとかしねぇと)

 アイカの前進に合わせてヘルマンが繰り出してきたのはジャブ。しかしほぼ同時に連打されるそれは、ヘイストの恩恵によって加速したアイカの意識上でも知覚することは難しく、

「ガッ」

 顎と心臓へのジャブは両腕でもって撃ち落とした。意識の混濁は『念』の行使を揺るがすものであり、『マバリア』の維持を不可能にさせかねないのだから。
 しかしヘルマンのジャブは二撃にて終わらない。左肩、右腕、さらには側頭部に強烈な打撃が撃ち込まれる。

「ふむ。硬いね」

「女の子に言うセリフじゃねえな! 傷ついちまうぜ!」

(プロテスが無けりゃ『堅』ごと貫かれてたぞ、クソがっ)

 口ではそう言いつつアイカも止まらない。
 打撃によって後退させられようと、尚も進む。

(リーチに差がありすぎる! ただでさえ格上の相手だってのによ!!)

 アイカの接近を阻むかのようにヘルマンは尚も連打。ジャブの一発一発が、まるで銃弾。

(しかも避けるスペースも無けりゃ一発弾いたところで別のが即座に連打されやがる。理不尽にもほどがあんだろうが!)

 ヘイストによって思考すらも加速したアイカだからこそ悪態を頭に浮かべることもできるが、しかし現状はそんな思考に気をとられる隙などないほどに逼迫していた。
 ヘルマンのパンチは重い。
 念能力という、ある意味異端な能力を持ち、『マバリア』という鎧によって守られているからこそ未だ戦えてはいるが、しかし均衡はすぐにでも崩れかねない。
 振るわれた一撃を弾くだけで、ダメージが骨を伝い頭にまで痛みが響く。打ち下ろされる一撃を受けるだけで、地面には亀裂が走り砂塵が舞う。

(しかもコレでまだ本気じゃねえってんだからな。イジメだろうが)

 ヘルマンは未だ右を撃っていない。それは紛れもなく手加減されていることの証左であり。

「ほら。どうしたね? それが君の全力かね、お嬢さん?」

 ヘルマンの楽しそうな声を聴いた瞬間、アイカの脳裏で何かが切れる音が響いていた。


(オーケーオーケー! 目にもの見せてやんよ!)

 意識は加速し、オーラが膨れ上がる。
 アイカの目はヘルマンの左拳にのみ集中し、それ以外の情報をシャットアウトし。
 周囲の景色すら意識から消失し、極限まで高められた集中力は刹那の時を万倍まで引き延ばす。

 アイカとヘルマン。二人の度重なる攻防によって舞い上げられた砂煙を貫いて、ヘルマンの拳が走り、
 頭部へと迫ったそれを紙一重で避けたアイカの左手が、ヘルマンの伸びきった腕を掴み取っていた。

(平然とできるなら、してみやがれっ!!!)

『硬』。それはアイカに撃てる最強の近接攻撃。
 オーラが拳に集中したことで、『マバリア』が霧散するが、最早アイカの意識はそこにはない。
 体格に勝るヘルマンが左腕を掴まれているということは、体を下へと引っ張られているのと同義であり、

(ヘルマンは左腕が邪魔で右は撃てない。体格に劣る俺だけのターンだ!)

 目の前の存在を叩き潰す。その一点だけに思考は集中し、

「ジャッ!」

 瞬間、必殺の一撃が放たれた。

「ガッ!」



 苦悶の声が上がる。
 人体という質量が砲弾と化して大地を穿つ。
 悲鳴と誤認しそうな声で呻くその声は、
 しかし、アイカが上げたものだった。

「ふむ。私のパンチを見切り、捕まえた腕を盾に右を防ぐというのは素晴らしい発想だとは思うが」

 打撃を受けた腹を抱え、のたうつように蹲るアイカに向けて、ヘルマンは言った。

「しかし、私はボクサーだと自称した覚えはないのだがね」

 アイカが確実に決まると確信した攻撃に対し、ヘルマンがした反撃は至極単純。
 腕が封じられたがゆえに、足にて攻撃を繰り出したまでのこと。

(それにしても不思議な少女だ。人では考えられない強度を誇ったかと思えば、今はああやって苦しんでいる。無理な体制からの反撃だったがゆえに、十分な威力は出せないかと思ったのだがね)

 ヘルマンは知らないことではあるが、アイカにとってみれば今の状況は当然のものだった。
 常にオーラで身を守り、ヘルマンとの戦闘が開始されてからは『マバリア』の加護を受けていたのだ。
 それがヘルマンを倒すというそれだけに意識を集中し、あげく『硬』という捨て身の攻撃に賭けようとしたのだ。
 オーラによる防御が無ければ、自分など所詮は筋肉もろくについていない幼児でしかないということさえ忘れて。

「ふむ。立ち上がれるようになるには、もうしばらくかかりそうだね。では少し、話でもしようか」

「……そいつは…………紳士的なこったな」

「ふっ。なに、ただの気まぐれさ」

 痛みに悶え、震える腕で体を起こそうとするアイカへとヘルマンは語りかける。

「一つ疑問なんだがね。何故君は格闘戦を選んだのだね?」

「あぁ?」

「君が接近戦に自信を持っているだろうことは私にもわかる。なるほど君の能力ならば大抵の大人でも打倒しうるだろう。しかし、私にも通用すると本気で思ったのかね?」

「……」

「いいや、違うはずだ。君は私との実力差を理解し、それを覆そうとしていた。これでも無駄に長く生きているのでね、その辺りの機微を読み取るくらいは出来るのだよ」

「何が……言いてえんだよ?」

「単刀直入に言おうか? 何故、魔法を使わないのだね? 私との実力差を理解し、己の不利を認識し、しかしそれでも接近戦を君は選んだ。正直理解に苦しむのだよ」

 しばしの、ほんのしばしの沈黙が流れた。
 そして、アイカは、

「悪魔ってのは……魔法が得意なんだろ? 接近戦も出来るが、魔法の方がもっと得意なんじゃねえかと思っただけだ」

「ふむ。一理ある、が」

(しかし、ソレを警戒して出し惜しみされてもつまらないな。折角の才ある者との闘争なのだ。使えるものがあるのならば、全て出し切ってもらいたい)

「私の魔法を警戒して、か。ならばこうしよう。私は格闘のみで戦う。君は魔法も含めたあらゆる力を駆使して闘いたまえ」

「……はぁ? なんだってそんなハンデみたいな真似」

「なぁに。ほんの気まぐれだとも。それとも私が全力を出さないというのは不服かね?」

 そういう気持ちもわからないでもないが、とヘルマンは言うが、

 対してアイカは、

「ハッ。オーケー。完璧理解したぜ。テメエが俺を舐めくさってるってことはよォ!」

「馬鹿にするつもりはないのだよ。私が力をセーブした場合、君が逆にやる気をなくすというのなら――」

「いいや、結構。思う存分手加減してくれ」

 まるで吐き出すかのように、そう告げたアイカは、

「俺の全力でぶっ殺してやるからよ。ジェントルマン」

 狂気に染まったかのような笑みを浮かべていた。
ヘルマン。本気になったらかなり強いと思うんですよ
近接ではネギ&小太郎を軽くあしらってましたし、距離をとれば永久石化ビーム
特に永久石化ビームなんて、スタン爺さん相手に使った様子を見る限り、かすった場所から全身に浸食するっぽいですもんね
ESB(永久石化ビーム)。かすりでもすれば相手は終わり
原作では手加減していたようですし、実際はかなりのチートなんじゃないでしょうか


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