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11.ライジングサン
 ――霧深き遺跡にて――

神のご加護が(マバ)ありますように(リア)
 それはこことは違う世界に存在する聖魔法。
 物理防御強化(プロテス)
 魔法防御強化(シェル)
 治癒能力強化(リジェネ)
 行動速度強化(ヘイスト)
 以上の四つの能力を『強化』し、加えて蘇生予約(リレイズ)をも発動させる絶対の加護魔法。
 たゆたう光は鎧となって、刃を弾き魔法すら通さない。
 肉体に対しては柔らかな光が降り注ぎ、あらゆる傷は優しく癒される。
 神の加護により時の流れすら超越し、音すらをも置き去りに。

「らああああああああああああああああああああ!!!!」

 咆哮を上げ、駆け抜ける。
 ヘイストによって強化されたスピードは、『流』を用いた高速歩法をさらに高みへと押し上げ、

闇夜切り裂く(ウーヌス・フルゴル) 一条の(コンキデンス) って、ええ!?」

 ナイフを構えた少女の横を疾走し、

「ぐっ、さすがにキツイ。ママ! いったん下がって!!」

 叫ぶ大剣を持つ男の傍で跳躍し、

「んな!?」

 顔を驚愕の色に染める虎の亜人には目もくれず、


「くたばれえええええええええええええええええええ!!!」

 砲弾と化した俺の放った拳が、火竜の左眼を殴り飛ばした。


 破砕槌を思わせる一撃。
 ヘイストによって人の限界を越えた速度。プロテスによって硬化された拳。さらにオーラをのせた『凝』。それは紛れもなく俺に撃てる最高の一撃だった。
 しかし、それでも火竜は倒れない。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 耳をつんざく咆哮とともに火竜はのけぞる。
 二十メートルを超える巨体が跳ね上がり、深紅に染まる両翼が周囲の廃墟を巻き込んで砂塵を巻き上げた。
 しかし、

「ガッ!」

 片目を失ったにもかかわらず火竜は退かず、むしろ怒りに我を忘れたよう。
 巨大な口からは鋭い牙がのぞき、漏れ出す吐息は炎熱を思わせた。そして、火竜は跳ね上がった上体を戻す勢いのままに腕を振りおろし、
 鱗に覆われた左手が俺に突き刺さった。

 地面にたたきつけられた俺はそのままバウンド。
 未だ完成形には程遠い『マバリア』では衝撃全てを打ち消せるわけもなく、

「カハッ」

 二度目の苦悶。肺が潰されることで取り込んでいた空気は吐き出され、口には鉄の味が広がるのみ。
 意識さえ失っていなかったが故、『マバリア』によるリジェネが断続的に俺を回復させるが、しかし練度の低い治癒能力の強化は、戦闘中という刹那の時の奪い合いにおいてはその効果を十全に引き出せているというわけではなく、

「ガアアアアアアアアアア!!」

 痛みに顔をしかめる俺を見て好機と思ったか、火竜の選んだ行動は追撃。
 火竜の咆哮は地を揺らすほど。いくら『堅』に守られているとはいえ、人間の鼓膜など薄紙の如く突き破りかねない音という攻撃には、一瞬にして意識を奪われかねない。
 それに耐え、ふらつきそうになる足を大地に突き刺し、毅然として睨み返せば、
 成人大ほどもある巨大な前足が振り下ろされていた。

「舐めんなああああああああああ!!!」

 迎え撃つは右ストレート。日々『流』を用いて走ってきたという積み重ねは、攻防力の移動を無意識のうちに完遂させ、俺の右腕と両足は燃え上がるような量のオーラに包まれていた。

 ――しかし、それは紛れもなく悪手。

 火竜の腕と俺の拳が激突した瞬間、あまりの衝撃から足元の大地にヒビが入る。

「ギィッ」

 地面はヒビで済んだ。

 ――しかし、しかしだ

(腕が折れ、いや、砕けやがったッ!)

 火竜へと振るった腕が鈍い音を響かせていた。

 それも当然。オーラでの強化とは掛け算ではない。肉体の持つ力とオーラの総量との足し算である。
 相手は体長二十メートルにもなる火竜。竜種という最強種として生まれた彼らと人間とでは、あまりにステータスが違いすぎる。
 年月とともにため込んだ生命エネルギーは数百年分の食事の成果だろうか。『纏』が使えず無造作に垂れ流されているだけだというのに、そのオーラの量を目にするだけで竜種が人間などでは届かぬ高みにいることがありありと見て取れる。
 そんな生命体としての格の違う超越種が、手負いになったことで怒り狂い、全力で腕を振り下ろしてきたのだ。いくらオーラで防御力が、『マバリア』によって物理耐性が跳ね上がっているとはいえ、ベースはあくまで幼子の体。受け(・・)に回った瞬間、敗北は決定していた。

 全身を激痛が駆け巡る。興奮状態にあった頭蓋の中身に直接氷柱を突き刺しにされたかのような、耐え難い痛み。悲鳴を抑え込むだけで精神がごっそりと削られていく。

 そして、俺の動きが完全に硬直したその瞬間、

「ガアッ!!」

 火竜のアギトより灼熱の火球が放たれた。



 ――火炎舞う戦場で――

 その子供――おそらく声からして少女だろう――の暴走には、イゾーリナ・ブルィンツァロフも驚愕せざるを得なかった。
 突然の火竜の出現。追われていたらしき少女が攻撃を受けた様子。ジョアンナの暴走。めまぐるしく変わる状況にさらに致命傷を受けたと思っていた少女が舞い戻ってきたのだ。
 イゾーリナは冒険者として経験が足りないわけではない。むしろ騎士として教育されてきたことを思えば、ビョルンやガスパーレよりも練度は高いだろう。
 しかし、現在の彼女は戦士としてではなく『盗掘屋』としてのイロハを叩きこまれてきていたのだ。急に開始された竜種との戦闘に意識を切り替えるには、彼女の経験は不足していたと言わざるを得ないだろう。

「ガアアアアアアアアアア!!」

 火竜が潰れた左眼から血を流しながらも攻勢に出る。太く長い前足を腕のように振りかぶり、眼前敵を叩き潰さんとしていた。
 対する少女は見るからにボロボロだった。煤で黒くなったローブは所々炭化しており、穴だらけ。右の袖など肩口から先が無くなっている。
 イゾーリナからは後ろ姿しか見えないが、それでも分かる。少女が今にも倒れるだろうことが。何故立っていられるのだろうかと疑問に思えるほどに、少女は傷だらけなのだから。
 しかし、イゾーリナの予想は外れる。
 火竜が赤く燃える腕を振り下ろした瞬間、

「舐めんなああああああああああ!!!」

 少女が吠えていた。いや、吠えただけではない。少女はなんと、無謀にも火竜の一撃を迎撃しようと拳を構えていた。

 その無謀な背中が、イゾーリナの心に強く突き刺さっていた。

(何故? 貴女は何も怖くはないの?)


 イゾーリナ・ブルィンツァロフは、ロクデナシ集団を自認する『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』のメンバーには珍しく、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指していた人間だった。
 今年十六になるイゾーリナにとって、英雄譚とは『紅き翼(アラルブラ)』のことであり、物心つく前から『英雄』という言葉は彼女の周りにあふれていた。
 当然イゾーリナも『英雄』に憧れ、『立派な魔法使い』を夢見た。
 しかし、ここで問題があった。彼女の生まれについてである。
 イゾーリナに流れる血。それは『魔族』のもの。
 魔界を故郷とする魔族は、根本的に魔法世界の住人とは異なる。人間とも、亜人とも。
 しかしイゾーリナは諦められなかった。世界には太陽を独り占めにしているかのような輝く存在が、『英雄』というまばゆい存在がいるのだから。
 イゾーリナの魔法を学びたいという意思を曲げられるものは彼女の周囲におらず、結果、彼女は単身魔法学院に入学することになる。
 彼女が選んだ学び舎はアリアドネー。『学ぼうとする者ならば死神だろうと受け入れる』学術都市である。
 しかし、イゾーリナは受け入れられることはなかった。魔族であるという、ただそれだけの理由で。
 アリアドネーが受け入れなかったのではない。アリアドネーはイゾーリナに学籍を用意し、その能力の高さから奨学金まで与えた。
 受け入れなかったのは同級の者たちの方だ。その年代ならば当然のように、誰もが『立派な魔法使い』を目指し、勉学に、そして実習に励んでいた。
 しかし同級の少女たちはイゾーリナを拒絶した。魔族という悪魔に近しい者が『立派な魔法使い』を目指すなどとんでもないと、謂れのない中傷を与え続けた。魔法騎士団を目指す実習では、実際に魔法の射手を撃たれたことさえあった。
 イゾーリナは『立派な魔法使い』を志す者たちの『正義』に弾かれ、結果、アリアドネーを去ることになる。
 家族の元に帰ることは出来なかった。皆が皆、この結果を予想していた。皆が皆、イゾーリナにそれを忠告していた。しかしイゾーリナは耳を塞いだのだ。自分ならば出来ると、自分ならばそうはならないと、自分の信じたい未来だけを信じ、自分を案じてくれる人たちを無視し続けたのだ。
 もう帰ることはできない。だからといって行く当てもない。
 そんな時、イゾーリナはジョアンナに出会うことになる。『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の面々と顔を合わせることになる。
『正義』に絶望し、『正しさ』に屈し、『夢』を失った少女は、そうして『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の一員となった。


(私は逃げる事しか出来なかった。貴女みたいに立ち向かうことなんて出来なかった)

 私には光なんて降り注いだりしなかったから。イゾーリナはそう考え、しかし、少女の背中を見て初めて理解した。

(違う。あの子は太陽なんて待っていない。あの輝きは、あの子自身が――)

 そこでイゾーリナは思索の淵より引き上げられた。

 少女とドラゴンの、まるで大きさの違う拳と拳のぶつかり合う音を聞いて。


「ギィッ」

 少女の口から金属を擦り合せるような音が漏れる。
 イゾーリナは瞬時に理解する。あれはマズイと。
 見れば少女の腕は見るも無残に折れ曲がり、赤黒く変色しているではないか。あれでは最早戦いなど不可能。少女がどれほど卓越した身体能力を有していようと、それは揺るぎない事実。

「ガアッ!!」

 竜の口から赤く染まった炎が見えた。とどめのつもりなのだろうか。
 それに気づいたジョアンナが少女へと駆け寄る。ガスパーレが狙いを逸らそうと剣戟を放つ。
 しかし火竜は動じず、怒りに染まった右目を少女から離さない。

(ダメ!)

 しかし何をすればいいのかがわからない。『盗掘屋』の一員となるために過去を捨てた。アリアドネーで学んだ魔法戦闘術を頭から消し去ろうとした。それがここにきて解答を導くための思考を邪魔してくる。

(わからない……わからないよ!!)

「リーメス!」

 隣から聞こえてきた声にハッと視線を向ければ、ビョルンが隣で発動体を構えていた。
 目線があう。ビョルンの瞳が、信頼しているぞと、そう語りかけてきている気がして、

風陣リーメス・結界アエリアーリス!!」

 イゾーリナは、自然と防御魔法を唱えていた。


 イゾーリナとビョルンによる二重の風陣結界によって火球が散る。
 風の障壁。怒りによって少女以外見えていなかった火竜は自分の攻撃が散らさるなど予想外だったのか、その動きを止めていた。

「ママ、ガスパーレさん! さがって! 撃ちます!!」

 そう叫んでイゾーリナが取り出したのはスクロール。
 魔法の術式を書き込み、魔力とともに封じたそれは、開封とともに書かれた魔術を起動させるマジックアイテム。
 魔法符とは価値も違えば威力も違う巻物スクロールに込められたのは『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』のとっておき。

 ――対鬼神兵用極点殲滅雷撃魔法 千雷戦斧

「やりな! イゾーリナ!!」

 少女を脇に抱え瞬動で離脱したジョアンナが叫ぶ。


 同時に、万雷が降り注いだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 六十七秒にわたって一点に降り注ぐ雷の雨。
 個人で使えるものでは理論上最強の威力を誇るスクロールだ。これを凌駕するともなれば地雷式の大規模術式か、それこそ『英雄』を英雄足らしめる個人技でもなければ不可能。
 さすがにコレならば。そう『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の面々も思った。コレで仕留めきれないというのなら、転移魔法符を乱発してでもウェスペルタティアから脱出しなくてはならない、と。
 しかし、


「嘘、だろう……」

 その呟きは誰のものだったか。雷が鳴りやんでも、そこには尚悠然と屹立する火竜の姿。
 チッとジョアンナが舌打ちを鳴らす。イゾーリナでさえ悪態を吐きたいほどの気分だった。

「仕方ない。アンタら、逃げ、ってちょいとお待ちよ!」

 ジョアンナに焦りの声を発せさせたのは、ボロボロという表現も生ぬるいほどに傷ついた少女。
 少女はしっかりとした足取りで数歩進み、

「ったく。しぶといトカゲだ」

「グルァ……」

 火竜が力なく吠える。それを聞いて気づいた。火竜も限界だったということに。
 しかしイゾーリナは動けない。いや、イゾーリナだけでなく、仲間の誰もが。
 皆が少女の背中を見つめていた。その背中は無謀であり、蛮勇を背負い、どこか頭のネジが外れているのではないかと心配になるほどに危うかったが、しかしイゾーリナが憧れた『英雄』の背中だった。

「さっさと」

 少女は跳躍。気も魔力も感じないというのに空高くへと舞い上がる少女は、イゾーリナに太陽を幻視させ、

「沈め!!!!」

 その叫びとともに火竜の頭を蹴り落とした。


 大地に響く轟音が、勝利の証たる火竜の倒れ伏す音が、イゾーリナには世界が揺れた音に聞こえた。
難しい・・・
描写が少なすぎればチープになるし、書きすぎればスピード感がなくなる
もっとこう
シェイシェイハ!!シェイハッ!!シェシェイ!!ハァーッシェイ!!
な感じにしたかったが

感想が怖いよぅ


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