09.霧の廃都
――ウェスペルタティア――
「ハァ、ハァ、ハァ」
あ、ありえねぇ。
俺はかつては絢爛を誇っていただろう都の残骸、オスティアの廃墟に背を預けて肩で息をしていた。
必死に『絶』を行う。髪の毛一本分のオーラでも漏れないよう、細心の注意を払いながら。
その間も混乱する頭は同じフレーズを繰り返すばかり。
(なんだなんだよ、ここは)
MMを出たばかりの森や、エオスから先の山脈とはレベルが違う。
簡単に現状を説明するぜ。
アリアハンを出発して順当にレベルアップしてたと思ったら、旅の扉で飛ばされた先がゾーマ城でした。
「グオアアアアアアアアアア!!!」
うひぃ!? 思わず身が竦む。
柱の陰からちらりと見れば、
(ド、ドラゴンて。それはないだろ。どこのラストダンジョンだよ?)
視線の先には体長二十メートルはありそうな赤い竜。
一歩、足を地に降ろすごとに地震のような振動が胃を揺さぶってくる。
(ありえねぇ。あのオーラ。竜種ってのは生命力の塊ってことかよ)
旧オスティアに足を踏み入れた当初は結構楽観視してたんだ。
命のやり取りこそ経験してないが、こっちにゃ『念』がある。『発』も、未だ発展途上だろうとはいえ、そこそこ形になってきている。
たとえ旧オスティア廃墟が立ち入り制限された上、許可をもらった熟練冒険者でもなけりゃ入り込めないといったって、通り抜けるくらいは出来るだろうと踏んでいたんだ。
甘かった。この世界はラブコメワールドじゃねぇ。マジでバトル漫画用の世界だ。
ちゃんと書いてあったんだよなぁ。『大戦期の巨大魔法災害の影響が残るため一般人立ち入り禁止』って。従っとけよ、俺。
(やっぱり上を通るべきだったか。金はあったんだし空飛ぶ新オスティアへの舟に乗ることだって……)
いや。
いやいやいや。そいつは違うだろう、俺よ。
なると決めたんだろう、漢に。ここが『ネギま』世界だと知って、それでも女に生まれちまったことに絶望して、しかも危険なポジションに据えられた運命呪って、しかしそれでも漢になって生き抜き、この世界の美少女達とイチャイチャしたいと願ったんだろうが!!
ならこんな所でビビッてられるかよ。
根じょ――
「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
うひぃ!?
ト、トトトトカゲ風情がちょっとでかく成長したくらいで調子に乗りやがってぇ。
こ、根性ォォ……お?
……あ、目があった……
「ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「ぎ、ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああ」
――ウェスペルタティア北西 旧オスティア廃都中心部――
その日、傭兵結社『黒い猟犬』遺跡探索部門第六部隊隊長ジョアンナ・アクロイドは、部下を引き連れ霧に包まれるウェスペルタティアは旧オスティア廃都へと来ていた。
『黒い猟犬』といえば、シルチス亜大陸を中心に活動している賞金稼ぎ結社。その一員たるジョアンナ達遺跡探索部門の仕事といえば、端的に言ってしまえば『盗掘』である。
いや、一概には『盗掘』とはいえないのかもしれない。魔法世界において遺跡とはトレジャーハンターという職業が広く認知されるほど数の多いものであり、許可なく遺跡に入り込むトレジャーハンターに対しても魔法世界の住人は寛容なのだから。
しかしそれでも、と『黒い猟犬』の者はあえて『盗掘』という言葉を使う。
賞金首を殺すことで日銭を得、立ち入りの制限された遺跡に無許可で侵入する自分たちは、ロクデナシなのだと理解しているのだから。
「ビョルン、ガスパーレ、警戒を怠るんじゃないよ。イゾーリナ、アンタはここの空気に慣れることを第一に考えな。ウェスペルタティアは化け物だらけだからね」
「「がってん、ママ!」」
ビョルンとガスパーレの軽口を一睨みで黙らせ、ジョアンナはイゾーリナの肩を叩いて励ました。
「アンタはこのチームのエースなんだ。もっとドンと構えな」
「が、がってん! ママ!」
「フフッ。そんだけ言えりゃ十分さね」
黒衣装に身を包んだ彼女たちは、亜人と呼ばれる種族である。
虎のような妙齢の女性、ジョアンナ・アクロイド。
ヘラスの血を引く褐色の大男、ビョルン・ヘドマン。
鮫を思わせる細身の男、ガスパーレ・ピナ。
そして、悪魔のような外見をした魔族の少女、イゾーリナ・ブルィンツァロフ。
かつてアンティゴネーの古代遺跡、ヴィーレイジの迷宮を踏破した名うての『盗掘屋』である。
彼女たちが旧オスティア廃都へとやってきたのは何も観光や酔狂のためではない。
かつて魔法世界の文明発祥の地とも呼ばれ、絢爛華麗を誇った千塔の都の残骸。彼女たち『盗掘屋』にとっては格好の仕事場である。
(確かにリターンは大きいんだろうけど、リスクもその分果てしないことになってるんだよねぇ)
ジョアンナは周囲を警戒しつつ心中呟く。かつての『大崩落』以来、ここは魔獣の巣と化しているのだ。
(ま、今回は下見のようなもんさね。イゾーリナが育ってきたってんで足を延ばしはしたけど、一度の探索でお宝にありつけるとは思っちゃいないし。焦りは禁物だよ)
ジョアンナは部下とともにいくつかのポイントをマッピングしていく。
いざ強敵と遭遇して散開することになったとき、いざ後退しながらの戦闘を強いられたとき、そしていざはぐれたときのため。仲間とのわずかな認識の食い違いが死を招く世界なのだから。
そして、それは唐突に現れた。
「ママ! 十時の方角からなんか来てるよ!」
「わかってるよ、ガスパーレ。この地響きを聞きゃ、誰だって気づくもんさね」
十時の方向。そちらには巨大なビルの崩落跡があり視界が阻まれてはいるが、しかし何が起こっているかくらいは分かる。
それは大地揺らす振動。ジョアンナ達はこの現象に心当たりがあった。
巨大な魔獣。それは亜人や人間にとって恐怖の対象であり、容易く死を振りまく畏怖の象徴だった。
「魔獣同志の諍いでしょうか?」
「……いや、それなら一所に留まるだろうさ。こっちに来てるってのが厄介なんじゃないかい」
ジョアンナは判断を迫られる。魔獣がものすごい勢いで疾走しているという情報から類推できる状況はそう多くはない。
(強者に襲われて逃げているか、それとも獲物を追っているかってところかね)
崩壊した建造物だらけのウェスペルタティア。すぐにこちらに気づかれるという可能性は薄いだろうが。
(だからといって楽観は出来ないね。これだけの音だ。かなりの大物。無茶する状況でもなし)
「チッ。一旦ここから離脱するよ! 散開する羽目になったらB2へ。分かってるね?」
アイサーと気の抜けた返事を返す仲間を見て、ジョアンナは苦笑とともに安心する。こんな状況だというのにこれといった危機感を見せない仲間の姿は、自分の判断を信頼してくれているという証でもあり、
瞬間、爆音が轟いた。
「んな!?」
ちょうど地響きの主とジョアンナ達を隔てていた遺跡が爆炎に包まれる。石壁が崩壊するとともに、もうもうと上がる土ぼこりがウェスペルタティアに広がる霧に混ざった。
「この威力……火竜かい!? やばいね、アンタら――」
さっさと逃げるよ。ジョアンナがそう言おうとした時だ。彼女がそれを目にしたのは。
(な!? 子供だと!?)
遺跡を包み燃え上がる炎の中から煤塗れの姿で飛び出したのは小さな子供。
フードで目元こそ見えないが、その引き攣った口角を見るに、火竜に追われていた『獲物』はこの子供だったのだろう。
子供。その言葉がジョアンナを硬直させた。
言うまでもなく『黒い猟犬』はロクデナシ集団である。正義も悪も無く、ただ『賞金がかけられている』というただそれだけの事実のみを見て賞金首を殺し、歴史も考古学も学ばず、ただ『宝があるかもしれない』というただそれだけに囚われて過去の遺産を奪うような、そんなゴロツキの集団。
強者こそ正義。弱ければ文句も吐けない。それが彼らの『プロ』としての矜持。
その掟から見れば、ウェスペルタティアという危険地帯に力なき子供が入ることは罪であり、圧倒的強者に対抗するすべすら持たないこともまた罪。たとえその子供の状況が不幸に見舞われた結果であり、運が無かったのだとしても、それは『運が弱かった』という罪でしかないと考える。
それが『黒い猟犬』の常識であり、掟である。
ゆえにジョアンナは硬直した。
見捨てるべきだという『盗掘屋』として体に染みついた理性と、見捨てたくはないという『ジョアンナ』の魂に刻まれた本能が葛藤を起こして。
ジョアンナ・アクロイド。彼女は『英雄嫌い』として仲間内では知られている。
かつての大戦。ヘラス帝国とメセンブリーナ連合がぶつかり合った彼の大戦は、今でも魔法世界の人々の心に強く残っている。
多くの者は彼の大戦をこう認識している。『戦争を帝国と連合との間で引き起こすことによって私腹を肥やそうとした黒幕が存在し、それを英雄『紅き翼』が打倒した』と。
『戦争は仕組まれたものであり、どちらが悪かったというわけではない。そして、それを終結に導いた紅き翼は間違いなく英雄だ』と。
ふざけるな! そうジョアンナは思う。
彼女の夫は戦艦乗りだった。夫は、連合によるグレートブリッジ奪還作戦の折り、搭乗した戦艦が『千の刃』のジャック・ラカンによって撃墜された際に死亡した。
彼女の二人の子は、帝国にあった貿易企業を偽装した『完全なる世界』のアジトの爆発の折りに、巻き込まれ命を落とした。(これも後に『千の呪文の男』の功績と発表された)
ジョアンナは正しく理解している。戦争とは命の奪い合いが前提であり、身内を奪った相手がいたからといって、その相手を悪だと断じる事など出来ないと。
ジョアンナは正しく理解している。『完全なる世界』を壊滅させた『紅き翼』の行いは正しく、子供が巻き込まれたことは不運でしかなかったということを。
それでも、と彼女は思う。アタシは奴らを『英雄』だなんて思えない、と。『立派な魔法使い』など糞喰らえだと。
戦争で殺しまくった奴が『正義』だと? 子供に犠牲を強いておいて『英雄』だと?
アタシの子供達を焼け焦げた骸に作り替えたクソ共が『立派な魔法使い』だって!?
ふざけるな!! そう叫んで彼女は帝国を去り、シルチス亜大陸を放浪する途中で拾った孤児とともに、『黒い猟犬』に参加することになる。
(そのアタシの前で、子供を殺すだと? そのアタシに子供を見殺しにすることが正しいだと!? ふざけてんじゃないよ!!)
「――オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
炎の向こうから咆哮が響く。それでジョアンナは沈みかけていた意識を取り戻した。
しかし、全ては遅かった。
何も考えずにただ動けばよかった。
瞬動で子供との距離を詰め、その首根っこを摑まえて瞬動での離脱。これだけで良かったのに。
しかし、もはやすべては後の祭り。葛藤に意識を囚われた一瞬が、ジョアンナから行動の選択の自由を奪い去っていた。
自らが吐いたであろう爆炎を意にも介さず赤き竜が炎の中より現れ、
輝くような赤い鱗に覆われた竜の腕が、
ジョアンナの目の前でローブ姿の子供を殴り飛ばしていた。
気を抜くと作風がどんどんシリアスになっていく
ハーレムものを書くつもりで始めたネギま二次だったというのに・・・
さて、次回は初の本格的な戦闘です
迫力、出せればいいんですけど
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