| 昨夜、先輩と酒を飲んだ所為で頭が痛い。 目を開けば視界がグルグル回って、吐き気まで襲ってくる。 だらしの無い二日酔いに深く溜め息を吐き、顔を横に倒して部屋を見回す。
「せ…んぱい…?」
部屋に先輩の姿はなく、出勤したようだった。 ピラミッド状に積み重ねられた空き缶と辺りに散らかったゴミが昨夜の惨状のままで、まだアルコールの臭いが漂っている。 昨日の記憶が曖昧だ。いつ寝てしまったのだろう。
「…あ、気持ち悪…い」
怠い体をゆっくり起こしてトイレに向かおうとした時、運悪くもベルが鳴った。 吐き気を抑えながら玄関に向かい、扉を開ける。冷たい秋風が吹き込み思わず目を細めた。
「こんにちは」
まだ揺らぐ世界に一人の若い男性が現れる。目を疑いたくなるほどの美青年は僕に向かって笑っていた。 初めて見る顔に戸惑い硬直している僕に青年は箱を差し出してきた。
「隣に引っ越してきた天子です。これ宜しかったら召し上がって下さい」
アマネと名乗る青年が差し出した高級感溢れる箱を慌てて受け取ろうとした時、彼の甘ったるい香水に中てられ耐え切れず嘔吐した。 その場に崩れ落ち咳き込む。 何も考えずに吐いたわけじゃない。なるべく遠くで吐こうとしたのだが、思っていたより距離は変わらない。
「わっ、大丈夫ですか!?」 「ケホッ、ケホッ…ごめ…、ゲホッ、」
随分と汚いものを見せてしまった。どう詫びればいいんだ。 口から垂れた胃液と唾液を拭い、膝に力を入れて体を起こす。すると背中にスッと手を回され、彼は心配そうに顔を覗き込んできた。
「俺片付けますから寝ててください」 「え…や、きた、汚いから嫌、でしょ」 「放っておけませんから」
彼はそう言って室内に上がり込んだ。 なんて人だ。まるで嫌がる素振りを見せない。機敏に動き処理を済ませていく姿を見て不甲斐なくなりベッドに戻った。 初対面の人にゲロ処理して貰ったことなんて無い。こんなこともあるんだな。いや、普通無いだろ。
その時何も気がつかなかったが、どこかで始まりの合図が小さく鳴り響いていた。誰も気付かないくらい小さな音だ。
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