個人で活動をされていた医師の日記を入手。
南アフリカなどインドネシアを中心に活動をされてきた国際医師の「四ツ木 玲子」さんの過去の日記をご本人様に頂戴致しました。
日記の最後にはこう記されておりました。
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2008年 8月15日
私は今まで数々の国を周り、特に貧困による貧しい国ばかりを周りまともな医療を受ける事ができない患者等の治療を主に行なって来ました。
その中でも特に印象に残り、今でも忘れられない事はエイズとプロジェリア症候群を併発しているたった2歳の子供です…。それもプロジェリア症候群の中でも珍しい老化速度が通常の30倍だったのです。
その子が暮らすインドネシアでの市民暴動にその子が巻き込まれてしまい、たまたまそこで私とその子は出会いました。
ですが、僅かな出会いでした。
たった数十分の僅かな出会い…。
市民暴動に巻き込まれてしまったその子は傷を負い、数分後に私も巻き込まれてしまい私も傷を負ってしまいました。
その傷口にその子の血液が付着し、ヒト免疫不全ウイルス(エイズ)が血液感染を起こし私もエイズに感染しました。
これは最近の話しです。
感染しているとはすぐには分からず、つい先日感染が確認されました。
今はなんともありませんが、私の細胞は元々弱くウイルス等にあまり抗体がありません。
それを覚悟で綺麗事みたいですが「苦しんでいる人を助けたい」・「自分の死を持ってでも一人を助けたい」という気持ちが強い私は国際的な医師として表舞台に立つことを決めたのです。
ですがそれもここまでです。
エイズの治療をする必要は一切ありません。
私はインドネシアで出会った子供を助けられなかった悔いとその子の血液が私の中に流れていると思い私は死を迎えます。
死ぬまで活動はやめない。
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と日記に記されていました。
知人を通してご本人にコンタクトを取り譲って頂いた日記です。
その方とはもう連絡は取れず、私は彼女の事を尊敬しております。
死ぬまで活動はやめないという彼女の言葉は心に響きました。
日記の最後にはこう記されておりました。
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2008年 8月15日
私は今まで数々の国を周り、特に貧困による貧しい国ばかりを周りまともな医療を受ける事ができない患者等の治療を主に行なって来ました。
その中でも特に印象に残り、今でも忘れられない事はエイズとプロジェリア症候群を併発しているたった2歳の子供です…。それもプロジェリア症候群の中でも珍しい老化速度が通常の30倍だったのです。
その子が暮らすインドネシアでの市民暴動にその子が巻き込まれてしまい、たまたまそこで私とその子は出会いました。
ですが、僅かな出会いでした。
たった数十分の僅かな出会い…。
市民暴動に巻き込まれてしまったその子は傷を負い、数分後に私も巻き込まれてしまい私も傷を負ってしまいました。
その傷口にその子の血液が付着し、ヒト免疫不全ウイルス(エイズ)が血液感染を起こし私もエイズに感染しました。
これは最近の話しです。
感染しているとはすぐには分からず、つい先日感染が確認されました。
今はなんともありませんが、私の細胞は元々弱くウイルス等にあまり抗体がありません。
それを覚悟で綺麗事みたいですが「苦しんでいる人を助けたい」・「自分の死を持ってでも一人を助けたい」という気持ちが強い私は国際的な医師として表舞台に立つことを決めたのです。
ですがそれもここまでです。
エイズの治療をする必要は一切ありません。
私はインドネシアで出会った子供を助けられなかった悔いとその子の血液が私の中に流れていると思い私は死を迎えます。
死ぬまで活動はやめない。
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と日記に記されていました。
知人を通してご本人にコンタクトを取り譲って頂いた日記です。
その方とはもう連絡は取れず、私は彼女の事を尊敬しております。
死ぬまで活動はやめないという彼女の言葉は心に響きました。