春!
今日は歯医者に行った。
治療の順番を待っていると一人の女性が入ってきた。綺麗な人で思わず眺めてしまう。
するとその女性が、
『今日って月のはじめだから保険証必要ですよね』
と言って財布を取り出した。
僕は「なるほど、そんなルールがあるのか、良かった保険証を財布に入れっぱなしにしといて」なんてことをぼんやりと考える。
そして
その女性は保険証を取りだして、こう言いました。
『あっ私、名字が変わりました』
ええっ!
もしや!
受付の女性が
『結婚!おめでとうございます。』
ええっ!
やっぱり!
『名字変わったってだけで分かるんですね』
女性が幸せそうに笑う。
オイオイオイ。
メチャメチャ
幸せな空間に居合わせてんじゃねえかっ。
『名字変わりました』
『えっ結婚おめでとう!!』
ドラマや映画だとしたら、大してドラマチックなセリフではない。
がしかし
生で目撃したインパクトは大きい。
何年か前のクリスマスイヴに新幹線に乗って仕事から東京駅に帰って来た時、ホームでカップルが抱き合っていた。
これもドラマなら、やり過ぎていて、ベタだなぁって感じだ。
がしかし
生で見たら
『おおっ!』
って思う。
横道にそれたが、話を元に戻そう。
幸せそうに彼女が笑っていると治療中の先生が顔だして
『おめでとうございます』
さらに
『どーも』
治療を終えた患者さんが現れる。
『ああっ!こんなところで!実は私、結婚したんです』
『良かったですね。おめでとうございます。』
どうやらマンションの向かいの部屋に住んでいたご夫婦の旦那さんらしい。
なんという偶然!
そして狭い待合室は『おめでとう』でいっぱいだ!
『お相手の方は?』
『映画の録音の仕事をやっています。私はスタイリストなんですよ』
お〜と
同じ業界じゃねえかっ!
俺も『おめでとう』と言うべきかっ!
というか『おめでとう』と言いたい!
がしかし
知り合いではない。
知り合いでもないのに『おめでとう』なんて言えない。
僕は日本人が大好きで、本当に日本に生まれてきて良かったと思う。でも、こういうときは外国人の、誰とでも喜びを分かち合っちゃうとこがうらやましい。
僕がイタリア人(イメージ)なら気軽に『おめでとう』と言えるのだろう。
せめて
何かきっかけをくれ。
例えば
『品川さんですよね?』
『そうです。』
『がんばって下さい』
『ありがとうございます。それと、おめでとうございます。』
完璧だ!
自然だ!
だが、彼女は僕に興味がなさそうだ。
あ〜あ!
こういうときに自然に『おめでとう』と言える人物になりたいなぁ。
白髪だな。
頭も髭も真っ白になったら言えそうだな。
スーツにロングコートを着て、マフラーしてて、皮の手袋で、白髪で髭を生やした男性なら見知らぬ幸せそうな女性に『おめでとう』と言っても様になる。
なんだったら
クリスマスにホームで抱き合うカップルにだって通り過ぎるその瞬間に『メリークリスマス』と言えそうだ。
そんなナイスミドルになりたいぜ。
結局
おめでとうを心に残したまま、治療を終えて歯医者を出る。
次の予定はスポーツジムだ。
ちょっと気分がいいから歩いて行こうっと
おっと
いつの間にか
桜が咲いてるじゃん。
いい感じに咲いてる。
しかも
僕がスポーツジムに向かう長い道は桜並木だ。
花見客の楽しそうな声。
春だ!
なんか
超春だ!
今日はとてもいい気分だ!