五輪中間年に見るフィギュアスケートの勢力図 (2/2)
ソチに向けた世界各チームの戦略とは
■五輪開催地ロシアは来季は男子1枠、女子2枠 ミーシン組は高難度のジャンプを重要視
自国開催の五輪に向けて、全種目とも3枠を獲得したいロシア。しかし男子はアルトゥール・ガチンスキーの失速で来季の世界選手権が1枠になってしまい、来季の代表選手の「銀メダル以上」が五輪3枠の条件となってしまった。
ソチ五輪で、最も注目を集めるであろうチームは、サンクトペデルブルクに拠点を置くアレクセイ・ミーシン組だ。ジャンプの指導では世界一の定評があると言っても過言ではない。五輪3大会メダリストのエフゲニー・プルシェンコに加え、昨年世界選手権銅メダルのガチンスキー、さらに今季のグランプリシリーズで連覇を果たした15歳のエリザベータ・トゥクタミシェワと豪華メンバーがそろう。
プルシェンコは、来季からの完全復帰を宣言し、3月にはひざの手術も成功したばかり。2月のヨーロッパ選手権では、ひざにけがを抱えながらも、4回転トゥループやトリプルアクセルをたやすく操り優勝した。「僕がまだ戦えるということを証明できた。昔のように多い練習量はこなさず、技術的な調整で4回転を跳ぶ。バンクーバーの時は誰も僕を信じてくれなかったけれど、今度は前シーズンから出て、僕の力を示す」と言い、2年計画をアピールした。
ガチンスキーも、欧州選手権ではショートで1本、フリーで2本の4回転を決め銀メダルの快挙。まな弟子がワン・ツーフィニッシュを決めたミーシンは「4回転のない男子は、男子ダンスという別の競技に出ればいい」と言い切った。トゥクタミシェワは、練習ではトリプルアクセルを跳んでおり、試合では3回転ルッツ+3回転トウループを確実に決められる。ジャンプ構成では女子最高峰の1人だ。
ミーシンは「(パトリック)チャンの4回転も、流れるようなスケーティングも素晴らしいが、なぜあのような高い演技構成点が出るのか。バレエのような芸術的な演技よりも、つなぎのスケーティングに点が出るのか。何を武器にすべきなんだ」と海外メディアのインタビューに答え、スケーティング重視のジャッジに批判的とも取れる発言をした。いずれにしても高難度のジャンプを追求することは間違いないだろう。
■タラソワ悲願の五輪女子金へ、天才少女ソトニコワ
モスクワを拠点にするタチアナ・タラソワは、多くの門下生を抱える。中でも注目を集めるのは、15歳のアデリーナ・ソトニコワ。12歳だった08年以降、4年で3度国内女王に輝いた天才少女。3回転ルッツ+3回転ループを得意とする。高度な技術と芸術のバランスを追求するタラソワが振り付けた、難解なプログラムも体現できる感性の持ち主。タラソワが唯一手に入れていない、五輪女子の金をもたらす可能性のある少女だ。
元タラソワのアシスタントで、今やメダリスト・メーカーと呼ばれるほど実績を積んだニコライ・モロゾフは、またもや埋もれていた才能を発掘した。これまで元気系の演技でロシアの控え選手扱いだったアリーナ・レオノワを、世界選手権銀メダルへと大躍進させた。ショートは男らしさあふれる「パイレーツ・オブ・カリビアン」、フリーは大人びた女性らしい「アダージョ」と「レクイエム」。スピードのある3回転トゥループ+3回転トゥループのパワフルな魅力を上手に生かしながら、多彩な表情で観客もジャッジも虜にした。
振付師でもあるモロゾフは、選手に合った選曲と振付けで力を引き出す。「選手にとって踊りやすいプログラムを作ることが大切。気持ち良く踊れれば、自然と表現への意欲や余裕が生まれる。そのためには選曲が重要で、作曲者やテーマの背景も勉強する」とモロゾフ。
今季はフローラン・アモディオ(フランス)がフリーで得点が伸びないと判断すると、すぐに曲を変更。アモディオの生まれ故郷であるブラジルの貧しい町「ソブラル」をテーマにした曲を振付け、悲哀のこもった演技力を自然と引き出した。
また、2012年世界ジュニア女王のユリア・リプニツカヤ(ロシア)は、確実なダブルアクセル+3回転トゥループと、前後左右に180度開脚できる柔軟性を生かした表現力が魅力だ。現在13歳で年齢的にはソチ五輪に間に合う。今季、ジュニアの試合で自己ベストの183.05点をマークしたが、これは2012年世界選手権で3位に相当する高得点。驚異的なジュニアが誕生した。
■優勝筆頭候補のチャンら、スピード系の躍進
世界選手権を連覇したパトリック・チャン。今や誰もが、チャンの背中を追う状況だ。世界選手権では、スピードと飛距離のある4回転トゥループをショートで1本、フリーで2本決め、ほかのジャンプにミスはあったが総合力で優勝した。
クリスティ・クラールコーチの下コロラドスプリングスで練習を重ねてきた。標高1800メートルで空気抵抗が少なくスピードが出やすい環境下で、スピードを生かした滑走距離の長い演技と、スピードの中でジャンプをコントロールする技術を習得。スポーツの魅力に満ちあふれた、ジャンプミスがあっても演技構成点で高得点がマークできる選手へと成長した。同門下生で、2012年世界ジュニア銀メダルのジョシュア・ファリス(米国)も美しい伸びやかなスケーティングで演技構成点が見込め、来季から活躍が期待される。
また、正確なエッジワーク(正しい軌道を描くスケート)で定評があるのは、ドイツに拠点を置くミハエル・フースコーチ。カロリーナ・コストナー(イタリア)を10度目の世界選手権で女王へと導いた。ミハル・ブレジナ(チェコ)もフリーこそ失速したが、ショートは4回転サルコウを成功させ、力強いスケーティングとキレ味のあるステップで、会場を最も虜にした。彼らのリンクも標高1000メートルの高地。普段から、スピードを出してジャンプやステップを練習している彼らは、本番でも、美とパワーの共存する演技を見せられるのが強みだ。
またキム・ヨナの元コーチ、カナダのブライアン・オーサーに弟子入りしたハビエル・フェルナンデス(スペイン)は、4回転トゥループと4回転サルコウを手に入れ、さらに持ち前の演技力と合わせて、総合力の魅力がある選手へと転身を遂げた。
今回の試合では、スピードと滑りの良さをベースに演技構成点を出せる選手に軍配が上がった。しかしロシアの天才ジュニアやプルシェンコらが参戦してくるのは来季。ロシアで行われる五輪に向かって、どう風が動くのか。時代を読んだかじ取りが、各チームに求められる。
<了>
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野口美恵元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書の「フィギュアスケート 美のテクニック」(新書館)は、フィギュアスケートにおける美しい滑りとは何かを徹底追及した一冊。 |