ゆる鉄モジュールクラブ発足秘話
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それは、これだ
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ここの78件のコメントがあって、本人は、これが発祥のきっかけで「自分のために、みんなありがとう」と
言っているのに、おかげさまで各雑誌社から「会長がいないのはなぜ?」と掲示板にも書かれています。
対外的に活動を、5年前に開設すぐに始めていたので、お客様に迷惑をかえるわけで
そういう意味で支部にしようと言った副会長が中部も関東も「ゆる鉄」の名前を捨てて個人モジュールに
品評会して遊ぶ形で子供に相手をせず、内輪でサウンドを楽しみたいという全く路線がすれ違って脱線したため
関西支部をホームページ立ち上げましたが、今後「歴史」はひきついだ上で子供たちの笑顔のためという目標の
公開運転会というポリシーにぶれず活動をするために「ゆる鉄」の名をはずすはもしれません。
ただ、支部長と選ばれた本人は「ヨネカンモジュールクラブ」にはしたくないとがんばっています、
なぜなら、それなら大阪には「じゃりちゃんクラブ」がある。「GTC]や「みやこ路エキスプレス」がある。
大学生もがんばっている。残念なことに10年を超えて更に活躍の場を阪急電車から彦根でのコラボに変えて
年に1度子供を楽しませることに重きをおいていた日本縦断グループが、たかが大学の対外活動も就職活動も
したことのない親のすねかじりに「そんなこと大学生でもできる」と言われて、あっさり時代遅れならうっとおしい
からやめると11年持っていた車両もレールも全てぽちに売ってしまい、あっという間に歴史を捨てて生涯の
解散宣言をした。 相手はひよっこの二十歳の男子の3人連れの厭味に負けて・・・・。
天秤やぐらのときに昭和のおっちゃんの「世の中ってのは」談義は、結局「逃げないニッポン」にはならんかった。
私は、主人と再婚してから日本縦断グループに支えられて主人の趣味と友達付き合いのなかで
一緒に打ち上げしたりして楽しい時間もしんどい片付けも半分で済んだ。 楽しかった。 今は敵が多い。
もったいないと思う。だって、日本縦断が主人と私の結婚式のイベントを、これから・・・私がダイエットに成功した
らやってくれるんやって主人から聞いてるもん。 |
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