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(cache) 福島 フクシマ FUKUSHIMA 「双葉郡民を国民と思っているのですか」 双葉町・井戸川町長に聞く
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津波被害と原発震災に立ち向かう人々とともに
「双葉郡民を国民と思っているのですか」 双葉町・井戸川町長に聞く
(双葉町の役場機能が移転している埼玉県加須市の旧・騎西高校)
原発事故で放射能がまき散らされた双葉町は、依然として、高濃度の汚染状態にある。今も、町民約6,900人が避難生活を強いられている。
政府は、除染作業で出る汚染土などを保管する中間貯蔵施設を、その双葉町を初めとする強制避難地域に設置しようという案を提示している。
この政府の方針にたいして、「どうして双葉郡〔※〕が引き受けなければならないのか」と、厳しい態度で臨んでいるのが、双葉町の井戸川克隆町長(65)だ。今年1月には、野田首相にたいして、「双葉郡民を国民と思っているのですか」と迫っている。
そこに込められている思いを中心に、お話を聞いた。
〔※双葉郡: 浪江町、双葉町、大熊町、葛尾村、富岡町、楢葉町、広野町、川内村の8町村を指す。東電の原発・火発が多数立地し、原発事故により、大半が避難区域に指定されている。〕
井戸川町長のお話の中に、民権の要求ともいうべきものを感じた。
福島県は、自由民権運動の発祥の地のひとつ。近代日本確立期の国家による暴政に抗して、民衆が、自らの手で自由と権利をつかもうとした運動だった。原発事故という未曽有の艱難に立ち向かう中で、いま、この運動の精神が、福島の人びとの中から蘇ろうとしている。そんな力強さを感じた。
なお、お話からも分かるように、井戸川町長もまた、「原子力ムラ」の中で生きてきた人のひとりだ。むしろそういう人が、原発事故とその後の政府の対応の中で、いま、このような態度を表明するに至っていることに、私は注目したい。
【フリーランスのメディアを対象にして行われた共同会見の内容を、筆者の責任で編集した。3月6日、双葉町役場埼玉支所内】
「もう、終わりだな」と
(井戸川町長。05年に初当選し、現在、二期目)
――「仮の町」構想や中間貯蔵施設の問題について、詳しくお話をうかがいたいのですが、その前に、改めて事故当時のことを。
井戸川:1号機が爆発した3月12日は、役場にいました。私のすぐ前が建物だったから、爆発は見えないのですよ。ただ、音だけは聞きました。鈍い音ですね。(原発は)ものすごく大きいものですから、ボンですね。ボンっていう感じ。
それから、圧力容器・格納容器を包んでいる断熱材のグラスウールが舞いあがって、それが降ってきたのですよ。大きいのから、小さいのから。空から降ってくるのですよ。音はしない。静かに降りてくるのですよ。
「もう、これで終わりだな」と思いました。「ここで、おれは終わりだな」と。
だから、今は、その延長戦で、終わったのだけど、まだ生きているのですよ。
――そのとき、他の人は?
井戸川:だいたい300人ぐらいいましたね。みんな被ばくしていますよ。
――国の方から、避難に関する指示は?
井戸川:ない、ない。そんな細かいことを国がやるわけがないじゃないですか。
――ヨウ素剤は?
井戸川:双葉町は、配りました。
――その後、避難先が、川俣町、それからさいたまスーパーマリーナ、そして、最終的に埼玉県加須市の旧・騎西(きさい)高校になりました。そこを選んだ理由は?
井戸川:簡単ですよ。スーパーアリーナから、(騎西高校の)他に行くところがなかったのですよ。当時はもう混乱していたから、県内は、とても戻れる状況ではなかったのです。
体を張って
――福島第1原発事故による汚染土などを保管する中間貯蔵施設を、政府が、双葉郡に設置しようとしていることにたいして、町長は、「どうして双葉郡が引き受けなければならないのか」と、厳しい態度を取られています。
井戸川:「原因者が誰なのか」ですね。中間貯蔵施設を受け入れたら、私どもが、原因者になってしまう恐れがあるのですよ。
貯蔵が30年という話ですが、なぜ30年なのか、私にはわかりません。どこから出た30年なのかもわかりません。そんな長いスパンのことを、誰もいなくなって、中間貯蔵施設だけが残ってしまったときに、「どうしてそれを受け入れる責任があったのか」ということを、後世に残しておかなければなりません。
ですから、双葉郡で受け入れる責任ということを、政府には、しっかりと立証してもらわねばなりません。
もう一つは、東京電力が、「あれ(まき散らされた放射能)は、私のものではない」と言い切りましたね。〔※〕
これは、おかしな話ですよね。だとすれば、なおさら、双葉町が受け入れる道理はありませんよね。
おかしなことになっているわけですよ。「放射能汚染がひどくて、ここは、長い間、住めないから、中間貯蔵施設をつくる」というけど、誰がそうしたのですか。放射能汚染がひどいのだったら、なおのこと、「早くなんとかして下さい」というのが普通ですよね。
〔※福島県内のゴルフ場経営者が、東電にたいして起こした裁判で、東電側が、放射性物質を「無主物」と主張。 無主物とは、「所有者のない物」「誰のものでもない物」の意〕
◇民主主義か恐怖社会か
井戸川:そういう私の発言が封殺されるとすれば、これはもう日本というのは恐怖社会ですね。恐怖社会の入り口にあるような気がするのですよ。
もし、日本が民主主義国家であれば、議論を重ねて、後世にも理解してもらえるような明確な理由を示さなければなりません。
「汚染が濃いから、住めなくしてしまえ」と言える人は、この世にいないと思う。そういう判定をする人は。たとえ裁判でもそれはできないでしょう。
それを政治的にやれるとしたら、これは暴挙でしかない。強制力を持ってやるとすれば、これはもう民主国家ではありませんね。
なぜ双葉郡に、中間貯蔵施設を造るのですか。放射能を撒いた責任を負う者が、何でそんなことをできるのですか。なんの言葉も出せないはずですよ。私としては、ここは、しっかりと体を張ってでも、頑張っていきたいと思っています。
――「早く除染をして欲しい」という流れが一方であり、それを利用して、「中間貯蔵施設を受け入れろ」という圧力になっているという印象を持ちますが。
井戸川:大いに感じますね。報道でもって、既成事実を固めていこうというやり方。これは、まさに恐怖社会そのものですよ。
「では、最終処分のことはどうするのか」という議論もなしにですよ。
いま除染をするために中間貯蔵施設と言っていますけど、その前は、除染をするために仮置き場って言っていましたね。いつの間にか、仮置き場っていうのが飛んじゃって、今度は中間貯蔵施設になってしまっているのですよ。まったく滅茶苦茶です、言っていることが。 だから、滅茶苦茶なことを言われているとすると、私らは、余計、「約束はできないな」と思います。
恐ろしいことが始まろうとしているのです。話をすり替えているのですね。
◇権利の行使
――町長は、野田首相にたいして、1月に福島市内で開かれた会合の場で、「双葉郡民を国民と思っているのですか」と迫りました。
井戸川町長:われわれは、原発災害で避難しているのです。
ところが、どうも、われわれの知らないところで、なんでも決めてきて、押しつけるようなことを、「示す」とか、「説明する」と言ってやってくるわけです。私たちが、議論に参加しない中で進められることについては、やっぱり納得もできませんよね。
また、多くの郡民が、被ばくしています。ところが、被ばくにたいするケアというのはまったく進展していません。クローズされています。
例えば、双葉町民が、避難先の九州の方で、検査を受けようと思って病院に行った。その病院が、福島県立医大に確認したら、「検査はやらないで下さい」と言われたというのです。
これは、国民として扱われていません。生きる権利はありますから。いろんなことを集約すると、国民としての権利の行使です。
少なくとも、被ばくさせられているというのは、われわれが望んでいるわけではなくて、一方的なことです。しかも、情報をクローズされて、十分な開示がされない。そういう中で、どういう選択をしてよいかわからない状態で被ばくしているのですね。
なのに、今もって、われわれを被ばくさせた人たちが、まだわれわれの眼に見えるところにいるんですよ。おかしいですよね。「もうこれで終わりか」という極限の状態を経験していないから、平然としていられるのでしょうね。
早い段階から、「ホール・ボディー検査をして下さい」と、国の上の方にお願いしてきました。でも、放置されてきました。今もって人数制限です。
甲状腺検査だって、やる気があるのか、ないのかわかりません。人数制限して、「そのぐらいのシコリは大丈夫です」って。本人にとっては、シコリがあること自体、問題なのですよ。それを「問題ありません」とかなんとかって、外部の人から、いとも簡単に切り捨てるように言われている。
この現状見たとき、国民として扱われているとは、私には思えません。
◇私の怒りは、そんな簡単なものではない
――国や東電にたいして、町長は、強い不信感を表明されています。
井戸川:これは、少し整理してお話ししたいです。
事故以前、私は、東京電力と原子力安全・保安院の方が役場に来ると、いつも「安全ですか」と問いかけておりました。
それにたいして、東電や保安院は、「町長、そんな心配をする必要はない。事故は起きないから」と言われ続けてきました。
しかし、事故の後、いろんな情報が入って来ました。
最近では、今年の2月26日の報道によれば、政府の地震調査委員会事務局が、震災の前に、宮城・福島沖で巨大津波発生の危険を指摘する報告書を作成していたということです。ただ、震災の8日前に、東電など原発を持つ3社から、巨大津波や地震にたいする警戒を促す表現を変更するように求められて、そのように修正していたということでした。
もしその予測を素直に、間違ってもいいから、世間に発表していれば、あるいは、岩手、宮城、福島、茨城、千葉で亡くなった方の何人かは、減らすことができたのではと思います。
また、東京電力は、福島第一原発に、高さ15メートルを超える大津波が遡上する可能性があると、08年春に試算しながら、津波対策の強化は行わないという決定を行っていたことも明らかになりました。
あるいは、アメリカは、79年のスリーマイル島の原発事故を受けた対応を、即座に行ったが、日本政府は、対策を取らないで放置したということもわかってきました。
許せないと思います。許すことができません。
東京電力は、原子力発電所を持つ資格などありません。資格のない会社が、原子力発電所を運転していたのですよ。そして、今もって、発電所から出た放射性物質を、自分の物ではないと断言している会社ですよ。社会的に許せます? そのために、県内のみなさんは被ばくしたり、迷惑を受けたり、苦しんでいるのですよ。
大事なのは、企業倫理です。社会道徳です。社会の正義ですね。これを自覚できないような会社が、あのような危険なものを持って、対策も講じないで、表だけ安全を見せかけてきて、裏は何にもなかったというのが現実です。
私の怒りは、そんな簡単なものではないということですよ。これを擁護するような政府ならば政府も悪いですね、絶対に。政府が率先して、これを正さなければなりません。監督責任あるわけですから。
――ところで、町長は、以前に、福島第一原発の7・8号機の増設を求めたとされていますが?
井戸川:私は、7・8号機は、早く造りたかったのです。
なぜかというと、老朽化している原発(第一原発1~5号機 マーク1型)を止めるには、別の発電所に移動させなければならなかった。それが遅れたために、今回マーク1型の発電所が、ものの見事に狙い撃ちされてしまったのですよ。
第二原発は少しレベルがいいのですよ。(第一原発)1号機から4号機が、一番、劣悪な条件の中で設置されているのです。だから、もっと早い段階でシフトしていれば、こういう事態にならなかったと思うのです。
そういう意味で「早くやれ」って、私は言っていました。
原発が好きで言ったのではなくて、安全のために言ったのです。
――1号から4号機について、早く廃炉にしろということだったのですね。
井戸川:それを言葉にすることは、なかなかできませんでしたけどね。そういう思いはありました。
(役場の入り口)
若い者が計画し実行を
――町長は、昨年暮れに、≪町民が新たな場所へ集団避難し、学校や病院を備えた「仮の町」を、3年以内をめどにつくる≫という「仮の町」構想を打ち出されました。
井戸川:具体的にどの場所ということは申し上げていません。具体的なものはこれから積み上げます。
「仮の町」構想では、子どもたちが、「これなら住みたいね」と思える未来型のものを目指したいと思っています。われわれ高齢者は、「そこに一緒に住もうよ」ということで、年寄りができるような役割をしながらも、子どもを育てていくのによい環境を用意すべきだと思っています。
もちろん、根底には、省エネであるだろうし、防災機能も十分備えたものでなければならいだろうし、いろいろと中身はつめていく必要があると思いますけど、漠然と言えるのは、「住んでみたくなるもの」を準備する必要があると思っています。
後は、これから議論をつめて、町民のみなさんに参加してもらって、形にしたいということです。
――町民懇談会でのみなさんの反応は?
井戸川:まだ、あまり突っ込んで議論はしていないです。来年度〔2012年度〕になったら、町民のみなさんのところに行って、意見を引き出すということですね。
立場のある私が、あまり先に言ってしまうと、それで固まってしまうということを注意してきました。新年度になれば、スピードアップして、それをみんなに諮っていくということになると思います。
―「仮の町」構想の実際の進め方は?
井戸川:いわゆるチームを作っていこうと思っています。
「仮の町」といっても簡単でないのですよ。相当お金もかかるし、仕事量も相当なものです。学校から何から全部ですから。あんな小さな町だけど、やっぱりそこには詰まっているのですね。それに近いものを用意するというのは、すごいことなのですね。日本でこれは初めてになると思います。それだけ大仕事だと思っていますので、だから議論もそのぐらい大きいものと思っています。
昔の移民とか、入植とか、ダム建設の移転とかの例はあるけど、でも、みんな違うんですよ。町ごとじゃないのです。
やっぱり、町ごとというところにこだわりがある。町民のみなさんがそうなのです。
――避難を強いられている町村では、「戻る、戻らない」をめぐって、分断が持ち込まれているという状況がありますが、その辺りを、町長はどう見ていますか?
井戸川:それ(「戻る、戻らない」の分断)はありうることだと思って、考えていかないといけません。
だから、最大公約数の中であっても、子どもたちを中心に考えていきたい。子どもと子どもを持つ親が、「ここなら住んでみたい。こういうものなら住みたい」という意見に、われわれも従うということが一番いいのかなと。われわれの発想で、われわれがつくってしまったところに、若者が住むとは限りませんから。大前提は、この次の町を支えてくれる若い人たちがそれを認めてくれることです。あるいは、若い人たちが、自分たちで、構想を築き上げる。計画を作って実行までを若い人らがやっていくような形で、参画をしてもらってやっていけば、なんとかなるのではないだろうかと思っています。
とにかく、町はなるべく一つにしたいと思っています。無理をしないということと、子どもたちが「ここならいいよ」ということ、放射能レベルも含めて、そういうことが大前提ですから、場所については、私は、今の時点ではこだわっていません。
(写真上:約500人の町民が、廃校になった高校で避難生活を送る。一教室を区切って、数家族が入っている。町長もここで暮らしているという。
写真下:車はいわきナンバーがほとんど)
除染の効果はない
――この間、国の除染モデル事業として、大熊町の役場などをやり、また、自衛隊を投入して、楢葉と富岡、浪江、飯舘村の役場の除染をしましたが、双葉町だけは、町の判断として、除染をしませんでした。
井戸川:「(政府が)双葉町の除染をしたい」と言ってきたのですけど、「それは待っていただきたい」と言いました。
なぜ除染の着手を遅らせるかというと、ひとつは、納得できる作業風景をまだ見た覚えがないからです。
今、いろんな業界の方が除去技術を競っており、二年ぐらいするといいものが出てくるのではないだろうかという思いがあります。それができるまでは、ということで待ってもらっています。
確実で有効な方法が見つかれば、費用も少なくなるのではないだろうかという期待も込めています。
今のやり方は、荒療治だと私は思っています。
大量の水を使って流すというマニュアル通りにやったら、下流域はどんどんと放射能の堆積場になってしまって、環境汚染をさらに広げてしまうのですね。
田んぼの土をひっくり返したって、脇の部分は残ってしまうわけですから、そうするとまったく効果なんてないと思っています。
森林の除染も、明確にまだ示されていませんよね。
ただ期限ありきで、25年度で終わると言っていますけども、これでは駄目ですよね。われわれのところは、限りなく放射能を取り除いてもらわないといけませんから。おかしな話ですね。
除染を待ってもらうもう一つの理由は、(除染を行う主体について、政府の示した指針では)「市町村の責任において行なう」というものね。
なぜそこにこだわったかのかというと、例の無主物〔※〕です。「ああ、そういうことだ」と。それで「市町村の責任で」って言いきったのだなと。
だけど、市町村に責任があるでしょうかね。私はないと言い張ってきました。
それからもう一つ大事なことは、今でも第一原発から放射能が出続けているわけですから。これが確実に止まらない限りは、除染をやっても、汚染は続くのですね。だから、時間ではなくて、確実なことをやるべきだと、私は思っております。
〔※ 放射能を撒きちした責任はないという東電の答弁書〕
――同じ双葉郡でも除染についての対応に違いがありますが。
井戸川:それは、それぞれの地域の判断で進めていることなので。
私は、年1ミリシーベルト以下にできるほどは、除染の効果は期待できないと判断しています。
それから、私は被ばくしています。放射能には、いま非常に敏感です。年1ミリシーベルト以上は住む環境じゃないと思っています。
ただ、この辺の1ミリシーベルトの許容範囲というのは、双葉郡の中でも、ばらつきがあるところですが。
双葉郡の首長の中でも、直接に被ばくをしているのは、双葉町長・浪江町長ですね。後の六町村長さんは、直接は被ってないと思いますね。いくらかは被ばくをしているとは思いますけど。
被ばくの度合いに違いがありますから、その辺の中で議論していかないといけないと思います。
――新しい技術の確立ができない場合、実際、チェルノブイリの経験では除染はできていないわけですが、その場合、除染に使う費用を、町の移転のための費用に使うべきとお考えですか?
井戸川:私は、その方がいいと思っていますね。それが、今、町民の望んでいる姿だと思います。いま困っているのは生活なのですよ。安心できる場所なのですよ。みんなで固まって住める場所なのですね。そういう環境を欲しがっているのですよ。
――国が言っている除染より、町を動かして欲しいということですね。
井戸川:そうなりますね。今回の町政懇談会でも、多くは、「どこかに早く、このままでは嫌だよ」という声が非常に多かったのです。
だから、町を動かすという方を優先しています。やっぱり現実的な話だと思います。だって、除染って、いつまでに完璧に終るのかという行程表がないでしょう。その間、何年待てばいいかっていったら、町民はもうくたびれますよ。
それよりも、「時間がかかるのは、後にして、いま求めていることを先にやってよ」っていうのは、これは人情でしょう。私もそう思いますよ。
「予算が組めません」
――09年9月に双葉町が早期健全化団体に転落しました。町の財政危機の中で、町長は無給でやっておられるというお話がありますが。
井戸川:それは誤解です。無給というのは、平成21年(09年)の1月から3月まで、手取りをゼロにしたのです。〔※〕
あれは、双葉町の財政が非常に逼迫して、健全財政法の4つの指標がクリアできなくなって悔しかったことがひとつ。もう一つは、(08年暮れに)派遣切りがあり、日比谷にテント村ができましたね。あの映像を見たときに、ショックだったのですよ。「このような善良な働き手、優良な納税者を、日本国は、なんといとも簡単に社会から排除するのだろう」と思って、悔しかったのですね。
手取りゼロには、このように二つの理由があったのです。それ以後はもらっています。現在は7割カットでやっています。
〔※ 09年1月から3月、報酬を、税金と健康保険分税分の5万6千円にした。〕
――原発立地自治体の財政が、一時的に潤っても、長い目で見たら破綻に追い込まれていくという歴史ですね。
井戸川:いいことを訊いていただきました。もうお話しする機会がないのかなと思っていましたけど、これは是非お話ししたいことです。
エネルギー基地の盛衰というのは、まさにわれわれが辿った道だと思っております。石炭産業もそうですね。水力発電所もそうですね。エネルギーの基地になったところが、こういうふうになる姿ですね。
エネルギー基地というのは、残念ながら使い捨てされてしまう。炭鉱は、ボタ山だけが残りました。原発の廃炉にともなっていろいろなものが出ます。降り注いだ放射性物質だけではなくて、廃炉にともなう瓦礫などが発生するのですよ。否応なくね。人形峠には、ウラン鉱石を採った残土が何万立方って放置されています。
エネルギー産業というのは、いかに短期か、ほんとにちょっとしか栄えない。こういうものだということをわかっていただきたい。そうあってはならないのですけど、おそらく切り捨てになるでしょうね。財政なんかどういうふうになるかわかりません。ほんと厳しいと思います。
したがって、放射能とこれから未来永劫、生きていくなどという夢物語に、私はくっついていけるものではない、危険だなと思っています。
――同じ原発立地自治体の大熊町の財政が比較的良くて、双葉町が悪かったのは?
井戸川:双葉町は、原発二機だけで、後は何もなかったのですよ。事務本館もなければ、業者村もない。いろんな施設がみんな大熊町にあったのですよ。双葉町に行ってみていただくと、それほど目立つ建物や贅沢な建物はありません。
だけど、私の話が、メディアに出ますよね。そうしたら、うちの秘書課には、もうすごいお叱りの電話・メール・手紙が、殺到するのですよ。「お前の町が、原発を誘致しなければこんなことにならなかった。山ほどお金貰っておいて」って。「責任は、お前の町にあるのだから、早く放射能を持っていけ」って。
でも、実際、お金は、大して、貰っていないのです。
原発の誘致が早く、早い時期の交付金は低かったのです。富岡・楢葉は遅かったから、待遇が違うのです。三倍ぐらい違う。それが毎年毎年ですから、こうなっちゃいます。だから借金が残っちゃった。
それから、最初の頃の交付金というのは、使い方が決められましたから、道路とか建物とかと。そうすると、今度は修理にお金がかかってしまうのです。修理は自前ですから。だからけっこう苦しんできたのです。だけど、そういう話はなかなか伝わらないから。
―誘致したとき、双葉町の主要な産業は?
井戸川:出稼ぎの町でした。あの辺は、ずっとそうですね。「福島県のチベット」と言われていたのですよ。だから、原発ができたのです。
発電所を誘致して、働く場もでき、関連の仕事もあった。だけど、工場誘致はあまり進まなかった。だから原発関連で働くしかなかったのです。
だけど、「東京に電気を送り出す」ということについて、なんかわけのわからないプライドというか、誇りがあったのですよ。原発を誘致し、稼働することにたいして、「おれらが、あの東京の3分の1をやっているのだから。おれらが電気を止めちまうと、あれが麻痺するのだから」なんて言っていたのですよ。
でも、この前、町民に聞いたのです。「余所の県の人から、『福島県に原発があるお蔭だ。ありがとう』ってお礼を言われたことがあるか」って。「ない。そういえば、そういうことを言われたことはない」って。だって、ある新聞記者などは、「電気が福島からきているとは、知らなかった」って言うのだから。
――町長は05年に初当選して以来、二期目ですが、そういう危機的な財政状況を知ったうえで、どういう思いで、町政を引き受けられたのでしょうか?
井戸川:もともとは、空調をやったり、水道をやったりの設備屋をしていました。
なぜ町長選に立ったかというと、夕張に近かったのですよ。借金がどんどん増えて、破綻寸前だったのです。もう予算も組めない状態だった。そこで、「会社は潰れてもいいや、でも、町は潰せない」という思いで飛び込んだのですね。
そりゃあ、つらかったですよ。町長になって、最初の年、12月8日に、初登庁したのだけども、総務課長から、「町長、予算が組めません」と。「なんだ。そんなにひどいのか」と言ったら、「はい」って簡単に。「おいおい、あんまり簡単に言うなよ」って言ったって、「だめなんです」と。
それから、値切りしたり、事業を止めたりして、なんとか辻褄を合わせました。
初年度はそれでできたのです。やる要素がいっぱいあったから。次の年ですよ、苦しかったのは。だいたい切れるところはやっちゃっているので。痩せる思いって、こういうことかと思いましたね。
そんなことをやって、なんとか22年度決算で、収入の中に占める借金返済の割合が25パーセントを切って〔※〕、「やれやれ、少しは、町民のみなさんにも、お金を使えるね」って。「だけど、大きな災害がないといいね」って言っていたのですよ。
それがこれですよ。震災と原発事故です。当たっちゃったのです。それだけ無念ですよね。
だから、「事故はない。事故は起きない。絶対に大丈夫だ」って言っていた連中には、つらく当たるのです。
〔※双葉町は、2010年度決算にもとづき、財政健全化団体の指定から外れた。〕
日本のメルトダウン
――双葉町の再生に向けて、おっしゃりたいことを。
井戸川:未来志向の中で、わたしたちは生きていかないといけないなと。逆戻りできませんから。
だから、双葉町民が、双葉町に戻って、復興という名の下に、放射能の掃除をしたりするということで一生を終わってしまうような人生を選ばせたくないと思う。
日本だって、そうしないといけないのではないですか。日本が沈んじゃって、若者が今は正社員になれないとか、雇ってもらえないとか、なんか経営者も力ないがですよね。最近いっぱい大企業の誤魔化しが出てきたけど、これはなんとかしないと。
よく成人式とか卒業式で、希望とか未来って言葉を言うけれども、あの言葉に、ものすごく胸が痛むのですよ。
私は、今日、取材を受けてよかったと思います。わたしがずっとしゃべりたいことをしゃべらせていただきまして。
ただ、問題は、取材だけで終わらずに、日本という形を変えていく上で、今は、大事な時期だと思うのです。今回のメルトダウンというのは、日本のメルトダウンだと私は思っています。政府がああいうふうに醜態をさらすというのが、日本の姿なのですね。日本が、なんともやりようがなくて、あんな形で右往左往したわけですから。たんなる原発のメルトダウンではなくて、日本のすべてがメルトダウンした。このことは、みなさんと共有したいのですよ。
だから、どうやって、日本をもう一度、立ち上げていくのかということに、汗を流すべきだなと、私は、思っています。
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被災1周年 福島県民が全国に訴える 3・11県民大集会
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コメント
御礼まで
素晴らしい取材をありがとうございます。
井戸川町長の言葉が、日本人全体に届いて欲しいと切に願っております。
2012/04/03(火) 01:15:56 |
URL |
舩橋淳
#-
[
編集
]
ありがとうございます
町長の言葉を聞けて良かったです。
たくさんの人に読んでもらいたい。
2012/04/05(木) 09:41:30 |
URL |
紗小粒 #-
[
編集
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