「カロリナ(コストナー)が滑ったすぐ後で、お客さんの拍手がすごかった。自分もこのくらいの拍手がもらえたらいいな、と思ってフリーを滑りました」
ニース世界選手権の女子決勝終了後、鈴木明子は記者会見でそう口にした。
誰が表彰台に上ってもおかしくなかったレベルの高い日本女子代表の中、勝ち残って銅メダルを手にしたのは、もっとも年長の鈴木明子だった。SPで5位から挽回し、フリーでは後半のルッツを除くとノーミスの演技。経験を積んだスケーターらしく、最後まで丁寧に音楽を表現しきった。
子供のころからスター選手だった浅田真央と、新星として注目されている村上佳菜子の間に挟まれ、鈴木明子は地道に努力をしてきた努力型のスケーターというイメージである。
「私は美人でもないし、スタイルがいいわけでもない。だから努力をしていくしかなかったんです」と謙遜する。
だが彼女自身、ジュニア時代は「天才少女」と呼ばれた一人だった。
27歳になった鈴木にとって最高の誕生日プレゼントとなったメダル。
いまから10年前の2001年から2003年にかけて、日本のジュニア女子は「パワーハウス」と世界から恐れられるほど強かった。いずれ日本の女子が世界のトップを独占する時代がやってくるだろうと言われていた当時、鈴木は国際試合に出れば必ずというほどメダルを取ってくる「パワーハウス」の主要メンバーだったのだ。
だが2003年あたりから、摂食障害によって体調を崩しはじめる。そんなつらい日々から彼女を支え、この世界選手権メダルへと導いたのは長久保裕コーチだった。
「メダルを取れたのが信じられなかったけれど、表彰式に出ているうちに、少しずつ実感がわいてきた。早く(長久保)先生の首にメダルをかけてあげたいと思いました」
ジュニア当時一緒に戦ってきたチームメイト、安藤美姫や浅田真央らから一足遅れたけれど、鈴木はついに世界の表彰台に到達した。それはどれほどつらいときでも、ひたすら自分を信じて、前に進み続けたからに違いない。
「昨年の世界選手権に出ることができず、悔しい思いをしたところからが私の今シーズンのスタートでした。ニースに来てから誕生日を迎えて、27歳の最初のプレゼントがこのメダルだと思っています」
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