両親が音楽好きで、ジャズが家の中にいつも流れていたので、私もアメリカとジャズがすごく好きになりました。相場師の母とみそ屋の父。アップダウンの激しい家計でね。今日はレストランでステーキやと思えば、ある日から毎日食パンだけが続いたり(笑)。でも音楽や映画を楽しむことにはぜいたくな家だったと思います。MGMの映画もよく見ましたし、フレッド・アステアやジュディ・ガーランドなどの音楽が好きで。ピアノは3歳の時に父が買ってくれたんですが、ヤマハの一番いいピアノでした。
そのほうが自分にぴったりくるし、基本的に英語が好きでした。大阪万博が小学校6年から中学1年の時に開催され、休日には毎日通っていました。といっても肝心のパビリオンはまったく見ずに、外国人を探しては声を掛けまくり、勝手に英語の実践トレーニングをしていました。17歳で渡米しましたが、これも「音楽の勉強をしたい」というより、韓流ドラマファンのロケ地めぐりと同じ。あこがれのライブハウスを回り本物のジャズを生で聴くのが楽しかったんです。最初は17歳でしたから年齢的にライブハウスには入れませんでした。外で中から漏れ聴こえてくる音に耳を傾けていると、スタッフが「おいで」と声を掛けてくれるようになり、裏から厨房(ちゅうぼう)に入れて聴かせてもらったりね。無料で聴けて、食べ物ももらえる(笑)。徐々に年齢が上がって客席で聴けるようになると、ノリノリの私は時々ステージに上がれと促されて歌っていました。
強盗にあったらお金を渡しなさい、飢え死にしそうなら食べ物を盗んで生き延び、後で刑務所に行きなさい、と。刑期はいつか来るけれど、飢え死にしたり殺されたりしたら終わりやからと。実際に襲われそうになったことがありましたが、とっさに気が変なふりをしたりしたら去っていきました(笑)。人間、生きている限りやり直しができるということを母から教わりました。
特に離婚はしんどい体験でした。アメリカの男性はメンツに非常にこだわるので、「あなたから離婚したことにしていいし、私は1円も要らない」と言って、ようやく離婚できたんです。だから財物は全部置いてきました。帰国後は息子を育てるのと母へのお小遣いのため、必死で働きました。通訳、英語教師、ピアノの先生、ジャズのステージ、料理の先生、洋服の販売員など。どの仕事でも一番給料を取れる人になりたくて、成績が一番になるようにがんばりました。時々「辞めたい」と言って、引き留められては時給を上げてもらっていました(笑)。
デビューなんて気持ちは全然ありませんよ。ただ、ジャズをステージで歌うことが一番お金をもらえる仕事だったし、お客さんが喜んで拍手してくれるので、うれしくて続けていたんです。でも、抗がん剤の影響で歌えない時もありました。とにかく日々食べていくのに必死で、音楽で生きていくとか考える余裕なんてなかった。だから、40歳でデビューの話が来た時は、まず「いくらくれるんですか?」と聞きましたよ(笑)。最初、30万円はもらわないと生活に困ると言ったら、そうしてくれて。でも、いつダメになるかわからないからバイトも続けていたんです。CDを出してもライブをやっても、自分では状況がよくわかっていなかったんですね。
デビューコンサートは東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールでしたが、そんなに人が入るわけがないと社長に言ったら、実際は追加公演も決まっていてびっくりして。すごいことになっているかもと徐々にわかってきました。
私は音楽の専門の勉強をしてないので、難しい能書きを言わないからじゃないですかね。曲の説明も辞典に書いてあるようなことや評論家が言うようなことではなく、自分が「こんな感じ」と思うことを正直に話しているし。
綾戸智恵さんの2年ぶりのアルバム「PRAYER」が発売
ジャズシンガー綾戸智恵さんの隠れた魅力であったアメリカン・ルーツ・ミュージック・スタイルを前面に打ち出し、アメリカでのゴスペルシンガーとしての経験や生活体験のすべてを歌につぎ込んだ傑作。阪神・淡路大震災、9・11を経験した綾戸さんが、改めて自分のルーツに向き合うことで見えてきた大切な思いの数々を歌い上げている。収録曲は「アメイジング・グレース」、レナード・コーエンの「ハレルヤ」、ジョン・レノンの「マザー」、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」など全14曲。
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