「建設業界は自衛隊に学べ」、くしの歯作戦指揮官の自戒と苦言
2012/03/29
東日本大震災から1年が過ぎたが、建設業界に対する評価はあまり高まらない。津波で道路が寸断された三陸沿岸部にいち早く救援ルートを開いた「くしの歯作戦」の指揮官である国土交通省東北地方整備局長の徳山日出男氏は、建設業界の情報発信に対する姿勢に苦言を呈する。日経コンストラクション2012年3月26日号特集「伝わらなかった被災地支援」に掲載しきれなかった部分を含め、徳山氏へのインタビューの全容を紹介する。
――東日本大震災の被災地支援で自衛隊の活動が大きくクローズアップされたのに比べると、建設会社の取り組みは世間に伝わっていない。両者の差は、どこにあると思いますか。
震災では、自ら思考して判断できる日本の現場の力が海外からも高く評価されました。とりわけ自衛隊は、「現場力」だけでなく「発信力」も優れていた。国交省でも、建設業界からも「自衛隊ばかりマスコミに取り上げられている」とうらやむ声が上がりますが、情報発信力には歴然たる差があります。写真一つとっても違う。例えば、子どもと自衛隊員の交流の様子に焦点を合わせ、背景をぼかして撮っている写真があります。記録用なら背景が分かる方がいいですから、これは明らかに報道向けです。自衛隊に尋ねると、記録用とは別に、そういった写真も撮影できるように専門的な訓練をしているそうです。
建設業界や我々はと言えば、自分の姿はもちろん、なるべく人が映らないようにして、がれきの山の撤去前後を比較するような写真を撮っているだけです。一事が万事、そのくらいの差があります。
自衛隊幹部は「年季が違う」と語った
――なぜ、そのような差が生まれたのでしょうか。
自衛隊の幹部と話をしていて「すごいですね」と水を向けたら、「我々は50年も『無駄』だと言われ続けてきた。建設業界はまだ10年だから、年季が違う」と笑われた。自衛隊は長らく「税金泥棒」などと批判されてきました。災害支援活動でも、「警察や消防『など』」と報道されてきた歴史があります。だから彼らは発信力を磨いた。それだけではありません。現場力にも磨きをかけた。1995年の阪神大震災では知事の要請が遅れ、出動が遅いと批判されました。だから、東日本大震災では要請が来る前に偵察を開始しています。優れた現場力と発信力があってこそ、今の自衛隊の姿があるのだと思います。
我々や建設業界にも現場力は十分にあった。今後は発信力を磨かねばなりません。「世間は分かってくれない」といじけるのではなく、自衛隊と何が違うか、自分たちに何ができるのかを直視しなければならない。広告を少し出したり、ちょっと記事になったりするぐらいでは達成できない。この自衛隊幹部の言葉を、かみ締めなければ。
「再び逆風の世界に戻りかねない」
――建設業界の情報発信に対する姿勢には、どんな問題があるとお考えですか。
はっきり言えば、高度経済成長期のころの意識から抜け出せていない。トンネルができれば日の丸を振って歓迎してくれた時代はとうに終わりました。インフラは「健康」と同じで、失わないとありがたみが分からない存在になっています。震災では、インフラの重要さがクローズアップされた。我々はそれをきちんと伝える必要があったのに、国交省も含めて昔の体制のまま、その日を迎えてしまった。
もちろん、東北地方整備局の職員も、建設業界も、文字通り「命懸け」の活躍をした。一般の人に伝わっている面もあるとは思います。驚いたのは、土木分野を目指す受験生が増えていることです。ある首都圏の大学のデータを見せてもらったのですが、受験生の総数は減っているのに、土木学科の志願者は3割ほど増えていた。いろんな大学の先生から、そういう話を聞いています。明らかに、イメージは改善したのです。
しかし、建設業界はそれで終わりにしている。復旧や復興に向けた予算が付き、我が世の春がやって来たかのようにふるまっていると、社会は「建設業界は結局、金もうけのためにやったのか」というムードになってしまう。イメージの改善には、継続的に取り組まなければならない。このタイミングでやらなければ、再び逆風の世界が待っています。
「建設業界のトップは覚悟を決めるべきだ」
――打開策はあるのでしょうか。
間違いなく、社会に伝えるべき内容はある。あれだけ献身的に被災地支援に動いた建設業界の努力を無駄にしてはなりません。もし、業界の幹部の方々がそう思われるなら、この機に広報リテラシーを磨き上げる覚悟を決めなければならない。体制から人づくりから、全てにわたって。自衛隊の写真を真似ても、それだけでは追いつけません。派遣先から戻った部隊が地元でパネル展示を開いたり、支援先の首長などを招いてイベントを開催したりと、彼らは幅広い活動を継続して行っている。組織のトップを広報担当者と位置付け、広報体制も整えています。
広報活動がうまくいっている民間企業では、社長がそうした役割を果たしているケースが多いですね。広報部は不祥事の対応をするためだけの組織ではない。経営トップと一体的に動いてこそ、適切な情報発信ができる。建設業界のリーダー的な企業には、そこまでやってほしいと思います。もちろん、国交省にとっても大きな課題です。
「くしの歯作戦」命名の経緯
――ところで、「くしの歯作戦」というネーミングはユニークですね。一般の人への情報発信も考えての命名だったのでしょうか。
ネーミングについて「以前から考えていたのか」などと聞かれますが、とっさに思いついたというのが実情です。ただ、できるだけ現場に分かりやすい言葉を選んだことが、結果的には広報にも役立ちました。人命救助のためにいち早くルートを確保しなければならない道路の「啓開」は、時間をかけてきちんと直す「復旧」とは概念が違います。できるだけ迅速に、東京方面から内陸を通ってきた救援部隊を太平洋側に送り出さなければならない。とにかく「くしの歯状」に並ぶ16本のルートを啓開することに集中してほしいという意図を、作業を担う現場に分かりやすく伝えようとしたのです。
「これからも伝える努力を続ける」
――今後、東北地方整備局ではどのような取り組みを展開するつもりですか。
これまでに81回のパネル展示を実施しましたが、このほど、パネルのデザインを大幅に作り変えました。被災地の写真を見てもらって「すごい津波だね」で終わらないように。そこで我々が何を考え、どんなドラマがあったのかを伝えたい。短いキーワードで分かってもらえるように、デザインしています。庁舎内には震災展示室を設け、写真や映像のほか、津波が襲った時刻を指す壊れた時計などを展示する予定です。自治体が建設する記念館には、建設関連のコーナーをつくってもらおうと考えています。そのために、津波で粉々になった気仙大橋の橋桁などを保存しています。
震災後に私の講演を聞いてくれた人は7000人になりました。部下を含めれば、その3倍の人に話をした計算になります。各人の努力に任せるだけでは難しいので、基本的な資料や動画を用意し、それぞれが自分の経験したことを加味して話せる仕組みにしています。こうした活動を、様々な局面で続けます。建設業界の方々とも、同じ方向を向いて取り組みたいと考えています。
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