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[15221] 【ネタ】多分続かない一話だけの短編集 ゲート 5話 投稿
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:6a2012dc
Date: 2011/12/15 22:22
思いついたネタをプロットもなく書きなぐった短編集です。
更新停止の話多数。
作者のネタ帳のようなものだと思って下さい。
新米神の世界創造は小説家になろうでも投稿しています。



平成22年
7月20日 魔王のこうせき(異世界→現実)をオリジナル版に移動
7月20日 霊能者達の昼下がり(幽遊白書HxHクロス)をHxH版に移動
7月20日 ニートが神になりました(現実→異世界→マブラブ→ブレイクブレイド)をその他版に移動
7月22日 不良が泰麒になりました(現実→十二国記)をその他版に移動
8月26日 そのゲーム、魔法よりもファンタジック(ハリーポッター、SAOクロス)をその他版に移動
8月28日 劉台輔は暗殺者(烈火の炎、十二国記クロス)をその他版に移動
10月5日 ロボットに命じただけだ(ツインシグナルクエーサーTS転生物)をその他版に移動
10月9日 素手で守れと奴が言うから(異世界→多重クロス)をJIEITAIは今日も頑張ってますに改題してその他版に移動。
11月21日 短気な薬師(アンケートお礼 数話で終わるオリジナル)をオリジナル板に移動。
平成23年
2月12日 リリカル戦術機をマブラヴ板に移動
4月27日 ソードワールドRPGものをその他版に移動。レベル10(現実→ソードワールドRPGもの)を削除
7月27日 そして科学者は笑うをオリジナル版に移動。翼君登場回削除。



[15221] クイーンビー(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/08 19:43

 キメラアントとレベルEから思いつきました。
 只管子作りしているだけの話です。





 成人の儀を終えた日、私、ルビー・サルア・トリート・クイーンビーは惑星ファンに降り立った。目的は新たに発見された惑星ファンの遺伝子を持ち帰ることだ。既に私の兄弟が惑星ファンに降り立って諜報活動をしている。私は女王蜂の誇りにかけて、種をマザープラネットへと持ち帰って見せると決意した。
 そして、兄弟達の伝を頼って惑星ファンの誰の物でもない大きな島の自然の花畑に屋敷を構えることに成功した。しかし、お母様が手助けしてくれるのはここまでだ。ここからは、私が何とかせねばならない。姉妹達を引き連れ、私は屋敷に降り立った。
 そしてまずは花畑を管理するミツバチ達を生む。ミツバチを産むのに精はいらない。
 移住作業も一段落し、私は姉妹とお茶をする事にした。

「ルビー様、ローヤルゼリーをどうぞ」

「ええ、ありがとう」

 私の父は、この星に生まれた男だ。お母様が適当に一人浚って子をなした。それゆえ、私はクイーンビーの中でも位が低い。その代わり、スムーズにこの星で暮らせることが出来た。そんな私でも、女王蜂は女王蜂。姉さん達より地位は高い。それゆえ、様付けで呼ばれていた。
 香りのいいローヤルゼリーを呑み、ふう、と息を吐く。働きづめだったから、ありがたい。

「最初の子はどうしようかしら」

「雄が働く習慣のようですし、最初の子は強い雄蜂を目指したほうがいいかと。我らはたった10名。働き蜂の補充も必要です」

 マザープラネットでは普通、ヒューマンビー族はあまり雄蜂を産まず、他の種族から男を調達する。そして、血を交換する儀式や今回のような任務に限って産み落とされ、先行して情報を集めてきてくれる。生活を雄蜂に任せるのは不安だが、そういう習慣がある事は心得ている。私はこの星で一生を過ごす事が決定付けられているので、溶け込むにはそうするしかないだろう。ちなみに、送る為の女王蜂や雄蜂は後で生む。ヒューマンビー族は、今まで得てきた精子や自分の卵子の遺伝子を自在に合成して子を産む事ができるからだ。ただし、これには問題もある。生命の可能性の揺らぎが無くなってしまいがちなのだ。だから、他種族の血を得る事でヒューマンビー族は揺らぎを得てきた。
 まずは合成した最高の雄蜂と女王蜂を送り、その後リクエストのあった雄蜂を送ることになるだろう。

「わかったわ。どちらにしても、早急に雄が必要ね。では、早速雄を探しにいきましょう」

 姿を完全にこの国の者に偽装し、姉妹の半数に留守を任せ、私は姉妹たちと旅立った。
 この時代の技術力で作られた船に外見を偽装した自動航行船に乗り、触覚の感覚だけを頼りに先へ進む。予想通りというか、あらゆる種族が混在する事で目星をつけていた大陸に触角が反応する。
 一ヶ月ほどで、大きな港町が見えてきた。

「わあ……」

 私は思わず声を上げる。知識として知ってはいたが、様々な種族がそこにあった。
 まるでマザープラネットのヒューマンビー族のようだ。
 この遺伝子を取り込めば、ヒューマンビー族は更なる多様性を得るだろう。
 
「いい船だな。お嬢ちゃん達、エルシャンテ国は初めてかい?」

 港で船の管理をしているらしい魚頭の男が言う。

「ええ、そうなの。これ、料金よ。そうね。とりあえず一年ほど船を預かってもらえるかしら」

 笑顔で言うと、魚顔の男は少し驚いた顔をした後、破願した。

「お安い御用さ。楽しんでくれ!」

「ありがとう」

 私達は船を預けると、首都の方に向かった。首都のエルラシアンは港町エルトのすぐ傍にある。エルラシアンに向かうと、私はある店に引き寄せられていた。

「冒険者、ギルド……?」

「荒事専門の何でも屋です。主な仕事は魔物という、殺すと小さな鉱石に変わる生物を退治する事です。他にも鉱石をお金と変えてくれるとか」

「なるほど」

 私はそこに足を踏み入れた。途端にあちこちから視線を向けられる。しかし、私にはそんな事、どうでも良かった。その人を見た途端、髪に偽装した触覚がピンと立ち、全てがどうでも良くなった。その人の前に、足を進める。

「俺に何か、用か?」

 狼の顔の、ガタイのいい人だった。青い硬そうな毛皮で、大きな剣を背負い、皮鎧を身に着けている。

「貴方は料金によっては何でもするのですか?」

「そうだが、依頼か?」

「おいおいお嬢さん、依頼は俺を通してもらわなきゃ困るぜ」

 バーの男が言うが、私はかまわない。

「私への種付け代はおいくらになりますか?」

 ぶふぅっ

 店の大半の男達が飲み物を吹く。

「おいおい、大胆だなお嬢さん。そいつはギルド一の腕利きだが、見てのとおり獣人だぜ」

「貴方でなければ駄目なのです」

 そして私は唇を奪う。獣人は、慌てて私を突き飛ばした。

「ななななな、なんなんだお前!?」

 獣人は唇をごしごしと拭きながら言う。

「ルビー・サルア・トリート・クイーンビー。貴方の子の母になる女です」

 おおお、と酒場がざわめく。

「俺は今日会った女と結婚するつもりは無い!」

「我が一族は結婚などしません。ただ男から子種と名をもらうのみです。ご迷惑はおかけしません。なにとぞ、一夜限りのお情けを……」

「ルビー様! あなた、ルビー様がここまで仰っているのよ。依頼を受けたらどうなの」

「俺は男娼じゃねぇ!」

 獣人が盛大に文句を言う。しかし、それで諦める私ではない。
 
「どうすれば私と交わってくれますか?」

 もう、この獣人と交わる事しか考えてなかった。

「お、俺に勝ったらだ」
 
 戸惑いがちに言われた言葉に、私は迷わず腕を振り上げた。とっさに獣人がガードするが、それごと吹き飛ばす。獣人は壁にぶつかり、カハッと息を吐く。低位の女王といえど、こんな所で負けるほどではない。

「な、何!?」

 私は獣人に駆け寄り、さらに蹴りを入れようとする。獣人は剣を抜こうとして躊躇し、結局飛び上がる事でそれを避けた。しかし、その一瞬の隙を逃す私ではない。
 飛び上がった獣人にラッシュを浴びせ、最後に蹴り上げる。
 気絶した獣人をキャッチし、なにやら沸き起こった拍手の中、私はバーの男に部屋を貸してもらえるか聞いた。







「じゃ、お前は……遠い場所の部族の王族で、新しい血を入れる為に旅してるってのか?」

 ベッドの中、コーヒーを飲みながら、クリスが言う。獣人の名をクリスといった。名と精をもらった今、私は酷く満足していた。

「そうよ。子供をたくさん生んで、その中から厳選した子を本国に送るの」

「子だくさんな一族なんだな。それに強い。女がこんな強いなんてな」

「優秀な血を取り入れてきた結果よ。それで、力にはそこそこ自信があるのよ」

「女が戦えるなんて思っても見なかったぜ」

 その言葉に私は目を見開いた。魔物が闊歩するこの星だ。危険は多いはずだ。なのに、女は戦えないというのが不思議だった。まあ、どの星にもその星固有の文化があり、どちらが優れているとは言えないのだが。本気で、この星は男社会らしい。
 しかし、魔物とはどんなものかと思っていたが、一番の腕利きが女相手で油断したとはいえ気絶するまで追い込まれるのだ、そう強いものでもなさそうだ。働き蜂の内二人を賞金稼ぎに当てよう。
 一月後、私は子供を11人生んだ。雄蜂が1人で雌蜂が10人だ。
 その名はサルア・クリス・プリンスビーとサルア・クリス・ワーカービーだ。
 女王蜂以外には、固有の名は与えられない。
 そうして、私は第一歩を踏み出したのだった。
 



[15221] クイーンビー(オリジナル)2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/11 18:24
「お願いします」

 冒険者ギルドのバーに鉱石を入れた袋を差し出すとじゃらり、と音を立てる。

「あのよお嬢さん。何度も言うようだが、お嬢さんが腕利きなのは知ってる。が、女のする仕事じゃねーぜ。ただでさえ女は魔王に浚われて少ないんだからよ。そのうえお嬢さん、子持ちだろ」

 ギルドマスターのグロウさんに言われ、私は小首を傾げた。

「確かに私も手伝っているけど、大半は姉妹達に任せているから問題ないわ。花畑も買いたいし。それに、ずっと昔、私の国では雄は皆王子様で、大切に育てられて、子作りが終わると殺されたものよ。今でこそ偵察に使うようになったけど……。私の部族では男はあまり頼るものじゃないの。クリス・プリンスビーに頼る気はあまりないわ」

「花畑ぐらい買ってやるから、俺の子を殺さないでくれ」

 クリスがクリス・プリンスビーを抱きあげ、庇う様にして言う。
 クリスに出会ってからすでに半年が経過している。子を産むと初めはその速さに驚かれたが、クリスは自分の屋敷に私を招いた。初めは断ったのだが、他に男を作ってもいいからと懇願され、最後に私は頷いた。クリス・ワーカービーはいくらなんでも成長が早すぎる為、隠して育てた後、最初からいた使用人ということにしている。クリスは息子に勝手にクロスと名づけ、可愛がっている。
 クロスは青い髪の男の子で、大きな黒い目が私に若干似ている。怒ると狼に変化するのだが、その様子がとても不思議でならない。狼の姿なら、もう駆け回る事が出来た。クリス・ワーカービーは狼になる事は出来なかった。その代わり、獣人形態になる事は出来た。これで狩りが大分楽になった。
 クリスは自在に変化をする子を見て、初めは驚き、ついで物凄く喜んだ。クリスの先祖がそうだったのだそうだ。獣人とは中々興味深い一族だと思う。

「ただでさえ屋敷に置いてもらっているのに、これ以上迷惑はかけられないわ」

「生活費は折半してるだろう? それだって申し訳ないくらいだ。俺はこの子を産んでもらって感謝してるんだ」

 クリスが優しい目でクロスを撫でる。クロスは満足そうに目を細めた。

「ほら、旦那もそう言ってるんだ。あんたが人族じゃないって知った時は驚いたが、それにしたってあんたは綺麗だ。綺麗な娘さんが命を無駄にするもんじゃねぇよ。ま、今回は代金を支払うけどよ」

鉱石にふさわしい量の銀貨をもらい、私は頷いた。ここまで反発があるとは思わなかった。このへんが潮時だろう。ちょうどだから、得た鉱石は解析に使うとしよう。ローヤルゼリーも補充しなくてはならないし、必要な器具を取り寄せなくては。
テレパシーでワーカービー達に連絡を取り、5人を残して後は荷物を取りに戻らせる。
 そろそろ、新しい男を捜すべきだろうか? 今度は頭のいい男に重点を置いて探してみよう。初めてのセックスが終わったから、今度は衝動に飲み込まれる事もないはずだ。
 その後、私はクリスに屋敷の庭に大きな花畑を作ってもらった。
 早速、せっせと花の手入れをし、船に運び込んでおいたマザープラネットの花の種を植える。大きな花は、大量の蜜を作り出すだろう。
 クリスは、家にいる間、その様子をクロスと共に目を細めて眺める。そして、魔物退治に一層力を入れた。
 そしてようやく、春が来た。荷物を取りに行っていたワーカービー達も戻り、私はクリスにばれないよう、ミツバチを産んで放す。

「えらくでかい花が咲いたな……」

 ぽかんと口を開けて、クリスが呟く。ワーカービーが花の奥に体を突っ込み、コップに蜜を汲んだ。

「クリス様、どうぞ」

「ああ、ありがとう。これは花の蜜か? ……! 甘いが、単体で飲むには味が濃すぎるか。料理に使うといいかもな」
 
「花の蜜を使った料理を考えておきます」

 クロスが蜂蜜に手を伸ばし、ごくごくと飲み下す。クロスはクリス・ワーカービーと違ってヒューマンビー族ではないが、蜂蜜が好きでよく食べる性質は変わっていない。
 クロスの育成データは本国に常に送信している。これでリクエストがあったらヒューマンビー族の子供を生んで送るつもりだ。
 クリスは目を細めてコップを支えてやった。クイーンビー族には父親という概念は存在しない。だから、働き、子供の世話をするクリスは酷く異様に見える。しかし、それもまたいいものだ。
 
「そうだ、ルビー。たまにはその、デートでもしないか」

「いいわね」

 私はクリスにエスコートされ、買い物に出かけた。町並みを眺め、歩いていると触覚が反応した。私はふらふらと触覚の導く方向に向かう。酒に酔って倒れている男を見つけた。

「コーグ。また酒を飲んでいるのか」

「コーグさん?」

「よくわからん研究をしている男だよ。エイリアンの存在がどうとか、一度浚われた事があるとか……。この前、ついに学会から追放されたはずだ。魔術師の家系なんだが、何でか魔力が発現しなくてな」

 魔力……この星特有のESPの一種か。

「面白いわね。連れて戻りましょう」

「おいおい、浮気か?」

「そうよ」

 クリスが尻尾を丸めて肩を落とす。私は笑ってクリスの頬にキスをした。
 そして、コーグを負ぶって屋敷へと向かう。
 コーグを医療機器にかけると、治療可能な欠陥がある事が判明した。

「治してあげるわ、コーグ。その魔力とやらを見せて頂戴」

 機械を作動させ、コーグの欠陥を治療する。

「む……むぅ……はっ!? こ、これは、エイリアンの使っていた器具!?」

「それがどうかして?」

「頼みがある! 魔力なくして空かける人よ、どうかその技術を教えてくれ!」

「条件があるわ」

 私は、コーグに圧し掛かった。
 









「ふむぅ。つまり、ここがこうなるから……」

「ええ、そうよ。だからそうなるの」

「コーグ、さっさと出かける準備をしたらどうだ。討伐依頼の集合時間まで後一時間だぞ」

 私はコーグに数学と物理学、科学を教えていた。コーグはとても覚えがいい。覚えのいい生徒にものを教えるのは楽しかった。クリスの機嫌は悪くなるが。

「クリス、ルビー相手に嫉妬していたらきりが無いぞ。彼女の部族は多数の男を相手にするのが普通だそうだから。妻が欲しいなら他の女を探す事をお勧めする」

「わかってるよ、そんな事は!」

 コーグは居場所が無いとかで、クリスと同じ冒険者となってこの屋敷に移り住んでいた。
 今のコーグは呪文が使えるようになったので、クリスと組んでそれなりに大きな戦果を挙げているようだ。呪文。これほど興味深い事象は無い。ESPとも少し違うようだ。炎が出たり、氷が出たり、とても面白い。コーグもまた、生んだ子供に勝手に名前をつけた。コートリィだそうだ。コートリィは機嫌が悪いと口から火を吹く。それを見て、コーグはとても驚き、喜んでいた。私も、コーグの遺伝子をうまく取り入れられてとても嬉しい。ヒューマンビー族は、更なる飛躍を成し遂げるだろう。

「頑張ってね、二人とも」

「おう」

「すぐに帰ってくるよ」

今回の討伐は一ヶ月ほどかかるらしい。特にコーグは冒険者になったばかりなので心配だ。なので、3人のクリス・ワーカービーを連れて行かせる。
 しっかりと留守を守らなくては。
 子供達の面倒を見ていると。珍しくコーグに客が来た。
 ローブ姿の老婦人だ。
 クロスとコートリィを抱いて応対すると、初めは怒った様子の女性が態度を一変させた。

「これが、コーグの子……素晴らしい魔力だわ。ルビーさん、何も言わずにこの子を渡して頂戴。十分な御礼はするわ」

「この子は大人になるまで我が一族で経過観察する事になっています。それは出来ません」

「エルトランス公爵家に逆らうというの?」

 公爵家。コーグって公爵家の人間だったのか。公爵家と敵対するのはあまり良くないかもしれない。特にこの国では、エルは国名や首都名、王家の名につく特別な言葉だ。これは困った。

「二人目で良ければ差し上げますわ」

「二人目も一緒に欲しいのよ」

 公爵家とは随分強欲らしい。私はため息をついた。

「一人目は少なくとも大人になって十分なデータを取るまで渡すことが出来ません」

 大人になれば無用となるのだけれど。

「得体の知れない亜人の子供を引き取ってやろうと言っているのよ。感謝して欲しいものだわ」

 私と老婦人はきつく睨み合った。
 
「エルトランス家は……いえ、魔術師の一族はだんだんと人数が減り続けているわ。特に女が……。だから、魔力の高い人間を一人も逃すわけはいかないの」

「わかったわ。では、女10人に男1人でどうかしら」

「な……なんですって?」

 老婦人は驚いた様子を見せ、胸を手で押さえた。

「それだけ魔力の高い人間を渡したら、コートリィの事は諦めてくれるかしら?」

「あ、貴方は何を言っているの?」

「コートリィの事は諦めてくれるのかしら?」

「た、確かにそれだけいれば……孤児でも集めるつもりなの? でも、そんな魔力を持った子がすぐに集まるなら苦労はしないわよ」

 訝しげな顔をする老婦人に、私はすまし顔でローヤルゼリーを飲んだ。女のヒューマンビー族でない種族を産むのは難しいのだが、コートリィを傍に置く為ならば、あらゆる難問を解決して見せよう。

「さあ? 一月後にまた来てくださいまし」

 にこりと笑って、老婦人を追い出す。
 そして、コーグから取った種を受精させた。
 一月ももうすぐ終わるという頃だった。
 テレパシーが届いた。

『ルビー様、苦戦しています。針を使えばなんとか倒せそうですが、正体がばれるかもしれません。クリス様が怪我をして……』

 私は深くため息をついた。初めての、重大な命令。しかし、私はやり遂げねばならない。まだクリスからは精子を必要とするかもしれないのだ。

『サルア・クリス・ワーカービー。貴方に命じるわ。針を使って頂戴。……出来れば、生きて帰ってね』

『かしこまりました、ルビー様』

 私はサルア・クリス・ワーカービーの為に涙を流す。その日ずっと、姉妹達が傍についていてくれた。夕方になって、交信が途切れた。
 そして、しばらくして子供を生んだ。卵が孵化して2,3日した頃、老婦人は現れた。

「さあ、約束どおり子供を……な、何ですって!? 本当に子供を11人用意するなんて!」

 老婦人は驚愕に立ちすくむ。そして、子供を一人一人調べ始めた。

「この子も魔力が高いわ……この子も、この子も! しかも全部貴方の子ね!? いえ、昨日は気づかなかったけど……貴方達、双子じゃない! 貴方! 人族ではないと聞いていたけど、こんなに短期間で多産なんて何族なの!?」

 私は驚いた。魔術師とは、そのような事もわかるのか。

「ヒューマンビー族というの。我が一族は多産なのよ」

「いいわ! 貴方とコーグの結婚を許します」

「これ以上子供を作ってどうしろというの? 子供同士掛け合わせるのは無理よ? 同じ血を重ねすぎたら病気になるわ。それに私は、出来うる限り優秀な遺伝子を集め続けなくてはならないの。いい男と子作りをし続けなくてはならない、という意味よ?」

「そう。ならば姉妹を貰っていくわ」

「私の一族は子を産める女は限られてるの。今はそう、女王たる私と、わが一族以外の女として産んだこの子達しかいないわ」

「随分と不思議な一族ね。貴方に興味が出てきたわ」

 この魔術師とやらは、随分と厄介だ。私はため息をついた。
 
「いい加減にして頂戴。私、敵に回すと怖いのよ?」

「まあいいわ。この子達は貰っていくわね」

 老婦人は子供達を連れて行った。
 やれやれ、ようやく帰った。魔術師はやっかいな人間。覚えておこう。



[15221] VS!(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/02 18:28





 西暦3000年、今にも第三次世界大戦が起ころうかというとき、魔王が現れた。
 魔王は魔物を引きつれ、人類を虐殺した。人類は初めは混乱した。しかし、一方的な虐殺は、すぐに被害者と加害者を入れ替えた。魔物の死骸は、貴重な鉱石へと変化する事が発見されたのだ。欲に目がくらみ、大義名分も手に入れた人類達に敵は無かった。魔王は、あっという間に倒されたのである。

「我が倒されても、第二、第三の我がやってくる。覚悟するがいい、人間よ」

 これが魔王の最後の言葉である。この言葉に、人間達は歓喜した。魔王は魔物を生み出すことが出来、その死骸も最高の鉱石を生み出す。ぜひとも生け捕り、出来れば番で手に入れたいというのは人類にとってあまりにも当然の結論であった。そして、魔王が来た方向を探知したところ、人の住める可能性の高い星を見つけた。もはや、宇宙に行こうという人類の意思は誰にも止められなかった。
 そして、その星、セカンドマザーに向かって宇宙船が出発する事になった。
 渡辺博士は、そのクルーであり、マッドサイエンティストだった。
 すっかり白髪頭になった髪を撫でつけ、渡辺博士は全く未知の場所に赴くことに胸を高鳴らせていた。新たな鉱石を使った装置で、ワープ航法も可能となった。現在の目的地の星が魔王のものだという確証は無いが、それでも人の住めそうな星の調査という大事業は魅力的だった。知識を頭の中のAIに叩き込み、出発まであと一日。
 博士は、希望に胸を高鳴らせていた。
 そんな時、声がした。

『勇者よ……どうか、この世界を助けて……』

 その声が聞こえた次の瞬間、宇宙船と渡辺博士は消えていた。



「あ?ああーあー」

 声が聞こえたと思ったら、どういう現状ですか、これは? AIの反応は……ありますね。しかし、うまく声が出ません。

「■■■」

 巨大な女が私に向かって話しかけてきました。いえ、違います。私が小さいのですね。私は自分の手を見ました。これは、赤子の手です。興味深い現象ですね。どうやら私は何者かに、勇者として、拉致されたようです。元の体はどうなったのでしょうか?
 とにかく、情報を集めることが先決ですね。まずは言葉を覚えないと。
 
 結論から言って、この世界はかなり遅れた世界のようですね。未だ科学の片鱗すら見られません。しかし、収穫もありました。この世界には、魔王がいます。ここはおそらく、セカンドマザー。それならば、いずれは迎えも来るでしょう。その時の為に、せいぜい情報を集めておかなくては。そして、私をこちらに連れて来たらしい女神アリアとかいう存在も気になります。貴族という地位にあり、勇者というお告げがあったのは都合がいいかと。このおかげで、高い知能もごまかすことが出来た事ですし、若返る事も出来ました。ひとまず私をここへ拉致したこの世界の神とやらに感謝をする事にしましょう。剣術を強要されるのは勘弁して欲しいですがね。


 私が生まれてから5年後、私は司祭の所に呼ばれました。

「アレク様。真の勇者になる為の儀式を行わなくてはなりません」

「儀式ですか?」

「女神アリア様に祈るのです」

 司祭が私の手を包み、押し頂いて祈りを捧げる。
 私の右手に強い痛みが走り、良く見ると手の甲に青い宝石が輝いていました。
 宝石の中には、宇宙船の小さな模型が。
 それを見た時、私にはわかりました。これはあの宇宙船だと。

「おお……これぞ奇跡……」

 司祭が言います。私は広い外に連れて行ってもらい、右手を掲げてみました。
 すると、宝石が力強く輝き、目の前に宇宙船が現れたのです!

「ふふふふふ……あはははははははは! どういう仕組みなのでしょう? ぜひ調べてみたいですねぇ。研究室は目の前にある!」

 私は、尻もちをつくお付きの者を置き去りにして、宇宙船へと入りました。












『勇者よ……この世界を助けて……』

「おんぎゃあああああ!!」

 今のは、確かに神の声。聞こえた瞬間わかった。これはアリア様という神の声だと。私が、神に勇者として選ばれた!? 選ばれたんだわ、ああ、エルフなのに役立たずといわれ、魔力がなくとも必死で勉強を頑張った甲斐があった! 今、私の体に大きな魔力が渦巻いているのがわかる。これこそアリア様からの贈り物。いきなり赤ちゃんとして生まれ変わらせられたのはびっくりだけど、聞いたことの無い神様だけど、頑張ります、アリア様!
 そう思ったのも最初だけでした。
 
「ああ、もう、耐えられない!」

 私は癇癪を起こす。この世界は異世界だった。しかも、遅れている。遅れているのだ。そもそも魔術という概念すら知られておらず、便利な魔術道具が、何一つ無いのだ! しかもここに生えている木は凄く少ない。気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界には魔王がいるのだ。私の世界ではたやすく魔王を倒すことが出来たけど、それは大勢の優秀な魔術師と高い技術があってこそだ。
 その上、はるか昔、まだ魔術が一般的でなかった頃は、魔法使いと人の間で人魔戦争が幾度も起きたという。それは、魔術の発展によりすべての人間が魔術を使える様になることで収まったが……その戦いの歴史は、魔術師学校の初めの授業で学ばされる。
 その為、周囲の人が魔法を使えないと知った時に、私は賢明にも力を隠した。
 もしかして、この状態で私一人で倒せと言うんだろうか。とても不安だ。2000年、あらゆる神様に祈ったけど、神様どころか召喚獣すら誰も答えてはくれなかった。エルフの癖に魔力もなく、馬鹿にされ続けた私を救ってくれたのはアリア様だ。出切る事なら報いたいけど……自信が無かった。それでも私は何とかすべく、まずは宝石に術式を刻んだ。私の家は公爵家だったので、5歳の私でも宝石を持っていた。
 そう、私ももう5歳なのだ。今の私は人間であり、人間はすぐに死ぬ。動き始めねばなるまい。とりあえず、森に本拠地を作ろう。

「お父様。私は、領地に帰りとうございます。領地の森で暮らしとうございます」

「エリア、何を言っているのかわかっているのか。森には魔物がいるのだぞ。お前は王都にいれば良い。王都が一番安全なのだ」

 お父様はどこか怯えた様子で言った。お父様は私を猫かわいがりしてくれる。まるで、そうしていないと失ってしまうとでも言うように。

「信じてくれないかもしれないけど、それがアリア様の為なのです」

「お前は魔王になどやらぬ!」

 お父様は言って強く私を抱きしめた。

「お父様、何があったのですか? お父様はいつも何かに怯えていらっしゃるように感じます」

「アリア様からお告げがあったのだ。二人の勇者が現れ、魔王を倒すとな。その内一人の勇者が、お前だ。エリア。しかし、お前に魔王を倒せるなどと、私にはとても思えないよ」

 その言葉に、私は目を見開いた。アリア様は、そこまで私を後押ししてくださっているのだ。応えたい。なんとしても。

「お父様……エリアを信じてください。いつか、いつか必ずや魔王を倒して見せましょう」

「エリア……せめて、せめて護衛は連れて行ってくれ」

「お父様、うれしい。護衛は私に選ばせてください。アリア様の加護厚きものを選びましょう」

 私はお父様と抱擁を交わしあった。
 そして、私は司祭様の元に連れて行かれた。

「おお、ついに洗礼を受けさせる気になったのですね……」

「ああ、頼む」

 司祭様が私の右腕を押し頂く。そして、私の右手に痛みが走り、そこには物置用の宝石がはまっていた。中には、私の持っていた魔術道具の数々。
 ああ、アリア様! しかし、これは切り札だ。初めは隠しておこう。
 さて、山篭りの準備をしなくては。護衛にはまずは5人選んだ。魔力の強く、忠誠心厚い者ばかりだ。そして、宝石や紙の束や、細々した身の回りの物を選び、馬車に乗り込む。
 何度かの戦闘をへて、私達は森までついた。
 私はつくなり、木に触れて木と語り合う。うん、歓迎してくれている。
 
「お嬢様!」

 叫び声がして、私は振り向いた。襲い掛かってくる狼の魔物。私はとっさに宝石を投げつけ、叫んだ。

「サンダー!」

 私の想像を超える大きな雷が狼に落ち、狼は鉱石へと変わった。鉱石はいい魔術道具の原料になる。唯一の魔王の恵みだ。このせいで、魔王を神としてあがめる者もいる。特に魔王は素晴らしい鉱石へと変じる。持ち帰る事が出来れば、私は英雄だ。

「な、何が……」

「ば、化け物……」

「ア、アリア様の遣わした勇者様……」

 私は鉱石と宝石を拾って、従者5人に微笑んだ。

「私はただ、精霊と神々の力を借りただけ。貴方達もまた、神々から祝福を受けた者。修行を積めばこういう事も出来るようになるわ。さあ、行きましょう」

 出来れば、ここで脱落者が出て欲しくない。5人が私を殺そうとするなら、私も5人を気絶させて逃げる用意がある。しかし、出来れば私を信じて欲しかった。

「エリア様……いえ、勇者様。どうか魔王を倒してください! 娘は、娘は魔物に殺されて……!」

 従者の一人、カロットが跪いて言った。剣に手をかけたルードが機先を制され、戸惑う。サティアも遅れて跪いた。ティードとガレンスは頷く。

「まだ時期ではないわ。今は力を蓄えなくては」

 どうやら、危機は脱したようだ。私は安堵しながら答えた。ルードには気を配らなくては。
 そして、私達は時折出てくるモンスターをサンダーで倒しながら森の奥へと進んだ。
 森の奥深くまでいくと、これはという大きな木々を見つけ、護衛を頼んで大きな術を使う。以前の私ではとてもではないが出来なかったけど、今なら出来るはずだ。木々に語り掛け、森を村にする大呪文。

「森の木々よ、精霊よ……デリク・ザ・ラディス・ケルン・ディーバ……」

 集中し、思い浮かべながら唱えると、木々が成長し、うごめいた。
 枝を強固に伸ばしあい、交わり、道を作る。そして、洞が大きくなって人が中で生活できるほどになる。最後に、歩けるほどの大きな枝が垂れ下がり、上に登る道となった。

「す、凄い……」
 
「魔物が近づけないよう結界を張ります」

 じゃらり、と宝石を取り出して私は言う。

「そ、そんな事が可能なのですか!?」

「狭い範囲なら出来ましょう」

 私は村の四方の木の根元に宝石を埋め込んだ。後は荷物を運び込み、家具を用意するだけだ。従者達は、呆けた顔でそれを見守った。
 私は笑顔で言う。

「さあ、レッスンを始めましょうか」





[15221] 極振りっ!(オリジナル異世界転生もの)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/26 00:31
    
    プロローグ


 ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
 ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
 賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
 ようやく、賢さが、カンストになった。
 体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
 MPが切れたらそこでもう終わり。
 俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
 彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
ゲームクリアに、興味はなかった。
俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
 しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
 俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
 深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
 服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
 枯れ枝のような手。
 毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
 外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
 その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
 誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
 俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
 派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
 他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
 けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
 勇者が、訪ねて来たのだ。
 若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
 魔王を倒そうと勇者は言う。老魔法使いはにべもなく断った。
 勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
 強引な勇者に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。

「やめろ、やめてくれ!」

 俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
 老魔法使いが勇者に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
 どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
 強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
 勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
 これも全て勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
 胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
 夢を見た後、吐くことすらあった。
 けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
 魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
 いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
 いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
 もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
 老魔法使いは呪文を唱え始める。
 老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
 老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
 今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
 老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
 そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
 それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
 俺は夢を見なくなって心底安堵した。
 気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
 美咲が勝手に進めたのだ。
 俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
 けれども問題は、全く解決していなかったのだ。



[15221] 極振りっ!2話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/26 18:41



 五時に起きて、顔を洗う。鏡に映った俺は冴えない顔で、目つきも悪く、どことなく陰湿なイメージを与える。背も男にしては低い。
 ジャージに着替え、まだ暗い空の下、ランニングに出かけた。
 冷たい空気が、心地いい。
 二時間後、汗だくになった俺は家に戻り、隣の部屋の扉を一度、力を込めて殴った。

「うーん……」

 扉の中から美咲の声がするのを確認すると、俺は風呂に行って汗を流した。
汗を流し、部屋に戻る。髪を乾かし、茶の間に向かう。
皆もうご飯を食べ終わっていて、後は俺だけだ。

「智也、早く食べちゃいなさい」

「わかってる」

 食事を大急ぎで掻き込んでいると、玄関から声がした。

「美咲―。まだー?」

 美咲の友達の茜だ。

「はーい。今行く」

 美咲は慌てて玄関へ向かう。
 美しいストレートの長い髪。ぱっちりした大きな目。ふっくらした唇。モデルのような高い背。
 二卵性とはいえ、とても俺と双子だとは思えない。

「美咲、気をつけるのよ」

 母さんが美咲に声を掛ける。

「うん! 行ってきまーす」

 俺はその間に歯を磨き、黙って家を出た。
 美咲は道行く人と挨拶を交わし合う。近所の人々も、笑顔で美咲に挨拶をしていく。
 俺は誰とも挨拶をせず、美咲と距離を取って無言で学校へと向かった。
 学校に着くと、美咲の周りにすぐに人の輪が出来る。
 俺はそれを無視し、教室の隅の席に座って教科書を出した。
 昨日の夜はどうしても最後の応用問題が解けなかった。もう一度基礎を確認せねばなるまい。解けなかったのはこの一問だけなのだが。
 本当は教師の所に聞きに行ければいいのだが、美咲に聞けばいいと言われて以来、俺は教師を頼るのをやめていた。
 美咲は、友達と談笑を始めている。

「宿題、やってきた?」

 茜に聞かれ、美咲はぺろっと舌を出す。

「忘れてきちゃった。当たらなきゃ大丈夫でしょ」

 ふん、後で困ればいいんだ。
 一時限目は、ちょうど宿題を出された数学の授業だ。
 授業が始まり、数学の教師は宿題に出した問題を黒板に書いた。

「野田、古田島、矢野、御手洗、智也。解いてみろ」

 最悪だ。よりによって解けなかった最後の問題に当たってしまった。
 俺は黒板に向かい、途中まで式を書いて戻った。

「なんだ智也、出来なかったのか。駄目だぞ、ちゃんと勉強しないと。美咲、解いてみろ」

「はーい」

 美咲はスラスラと俺の解けなかった問題を解いていく。俺は歯を食いしばった。

「双子なんだから、教えてもらえ」

「…………」

 この教師は、その言葉がどれほど俺を傷つけているのか気づいているのだろうか?

「いっつも勉強してるくせに、格好悪いよね」

「茜!」

 こそこそと茜がいい、美咲が茜をたしなめた。
 俺を庇うなよ、美咲。俺の中に、暗い炎が燃え上がる。
 二時限目の英語。今度は美咲が教師に当てられた。
 朗々と響く美咲の声。中にはうっとりと聞きほれる者すらいた。

「ビューティフル! 素晴らしいです、美咲さん。完璧な発音ね」

 俺は悔しく思いながらも、正しい発音らしい美咲の声を頭に刻みつける。俺は英語が特に苦手で、うまく発音出来なかったから。
 三、四時限目は体育だった。
 俺はほっとした。ようやく、美咲と離れられる。
種目は百メートル走。ランニングは毎日やってる。

「よーいっどん!」

 合図とともに、俺は力強く大地を蹴った。走る、走る、走る。
 タイムは……やった! 一秒も縮んでる!
 俺は無関心を装いつつ、歓喜した。
 意気揚々と教室に帰ると、美咲が既に教室についていて茜とお弁当を広げながら談笑していた。

「美咲、凄く早かった! 絶対あれ、男子並みのタイムだよ!」

 話していたタイムは俺のものより短かった。
 俺は、落胆して弁当を持って誰もいない屋上に向かった。
 一人で、弁当を食べる。食べ終わると空を見上げた。
 青い空は、どこまでも広がっている。それでも、俺の世界は灰色だった。

「俺、何か生きてる意味あんのかな……」

 食べ終わると、伸びをする。

「いつか、俺だけの何かがきっと見つかる。信じろ、俺!」

 五時限目は古文、六時限目は地理だった。幸い、この時間は美咲と比べられるような事は起こらなかった。
 授業が終わると、足早に剣道部に向かう。
 俺が一番だったらしく、すぐに着替えて素振りを開始する。
 二十分もした頃、美咲も着替えてきて言った。

「智也、久しぶりに手合わせしない?」

「嫌だ」

 俺が断ると、美咲はむぅ、と腰に手を当てる。

「むー、そんな事言わないで。行くよっ」

 俺は微動だにしなかった。強かに面を打たれ、俺はよろめいた。

「これで満足か」

 低い声で言うと、美咲は口を尖らせて言った。

「な、何よ。私はただ、たまには智也と……」

「行こうよ、美咲。こんなやつ構う事無いよ」

「ちょ、茜!」

 茜が美咲を引っ張っていって、俺は息をついた。
 微動だにしなかったのは、どうせ美咲の竹刀に反応できないのが分かり切っていたからだ。
 遅くまで部活をやって、疲れた俺は着替えて家路へとつく。
 美咲はまだまだ元気で、茜とカラオケに向かった。
 俺は帰って風呂に入り、食事を済ませて勉強を始める。八時ごろ、美咲が帰ってくる音が聞こえた。食事を済ませ、風呂に入る音が聞こえる。
 その後、テレビの音と美咲の笑い声が聞こえてきた。
 十時、美咲が部屋に入る音。
 部屋の電気が消える。
 俺は十二時まで勉強して眠った。
 これが、俺と美咲の毎日だった。美咲は容姿端麗、スポーツ万能、勉強は学校の授業だけなのに良くできた。翻って俺は毎日のように鍛え、勉強しているのにいつも成績は中の下。
 それでも、せめて俺と美咲が違う道、違う高校を選んでいたら、俺は美咲を恨まずにすんだかもしれない。

「智也と一緒がいい」

 そういって、美咲は尽く俺の真似をした。
 勉強や剣道だけじゃない。パズル、絵、楽器各種、歌、料理、掃除、礼儀作法、果ては駅名の羅列と言った事まで。
 幼い頃から、美咲は俺の真似をしまくった。そして、尽く俺よりもいい結果を叩きだしてきた。
 初めはただ何にでも意欲旺盛なだけだった俺は常に美咲と比べられる事になり、いつしか逃げるように様々な趣味に手を出し、美咲に追いつかれては他の趣味を探すという事を繰り返した。
 お陰で美咲に出来ないものは何もない。
 俺はと言うと、何一つ出来ない。どんなに頑張っても、いいとこ中の下だ。
 俺は才能と言うものが憎かった。
 才能ある人間は努力しなくてもなんでも出来て、才能のない人間は努力してもなんにも出来ないなんて、不公平じゃないか。
 神様は平等に才能をくれると言うが、それは嘘だ。
 それとも、まだ見つけていない俺の才能があるのだろうか。
 将来、その何かを見つけた時の為に基礎を鍛えようと、ランニングと剣道と勉強だけは美咲に追いつかれても続けていたが、いっこうにその何かは見つからない。
 高校は別にしようとしたが、美咲の奴、俺に隠れて俺と同じ高校を受けやがった。
 家族ぐるみで、俺は騙された。
 入学式、向かう方向が一緒な事に気付いた俺の絶望は果てしない。
 俺は、いまだに将来の夢を決められないし、誰にも相談できない。
 美咲の「私もやる!」という一言が怖いのだ。
 美咲も、それとなく将来の夢を聞いてくるのが不気味でしょうがない。
 正直に言おう。俺は美咲が嫌いだった。
 せめて、俺が弟ならば、あるいは女なら良かった。
 だけど俺は兄で、双子で、男なのだ。
 常に比べられ続ける地獄。美咲に勝てないのなら、どこか、誰もいないどこかへ行きたかった。
 どんなに嫌がっても、明日は来て、来週は来て、来月が来て、来年……高校卒業が来る。その時には、将来を決めていなければならない。
 俺は毛布を頭からかぶって眠った。





「智也! 美咲と買い物に行ってきて」

 俺が勉強をしていると、母さんが声を掛けてきた。

「なんで俺が」

「あんた男でしょう。いっぱいあるから、荷物持ちよ」

 俺はしぶしぶと出かける準備をする。
 癖毛をなんとかまともに見えるように整えると、美咲がパタパタとやってきた。
 グレーの派手な襟で裾の長い服に、黒いストッキング。短パンかミニスカートかわからないが、とにかく下の服は長い袖に隠れて見えない。
 真ん丸とした小さなバッグに母さんから貰った財布を入れて、美咲は笑顔で手を差し出した。

「いこ、智也」

 俺は黙って美咲の後に従った。
 公園に差し掛かった所だった。近所の子供達が、公園で遊んでいた。
ボールが道路に飛んでくる。子供が、それを追いかける。何故か、それらがゆっくりに見えた。
走ってくる車。

「危ない!」

 俺は走った。その時、俺の心中に浮かんだのは、子供の安否の心配じゃない。
 勝ったという思いだった。
 ようやく、美咲がやってない事を出来る。その為に死んでもいい。美咲と違う事が出来るなら。
 子供を持ちあげた時、俺は強く突き飛ばされた。
 コンクリートブロックに叩きつけられ、俺はなんとか子供を庇う。
 衝突音。車のドアが開く音。悲鳴。

「……なにやってんだよ」

 俺は、掠れた声で言った。子供の泣き声が耳にうるさい。
 血が、広がっていく。
 美咲が、車に轢かれて倒れていた。
 足が、あらぬ方向に曲がっている。無事なはずの俺の足が、体が、激しく痛んだ。

「救急車! 救急車!」

「美咲ちゃん!」

 運転手が喚き、公園で子供を遊ばせていたおばさんが駆け寄ってくる。

「何やってんだよ! なんで俺なんかを助けるんだよ! そうやって善人面したいのか? いつもそうだ。いつもいつもそうだ! 美咲はなんでも出来て、凄くて、いい子で、俺は何もできなくて、悪者で! 俺はお前なんか大っ嫌いなんだぞ。感謝なんてすると思ってんのか? マジ馬鹿じゃねー!?」

「なんて事言うの!」

 おばさんが、俺の頬を叩いた。

「あたしは……好きだよ、智也の事……。あたしは知ってる……智也、なんにでも一生懸命で……凄いなって……でも、最近一度も笑った事無くて……あたし、智也の笑ってる顔みたいな……」

「誰がするか!」

 俺はその場から駆け去った。
 走りに走り、隣の町まで走って、嘔吐する。
 美咲が轢かれた。でも、最低な俺が考えていたのは、美咲の安否なんかじゃなかった。
 ――もしも美咲がここで死んだら、俺はもう、一生美咲に勝てない。
俺の頭を占めていたのは、それだった。だからこそ、俺は一生、いや永遠に美咲に勝てないのだろう。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 家に行きたくない。公園で、ただボーっとしていた。
 日が暮れて、とぼとぼと家に帰る。
 母さんが、鬼のような顔をして家の前に立っていた。
 俺が母さんの所に行くと、無言で頬を叩かれる。

「病院に行くわよ」

 俺は、のろのろと頷いた。
 車に揺られ、ぼんやりと窓の外を見る。胸の辺りがズキズキとした。
 道路が凄まじい速度で通り過ぎていく。
 行きたくない。
 病院につき、病室に向かう。手術は既に終わっていた。
父さんが、ベッドの横に付き添っていた。
美咲は、静かに眠っていた。包帯が痛々しく、血がにじんでいた。

「何があったか、貴方の口から聞きたいわ。話して頂戴」

 母さんが、押し殺した声で言う。

「おばさんから聞いてるだろ」

「智也!」

「お前、落ち着きなさい」

 激昂する母さんを、父さんが宥める。俺は、ただ項垂れて時間が過ぎるのを待った。
 母さんは泊まり込みで美咲の世話をする事になった。その間の家事をするのは俺だ。
 朝、朝食を作る。以前、料理を一所懸命に勉強した事があるから、人並みの朝食くらいは作る事が出来る。
 父さんが、起きてきてぎこちなく声を掛けた。

「おはよう」

「おはよう」

 そのまま、無言で食事をする。
 学校に行くと、俺の机に花が置かれていた。
 茜が、腕組みをし、きつく俺を睨んでいた。

「あんたのせいで美咲が重体なんでしょ。あんたが死ねば良かったのよ。謝りなさい! 美咲に謝りなさい!」

「何をしているの! やめなさい、茜さん」

 教師が慌てて茜を止める。

「放して! 放してよ! 返して! 美咲を返しなさい!」

 冷たい周囲の目。茜の涙。止め続ける教師の戸惑った声。
 俺は全てを無視して席につき、窓から花を投げ捨てた。

「智也くん!」

 教師が見咎める。俺はこれみよがしに言った。

「これでようやく美咲と離れられるな」

 茜が叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる! 殺して……うあ……ああ……ああーん。うわあああああ」

 茜が、崩れ落ちる。

「智也くん!」

 美咲を好きだと言っていた男子生徒が、俺を殴った。

「美咲はなぁ! いつもお前を庇ってたんだぞ!」

 知ってるよ、そんな事。だから俺は、美咲が憎かった。
 どんな事があっても、明日は来て、来週は来て、来月は来て、来年は来る。
 その日、進路指導の為の調査票が配られた。
 聞いている事は実にシンプルだ。
 卒業後、どうするつもりなのか?
 そんな事、今は考えたくない。それでも、残酷に期限は迫ってくる。
 針のむしろの学校を終え、部活動まできっちりこなして、夕食を作って、風呂に入ってから、俺は病院に向かった。出来る限り病院に行くまでの時間を引き延ばした、とも言う。
 病室から、母さんと父さんの話声が聞こえて扉を開ける手が止まる。

「本当に、なんでこんな事に……美咲が、美咲が……事故にあったのが智也だったら良かったのに……」

「お前! そんな事をいうものじゃない。昨日はずっと寝ずについていたというじゃないか。お前は一旦美咲から離れて休んだ方がいい。今日は家に帰りなさい」

「でも……」

 俺はゆっくりと手を引き戻し、病院のトイレへと向かった。
 そこで、吐く。嘔吐したら、さらに胸が痛んだ。
 苦しい、苦しい、苦しい。
 夜が来るまでそこでじっとしていた。
 夜が更けて俺が病室に向かうと、さすがに父さんも母さんも帰っていて病室には美咲以外誰もいなかった。
 いや、一人いた。
 老魔法使いが、俺が夢にまで見たもう一人の俺が、俺の夢が、幻がじっと美咲を見つめていた。半透明で、まるでそこに本当にいるかのようにリアルな幻。
 老魔法使いは、俺に目を向ける。

「なんだよ、お前も俺を責めてんのかよ」

 老魔法使いは、口を開いた。

「良く子供を助けた」

 あまりにも都合の良すぎる幻聴に、俺は口角をあげた。

「は……っ俺って本当に最低だな。子供を助けたのなんか、善意でやったんじゃねーのに……」

「子供を助けたのは事実だ。それに、肋骨が折れているぞ。医者に診てもらえ」

 そして、老魔法使いは美咲へと視線を戻す。

「なんだよ……なんでそんな事言うんだよ……そんな優しい言葉、俺にかけんなよ……」

「誰もお前に対して言わなかった事を言ったまでだ」

 老魔法使いは、枯れ枝のような手を美咲の頬に滑らせた。

「すまなかった。我が来世にこんな辛い思いをさせるつもりはなかったのだ。まさか、パラメーターが引き継がれるなど……勇者の美貌や基礎的な賢さ、強さと違って、私の魔術知識はこの世界ではなんの役にも立たないからな」

 美咲から全く目をそらさず、老魔法使いは言った。

「何の事だ?」

「私は、ただ二人で平和に暮らしたいだけだった」

「なんの事だよ」

「酷な事を言っているとわかっている。しかし……問おう。お前の妹を、救いたいか」

「誰が……!」

「このままではミトは……いや、美咲は死ぬ。そうなれば、お前は二度と美咲を超える事はないぞ。命を賭して、美咲がやった事のない事をしたいのだろう。私が保証しよう。美咲には、絶対に出来ない事が一つある」

 それは、酷く心の惹かれる申し出だった。心のどこかで、警鐘が鳴る。
 俺は最低だ、俺の中の老魔法使いが言った。

「それはなんだ?」

 老魔法使いは、俺を正面から見つめて言った。

「魔術を使って、美咲を救う事だ。魔術ならば、美咲は絶対に使えない。パラメーターを振っていないからな」

「魔術……?」

 駄目だ。その申し出に乗っちゃ駄目だ。

「お前は知っているはずだ。癒しの呪文を。美咲はまだ生きている。今ならば、まだ間に合う。ただし、この世界には魔力が無い。お前のMPは私が来た時と同じゼロのまま。回復する事はない。しかし、この世界にもMPに代わるものがある」

「生命力……」

――あはははは。俺すら、俺すら美咲の代わりに死ねという。

 俺の中の俺が笑い、俺の中の老魔法使いが視線を逸らした。
 俺は返事をしなかった。代わりに、呪文を唱える事で答えた。
 確かに俺は、その呪文を知っていた。夢で何度も見た。それ以上に、感覚として知っていた。
 英語の発音はさっぱりな癖に、俺の唇は流暢に呪文を唱え始める。
 老魔法使いが、俺の唇に指を当てた。

「待て。そのまま逝くのでは、あまりにも寂しかろう。まだ時間はある。一週間、良く考えて、身辺整理をしてからにするがいい」

 老魔法使いは振り返り、美咲の手に額を当てる。

「ミト……一週間、待てるな……? お前は、強い娘だ……」

 そして、老魔法使いは薄れて消えていく。
 俺は我に返った。

「なんつーリアルな夢……俺、やべーな……」

 美咲のベッドに寄りかかって寝る。なんだか、異様に疲れていた。
 朝、俺は診察を受けた。老魔法使いの言った通り、肋骨が折れていた。

「事故にあったのに病院に来なかったのかい? 駄目じゃないか。それに、胸。相当痛かったはずだよ。とにかく、君も入院してもらうから」

「……すみません。入院の準備にちょっと家に帰っていいですか」

「駄目。今、精密検査の準備をするから」

「はい」

 俺は項垂れた。
 精密検査を受けながら考える。身辺整理か。
 部屋……は、片付いてるな。殊更拘るものもないか。
 そうだ、遺言考えなきゃな。

――おいおい、幻なんかの言う事を信じてんのか? やばいぜ、お前。

 うるせ―な。俺は美咲を超えられるなら何だっていいんだよ。試してみて、損はないだろ。
 さあ、なんて言おう。なんて言おう。なんて言おう。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。こんな奴でごめんな。ああ、そうだ。美咲にも遺言しなきゃ。あいつは元気になるんだから。
 うーん……恨みごとばっかになりそうだな。やめとこう。
 あいつにもありがとうの一言でいいや。
 俺は検査が終わった後、売店で封筒と便箋を買い、精一杯丁寧な字でたった二行の遺言を書いた。

「死ぬ前にやる事終了、と。俺の人生ってなんだったんだろーなー」

 別れを惜しむ友達もいない。
 生きてほしいと言ってくれそうな人すらいない。
 俺は美咲の病室に行った。
 老魔法使いが、痛ましげな瞳で俺を見ていた。
 俺は、美咲に両手を向け、朗々と呪文を唱える。
 中ほどまで唱えて、虚脱感で足が崩れた。それでも手を掲げ続ける。
 美咲の周囲に魔法陣が現れ、発光していた。
 すげー。俺、魔法を使ってる。

――何言ってんだよ、当たり前だろ。お前は、魔王を倒した魔法使いだったんだぜ?

 じゃあ、これぐらい簡単だよな。俺は、一層力を入れて呪文を唱えた。

「やめて、智也。駄目だよ……」

 美咲の声が、聞こえた気がした。
 次の瞬間、俺は真っ白な場所にいた。

「困りますねぇ。ええ、本当に困ります」

 声を掛けられ、俺は振り返る。
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。中国の文官のような服装に、小さな丸眼鏡。狐のように細い目の男が、そこに立っていた。

「そのパラメーター、万能過ぎると言う事で随分前に廃止されたんですよ。たった二人で魔王が倒せるというのは、やりすぎですよねぇ、いくらなんでも。なので、癒して差し上げる事は出来ません。かといって、貴方は既に命と言う対価を支払ってしまった。こちらとしても、どうにかしてあげないと契約違反になってしまいます」

 男は竹で作った巻物のようなものを広げて言った。

「お前、誰だ?」

「精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪。好きな呼び方で構いませんよ」

 男は、肩を竦める。
 俺はふいに気付いた。俺は、とんでもなく偉い奴に会ってる。
 魔法とパラメーターの大本、神様に。

「それは違いますよ。私は下っ端の文官です。キュロスと申します」

「キュロス、様。美咲は治らないのか?」

 俺はおずおずと聞いてみる。命と言う対価を払ってしまったと言っていた。
 ならば俺は、既に死んだのだ。命を賭しても、俺は何一つ成せないのか。

「直接治す事は出来ません。でも、チャンスを与える事は出来ますよ」

「チャンス?」

「二十年前の赤子の死体に貴方の魂を送り届けてあげましょう。そうそう、タイムパラドックスが起きるので、今の時点以前でこの世界に干渉してはなりません。それに、全てのパラメーターはリセットされます」

「それで、どうやって美咲を救えるんだ?」

 キュロスは苦笑した。

「おやおや、どうすればいいか、貴方は知っているでしょう? 貴方の前世は魔王を倒した大魔道士、マゼランなのですから。ヒントを教えてあげましょう。パラメーターは全世界の人間が一律になり、大分多様化しています。いえ、言い変えましょう。簡単に強くなれないよう、平等に、かつ大分厳しくなりました。マゼラン……貴方の前世のように、パラメーターの極振りをしなければ美咲さんは救えませんし、一度でも方針を間違えば、それで終わりです。タイムリミットは二十年。大サービスとして、記憶を保持できるほかに、今の時点までどれくらいかわかるようにしてあげましょう。もちろん、自分の人生を謳歌するのも自由ですよ。私はそちらをお勧めしますがね」

 俺は、キュロスの言葉をゆっくりと噛みしめた。

「……わかりました。お願いします、キュロス様」

 キュロスは一本指を立てて言う。

「いかに大魔法使いマゼランとは言え、たった一人の人間にやれる事には限りがあります。この世界にはMPがありません。美咲さんを救う為には、もう一度命を捧げるか、例え生き残ったとしても、何もできない異邦人として一人この世界に取り残される事になるでしょう。それでもいいのですか? 美咲さんが憎かったのでしょう? なのに、美咲さんの為に死に、今また新たな生涯を捧げるのですか?」

 俺は頷く。

「構いません。ずっと俺だけの何かが欲しかったんです。美咲を救えるのは、俺だけです。ここで美咲を救わずに新たな人生を選んだら、それはもう俺じゃないんです。負け犬のまま、俺の人生は終わってしまうんです」

 キュロスは慈愛のある瞳で頷いた。

「いいでしょう。智也さん。貴方の魔術を承認します」

 キュロスが、持っていた竹の巻物にハンコを押す。
 その瞬間、白い空間は消え失せ、俺は真っ逆様に落ちた。
 満天の星空。青い月と赤い月。真っ暗闇の中に落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 地面に激突するってか真下に赤ちゃんがいるじゃねーか!
 危ない、と手をつくが、手は地面をすり抜けていく。
 籠にすら入っていない、小汚い布に包まれた赤子に、俺は頭から突っ込んだ。
 目を瞑ると、俺は横になっている事に気づく。
 体が硬くてうまく動かない。何より、物凄く寒い。何も見えない。喉が堪らなく痛かった。
 何なんだこれ。そうだ、赤ちゃんの死体に魂を連れていくって……。
 捨て子じゃないか。これ、下手したらこのまま死ぬのか?
 俺は声を張り上げる。
 か細い声しか出ない。
 頭の中で、選択肢が現れた。

――声の大きさにパラメーターを振りますか?

 気づかれなきゃ死ぬかもしれない。しかし、パラメーターを犠牲にしたら美咲が助けられない。
 畜生、やってやる!

「あ……ああ……あ……ああああああああっ」

 俺は、この世界で産声を上げた。



[15221] 極振りっ!3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/02 00:07
 美形美形美形。美咲の美貌が思い切り霞むほどの美形の山に、俺はため息をついた。
 俺はあの後、孤児院に拾われた。この孤児院では、美を奨励されていた。赤ちゃんの頃から外見を褒め、もっと美にパラメーターを振るように促す。そのおかげで、この孤児院では美の神、美の女神が量産されていた。礼儀作法の本も与えられ、それもまたパラメーターを振らされる。そうして、貴族へと売るのだ。
 シスター達を責める事は出来ない。孤児院には運営費が必要だし、力のある子や小賢しい子を育てるのは大変だから。それに、シスター達は美を奨励こそすれ、強制はしなかった。事実、俺と幾人かは美へのパラメーターをほとんど振っていない。

「うわぁ。トモヤ、トモヤ。今度はあいつ、綺麗さにパラメーター振ったみたい。すっごく綺麗になってるよ」

「本当だ」

「今までずっと格好よさに振ってきたんだから、それに専念すればいいのにな」

 俺の観点で言えば十分に可愛い、しかしこの世界の観点で言えば醜いアトラが言い、弟のアトルが追従した。おかっぱの金髪に、緑の瞳。そばかすのあるこの双子の兄弟は、俺と同じく捨てられていた子供だ。何故か俺に、パラメーターの振り方の相談に乗ってほしいと言ってきた。パラメーターは将来に直接関わってくる。だから、一緒に調べようと約束した。
 最初からパラメーターのせいとわかってしまえば、周囲に追い越され続けても腹も立たない。嘘だ、今も必死で努力してはどんどん追い越されていってる。悔しいとは思うが、仕方がないと思っている。
 パラメーターに関する事は最大のプライバシーで、人に聞いても教えてもらえない。
 パラメーターの振り方は各家庭の最大の秘儀だ。
 そして、この孤児院ではその秘儀が美の追求というだけの事。
 図書館にならば多少の知識はあるが、それは貴族しか入れない。
 今の所、頼りになるのは俺の呪文の知識だけ。
 その呪文を日本語でノートに書きだして見て、絶望した。
――全体攻撃呪文、アークゲルブグレイグ。習得には攻撃呪文適正一万ポイント足りません。
――単体攻撃呪文、ターティカルグレイグ。習得には攻撃呪文適正七千ポイント足りません。
――広範囲回復呪文、モルティスピース。習得には回復呪文適正が一万ポイント足りません。
――単体回復呪文、ラグルピース。習得には回復呪文適正七千ポイント足りません。
――異世界移動呪文、ゲートザゲート。習得には特殊呪文適正一万ポイント足りません。
――広範囲強化呪文、ディーセンドルグ。習得には補助呪文適正一万ポイント足りません。
――単体強化呪文、パラドルグ。習得には補助呪文適正七千ポイント足りません。
――マジックポーション作成、習得には魔具作成技術一万ポイント足りません。
 俺の……マゼランの時代は、上記の呪文が全て魔法知識だった。
 それに新パラメーター命中率と適性を上げる事で得られる呪文の習得ポイントが加わる。
 これはシスターが攻撃呪文を使えるらしいので聞いた事だ。
 それに加えて、MPの問題ももちろんある。
 人が一生に得られるポイントは、このペースでいけば大体一万ポイントになる。
 赤ちゃんの何もわからない時にアトラもアトルも多少パラメーターを振ってしまっているから、広範囲呪文も異世界移動呪文も使えない。
 俺が必要な呪文は、ラグルピースとゲートザゲート、合わせて計一万七千ポイントだ。いや、普通に無理だから。
 幸い、俺にパラメーターを任せてくれるアトラとアトルがいる。回復呪文を覚えさせれば、将来にも役立つ。片方は、俺に協力してもらおう。
 十六になったら孤児院を出なければならない。
 全てのパラメーターが与えられるのは二十歳の時。パラメーターを溜めるまで四年近くある。その間、一緒に暮らそうと約束していた。
 幸い、シスターの斡旋で雑用の仕事も見つかっている。
 後はアトラとアトルを教育して、二十歳まで待つのみだ。
 呪文の教育は孤児院を出た後からする事に決めていた。
 明日、俺達は孤児院を出る。
 いつものように無駄口を叩きながらアトラとアトルと数学の勉強をしていると、大柄で美形のクダがやってきた。ああ、またか。クダがニヤニヤと笑う。
 クダはアトルがパラメーターを大部分残していると聞いて以来、いつも俺達に突っかかってくる。

「アトラ、アトル、今日こそパラメーターを振ってもらうぞ。生意気なんだよ、こそこそパラメーター溜めやがって、一気に使って文官にでもなるつもりか?」

「やめろよ」

 俺は立ち上がり、アトラとアトルを庇った。こいつらには美咲を癒してもらわなくてはならない。こんな所で無駄な事にパラメーターを振らせる気はなかった。

「遊びの暗号作りにパラメーター全部振るような馬鹿は黙ってろ。ラグル」

「何度も言っているだろう。俺の名はトモヤだ。それ以外の誰でもない」

「煩いんだよ!」

 クダは、パラメーターで大きくなった声量で叫び、パラメーターで強化された腕力でいきなり殴ってきた。
 俺の小さな体は、簡単に吹き飛ばされる。

「トモヤ!」

 アトラとアトルが悲鳴を上げた。
 俺は、よろよろと立ち上がる。

「クダ、パラメーターは全部の人に平等に与えられるものだ。文官になりたきゃ、そのパラメーターに振れば良かったんだよ。腕力と美貌にパラメーターを振ったのはお前だろ、クダ」

 クダは礼儀作法が出来ない。これだけ乱暴だと、貴族に拾われる事はない。力があるから兵士になれる? 甘い。兵士になりたいのなら腕力ではなく武術のパラメーターをあげなければ駄目なのだ。兵士になれない事はないが、このパラメーターならば上に上がれる事はない。
 他にも、俺は知っている。クダは赤子の時に、言葉習得やハイハイ、泣き声に多大なパラメーターを振ってしまっている事を。
 パラメーターは、二度振りは出来ない。
 クダは、たった一度のパラメーター振りを間違ってしまったのだ。
 クダを責める事は出来ない。判断能力のない時に、多くのパラメーターを振れる。そこがもう罠なのだ。
 パラメーターを使わずに済むかどうかは、両親の世話と運に掛かっている。

「てめえに言われたくねぇよ」

 クダがもう一度俺を殴った。

「トモヤ、トモヤ! やめてよ。ねえクダ、やめて」

「いいんだ、アトラ。俺は平気だ」

 俺は再度立ち上がる。美咲を救う為、アトラとアトルに手出しをさせるわけにはいかない。

「パラメーターを振らないと不利な点もないわけじゃない。一気に振ると負担が大きいからな。それに、アトラとアトルが、何にも出来ずに苦労をしているの、知ってるだろう」

「うるせぇっつってるんだよ! お前、殺されたいのか!」

「……はっ」

 俺は嘲笑して見せた。怒らせる事なら慣れてる。これで、怒りは完全に俺に向かうだろう。

「てめぇ……」

 クダの目に殺意が宿った。クダの腕が光だす。本格的にパラメーターを使う前触れだ。
 そこに、二人の男が立ちふさがる。

「トモヤは僕達にも勉強を教えてくれました。その時パラメーターを振れば、貴方も文官に慣れた。勉強は嫌いだと言ったのはクダでしょう。もうその辺にしておきなさい」

「武術だって、ケンドーを教えてくれただろ。それに、パラメーターは慎重に振れと再三教えてくれたのはトモヤだ」

 文官として仕官する事になったブール―と、武官として士官する事になったケントだ。
 二人とも、あっという間に俺を追いぬいていった奴らであり、孤児院の憧れである。
 俺は庇われた事に目を見開く。

「トモヤも悪いんですよ。あまりクダを挑発しないでください。明日、僕達は孤児院を出て、離れ離れになるんです。最後くらい、仲良くしましょう」

 ブール―が俺を嗜める。

「けっ二人ともエリートになったからって威張りやがって」

 クダとブールー、ケントが立ち去り、俺はほっと息を吐いた。
 アトラとアトルが駆け寄ってくる。

「ごめんなさい、トモヤ。僕がパラメーター残してるって言ったから……」

「仕方ない。クダとも明日でお別れだ」

「うん……。大丈夫? トモヤ」

 アトラが殴られた俺の頬を撫でる。
 俺は微笑む。以前は、こんな事無かった。なんで以前の俺は蔑まれ、今の俺は庇い、慕ってくれる相手がいるのか。何が違うのか、俺にはさっぱりわからない。それでも、今の俺には精神的余裕が大分あった。

「トモヤ……僕に、僕に回復呪文が使えたらトモヤを癒せるのに……」

「本当にそう思うのか。パラメーター全部使っても、俺を助けてくれるのか」

「え……?」

 アトルは茫然と聞き返し、異様に真剣な顔になった。

「う、うん……僕は、僕は回復呪文を覚えたい。いいの……トモヤ」

「約束したろう。パラメーターの振り方を一緒に考えようって。一人前の司祭にしてやる」

 ああ、これで美咲が助けられる。楽勝だったな。後は特殊呪文適正のパラメータに全振りして……。
 俺は頭の中で勝手な予定を組み立てる。
 その夜、シスターは皆を集めた。

「皆さん、明日出発する準備はできていますか? 毎年の事ですが、皆さんがいなくなると寂しい。特に今年は、変わった技能を得た子が多い年でしたね。ブール―、ケント、クダ。貴方達は私の誇りです。アトラ、アトル、トモヤ。貴方達の行先を決めるのが一番苦労しました。頑張らなくてはいけませんよ。さて、今日は一年に一度の勇者様の劇の日ですね。楽しみです」

「あ、はは……またあれを見るのか」

 シスターは、苦笑する。

「トモヤはあの劇を嫌いだものね」

「嫌い、というか……ええ、そうかもしれません」

「けっトモヤは本当に変人だな。勇者様が嫌いなんてよ」

 クダが言う。そして、劇が始まった。

「千年前、魔法使いミトは神の啓示を聞き、天の国から勇者マゼランを連れてきました」

 ナレーション役の子供が言う。役割逆だって、逆。

「ミト、補助呪文を使うのだ!」

「はい、勇者様! えい、補助呪文!」

 この孤児院一の美形のマゼラン役の男の子が叫んだ。同じく美形のミト役の女の子が答える。

「いくぞ、魔王め! うおー!」

 マゼランは魔物役の子供達に次々とおもちゃの剣を当てていく。
 しかし、魔王はそうはいかない。
 魔王自身も剣を取り、応戦してくる。
 ミトは祈った。勇者の勝利を。

「ミトの愛がある限り、俺は! 負けない!」

 勇者は魔王を切り捨てる。うわ、クダがキラキラした瞳でそれを見ている。
 めちゃくちゃ子供騙しの劇だろ。
 それでも、皆が満足したようだった。
 この劇を見るたびに、俺は微妙な気分になる。
 俺は……俺は認めたくないけれど、きっとミトを愛していた。
 本当に俺は生まれ変わったんだなと思う。老魔法使いはミトを愛していたが、俺は美咲をとことん嫌いだから。憎んでいると言ってもいい。
 俺は美咲がいた事で人生が台無しになった。美咲のせいじゃないけど、俺は自分で自分の人生を台無しにしてしまっていた。もはや俺には、美咲を超える事しか残されていない。
 舞台上で、ミトが言う。

「王子、魔王はいずれ復活するでしょうその時の為に、この国に私の弟子を託していきます」

 言ってない言ってない。王子との謁見もやってない。いや、そもそも勇者として認められていなかった。
 ミトは軽かったし、俺も目立つのが嫌で否定していた。
 名前が知られている事が不思議なくらいだ。
 そういえば、なんでミトは俺の居場所がわかったんだろうな?

「ねぇねぇトモヤ、マゼラン様は魔王を倒しに戻ってきてくれるかなぁ」

「多分戻って来ないと思うぜ。マゼラン様も、その為に弟子を託したんだろうし」

「なんだよ! マゼラン様は戻ってきてくれるに決まってるだろ、そうして魔王を倒すんだ。ああ、俺にパラメーターが残ってりゃあな……ちっ」

 俺が適当にごまかしていると、クダが横から話に入ってきていう。

「まだまだ、二十歳までは成長の余地がありますよ。ケントが武官として習った武術を教えてくれると約束したのでしょう? 時間はかかるかもしれませんが……」

「おうっケントもいいとこあるよな、ブール―」

「そんなに褒めんなよ」

 ブール―とケントも来た。子供達も寄ってきて、マゼラン様は戻ってきてくれるか否かの大論争が始まる。
 俺は早々に抜け出し、部屋へと向かった。
 翌日から、昼は働き、夜は勉強の日々が始まる。






 王城の最深部では、一人の巫女が祈りを捧げていた。いや、祈りを神へと届かせる魔術を使っていた。
 祈りは届くとは限らない。むしろ、却下される事が圧倒的に多かった。
 それでも、祈りを欠かすわけにはいかない。
 多様な神が、気まぐれに会話をしてくれる事があった。運が良ければ、貴重な情報をくれる事も少なくはないのだから。
 最も、年若い巫女は懐疑的だった。
 巫女は、一度も神様に会えた事などなかった。しかし、巫女はパラメーターを祈りに注がなければならない。巫女とて、美貌にパラメーターを振りたかった。料理にパラメーターを振りたかった。しかし、それは許されない事だ。
 そして、神は必要な時には何の力もない者に語りかけると言う事も知っている。
 ミトがそれだ。ミトは魔王を倒せるものの居場所を神に教えられたと周囲に伝えていたと言われている。
 王城の巫女が神と会話できたのは、魔王を倒した後だった。

「マゼランとミトが魔王を倒したので、魔王退治に関する祈りはもうやめてもらえませんか。面会申請が山積みにされて、大変なんですよ。一応全てに目を通さないといけませんし。それと、魔王退治があんまりにも楽勝だったので今年の赤子からパラメーターシステム変えますね」

 たったこれだけ。あんまりといえばあんまりだ。
 巫女は雑念を垂れ流し続ける。祈りの最中に雑念を持つのは言語道断の事だが、年若い巫女は神が自分の祈りに応えるはずもないと思っていた。
 城の上層部は魔王を倒す為、ミトとマゼランについての情報を必死に洗い出しているようだが、今度も神が適当な時期を見計らって魔王を倒させるだろう。いや、マゼランとは神の事かもしれない。どちらにせよ、やるだけ無駄だ。違うと言うなら神々の誰でもいい、答えてみるがいい。
 思考していると、急に白い空間に閉じ込められて巫女は動揺した。

「こ……ここはどこ!?」

 巫女は周囲を見渡す。

「勘違いをしないでください。魔王を倒すのはあくまでも人間なのですよ。ミトさんとて、何もしなかったわけではない。王城で魔王を倒してくれと貴方達が願ったのと同じように、彼女はちゃんと手続きを踏んで聞いたのです。魔王を倒せる人はどこにいるのかと。陛下に願い出たか、私に願い出たかの差はありますがね」

 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。最高司祭と同じ服装に、小さな丸眼鏡。細い目の男が、そこに立っていた。

「神……神、様……」

 巫女は混乱した。実際に神に会えたら、どうすべきか。そんな対応方法は、頭から吹き飛んでいた。この神は、誰だろう。神々の特徴もまた、吹き飛んでいた。
 巫女は、勉強をさぼってきた事を心から後悔した。

「あ、あの、貴方は誰ですか」

「私の名はキュロスです。ミスティスアークさん」

 キュロス。ミトの生まれた村が祭る小さな神の、そのまた伝令を司る神だ。
 物心つく頃からの勉強が、ここでやっと功を奏した。

「キュロス様。では、魔王を倒せる人は、どこにいますか? マゼラン様とミト様は、如何様にして魔王を倒したのですか?」

 なんとか、必要な質問を口から絞り出す。キュロスはそれに、肩をすくめた。

「現在は魔王を倒せる人間は存在しませんね。いやはや、びっくりです。システムが変わったと言っても、必要な人数が数人増えるだけで魔王は十分倒せるはずなのに。そこで調べてみてびっくりです。おっと、パラメーターに関する事は触れてはならない決まりでしたね」

「……何が言いたいのです?」

 キュロスは、笑う。

「おやおや、私を呼んだのは貴方ですよ。まあいいでしょう、見せてあげますよ、過去の映像を」

 白い空間が、黒と茶で塗りつぶされる。
 雷雲。広い大地。凶悪な魔物の群れ。

「きゃあああああ!」

 ミスティアークは悲鳴を上げた。

「落ち着きなさい、ここは過去の映像にすぎません。あれを御覧なさい」

 キュロスが指さした先、小汚い老人を背負った娘が、魔物の群れから逃げ惑っている。

「危ないわ! 無茶よ」

 ミスティアークは言う。何故、老人を捨てて逃げない。
 娘は叫んだ。

「もう無理、お願い、マゼラン!」

「ふがいないな、ミト。まあいい、詠唱はすんでいる。――アークゲルブグレイグ」

 その瞬間、巨大な魔法陣が現れ、老人が掲げた腕の先に小さな光の球が現れる。その小さな光の球から、巨大な雷が迸った。
 雷という残忍な獣は次々と魔物を屠る。その後には、死体すら残さない。
 魔物の群れは、見渡す限り、存在を消失していた。
 いや、まだいる。遠くの方で、巨大な魔物が何体か、まだ生きている。しかし虫の息だ。
 その中に、一際大きな魔物。

『人間か……なんだ、その桁外れの呪文は。貴様は危険すぎる……我が全力を持って倒す!』

 大きな魔物がいい、黒い球が飛んできた。
 娘は老人を背負い、逃げる。逃げる。老人が、呪文を唱え続ける。
 娘は見事逃げ切った。老人が唱える。

「――ドルバズン」

 美しく装飾された盾が現れ、娘と球の間に現れる。
 球が、爆発した。凄まじい爆音。立ち上げる土煙。しかし、ミスティアークは確信していた。娘の健在を。この勝負の結末は、既にわかっている。

「――パラドルグ」

 老人の声がして、娘が、ミトが、土煙から飛び出す。
 ミトは発光していた。パラメーターを作動しているだけではありえない、凄まじい速度だった。
 魔王に、肉薄する。駆けている間に、老人は薬らしきものを飲みほした。

「さあ、これが最後のマジックポーションだ。後戻りはできないぞ、ミト」

「上等!」

 ミトは、逃げる。逃げる。魔王と魔王の側近の爪をかいくぐる。
 全くの無傷とは言えない。少しずつ傷つけられ、ミトの動きが鈍っていく。
 しかし、マゼランの呪文詠唱の完成の方が早かった。

「――ターティカルグレイグ」

「偉大な魔術師よ、卑小な魔物の爪によって死ぬがいい!」

 赤い閃光が閃き……魔王は、倒れた。最後に、一匹の魔物を産み、ミトに一撃を与えて。

「ミト!」

 魔術師が叫ぶ。小さな魔物が魔術師を襲う。
 MPのなくなった魔術師にはなすすべもなかった。

「く……!」

 魔術師はミトに覆いかぶさる。
 ミトは、最後の力を振り絞って魔物に剣をつきたてた。
 もっとも、それは遅すぎた。小さな魔物が与えたダメージは弱い魔術師には十分すぎるものだった。
 そこで、ミスティアークは元の白い空間に戻っていた。





 ミスティアークは、茫然としていた。魔王が、たった二撃。それに、あの広範囲攻撃呪文。あれはめちゃくちゃだ。周辺の魔物を全てなぎ倒してしまった。
 マゼランの一撃は、軍の突撃を補って余りある。あの境地に、人が達する? 馬鹿な。あれは神の所業だ。

「凄い……。いえ、ありえない。なんなの、あの呪文は。王宮の魔術師でも、あんな呪文は使えないわ。それに、マジックポーション。あれは城に祭られている、神々に頂いたと言われているマジックポーション……」

 クスクスクス、とキュロスは笑った。どことなく誇らしそうだった。それもそうだろう、その大魔法使いを引っ張り出したのはミトであり、それを導いたのはキュロスなのだ。

「魔法使いマゼランが生涯を掛けて編み出した呪文です。全ての呪文が適正値一万から七千ポイント相当です。ちなみに、マジックポーションも自作ですよ。あれは中でも質の悪いものですね。以前は魔術師関連の適性は一つだったのですよ」

 ミスティアークはそれを聞いて驚愕した。それは人一人の一生分の数値ではないか!

「昔は才能に差があったと聞きます。マゼラン様はそのように多大な才能を持っていたのですか?」

 キュロスは哂う。先ほどと違い、ミスティアークを嘲笑う笑いだ。

「そう思いますか? まあ、生まれながらの巫女として生まれながら美に料理に背に力にとパラメーターを少しずつ振っている貴方にはわからないでしょうね」

 問われて、ミスティアークは戸惑った。そんな、馬鹿な。まさか。しかし、あの醜く弱い姿は。まさか、物心ついてからほとんどのパラメーターを魔術にのみ注いだというのか。この私ですら、巫女の一族の私ですら、他にもいくらか振っているというのに!
 しかし、なおも私はいい募った。

「しかし、一万ポイントなんて不可能です。赤子の時のポイント消費はどうしようもありません」

「魔法使いマゼランの一族には、五歳の時までポイントの消費を抑える特殊呪文が伝わっています。研究すれば、ポイントを左右する呪文も出来ない事はありませんよ。魔術研究に八千も振って何十年か研究すれば出来るでしょう。精進しなさい、巫女よ。陛下に話しかける祈りが通用しないのも当然の事。それもまた、適正の祈り値は一万ポイントなのですから。子供達を育てる事です。注意深くね」

 ポイントを左右する。それは神の域だ。ミスティアークは息を飲んだ。その果てしない道のりと、可能性に。

「しかし、それでは魔王を倒すのは何十年後という事になってしまいます。せめて、マゼラン様の編み出した呪文を知るすべはないのですか?」

 罠にかかった。ミスティアークは、そう感じた。それほど、キュロスの顔は抑えようのない喜びにあふれていた。

「そこで、ミスティアークさんに朗報です!」

「待つにゃー!」

 そこで、頭に毛のついた三角耳、毛皮の肌、でかい爪、長い尻尾、扇情的な胸と長い腰巻のみの服に鋭い爪をもった神が乱入して来た。
 目は大きく爛々として黒く、胸は大きい。
 ミスティアークは自らの胸に手を置く。あたしだって、巫女にさえなっていなければ胸にもう少しパラメーターを振れるのに。

「ミャロミャロス様、どうしてここへ!?」

 キュロスが驚いて問いかける。

「ずるいにゃ! ずるいにゃ! また人間に魔王を倒させて陛下を喜ばせるつもりにゃ!? あれ以来陛下はマゼランを褒めてばかりにゃ! 民はいつマゼランの隠しざい……むぐぅ」

 キュロスは慌ててミャロミャロスの口を塞いだ。
 しかし、ミスティアークは聞き逃さなかった。マゼランの隠し財産。
 呪文? ポーション? どちらにしろ、素晴らしいものに違いない。それを私の手柄に出来たら……。

「ミャロミャロス様、それは私達が直接教える事を陛下から禁じられています」

「わ、わかったにゃ。とにかく! あれ以来キュロスは出世、魔術研究の予算は鰻登りにゃ! マゼランが現れるまでは魔王退治には軍を用いて、戦士も魔法使いも弓兵も平等に活躍していたのに、ずるいにゃずるいにゃ! 今度は、戦士だけで倒すにゃ! そして予算をゲットにゃ! やるにゃ! パラメーター全振りにゃ!」

 ミャロミャロスはミスティアークを勢いよく指さして言った。

「ミャロミャロス様、さすがにそれは厳しいかと……」

「わかってるにゃ。陛下は魔術師のマゼランが好きにゃ。直接手出ししたらめっされるにゃ。マゼランには補助魔法を使わせるにゃ!」

「いや、それはまるっきりわかってないと思いますよ。それに、単体補助魔法は七千ポイントです。マゼランに覚えさせるのはもったいないですよ」

「じゃあアトルかアトラに覚えさせるにゃ! 奴らはまだパラメーター八千残ってるにゃ! でもあいつらひ弱そうにゃ。ケントにやらせるにゃ。剣道に全振りにゃ」

 ……アトラ。アトル。ケント。ミスティアークはそれを心に刻みつける。そして、マゼラン。マゼランは必ず、この者達の近くにいる。信じられない僥倖に、体が震えた。

「ああっ剣道発祥の地で使われるという刀を落としたにゃ! これを人間が使ったとしてもにゃーのせいじゃないにゃ!」

「ちょ……駄目ですよ! そこまで力添えしちゃ」

「キュロス……下級文官ごときがにゃーに意見するにゃ?」

「……っ 陛下にとがめられようと、私は知りませんからね!」

 そして、元の祭壇にミスティアークはいた。
 ミスティアークは、しばし呆然とする。

「ふ……ふふ……あはは……あははははははははははは!!」

 ミスティアークは笑う。笑う。笑う。
 降ってわいた幸運に、ミスティアークは目眩がしそうだった。
 ……絶対にこのチャンス、ものにしてやるわ。
 ミスティアークは踵を返した。



[15221] 極振りっ!4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/31 21:00


「トモヤー。アトルー。早く―」

 金髪をさらりと揺らして、アトラは言う。

「お前はいいよな、荷物持ってないから」

 俺とアトルは荷物の重さに、荒く息を吐いた。
 俺達が住むのは長屋の一部屋だ。最も、アトルは四年後には神殿入りになるだろう。
 今、俺達は何もない部屋に家具を買って運びこんでいる所だった。
 お金は給料を前借した。三人とも、別々の店で下働きをする事になる。女の事の同居生活は、孤児院の生活で慣れていた。

「ふぅー。これで全部、かな」

 家具と言っても、寝具がほとんどだ。後は少ない料理道具と、食材。これが引っ越した俺達の荷物の全てだった。

「料理には少しパラメーター振った方がいいかなぁ」

「必要ねーだろ。なんだったら俺が作るし」

 アトラの言葉に、俺が答える。

「私が作ってあげたいの! トモヤ、料理教えてよ」

「いいけど」

「本当? やったぁ!」

 アトラは喜ぶ。そばかすの散らばるその笑顔を見て、とくんと心臓が跳ねた。

「じゃあ僕は毒見役だね。楽しみだなぁ。トモヤの料理」

 アトルの穏やかな微笑みにも、とくんと心臓が跳ねる。
 おいおいおいおい、ミトの時もそうだったじゃないか。俺は自分に好意を寄せる奴ならなんでもいいのかよ? 美咲を救えるのがほぼ確実になって、気が緩んでいたみたいだ。気を引き締めないと。
 でも、全てが終わった後、アトラとアトルと平和に暮らすのもいいかもしれないな……。
 教会に回復呪文の事、申し出ずにさ。
 この時代では回復呪文の使い手は貴重みたいで、あんまり会えなくなりそうだし。

「俺も料理にパラメーター振ってないから、期待すんなよ。びんぼーな料理しかしらねーし」

 向こうでは色々料理したが、こっちと向こうでは食材が違うのだ。試行錯誤が必要だな。覚悟しろよ、アトル。
 俺は早速食材を取りだした。
 今日は初日だから、ほんの少し豪勢にしよう。親子丼風にしてみようか。たしかこっちでも似たような料理はあったはず。早速肉を味付けして炒める。脇に寄せて、取れたての卵をフライパンに割り入れる。
 料理に集中して、肉を加えようと手を伸ばした。

「……おい」

 炒めて脇に寄せておいた肉の大半が消えていた。
 アトラとアトルが満足そうに唇をぬぐった。

「いやートモヤの料理美味しいねぇ」

「次は何作るの? あっトモヤの分も残してあるよ! 三等分!」

「つまみ食い禁止! つーか料理途中だっつーの」

 俺はアトラとアトルの頭をぺちんぺちんと叩く。
 やけに肉の少ない親子丼になってしまった。しかも、ご飯がない。
 俺とした事が、うっかりしていた。しかし、アトラとアトルは喜んで食べてくれた。

「美味しいねぇ、これ美味しいねぇ」

「シスターの方がうまかったろ」

 アトルは、笑う。

「シスターは料理にパラメーター振っていたじゃない。これからはそうはいかないねってアトラと話してたんだよ」

「あ……」

 アトラとアトルのパラメーターに拘束を掛け続ける限り、あれが足りない、これが足りないという日々は続く。
 本当にいいのか? 問いかける言葉を飲み込んだ。俺には、アトラとアトルが必要なんだ。
 食事が終わったら、俺は紙とペンを引っ張り出し、呪文を書いた。
 何事かとアトラとアトルは見つめる。

「アトルにはこれを覚えてもらう」

 俺は紙を差し出した。

「読めないよ、トモヤ」

 千年前の言葉だからな。しょうがないか。

「俺が教える。これが俺の知る最高の単体回復呪文、ラグルピースだ。必要回復呪文適正は七千ポイント。やれるな?」

「うん……うん!」

 アトルはこくこくと頷いた。

「トモヤは何に使うか、決めた?」

「四年後に、会いに行かないといけない人がいるんだ。アトルにはその人を癒してもらう。その人に、会いに行く為の呪文を覚える」

「その人ってマゼラン様?」

 アトラの突拍子もない言葉に、俺は目をきょとんとさせた。

「あっなんでもない! なんでもないよ!」

 アトルがアトラの口を押さえる。

「違うよ。どうしてそうなるんだ」

 二人は躊躇した後、口を開いた。

「だ、だってトモヤって不思議な人だから。ほら、パラメーターを振っていないのになんでもちょっとずつ出来たし、わからない言葉を書けたし、呪文の事知ってたし。あ、あたしとアトル、聞いちゃったんだ。「後一万七千ポイント必要なのか」って。「ミト」とか「ミサキ」って呟く事も多くて。あたし達、ポイントの総数しらなくて、それで、何に使うんだろうって気になって。そしたら、トモヤの色んな事に気づいて。もしかして、もしかして魔法使いミト様に関係あるんじゃないかなぁって」

「一人で一万七千ポイントなんて無理だよ! だから、僕達力になれたらって。それで、魔王を……」

「思ったより、観察力があるんだな」

 俺は息を吐いて言った。小さい頃は、考えを纏める為に確かに口に出していた。小さい子ばかりだから、誰も聞いていないと思っていた。俺はなんて迂闊なのだろう。
 俺は、考え考え口を開いた。

「俺が助けたいのは美咲。以前、ミトと呼ばれていた人だ」

 アトラとアトルは、息を飲んだ。

「けれど、俺は魔王を倒さないし、ミトに倒させるつもりもない」

 二人は目を見開く。かすれた声で、アトルは呟いた。

「どう……して?」

「俺は元々魔王退治に興味はなかった。……俺は、マゼランと呼ばれていた」

「勇者様……!」

 アトラは小さく叫んだ。俺は唇を、一度ギュッと噛む。

「ミトが、無理やりさせたんだ。寒々として汚い洞窟から、無理やり連れ出した。俺に、外の世界と人のぬくもりを教えた。俺はミトの為に、魔王を倒した。こちらでも、輪廻転生の概念はあるだろう? こことは全く別の地に、俺とミトは生まれ変わった。もう、勇者と魔法使いじゃあないんだ。……そしてなによりも……生まれ変わった俺、智也はミト……美咲を憎んでいる。美咲が俺より賢いから、俺より強いから、俺より美しいから、それだけの理由で」

「トモヤが……憎んでる? ミト様を?」

 俺は頷いた。まっすぐにアトラとアトルを見れない。下を向いて、淡々と話す。

「そんな美咲に、俺は命を助けられた。美咲は今、大怪我をして苦しんでる。だから、この地へやってきた。美咲を癒す、それだけの為に。俺と美咲の生まれた所は、魔法が存在しない場所なんだ。MPも回復しない、そんな世界。その上、命を代償に使った技は、古いパラメーターだから使えないと来た。だから、こっちの世界に戻って回復呪文を覚え直してくる事が必要だった」

「トモヤは……マゼランだったんでしょう? 呪文が使えたの?」

 アトルの言葉に、俺は苦笑する。

「勇者はミトだったんだよ。そして、魔法使いがマゼラン。魔王を倒したのは剣じゃない、俺が研究した魔法だ」

 アトラが、囁く。

「命を代償にって……トモヤは、ミト様の為に一度死んだの?」

 心配そうに、アトルが言った。

「元に戻れるの?」

「死んだ命は戻らない。それでも、俺は美咲を助けたかった。だって、屈辱的じゃないか。ずっと憎んでいた相手に助けられて、もう一生その相手を、あらゆる意味で追い越す事が出来ずに長い生を生きるんだ。ずっと、ずっと、永遠に、負け犬のままで、俺は……」

「トモヤは負け犬じゃない!」

 アトラは、俺の胸に縋っていった。目には涙が滲んでいた。

「トモヤは、負け犬じゃないよ!」

 アトルが、うんうんと頷く。俺は、首を振った。わかっていない。こいつら、何もわかっていない。俺の気持ちは、俺以外誰にもわからない。
 物心つく頃から、俺は比べられ続けてきた。そして、最後には……。

「凄いわねぇ、美咲は、それに比べて、智也は……」

「あらぁ。うまく描けたわね。智也は……まぁ、智也だからね」

「凄いわね、美咲。貴方は私の自慢の子よ」

 ……俺の存在すら、目に入らなくなった。双子なのに。双子なのに。双子なのに!
 そして美咲は、俺に憎む隙を与えなかった。いつもとろい俺をいじめっ子から庇って、守ってくれた。笑顔で接した。美咲を憎む俺は、自然と悪者になった。
 自分で自分を悪だと、認識しなければならなくなった。
 吐き気がして、口元を押さえた。

「トモヤ、トモヤどうしたの? 大丈夫?」

 心配そうなアトラの声が、殊更憎かった。俺は口の端を釣りあげる。

「そんなわけで、俺はお前らの思うような勇者様じゃないんだ。魔王退治なんて、ごめんだな。自分の目的さえ達成すればいい。魔王が倒したきゃ自分でしろよ。アトラ、お前に魔王を倒した攻撃呪文を教えてやるよ。二発も当てりゃ魔王は倒せる。ミトがそうだったように、戦いの間守ってくれる戦士は自分で見つけろ。ただし、アトルが回復呪文を覚えて、美咲を治してくれた後でだ。これは、取引だ」

 吐き捨てると、俺は二人を見下して言った。

「さあ、どうする?」

 それに返って来たのは。

「トモヤ。僕は、ミト様を、ミサキを救うよ。それは世界を救う為……も少しあるけど、それだけじゃない。トモヤの為だよ」

 優しい言葉。

「わたし、魔王を倒すよ、トモヤ。だから、そんな顔しないで。ミサキもこの世界も、助かるよ」

 慰め。

 俺はどんな顔をしてるっていうんだ! 違うんだ、欲しいものはそんなものじゃない。俺は、俺は……!

「そんな目で、俺を見るな!」

 俺は、長屋を飛び出していた。
 気分は、あの交通事故の時、美咲を見捨てて逃げた時と似ていた。
 ……帰りたくない。帰りたくない。帰りたくない。
 俺は道の隅っこにより、食べた物を残らず吐きだしてしまう。

「きったねーなー。なにやってるんだよ、ほら、ハンカチ」

 クダが、話しかけてきた。よりによって。俺はその手を払いのける。

「五月蠅い」

「な! なんだよ、人がせっかく……! お前っていつもそうだよな。人の事見下してんだろ! 知ってるんだぞ、俺。俺達の事、綺麗綺麗いいながら、すっげー見下した目で見てるの! 暗号は確かにすげぇけど、それが出来るからって、なんの役に立つんだよ、そんなもの、なんの役にも立たないじゃねーか! 見下されて、嬉しい奴なんかいねーよ!」

 それは俺の胸を刺し貫いた。
 ミト。愛しながらも心のどこかで見下していた。魔法の技術は確かに世界一だった。それが出来るからと言ってなんの役にも立たない。見下される毎日。こんな奴らに。こんな魔法一つ使えない奴らに、見下される毎日。俺は。俺は。俺は。

「うわあああああああっ」

 クダに殴りかかる。クダも殴ってきた。当然、俺の方の分が悪い。
 殴り飛ばされて、俺の体は地面を滑った。

「お前なんか、もうしらねー! ケントが仲良くしてやれって言うから優しくしてやったのに……!」

 クダが、駆けていく。
 口から、自然と笑いが漏れた。笑い声は次第に大きくなっていく。涙が、次々とこぼれ出る。
 道行く人が、不思議な物を見る目で避けて通っていった。
 ああ、なんて滑稽なんだろう。認めよう。俺は、もう誇り高き魔術師じゃない。かといって、完全に生まれ変わった平凡な子ども、智也でもない。孤児院の前に捨てられたラグルなんかじゃ、もちろんない。俺は、マゼランの負の部分、残りかすに過ぎなかったのだ。
 笑いつかれて、ただ地面に横たわる。
 しばらくして、俺は立ち上がった。
 帰ろう。
 帰って、アトルに回復呪文を教えよう。
 そうして、元の世界に帰って、美咲を癒そう。
 癒した後は、アトルをこの世界に返し、今度こそ魔法の使えない平凡な子ども、智也としての人生をやり直そう。
 戸籍がなくて、どこまで生きていけるかはわからないけれど。家に忍び込んで俺の部屋へ行けば、キャッシューカード位は手に入る。
 この体が黒髪黒眼で良かった。少し顔立ちは西洋風だけど、これならばまあ溶け込めるだろう。
 アトラとアトルは勇者と僧侶として栄華を極めるがいい。しかしそれは、俺の教えた魔法なんだ。
 そして、かつていた洞窟の事を思い出す。
 ……いつか見つけて、燃やさなきゃな。何もかも。跡形もなく。
 部屋に戻った時、アトラとアトルは既に布団に入っていた。体がぴくっと動いたから、起きていないのはわかった。それでも俺が布団に入るのを、気づかないふりでいてくれた。これが、俺達が孤児院をでた初日だった。美咲を救うまであと四年。俺は、布団を頭からかぶった。


「ケントなるものが勇者として選ばれし者とは、本当か!?」

 神官に問われ、ミスティアークは艶めかしく前髪を掻きあげた。

「ええ、神々の干渉は禁じられているからと、このカタナを落とした振りをしてまで下さいました」

 ミスティアークが捧げ持った刀を、神官は震える手で受け取った。つかの部分を見て、目を見開く。

「おお……これは正しくミャロミャロス様の紋章! これがケンドーで使うという、カタナか……。よし、早速王に進言して、ケンドーというパラメーターを持つ男、ケントを探そう。ケンドーにパラメーターを全振りだな? しかし、基準が八千とは……神々は、かくも厳しい試練をお与えになるか……」

 神官が、試しに刀を鞘から抜こうとする。

――破邪の刀。使用には剣道のポイント七千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。

 神官は、目を見開いた。

「基準値は七千と出ているが?」

「ケント様の振れる値が八千と言う事ですわ」

「そうか、わかった。……しかし巫女殿、その胸と顔、言葉づかい、体の動き。まるで別人ではないか。巫女は基本的に祈りにしかステータスを振るのは許されていないはず」

 ミスティアークは、体をくねらせ、妖艶に笑う。

「あら。私もケント様に会いに行きますわ。その時、醜い顔で勇者様の前に現れるなんてできませんもの。残った全てのパラメーターを美に関する事に注ぎましたの」

 神官はため息をついた。先代の巫女は命を落とすのが早過ぎた。
 その志は、全く持ってこの巫女に受け継がれていない。
 しかし、若くして重要な信託を得た事は評価せねばならないだろう。
 神官は踵を返す。彼は気付いていて見逃した。
 巫女の目に燃え盛る野心に。巫女の邪悪に歪んだ唇に。
 勇者を見つけた事で舞い上がり、勇者に選ばれる事を狙っているのだろうと思ったから。
 しかし、巫女の野心はそんなものではなかった。

 そんなものでは、なかったのだ。



[15221] 極振りっ!5話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/02 00:05

「わー。料理長さんの料理、美味しいー」

 アトラは賄い食を頬張って言う。

「あたぼうよ。俺は料理に三千もパラメーター振ってるんだぜ。ここいらの料理屋じゃ断トツだ。料理のレパートリーが庶民的な物ばかりじゃなかったら、お貴族様にも雇ってもらえるレベルだぜ。あんたら暗号とか子どもの遊びにパラメーター全部振ったんだろ? ばっかだなぁ。あんまりシスターに迷惑かけるなよ」

「あ、でもポイント振らなくても、頑張ればそこそこ美味しい料理を作れるものだよ?」

「嘘つくな、例えばなんだ?」

「えーとね。この前の料理は親子丼で、こう、肉をいためて……」

 アトラが説明をする。料理長は、ほうほうとそれを聞き、メモをした。

「うん? この料理は……やっぱり」

 料理長が、首を傾げる。

「なんですか?」

 アトラが聞くと、料理長は訝しげな顔をして答えた。

「お前、外国人と暮らしているのか? 料理や創作料理のパラメーターだけじゃなく、日本料理とかいうパラメーターが出たぞ」

 アトラが驚く。

「そんなにいっぱいパラメーターが出るものなの? あたしが真似した時は料理のパラメーターしか出なかったけど」

「なんだ、しらねーのか。パラメーターは凄く細かく分かれていてよ。意識して欲しいと思ったパラメーターが反応すんだよ。ま、料理にふっときゃ一番間違いがねーがな」

「そうだったんだ……。日本、料理……」

 アトラは口の中で呟く。それが、トモヤの故郷の名前。
 料理長はよし、と膝を叩いた。

「ちょっくらパラメーター上げてみるかな。アトラ、その異国人からレシピたくさん貰ってこい」

 トモヤの料理が評価される。アトラは、笑顔で頷いた。
 アトラが帰ると、先に帰っていたトモヤは振りむきもせずに言った。

「お帰り」

「うん、ただいま! 料理作るの、待っててくれたんだ? つくろつくろ!」

「ああ。約束したからな。まずチャーハンを作って……」

 その日のご飯は、オムライスとかいう食べ物だった。
 アトルが溝掃除から帰ってきて、オムライスに歓声を上げた。
 トモヤは水を汲んだ桶を指し示す。

「食べる前に体を拭け。さっさとしろ。洗濯は俺がしておく」

「ありがとう、トモヤ! わー、お湯を入れてくれたんだ? 水が冷たくない」

 アトルは服を脱ぎ、体を綺麗に拭いて行く。アトラは知らん顔でオムライスをぱくついている。この程度で動揺しては、同居生活など出来ないのだ。

「さあ、召し上がれ」

「うん! ……あー、凄い美味しい!」

 アトルがオムライスを頬張ると、アトラが身を乗り出して言った。

「トモヤ、料理長が色々レシピ知りたいって」

「確かに珍しがられるかもな。似た料理はこっちにもあったと思ったが……。まあこれくらい、いいか。夕食、毎日違う料理作るようにするからその時にな」

「やったぁ!」

 アトラは弾けるような笑みを見せ、トモヤは顔を逸らした。
 アトラは知っている。この時、トモヤは照れているのだ。自分では絶対に認めようとしないが。
 食後は、回復呪文の講義だ。トモヤの言葉は酷く難しい。大魔法使い、マゼランの研究の集大成を学んでいるのだから当然だ。
 初歩の初歩の呪文学を覚えるだけでも、一苦労だ。それでも、アトラとアトルは真剣に頑張った。
 翌日も、眠い目をこすりながら、アトラは料理店へと働きに向かう。
 料理店へと入ると、料理長がアトラを見て微笑んだ。

「おう、アトラ。早速品数限定でメニューに親子丼を出して見たぜ。食ってみるか?」

「うん、食べる食べる」

 アトラは一口、親子丼を口に放り込む。その美味しさに、目を見開いた。

「凄い……全然別の料理みたい……美味しい」

 料理長は豪快に笑った。

「はっはっは。そうだろうそうだろう。俺の手にかかりゃー異国の料理もこんなもんよ」

 アトラは、改めてパラメーターの凄さに息を漏らした。何度も、何度も見てきた事だ。トモヤが剣道で体を鍛えた時、ケントはあっという間に越して行った。
 トモヤが勉強を皆に教えた時、ブールーどころか、小さな子供まであっという間にトモヤを追い越した。
 パラメーターは残酷に選択を迫る。どれを選び、どれを捨てるか。
 パラメーターを持つ者に、持たざる者は勝てはしない。
 マゼランは、きっと魔法の為に全てを捨てた。でなくば、一万ポイントも使う呪文を使えはしない。
 勇者。格好良くて、無敵で、自信満々で、快活で、誇り高く、誰にでも愛を振りまいて、女たらしで、栄光と栄華を我がものにする勇者。トモヤはそんな勇者のイメージとは無縁だ。トモヤは醜くて、努力家で、でも何一つ出来なくて、全てがどうでも良さそうなのに偏執的で、劣等感に溢れていて、その癖どこか達観して、皆を冷めた目で見ていて、なのにいつも足掻いていた。
 孤児院には子供がいっぱいいたけど、そんなのはトモヤだけだ。
 きっと本当に優れた人はそうならざるを得ないのだ。何かを成すには、パラメーターを極めねばならない。一つの事で誰にも負けなくても、それ以外ではどれほど努力しようと、誰にも勝てない。
 その、たった一つを、トモヤはたった一人の為に使うという。それは人生の全てを捧げると言っている事に等しい。
 トモヤがそれほどまでに全てを捧げる人は、トモヤが全部を賭けるほど愛しくて憎い人はどんな人なのだろうか。
 ぎゅっと拳を握る。トモヤは、アトラとアトルの事だって信じてくれた。でなくばあんな過去、話してくれるはずがない。
 全てを捨てさえすれば、パラメーターが極められるわけではない。パラメーターを上げるにはイメージが必要だ。想像すらできない場所に、人はたどり着けない。でも、アトラはそこへ行ける。トモヤが導いてくれる。
 私もなろう。勇者に。足掻いて、足掻いて、足掻いて、醜くて、偏執的な、勇者に。
料理長、今は、自慢そうに笑っているといい。私はいずれ、貴方の上を行くのだから。
 微笑むアトラに、料理長は何も気づかず微笑み返した。














「ケント。まず、武官の心得をいい渡そう。下級とはいえ、我らは兵ではなく官だ。民に示しがつくよう、見た目も整えなければならない。美や礼儀作法に百ずつパラメーターを振ってもらう。式典の時に使うフィリア流剣術も五百、用兵や書類作業に計五百、計千ニ百のパラメーターを使う事になる。それと、当然得意な武術だな。緑武官はそれが一番重要だ。ま、お前は問題ないな。唯一試験管を倒した男だからな」

 城の一室で、緑の制服を着たダンディという表現を体現したかのような男が、ケントに同じ緑色の制服を渡して言った。

「緑武官なのに使うパラメーター結構多いんだな」

「緑武官は雑用と他の武官の護衛を司る官だ。どこでも行くし、雑用もするからオールマイティーに出来なきゃ不味いんだよ。闇武官なんかは、戦い一辺倒だがな。あれは王族を守る為なら何でもする、パラメーター三千越えの戦闘狂共の集まりだから」

「俺もそっちに行きたかったかも」

 男は、ケントの言葉を聞き噴き出す。

「それは無理だな。闇武官は子どもの時からパラメーター管理されて育っているんだ。強さの面でも、信用の面でも、お前ごときが入れるものではない。さあ、美にパラメーターを振ってみろ。俺が格好良くなるように指導してやる。最も、美形で有名なアシュラク孤児院の奴にそんな指導はいらんのかもしれないがな」

「いや、頼む」

「そうか、じゃあ、手始めに格好よさに振ってみろ。想像するんだ。その癖っ毛がサラサラの様子を」

 ケントがまさにパラメーターを振ろうとした時、扉がバタンと開いた。

「待った―! ケント、いや、勇者様、パラメーターを振ってはなりません!」

 蒼の制服姿の若い男が息を切らせて走ってきた。斥候・情報処理専門の蒼武官だ。

 ケントが勇者様と言われ、首を傾げた。

「勇者様? 何を言ってる」

「勇者様、一つ聞きます。貴方の残りパラメーターにケンドーの値を足すと、八千になりますか?」

 緑武官が笑う。

「おいおい、そんなべらぼうな数値、あるわけないだろう。闇武官ですら三千なのに」

「だいたいそれくらいになるな。そこまでケンドーのみに振るつもりはないし、振れないだろうけど。今二千振ってて、五千まで振ったらそこで打ち止めにするつもりだ」

 緑武官は、頬をひきつらせた。

「おいおい……八千だぞ!? 何を言っているんだ、嘘をつくなよ」

「いいえ。残り全てのパラメーターをケンドーに振ってください、振るようにとの、神ミャロミャロス様からのお達しです。それで、魔王を倒せと……」

「魔……王、を? 俺が……勇者? それで、仲間の魔法使いは?」

 ケントが懐疑的に問う。蒼武官は、息を整えながら問い返した。

「仲間の魔法使い、とは?」

「勇者マゼラン様でさえ、魔法使いミト様を連れて行った。俺には剣士だけで魔王を倒せるとは思えないんだが」

「そのような事、聞いていませんが……とにかく、神官様の元へ。剣道に使う武器、カタナを持ってお待ちです」

 ケントは、とりあえず蒼武官について行く。
 奥に行くにつれ、ケントは顔を青ざめさせた。こんな所まで入っていいのだろうか?
 城の最奥にある祭壇で待たされ、しばらくして最高司祭が現れた。ケントは、慌てて平伏する。

「そのように畏まらずともいいのです、勇者様。急に言われても信じられないでしょう。しかし、このカタナをご覧ください。ミャロミャロス様は、貴方にこのカタナを持って魔王を倒すようにと言われました。鞘からお抜き下さい」

――破邪の刀。使用には剣道のポイント五千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。

「確かに、これは……俺が、勇者? 俺が? ……マゼラン様、みたいに?」

 ケントは、激しく戸惑う。

「でも俺は、武官になって……。武官になるには、見た目とかも必要だって」

「貴方様は今度お生まれになる王族の闇武官に任命されます。それならば問題はありません。早速、残りパラメーターをお振り下さい。どんなに早くやっても、魔王退治まで後四年掛かってしまいます。準備は早いに越したことはありません」

 闇武官になれる、という言葉が決め手だった。

「振れるだけ振ってみます」

 カタナを握る。それで邪悪なもの、魔王を切るイメージを幻視する。
 その刀は酷く手になじんだ。頭の中に声が響く。
――剣道にパラメーターを振りますか?
 ケントは、出来うる限りのパラメーターを剣道に突っ込んだ。
 体の節々が作りかえられる痛みに悲鳴を上げる。
 振れたパラメーターは、千。
 ケントが跪いた事で言葉通りパラメーターを振った事を知った最高司祭は、慈愛あふれる瞳で微笑んだ。

「それでいい。体に負担をかけない範囲で上げて行きましょう。貴方の部屋は新しいものを用意します」

「はい、最高司祭様」

 ケントは蒼武官に案内され、新しい部屋に移った。豪勢な部屋だった。
 貴族と接する事もあったケントにはわかる。調度品の一つ一つが孤児院の一年の経営費にも匹敵するものだと。
 その部屋のベッドに、横たわる者がいた。艶めかしい美女だった。

「お待ちしておりましたわ。ケント様」

「勇者ってすごいな……」

 しかし、ケントは見逃さなかった。自分を見て、一瞬眉が顰められたのを。
 ケントは醜い。美にパラメーターを振っていなかったから。たった今振る所だったのだが。それは許されそうにない。
 美女は、ゆっくりと立ち上がっていった。

「私は、巫女のミスティアーク。ミスティと御呼び下さいませ。ケント様にお話がありますの。実は神託はあれだけじゃありませんでしたの。アトラとアトルと言う名前をご存じ?」

 ケントの心に、警鐘がなっていた。トモヤが、過去に言っていた事があった。

「綺麗なのは、他に何もできない証拠だよ」

 巫女の美は確かに大したことがないが、それでも平均より美しい事に変わりはない。
 プロフェッショナルにしては、あまりにも美しすぎる。
 ……偽物だな。ケントは断じた。

「さあ、知らないな」

 巫女の表情が歪む。

「そんな、そんなはずはありませんわ。よく思い出して、ケント様」

 巫女はケントにしなだれかかる。
 ケントは巫女を押し戻した。武官に内定したケントは孤児院でもてていた。
 あの孤児院で、だ。この程度の誘惑、跳ねのけられないケントではない。

「大体、なんの神託だというんだ」

「貴方の近くに、アトラとアトル、そして魔法使いマゼラン様がいるはずなのです。そして、アトラとアトルのどちらかに補助呪文を覚えさせてケント様を強化し、魔王を倒させよとのミャロミャロス様のご神託です」

 魔法使いマゼラン。ケントの脳裏にそっぽを向いたトモヤの顔が映った。
 色んな事を誰にも教えられず知っていたトモヤ。トモヤが、寝言で呟いていた事がある。「回復呪文に七千ポイント……」と。それに、ブール―も言っていた。暗号解読に振ったなんて嘘だと。ブール―はパラメーターを陰謀に振っていたから、ブール―の言葉はまず間違いがない。
 トモヤはこうも言っていた。マゼランは戻って来ない。その代り、弟子に託す。
 ミスティアークの言っている事は事実のように思う。盗み聞きでもしたのか?

「その神託については、俺から最高司祭様に聞いてみよう」

「あら! 私の事が信じられないと言いますの? どのみち、最高司祭様はお忙しいわ」

 ミスティアークは大きな胸を押しつけてくる。甘い微笑み。その媚の裏にある焦りを、ケントは見逃さない。

「お前……」

「これはこれは、綺麗なお嬢さんですね」

 その時、ブール―が歓声を上げて入ってくる。

「何の話か聞いてもいいでしょうか?」

「ブール―、いい所に。こいつ、巫女を名乗ってるんだけどよ、怪しいんだ。アトラとアトル、魔法使いマゼランを探してるんだってよ」

「アトラとアトル! 知っていますよ。私の友人ですから。それがどうかしましたか? 巫女様」

 ブール―が来た時も眉を顰めた巫女は、アトラとアトルの事を聞いてぱっとブール―の手を取った。

「まあ、素敵! これは機密なので言えないですが、どうかアトラとアトルに会わせて欲しいのです」

「それは難しいですよ。ここだけの話、アトラとアトルは、後一人トモヤという人間と、さるお方に弟子入りしているのです。名前は名乗ってもらえなかったのでわかりませんが」

「さるお方! きっとそれがマゼラン様ですわ。実は、神から最高司祭様にも内密の神託が下っていますの。ぜひ、秘密裏に会わせて下さい」

 ブール―は、さも残念そうに首を振る。

「こんなにも美しい巫女様の言う事なら、ぜひ聞いて差し上げたいのですが……さるお方は三人を置いて旅立ってしまわれて……帰ってくるのに四年は掛かるのです。用件を先に聞く事はできないでしょうか? 私でも何か力になれるかもしれません」

「四年も……!」

 ミスティアークは唇をかんだ。しかし、すぐに気を取り直す。

「では、帰ってきたらすぐ私、ミスティアークにご連絡くださいませ。ケント様、ブール―様、この部屋での話はどうか内密に」

 ミスティアークは、部屋を出て行く。ケントはすぐにブール―を問いただした。

「ブール―! アトラとアトルの事を言うなんて……!」

「声を抑えて。あれぐらい、調べればすぐにわかる事です。大事なのは、トモヤの事をばれないようにする事」

 ケントは、小さな声で言った。

「トモヤはやっぱり……」

 ブール―が深く頷く。

「マゼラン様でしょうね。おかしいと思っていたのです。魔法使いミト様が何故自分の名を呼ぶのかと。魔法使いがマゼラン様で、勇者がミト様なら話は簡単です。そして、恐らくミト様もミサキとしてどこかにいらっしゃる。……大怪我を負って」

 ブール―の推理に、ケントは頷いた。そして、苦々しく吐きだす。

「あの巫女を名乗る女、何なんだ? トモヤに何かしようとしているのか?」

「あれは本物の巫女ですよ。ただし、何かを企んでいます。トモヤの居場所を知らせればトモヤが危ない。『陰謀』で読みとった所、命の危険すら感じました。何を巫女に吹きこまれました? 事情を説明して下さい」

「俺が勇者だって言ってた。それで、アトラかアトルに補助呪文を覚えさせて、それで魔王を倒せってよ。ミャロミャロス様のご命令だって。賜ったとかいうカタナは本物だった。必要パラメーターが七千必要なもんを、そう簡単には作れないだろ」

「トモヤに相談するのが一番なのでしょうが……あの破滅志向ですからね……。やけにならなければいいのですが」

「だよなぁ。思い通りにされるくらいなら死を選びかねないよな、あいつは。どうする? 最高司祭様には伝えておくか?」

「まさか。そうなれば放置なんて出来るはずがないでしょう。トモヤの精神状態は危うい。それに、一つ気になる事があるんです」

「なんだ?」

「現在のパラメーターは、昔の物を細かく枝分かれさせたものなんです。つまり、昔と同じ強さの魔術師に対抗するには、今の魔術師数人が必要なんです」

「あー……。トモヤが欲しがってたのって、移動呪文と回復呪文だっけ?」

「そして、魔術の種類は攻撃、補助、防御、回復でしたね。移動呪文は恐らく昔のものでしょう。現在には存在しません」

「攻撃、補助、防御の戦闘系呪文で三人分のパラメーター、使いきれるな……」

 ケントとブール―は黙る。二人は、重要な選択に迫られていた。
 友か、世界か。

「迷うまでもありません。トモヤを無理やり動かそうとすれば、必ず失敗するでしょう。下手をすると、アトラとアトルへの補助呪文の継承すら失敗するかもしれません。あの巫女が嘘をついているのでなければ、補助呪文があれば魔王を倒せるのです。ミャロミャロス様を、信じましょう。仮にも神様なのですから。後で傷が癒えたミト様も魔王退治に来てくれるかもしれませんし」

「そうだな。ミト様は、あのトモヤとパーティーを組めた人だからな。ここは任せて、補助呪文だけ教えといてくれって言っとく。それならトモヤもやけにならないだろ」

「しかし、私達が直接行けばつけられる可能性もあります」

 そこで、バタバタと足音がして、クダが走り込んできた。

「なあ! ケントが勇者って本当か!? 魔王退治、俺も連れて行ってくれよ!!」

「クダ、ナイスタイミング」

 ブール―は、微笑んだ。










 

「つまり、皆にばれてたんだな……よく放置されてたな、俺」

 俺はため息を吐いて言う。クダが来た時には気まずかったが、そんな事を考えている暇はなくなった。

「ケントやブール―も知ってたんだ……」

 アトラが、クダにお茶を出しながら言った。

「なあ、嘘だろ? トモヤなんかが憧れの勇者だなんてよ」

 クダが、懐疑的な瞳で俺を見る。

「なぁ、魔王退治ってどうだったんだ? 魔王を退治したってのが本当なら、わかるだろ? 王子様にあったのか?」

 期待と不安を込めた声で、問う。

「どこの馬の骨とも知らない奴が、王子様なんかにあえるはずがないだろう。魔王退治もあっけなかったよ。広範囲攻撃呪文を使って、単体攻撃呪文を使って、魔王と刺し違えて、終わり。極振りしてたからミトはともかく、俺は醜かったしな」

「攻撃呪文? 剣じゃないのか?」

 クダは驚きの声を上げる。

「ああ、ついでに言うとミトは魔法以外のパラメーターに均等振りしていたから、剣は上手かったけどケントほどじゃなかったよ。その代りなんでも出来たけどな」

「……なあ、魔法だったらばばーんと二発で倒せるんだろ? なんでケントで、なんでケンドーなんだ?」

「そうなんだよね、僕、心配だよ……。僕とトモヤのパラメーターの使い道は決まってる。後はアトラしかいない。それに、僕達にはトモヤがいるけど、ケントはどうやってケンドーのパラメーターを上げるの? 強い敵と戦うなり、剣道の奥義を誰かから習うなりしないと、パラメーターを上げる選択肢事態でないでしょ」

「わからない……。けど、神様の言う事には従わないとな。神様の言う事だから、嘘ってこたないだろ」

 俺が言うと、皆頷いた。アトラが、残念そうに言う。

「トモヤ、トモヤの後を継いで、攻撃呪文を覚えたかったよ」

 仕方ない、超特急でパラメーターを振り始めるか。

「ブール―が城の方は任せろってさ。陰謀っていっぱい上げれば特定の秘密に気付きにくくさせる事が出来るんだとよ。後、陰謀にパラメーター計四千ほど振っとくって。それだけありゃ大丈夫だろ。あーあ、それにしてもトモヤがパラメーター温存していて勇者かぁ。そりゃ周囲を見下すわ。返せよ。俺の憧れ。どうせ魔王退治なんてしねーだろう、お前」

「わかってるじゃないか」

「どうせ俺は落ちこぼれだよ。極振りしてないのは俺だけだ。精々、笑えばいいだろ」

「クダ」

「なんだよ?」

「俺は、マゼランの時も今も、ずっと見下され続けてる。極振りって、そう言う事だ。俺にはそれ以外何にもない」

「いいじゃねーか、それでも。俺は、拠り所になるたった一つが欲しかったよ。ケント、勇者になるだけじゃなくて、側室に新しく生まれる王族の護衛になれるんだってよ。最高の栄誉じゃねーか」

 俺は、苦笑した。

「そう上手く行くかな。俺達は、一つの事以外何もできない孤児院出だ」

「なんだよ、やっぱりトモヤはトモヤだよな! 素直にケントを応援しろよ。じゃあ、俺は確かに伝えたからな」

 クダが乱暴に席を立つ。やはり、俺とクダは合わないようだ。



[15221] 極振りっ!6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/04 21:30



 孤児院出の子供達の会談から数カ月、王子が生誕した。
 国は喜びに沸き、祝いの儀式が行われる。
 ケントも、もちろんその祝いの儀式に参加する。
 民が城の外に集まり、口々に王子への祝いの言葉を述べる。
 そして祭壇の前では、神官達が集まり、王子の為に特別に選ばれた武官や文官が忠誠を誓っていくのを見守るのだ。
 ケントは、勇者の特権を駆使し、特別に願い出てシスターと俺達同期の孤児院のメンバーを呼んでいた。もちろん、監視は付いているが、特例として許可してもらった。
 なんでか祭壇の横に立つ妖艶な巫女に舐めるような眼で見られていて居心地が悪いが、参列させてもらったのが名誉な事に変わりはない。
 闇武官は、武術さえ出来ればいいと銘打ちながら、皆美形で状況に合わせて礼儀正しく振舞え、声もよく通り、頭脳面にもパラメーターを振っていた。
 ケントは、苦肉の策として、仮面をして、他の闇武官に囲まれる形で立つ事になった。
 それでも、ケントは喜んで俺達に事の次第を報告してくれた。
 俺達やケントの位置からでは見る事すらできない小さな赤子。
 それがこの国を背負って立つ王子であり、ケントの主なのだ。
 先輩闇武官達のしごきに堪えて来た甲斐があると、儀式の開始前、ケントは胸を張って言った。

「闇武官達よ。王子殿下バークレイ・ザード・ラ・セルシュ・キストランに忠誠を誓うか?」

「はい。王子殿下に忠誠を誓……「断る」」

 ケントが返事をしようとした時、突如、闇武官が剣を抜き去った。
 闇武官が激しく発光する。
 ケントはとっさに王子の前に立ち塞がる。
 一閃。
 激しい金属音がした。

「きゃあああああ!」

 巫女が悲鳴を上げて逃げる。

「王子に何をする!」

「ケントさん、伝統あるフィリア流剣術と得体のしれないケンドー、どちらが上か勝負しましょう?」

 ケントの問いに、闇武官の一人が好戦的に微笑んだ。

「ケント!」

 アトラが叫ぶ。

「ケント! やめろ、この!」

「ここはいい! 王子を避難させろ、クダ!」

 クダが監視をなぎ倒し、王子を抱き上げて走る。
 その姿は人ごみに紛れてすぐに見えなくなった。
 パラメーター、かくれんぼだ。
 闇武官達が切り合いを始める。ケントは戦いながら、必死でパラメーターを振れるだけ振っていく。視界を邪魔する仮面はすぐにはぎとった。実践の多対多は初めてだ。幸い、パラメーターを振る選択肢は現れた。
 女の闇武官が、蒼武官の一人の足を突き刺した。

「貴方、クダとかいう方を探してくださいませ」

「わ、私は、王子に忠誠を誓いっぐっ」

「私、気が短いんですの。教えてくれますの? どうですの?」

 足を次々と突き刺され、蒼武官は屈服する。

「あ、あそこ……」

 蒼武官は探索のスペシャリストだ。対してクダのパラメーターは子どもの遊び。探索パラメーターを発動すると、すぐに場所がわかった。蒼武官が指さした先の淡い光を、闇武官は切り払った。そこにいた神官達も纏めて。
 クダが背を切り払われ、倒れる。

「王子様は、やらせねぇ!」

 クダが、王子に覆いかぶさった。

「クダ!」

 ケントは体が書き換えられる痛みに耐えながら、闇武官と切り結ぶ。
 光り輝き、剣が舞う絢爛なその様子。
 王子側でケント以外の闇武官が全て切られ、ケントの方に新たなる敵が向かう。
 ここに至って、ようやく俺は硬直から脱した。

「アトラ! 行け!」

 皆が、あっけにとられて俺を見た。なんだよ、そんなに俺の事を信用していないのか。

「――ラトドルグ!」

 弱単体強化呪文だ。それがケントに掛かる。ケントの動きが、目に見えて早くなった。一人、二人と倒していく。それでもクダを救うには遅すぎた。
 闇武官の剣が、緑の制服を貫き……。

「緑武官をなめんなぁぁ!」

 血を吐きながら、緑武官が剣を振るう。

「――ラトドルグ!」

 アトラが、緑武官に呪文を掛ける。

「――バグピース!」

 アトルが、緑武官に癒しの呪文を掛ける。
 ケントが、闇武官達を倒し、クダを救出に行く。
 女の闇武官が緑武官を切り払う。蹲るクダに、一突き……。
 ケントが、背後から闇武官を切り払い……。
 俺ははらはらとその様を見ていた。見ている以外、何もできない。
 他の武官は闇武官に切られたか茫然と見ているかだ。
 クダと王子に癒しの呪文を掛ける。アトラのMPはそれで打ち止めだ。

「殿下! クダ! 大丈夫なのか!?」

「傷は、とりあえず見えなくなったけど……起きてよ、クダ!」

 俺はそこでようやく駆けより、術の掛かり具合を見た。

「大丈夫だ。後遺症もないはずだ」

「良かったぁ……」

 ブール―が、怒りの表情で女の闇武官の胸倉をつかんだ。
 その時、神官達に守られて部屋の隅に下がっていた最高司祭が、声を張り上げる。

「皆さん、動いてはなりません! 紅武官、反逆者どもの拘束を。闇文官を呼んできなさい! 今、陛下の闇武官の半数が来ます」

 紅武官は逮捕、処刑を司る武官で、闇文官は陰謀を張り巡らす政治の暗部と言われている。闇文官が罪人の尋問に直接出るのは珍しい。王子暗殺だから当たり前か。

「そこのお嬢さん、強力な回復呪文を使えるのか! 回復を手伝ってくれ!」

「ごめんなさい、威力特化だからMPがもうないの」

「国宝のポーションがここに数本あります。アトラ、貴方は治癒を」

 最高司祭がアトラに話しかける。

「さ、最高司祭様。どうして、私の名を……」

「ケントの友を儀式の場に呼ぶように予め神託があったのです。ミャロミャロス様のお言葉に従ってよかった。お陰で、こうして殿下を救う事が出来ました」

「ミャロミャロス様が……」

 アトラは茫然とつぶやく。

「やっと会えましたわね、アトラ様、アトル様。私はミスティアーク。ミスティと御呼び下さい」

 巫女が艶めかしい体を見せつけるように挨拶をした。
 最高司祭がそれを咎めようとしたその時、闇文官が声を上げる。

「最高司祭様! この者達、恐らく我らより多いパラメーターの陰謀で守られております」

 最高司祭は眉を顰めた。

「フルパワーでパラメーターを使いなさい」

「はっ」

 ブール―は、祭壇付近の喧騒には全く我関せずで、闇武官を尋問する。

「犯人は誰だ! 正妃様か!? 違うな……しかし、妃のうち一人だ。第三妃か!? 第三妃も身ごもってらっしゃるだと!?」

 ブール―は相手が答えていない事を聞き返す。恐らく、陰謀を使っている。それををフルパワーで攻撃に使っているのだ。しかし、陰謀は同時に二つの事を出来るのだろうか。これは、まずいんじゃ……。
 俺がブール―に一言忠告しようとした時だった。

「今、何と言いました?」

 最高司祭が、ブール―に問うのと。

「ミスティアーク様! 何かを隠していらっしゃいますね!? これは……ケント様に関する事……魔王退治についての話で嘘を!?」

 闇文官がミスティアークを問いただすのは同時だった。
 急いでブール―は陰謀を防御に回す。
 最高司祭は、ため息をついた。

「ミスティアーク。じっくりと話を聞かねばならないようですね」

「嫌ですわ、最高司祭様。私を疑うと言いますの!? 私は嘘をついてなどいません」

「ただ、全てを言わなかっただけ。それも、かなりの事を。最高司祭様……」

「闇武官、ミスティアークを別室に連れて尋問を。蒼武官は第三妃の調査を。ブール―、貴方には闇文官と共に尋問を続けてもらいましょう。ケント、お友達の方々には泊ってもらいなさい。貴方の忠誠心、確かに証明されました。これからは王子から決して離れずついているように」

「しかし、最高司祭様。今日だって無理を言って休みを貰ったんです。二日続けて休んだら……」

「貴方達は王子暗殺事件の関係者なのですよ? 二日で済むはずがないでしょう。私から通達を出すので心配は要りません」

「は」

 ケントは頷き、俺達に向かって頭を下げた。
 部屋に案内され、豪勢な食事を供される。

「すっげー! これ全部食っていいのか!?」

 クダが歓声を上げる。

「貴方方は殿下をお救い下さいました。当然の事です」

 給仕がにこりと微笑んでワインを差し出した。

「その割には給仕が闇文官なんだな」

 俺が問うと給仕が再度微笑み、アトラとアトルは驚いて給仕を見る。

「どうか、話をお聞かせ下さい。王子暗殺に関係がないというのならば。硬くならずに結構です。肩の力を抜いて私と歓談して下されば、私が全て見抜きます」

 アトラとアトル、俺は互いの顔を見合う。ブール―の陰謀を信じよう。
 クダはというと、食べ物に夢中だった。

「まず、アトラさまは補助呪文の使い手。そうですね? 先ほどの戦い、凄かった。形勢不利な戦いを、あっという間にひっくり返しましたね」

「はい、そうです」

「そして、アトルさまは回復呪文の使い手。あのような強力な回復呪文の使い手。城にすらいない」

「ありがとうございます」

「クダさんは、美貌とかくれんぼにパラメーターを? 他に特別なものはお持ちですか?」

「俺は落ちこぼれだからねぇよ」

 ふてくされるクダに、闇文官は微笑む。

「殿下を直接お救いしたのは貴方です。貴方は自分を誇っていい」

「そ、そうだよな! いやー、やっぱ俺ってすげぇな!」

「そして、貴方は……」

「俺は言うつもりはない」

 闇文官は、食事の手を止めてじっと俺を見る。

「頑なな拒絶……ですね。何故、それほどまでに嫌がるのですか?」

「そちらには関係ない。そもそも、パラメーターに関する事を人にあれこれ聞くのはマナー違反だ。俺は王子殿下には関係ない。興味もない」

「なんて事言うんだよ!?」

 クダが怒るが、俺は肩をすくめた。

「まあまあ、そう怒らずに。しかし、孤児院出の貴方達が何故そんな技術を?」

 アトラが言った。

「さる尊いお方に教えてもらいました。その方が誰かは言えません」

 アトルが、後を追って頷く。

「トモヤじゃないけど、パラメーターについての質問は王子殿下に関係ないのでは?」

 闇文官は少し驚いた顔をした。

「これは、私とした事が。貴方達が孤児院出という事を忘れていました。強力な魔術師は、国で接収する事になっているのですよ。これは面接でもあります」

「は?」

 俺は思わず間抜けな声を上げる。

「あ、はい。四年後に就職させて頂きたいと思います」

 アトルが言うが、闇文官は首を振った。

「貴方のような強力な回復呪文の使い手、すぐに賊に浚われてしまいますよ。他国も出てくるかもしれません。回復呪文を使えるという事はそういう事です。貴方の治癒はそういうレベルであり、既に貴方の護衛の選抜やスケジュールが練られています。アトラさんもです」

「私も!?」

「でも、僕はさるお方と四年後に必ず力をお貸しすると約束したのです」

 アトルはなおも言い募る。

「それは秘密にしなければならない事ですか?」

 俺達は黙った。

「アトルさん、貴方にプライベートはもうないのです」

「そんな! そんなのめちゃくちゃです!」

 アトラが立ち上がる。
 その時、バタバタと走る音がして、神官達が入ってきた。

「トモヤさん! トモヤさんは攻撃呪文の使い手ですか!?」

 俺は首を振る。

「え、違うけど。アトラが覚えようとしてたけど、ミャロミャロス様が補助呪文を覚えるように言っていたそうだから」

「残りパラメーターは!?」

「まだ得ていないものを含めて3000だけど」

 神官は崩れ落ちる。

「ミスティアーク……貴方はなんて事を……! 後はマゼラン様が四年後に戻ってくる事を期待するしか……」

「ん? マゼラン様はパラメーターシステム変わったから攻撃呪文使えないぞ」

「なんと……! ではケントか、マゼランの財宝に賭けるしかないのか!」

「じゃあ、俺は無関係だし、行くぞ。アトル、四年後に力を貸してくれ。監視ついていてもいいから」

「う、うん。わかった。仕方ないね。じゃあね、トモヤ」

 雲行きが怪しくなってきたので、俺はどさくさに紛れて帰る事にした。
 アトルも一緒に帰りたかったが、さすがに誘拐されるとあっては連れていけない。
 回復呪文の使い手は昔はそう珍しいものではなかったから、そんな事情があるなどと思いもしなかった。
 俺は家に帰ると、一人ため息をついた。
 四年後、本当にアトルを借りる事が出来るかどうか。
 もしもの時の為の手段を考えておいた方がいいかもしれない。
 それに、俺の財宝ってなんだ。そんなものまで狙われていたのか。あれは全て燃やしてしまおう。何があったっけ。呪文書と、マジックポーションと……スク……ロール……。
 そうだ! 呪文を封じ込めたスクロール、それを使えばアトルの力を借りずとも美咲を助ける事が出来る! 俺はなんでこんな大切な事を忘れていたんだ!
 四年間、一生懸命お金を溜めて旅をする準備をしよう。
 一応ケントにも四年後の協力を頼んでおくか。



[15221] 極振りっ!7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/05 23:20

「アトラの家はここか?」

「アトラは神殿の方に来ましたよ」

 体格のいい髭面の親父が訪ねてきたので、俺は答える。

「じゃあ、アトラと一緒に暮らしてるってのはお前だな。アトラがいなくなって、新メニューを教えてくれる人がいなくなってな。直接聞きに来たってわけだ。それに、俺とした事が今までの新メニューのお礼をしてなかったからな。お前、俺に雇われないか? 仕事は一緒にメニューを思考錯誤する事だ。給料は弾むぜ? それとは別に今までのメニュー代を払わせてもらう」

 男は髭面をニコリとさせた。この人、料理長か。アトラから、いい人だという事は聞いていた。

「今行っている洗濯屋の後で良かったら……」

「ああ、わかってる。シスターが頭下げて就職させてくれたんだからな。勝手に断るわけにはいかねぇだろ。さ、早速今日から来いよ。皆日替わりメニューを楽しみにしてんだ。明後日のメニューを考えなきゃな」

 親父は頷き、俺を連れていく。
 店は大きくて清潔だった。孤児院出でパラメーターのない俺達が、こんな所に雇われる事が出来るなんて信じられなかった。アトラは女の子だから、シスター、頑張ってくれたんだな。

「さあ、何を作る?」

「材料がいっぱいあるので、シチューという料理が作れるか試してもいいですか?」

「おう、細かく説明してくれれば俺が創作料理でなんとかするからどんどんやってくれ」

 俺はラグーの粉とバターを炒め、ミル乳を入れる。

「粉を炒めるのか? なるほどな」

 俺は適当に具を入れて、煮込む。料理長が同じ事をするが、手つきが全く違う。

「お。パラメーターが振れるな」

 料理長の腕が光り、その光が鍋に移ってくる。
 料理を作ると、最初の一口を俺に食べさせてくれた。初めて食べる味だった。こんな上手いもの、食べた事がない。城ですらも。

「どうだ、美味いだろう」

「はい、とても」

 俺は掻き込むように食べた。

「うん、まあまあの出来だな。早速明後日の限定メニューに出すか。洗濯屋の休日に遊びに来いよ。俺の一番得意な帝国料理をごちそうしてやるよ。それと、今日から弁当を持たせてやる。朝食と夕食作る暇、もうねーだろ」

「はい!」

 俺は満腹の腹を抱えて家に帰った。
 誰もいない部屋。俺はたった一人だ。
 寂しいとは思わない。けれど、退屈だと思った。
 翌日、洗濯屋の仕事を終えた帰りに地図を買った。
 この世界の地図は酷く大雑把だ。町の位置が大まかに描いてあるだけ。村の位置は描かれていない。地図は軍事にも使えるから当たり前なんだけど。
 俺は地図を眺めて必死で記憶を引っ張り出す。
 マゼランの時の記憶は、地図を持ったミトに引っ張り回される記憶ばかりだ。
 夢のような記憶。やめろ、考えるな。俺はもうマゼランじゃない。
 地図を見つめ、俺は見知った名を一つ二つ見つけた。見知った名を線で結び、その逆方向に指を滑らせる。
 森の絵に、洞窟と竜と髑髏のマークが描いてあった。
 俺のいない間に何があった。
 え、俺の家、竜に占領されてるのか!? そんな馬鹿な。俺、攻撃呪文使えないぞ。
 やっぱりケントに力を借りないと駄目だな。
 アトルよりは力を借りやすいだろう。いや、闇武官って王子から離れていて大丈夫なのか。
 両方無理だったらどうしよう。自殺行為だけど、なんとか竜をすり抜けていけるかやってみるか。
 俺が悩んでいると、来客があった。

「トモヤさん、最高司祭様の命によりお迎えにあがりました」

「少し待って下さい」

 俺は窓から出て、走り出した。
 緑武官が凄まじいスピードで走ってきて、捕まる。

「何をする! 俺は関係ないって言っただろう!」

「ケントのご友人は皆王子殿下の助けとなりました、貴方もマゼラン様の弟子、必ずあの場所にいた意味があるはずです」

「無い無い無い」

「ケント様は暗号の解読がうまいとか。ミト様の残した手記をどうか解読して下さい」

「ミトの手記? ああ、日記か。そういえばこそこそ書いていたな」

「は?」

「いや、なんでもない。プライバシーに干渉する必要はない」

 俺が断ると、緑神官は俺を担いだ。

「ちょっ行かないって言ってるだろ!」

「そんな事を言っている場合ではないのです。せめて、魔王を倒した攻撃呪文を何としても探し出さないと。これは最高神官様のご命令なのです」

 俺は担がれて城へ向かう。
 城門から入ると、王子殿下を抱き、仮面をしたケントが走ってきた。

「トモヤ! 待ってたぜ」

「うわあああああ赤ちゃん持って走るな! 何やってるんだよケント!」

「お前、ここはもういいから。俺はトモヤと二人で話す。作業室には俺が連れていく」

「必ずだぞ、ケント」

 俺とケントは応接間に向かう。ケントは、ソファーに座ると王子殿下をあやしながらため息をついた。

「いや、参った参った。忠誠を誓う儀式の時に邪魔が入ったろ? 王子に忠誠を誓った他の闇武官は入院中だし、忠誠の儀式って闇武官が最初だから……。今、王子直属の部下が俺一人なんだ。第二妃は凄く身分が低いし直属の部下が実質俺一人、第三妃は王子暗殺だろ。で、正妃には子供がいない。その上勇者騒ぎで今権力闘争勃発寸前なんだ。信頼できる侍女もまだ見つからなくて、俺が面倒みるむちゃっぷり」

「だ……大丈夫なのか」

「ブール―がいるからな。昨日、状況を分析して教えてもらった。トモヤ、悪いけど、なんとか攻撃呪文、教えてもらえないかな。その為に城がピリピリしてるんだ。俺の事も勇者勇者って崇めてたくせにあっという間に手の平返してさ。どいつもこいつも呪文を探せ、マゼランの残した財宝を探せって」

「……仕方ない、か。俺の研究成果は渡さないけど、攻撃呪文ぐらいなら、な。その代り、こちらも頼みがある。四年後、俺は旅に出る。それについてきて欲しい」

 ケントは、身を乗り出した。

「魔王退治か?」

「いや、例の用事だ」

 ケントは、椅子に背を預ける。

「あーあ、トモヤはそうだよなぁ。いいよ、魔王は俺が倒して見せる。今は馬鹿にされてるけど、ミャロミャロス様は確かに俺を選んでくれたんだ。ミャロミャロス様が正しい事を、俺は示す」

「頑張れよ、ケント」

「ああ、頑張るさ。にしても、ブール―が今度生まれる王族の闇文官として抜擢されそうなのが痛いんだよなぁ。第三妃のご命令だから断れないしさぁ」

「なんでだ? ブール―は第三妃の企みを暴いた側だろ」

「確かにそうだけど。パラメーター三千越えってのがばれてさ。俺は第二妃の臣下に下ったんだし、正妃との斬り合いにも必要だから寄こせって」

「はぁぁ。大変だなぁ。第三妃は罰せられるんじゃないのか?」

「証拠が孤児院出のブール―の証言だけだしな……。ブール―もそれ以上探れなかったし」

 本気で大変そうだな。まあ、俺には関係のない話だ。

「じゃあ、作業場に連れていってくれ」

「ああ、悪いな、愚痴聞いて貰って」

 作業場に案内されると、兵の視線が突き刺さった。
 俺は黙って中央の机に向かい、そこに置かれた古臭い冊子に目を通す。
 そこにあったのは、ミトの赤裸々な日記だった。
 魔王を倒せるという人がいる事をキュロスから聞いた事。
 深い森を通って、洞窟にすむ俺を見つけた事。
 なんて小さなおじいちゃんなんだろうと思った事。
 醜さが逆にパラメーターの極振りを予感させて、わくわくした事。
 体が軽かった事。
 世間知らずだった事。
 一気に魔物を倒してしまった事。
 素直じゃ無い事。
 でも優しい事。
 目の前で起こっていない事はなんだろうと全力で見捨てる癖に、目の前で起こった事は全力で救おうとする事。
 なんでも食べるので好き嫌いが無いように見えるが、実は凄い好き嫌いが多い事。
 褒められると必ず顔を逸らす事。
 日記に書かれていたのは、全て俺の事だった。
 私の勇者様。私だけの勇者様。ミトは、日記の中で何度もそう言っていた。
 俺もそうだったよ、ミト。いや、違う。
 蘇るな、俺の中の記憶。蘇るな、俺の中のマゼラン。
 ミトは、とっくに死んだのだ。美咲は別人だ。そして俺は美咲を憎んでいる。
 俺は日記を閉じて、手を差し出した。

「紙」

「まさか、もう解読したというのか?」

「単なる日記だった。必要な所だけ書きだす」

 俺は紙にサラサラと呪文と魔王についての事を書きだす。

「おお、まさか……」

「良くやりました、最高司祭様に確認してくるのでここでお待ち下さい」

 兵が声を上げ、文官が走り去ろうとする。そこで、突如現れた蒼武官と闇武官に切られた。
 兵が、とっさに俺を庇う。
 蒼武官は、呪文を書いた紙を拾い、それを眺めた。

「確かにパラメーターが出ますね。本物だ。これは、孤児院出ごときの貴方が知っていい情報ではありません。可哀想ですが、口封じさせてもらいます」

 闇武官が蒼武官に紙を渡す。そして、剣を握った。
 俺は唇を噛んだ。抗うすべはない。
 闇武官が剣を振るう。兵があっという間に斬られた。
その間、蒼武官は紙にちらりと目を走らせる。
返す刀で、闇武官は俺に剣を振りかざした。

「待て! 何故魔王と刺し違えたミト様が生前残した日記に、魔王との戦いの様子が乗ってある!?」

 剣が俺の首に振れ、俺の首からは血が流れていた。

「単なる日記だったって言ったろ。その本には必要な事は何一つ書かれていなかったよ」

「貴様は……誰だ!?」

「マゼランの三人目の弟子、トモヤだ。振っているパラメーターは暗号解読だけど、攻撃呪文自体は知ってた。それと、俺を殺すとマゼランが怒るぞ」

「なんだ、そうだったか。心配せずとも、賊の仕業に見せかけるから問題ない。マゼランから情報を引き出すのはアトラとアトルがいる。やれ」

 ……こいつら、最低だ。
 俺が覚悟を決めたその時だった。

「トモヤ! 無事か!?」

 ケントが、王子殿下を抱いてやってきていた。

「ちっ」

 闇武官と蒼武官が消える。
 俺は息をついた。

「トモヤ! 血が出てる……」

 俺はケントに治療をしてもらい、息をつくのだった。
 その後、一室に通され、最高司祭自ら謝罪に来た。しかし、闇文官を連れている。

「トモヤ、すいませんでした。さぞ怖い思いをなさったでしょう。しかし、攻撃呪文を知っていたなら教えてくれれば……アトラとアトルは補助呪文と回復呪文しか知らなかったから、てっきり暗号しか習っていないかと……。他は、マゼラン様から何を習いましたか?」

 俺は冷たい目で最高司祭を見る。

「言うと思うか? 最高司祭様が俺を殺そうとした可能性もあるのに?」

「是が非でも聞かねばならないのですよ。それに、この呪文。パラメーターの表示はされますが、パラメーターアップの表示はされません。これだけでは記述が足りない」

 俺はため息をついた。

「魔術の基礎から書けってか!? あんたら、魔術師の部下いないのかよ。だいたい、強欲なんだよ。アトラとアトルを手に入れ、ケントもいて、攻撃呪文とパラメーターを操る術を手に入れて、まだ何か欲しいという。俺は攻撃呪文を使えないんだし、マゼラン様も旧パラメーターは使えない。ここまでおぜん立てされたんだから、自分達で何とかしろよ。魔王退治をなんの努力一つせずに達成できると思うな。俺には仕事があるんだ。もう行かなきゃ」

 俺はいらいらと吐き捨てる。

「貴様っ最高司祭様になんという言い草だ」

 最高司祭様の護衛をしている緑武官が声を上げる。

「気にいらないなら殺せばいい。その代り、お前達はもう何も手に入らない」

 ケントは、慌ててフォローする。

「こいつ、孤児院でもいつもこうなんですよ。気にいらない事は命の危険を感じても絶対に従いません。マゼラン様もこんな性格なんで、こいつが死ぬとマゼラン様の協力は絶対に得られませんよ。俺がアトラと協力して魔王退治するから、もういいじゃないですか。乗り気だったのを警備不備でやる気無くさせたのはこちらですし」

 全くだ。

「しかし……いえ、そうですね。マゼラン様からは、是が非でも財宝の居場所を聞き出さねばなりませんし、マゼラン様の機嫌を損ねる事は避けた方がいいですか。ああ、報酬を用意せねばなりませんね。これは秘密だったのですが、今、アトラやアトル、ケント、ブール―、クダのご両親を探しているのです。貴方の両親も探して上げましょう。貴方もご両親に会いたいでしょう?」

 あまりの事に、俺やケントは茫然とした。

「なんて事を……俺達がどこ出身かわかってるのか!?」

「孤児院ですが」

「そうだよ。俺達、捨てられたんだよ。一度は捨てたくせに、大貴族に雇われたとたん寄ってくる親は多い。シスターがどれだけ苦労してそんな親たちから俺達を守ってきたか……。クダなんて、親に虐待されてて自分で孤児院に駆けこんだんだぞ。ここでそんな事したら、今まで守ってきた、孤児院に捨てられた子どもと親は無関係って秩序が台無しになる」

「……しかし、自分達のご両親ですよ?」

「わかってない。最高司祭様は何もわかっていない。俺達がどんな思いで決別して来たか。捨てられた事もない奴に、わかるもんか! シスターが俺達の親なんだ」

 ケントが吐き捨てる。

「ふむ。クダの両親が見つかったのでクダに内緒で面会させたのですが……」

 ケントが駆けだした。俺も後を追う。

「もうやめてくれよ! 俺は自由になったんだ、自分の力で生きていくんだ」

 クダが耳を押さえ、叫ぶ。クダの父が、クダに手を伸ばした。

「クダ、私が間違っていたよ。報奨金も貰ったし、一緒に暮らそう。お前は死んだ母さんにそっくりになってきたな……」

 クダが身震いした。

「俺に触んな!」

 ケントが、クダの父の前に立ちはだかった。

「報奨金も貰ったなら、もう充分だろう。クダから離れろ」

「な、なんだお前は! クダは私の子供だ!」

「もうお前の子供じゃない。クダは五歳の時にそう決めたし、一人で生きてきた」

「クダ、行くぞ。兵舎まで送る。どっちの方向だ?」

 俺はクダに声をかける。

「あ、ああ、ケント、トモヤ」

 俺はクダの手を引いて兵舎へと向かう。その時、クダは言った。その声は沈んでいる。

「お前、俺の事馬鹿にしてんだろ」

「俺も捨て子だ。それは皆同じだろう?」

「……そうだけどよ……」

「誰にでも起こりうることだ。だから、この件に関してだけは、共同戦線を張ろう。アトラとアトルを守ってくれ」

「あ、ああ。そう言う事ならいいぜ、守ってやっても。どうせお前は何もできないからな」

「ああ、そうだな」

 俺はクダを兵舎に送った後、クダの仲間の兵士達に事情を話して頭を下げた。

「ああ、孤児院出も大変だな。報奨金、全部親にとられたんだって?」

「親に取られたんじゃなくて、国が親に渡しちまったんだろ。全く、もうちょっと調べろよって話だよな。大丈夫、俺達が庇ってやるよ。クダは俺達のアイドルだからな」

「ありがとうございます。じゃあクダ、俺はここで帰るから」

「礼はいわねぇからな」

 俺はクダと別れ、急いで仕事へと向かった。
 料理長に遅れた事情を話す。

「大変だな、お前達も。アトラも苦労するだろうな……差し入れを持ってやっていければいいんだが」

「その気持ちだけでアトラは喜びますよ。それより限定メニュー、人気なようで嬉しいです」

「おう、毎日限定メニューだけ食べる奴が多いんだ、これが。この前なんて、貴族が来てたぜ。このまま行けば、貴族からも御呼びが掛かるかもな」

「じゃあ、今日は高級っぽい見た目の料理でも作ってみますか? 大分久しぶりだから、うろ覚えだけど」

「出来んのか!? よし、やってみてくれ」

 いつもの料理を終え、俺は帰る。
 しばらく、平穏な日々が続いた。
 それは第三妃の出産があり、儀式が行れるはずの日だった。
 国民に、正妃の懐妊と、正妃のお命を狙った罪での第二妃、第三妃、王子殿下と王女殿下を処刑するという布告が出た。
 アトルとアトラのお披露目もされた。
 さすがに俺は心配した。大体、第二妃の王子殿下のお命を狙った罪で罪を問われなかった第三妃が、なんで今度はいきなり処刑になるんだよ。王族だぞ、王族。それも、貴重な王子殿下。信じられない。ケントはどうしているだろうか。
 お披露目には呼ばれたが、俺は行かなかった。いつもどおり料理長の所に行って、料理をした。
 そして帰ると、家の前には、黒髪黒眼の綺麗な女がいて、俺を待っていた。

「ああ、ラグル! 会いたかったわ。私、貴方を捨てた事をずっと後悔していて……まさか、貴方がマゼラン様の弟子になっているなんて、鼻が高いわ。それで、マゼラン様の財宝はどこかしら?」

 ……本当に、他人事じゃないもんな。

「人違いです、俺はトモヤ。俺が捨てられたのとおんなじ時期に孤児院に赤ちゃんの死体がありましたけど、貴方が親だったんですか? お気の毒に」

「いいえ、マゼランの弟子の貴方が、私の息子なのよ。私にはわかる」

「だから、俺はトモヤですって。大体、孤児院出の餓鬼なんかにマゼラン様が財宝のありかを教えるわけがないでしょう」

「嘘よ! だって、アトラとアトルには回復呪文と補助呪文を教えたって。貴方も何か習っているんでしょう?」

「暗号の解き方なら教わりましたが」

「それよ! それはきっと部屋にあったマゼラン様の宝の地図を解読するためなのよ!」

「待って頂戴! それは私の子よ!」

 何人かの男女が現れる。
 俺の心が警鐘を鳴らす。
 まずい、部屋にあったってなんだ。長屋は危険だからと、常に貴重品を身につけていて本当に良かった。部屋を引き払わなければならない時が来たようだ。
 俺はじりじりと後ろに下がる。口の中でもごもごと呟く。

「――アースザゲート」

 一定の距離内で知っている場所に行く呪文だ。
 とりあえず、孤児院にでも行くか。

――命中率0。アースザゲートが外れました。

「はい?」

 門が現れ、開く。そこは儀式の場。血だらけのケント。赤子を抱くクダとブール―。
 ブール―が何事かと振りむく。そして俺と目があった。

「トモヤ、来てくれましたか……!! ケント、クダ、逃げますよ!」

「は?」

 ケント、クダ、ブール―が走る。闇武官が追ってきた。
 俺は慌てて三人を迎え入れ、扉を閉めて再度呪文を唱える。
 これはやばい。

「――アウェイザゲート」

 知らないどこか遠くへ移動する呪文を放つ。門が現れ、俺は三人を引っ張って見知らぬ森の中へと向かう。扉を閉めて、ようやく息をついた。
 クダがへたり込む。グルルルルル、と腹が鳴った。

「ほら、弁当。二つある」

 無言でクダが奪い取り、半分をがつがつと食べてケントに渡した。
 ブール―はケントの治療をする。

「何があった?」

「捨て子を拾いました」

「ブール―」

「捨て子を拾いました」

 俺はため息をついた。気持ちはわかる。俺達は捨てられる事に敏感だ。
 その上、王子殿下はケントの、王女殿下はブール―の主だ。俺は腕を組む。

「良くわかった。「親は関係ない」だな。俺もそういう風に扱うぞ」

「わかってる」

「トモヤ! ケント! お前ら、何言ってんだよ。このお方たちは……」

 クダが文句を言うが、俺はじっとケントを見た。

「でもトモヤ、お願いだ。この子たちに何か、贈り物をくれ。捨てられた俺達に、ケンドーを、数学を、回復呪文を、補助呪文をくれたように。この子達が得られるはずだった物に代わる何かを、与えてくれ、父さん!」

 ハッとブール―が俺を見る。え、父さんて何。

「ちょっと待てよ。俺は何も貰っていないぜ。どういう事だよ、トモヤ」

 俺は戸惑った。いきなり同い年に父と言われて戸惑わない人間はいないだろう。

「俺は何も与えるつもりはなかった」

「それでも、シスターは俺の母で、トモヤは俺の父だった。お願いだ父さん、この子達に贈り物を!」

「トモヤ、お前、俺には何もくれなくていいから殿下達には何かくれてやってくれよ」

 俺はため息をつく。深い深いため息をつく。

「俺が与えられるのは祝福じゃなく呪いだけだ。……五歳まで、パラメーター振りを禁ずる。ただし、この子達の面倒はちゃんと見ろよ。この子達が死ねば、俺が死ぬから」

「トモヤ!」

 ケントが、歓喜の声を上げる。

「とにかく、どこか町を探して乳と宿を手に入れよう。魔力を回復しないと」

「話はまとまったようですね。あちらの方に町の明かりが見えます。魔物が出ないとも限りません。行きましょう」

 町へと降りると、俺は宿を一部屋取った。
 ケントもブール―もクダも、旅装に有り金全部を持ってきていたので助かった。
 俺達は宿を取り、乳を買ってきて赤ん坊に与えながらこれからの話し合いをする。

「これからどうする?」

「ケントはケンドーの値をとにかく上げてくれ。魔物退治でそれくらいの金が稼げるだろう。ブール―は俺達の場所の秘匿と、何かこの町で仕事を。クダはこの子達の護衛と世話を。俺も何か仕事を探すよ」

「うえ、俺が王子の世話するのか? 俺力あるから、大怪我させそうで怖いな……」

「トモヤ、貴方ではろくに仕事を見つけられないでしょう。子供達の世話をよろしくお願いします」

「うーん、それもそうか……。お前ら、これだけ俺に手間掛けさせるんだから、絶対ドラゴン退治手伝えよ」

 ケントが、目をきょとんとさせた。

「ドラゴン退治って、なんだ?」

「俺の住んでた所、ドラゴンの巣になってるんだよ。そこに癒しのスクロールがあるから、それを使って美咲を治す。後、全部燃やす」

「待ってくれ、トモヤ。もしかして、攻撃呪文のスクロールもそこに……」

「ああ、十個位あるけど」

「早く言えよ! それがあれば……」

「まあ、報酬として渡してもいいか。他は全部燃やすがな」

 クダは盛大にため息をついた。

「これだよ。信じらんねー。やっぱりトモヤはトモヤだよな」

「魔王が現れたと聞いてもこっそり対策方法だけ用意しておいて、それを用意できない世界の人間を見下して、自分は何もせずに研究を秘匿して死んでいく。これを喜びとし、信念とするような人間に何かを期待してはいけません。クダ」

「まあまあ、トモヤは子供達に贈り物をくれただろ。これで、他の王族と同じように、パラメーター管理してやれる。精々立派な人間にしてやろうぜ」

「この子達は単なる捨て子だろ。王族としてなんて考えはやめろよ、ケント」

 ケントは優しい表情で子どもを抱くのみだ。
 新しい生活が始まる。アトルとアトラも、ここにいれば良かったのに。






[15221] 極振りっ!8話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/05 23:17



「こんな田舎にも手配書が来たか……。まあ、そろそろ旅に出ようと思っていた頃だし、潮時だな」

 俺は紙を机に投げ捨てて言う。
 トモヤを何としても生かして連れて来いという手配書。
 同行者の情報として、クダやケントの情報も載ってる。
 罪状は王子殿下と王女殿下を浚った事。
 これは、俺がマゼランだってばれたな。
 しかし、国民感情は比較的俺に同情的だ。
 ケントはお披露目も兼ねていたから王子の部下なのは周知の事実だったし、処刑の交付が先に行われていたからだ。
 俺もケント達も、もう二十歳になっていた。とうとう異世界に行く呪文を覚え、準備は万端だ。

「少しずつ旅立ちの準備は整えていましたし、明日出発しましょう。バーク様とアンティ様は誰が預かります?」

「何を言っている、余も行くぞ。大魔法使いマゼランの秘宝、魔導を志す者として見に行かぬはずがないだろう」

「妾もいく。まどーをこころじゃちゅものとして、みにゆかぬはずがにゃいだろう」

 王子王女は、どこからかちいちゃな荷物を出して来て行った。
 誰に似たのか、数えで四歳のこの子達は異様にしっかりしている。
 こいつらも前世の記憶を持っているんじゃないかと思うほどだ。

「あーあ、トモヤがしょっちゅう精神融合の術を使うから、王子王女殿下がすっかりトモヤそっくりにおなりになっちまったじゃねーか。バーク様もアンティ様も、こうなったらてこでも動かないぜ」

 そんな事もあったかもしれない。俺は顔を逸らした。

「褒めてねーよ!」

 クダがぺちんと俺を叩く。

「クダ、ブール―、トモヤは王子王女といてくれ。俺がドラゴンを倒すから」

 ケントはまだパラメーターを全部振れていない。ここら辺の魔物じゃもう弱過ぎて、パラメーターを上げる糧にはならないのだ。

「その刀、抜けるようになるといいな」

 俺が言うと、ケントは頷いて刀を撫でる。
 俺達が家族そろって宿を引き払うと、いつも王子王女に乳や甘いものを差し入れしてくれた女将さんがハラハラと涙をこぼした。

「そうか、行くのかい。本当に健気だよ、処刑命令が出されたのに、バーク様と共に魔王退治に行こうなんてねぇ……おっと、これは秘密だったね。大丈夫、おばちゃん、誰にも言わないからね」

 魔王退治ってなんですか、女将さん。
 まあ、ケントはこの後魔王退治に行くんだから嘘じゃないけど。
 ブール―の陰謀は王子王女がどこにいるかであって正体じゃないからなー。これは失敗したか。

「これ、おばちゃんの作ったお弁当だよ。食べておくれね」

 王子王女はお弁当を受け取り、口々に言った。

「女将。もう会う事もないだろう。それでも、女将の恵んでくれた乳の味は一生忘れぬぞ」

「わすれぬぞ!」

「ありがたき……幸せ……っ」

 おばちゃんは本格的に涙を流す。

「ケント様! あんた、ちゃんとバーク様とアンティ様をお守りするんだよ! 魔王さえ退治すれば、バーク様とアンティ様もきっとお許しいただけるはずさ!」

「いや、まだ刀も使いこなせないし、ドラゴン退治に行ってくるだけだって」

 俺が慌てて言うと、女将さんは大きく頷いた。

「なるほど、そこでカタナを覚醒させるんだね! 頑張るんだよ! あんた! バーク様がついにご出陣するよ、あんたもお見送りしな」

 いや、間違ってないけど、間違ってないけど……!

「なんだって! バーク様万歳! アンティ様万歳!」

 女将さんと宿屋の主人の声に引かれ、町の人々が集まってくる。

「バーク様が行くってよ」

「まだようやく四歳におなりになったんだぜ? それはあんまりにも厳しいんじゃないか」

「魔王は大分強力になった。こうしている間にも次々と人が死んでるんだ。バーク様はそれをお厭いになられたんだ」

「バーク様万歳! アンティ様万歳!」

 最後は、皆で称え出した。
 町の人々が走ってきて、次々に果物や旅に必要な物などを貢いでいく。
 馬まで与えられて、俺は冷や汗ものだったがブール―は涼しい顔で受け取った。

「ケントはこの後魔王退治に行くのですから、嘘ではありません」

「そうだけどさ……」

 馬に乗って町から出る時の俺の言葉に、俺の膝に乗っていた王子が言った。

「皆の好意は受け取っておけば良いのだ、トモヤ。ケントは命を掛けるのだからな」

「兄様はかけないの?」

「世界など知った事か。余は余の魔導を極める!」

「兄様かっこいい!」

 ふふふ、幼児というのも可愛いものじゃないか。

「あーあ、本気でトモヤとそっくりに……誰だよ、トモヤに世話を任せようって言った奴」

「私です、すみませんごめんなさい確かにありえませんでした」

 クダがいい、ブール―が平謝りした。
 ケントが苦笑をする。

「俺らはトモヤに世話されても、そんな事にならなかったんだけどな。やっぱり精神融合の魔術が大きいと思う」

「あれ、勉強を教えたり何かを言い聞かせたりするのにかなり楽なんだが。それに、クダやケント、ブール―も融合してたろ。お前達の影響もあると思うぜ?」

「うるせ―! どう見てもお前の影響だろ。トモヤはもうバーク様とアンティ様への精神融合禁止!」

 クダがいう。

「クダ、あまりトモヤを怒るな。トモヤはトモヤなりに頑張ったのだ」

「がんばったのだー」

「しかし、バーク様」

 クダは戸惑うが、王子は笑う。

「余は毎日が楽しいぞ。こんなに楽しいのは、自分の事しか考えないからであろ。余が人並みであったなら、処刑された母を想い、魔王に蹂躙される民を想って泣き暮らしていたであろうからな。けれど、今の余には全ては関係がないのだ。余は王子ではないのだから」

 いや、それはどうなんだ、王子。
 冷たい眼差しで皆が俺を見ている。俺は少し早めに馬を走らせた。
 自分でも驚く事に、俺は王子と王女が好きだった。
 王子王女は全くパラメーターを振っていないが、賢く可愛らしく育っていく。
 それだけならなんとなく腹が立って終わりだが、王子は俺の記憶を読んで魔術師ごっこをするようになったのだ。
 くっくっくと不気味に笑いながら鍋を掻きまわすさまはとても可愛かった。
 ああ、こいつらは俺の弟子なのだ。そう思った。
 例え俺の弟子と言えど、タダで研究結果はくれてやらん。俺の記憶から勝手に盗め。かつて俺は王子王女にそう言った。王子たちはそれを実践している。
 いずれ、王子王女も俺の技から何かを選んで極振りをするだろう。
 出来れば特殊呪文適正が良い。そうすれば、次の世代も極振りが出来る。そうして知識を伝えていくがいい。俺は優しい目で王子王女を見る。思えば、俺は子どもを作らなかった。次の世代に託すなど、俺より、いや、俺と同じくらい優れた人間が生まれるのが許せなかった。俺の父が俺を作り、パラメーター制御の術を使ってくれたのが不思議でならなかった。
 だが、どうせもうパラメーターのシステムは変わったのだから、俺より優れた人間はこの先現れないのだ。ならば王子よ、王女よ、俺の五分の一くらい優れた人間になるがいい。それならば許そう。

「何かトモヤに凄―く見下されている気がするぞ」

 王子が俺の袖をくいくいと引っ張る。
 ブール―が陰謀を俺に使って深い深いため息を吐いた。

「ブール―、しょっちゅう俺に陰謀を使うの、やめろよ」

「見張られてる自覚を持って下さい。貴方は世界一の魔術師なのだから」

 ブール―に逆に言われ、どんな理屈だと俺は頬を膨らませた。

「ここら辺で食事にしようぜ。こっから先は魔物が出没するからな」

 俺は王子を下し、弁当を引っ張り出した。
 まだ王子は食べるのが下手な為、俺が食べさせてやる。王女にはクダが食べさせた。

「あーん」

 可愛らしい黒髪に緑の瞳の王子は、小さな口を精一杯大きく開けた。
 もぐもぐと口を動かす様が愛らしい。
 王女は銀髪で、黒の瞳だ。これもまた可愛らしい。
 まず王子王女に食べさせて、それから俺達が食べる。
 女将さんの用意してくれた弁当はとても美味しかった。
 休憩を十分に取ると、先へ向かう。
 たまに魔物が現れたが、ケントの敵ではなかった。
 進んでいくと、遠くに洞窟が見える。その中央にドラゴンが居座っていた。
 俺はドラゴンをギリギリと睨む。獣ごときに。

「くそ、あれは俺の家なのに」

「でかいな……。よし、皆はここにいてくれ。クダ、バーク様とアンティ様を頼んだぞ」

 ケントが静かに忍び寄っていき、俺達はそれを見守った。









 中々構ってくれない親からミルクを獲得するために、大声を上げるようになった。
 面白がって小突いてくる親から逃げる為に、ハイハイを高スピードでするようになった。
 親から隠れる為に、かくれんぼがうまくなった。
 助けを求める為に、ますます声を大きくした。
 走って逃げられるよう、足の速さを上げた。
 反撃できるよう、腕力を上げた。
 孤児院に入ってからは、認められたくて美しさを上げた。
 強がる事に必死だった。ある日、俺の自信はトモヤに粉砕された。

「美形と礼儀作法を上げた奴は、貴族に売られるんだよ。そこで貴族に美貌を愛でられて過ごすんだ。俺は目的もあるし、誰かのものなんてパスだな」

 貴族に、売られる。初めは嘘だと思った。トモヤの事を、思い切り殴ってやった。でも真実だった。俺だって、誰かのものなんてやだ。一方的に蹂躙される、それが嫌だから俺は孤児院まで必死で逃げて来たんだ。そこで、俺は初めて将来の事を考えた。
 周りを見渡して見れば、ケントは武官になるのだとケンドーを頑張っていて、ブール―は武官になるのだと勉強を頑張っている。
 俺も何かに極振りしたかった。でも、その日その日を精一杯生きてきた俺は、今使える全てのパラメーターを使いつくしていた。
 俺は何に、何になれる? もう、貴族のものになるしかないのか? 絶望した時だった。

「クダももう少し礼儀作法を上げれば貴族に貰ってもらえるかもしれないのにな。あれじゃ兵士になるのが精いっぱいだ」

 兵士? 兵士にならなれるのか? ケントのような武官にはなれなくても、俺は、俺の道を歩いていけるのか?
 そして俺は、兵士としての道を選んだ。
 俺は王子を守る武官や文官に憧れていた。でも、絶対に自分には慣れないと思っていた。
 今、俺は王子を守っている。けれどもそれは、憧れよりもずっと泥臭い事だった。
 なんで貴族に売られて、綺麗な服で、美味しいものを食べてお上品に暮らしているはずの俺が、指名手配されて、竜に追われて、こんな山の中で子供を背負って泥だらけになってはいずりまわっているんだ?
 トモヤに会って、俺は全ての運命を狂わせた。
 だから言おう、トモヤ。
 ありがとう。

「クダっ……クダっ」

 王子が泣きそうな顔で言う。この、何よりも尊い存在。俺が忠誠を誓った相手。
 俺は王子を背負い、パラメーター、かくれんぼとハイハイを発動させながら地面を這っていた。足はとっくに駄目になっている。
 トモヤとブール―にアンティ様を守れるとは思っていない。あちらは諦めた方がいいだろう。おれの使命は、何としても王子を生かして返す事だ。

「お静かに、バーク様。貴方と初めて出会った時も、こうしてかくれんぼで逃げましたね。あの時も私は、貴方様を守りました。今度も、お守りしましょう」

 王子は、顔を思い切り歪めて、そしてぎゅっと俺の肩を握った。

「頼んだぞ、クダ!」

 不安も恐怖も全てを飲みこんで、王子は笑う。強い子になられた。こんな健気な所はトモヤにはないから、きっと俺に似たんだな。
 ああ、神様。誰でもいいから、王子だけは助けて下さい。その方法を、教えてください。

――祈りにパラメーターを振りますか?

 脳内に現れた表示に、俺はきょとんとした。残りのパラメーターを全振りする。

――祈り千。声の大きさ千。足の速さ千。腕力千。美貌千。均等振りボーナスにより、MPが0になります。全てのパラメーターにボーナスがつきます。

――祈りを使いますか?

 イエス。誰でもいい、助けてくれ!

――祈り千ポイント。声の大きさは半数の五百ポイントとして加算されます。ボーナスポイントとして優先順位が1上がります。

――よくできました。さあ、今からいう事を良く聞きなさい……。








 

 ケントが剣道を発動させ、発光する。
 ケントは真っ向から竜に向かい走っていった。剣を抜いて、滑るように竜の元へと。
 そして、一閃。
 警戒した竜の吐く炎を、一刀両断にする。
 俺達は簡単の声を上げた。
 ケントはなおも止まらない。ぶつかる、剣と爪。
 それを皮切りに始まる、激しい戦い。
 初めは安全な場所からそれをただ眺めていた。けれど、イレギュラーが起こった。
 洞窟の中から出てくる、ケントと戦う竜よりは小さいが、十分に大きな影。

「子竜!?」

 子竜は、ふんふんと匂いを嗅ぐと、まっすぐにこちらへと向かってきた。早い。

「散開しろ!」

 とっさにクダが王子を負ぶさり逃げた。
 子竜が口から炎を出す。足元に辺り、倒れるクダ。その体が消えていく。かくれんぼだ。
 クダを心配している暇はない。
 ブール―がアンティを抱き上げ、別方向へ向かう。
 俺も呪文を唱えながら逃げた。
 唱える呪文は、精神融合。
 これだけの近距離なら。
 子竜は首を傾げ、少し迷った後にブール―を追った。
 ブール―は足の速さにパラメーターを振っていない。追いつかれるのはすぐだった。
子竜に捕まる寸前、ブール―はアンティを投げる。

「トモヤ! トモヤ、パラメーター! こーげきじゅもんをつかうの! ブール―が、ブール―が!」

 アンティが悲鳴を上げる。パラメーターの束縛を解除しろ、自分が攻撃呪文を覚えてブール―を助ける。恐らくこう言いたいのだろう。

「こんなつまんない事で自分の未来を決めんな、我が弟子よ!」

 俺が何とかしてやる!
 精神融合で竜と一つになる。

『動くな!!』

『ママ、こいつマゼランだ!』

 一声鳴く竜。
 ケントと戦っていた竜が猛スピードで飛んでくる。事態悪化!
 ええい、あんな大きな竜との精神融合なんて絶対無理だろうけど、やってやる!

「ブール―、アンティを連れて逃げろ!」

「お前の相手は俺だ、竜め!」

 ケントが走ってくる。

『お前など、戯れで遊んでやっただけよ!』

 母竜がケントを尻尾で弾き飛ばす。

『マゼラン……お前はここで消す!』

『動くな動くな動くな!』

 俺は必死で念派を送る。くっ駄目だ。向こうの意志が強すぎる。
 その時、遠くから大声が聞こえた。

「トモヤーーーーーーーー! アースザゲートを使え! キュロス様がそうしろと!」

 アースザゲート!? とりあえず逃げろって事か!
 俺は口早に呪文を唱える。ケントが、また竜に斬りかかった。

「もっとだ! もっとパラメーターを振らせろ!」

 ケントの刀が発光して、ひとりでに鞘から抜かれる。

「ケント、カタナが!」

 ブール―が叫んだ。
 ケントは刀を抜き放ち、握りしめる。
 母竜が、またも尻尾を振った。

「二度もやられてたまるかぁぁぁぁぁ!」

 ケントが尻尾を両断する。これだけ時間を稼いでもらえれば十分!
 ブール―がクダの所へ走り寄る。王子王女が走ってきて俺の足にしがみついた。

「――アースザゲート」

 俺は呪文を唱えた。扉が、開かれる。俺達は即座に開けた扉の中へ駆け入った。
 最後にケントが竜を警戒しながら入っていく。
 俺は目を見開いた。そこにあったのは……。
 美しく花が散る絢爛な儀式場。
 並び立つ貴族達と神官。白武官と白文官、闇武官と闇文官、蒼武官と蒼文官、紅武官と紅文官、緑武官と緑文官。そして魔術師。
 二人の男女と、その前に立つ最高司祭様。取り押さえられ、立派な服を着たアトル。
 男は、この国で最も尊い方……陛下。

「この結婚に異議のある者は申しいでよ。……うん?」

 最高司祭様が言いかけて目を見開く。
 そして、はらはらと涙を流し、口を押さえている女は、金髪にそばかすの、この国ではとても醜い、俺にとっては目も眩むほど美しい……アトラ。
 誰が見たってわかる。陛下と結婚するのか。女としての一番の出世だ。良かったな、アトラ……。

「トモヤ……来てくれたんだね、やっぱり生きてて、助けに来てくれたんだね……。陛下、ごめんなさい。私はトモヤと……」

 さて、バークは賢い子供である。こんな時、どうすればいいか。バークは心得ていた。
 バークは、叫んでアトラの元へ向かう。

「ママ―!!」

「会いたかったわ! ママよ、愛しい息子!」

 どよめく会場。
 うぇぇぇぇぇ!?

「トモヤ! いや、マゼラン様! ようやく再開することが出来ましたね。皆のもの、マゼラン様をお連れしろ!」

 そこで竜のつんざくような鳴き声。
 武官達が驚いて体を固まらせたその隙に、アトルがこちらへと駆けてくる。

「トモヤ! 行くよ!」

 アトルが、アトラが俺を引っ張る。でもどこへ?
 外に竜、中に兵士。事態悪化してるじゃねーか!

「――パラドルグ! ――パラドルグ! ――パラドルグ! ――パラドルグ!」

「――ラグルピース」

 クダの傷がいえ、ケントとクダ、俺とブールーが強化される。

「すり抜けるわよ!」

 そしてアトラは竜の待つ扉に思い切り突っ込んだ!

「うわっ無茶するなアトラ!」

 ケントが刀を振るって竜を弾き飛ばす。
 俺達は扉をくぐりぬけ、走って洞窟の方へと向かった。
 後ろでは武官達が竜と応戦している。

「このまま洞窟まで行って火を放つ!」

 俺が叫ぶと、クダが殴ってきた。

「お前な、そんな事言ってる場合か! 色々と諦めろ!」

「諦めきれるか、俺の一生を掛けて研究したものだぞ。誰にも渡してたまるか! そうさ、この命にかけても!」

「んなもんに命を賭けるな、ミサキを助けるんじゃなかったのか!? ほら、竜が追ってきたぞ! どうする、トモヤ」

「アトルが来た時点で決まり切ってる」

 俺は呪文を唱えながら洞窟へと駆け入る。確か、入口の近くの窪みに……あった! 緊急脱出用袋! そして、唱える呪文は……。の前に火を……。

「さっさと呪文を唱えやがれ!」

 クダが、俺を殴る。仕方なく俺は唱えた。

「――ゲートザゲート」

 俺は確信していた。呪文を使った際、三度とも最適な場所へと道を開いた。
 これには必ず作為的なものがある。必ず、美咲の元へと道は開くはずだ。
 その瞬間、俺は白い空間の中にいた。

「キュロス……様」

「良くやりました、智也さん。彼らは竜を破るでしょう。そして勇者一行をも退けた竜を倒す事で、数の力を知るでしょう。そして最後に彼らは、マゼランの秘宝を手に入れる! パーフェクトですよ、智也さん」

 俺は眉を顰めた。

「全て貴方が企んでいたのですか、キュロス様」

 キュロスは、にこにこと笑った。

「とんでもない。全てはダーツの結果ですよ。命中率0の移動呪文はね、私達の目隠しダーツの結果で行き先が変わるのですよ」

「……いちいち移動呪文が使われるたびにそんな事をするんですか?」

「だって、どうせ貴方達の一族しか使えなかったじゃないですか。特殊呪文適正は貴方の一族が作った特殊な呪文の為に作ったパラメーターなのですよ。これから忙しくなりそうですが。特殊呪文が一般に開放された事でね」

「あれは俺の研究だ!」

 キュロスは笑って指を振る。

「言ったでしょう? 美咲さんを助けるにはもう一度命を捧げるか、異邦人としてこの世をさまよう必要があると。貴方は研究という命を捧げたのです。尊い事です。きっと陛下もこの結果にお喜びになるでしょう。心配ありません、私はダーツの名手です。目隠しをしようとも、必ず美咲さんの元へと……」

 キュロスが笑って続けた時、長い着物をずるずると引きずって小さな子供が駆けて来た。顔はベールで見る事は出来ない。
 その後ろから、子どもと同じ服装の大人が歩いてくる。

「キュロスー!」

 キュロスは振りむいて驚いて傅いた。

「陛下! 殿下! 何故このような所に……」

「特等席で結果を見に来た! 凄いぞ! アトラの補助呪文の効果で、大きな大きな扉が開く事になったぞ! 竜も軍も楽々すり抜けられるな! さあ、その扉をどこに開く!? 余の前で、ダーツを放ってくれ! 期待しているぞ!」

 子どもがキュロスに抱きついて、興奮して叫び通しだ。
 その後ろから大人が子供の頭を撫でてキュロスに言った。

「わしも楽しみだ。このような結果になるとは、夢にも思わなかったぞ。さあ次は、どうなる? どうなる? キュロス、お前を異世界担当官に任命する。余に面白いものを見せて見せよ、さあ、ダーツを投げるのだ」

「りゅ、竜も軍も通れる大きな扉? 異世界担当官ですか? それはさすがに……」

 キュロスが、汗をかいた。

「期待しているぞ! キュロス」

「余も期待している、キュロス」

 二人のキラキラした眼差しがキュロスに突き刺さり、ダーツの的らしき地球儀が現れる。

「お、お任せ下さい、陛下、殿下!」

 キュロスは、目隠しをしてダーツを握った。

「おい待て、美咲の元へ送ってくれるんじゃなかったのか!? なんだよ面白いものを見せよって!」

 俺は敬語も忘れ、叫んだ。

「所詮ダーツですから、どこに当たるかは運次第です。幸運を、智也さん」

「運次第とか絶対嘘だろう! てめーキュロス様覚えてろよ! 全部お前らの余興だったんだな!」

 白い空間から俺は落とされ、扉がゆっくりと開く。
 俺は、そこにあるものを見て体を一つ震わせた。
 幸運なのか不幸なのか。
 ともかく、俺は大声を張り上げた。



[15221] 極振りっ!9話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/09 08:29

[プリーズ、ヘルプミープリーズ! シュートザットドラゴン! シュートザットドラゴンプリーズ! お願いだ、助けてくれ、あのドラゴンを撃ってくれ!]

「な、何を言ってるんだトモヤ?」

 クダが戸惑い、ケントが叫んだ。

「竜が来るぞ!」

「皆、伏せろ!」

 俺は彼らを信じてそこに伏せた。
 彼ら……。合同演習をしていたらしき、自衛隊と米兵達を。


『なんだ、あの扉は!?』

『エイリアンか!?』

『化け物が子どもを襲っているぞ!』

『上官、応戦を』

『全員、実弾に変えろ、応戦する!』

『『『『『了解!』』』』』

 英語で米兵達が交わし合う。意味はなんとなく聞き取れた。

[上官、私達も応戦を!]

[今、許可を取るが時間が掛かる! お前達はまずあの人々を保護しろ!]

[[[[[了解!]]]]]

 どうやら、自衛官が助けに来てくれるようだ。
 米兵達が銃を構え、太鼓を連続で叩くような音が響く。
 撃たれた竜が火を軍人たちに向けて吹いた。
 伏せていたケントが立ち上がり、パラメーターを使って斬り上げる。
 竜が仰け反り、炎が外れる。

「あいつら、なんて言ってるんだ!?」

「俺達を助けようって!」

「なんですか、あの馬の無い大きな乗り物は!」

 ごつい印象を持つ車が何台か走ってくる。
 俺はしっかりと王子と王女を抱き上げた。
 そこで武官達が追いつき、扉を見て呆然とした。
 そこで目ざとい武官が見つける。

「見ろ! 書物だ! マジックポーションもある」

「まさか、これがマゼランの財宝!? とりあえず、これらを全部持って帰るぞ。扉の事は後だ!」

「待て! それは俺の……もご」

「諦めろ! まずは逃げるのが先だろーが。お前しか言葉わかんねーんだからしっかり通訳しろよ。ほら、来たぞ」

「扉を閉めてしまいましょう。花嫁誘拐はさすがに即処刑です」

 クダが俺の襟元を引っ張る。ブール―が扉を閉めているあいだに、車がブレーキ音を響かせて俺達の目の前に止まった。

[俺達を乗っけてくれ、後ろの武官達は別口だ、乗せなくていい]

[わかった、早く乗りなさい。君と子供達とそこの綺麗な銀髪の子はこっちに。残りはもう一つの車に]

「なんて言っているのです?」

「早く乗れって。バーク様とアンティ様とクダと俺はこっち。後はそっちだ」

「わかりました。バーク様とアンティ様を頼みます。ケント! こちらへ」

 俺達が車に乗り込むと、竜が車を狙って炎を吐こうとしてきた。

『こっちだ、お嬢ちゃん!』

 米兵が叫ぶ。あれはバズーカ?
 続く轟音。
 腕をもがれた竜は一声鳴いて、空へと消えた。

[取り逃がしたな……]

「逃げたか。腕が落ちてるな。竜のスープはうまいんだよな……」

「あれって知恵あるんだろ? なんで食べるって発想が出るんだよ、気持ち悪い」

「獣よりちょっと賢い程度だよ。旅の最中では食べ物でえり好み出来なかったし」

[何を話しているんですか? 君達は、一体……]

 話しかけてくる自衛隊の人に、俺は答えた。

[別に、竜のスープは格別にうまいって言ったら知恵あるものを食べるなよって。別に共食いしてるわけじゃないし、知恵って言っても獣より少し賢い程度なんですが。ああ、俺の名は鈴丘智也。夢追市の流星病院に入院している鈴丘美咲に会いに来ました。入国手続きをお願いします。俺は就労、こいつらは一時滞在で。空港じゃないけど、しょうがないですよね?]

[鈴丘智也……日本人みたいな名前ですね。同じ名字のようですが、ご家族がこちらに?]

[似たようなものです。用がすんだら観光をしてこいつらを返して、俺はこちらに住もうと思っています。入管に行った後は、質屋に行きたいんですがいいでしょうか? それと、ドラゴンの事すみません。追われていて、どうしようもなくて]

 本当はこっそりと溶け込みたかったが、もうしょうがない。
 俺は開き直る事にした。

[もしかして、旅券もありますか? もしくは身分証明出来るような物は]

[帝国には旅券みたいなものは存在しませんし、特に何も……]

[あるぞ! 余の王族の紋章のついた……もごもご]

 バーク様が腕に巻いたスカーフを取ると、そこに不思議に輝く腕輪が現れる。

「黙れバーク様! 貴方はもう王族じゃないでしょう」

 日本語!? 精神融合で覚えたか! 俺は王子の腕に巻いてあるスカーフを急いでつけなおした。

[お……王族の方ですか?]

[子供だから妙な事を言うんですよ]

 自衛官は疑わしげな眼で俺を見た。
 しかし、異世界移動呪文を使えるのは俺だけだから、向こうに問い合わせる事は出来まい。

[とにかく、俺は美咲に会いたいだけなんです。入国が許されないようなら、美咲に会ったらすぐに帰ります。時間が無いんです。美咲の奴、大怪我してて……]

[上に伝えてみよう。ところで竜のスープってどんな味なのか聞いていいですか?]

[いいですよ。それはもうコクがあってまろやかで、肉と骨を煮込めばそれで一つの料理になるんです。魔王退治の旅の最中で、調味料が用意できなかったのが残念ですね。あれを普通に料理出来ていたらどんな美味しい料理が食べられるのか……。焼くとちょっと味が濃すぎるんですよ。だから少ない水で煮込んで……]

 自衛隊のテントへと向かうと、すぐにブール―とケント、アトルとアトラが来た。
 アトラが、抱きついてくる。

「トモヤ! 会いたかった、会いたかった、会いたかった! 四年間、ずっとトモヤの事を考えていたよ。トモヤが助けに来てくれて、あたし、嬉しい……。トモヤ、もう離れない」

 アトラのささやかだった胸が人並みに大きくなっている事に、感触で気づく。

「ア、 アトラ……」

 これはプロポーズなのだろうか? 俺の補助呪文を引き継いだアトラ。
 ずっと俺なんかを慕ってくれたアトラ。けれど俺はトモヤとして、一人で生きていくと決めた。巻き込みたくなんかない。

「アトラ……」

 口を開いた時、こほんと自衛官の一人が咳払いをした。

「今、入管の人が来るから。美咲さんについても探してもらっています。それまでの間、色々質問していいでしょうか?」

 そこで、米兵の一人が自衛官の腕を引いた。

『おい、金本。こんな大事件、日本だけで処理しようって言うんじゃないだろうな。なんでさっさとこいつらの荷物検査をしない?』

『彼らは我が国を訪ねて来たのだから、入管はこちらの処理になります』

『そりゃないだろ。ぜひアメリカにもご招待するよう話が来てる。それとドラゴンについてなんだが、倒したのは俺達なんだからサンプルは俺達が貰うぞ』

 そこで、俺達を送ってくれた自衛官が口をはさんだ。

『あ、ちょっと肉を分けて貰っていいですか? 竜のスープは格別にうまいって聞いたもので、ちょっとだけ味見を……』

『食うのかよ!』

 米兵が急に自衛官を小突いた。

『知恵あるものってのはちょっと抵抗がありますが、スープが絶品らしいんです。コクがあってまろやかで少ない水で煮込むだけで料理になるとか』

『…………』

『よだれを垂らすな!』

 自衛官の一人が涎をたらし、米兵がその自衛官も小突く。

「な、何やってるんだ?」

 ケントが呆然と呟く。サンプルとかドラゴンとかイートとかいう単語は俺にも聞き取れたので説明した。

「多分、ドラゴンの肉の取り合い。研究用に取っておくか食べるかで悩んでるんだと思う。こっちではドラゴンはちょっと貴重だから」

「ああ、少し採取してあるぞ。魔物の肉は美味いのが多いから」

 ケントがカバンから各種魔物の肉を取り出す。

「命のやり取りしているときにそんな事をしていたのですか」

「ブール―だって、俺のお土産を楽しみにしてたくせに。まあいいか。腹も減ったし、食事にしようぜ。それで俺達が食事に誘えば、問題なく食えるんだろ?」

「わかった」

[俺達、これから外で食事を作ろうと思うのですが、一緒に食べませんか?]

[え、わけてくれるんですか!?]

[こら、お客人に食事をねだるな。……いいんですか?]

 俺達は外に出て、まず火を起こす。炎砂を小さな臼でゴリゴリとやって、白く光り始めたら土の上に撒く。炎が燃えて、おお、と周囲から声が漏れた。鍋を火にかけ、水袋から水を入れる。小さなまな板の上で竜肉を細かく切り、鍋に入れた。

「食料は手に入るんだよな?」

「入る入る」

 俺の言葉を聞き、ケントは全部のパンを薄く切った。アトラが雑穀を炒め、別の鍋に入れておかゆを作る。アトルが魔物の肉を炙った。

[お皿持ってきてー]

[わ、わかった]

 用意されたお皿に盛っていく。

[出来ればそっちの食事も分けて欲しいんですが。俺は自衛隊の食事って食べた事無いし、こいつら本物の日本料理食べた事無いんで。後、こっちの肉は全部魔王が生み出した、魔物って言うゲームに出てくるモンスターみたいなのなんで、一応言っておきますね]

[任せろ、美味しいカレーを御馳走してやる! 子供にはお菓子だな、少しあるから待ってろ]

俺達にカレーが配られ、お皿にはパンや魔物の肉、果物が並べられる。
 鍋にはお粥や竜のスープが入っており、各々がお椀を持った。

「頂きます、んー。やっぱり竜のスープは美味しいな。それに久々のカレー……格別だ。こっちの缶詰は何かな」

「一人で楽しむなよ、トモヤ。この金属の塊はどうやって食べるんだ?」

『あああ、サンプルが……もったいない……』

『まあまあ、もともとこの人達のものじゃないか』

[美味いっす! 美味いっす!]

[こら、一人でいっぱい食べるな!]

「はぅぅー。これ、凄く甘いな! 余は満足だ!」

「まんぞくだ」

「こぼしてますよ、バーク様」

 わいわいと食事を楽しむ。いつの間にか入管の人や外務大臣も混じっていたのにはびっくりした。
 食べ終わった後、入管の人が書類を用意する。

[いやー、美味しかった。ごちそうさまでした。とりあえず、日本政府からの招待という事にしたのでこの書類をなくさないようにして下さい。後、危険なものがないか荷物検査を行いますね]

[刀がありますが、神様から頂いたものなので手放すわけにはいきません。どうせしばらく監視はつけるんでしょう? なんとかなりませんか]

[神様から頂いたもの……ですか、宗教は困りましたね。しかし規約に外れるわけには……]

[許可しましょう。私が責任を持ちます]

 外務大臣が横から口を出す。俺は安堵のため息をついた。

[他に爆発物、麻薬等は持っていませんか?]

[痛め止めがあるんですが、まずいでしょうか。後は燃える砂の炎砂があります]

[では、そちらは国を出るまでこちらでお預かりします]

[お願いします]

 スムーズに税関がすみ、就労ビザが取れてしまう。
 こんなに簡単でいいのだろうか。
 その後、外務大臣と握手している所を写真に取られて、俺は解放された。
 と言っても、監視されている事に代わりはない。
 その後、ホテルのスイートルームに招待、もとい監禁された。
 美咲の事は、すぐに調べるから待ってくれと言われた。
 まだ、美咲が事故にあってから二日だ。期限は七日。まだ時間はある。

「トイレはこう使うんだよ。わかったか?」

「う、うん。お風呂が使い方難しそうだね。使えるかな……」

 アトラが心配そうに言う。

「大丈夫だろう。温度調節は俺がしたし。バーク様達は俺が風呂に入れるから。クダ、手伝えよ。」

「おう、わかった」

 順番にお風呂に入る。泡風呂を楽しめる事が出来、王子王女は大喜びだった。
 クダも、こっそりはしゃいでいる。
 その後、ニュースを見た。最初は皆びっくりしていたが、すぐに慣れてテレビの前に集まる。
 やはり、俺達の事はニュースになっていた。ドラゴンが大写しになっていて、防衛大臣が演説していた。

[大丈夫です! こんな事もあろうかと、自衛隊は宇宙怪獣が現れた際の緊急プランを用意してあります。いや、役だって本当に良かった。現在も衛星から常に位置を見張っており、近隣住民には避難勧告を出しています。米軍との協力関係も確立されており、十日以内には倒す事ができるでしょう]

 緊急プランあるのかよ。

[大臣はこのような事を言っていますが、ドラゴンは貴重な動物であり、保護すべきではないかという意見も出ています。現地人曰く、魔王が生み出した魔物。その実態とは。実際に竜を目撃した自衛官に話を聞いてみましょう]

[銃は全然通じないし、火を吐くしで大変でした。M202ロケットランチャーでようやく腕をちぎる事が出来て。しかし、魔物の肉はうまかった……。噛むと肉汁がじゅうっと染み出て、焼いただけで何もつけてないのに美味いんです。あれは、地球上じゃありえない味ですね。竜のスープがまた、格別にうまい。信じられますか? 水で煮ただけで、立派な料理になるんですよ。コクがあって、美味しいなんてもんじゃない。言葉にできないね、あれは。あんな美味しいものを食べられるなんて、自衛官になって本当に良かった。それとお粥がね。これまたうまい。いろんな味をブレンドしていて……]

 クダが、心配そうにテレビを見る。

「ドラゴンの事、怒ってるか?」

「大丈夫じゃないか? なんか竜肉美味いが大半を占めてるし」

 クダに答え、俺はテレビに注意を戻す。

[ほうほう、それで、倒した竜はどうするのですか?]

[サンプルを取って解剖した後、そのまま腐らせるのも勿体ないので、料理して希望者だけで食べますよ。いやー、最適な料理法を見つけてやるって佐々木の奴、張り切ってましてねー。陸海空そろい踏みどころか、一般の知り合いのコックにも声掛けて、腐らないうちに一斉に料理するって。解剖するって言ってもあの巨体ですし、食べるのは肉ですからね。倒した即日から肉が食べられる予定です]

[竜には知恵がある、との噂も聞いていますが]

[獣より少し上の程度と聞いていますが。ただ、魔王の生み出した生き物とかで、和解はほぼ不可能だそうです]

[そもそも魔王とはなんですか?]

[ゲームのような、と言っていました。詳しくはわかりません]

[そんなに、竜のスープ、美味しかったんですか?]

[いままで食べた中で一番美味しかったです]

[以上、基地からお送りしました]

[いやー、聞いているだけで涎が出てきましたが、どうなんですかね、人道的問題は]

[食文化はそれぞれの国で違いますから、竜を食べる国があっても問題ないと思います。竜肉は全部自衛隊が食べるんですか? それはちょっと国民感情を考えていないのでは。速報が入りました。竜が民家に近づいたため、航空自衛隊が急遽出撃したそうです。無事郊外に撃ち落としたようですね]

「クダ、竜が倒されたって。被害も出なかったようだし、これで安心だな」

 俺はノックの音を聞き、テレビを消した。

[失礼します。所持品を売りたいとの事で、やってきました]

[ああ、入ってくれ]

「誰ですか?」

「ああ、質屋を呼んだんだ。この国のお金を手に入れないとな」

 大きなトランクを持った数人の人間が現れる。あれ、外国人も混じってる。

[貴方達の所持品は全て日米政府が共同で買い取らせてもらいます]

[いや、さすがに全部は売らないから。観光する分だけあればいいんだし]

 俺は持っている全ての硬貨や果物、雑穀、着替え、アクセサリーを渡す。

「あたしも出すよ、トモヤ」

 アトラが、身に着けていた装飾品を渡した。

「いいのか? アトラ」

「いいの。私が一緒になりたいのは陛下じゃないから」

[出来たら炎を出す砂のような不思議な品を頂きたいのですが]

[あー、ライトの代わりになる石だったらあるぜ。俺の分はこれな]

[おお、これは珍しい]

「トモヤ、こっちからは何か買えないのか?」

[早速貰ったお金を使って買い物に行きたいんだが、駄目か? このままじゃ目立ち過ぎだ]

[そう言われると思いまして、色々取り揃えてきましたよ] 

 男がトランクを開けると色んな服が出てきて、アトラとクダが歓声を上げた。
 しっかり子供服やパジャマも入っていたので、それを買い取る。
 他のトランクにはお菓子や携帯食料がたっぷりと入っていた。これは助かる。
 俺達は買い物を楽しんだ後、ぐっすりと眠った。






「鈴丘美咲の居場所が突き止められました。交通事故で入院していて、虫の息です」

 ほの暗い部屋、男が美しい女の子の写真をテーブルに置いて言う。

「鈴丘美咲には双子の兄がいて、鈴丘智也と言います。扉を通って現れた男と同じ名前です。そして、その男は美咲の病室で不審視しています。膝立ちに両手を掲げた状態で死後硬直している所を看護婦が見つけました。また、美咲の周囲には魔法陣らしき焦げ跡があったそうです。二人の間に、何らかの関係があるとみて間違いありません」

「鈴丘美咲は、智也はどんな人物だ」

「二人は対照的と言っていいでしょう。片やなんでもできる人気者、片や努力家で知られている割に成績が悪く友人も持たない人間。美咲を憎んでいたと見られる言動も確認されております。ただ、美咲が事故にあったのは智也を庇う為、智也が事故にあいかけたのは子供を救う為でした。両者とも優しさは持っているようです」

「そうか……美咲はどんな状態だ」

「いつ命を落とすかわからない状態です」

「絶対に死なせるな。どんな手を使ってもだ。明後日には美咲と会わせる。両親から出来るだけ情報を絞り取れ。それと、一行に王子が混じっているというのは本当か」

「兄妹二人だけ、名前が長いのです。情報の信頼性は高いと思います」

「二人の情報も出来るだけ集めろ。いいな」

「は」

 男は、書類を持って部屋を出ていった。



[15221] 極振りっ!10話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/08 06:52



 朝、起きてニュースを見ると料理大会が始まっていた。お椀やカメラを持った近隣住民が現地に押し掛けて、自衛隊から竜肉を貰っている。
 自衛官も心得たもので、出店を出してしっかりお金を取っていた。
 美味しい美味しいと言って喜んでいる姿が映る。
 それに、世界各国から学者と料理人とドラゴン愛好家が集まってくるという。
 チャンネルを変えると、学術的価値についてどうこうと話している学者がいた。
 俺達の事は全く話題に……おっと。

[しかし、竜肉を持ってきてくれた現地人とはどんな人なのでしょうか。エイリアン? パラレルワールドの住人? 他にも雑穀や果物、他の魔物の肉などが美味しかったという情報があり、僅か一日ながら、国交に期待が高まっています]

 ドアがノックされ、俺は振りむいた。

[入ってくれ]

[おはようございます。美咲さんが見つかりました。明日、会う事が出来るよう手配をしておきました。観光もしたいという事で、勝手ながらこちらでスケジュールを組ませていただきました。ご確認ください]

 俺はスケジュールに目を通す。何故かアメリカ観光も予定に入っている。
 偉い人との会談が目白押しで、俺はめまいがした。

[俺達は美咲に会いに来ただけの、個人の旅行者なんだ。国交とか、そういうのを期待されても困るぞ]

[それですが、美咲さんは妹さんですか? 貴方は死んだ鈴丘智也さんなのですか?]

 死んだ、と言われ俺は改めて衝撃を受けた。やっぱり、死体が残ってたんだな……。

[……そうであって、そうではない。なぁ、俺は会談とか国交の為の協力とか全然する気はないんだよ。俺は美咲に会いたいだけなんだ]

[美咲さんに会ってどうするのですか?]

[会って異世界の治療法を試す、それだけだ]

[そうですか……。そう言えば、そちらの男の子は王子だという話を聞きましたが]

 あ、やばい。

[うむ、もう王子ではないのだ。政争で敗れ、今は逃亡のむ―]

「なんかやばい事を言っているのはわかるぞ、バーク様」

 クダがバーク様の口を塞ぐ。

[……亡命の件でも話を聞いてみます。その辺の事情も詳しく聞かせて下さい]

[関係ないだろ。扉は俺しか開けない。この世界ではMP回復が出来なくて魔術師には良くないから、亡命する気もない。魔王も倒さないとならないしな。バーク様達は帰るし、キストラン帝国の奴らが日本に迷惑を賭ける事はない]

[扉は、貴方しか開けない……。とにかく、朝食は外交官とアメリカ合衆国大使、農水副大臣と一緒に食べて頂く事になってます。そう硬くならないでください。あくまでも個人として来ているという事はわかりました。お三方とも楽しい方ですから、会話を楽しんで頂けたら幸いです。朝食は八時からです]

 俺はクダ達を呼んで、朝食に向かった。
 





 朝食には竜肉の野菜スープが出ていた。

[ごきげんよう、バークレイ王子殿下。アンティセルト王女殿下、ごきげんよう、智也さん、クダさん、ブール―さん、アトルさん、アトラさん]

 外交官たちは、まず王子王女に礼をしてから俺達に挨拶をした。互いの自己紹介が終わり、席に着く。
 俺はまず竜肉のスープを飲んだ。美味しい。

[素晴らしい味ですね、竜肉のスープは! 竜は貴方の国では多いのですか?]

[それほど多くはないな。魔王領の所にはいっぱいいると思うけど]

[魔王領とはどんな存在なのですか?]

[ゲームの魔王と同じだよ、破壊の限りを尽くす]

[ほほぅ。現地の人と敵対しているわけですね]

[アトラさん、服が良く似合っておいでです。それにあうアクセサリーを用意したのですが、受け取って頂けますか]

「アトラ、服が似合ってるって。後プレゼントくれるってよ」

 アトラは笑顔になって礼を言う。

[クダさん、貴方は本当に美しい。美神のようです]

「褒められているのはわかるぜ、サンキュな」

 外交官は全員に等しく話しかけてくる。農水副大臣は食事についてと農法について根掘り葉掘り聞いてくる。俺はすぐに通訳と会話で手いっぱいになった。

[王子殿下は政争で敗れたと聞きましたが、どのような事が起こったのですか?]

[うむ、余の母上は第二妃なのだが、身分が低くてな。第三妃がちょうど身ごもり、第三妃は余の命を奪おうとした。そこを、ケントとクダに助けられたのだ。しかし、その後正妃が身ごもり、正妃暗殺の嫌疑を掛けられてな。複雑な陰謀の兼ね合いでわが母と第三妃は処刑され、余とアンティも殺される所をそこのトモヤに助けられたのだ。トモヤは世界一優秀な魔法使いなのだ。特殊呪文に限定されるがな]

[それはそれは。では、バーク様はもしかして……]

[第一王子だ。まあ、処刑しようとされるのも仕方あるまい。侍女上がりの第二妃がまさか国を継ぐわけにもいかぬからな]

[魔法使いという事は、何か魔法を使えるのですか?]

[色々できるぞ。移動の術、精神融合、神々の加護であるパラメーターを操る術を操る事が出来るのだ]

[パラメーター?]

[この国にはないのだったな、例えば料理にパラメーターを振ると格段に料理がうまくなり、美味しいご飯が作れるようになる。ケントはケンドーにパラメーターを振っていてな。竜にダメージを与えていたろう?]

[話は聞いています。神々から直接のご加護を得られるとは……にわかには信じられません。羨ましい話ですな]

[その代り、パラメーターが無いと何もできん。余は精神融合を使ったからか、パラメーターを使わずともこうして賢くいられるが、トモヤは努力しても努力しても何一つ報われなかったそうだ。パラメーターを魔術に振っていたから]

[ようするに、才能を自分で決められるという話ですな。どの程度与えられるのですか?]

[生まれてから二十年間の間に一万ポイント配られる。ただし、赤ちゃんの時に言葉習得やハイハイに使ってしまう者が多くてな、トモヤのパラメーター制御の術を使わないと何かを極めるのは不可能だ]

[いちまんぽいんとでつかえるじゅつ、おおいもんねー]

[振り直しが出来るのですか?]

[神であろうと、それは無理だろう。トモヤが出来るのは五歳までパラメーター振りを禁ずる事だけだ]

[扉を扱う術は?]

[異世界間は一万ポイントだ。それゆえ、今までもこれからも異世界移動を出来るのはトモヤ一人だけであろ。余も魔術師になりたいのだが、魔術にも色々あってな。どれに振るか悩みどころだ。何しろ、振り直しが出来ないのだからな。いっそ全てに均等振りするのもいいかと思ってる。振り方によってはボーナスも入るしな]

[政権を取り戻すおつもりはないのですか?]

[四歳に何を言っておる。大体、王子になれば賢さや政治や礼儀作法や陰謀にパラメーターを振らねばならないだろう。それが余は辛いのだ]

[パラメーターに頼らずとも、勉強すればいいではないですか]

[パラメーターを持つ者に無きものが勝つ事は出来ない。特に我らの世界の人間は、こちらの世界の人間が持つ才が無い]

[なるほど……。神と会話する事は出来るのですか?]

[クダが祈りのパラメーターを持っているから、クダが神と話す事は出来るぞ。神の気が向けばの話だがな]

[なるほど……キーは智也さんと王子殿下、クダさんというわけですね]

「トモヤ、部屋に帰ったら逃げましょう。アースザゲートは使えますか?」

「急にどうした、ブール―」

 ブール―に話しかけられ、農水省副大臣に押され危うく協力を申し出かねなかった俺は注意をブール―に向ける。

「襲撃を考えられています。保護下で安全が得られないなら逃げた方がいい。私達の観光は考えなくていいですから」

[わかった]

[え、襲われるのか?]

 王子―――――! 日本語で言っちゃ駄目だ!

[誰が襲うのですか?]

[ブール―は陰謀が使えるから、余はいかなる企みにも掛からぬのだ。ブール―に見えぬ隠し事など無い]

 王子が胸を張る。

[なんですって! それは素晴らしい能力だ]

[リチャードさん? どういう事ですか?]

[わ、私は何も知らないぞ。そちらの思い違いだろう]

[殿下、ご安心ください。日本は万全の警備態勢で臨みます]

[うむっそなた達はお菓子をいっぱいくれるから、余はもう少しここに滞在したいぞ]

 お菓子に釣られて、わかっててリークしたな、王子。
 これは気を引き締めて置かないと……。

[そうだ、智也さんの移動の術、見せて頂いてもいいですか?]

[MPがここじゃあ回復されないからな……。あれ、少し回復している。そうか、竜肉か。うーん……一回、位なら……ただ、俺は特殊呪文適正にパラメーターを全振りしていて、命中率は0だぞ。出る場所は完全ランダムになる。魔王の真ん前の可能性だってある。それでもいいなら、扉を開くけど]

[自衛隊の護衛を用意させます。今日の午後にしましょう。それと、現地人に会えた時の為に何が喜ばれるか教えてもらえますか?]

 問われて、俺は考えた。

[宝石や金は向こうでも喜ばれてる。工芸品の類は向こうの匠はパラメーター使ってて凄いから、原料の方が喜ばれるんじゃないかな。後、こっちの食べ物とか]

[わかりました。午後までに用意しておきます]

 それから、護衛を増やした後、食堂を貸し切りにして色々な事を聞かれた。
 おやつや昼食ももちろん出される。
 皆、話が上手くて、中々飽きない。やはり中でも魔物やパラメーター制度に興味を持ったようだった。それが一番の違いだもんな。

[ほほう、全パラメーターが一万で三千でプロフェッショナルですか。となると智也さんは全振りしているから、その道のスペシャリストというわけですな]

 俺は若干胸を張った。

[事実上世界一だ。けど、あんまりパラメーターの事を根ほり葉ほり聞くのはマナー違反だぞ。皆細かいパラメーターの値は隠したがるからな。その人を超えたければ教えられたポイントより一上昇させればいいだけだから]

[なるほど。クダさんはやはり美貌に?]

[そうだ。クダは上の下ってとこか]

[凄いですね。これよりも上がいるとは。しかし、勿体なくないですか? せっかくのパラメーターを美貌に振ってしまうのは]

[小さい頃にも容赦なくパラメーターは振られるからな。考えてみてくれ。十歳で将来の半分が決まるんだ。それに、俺の住んでた孤児院では可愛い子は褒められまくっていたし、美と礼儀作法を推奨して貴族に買い取ってもらってたからな。それは仕方ない]

[それは……人身売買では?]

[孤児がそう簡単に職を見つけられるほど世の中は楽じゃない。強制してたわけじゃないし、人は選んでくれていたよ。美にパラメーターを振らなかった俺にも、洗濯屋の手伝いって仕事を見つけてくれた。シスターには感謝してるよ]

[なるほど。さて、用意が出来たようです]

 外交官が連絡を受け、俺は広場へと向かった。
 自衛官と米兵が並び、物々しい雰囲気に包まれる。
 俺は呪文を唱えた。広がる魔法陣。

「――ゲートザゲート」

 俺が言葉を放つと、扉が現れ、開く。
 それは、一つの店の前だった。道行く人が驚いてこちらを見ている。

「これ……私がバイトしてたとこだ」

[料理店に繋がったみたいだ。ここからだと城も遠いし、何にも出来ないと思うけど]

[見た所店が立ち並んでいるようですね。買い物をして今日は良しとしましょう。智也さん、通訳をお願いします]

 俺は渋々と扉を通る。農水省副大臣は、まず果物屋に行って言った。

[ここの品を全部ください。この金貨で十分ですか?]

[全部!? ま、まあいいけど……。これだったら金貨三枚かな]

「すいません、ここの商品全部ください」

「全部!? 豪儀だねお兄ちゃん……ってトモヤじゃないか!」

「久しぶりだな。この人、他国人なんだ。全部が珍しいみたいで」

「はぁ……。バーク様は元気かい? いいのかい、こんな所にいて。商品だけど、全部売っちゃうとお得意様がねぇ。少し残させてもらうよ」

「わかった。代金はこれで。すぐ扉を通って帰るから問題ないよ。バーク様は元気にしてる」

 自衛官達と米兵は荷物をキビキビと扉へと運んでいく。

[これ、炎砂とかいう奴ですね。日用品売り場でしょうか? 全部買いで]

「ココノ品ヲ全部クダサイ。コノ金貨デ十分デスカ?」

 あちらこちらで全部買いをしていく一行。俺の言葉を真似して、片言で交渉する人も出始めた。
 荷物を運び終わると、最後に料理店へと行く。

「料理長っ久しぶり」

「おー! トモヤ! アトラ! 心配してたぞ、元気か!」

「外国の要人を連れて来たから、美味しい料理を御馳走してやってくれませんか。これが代金です」

「よしっ二人が無事だった祝いだ、パラメーター全開で作ってやるよ! 料理は何にする?」

「帝国料理を全種類、お願いします。俺にはハンバーガーを一つ」

「よし来た!」

[今、料理長がパラメーターを使って料理を作ってくれるそうです。どうぞ食べて下さい。俺は念の為扉の所に戻って扉を維持しているので、料理が出来たら持ってきて下さいね]

 待つ事二時間、俺はようやくハンバーガーにありついた。
 料理長の料理に、皆大満足したようで、テイクアウトでいっぱい料理を運び込んでいた。
 全員戻り、扉を閉めようとした時だった。
 最高司祭様が武官を引き連れて走ってきた。

「げ。早く扉を閉めないと……」

「お待ち下さい、マゼラン様! 王子と王女を助命します! ですから、どうかお力をお貸しください」

「俺の秘宝を手に入れたんだろう? スクロールはあるんだし、これ以上どうしろって言うんだ。一生を掛けて呪文を編み出した身としては、せめて解読くらいは自力でやって欲しいものだが」

「有能な若手の学者一人を使い潰して、解読はしました……」

 最高司祭は痛ましそうな顔で言う。使い潰すってなんだ。有効活用って言えよ。そんなに解読作業は無駄だっていうのかよ。俺の研究をなんだと思ってるんだ。

「けれど、駄目なのです。スクロールを使う為には該当する魔術適性が半分、もしくは他の魔術適性が一万ポイント無いとならないのです。更に、命中率が無ければいけません」

「三千五百ポイントから五千ポイントなら大したことないだろ。命中率なら、新パラメーターだから俺も調べた。俺の補助呪文を研究すれば命中率一時アップの呪文は出来るはずだし、距離が近ければなんの問題もなく使えるはずだ。アトラとアトルも、戦闘で回復呪文と補助呪文を外さなかったろ?」

 最高司祭様はため息をつく。

「貴方は何もわかっておられない」

 俺は、ムッとする。

「何をわかって無いというんだ」

「王国の歴史上、パラメーター四千越えの人間はいないのです。闇武官は剣術重視で育てられる。巫女は祈りのみが出来ればいいと言って育てられる。にも関わらず、少なくとも自己申告で四千越えだと言ってきた者はいません。皆、三千を超えたと自慢顔で言ってくるのですよ。ましてや、一つの魔術適性に数千も振るなど狂気の沙汰。そして、貴方の術は多くのポイントを使用する術ばかりだ。五歳までパラメーターを振る事を禁じる? そんなもの、殆ど意味がない! 五歳になってパラメーターが振れるようになったとたん、嬉々として様々な事にパラメーターを振るのが目に見えている」

 最高司祭は、一息吐く。

「全振りするなど、正しく狂人の所業。幼い頃から偏執的で、粘着質で、極端でなければならない。精神異常者でもなければ無理なのですよ! 何故貴方は、そこまで壊れていたのです!? どうやって育てられたというのです!? いえ、そのような事よりも。ぜひ、次世代の育成をして欲しいのです。貴方はブール―やケント、アトラやアトルといった人材にさえも、偏執的なまでの極振りをさせる事に成功した。孤児院は既に用意してあります、ぜひ!」

「放っといて下さい」

 俺は扉を閉めようとする。農水省副大臣が、それを止めた。

[智也さん、見た所相当の身分の方とお見受けしましたが、なんのお話です?]

[この国の最高司祭様です。宰相のようなものだと思ってくれて構いません。魔王退治に力を貸せとか何とか……貴方方には関係の無い話です]

[お貸ししましょう!]

[え?]

[魔王が生む魔物の間引きをお手伝いするので、この場で協定を結んで欲しいと言って下さい。おい君、正式文書を持ってこい]

「えーと……異世界の奴らが、魔王の産む魔物の間引きを手伝うって言ってる。魔物の肉目当てだと思う。一応、竜は倒せる力を持ってる」

「魔物の肉を? しかし、それほどの力を持つなら侵略行為をしないと何故言えます」

「俺しか行き来できないじゃん。命中率ないから、出る所もランダムだし。これで他国を支配するってのが無理だと思うけど。上手く扉が繋がったら手伝える時に手伝うって感じじゃないか?」

「それで、マゼラン様は……」

「俺は関係ない。……ケントとアトラは魔王を退治するって言ってるけど」

 最高司祭は、目を見開き、崩れ落ちた。

「驚きました……そうですね、マゼラン様は最初からご自分で無く弟子を向かわせるおつもりだったのですね。私はてっきり見捨てられているものかと……」

「いや、俺は別に……」

「わかりました、私の責任で条約を結びましょう」

「……まあいいか」

[あの、条約を結ぶそうです]

[それは良かった! こんな事もあろうかと、輸出入に関する細かい条約を用意してあります。約して下さい]

[待って下さい! 私達も条約を用意してあります]

[我がアメリカも用意してある、検討して欲しい]

 俺は条文を約し、最高司祭と農水省副大臣と外務省とアメリカ大使の調整をした。

[このバーク様を次の王にしてアメリカの役人を宰相にしろってのは最高司祭様に伝えるまでもなく没で]

[しかし……]

[没で]

 条約の内容は大体、売り買いと出入国、魔物と戦って、倒した魔物を持ち帰る事を許すというものだった。
 この功績により、後日農水省副大臣は英雄に祭り上げられる事になる。
 そして俺は、間引き作戦には結局の所俺が必要だと気付き、膝を折るのだった。


 その後、自衛官もアメリカ大使も、買い取った物を分け合って分類分けし、俺に用途を聞いて整理するのに忙しそうだった。
 俺は用途を全て説明した後は、SPを引き連れてホテル内の買い物へと繰り出した。
 クダ達は喜んでくれた。王子と王女はぬいぐるみを買ってもらい、ご満悦だ。
 その後、ニュースを見た。大変な事になっていた。

[調査団からキストラン帝国は美味かった! という報告が上がっていますが、どういう事でしょう、外務大臣と農水省副大臣、防衛大臣にお越しいただいてます]

[まず、異世界の神々とパラメーターについて説明せねばなりませんね]

 外務大臣が、キビキビと図解をしながらパラメーターについて説明していく。早速新たな神をお祭りする神社を作るという事だった。そして、話は農水省副大臣に移った。

[副大臣は直接異世界に乗り込んだとの事ですが]

[重要な日本の食料を手に入れる為ですからね。当然の事です]

[異世界はどうでしたか?]

[いや、言葉に出来ないほどの美味さでした。料理にパラメーターを極振りしたというコックの料理を食べましたが、あれはなるほど、神の加護が無ければ作れるはずがない。竜肉を持っていかなかったのは迂闊でした、あのコックならさぞ美味しい料理を作ってくれたでしょうに。魚料理がまた絶品でしてな]

 農水省副大臣は切々と食事の美味さについて語る。他にいう事はないのか。

[まあ、話を聞いていてもわからないでしょう。本日は特別に、買い取った果物と竜肉を持ってきてあります。切ってありますから、一つどうぞ]

 そしてラジュの実と竜肉が配られる。あれは高級な果実だ。瑞々しくて甘い果物。

[美味しい! 竜肉の濃い味の後に、果物のさっぱりとした甘みが最高ですね。こんな食べ物がいっぱいあるんですか!?]

[いっぱいありました]

[しかし、ただ一つ、魔物を狩りに行くに当たって問題が……]

 防衛省大臣が暗い顔で言う。

[何か問題が?]

[予算が無いのです。竜クラスの魔物が闊歩する場所となると、当然自衛隊以外にはできません。そして、自衛隊でもそれ相応の装備で無くてはなりません。しかも、智也さんが扉を魔力で開いている、ごく短い間に魔物を倒し、運び出さなくてはならないのです。それに必要な装備はいくつかピックアップしているのですが、どう考えても予算が足りなくて……]

[ある程度は農水省からも出します。それよりも問題は、扉がどこに開くかわからない事でしょう]

[問題は山積みのようですが、国交が開けるといいですね。では、次の話題です。世界中から、なんで竜を食べちゃったのという質問が来ています]

[食文化は国それぞれで違います。互いの伝統は尊重しあわねばなりません]

 竜を食うのは伝統じゃないだろ。俺は無駄と知りつつテレビに突っ込んだ。

[しかし、もう少し研究してからでも良かったのではないでしょうか。疑問は募ります。竜肉現場に繋ぎます。小酒井さーん]

[はーい、小酒井です。竜が倒れてから丸一日が経過しています。解剖学者の解体は順調に進んでいます。竜の肉は三分の一ほどが無くなったでしょうか。各地から人が訪れては竜肉を買っていっています。あ、料理人らしき人が大量に買ってトラックに積んでいますね。ではインタビューをしてみましょう]

[竜肉、すっごく美味しいです。信じられない!]

[異世界の人達ってこんな美味しいものを食べてるんですか?]

[国交が開いたら食べ歩きをしたいです]

[以上、現場からお送りしました]

 ……竜肉がおいしいって、教えない方が良かったのかな。
 俺はテレビを消して、天を仰いだ。明日は、美咲に会いに行く。
 その時俺は、全部をふっきる事が出来るだろうか。
 俺はベッドに入り、目を閉じた。



[15221] 極振りっ!11話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/09 08:10



 今日は美咲を助けに行く日だ。
 不思議に心は落ち着いていた。

「……よし」

 身支度を整え、美咲を迎えに行く。テレビはつけない。
 アトラが、俺の手をそっと包んでくれた。
 クダまで少し、緊張しているようだった。
 王子と王女が俺の服の裾を両側からつかむ。
 ケントとブール―が両脇を固め、アトルが俺の後をついてくる。

[おはようございます。今日は美咲さんとの面会ですが……準備は、いいですか?]

 俺は頷き、車へと乗った。
 猛スピードで流れていく景色。かつて、俺は病院に行きたくないと思った。
 今はただ静かな気持ちだった。俺は美咲を超えに行く。大丈夫、俺は美咲より優れている。これが終われば、俺はこれからも歩いていける。
 長かった。ここまで来るのに二十年掛かった。
 アトラとアトルの笑顔。書物を読むブールー。木の棒を只管振るケント。殴ってくるクダ。布に包まれて眠っていた王子と王女。走馬灯のように過去は駆け廻る。
 当たり前だ。俺はマゼランをも終わらせに行くのだから。そして、俺はトモヤとして生きる。
 病院についた。病室は昨日の事のように覚えてる。俺は歩く。病室に向かって。
 病室の前につき、一つ息を吐いて扉を開ける。
 母と父が、待っていた。

[なんなの、貴方。智也の名前を名乗って、美咲に何をしようというの。美咲に触らないで! いいえ、智也は悪魔の子だったのよ。得体のしれない死に方……美咲に、私の美咲に何か悪い事をしようとしてたに違いないわ。もう放っておいてよ。美咲に触らないで! お願い、お願い……]

[お前、相手は美咲を救って下さると言ってるんだ。このままでも死ぬ確率は高いと先生が言ってる。任せてみよう]

 俺はぺこりと頭を下げる。王子がぎゅうっと服の裾を掴み、アトラが俺の手を強く握る。
 美咲の元へと、進む。美咲は更に痛々しい格好になっていた。
 機械に繋がれ、点滴をいくつも打たれ、人工呼吸器をつけている。

「じゃあ……」

「いい、アトル。俺がこの手で癒したいんだ」

 そして俺は医師に告げた。

[あの、機械を全部取り外して下さい]

「しかし……」

「大丈夫です」

 医師は、戸惑いながらも一つずつ機械を、点滴を外していく。
 その間、俺は荷物の中からマジックポーションを取り出し、一息に飲んだ。
 湧き上がる、魔力。
 俺は癒しのスクロールを取り出す。

「――ラグルピース」

 美咲の周囲に魔法陣が光る。

「美咲!」

 母さんが叫んだ。
 光が美咲を包み、美咲は目を見開いた。当たり前だ、俺の呪文に不備はない。
 美咲は俺を見て、一切の躊躇なく言う。

「トモヤ……ううん、マゼラン……長い、長い夢を見ていたよ……」

「ああ」

 母さんが、後ろで美咲、と声を上げた。美咲に駆け寄ろうとして、ケントに取り押さえられる。俺と美咲の邂逅を邪魔する者は誰もいない。

「ふふ……トモヤ、自信と呪文を取り戻したんだね……。おめでとう……」

「ああ」

 俺は、差し出された美咲の手を握った。

「これで、俺とおまえは対等だ」

 勝利宣言をする予定だったのだが、口から飛び出したのは違う言葉だった。
 アトラとクダが、俺の横に寄り添う。

「トモヤ、良かったね……ようやく、会えたんだね……」

「トモヤ、この人が勇者様か? 俺が憧れていた……」

 二人が、俺に囁いた。

「……その人達は?」

 美咲が、静かな声で聞く。若干のトーンの変化。それを感じた王子と王女は、正しく行動した。
 王子はアトラにくっつき、王女はクダにくっつく。俺の裾も握ったままだ。
 そうして、二人は叫んだ。

[[ママ―、おばさんのお怪我治ったよー]]

[そう……トモヤそっくりの黒髪とその金髪の女の子にそっくりの緑の眼……そちらのトモヤそっくりの黒眼とそこの綺麗な銀髪の女の子にそっくりの銀髪の子は……トモヤの子なの……?]

[ち、違うんだ美咲。この子達の悪戯だ。ほら、クダは男だろう?]

[魔法ってすっごいね、ね、パパ!]

「そう……ふふ……そう……ふーん……」

 俺はじりじりと後ずさりする。空気を読まず、アトラとクダは王子と王女を出してそれぞれ俺の耳元に囁いた。

「紹介してくれる? トモヤ」

「紹介してくれよ、トモヤ」

「なんの紹介かしら。いつの間に向こうでは一夫多妻制になったの?」

 美咲が起き上って、淀みない向こうの言葉で話す。

「マゼランの……マゼランの……マゼランの……」

 美咲が、絞り出すような声で言う。

「浮気者―――――――――――――――――――――!!」

 美咲が思い切り振りぬいた足は、俺の大事な所を直撃した。
 アトルが慌てて回復呪文を使う。アトラが俺を問い詰める。クダが悲鳴を上げる。
 美咲が般若の形相で俺の胸ぐらを掴む。
 ブール―がため息をつき、ケントが動揺し、王子王女がパチパチと拍手をする。
 政府の人達は回復呪文について問い詰めてくる。
 俺の中のマゼランは美咲に言い訳を繰り返し、俺は痛みに悶絶する。
 キュロスの笑い声がどこからか聞こえ、俺は心の中でキュロスを殴った。



[15221] 極振りっ!最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/10 05:59




エピローグ




「美咲……俺はたった今、マゼランに決別を告げた。後はどこへなりと消えて、何も出来ないトモヤとして、生きていこうと思う。アトラ、それにお前を巻き込む事は出来ない。お前は向こうの世界で幸せに暮らして欲しい」

「つまり、逃げるんだな」

 クダが斬って捨てる。アトラと美咲は、俺の腕を持って睨みあっていた。

「トモヤ、私、トモヤにどこまでもついて行くよ。何にも出来ない事は慣れてる。ね、トモヤ。私と一緒にいっぱい子供を作ろう。子供達を、全員魔術師にしよう」

 アトラの提案に、俺は顔を顰めた。アトラの事は嫌いじゃない。しかし。

「嫌だよ。それだと束になったら俺より優秀なチームが出来ちゃうじゃないか」

「アトラはマゼランの事を全然わかってないね。自分が一番でいたいマゼランが弟子を取るわけないじゃない」

「余がいるぞ!」

「いるぞー」

 王子と王女が手を上げ、俺は呟いた。

「まあ、一人二人位ならいいけどな」

「じゃあ、その一人二人を作ろうよ! ね! こっちで育てるのでもあたしは構わない。成人したら向こうに送り出せばいいだけだから。あたし、ケントと共に魔王を倒してトモヤに相応しい女になってくるから」

「アトラ……そこまで、俺の事を……けど、俺は……」

「マゼラン、マゼランは私にずっと一緒だって言ってくれたよね。私の為に命を使ってくれたよね。マゼランは、ううんトモヤは、魔術を使ってこそトモヤだよ。魔術を持たないトモヤなんか、それこそトモヤじゃないよ。私はマゼランに、政府直属の魔術師になって、今度こそ栄光を手にして欲しい。私はそれを手伝うよ。また一緒に歩いていこう」

 美咲の説得に、俺は首を振る。

「俺はトモヤだ。もうお前のマゼランじゃないんだ」

 美咲は、笑んだ。

「マゼランは変わらないよ。努力家で、偏屈で、最高の魔術師だから、私は好きになったんだよ。それはずっと変わらない」

「美咲……」

 ミトの日記にあったマゼランへの想い。
 俺は美咲を憎んでいた。でも、今、自分の唯一を見つけてようやく認める事が出来た今、認めよう。
 俺を見ていてくれたのは美咲だけだったと。

「トモヤはもう、貴方とは何も関係が無いんだから!」

 アトラが美咲に言う。

「私はマゼランのパートナーで、トモヤの双子の妹だよ。それで、貴方はなんなの? トモヤの弟子ではないみたいだけれど?」

「……っ私は、私はトモヤの……トモヤは、陛下から私を助け出してくれたもん」

「だー、なんでトモヤがこんなにもてるんだよ。こんなに性格悪いのに!」

「安心しろクダ。こっちじゃ嫌われてる」

 本当に、なんで俺だったんだろうな。
 俺は誰にも何も与えないのに。魔王退治だって、俺は手伝うつもりはないのに。

「とにかく俺は、栄光なんて興味無い。俺が一番だって証拠さえここにあれば十分だ」

 俺は自分の胸を指し示す。

「まあ、バイトでもしてその日暮らしするさ。貧乏暮らしには慣れてる」

「それは無理だと思いますよ」

 ブール―が、そこで口を出した。

「なんでだ?」

「政府の護衛が無くてはここでも向こうでもすぐに浚われるからです。ニュースを見てないんですか?」

 俺は美咲の病室のテレビをつける。
 そこには、外務大臣と握手をする映像や異世界探索の様子が放映されていた。
 俺の姿もばっちり映っている。

[話は終わりましたか、トモヤさん]

[俺の姿がなんでテレビに!?]

[なんでって……言ってませんでしたか? あ、この国で働きたいとの事で、早速国家専属魔術師の職を作っておきました]

[言ってない! 俺はそんな職になんかつかない!]

[ご家族の護衛も怠りなく行うのでご安心ください]

 ……! 

[トモヤ、トモヤに言う事を聞かせようと色んな人が私を狙ってくるだろうけど、ちゃんと守ってね]

 美咲が抱きついた。

「――ゲートザ…………」

 呪文を唱えようとした俺の手を、握りつぶさんばかりにして美咲は笑った。

[私を見捨てるなんて言わないよね、トモヤ。それに、指名手配なら向こうでもされてるじゃない。もう、自分一人こそこそと安全な場所で才能を無駄にして過ごす事は出来ないんだよ]

 それが唯一の俺の生きがいなのに。俺の安息の地はどこだ。








[魔王にも人権はあるぞー]

[魔物の肉の工場はどうするつもりだー]

[魔物絶滅はんたーい!]

 デモ隊がなにやら騒いでいるのを、俺は冷たく見降ろした。そして、息を吸う。

[我は大魔道士マゼラン! 神々とキストラン帝国王子殿下バークレイ様の命により、今代の勇者ケント、魔法使いアトラを導き、魔王を倒す! 平和の為に!! 地球の人間は魔力を持たぬまっずい肉でも食ってろ]

 俺はいらない一言を最後に付け加え、人々の罵声を一身に浴びる。

「もう、トモヤったら……」

 アトラが苦笑して俺に寄り添った。ケントが、刀を掲げる。






『げっブール―!』

 呼ばれて新米外交官であり、日本政府の最終兵器であるブール―は顔を上げ、笑んだ。

『楽しい会談をしましょう、大使殿?』

 陰謀はその性質上、体が光ったりはしない。
 ブール―と会談を行う者は知らぬうちに心を見破られる恐怖と相対せねばならないのだ。
 ブール―は外交官を獲物を見る目で見ながら、ケント達に想いをはせた。今頃、出発した頃だろうか?






「――ゲートザゲート」

 予想した通り、アトラに強化された巨大な扉は魔王の本拠地に開いた。
 王子が、興味深げにその辺を見まわしてから、号令をした。

[ゆけいっケント!]

 自衛隊が扉の中に進軍していく。ケントとアトラはそれについて行く。梅雨払いは自衛隊がしてくれる。ケントとアトラは、魔王を倒す事だけ考えればいい。
 竜を見つけ、自衛官達が眼の色を変えた。
 自衛隊の護衛する学者集団の中には、動物学者や養殖業者、料理人が混じっている。
 彼らも眼の色を変え、小さな魔物を追いかけ始めた。些細な傷など気にしない。
 今は、目の前の御馳走を平らげる事で頭がいっぱいだから。









[さあ、世紀の料理対決! 軍配はどちらに上がるのかー!]

「神に勝つぞ!」

「「「「「オー!!」」」」」

 日本、中国、イタリア、フランス、インドの五国の天才コック達が拳を振り上げる。
 料理長は一人、包丁を吟味し、にやりと笑った。
 あるテレビ番組で企画された料理対決。天才コック達と、料理に極振りしたコックとの対決。それは、天才コック達にとって正しく神への反逆だった。
 奇跡を起こすべく、地球産の才能を見せ付けるべく、コック達は戦う。
 料理長にも、負けられない理由はあった。
 魔王を倒した祝勝会には、勝った方の料理がふるまわれる。
 勇者とアトラに、そしてトモヤに、最高の料理を。


 俺は自衛隊を見送った。次々と囚われた魔物が運ばれてくる。
 扉が、襲撃される。自衛隊が俺の盾となる。俺が死ねば扉は永遠に失われるから。
 魔物が放つレーザーのような物が閃き、俺は自衛官の人に突き飛ばされた。閃光。
 銃声。

「くそっ腕がやられた!」

「ロケットランチャーを持ってこい!」

 王子が、不安そうに俺の服の裾を掴んだ。
 ケント、そう長くは持たないぞ。早く戻ってこい。








 クダは神主の服装をして赤子を抱き、神に祈る。

「キュロス様、この子にポイントを」

 クダは白い空間にまたたく間に移動した。
 キュロスが現れ、ため息をつく。

「やれやれ、またですか。確かに一日一回呼びかけに答えると言いましたが、こう毎日は……。申請の手続きも面倒なのですよ。それで、この子に与えられた才能ですが、全て奪う事になりますが構いませんか。見た所、絵の才能が高いようですが」

「両方よこせだそうだ」

「我儘ですねぇ。申請は却下します」

「だよなぁ。祈りに答えてくれてサンキュな」

 クダは子供を親に帰すと、諭す。

[この子は素晴らしい絵の才能を持っているので奪うのは忍びないそうです。申請は却下されました]

[そんな! そこを両方! なんとかなりませんか、生まれる前から予約してたのに]

[才能かポイント、どちらかしか選べないと言っていたはずです。神に無理を言って、両方の才能を奪われても知りませんよ。才能があるのがわかっただけ、喜んであげて下さい]

 親を何とか納得させ、返す。トモヤの呪文の予約も溜まっている。トモヤが帰ったら、さぞ驚くだろう。クダはトモヤを想い、空を見上げた。










 歓声が起きる。
 ついに魔王を倒したのか。

「ケント……」

 俺は駆ける。
 笑顔の自衛官が、トラックを持ってこいといった。
 竜の巨体がその後ろにあり、俺は座り込む。

[なんだ、竜か……]

[竜かじゃないですよ。竜を売ったお金は防衛省に入る予定になっているんです。この巨体、魔王退治で高騰する値段を考えたら一兆はいける!]

[それはそうだけど……無事かなぁ、ケント達]

[無事に決まっている。余の部下なのだから!]






 ケントは剣を振るう。高い金属音。
 魔王はさすがに硬かった。やはり、剣術八千ポイントでは低すぎる。一万ポイント必要だった。ケントは子供の頃、人語理解にパラメーターを振ってしまった事に後悔する。
 あれは究極の無駄振りだった。人語など、誰でも育つうちに習得するのだから。
 しかし、赤子の頃の事を言っても仕方ない。
 彼の主が首を長くして魔王を倒すのを待っている。
 それに、早くしないとトモヤが魔物の餌になってしまうかもしれない。
 ケントは剣を握り直した。









 
 悲鳴。まさか、ケントが。俺が顔を上げると、はるか遠くから魔王を倒した、というケントの声が聞こえた。

[ああ、もう竜肉が食べられないのか……]

 悲嘆にくれる人々。そこに、一人の料理人の歓喜の叫びが響き渡った。

[魔王は……うーまーいーぞー! 竜肉以上だ!]

 食ったのかよ!! ちょっと待てそこの料理人!
 あがる歓声。

[いや、魔王はちょっと]

[なんだよ、俺は食うぞ]

[わー、俺らだけで食おーぜ―]

[駄目だ、売って新しい戦闘機を買うんだ!]

[貧乏って悲しいっすね、先輩……]

 俺はため息をついてそれを見守る。
 ケントがアトラに支えられて現れ、駆け寄った。

「トモヤ、バーク様……やった、やったよ!」

「ああ、お前達は俺の誇りだよ」

「ケント、アトラ、褒めてつかわす!」










『ミスターアトル。この方は大切な方なのです。この方の手腕により、戦争が防げる可能性が高くなるのです。どうか、回復を』

『わかっています』

 アトルは呪文を唱える。包帯でミイラのお化けのようになってしまった要人に向かって。
 魔法陣が光り輝き、傷が癒えていく。要人は起き上り、頭を押さえた。

『ここは……』

『貴方の傷は癒しました。今日は扉の開通日なので、僕はこれで失礼します』

 アトルは走った。まだ魔王との戦いは続いているのだろうか。
 いた。
 ケントだ、無事だ。アトルは口の中で呪文を唱えた。









[アンティセルト王女殿下、魔王退治成功と五歳のお誕生日おめでとうございます!]

[アンティセルト王女殿下はパラメーターはいかがなさいますか?]

[アンティセルト王女!]

 着飾り、ブールーにエスコートされた小さな王女様は笑って答えた。

「私はもう使うパラメーターを決めてあります。それは……」













「――アースザゲート」

「ケント! バークレイ王子殿下。どうしたのですか、そのぼろぼろの服は」

「最高司祭様……キュロス様の奴……。まあ、いいか。最高司祭様、魔王を倒しました」

 俺が言うと、最高司祭様は眼を見開いた。

「魔王を!? それは確かですか!」

「あらかたの強い魔物は狩りましたので、確認しに闇武官を向かわせてはいかがですか」

 アトラが言うと、最高司祭様はじりじりと後ずさる。

「パレードだ……! パレードの準備を!」

「え、そんな……あ、行っちゃった」

「二人で楽しめよ、アトラ、ケント、バーク様。俺はここで見てるから」

「バーク様とトモヤも一緒に……」

「ここで見守っていたいんだ。お前達の雄姿を」

「余もここで見ているぞ。余は命じただけだからな」

「トモヤ……ああ、行ってくる」

 ケントが、アトラの肩を抱いて向かった。










[……こうして、勇者マゼランと従者ミトは魔王を倒したのです。だからみんな、極振りって大事なんだよ。わかった?]

[[[[[はーい]]]]]

 美咲は子供達に祝勝会の様子を見せる。

[明後日、勇者様達が帰ってくるから、そしたら皆に会わせてあげる]

 子供達……向こうの世界から引き取ってきた性格の悪そうな……トモヤと精神融合した子供達に、美咲は笑いかける。彼らはCチーム。美咲の担当の、愛しいマゼランの分身たち。
 その周囲には科学者達が、カルテを持って立っていた。
 顔には笑顔を張り付け、冷静な眼差しで子供達を見つめながら。
 パラメーターの細かな数値を聞いてはいけない? 科学者達に、そんなルールは関係ない。パラメーターという不可思議な機能の解明を。そして日本に、優秀な人材を。
 魔術のパラメーターはこちらでは役に立たずとも、他のパラメーターは役立てる事が出来るのだから。








 ケントとアトラが煌びやかな服を着て武官や文官に傅かれ、大きな馬車に引かれて手を振っていた。
 それを俺は眩しいものを見る目で見つめる。
 こんなはずじゃなかった。けれど、俺の子供達、弟子達はこんなにも立派に育ち、輝いている。
 これが、幸せというものなのだろう。
 アトラが俺に気づき、いっそう激しく手を振る。俺は苦笑をしながら手を振り返した。
 二人の姿が見えなくなり、俺は手を振るのをやめた。
 アトルに、王子と一緒にお菓子を買いに行かせる。
 子供達、弟子達はこんなにも立派に育ち、俺を超えてしまった。
 魔術知識では俺が一番だけど、そんなものは関係ないと思わせる何かが子供達、弟子達にはあった。
 俺がパラメーターを封じた子達は何人もいる。その子達は、一人ぐらい特殊呪文を覚える者もいるだろう。この世界との橋渡しは、そいつらに任せる。
 俺は、俺の一番になれる世界で、今度こそひっそりと過ごそう。それが俺の幸せだ。

「――ゲートザゲート」

 俺はわかりやすい場所にありったけの魔力を込めて扉を出現させる。
 通じたのは、新宿駅の前。人々が、興味深げに扉を覗いてくる。
 ここからならケントもアトラも無事に帰れるだろう。
 戻るかどうかはお前達が決めるがいい、ケント、アトラ。
 そして俺はもう一つ扉を開ける。更なる異世界への扉を。

「――ゲートザゲート」

 いっぱいの幸せなるものを抱きしめて、俺は平安を手にする為に、波乱の世界へと飛び込む。
 小さな影が、目に入った。

「バーク様!?」

「余も連れて行け、トモヤ」

「だって……アンティ様はいいのか!?」

「アンティは知っておる。そなたと精神融合していたのだぞ。その上で余を送り出したのだ。アンティセルトは強い女だ」

 王子は胸を張った。

「回復役がいて、損はないでしょ。僕ならどこでも必要とされるし」

 アトルが笑った。

「どこでも狙われるの間違いだろ、どうするんだよ」

「まあまあ、もし何かあったらゲートザゲートで逃げればいいだけの話じゃない。マジックポーションは持ってきてあるんでしょ」

「まぁな。でも、ダーツを放つのがキュロスだぞ。意地の悪い場所に投げるに決まってる」

 俺が言うと、白い空間に入って小さな少年……キュロスが殿下と呼んでいた者が現れた。

「心配無いぞ。キュロスは忙しいから、余が投げる」

「げっ」

 殿下は小さな紅葉のような手で目隠しをし、ダーツを投げる。

「まっ……」

 俺が止める間もなく、殿下はダーツを投げる。ダーツは星々の間をすり抜け、どこまでも深い暗闇に落ちていった。

「マゼランよ! そなたの行き先が決まったぞ」

「どう見ても外れてるんだが」

「うむ! そなたの行き先は、地獄だ!」

「何―!! ちょっと待て殿下!」

 俺とアトルと王子は、真っ暗闇に投げ出された。
 空中に出た扉から、俺とアトルと王子は順番に投げ出される。
 そこでは、蝙蝠の羽をはやした赤子を庇った、狼の頭をした傷だらけの男が化け物に囲まれて立ち往生していた。

「――ラグルピース」

『なに、傷が癒えてゆく!? これはもしや伝説の、神々が使うという技! そなたらは一体……いや、誰でもいい。頼む。この方はこの国の第一王女。どうか助けてくれ』

 おお、念話のようなものか?

「魔力はある世界のようだな。問題ない範囲か。とりあえず、移動する。――アウェイザゲート」








 トモヤが消えてから十年が立とうとしていた。
 誰もが、トモヤの事は諦めろという。そして、子供達に特殊呪文に極振りさせる事に躍起になっている。けれども、アトラと美咲とアンティセルト、彼女ら三人は信じていた。己が半身達の帰還を。
 確信がある。彼らが死ねば、必ずわかる。それほどに絆は深い。
 今、彼らは元気なはずだ。そして三人は夢を見る。太陽も昇らぬ暗黒の国の冒険譚を。

「アンティセルト王女殿下、アトラ! 非常警報です! 某国がミサイルを発射してきました、ご出動を」

「――パラドルグ」

 アトラの放つ単体強化呪文がアンティセルトを強化し。

「――ラーズロートバズン」

 アンティセルトが広範囲防御呪文を唱える。
 それは上空を広く広く包み、ミサイルを遮断した。既に神の域でしかあり得ない、その魔術。
 マジックポーションは残りわずかだ。魔術を参考にしたバリアの開発が急がれている。
 バリア開発の主力はもちろん、バリア作成技術に極振りしたCチームの子供達だ。
 日本はアンティセルトのお陰で、日本本国にミサイルを撃ち込まれても問題にしないようになった。安全保障的に、頭の痛い事だとアンティセルトは思う。
 アンティセルトは政治家になる予定だ。
 この国を守りたいと思って覚えた防御呪文だが、上手く守りすぎて出来てしまった平和ボケを何とかしたいのだ。
 防御呪文以外何もないアンティセルトだが、周囲はそこを努力してなんとかするのが地球人で、アンティセルトは地球人だと言ってくれている。
 一つ息をついて、アンティセルトは言う。

「兄様は元気にしてるかの……」



 トモヤは、王族御用達のお茶を飲んでのんびりとしていた。アトルは治療に出かけている。ここにいるのは二人きり。ようやく手に入れた平穏。トモヤは知らない。トモヤの影に、常に魔族の護衛兼監視が張り付いている事を。

「なぁ、バーク様。そろそろ教えてくれたっていいだろう。何にパラメーターを振ったのか」

 王子は、苦笑する。

「実は余は、まだ振っていないのだ。これから振ろうと思っているのだが、優柔不断でな」

 そして、王子は振りむいて言った。




























「だから、そなたが決めてくれ。余が生まれてから、ずっと見守ってきてくれたそなたが。余は、それに応えよう」



[15221] 極振りっ! IFもしもカリスマがあったら
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/10 17:13





 ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
 ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
 賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
 ようやく、賢さが、カンストになった。
 体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
 MPが切れたらそこでもう終わり。
 俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
 彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
 一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
 目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
 ゲームクリアに、興味はなかった。
 俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
 仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
 いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
 ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
 しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
 俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
 深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
 服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
 枯れ枝のような手。
 毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
 外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
 その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
 誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
 彼だけが魔王を倒せたのにと、世界を嘲笑いながら消えていくのだから。
 俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
 派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
 他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
 その夢はこの上なくリアルで、懐かしく、俺が老魔法使いなような気さえしてきていた。
 けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
 勇者と王妃が、訪ねて来たのだ。
 若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
 そして、美しく、強制的に人を惹きつけるような力をもった女。王女は幼馴染の真菜そのものだった。
 魔王を倒そうと勇者は言う。
自信満々で、王女は妾について来いと言った。老魔法使いはにべもなく断った。
老魔法使いは知っていた。王女の魅力がパラメーターによるものであり、大魔法使いである老魔法使いには通用しないのだと。
勝利感にいやらしい笑みさえ浮かべて断る老魔法使い。
王女は驚き、呆れたように言った。
魔王を倒して欲しくば、自分を夫にしろとでも言うのかと。
老魔法使いは笑い飛ばす。
お前のちんけなパラメーターなんぞ効きはしない。他の誰もがひれ伏そうと、このマゼランだけはひれ伏す事はない。さあ、さっさと帰るがいい。
俺は胸がすっとした。それでこそ、老魔法使い。
 しかし、勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
 強引な勇者と、マゼランの忠誠を得ようとムキになった王女に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。
 俺は得意げにしていた顔を一転、歪ませる。

「やめろ、やめてくれ!」

 俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
 老魔法使いが勇者に、王女に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
 どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
 魔物との戦いで疲れた二人を、王女はどんな時も笑顔で癒してくれた。
 強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
 勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
 これも全てはむりやりにでも外の世界に連れ出してくれた勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
美咲に感謝? 胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
夢を見た後、吐くことすらあった。
けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
 いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
 老魔法使いは呪文を唱え始める。
 老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
 老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
 今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
 老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
 そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
 それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
 王女がどうなったのかは知らない。きっと英雄として崇められでもしたのだろう。
 俺は夢を見なくなって心底安堵した。
 気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
 美咲が勝手に進めたのだ。
 俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
 けれどもそれは、全ての始まりにしか過ぎなかった。




一章




 五時に起きて、顔を洗う。鏡に映った俺は冴えない顔で、目つきも悪く、どことなく陰湿なイメージを与える。背も男にしては低い。
 ジャージに着替え、まだ暗い空の下、ランニングに出かけた。
 冷たい空気が、心地いい。
 二時間後、汗だくになった俺は家に戻り、隣の部屋の扉を一度、力を込めて殴った。

「うーん……」

 扉の中から美咲の声がするのを確認すると、俺は風呂に行って汗を流した。
汗を流し、部屋に戻る。髪を乾かし、茶の間に向かう。
皆もうご飯を食べ終わっていて、後は俺だけだ。

「智也、早く食べちゃいなさい」

「わかってる」

 食事を大急ぎで掻き込んでいると、玄関から声がした。

「美咲―。まだー?」

 美咲の友達の茜だ。

「はーい。今行く」

 美咲は慌てて玄関へ向かう。
 美しいストレートの長い髪。ぱっちりした大きな目。ふっくらした唇。モデルのような高い背。
 二卵性とはいえ、とても俺と双子だとは思えない。

「美咲、気をつけるのよ」

 母さんが美咲に声を掛ける。

「うん! 行ってきまーす」

 俺はその間に歯を磨き、黙って家を出た。
 美咲は道行く人と挨拶を交わし合う。近所の人々も、笑顔で美咲に挨拶をしていく。
 俺は誰とも挨拶をせず、美咲と距離を取って無言で学校へと向かった。
 学校に着くと、美咲の周りにすぐに人の輪が出来る。
 俺はそれを無視し、教室の隅の席に座って教科書を出した。
 昨日の夜はどうしても最後の応用問題が解けなかった。もう一度基礎を確認せねばなるまい。解けなかったのはこの一問だけなのだが。
 本当は教師の所に聞きに行ければいいのだが、美咲に聞けばいいと言われて以来、俺は教師を頼るのをやめていた。
 美咲は、友達と談笑を始めている。

「宿題、やってきた?」

 茜に聞かれ、美咲はぺろっと舌を出す。

「忘れてきちゃった。当たらなきゃ大丈夫でしょ」

 ふん、後で困ればいいんだ。
 一時限目は、ちょうど宿題を出された数学の授業だ。
 授業が始まり、数学の教師は宿題に出した問題を黒板に書いた。

「野田、古田島、矢野、御手洗、智也。解いてみろ」

 最悪だ。よりによって解けなかった最後の問題に当たってしまった。
 俺は黒板に向かい、途中まで式を書いて戻った。

「なんだ智也、出来なかったのか。駄目だぞ、ちゃんと勉強しないと。美咲、解いてみろ」

「はーい」

 美咲はスラスラと俺の解けなかった問題を解いていく。俺は歯を食いしばった。

「双子なんだから、教えてもらえ」

「…………」

 この教師は、その言葉がどれほど俺を傷つけているのか気づいているのだろうか?

「いっつも勉強してるくせに、格好悪いよね」

「茜!」

 こそこそと茜がいい、美咲が茜をたしなめた。
 俺を庇うなよ、美咲。俺の中に、暗い炎が燃え上がる。
 二時限目の英語。今度は美咲が教師に当てられた。
 朗々と響く美咲の声。中にはうっとりと聞きほれる者すらいた。

「ビューティフル! 素晴らしいです、美咲さん。完璧な発音ね」

 俺は悔しく思いながらも、正しい発音らしい美咲の声を頭に刻みつける。俺は英語が特に苦手で、うまく発音出来なかったから。
 三、四時限目は体育だった。
 俺はほっとした。ようやく、美咲と離れられる。
種目は百メートル走。ランニングは毎日やってる。

「よーいっどん!」

 合図とともに、俺は力強く大地を蹴った。走る、走る、走る。
 タイムは……やった! 一秒も縮んでる!
 俺は無関心を装いつつ、歓喜した。
 意気揚々と教室に帰ると、美咲が既に教室についていて茜とお弁当を広げながら談笑していた。

「美咲、凄く早かった! 絶対あれ、男子並みのタイムだよ!」

 話していたタイムは俺のものより短かった。
 俺は、落胆して弁当を持って誰もいない屋上に向かった。
 一人で、弁当を食べる。食べ終わると空を見上げた。
 青い空は、どこまでも広がっている。それでも、俺の世界は灰色だった。

「俺、何か生きてる意味あんのかな……」

「そのような事はないぞ、智也。いや、遅くなってすまなかった。慕ってくる者達を振りはらうのが大変でな」

「真菜……」

 でかい胸、花のような美貌、勉強もスポーツも出来る真菜。美咲ほどではないが、真菜もまた万能だった。しかし、真菜が圧倒的に勝っているものがある。それは人望だ。
 真菜はアイドルをしているが、そのカルト的人気は凄まじいものがあった。
 今日の午前も、確か仕事だったはずだ。

「また、いつもの、俺には何か誇れる事がきっとある、か。ないよ、そんなもの」

 真菜は首を振る。

「そのような事はない。神は平等なのだ。私や美咲が与えられた分の恩恵を、トモヤもまた得ている。妾にはわかる。まあ、智也の良さは妾だけが分かっていればいいのだがな」

「俺の何が優れてるって言うんだ。慰めは要らない」

「それは……妾だけが分かっていればいい事だ。智也はただ、妾に忠誠を誓えばいい。妾は、智也に忠誠を誓わせる為だけに生きているのだ」

 なんだって言うんだ。真菜は変人だ。アイドルのキャラ作りか何か知らないが、自分を妾なんていい、俺に忠誠を誓うよう迫る変人。
 真菜が俺の手を握ると、何か真菜に強制的に従いたくなるような想いがこみ上げる。
 俺は夢の中の老魔法使いのように、問題なくその思念の触手を振りはらった。

「誰がお前なんかに忠誠を誓うかよ。同情も誰かの情けにすがるのも、俺はごめんだ」

 俺は手を振り払って立ち上がる。

「それでこそ、智也だ。妾は、なんとしても智也、そなたを手に入れるぞ」

 俺は軽く手を振って別れた。
 五時限目は古文、六時限目は地理だった。幸い、この時間は美咲と比べられるような事は起こらなかった。
 授業が終わると、足早に剣道部に向かう。
 俺が一番だったらしく、すぐに着替えて素振りを開始する。
 二十分もした頃、美咲も着替えてきて言った。

「智也、久しぶりに手合わせしない?」

「嫌だ」

 俺が断ると、美咲はむぅ、と腰に手を当てる。

「むー、そんな事言わないで。行くよっ」

 俺は微動だにしなかった。強かに面を打たれ、俺はよろめいた。

「これで満足か」

 低い声で言うと、美咲は口を尖らせて言った。

「な、何よ。私はただ、たまには智也と……」

「行こうよ、美咲。こんなやつ構う事無いよ」

「ちょ、茜!」

 茜が美咲を引っ張っていって、俺は息をついた。
 微動だにしなかったのは、どうせ美咲の竹刀に反応できないのが分かり切っていたからだ。
 遅くまで部活をやって、疲れた俺は着替えて家路へとつく。
 美咲はまだまだ元気で、茜とカラオケに向かった。
 俺が帰ろうとすると、校門で真菜が待っていた。

「待ちくたびれたぞ、剣士殿。さあ、智也、妾を家までエスコートしてくれ」

 真菜の取り巻きの視線が痛い。これは、また後で殴られるかもな。
 しかし、断れば真菜は悲しそうな顔をする。真菜が悲しそうな顔をすれば、取り巻きの深い恨みを買う。俺はぶっきらぼうに言った。

「ついてこいよ」

「うむっ! ふはは、ようやく智也を一度従わせたぞ!」

 真菜が笑顔になって俺の後をついてくる。置いて帰りたい思いを必死で押さえながら、俺は真菜を送って家に帰った。真菜を家に送った後、やはり調子に乗るなと腹を殴られた。
 真菜も、俺の事を無視してくれるともう少し学校生活が楽に過ごせるんだが。
 俺は帰って風呂に入り、食事を済ませて勉強を始める。八時ごろ、美咲が帰ってくる音が聞こえた。食事を済ませ、風呂に入る音が聞こえる。
 その後、テレビの音と美咲の笑い声が聞こえてきた。
 十時、美咲が部屋に入る音。
 部屋の電気が消える。
 俺は十二時まで勉強して眠った。
 これが、俺の毎日だった。美咲も真菜も容姿端麗、スポーツ万能、勉強は学校の授業だけなのに良くできた。翻って俺は毎日のように鍛え、勉強しているのにいつも成績は中の下。
 それでも、せめて俺と二人が違う道、違う高校を選んでいたら、俺は二人を恨まずにすんだかもしれない。

「智也と一緒がいい」

 そういって、美咲は尽く俺の真似をし、真菜は俺の後を尽くついてきた。
 勉強や剣道だけじゃない。パズル、絵、楽器各種、歌、料理、掃除、礼儀作法、果ては駅名の羅列と言った事まで。
 幼い頃から、美咲は俺の真似をしまくった。そして、尽く俺よりもいい結果を叩きだしてきた。
 初めはただ何にでも意欲旺盛なだけだった俺は常に美咲と比べられる事になり、いつしか逃げるように様々な趣味に手を出し、美咲に追いつかれては他の趣味を探すという事を繰り返した。
 お陰で美咲に出来ないものは何もない。
 そして、真菜はどこにでもついて来て周囲の視線を掻っ攫った。
 真菜と俺が一緒にいると、なんで俺みたいのが真菜と一緒に、と決まって陰口を叩かれた。
 俺はと言うと、何一つ出来ない。どんなに頑張っても、いいとこ中の下だ。
 俺は才能と言うものが憎かった。
 才能ある人間は努力しなくてもなんでも出来て、才能のない人間は努力してもなんにも出来ないなんて、不公平じゃないか。
 神様は平等に才能をくれると言うが、それは嘘だ。
 それとも本当に、まだ見つけていない俺の才能があるのだろうか。
 将来、その何かを見つけた時の為に基礎を鍛えようと、ランニングと剣道と勉強だけは美咲に追いつかれても続けていたが、いっこうにその何かは見つからない。
高校は別にしようとしたが、美咲と真菜の奴、俺に隠れて俺と同じ高校を受けやがった。
 家族ぐるみで、俺は騙された。
 入学式、向かう方向が一緒な事に気付いた俺の絶望は果てしない。
 俺は、いまだに将来の夢を決められないし、誰にも相談できない。
 美咲の「私もやる!」という一言が怖いのだ。真菜は間違いなくついてくるだろう。
 美咲も、それとなく将来の夢を聞いてくるのが不気味でしょうがない。
 正直に言おう。俺は美咲が嫌いだった。真菜が迷惑だった。
 せめて、俺が弟ならば、あるいは女なら美咲を恨まずに済んだかもしれない。
 だけど俺は兄で、双子で、男なのだ。
 常に比べられ続ける地獄。美咲に勝てないのなら、どこか、誰もいないどこかへ行きたかった。
 どんなに嫌がっても、明日は来て、来週は来て、来月が来て、来年……高校卒業が来る。その時には、将来を決めていなければならない。
 俺は毛布を頭からかぶって眠った。









「智也! 美咲と買い物に行ってきて」

 俺が勉強をしていると、母さんが声を掛けてきた。

「なんで俺が」

「あんた男でしょう。いっぱいあるから、荷物持ちよ」

 俺はしぶしぶと出かける準備をする。
 癖毛をなんとかまともに見えるように整えると、美咲がパタパタとやってきた。
 グレーの派手な襟で裾の長い服に、黒いストッキング。短パンかミニスカートかわからないが、とにかく下の服は長い袖に隠れて見えない。
 真ん丸とした小さなバッグに母さんから貰った財布を入れて、美咲は笑顔で手を差し出した。

「いこ、智也」

 俺は黙って美咲の後に従った。
 公園に差し掛かった所だった。近所の子供達が、公園で遊んでいた。
ボールが道路に飛んでくる。子供が、それを追いかける。何故か、それらがゆっくりに見えた。
走ってくる車。

「危ない!」

 俺は走った。その時、俺の心中に浮かんだのは、子供の安否の心配じゃない。
 勝ったという思いだった。
 ようやく、美咲がやってない事を出来る。その為に死んでもいい。美咲と違う事が出来るなら。
 子供を持ちあげた時、俺は強く突き飛ばされた。
 コンクリートブロックに叩きつけられ、俺はなんとか子供を庇う。
 衝突音。車のドアが開く音。悲鳴。

「……なにやってんだよ」

 俺は、掠れた声で言った。子供の泣き声が耳にうるさい。
 血が、広がっていく。
 美咲が、車に轢かれて倒れていた。
 足が、あらぬ方向に曲がっている。無事なはずの俺の足が、体が、激しく痛んだ。

「救急車! 救急車!」

「美咲ちゃん!」

 運転手が喚き、公園で子供を遊ばせていたおばさんが駆け寄ってくる。

「何やってんだよ! なんで俺なんかを助けるんだよ! そうやって善人面したいのか? いつもそうだ。いつもいつもそうだ! 美咲はなんでも出来て、凄くて、いい子で、俺は何もできなくて、悪者で! 俺はお前なんか大っ嫌いなんだぞ。感謝なんてすると思ってんのか? マジ馬鹿じゃねー!?」

「なんて事言うの!」

 おばさんが、俺の頬を叩いた。

「あたしは……好きだよ、智也の事……。あたしは知ってる……智也、なんにでも一生懸命で……凄いなって……でも、最近一度も笑った事無くて……あたし、智也の笑ってる顔みたいな……」

「誰がするか!」

 俺はその場から駆け去った。
 走りに走り、隣の町まで走って、嘔吐する。
 美咲が轢かれた。でも、最低な俺が考えていたのは、美咲の安否なんかじゃなかった。
 ――もしも美咲がここで死んだら、俺はもう、一生美咲に勝てない。
俺の頭を占めていたのは、それだった。だからこそ、俺は一生、いや永遠に美咲に勝てないのだろう。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 家に行きたくない。公園で、ただボーっとしていた。
 日が暮れて、とぼとぼと家に帰る。
 母さんが、鬼のような顔をして家の前に立っていた。
 俺が母さんの所に行くと、無言で頬を叩かれる。

「病院に行くわよ」

 俺は、のろのろと頷いた。
 車に揺られ、ぼんやりと窓の外を見る。胸の辺りがズキズキとした。
 道路が凄まじい速度で通り過ぎていく。
 行きたくない。
 病院につき、病室に向かう。手術は既に終わっていた。
父さんが、ベッドの横に付き添っていた。
美咲は、静かに眠っていた。包帯が痛々しく、血がにじんでいた。

「何があったか、貴方の口から聞きたいわ。話して頂戴」

 母さんが、押し殺した声で言う。

「おばさんから聞いてるだろ」

「智也!」

「お前、落ち着きなさい」

 激昂する母さんを、父さんが宥める。俺は、ただ項垂れて時間が過ぎるのを待った。
 母さんは泊まり込みで美咲の世話をする事になった。その間の家事をするのは俺だ。
 朝、朝食を作る。以前、料理を一所懸命に勉強した事があるから、人並みの朝食くらいは作る事が出来る。
 父さんが、起きてきてぎこちなく声を掛けた。

「おはよう」

「おはよう」

 そのまま、無言で食事をする。
 学校に行くと、俺の机に花が置かれていた。
 茜が、腕組みをし、きつく俺を睨んでいた。

「あんたのせいで美咲が重体なんでしょ。あんたが死ねば良かったのよ。謝りなさい! 美咲に謝りなさい!」

「何をしているの! やめなさい、茜さん」

 教師が慌てて茜を止める。

「放して! 放してよ! 返して! 美咲を返しなさい!」

 冷たい周囲の目。茜の涙。止め続ける教師の戸惑った声。
 俺は全てを無視して席につき、窓から花を投げ捨てた。

「智也くん!」

 教師が見咎める。俺はこれみよがしに言った。

「これでようやく美咲と離れられるな」

 茜が叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる! 殺して……うあ……ああ……ああーん。うわあああああ」

 茜が、崩れ落ちる。

「智也くん!」

 美咲を好きだと言っていた男子生徒が、俺を殴った。

「美咲はなぁ! いつもお前を庇ってたんだぞ! お前は美咲よりすごいんだって、皆お前の魅力に気づかないだけなんだって! なんでお前が……なんでお前が!」

 知ってるよ、そんな事。だから俺は、美咲が憎かった。
 どんな事があっても、明日は来て、来週は来て、来月は来て、来年は来る。
 その日、進路指導の為の調査票が配られた。
 聞いている事は実にシンプルだ。
 卒業後、どうするつもりなのか?
 そんな事、今は考えたくない。それでも、残酷に期限は迫ってくる。
 針のむしろの学校を終え、部活動まできっちりこなして、夕食を作って、風呂に入ってから、俺は病院に向かった。出来る限り病院に行くまでの時間を引き延ばした、とも言う。
 病室から、母さんと父さんの話声が聞こえて扉を開ける手が止まる。

「本当に、なんでこんな事に……美咲が、美咲が……事故にあったのが智也だったら良かったのに……」

「お前! そんな事をいうものじゃない。昨日はずっと寝ずについていたというじゃないか。お前は一旦美咲から離れて休んだ方がいい。今日は家に帰りなさい」

「でも……」

 俺はゆっくりと手を引き戻し、病院のトイレへと向かった。
 そこで、吐く。嘔吐したら、さらに胸が痛んだ。
 苦しい、苦しい、苦しい。
 夜が来るまでそこでじっとしていた。
 夜が更けて俺が病室に向かうと、さすがに父さんも母さんも帰っていて、真菜がただ一人、美咲の顔を眺めていた。

「なんだよ、お前も俺を責めてんのかよ」

 真菜は俺を抱きしめる。

「怪我をしているのではないか? 歩き方が変だぞ。医者は何と言っているのかの」

「……医者には行っていない。轢かれたのは俺じゃない」

「美咲の馬鹿力で突き飛ばされたのであろ。見てもらった方がいい。……良く子供を助けたの」

「は……っ子供を助けたのなんか、善意でやったんじゃねーよ」

「子供を助けたのは事実であろ」

 俺は、言葉を絞り出す。

「なんだよ……なんでそんな事言うんだよ……そんな優しい言葉、俺にかけんなよ……」

「泣くな、智也。そなたは、いつでも生意気な顔をしてしっかりと立っておらねばならぬのだ」

 そして、真菜は俺をぎゅうっと抱きしめた後、離れた。
 真菜は、俺を正面から見つめて言った。

「智也、いや、マゼランよ。お前の優れている所を、今こそ言おう。すまんの、すまんの……智也を独り占めできるのが嬉しくて、妾はずっとそれを隠していた」

 マゼランと聞いたとたん、俺の心が揺れた。まるで、ずっと探していた何かを見つけたような、思い出してはいけなかったような。いや、何よりも真菜は気になる事を言った。

「俺の、優れている所……?」

「それは、魔術だ」

「魔術ぅ?」

 俺は懐疑的な声を上げた。真菜は急に何を言っているんだ。

「回復呪文、ラグルピース」

 真菜の言った言葉に、俺は眼を見開いた。夢の中で老魔法使いが使っていた技。

「いまこそそれを使うが良い。それで美咲は助かるであろ。智也の欲しかった、美咲より優れた何かが見つかるであろ。嘘だと思うなら、試してみるがよい」

 駄目だ。その申し出に乗っちゃ駄目だ。何故なら俺は、真菜の知らない事を知っている。
 この世界には魔力が無い。俺はMPをもたない。しかし、この世界にもMPに代わるものがある。それは生命力。嘘に決まってる。でも、もし本当だったら、美咲の命と引き換えに俺は死ぬ。

「……考えさせてくれ」

「うむ、考える事も色々と多いであろ。妾は待ってる。智也の決断を」

 朝、俺は診察を受けた。老魔法使いの言った通り、肋骨が折れていた。

「事故にあったのに病院に来なかったのかい? 駄目じゃないか。それに、胸。相当痛かったはずだよ。とにかく、君も入院してもらうから」

「……すみません。入院の準備にちょっと家に帰っていいですか」

「駄目。今、精密検査の準備をするから」

「はい」

 俺は項垂れた。
 精密検査を受けながら考える。俺、死ぬなら身辺整理しなきゃな。
 部屋……は、片付いてるな。殊更拘るものもないか。
 そうだ、遺言考えなきゃな。真菜の嘘や俺の妄想の可能性が高いとはいえ、死の可能性はあるのだ。
 さあ、なんて言おう。なんて言おう。なんて言おう。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。こんな奴でごめんな。ああ、そうだ。美咲にも遺言しなきゃ。あいつは元気になるんだから。
 うーん……恨みごとばっかになりそうだな。やめとこう。
 あいつにもありがとうの一言でいいや。
 俺は検査が終わった後、売店で封筒と便箋を買い、精一杯丁寧な字でたった二行の遺言を書いた。

「死ぬ前にやる事終了、と。俺の人生ってなんだったんだろーなー」

 別れを惜しむ友達もいない。
 生きてほしいと言ってくれそうな人すら……いや、真菜がいるか。
 真菜の考えている事は俺には良くわからなかった。なんで、俺なんかに拘る?
 俺は美咲の病室に行った。
 真菜が、俺の顔を見て笑顔になった。

「マゼラン、その気になったのだな。大丈夫、マゼランなら政府直属の魔術師にだってなれる。妾が、全力でサポートする」

 俺は、真菜を無視し、美咲に両手を向け、朗々と呪文を唱える。
 中ほどまで唱えて、虚脱感で足が崩れた。それでも手を掲げ続ける。

「智也! どうした!? お主がこの程度の呪文で力を使いはたすはずがない!」

 美咲の周囲に魔法陣が現れ、発光していた。
 すげー。俺、魔法を使ってる。
――何言ってんだよ、当たり前だろ。お前は、魔王を倒した魔法使いだったんだぜ?
 じゃあ、これぐらい簡単だよな。俺は、一層力を入れて呪文を唱えた。

「やめて、智也。駄目だよ……」

 美咲の声が、聞こえた気がした。
 次の瞬間、俺は真っ白な場所にいた。

「困りますねぇ。ええ、本当に困ります」

 声を掛けられ、俺は振り返る。
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。中国の文官のような服装に、小さな丸眼鏡。狐のように細い目の男が、そこに立っていた。

「そのパラメーター、万能過ぎると言う事で随分前に廃止されたんですよ。たった三人で魔王が倒せるというのは、やりすぎですよねぇ、いくらなんでも。実質、二人でしたし。なので、癒して差し上げる事は出来ません。かといって、貴方は既に命と言う対価を支払ってしまった。こちらとしても、どうにかしてあげないと契約違反になってしまいます」

 男は竹で作った巻物のようなものを広げて言った。

「お前、誰だ?」

「精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪。好きな呼び方で構いませんよ」

 男は、肩を竦める。
 俺はふいに気付いた。俺は、とんでもなく偉い奴に会ってる。
 魔法とパラメーターの大本、神様に。

「それは違いますよ。私は下っ端の文官です。キュロスと申します」

「キュロス、様。美咲は治らないのか?」

 俺はおずおずと聞いてみる。命と言う対価を払ってしまったと言っていた。
 ならば俺は、既に死んだのだ。命を賭しても、俺は何一つ成せないのか。

「直接治す事は出来ません。でも、チャンスを与える事は出来ますよ」

「チャンス?」

「二十年前の赤子の死体に貴方の魂を送り届けてあげましょう。そうそう、タイムパラドックスが起きるので、今の時点以前でこの世界に干渉してはなりません。それに、全てのパラメーターはリセットされます」

「それで、どうやって美咲を救えるんだ?」

 キュロスは苦笑した。

「おやおや、どうすればいいか、貴方は知っているでしょう? 貴方の前世は魔王を倒した大魔道士、マゼランなのですから。ヒントを教えてあげましょう。パラメーターは全世界の人間が一律になり、大分多様化しています。いえ、言い変えましょう。簡単に強くなれないよう、平等に、かつ大分厳しくなりました。マゼラン……貴方の前世のように、パラメーターの極振りをしなければ美咲さんは救えませんし、一度でも方針を間違えば、それで終わりです。タイムリミットは二十年。大サービスとして、記憶を保持できるほかに、今の時点までどれくらいかわかるようにしてあげましょう。もちろん、自分の人生を謳歌するのも自由ですよ。私はそちらをお勧めしますがね」

 俺は、キュロスの言葉をゆっくりと噛みしめた。

「……わかりました。お願いします、キュロス様」

 キュロスは一本指を立てて言う。

「いかに大魔法使いマゼランとは言え、たった一人の人間にやれる事には限りがあります。この世界にはMPがありません。美咲さんを救う為には、もう一度命を捧げるか、例え生き残ったとしても、何もできない異邦人として一人この世界に取り残される事になるでしょう。それでもいいのですか? 美咲さんが憎かったのでしょう? なのに、美咲さんの為に死に、今また新たな生涯を捧げるのですか?」

 俺は頷く。

「構いません。ずっと俺だけの何かが欲しかったんです。美咲を救えるのは、俺だけです。ここで美咲を救わずに新たな人生を選んだら、それはもう俺じゃないんです。負け犬のまま、俺の人生は終わってしまうんです」

 キュロスは慈愛のある瞳で頷いた。

「いいでしょう。智也さん。貴方の魔術を承認します。それで、そこの貴方はどうします?」

 キュロスが、持っていた竹の巻物にハンコを押す。
 その瞬間、白い空間は消え失せ、俺は真っ逆様に落ちた。
 落ちていく瞬間、キュロスの前、俺の後ろの位置に誰かの人影が見える。
 満天の星空。青い月と赤い月。真っ暗闇の中に落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 地面に激突するってか真下に赤ちゃんがいるじゃねーか!
 危ない、と手をつくが、手は地面をすり抜けていく。
 籠にすら入っていない、小汚い布に包まれた赤子に、俺は頭から突っ込んだ。
 目を瞑ると、俺は横になっている事に気づく。
 体が硬くてうまく動かない。何より、物凄く寒い。何も見えない。喉が堪らなく痛かった。
 何なんだこれ。そうだ、赤ちゃんの死体に魂を連れていくって……。
 捨て子じゃないか。これ、下手したらこのまま死ぬのか?
 俺は声を張り上げる。
 か細い声しか出ない。
 頭の中で、選択肢が現れた。
――声の大きさにパラメーターを振りますか?
 気づかれなきゃ死ぬかもしれない。しかし、パラメーターを犠牲にしたら美咲が助けられない。
 畜生、やってやる!

「あ……ああ……あ……ああああああああっ」

 俺は、この世界で産声を上げた。

































   終章


 トモヤは、王族御用達のお茶を飲んでのんびりとしていた。アトルは治療に出かけている。ここにいるのは二人きり。ようやく手に入れた平穏。トモヤは知らない。トモヤの影に、常に魔族の護衛兼監視が張り付いている事を。

「なぁ、アンティ様。そろそろ教えてくれたっていいだろう。何にパラメーターを振ったのか」

 王女は、弾けるような笑みを見せた。

「ようやく一万ポイント溜まったのだ。同ポイントなら、こちらの属性が勝つ。褒めてくれ、智也。妾が振ったのは……」

 そして、王女は振りむいて言った。

「カリスマだ。余に忠誠を誓え、智也。そうだな、まずは愛している真菜、とでも言ってもらおうか」

 王女から思念の触手が放たれ、俺は……



[15221] 俺と俺の異世界旅行(オリジナル)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/11 19:15
プロローグ


 俺は加藤光一。両親が科学者で、生まれた時から科学に親しんできた。
 そんな俺は当然勉強にいそしみ、大学院を卒業し、両親の運営する研究所に入る事になった。
 環境はある。大学時代に取った特許で、費用も用意してある。俺は、俺の小さい頃からの夢を叶えて見せる。
 俺は自信満々に研究室に入った。
 幼い頃から出入りしているだけあって、研究室は知っている人ばかりだ。
 その中に、唯一知らない人が二人いた。俺と同じ新入りだ。
 安藤真紀。苦学生だったが、確かSFばりのバリア装置を開発したとかで、政府からの莫大な支援を受けているとの事だ。日本の天才学者と言う事で、俺でも知っている有名人だ。
 それを言うなら、俺もレーザーガンを開発し、自衛隊に採用されているし、日本の秀才学者と言われているのだけれど。
 俺達はよく日本の誇りとして、セットで表現される。しかし、俺達が会うのは今日が初めてだった。
 安藤真紀は顔の造りは可愛いものの、癖っ毛で化粧もあまりしていないようだ。ま、そこは筋金入りの研究者なのだから仕方ないだろう。
 もう一人は鈴木耕作。
 こいつは俺達に比べたらさほど有名じゃないが、そこそこ功績を上げている。なんでも、画期的な通信装置を作ったとか。
 地味な顔立ちとのんびりした雰囲気の男だった。
 この三人が新入りだ。俺達の白衣だけ、新品でパリッとしているので、お互いが新入りだとすぐにわかったらしい。雑談をしていた二人はこちらに笑顔を向けた。

「あ、君が加藤光一君? よっろしくぅ!」

 安藤真紀が弾けるような笑顔で言う。それに俺はドキッとした。
 俺はしょせん研究者。女の子にはあまり馴染みがないのだ。

「ねぇねぇ、今日が自己紹介だよね。たしか、自分の研究したいものを言うんだっけ。楽しみにしてるよ、秀才君」

「ああ、俺もだ。楽しみにしている、天才娘」

「ぼくも、お二方の発明を楽しみにしています。二人は、僕の憧れの人で……」

「ああ、よろしくな鈴木耕作。楽しみにしていていいぜ」

 初めての出会いはまあまあ好印象と言ったところだろう。うまくやっていけそうだと、この時俺は思っていた。
 父……所長の挨拶がすみ、自己紹介を始める段になって、まず俺が指名された。
 俺は白衣をはためかせ、自信満々に皆の前に立ち、言った。

「加藤光一だ。これまでに作った物はレーザー銃で、自衛隊にも使われている。でも、それはほんの小遣い稼ぎだ。俺の作りたいものは他にある。その前座として、今は物質転送装置について研究している。俺の夢は……」

 研究所員がごくりと喉を鳴らす。俺はこの時まで、真の目的は誰にも洩らさなかったから。

「俺の夢は……異世界トリップ装置を作る事だ」

 沈黙。爆笑。爆笑の発生源を探すと、安藤真紀だった。

「なーに夢物語を言ってるのよっ 秀才君、うっけるー。面白い事言うじゃない。それで、言葉は? 空気は? 食べるものはどうやって安全か確認するのよ? 絶対無理よ、そんな事」

「だ、駄目だよ真紀ちゃん。人の夢を笑っちゃ……」

 俺は安藤真紀の言葉を聞いて顔を真っ赤にして怒った。

「研究費用は自分で払うんだから放っておけよ! それを全部クリアする世界を探せばいいだけじゃないか。ふん、天才娘、お前には絶対俺の異世界トリップ装置を使わせてやらねー。天才様は精々日本全土を覆うバリア装置でも作って称えられてろよ。それで満足ならな!」

 安藤真紀は、ふふんと笑った。

「私だって、バリア装置なんかお金稼ぎに過ぎないわよ。今はテレパシー送信装置を開発してる。けど、それも前座に過ぎない。私の夢は……異世界転生装置を作る事よ!」

 またも沈黙が走る。俺は途方もない阿呆な考えに盛大に笑ってやった。

「俺の事を非難するからどんな事を言うかと思えば……異世界転生装置―? ばっかじゃねぇ、魂なんてものが仮にあったとしても、制御なんか出来るはずねーだろ! 馬鹿と天才は紙一重って本当だな!」

 安藤真紀を抑えようとしていた鈴木耕作が、今度はこっちにまあまあと言ってくる。

「待ってよ光一君、相手は女の子なんだし……」

「空気も食べ物も言葉も全部クリアするわよ! この頭脳を持って成り上がる自信もあるわ!」

「そもそも知能の低い種族だったらどうするんだよ! それに気味悪がられて捨てられるんじゃねー? 第一、どうやって帰るんだよ!」

「なによぅ!」

「なにおぅ!」

 俺と安藤真紀は睨みあう。

「あー、両方無理なんじゃないかな? それよりは今作ってある装置の開発を……」

 俺と安藤真紀は、父をギッと睨んだ。

「「絶対出来る!!」」

 そして、互いを指差す。

「「それも、こいつより早く!」」

「は、はは……まあ、頑張ってくれたまえ。じゃあ、最後に鈴木耕作君」

 鈴木耕作は立ち上がり、若干緊張しながら答えた。

「僕の夢は宇宙人と交信する事です。その為に通信装置を作りました。後はこれを改良して、出来るだけ遠くに信号を送るつもりです」

 ふーん、小さい夢だな。

「まあ、光一くんと安藤さんよりは現実的な夢だな……」

 パチパチと、拍手が起こる。
 俺達三人は、こうして出会った。
 そして、この三人の出会いは科学の歴史を塗り替える事になるのだった。





[15221] 俺と俺の異世界旅行 一話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/13 07:00




 俺は猛スピードでキーボードを叩く。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 まずは物質転送装置の開発だ!
 隣で、同じく猛スピードでキーボードを叩いていた安藤真紀と眼があった。

「「ふんっ」」

 互いにそっぽを向き、作業に戻る。
 鈴木耕作がやってきて、コーヒーを入れてくれる。

「そんなに無理してると体壊すよ? あ、光一君、ここの計算少し間違ってる」

「あ、本当だ……」

 俺は急いでそこを修正する。そうか、どうも上手く行かないと思ったらここで間違っていたのか。

「はっ凡才君に直してもらうなんて、秀才君も駄目ねぇ」

 嘲笑する安藤真紀に、のんびりと鈴木耕作が指摘した。

「真紀ちゃんも、ここ間違ってるよ」

「はっ凡才君に直してもらうなんて、天才娘も駄目だなぁ」

「むぅーっなによぅ!」

「なんだよ!」

 俺と安藤真紀は再度睨みあう。

「ところで、僕の研究、芳しくないんだ。真紀ちゃんのテレパシー装置、一つ僕にくれないかな? 改良してエイリアンとの意志疎通に使えないかな。向こうも研究しているかわからない電波で探すより、心で探した方がいいと思うから」

「いいけど、まだそんな長距離は使えないわよ?」

「僕の通信装置を応用するから大丈夫」

「いいわ。精々頑張ってね、凡才君」

 ふん、鈴木耕作も頑張っているようじゃないか。俺も頑張らないとな。
 俺はコーヒーを一口飲みほし、パソコンに向かった。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 そうして数ヵ月後、俺はついに物質転送装置を開発した。
 しかし、研究所が騒がしいな。エイリアンとの接触に成功した?
 やるじゃないか、鈴木耕作。
 しかし、そんな事はどうでもいいんだ。俺は安藤真紀に勝つ!
ある日、俺と安藤真紀が研究していると、また鈴木耕作が来た。
鈴木耕作は仕事が大変らしく、少しやつれていた。

「エイリアンとの交渉役、政府の人に取られちゃったよ。僕は改良版テレパシー装置作りに大わらわさ。僕自身があの装置を使う事も禁じられた」

「え、エイリアンと話す、その為に研究してたんじゃないの? 意味無いじゃねーか」

 俺が言うと、鈴木耕作は沈痛な面持ちで頷いた。
 しかし、笑顔を取り戻す。

「だから僕は、政府の人には内緒でエイリアンと初の文通をしようと思うんだ。文通だったら禁じられていないからね。転送装置は出来たかい? 出来てるなら、出来れば貸してほしいんだけど」

 俺は頬を掻いた。

「悪いけど、凄く小さい物質しか送れないんだ。電波とか音波ならいけるんだけど……」

「それなら十分話せるじゃないか。大丈夫、僕の通信機、小型だから送れるよ」

「そうか、なら貸してやるよ」

 そうして俺は研究に戻った。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 それから、数か月が立った。どうしても上手く行かない。大きいゲートを開くのは技術のブレイクスルーが無いと駄目だ。先に異世界の座標を探す事としよう。
 安藤真紀も、異世界探しを始めたようだった。ふん、俺の方が先に見つけてやる!
 しかし、研究は中々上手く行かなかった。

「あーっどうして上手く行かないのよ!? 構想は出来てるのに、どうしても形にならないわ!」

「くぅ、次元をぶち破る自信はあるのに、次元の壁のとらえ方が分からないっ」

 二人して暴れていると、鈴木耕作がやって来て言った。

「光一くん、真紀ちゃん、エイリアンの友達が出来たよ! 座標を聞かれてるんだけど、どうしよう」

「あー、やめとけやめとけ。良くわからない相手に座標を教えるなんざ。俺の研究がブレイクスルーすれば、一人単位なら行き来できるようになるしな」

「そっかー、頑張ってね、光一君。そうだ、僕は二人の研究のお陰でエイリアンと話す事ができるようになったんだ、二人も協力してみたら?」

 俺と安藤真紀は視線を見交わした。

「あっあんたがどーしてもっていうなら、やってもいいけど?」

「お前がどうしてもっていうなら、やってみてもいいが?」

 俺と安藤真紀は睨みあう。

「どーしてもっお願いします! 僕も異世界って見てみたいんだ」

 鈴木耕作が頭を下げて、俺と安藤真紀は何とも言えない顔をした。

「まあ、凡才君がそういうなら……」

「いつもうまいコーヒーを注いでくれるしな」

 俺は安藤真紀の研究を見る。なんだこれ、わけわかんねーよ。けど要するに、この結果が出ればいいんだな? 俺は安藤真紀のパソコンに数式を書きくわえていく。
 そして安藤真紀は、何事かぶつぶつ呟きながら俺のパソコンを構い始めた。

「ふん、やるじゃない。待って、これをこうすれば……」

「これ、こうすればいいんじゃない?」

 鈴木耕作が後ろから覗きながら口出ししてくる。
 ふん、言われなくても時間さえあれば気づけたんだからな!
 そして俺達は、小さな小さなゲートを開く事に成功する。
 そこで小型カメラを送り込む。
 空中に浮かぶ城。二つ浮かぶ月。魔法らしき存在。
 俺と安藤真紀は思わず抱き合って喜んだ。

「剣と魔法の世界! ファンタジー!」

「異世界よ! ついに私は異世界に転生するんだわ!」

「光一君、真紀ちゃん、ようやく仲直りしてくれたんだね」

 鈴木耕作に言われて、俺と安藤真紀はぱっと離れた。

「か、勘違いしないでよね。私はただ嬉しくて……」

「そっちこそ」

 俺と安藤真紀、鈴木耕作はそこで作戦会議を開くことにした。

「今の段階で発表するのはごめんだな。鈴木耕作が早々にプロジェクトから外されちゃったからな」

「同感よ。目的の異世界はいわゆるパラレルワールド、私達の同一人物さえ見つければ、私のテレパシー装置を出力最大にして入れ替える事が出来る。まずは私達の分身を探しましょう」

「悔しいが、俺の物質転送装置はまだ大きい物は送れない。それしかないな」

 その時、小型カメラが何者かに捕まった。
 小型カメラを捕まえた人物は、興味深げな顔をして色々と調べている。
 その髪は金髪だったが、顔立ちはどこか見覚えがあった。
 これは……。

「ビンゴ」

 俺と安藤真紀はにやりと微笑んだ。
 

「あー、悔しいなぁ。悔しいなぁ」

「悔しいのぅw 悔しいのぅw ……げ、げほ、離せ安藤真紀」

 俺は安藤真紀に絞め殺されそうになり、バタバタともがいた。

「さっさと私の分身を見つけんのよ、いいわね! あーあ、私もテレパシー装置、完全に赤ちゃんに魂を移動できるように改良しなきゃな」

 鈴木耕作が首を傾げる。

「その場合、赤ちゃんはどうなるの?」

「私の体をプレゼントするわよ」

 安藤真紀が斬って捨てる。

「……それって、さりげなく非人道的じゃないかなぁ」

「私は別に聖人君子なんかじゃないわ。いまからやる事も乗っ取りと誘拐だしね」

「俺の分身の面倒はきちんと見てやれよ」

「わかってるわよ」

「……いいのかなぁ」

 鈴木耕作がいい、首を傾げた。

「いい、パラレルワールドならば、向こうの私もまた天才学者のはずよ。何かトラブルがあったら、私を頼りなさい」

「癪だがそうしよう」

「ぼ、僕の事も頼って欲しいな」

「あー、そうするそうする」

 安藤真紀と鈴木耕作にそう答え、俺は一切の躊躇なくテレパシー装置を使った。
 ターゲットロックオン。出力最大。
 ターゲットから感じるのは戸惑い。書き換えられていく焦り。
 ふははははは、悪いな、俺よ。
 その体貰ったぁ!
 俺は体を奪い取ると辺りを見回した。
 豪華な調度品のある部屋。
 俺は生まれてから今までの人生を「思い出す」。
 俺の名はスイート・モア・ライトアイン
 よし、貴族な上に魔法使いださすが俺!

『スイート・モア・ライトアインて、変な名前! キャハハハハ』

『ライトアインさん気絶してるよ、大丈夫かな』

 安藤真紀と鈴木耕作の声が聞こえる。
 よし、テレパシー装置の接続は良好だな。

『きゃ、ちょっと! 部外者がこんな所に入って来ないでよ!』

『うあ、エイリアンと交流を持ってたのがばれちゃったかな?』

『ちょっと、機材接収って何よ! これはエイリアンとは関係ないわよ、私の発明なんだから!』

 ブツッ 
 接続が途切れる。
 俺は現状を確認した。
 まず、魔法が使えるかどうか。
 俺は呪文を唱えてみる。
 指先に小さな炎が宿り、俺は仰け反って指を振った。
 窓からは空に浮かぶ王城、浮かぶ二つの月。
 そして俺は貴族。
 ふ……安藤真紀……鈴木耕作……世話になったな……。
 俺はこの世界で立派に生きていく!
 さようなら科学。こんにちは魔法。

「非科学、ばんざーい!」

 そして俺は早速酒を持って来させて祝杯をあげたのだった。



[15221] 俺と俺の異世界旅行 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/16 22:05

 こっちでの俺、ことスイート・モア・ライトアインはなんと宮廷魔術師の一族だった。中でも俺は攻撃魔法の専門家で、でも最近は異世界旅行の為の研究に取りかかっていた。うむ、俺と同じだな!
 さすが俺! この調子なら安藤真紀もすぐに見つかるだろう。
 鈴木耕作もついでで探してやるか。
 でも今は攻撃呪文だ! なんだ攻撃呪文と言う心躍る響きは。
 俺にかかれば呪文なんてちょちょいのちょいよ!
 俺は早速本を読み漁る。ライトアインの知識をよりよく引き出し、呪文を勉強し直す為に。
 うむ、イメージ力が大事か。ふはは妄想なら任せろ!
 さて次の本は……む、これは動物辞典か。中々興味深いじゃないか。
 さて明かりを……このライトはどうなってるんだ?
 俺は一晩中、興味の向くままに部屋を調べまくった。
 空が明るくなった頃、扉の外から声がする。

「坊ちゃま、起床の時間です」

「ああ、わかった」

 メイドが入ってきて、服を着替えさせる。
 自分でできると言おうとしたが、この服着方わからんな。
ライトアインもわからないみたいだし。服の着方がわからないって凄まじいな。
今までの人生で何をやってきたんだ俺よ。早速見て覚えよう。
む、せっかくファンタジー世界にいるのだから魔法青年に変身する呪文を覚えるのもいいかもな。よし、攻撃呪文の次の研究課題はそれだ。
 俺は記憶を思い出しながら食卓へと向かう。
 その食事に目を見張る。当たり前だが、見た事のない料理ばかりだ。
 全ての料理を少しずつ、お腹いっぱい食べる。さすが貴族の料理、あれもこれもそれも美味い。
 父と母がそんな俺を見て驚いている。

「今日はずいぶんと沢山食べるのね」

 母に聞かれて、俺はナイフとフォークを動かしながら答えた。

「朝ご飯は活力の元ですから」

「そうか、それで、前々から言っているが、攻撃呪文の研究に戻ったらどうだ。異世界など存在するはずがないのだし、お前の呪文は一定の評価を得て……」

「ああ、今日から攻撃呪文研究します」

「お前も強情な……何?」

「ですから、攻撃呪文を研究します」

 父はそれを聞いて喜んだ。

「そうかそうか! 才能は活用せねばな。良かった、いや本当に」

 俺は口を拭いて席を立った。

「では、俺は先に出ます」

 通勤には竜を使う。竜だぞ、竜。俺はわくわくしながら竜舎に行った。
 この、独特の匂い。雰囲気が出ている。
 俺は出してある竜に近づく。最初は駆け足で、それが徐々にゆっくりになる。
 期待、高揚感、そして恐怖。
 竜はでかかった。そろりと手を伸ばし、そっと触れる。鱗が硬い。
 竜の大きな牙が俺に近づく。匂いを嗅いでくる。俺は心臓を高鳴らせた。
 若干震えて、ドキドキしながら竜に身を寄せる。その鼓動が聞こえた。

「よよよ、よし! 乗るぞ。しゃがめ」

 良くしつけられた竜は、訝しげにしながらもしゃがむ。
 俺は竜に乗ってしっかりとしがみついた。

「ととと、飛べ! うわーーーーーーーーーー!!」

 俺は悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げる。

「何をしているんだ」

 父が、ゆったりと竜の手綱を掴みながら後を追って来て言った。

「初心に帰ってます!」

 父はため息をついて先へ行く。

「たたた、滞空しろ! 止まれ!」

 竜がゆっくりと羽ばたきながら止まる。
 俺は手綱を持ち、そろそろと顔を上げた。
 なんて、景色。

「うあ……凄いな。凄いな……凄いな! これぞ夢見た世界!」

 空に浮かぶ城の周囲をゆっくりと巡って見物し、城門から中に入る。
 この世界ではそれぞれがそれぞれの研究の為に籠っていて、特に朝の会議等は存在しない。早速俺は結界を解除し、自室へと入った。

「ごきげんよう魔術師の部屋!」

 俺は思わず叫ぶ。なんにつかうのか良くわからない機材の数々、大きな鍋。俺は、一つ一つの「使い方」を思い出していく。
 午前中は探索で終わった。
 午後。訓練場に行って、いよいよ攻撃呪文の実践だ。
 えーと、重要なのはイメージか。ここはファンタジーで最もよく見るファイヤーボールでも試して見ようじゃないか。ただ燃えるよりも、酸素が凝縮されるイメージをした方がいいかな。風の呪文も組み込もう。
 俺は意気揚々と叫んだ。

「ふははファイヤーボーーーーーーーーール!!!」

 吹き飛んだ。主に俺が。
 そのまま俺は気絶する。
 目覚めた時は医務室で父が心配そうな顔で付き添っていた。

「あれ、呪文って固有結界とセットじゃなかったっけ」

「固有結界が無かったら今頃お前の命はなかったぞ。確かに威力は凄かったが、あまり無茶な真似はするな。お前が実験中に物凄い爆発があったと聞いた時、心臓が止まるかと思ったぞ」

「あれ、そんなに威力でたか?」

「窓から見てみろ」

 俺は窓の方に近寄り、外をのぞく。真っ暗で見えん。
 俺は光を生み出す呪文を唱え、放った。
 そこにある、大穴。
 いやー威力出た出た。凄いなあれ。

「でも自分が気絶したらつまらんな。改良しないと」

「そうしろ。さあ、今日はもう帰るぞ」

「わかった」

 本当はまだまだ攻撃呪文とやらを試してみたかったが、まあ、一日目としてはこんなものだろう。これから一生ここに住んでいくのだ。
 一日で全てを解き明かしてはつまらないではないか。
 家に帰り、風呂に入った俺は、ついさっきまで気絶して寝ていたのに大分疲れている事に思い至った。徹夜したし、竜に乗ったしな。
 そこで、早く眠りにつく事を選択する。今日はいい夢見れそうだ。















 俺は眼を覚ます。奇妙な服装の男が何かわけのわからない事を喚いている。誘拐された?奇妙な玩具を見つけて調べている時に、俺は何かに襲われて……。俺は、何が起こったか思い出そうとして次々と思い浮かぶ知らない思い出に驚愕した。
 なんだこれは。俺は……俺は……異世界の住人と体を入れ替えさせられたのか!?
 しかも魔法の無い世界だと!? 科学とかいう神話の存在が世界を形作っているだと……?
 落ち着いて現状を確認する。俺の身の安全は保障されている。俺の事を頼むと確かにこっちの世界の俺は言ったし、有名な科学研究所の子息。頭にはレーザーとかいう神秘の兵器の知識。研究環境も整っている。
 …………ひゃっほう! 魔法なんかくそくらえ! 

「非魔法万歳!」

「何が非魔法万歳だ! 寝ぼけているのか、光一!」

「え、ええ?」

 俺は急に怒鳴られて眼を白黒させた。

「所長、光一君は関係ありません。彼は研究室で仮眠を取っていただけです。僕が勝手に研究を借りて宇宙人と接触してました」

「君が勝手にそんな事をするはず無いだろう! 光一も知っていたはずだ」

 俺は記憶を検索する。

「ああ、鈴木耕作、もしかしてエイリアンと通信機で話していたのがばれたのか?」

 父は更に怒鳴った。

「ほれ見た事か! どうして止めなかった、エイリアンとの交渉は地球規模の大事業なのだぞ」

「鈴木耕作が作ったのだから、鈴木耕作が会話して何が悪い? むしろ、研究結果を渡せという方がおかしい」

 父は顔を真っ赤にする。

「この……この……大バカ者――――――! とにかく! お前達には監視をつくそうだから、そのつもりでいろ! 今日はもう帰りなさい。鈴木君、君はエイリアンとの会話のデータを全て渡すように」

「僕のプライバシーは……」

「!!……っ……っ」

 む、怒りのあまり倒れたようだな。

「あー、まあ、しょうがないんじゃない?」

 安藤真紀が言って、鈴木耕作は研究所所員にデータを渡す。
 その後、監視付きで三人そろって研究室を出た。

「あー、で、光一君、状況わかってる?」

 安藤真紀に聞かれ、俺はきょろきょろと辺りを見回しながら頷いた。

「俺は喜んでこの研究所に骨を埋めるつもりだ」

 何作ろうか。レーザーは面白そうなので是非とも研究してみたい。

「その意気やよし! ちょっと話しましょ? ご飯おごったげる! 監視の人もね」

 俺達は駐車場に行き、そこで俺は目を見張った。
 これが、乗り物と言うものか。竜の代わり。生き物ではないのに走るもの。
 神話の奴は空を飛んだな。よし、レーザーの次は空飛ぶ車だ。

「ちょ……光一君、車は免許を持ってなきゃ運転できないのよ?」

 免許。俺は記憶を検索する。そしてカバンを漁って神が俺に与えたもうた奇跡の板を掲げ持った。

「免許……持ってる!」

「ま……まあいいか。記憶あるし、大丈夫、よね……保健入ってるはずだし。とにかく、私についてきてね」

 安藤真紀は車に乗り込んで出発した。少し先の方で車を止めて待つ。
 俺は早速車へと乗り込み、ハンドルを握った。
 おお、このさわり心地……。これを使って、今から俺は運転なるものをするのだ。
 早速アクセルを踏み込む。なに、動かない。魔力を通してみる。動かない。

「あの、キーを回さないと……免許、持ってるんですよね?」

 免許。俺は記憶を検索する。そしてカバンを漁って神が俺に与えたもうた奇跡の板を掲げ持った。

「免許……持ってる! なるほど、免許を持って運転するのか」

「ちょっとー!? 冗談ですよね!? 私が運転します!」

「な、何を言っている。冗談に決まってるじゃないか。ええと、キーを回して……」

 車が振動しだす。おおお、動いている動いている。
 そこで俺はアクセルを思い切り踏んだ。

「いま躊躇なくアクセルを踏んだ!? ドライブにするんですよ、ちょっと運転変わって下さい」

 俺は記憶を検索し、ドライブにしてアクセルをゆっくりと踏む。
 おおお進んだ! 車が進んだ。 
 ハンドルを動かすと、その方向に車が動く。面白い、面白いぞ!

「動いた、動いたぞー! ハハハ見たか? 俺が動かしているんだ!」

 運転を代わらされた。問答無用だった。酷い。
 俺は窓を開け、身を乗り出して風を感じる。

「危ないですって、やめて下さい!」

「ハハハ凄いな! 凄いな!」

 俺はファーストフード店とかいう所に連れていかれ、安藤真紀と食事を取る。

「ここのダブルチーズバーガー、美味しいんだから」

 俺は出された食事をじっと見る。これしかないのか。そしてこれを全部食べるんだな?
 食べ方は……。
 俺はダブルチーズバーガーとやらに齧り付く。
 俺は思ったより腹が減っていたようで、夢中になって食べた。

「光一君、私そっくりの人って会った事ある?」

 安藤真紀に聞かれ、俺は首を振った。

「僕は、僕は?」

 俺は鈴木耕作をじっと見つめ、呟いた。

「どこかで見た覚えはあるが、覚えていない」

「そっか……あー、悔しいなぁ。あいつ、エンジョイしてるんだろうな。ね、光一君、異世界の「夢」を見た事あるんでしょ? 話してよ、色々と」

「最近見た科学の「夢」の事を話してくれるなら、いいぞ」

「面白そうだね、それ」

 鈴木耕作が同意する。
 結局、朝まで話しこんで、家ではシャワーだけ浴びて研究所に戻った。
 色々なものを調べてみたかったが、時間が無いのでシャワーを振りまわして遊ぶだけにする。
 朝食は研究所でサンドイッチとかいうものを食べた。
 それが終わると、研究所の物を色々と物色する俺に安藤真紀はあくびをしながら言った。

「とりあえず、仮眠を取りましょ。その後、研究を手伝ってあげる。一週間は接待してあげるわよ。その間に慣れてね。エイリアン騒動がひと段落する頃には機材も帰ると思うから、帰る方法はそれから考えましょ」

「僕も、ここでテレパシー装置の改良してるから、わからない事あったら聞いてよ!」

 確かに眠い。監視の人達も眠いのか、ほっとした顔をしている。
 俺達は仮眠を取り、その後研究に移った。
 俺は試作品のレーザー装置を色々といじり、魔術回路を組み込んでみる。

「あら、随分面白い改造をするのね。それって意味あるの?」

「わからない。えい」

 俺はスイッチを入れてみる。研究室の天井に綺麗な丸い穴が開いた。
 安藤真紀はパチパチと拍手をする。
 監視の人達が気絶をした。

「ひゅー、あんた、天才君より有能かもね。光一君」

 それに俺は胸を張った。

「このスイート・モア・ライトアインに不可能はない」

 その後また父に怒られた。何故だ。こっちの父は怒りっぽいな。
 その後、研究内容を渡せと言われて俺は切れた。
 研究は親子間でも極秘のはずだろう!
 父と大喧嘩をして安藤真紀に慰められていると、鈴木耕作が落ち込んだ顔をしてやってきた。

「政府の人、座標を教えちゃったみたい。大丈夫かな」

「座標を教えると何か不味いのか?」

「んー。考えすぎと思うけど、良からぬ事をされても困るしね……。ね、それより、私のバリア装置にもあんたの研究、応用できないかな?」

「お前も俺の研究を狙っているのか」

 俺が低い声で言うと、鈴木耕作が俺に問うた。

「何が悪いの? 僕は真紀ちゃんと光一君のお陰で大きな成果を上げる事が出来た。協力し合えば、どんな偉業だって成し遂げられるよ。君が出来なかった異世界移動を光一君が出来たのは、僕達の協力があったからだ。違う?」

 それを聞いて、俺は言葉に詰まった。

「協力し合う……協力し合うか。さすがは異世界、考え方も違うのだな」

「それより、休日にはドライブに行かない? 運転好きみたいだし、試験場に行けば広い場所で好きにドライブ出来るわよ」

「本当か!」

 俺と安藤真紀、鈴木耕作は盛り上がる。
 その後、監視の人達が戻ってきて、俺達は急いで素知らぬふりをした。
 その日は疲れていたので早く寝た。
 本当は家探しをしたいが、時間はいっぱいあるのだ。
 すぐに全部を経験してしまってはもったいない。
 それにしても、今日はいい夢を見れそうだ。






[15221] 極振りっ! パラレル1話 (アンケートお礼)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/14 12:35

前回までのあらすじ。
 トモヤは美咲を癒した後、竜に浚われ、魔物にされてしまう。
そして一度魔物にされてから魔王を倒した為、邪神となってしまう。
その時、一緒に魔王を倒したアンティセルト王女たちも神となってしまう。
 そして、トモヤは共に冒険して来たアンティセルト王女が真菜だったと知るのだった。
そんな時、キュロスが現れたのだった。キュロスは、アンティセルト王女と美咲、智也の三人に異世界担当官になれという。

「うるせ―キュロス! 誰が下っ端なんぞになるか! お前あれだろ、そもそもの事故を起こしたのお前だろ」

「何をいまさら。最初からわかっていた事でしょう? 智也」

「キュロス……どっから計算してた?」

「プランはいくつも考えておくものですよ。さあ、行きましょう智也」

「くっ」

「あっトモヤ!」

 俺はキュロスの力場を振り切ろうとした。俺にはやらねばならない事があるのだ。隠居するという大事業が。

「そうは行きません!」

「ぎゃあああああ!」

 俺は首輪をつけさせられた。
 首輪はどうやっても外れない。

「さあ、行きますよ、トモヤ」

 俺達はその瞬間、日本の上空にいた。キュロスが、俺達の姿を拡大して映し出す。
 キュロスはしっかり首輪についた鎖を抑えつけながら、言った。

「異世界の皆さん、我らは異世界の精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪、邪神……まあそんなようなものの異世界担当官です。我らに祈りを捧げなさい。そうすれば、私達は貴方から才能を余さず吸い取り、大いなる力を授けましょう。私の名はキュロス。受付はこのトモヤまで♪ では、トモヤさん、マナさん、ミサキさん、後は任せましたよ。それと、貴方のその容姿を人間に見せかけるだけのパラメータを送りましたから、美貌に振って下さいね」

「待て、キュロス!」

 キュロスはふっと浮き上がって消えた。俺は取り残されて途方に暮れる。
 とりあえずゲートザゲートを潜って逃げ……あれ、出来ない。出来ない。出来ない。
 代わりに俺は、一万のパラメーターが付与されているのを確認した。
 俺はそれを全て魔術研究に振ると、とりあえず町を降りた。

「智也、外見が変わっておらんようじゃが」

「ああ、魔術研究に振った」

「全く、智也は……それだから、妾は智也が好きなのじゃ」

「アンティ様……いえ、真菜! 智也は……」

「待つがいい、美咲よ。そなたは智也を解放するのではなかったか」

「うう……ま、まあとにかく」

 美咲はこほんと咳ばらいをし、俺に手を伸ばす。

「帰りましょ? 智也」

 その言葉に、俺は渋々頷いた。

「美咲……美咲、ようやくお母さんの元に戻ってきてくれたのね……。貴方は……智也、智也なの……智也はやっぱり化け物だったの……」

「お母さん! 人間じゃないのは私も同じ、同じなんだよ! 気づいてたでしょ? 本当は、私と智也、両方がおかしいんだって気づいてたでしょ?」

 美咲は母さんの肩を掴み、言う。

「いやいや、私は、私は……」

「落ち着かれよ、御母上殿」

 真菜が、母さんと目を合わせて行った。

「真菜ちゃん……」

「例え人間でなかろうと、二人は主が腹を痛めて産んだ子であろう?」

「真菜……ちゃん……そうね、その通りね……。美咲、智也。早く家に入りなさい」

 真菜がカリスマを使ったな。しかし、好都合なので真菜の好意に甘えておく。
 ……こんな事で真菜を頼る事になるなんて、な。
 それから、俺は残念なニュースを聞いた。
 俺は留年したのだという。まあ、当たり前か。
 そして、俺達は、当たり前に学校に通う事にしたのだった。
 朝起きて、俺はいつものランニングをする。
 道行く人が、新聞を取りに表に出たお爺さんが目を見開き、あるいは新聞を取り落とした。

「コスプレ?」

「コス……プレ……なのか?」

「あれ、昨日現れた神様とやらにそっくり……」

「ああ、あの変なプレイしてたやつ?」

「とりあえず拝んでおくかのう」

 変なプレイってなんだ。キュロスの馬鹿。こんな首輪付けやがって。
 俺はマラソンを終えると、美咲を起こし、シャワーを浴びる。
 食事をして、家を出る。
 外に行くと、大勢の信者を引き連れた真菜がいた。

「智也。妾の供をするが良い」

「俺はお前の僕じゃない。まあ、学校一緒に行くくらい良いけどな」

「待ってよ智也、私も行く」

 俺達は学校に向かう。明らかに化け物の俺、美貌の美咲、カリスマの真菜は視線を尽く集めた。
 教室に入ると、ざわめきが走る。俺達は三人、同じクラスになっていた。

「き、君は誰ですか」

 教師が、震えながら問い詰めてくる。

「智也。去年留年してこのクラスになった」

「き、君が智也君……その格好は……羽のコスプレを取りなさい。前髪も切りなさい」

「この前髪も羽も、もはや俺の一部。俺は先日、邪神となった。羽に触ってみろよ。本物だとわかるから」

 教師は恐る恐る羽に触れる。
 
「ひっ 脈打って……。わ、わかりました。席に着きなさい」

 ついで、皆は真菜に目を奪われる。
 神になって基礎パラメーターが増えたらしく、真菜は冴えない女の子から魅力的な女の子へと変わっていた。

「このクラスに来るのは初めて故、よろしくの」

「「「はーいv」」」

 真菜の笑顔は、俺のインパクトをも凌駕し、その場はうやむやになるのだった。
 その後の授業、驚くべき事に俺は内容が分かった。
 基礎パラメーターの底上げ。頭がいいって言うのはこういう事だったのか。
 勉強意欲が増してくるのを感じた。
 休み時間になると、俺の後ろにふっと真菜が現れて、俺を抱きしめた。

「しゅ、瞬間移動!?」

「真菜様!」

「ま、真菜! 何やってるのよ」

 美咲が真菜を引き離そうとする。

「何をって、決まっておろう。そろそろモデルの仕事に向かわねばならぬので、智也分を補給しておるのじゃ」

「離れろ、真菜」

「嫌じゃ。智也だって、心地よかろう? ほれほれ」

 俺は急に真菜が押し付けた胸が気になりだした。確かに、心地よい。
 カリスマに他パラメーターで勝つには、カリスマパラメーターを圧倒するパラメーターを持たなくてはならない。俺の方が強いが、影響は0に出来るほどではない。
 俺は出来るだけ普通に、内心ではかなりの力を消費して真菜の思念の触手を振り払った。

「離れろ、真菜」

「強情じゃのう。素直に衝動に体を預ければ楽になるというに」

「マ、マゼランはアンティ様に負けたりしないもん!」

美咲が混乱しているのが良くわかる。

「なあ、あんた達って本当に神なのか? 昨日のプレイ見たぜ」

「プレイ言うな」

「キュロスってどんな神様だよ。真菜様と美咲さんをはべらして、智也に首輪付けてさ」

「美青年のご主人様と首輪をつけた犬。萌えるわぁ」

「萌えるな」

 ちなみに、俺の姿は蝙蝠の六枚の翼に尻尾、みすぼらしいローブに伸びきった長髪で、前髪も伸びきっている。それでも、神様効果か何故か前は見えるのだ。
 髪が感覚器になっていると言ってもいい。

「そういえば、前髪を切る事は出来んのか? 後ろに纏めるだけでも大分違うと思うのじゃが……」

真菜が俺の髪をかきわける。すると、何故か、女子が顔を赤らめた。

「……ライバルが増えても困るし、このままで良かろう。智也、髪を結ぶのは二人きりの時にするがよいぞ」

 なんなんだ、一体。
 そして真菜はモデルの仕事に向かった。次の授業は体育だ。
 俺は羽を透過させて着替えると、窓から出た。

「おい智也!」

 俺は羽を広げて、ゆったりとグラウンドに降り立つ。
 隣の女子更衣室から、タン、と軽い音をさせて美咲が飛び降りてきた。

「智也! グラウンドまで競争しよ」

 俺は無言で翼を広げ、進む。
 美咲が強く地面を蹴ると、猛スピードでグラウンドまで向かった。
 当然美咲の勝ちだ。

「えへへ。私の勝ち」

「俺は加速を使っていなかったからな」

 俺は負け惜しみを言うと、その場で生徒が集まるのを待った。
 授業の内容はマラソン。
 そこで、眼鏡を掛けた男子が手を挙げて言った。

「先生! 智也君は空を飛んでるけどいいんですか!」

「あ、あう、えーと、その……自分の足で走りなさい、智也君」

 先生が遠慮しながら俺に言う。
 俺は羽を動かすのをやめた。
 人間の時よりも、やはり体力も上がっていた。成績優秀者には勝てないが。
 昼休み。真菜が帰ってきた。

「智也。一緒に食事を食べようぞ」

 取り巻きを引き連れて、真菜が言う。
 弁当を食べ終わると、急に気分が悪くなった。
 俺は蹲る。

「智也!? どうしたのじゃ!?」

「智也! どうしたの!?」

 俺の力がガリガリと削られて、俺は吐いた。
 黒い闇。それは女を形作る。
 ナイスバディとしか言いようのない体。褐色の肌。
 扇情的な胸と局部だけを覆った服に肩当て。マント。

「邪神様。私は邪神様の僕。ランフェール。なんなりと御用をお申し付け下さい」

 そういえば、魔王は魔物を産むんだっけ。参ったな。これから続々と魔物を産むとなると……住む場所とか。注意せねばならないだろう。力の使い方をもっと勉強せねばならない。

「いまはいい、控えていろ……ああ、キュロスが言っていた受付。お前がしろ」

「は」

 ランフェールは空を飛んでどこかに行った。

「な……な……なんなのよ! ライバルが増えた!?」

「面倒だのぉ。智也。次産む魔物は全て男にせよ」

 真菜が結構本気で思念の触手を伸ばしてくる。
 それを振り払うのは苦労した。
 放課後、ランフェールが戻ってくる。
 どこも見ていない女の子達を引き連れて。

「邪神様、貴方の僕です。この者達を孕ませ、子供らの才を奪い、ポイントを与え、優秀な信者とするのです。その後、母体は魔物としてはべらすが良いでしょう」

「智也……?」

 真菜の微笑みが怖い。美咲が無言で剣を振るった。
 美咲の剣に断ち切られ、ランフェールの暗示が溶けて、女の子達は戸惑いながら散って行く。

「ああっ何をする! 邪神様の布教活動を邪魔するな!」

 ランフェールが怒るが、美咲に睨まれて黙る。

「マゼランの……ぶぅわかぁぁぁぁぁぁ!」

 美咲の股間を狙った蹴りは俺の防御幕をやすやすと破り、俺は痛みに声ならぬ声を漏らすのだった。
 誰か俺に平穏をくれ



[15221] 作者以外意味が分からないお話(烈火の炎超多重クロス)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/17 23:11
ぶっ飛んだ小説を作ろうとして失敗したものですが、せっかく書いたので載せときます。ぶっとんだ小説難しいよぶっ飛んだ小説。











「オラトリオ、ちょっと見てほしい」

 電子の図書館の中。灰色の髪の優しげな男が、金髪の良く似た顔立ちの男に話しかけた。

「なんだ、オラクル?」

「私の知らない本がある」

「はぁ!? お前の知らない本がこんな所にあるわけねーだろ!」

「でも、あるんだ。精霊召喚と使役の全て……と書いてある」

「なんだ、そりゃ」

 オラトリオはその本を手に取り、パラパラと開いた。

「なんだ? こりゃあ。オカルトそのものじゃねーか。本当に、なんでこんな所に……精霊召喚の方法~?」

「やってみる?」

 オラクルが、本を持って上目遣いにオラトリオを見た。
 オラトリオが、本を開き、呪文を唱えてみる。
 すると、描かれた魔法陣の上に子供が黒髪の現れた。

「う……ど、どこだ、ここは……また誘拐か。宇宙人、吸血鬼、次はなんだ? とりあえず燃やす。これ以上面倒な事になるまえに燃やす」

「あー、ロボット?」

 子供が、手から炎を出して襲いかかる。しかし、魔法陣の光の壁からその炎が出る事はなかった。オラトリオは、何気なくパラパラと本を開いた。少年を、魔法陣に閉じ込めたまま。

 

 裏武闘殺陣。魔道具という不思議な道具を集める為に開いた大会である。
主催者の息子である紅麗は、一人で会場に向かっていた。
「紅麗!!」「紅麗!!」「紅麗!!」「天使ちゃーん!!」
 沸き起こる紅麗コール。その中に、変わった呼び名を聞いて紅麗は顔を上げた。

「なぁなぁ、天使ちゃん、一緒にたたかわねぇ? どうせ他の奴は今回はお休みだろ? 俺、一度でいいから天使ちゃんと共闘したいなぁ」

 はっとするほどの美形の男だった。どこか惹かれるものを感じながら、紅麗は答えた。
 金髪のオールバックの、体格のいい男。

「誰だ貴様は。何故私が貴様と共闘などせねばならない」

「俺がお前と肩を並べて戦いたいからだよ、紅麗。俺の名はオラトリオだ」

 名前を呼ばれた途端、その言葉は紅麗の心に深く突き刺さった。

「……別に、貴様一人くらい増えた所で変わらないか」

「サンキュー天使ちゃん♪」

 答えてから、紅麗は動揺した。自分は今、何と答えた? とりかえしのつかない事をしたのではないか?
 オラトリオが観客席の壁を乗り越えて、何気なく紅麗の肩に手をまわした。

「さあ、5Dとやらをぶっ潰してやろうぜ、天使ちゃん♪」

「おーっと!? いきなり紅麗選手、ぽっとでの人物を受け入れました! これは余裕の表れか!? ではチーム名「5D」! 「王羅」チームを破り……」

 解説が行われる間、訝しげに紅麗はオラトリオを見つめる。

「紅麗様」

 呼ばれて紅麗は我に返った。報告を聞き、紅麗は酷く動揺した。
 動揺を表に見せず、紅麗は高笑いをする。
 自分は一体、何をしている? コミックの通りに動かなくてはならないのに。
 台詞は頭に叩きこんである。決められた通りの台詞を言う。
 すると、オラトリオは強く肩を抱いた。小さく呟く。
 
「それでいい、お前はいつもどおりでいろ、紅麗」

 その声を聞くと、何故か安心した。紅麗はその事に戸惑う。
 5Dとはバトルロワイヤルをする事になった。
 イレギュラーがいようといまいと関係ない。一瞬で灰にすればいいだけだから。
 紅麗が動く。炎の翼が舞った。
 しかし、5Dは結界を張ってそれを防いだ。

「これが妲己ちゃんの居所を知る地球防衛軍事務員、天使ちゃんか。こいつだけ売り飛ばしても金になりそうだが」

「まずは記憶を取り戻させる事が先だ」

「わかってる」

「? 何を言っている」

「ちっあんまり隠すつもりはなさそうだな」

 ――馬鹿な。こいつらは自分の炎で一瞬で灰になるはずだ。動揺しながら、紅麗は問う。
 オラトリオの舌うちの意味もわからなかった。
 5Dが動く。――早い。オラトリオもまた、相手と同じような結界を張ってそれを防いだ。睨みあいながら、オラトリオが口を開く。

「十年前から、ある誘拐事件が起きて、何人ものいたいけな子供が浚われてきた。子供達は一様にある改造を受け、二十歳になるまである活動に従事され続けてきた……。やつらは、その中の一人を探してる。天使ちゃん、ちょーっとダークチャージって言ってみて貰えるかな?」

「ダークチャージ……?」

 紅麗の体がピカッと光り、紅麗はヒーローものの登場人物のようなスーツ姿になる。

「二十歳になって用済みになって記憶を消されたのがお前。けど、重要機密を知ってたから狙われてる。けど大丈夫だ。天使ちゃんが俺が守ってやる……とまではいかねぇけど、サポートはする」

「…………待て。どういう事だ」

「結界が解ける。戦え、紅麗。そのスーツは力を何十倍にも強化してくれる!」

 結界が解け、5Dが襲いかかってくる。
 ゴーグル越しに見て驚いた。……おぞましい化け物。しかし、そんなものは妖怪退治で見慣れている。
 自然、体が動く。自分でも驚くほどの速さでバリア発生装置を蹴りあげた。
 どうしてそこがバリア発生装置だとわかったのか、自分でも理解出来ない。

「戦えたのか、天使ちゃん!?」

 5Dが驚く。
 バリア発生装置が壊れたのを確認し、紅麗は再度炎を出した。
 その時、突如としてUFOが現れ、燃え盛ったままの化け物たちを回収する。

「……で。お前はその誘拐犯なのか」

「やったな天使ちゃん! しかし油断をしてはいけない。第二第三の……」

「オ・ラ・ト・リ・オ?」

「……まあ誘拐犯といえば誘拐犯かな」

「この体への改造をやったのは貴様か!」

「怒らないでくれよ、天使ちゃん」

 オラトリオが紅麗の肩を抱き、宥めに掛かった。

「とりあえず、飯食いにいこうぜ、飯。奢るからさ、一緒にご飯食べよう、紅麗」

 まただ。紅麗、と呼びかけられるとオラトリオの言葉を聞きたくなる。
 その時、変身が解けた。
 その途端感じる、オラトリオのマントの冷気。何故か冷たいマントが心地いいと思った。
 そのまま、レストランに連れ込まれる。
 レストランの中。紅麗とオラトリオは、大いに注目を受けていた。

「三か月だけ、俺が護衛させてもらう。と言っても、結界張るしか能がねぇがな。とにかく三か月、俺が守る。これだけは覚えとけ。俺とお前が敵対する事は絶対にない」

「三か月……」

 それだけあれば、「烈火の炎」の物語が終わる。オラトリオは、そこまで知っているというのか。

「しかし、それと私を公衆の面前で辱めた事は話が別だ。なんだ、あのスーツは!」

「まーまー。ごめんな、紅麗。そこら辺の面倒くさい事情はお前に教えちゃならんのよ。そもそも、その為に記憶を消したわけだし。まあ、でも狩りをやってる時の記憶が飛び飛びなのはわかるだろ?」

「!……そこまで知っているのか。で、オラトリオが私と敵対しないという証拠は?」

「お前の本能」

 紅麗は押し黙った。何故、そんな事を堂々と言えるのか。しかし、オラトリオには一種の心地よさを感じているのは事実だった。

「オラトリオを拷問して面倒くさい事情を聞きだすという選択肢は?」

 オラトリオはすっと数枚の写真を出してくる。
 
「俺が帰らなかったらこの写真がばら撒かれる」

 紅麗は目を滑らせ、吹いた。

「な……なな……」

「動揺しすぎて炎も出せねぇ?」

 紅麗は炎を出し、早急に写真を燃やす。

「……何が望みだ」

 オラトリオは、ニヤリと笑う。
 
「俺を三カ月、常に傍におけ。それだけだ」

 紅麗は、渋々と頷くのだった。



[15221] 作者以外意味が分からないお話 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/18 22:22
「オラトリオさん、と言いましたか。何者ですか? 誘拐犯と小耳に挟んだのですが」

 紅麗とオラトリオが城へ向かうと、雷覇が微笑みながらオラトリオに問いかけた。

「待て。落ち着け、雷覇。俺自体は紅麗に危害を加えてない」

 オラトリオは若干焦りながら雷覇に言う。その際、恐れる様子を見せつつも紅麗の前に立った。無意識であろうその様子……危険を感じたら紅麗を後ろに庇うという癖に、雷覇は僅かに納得する。

「落ち着いてますよ。紅麗様を脅迫してらっしゃるなら、やめてくれませんか? 私は紅麗様をお守りするのがお仕事なので」

「俺が望むのは、三か月紅麗を守らせてくれって事だけだ。今日のあれ、5Dの偽物で正体は話せないが紅麗と敵対してたんだ。ああいう敵から紅麗を守る。それだけだ」

「何故三カ月なのですか?」

「大体それくらいで、紅麗の持っていた情報の意味が失われるからだ」

「なるほど……その情報は紅麗様だけが持っていたのですか?」

「ああ、記憶は現在封印されていて、俺も知らない」

 雷覇は、それを聞いて考え込む。

「話を整理すると、貴方が子供の頃の紅麗様を浚ってばら撒かれると恥ずかしい写真を取り、地球防衛軍事務員に無理に従事させ、体を改造し、用済みになったので記憶を消し、そのせいで悪い宇宙人につけ狙われる羽目になった、と言う事ですね」

「うーん、やっぱそこまではわかっちまうか」

「つまり貴方は敵ですね」

 ちゃきっと刀を構える雷覇。紅麗はそれを止めた。

「待て、雷覇。恐らくオラトリオが私を守りに来たのは本当だと思う。記憶を封じたのなら、あやつらに好きに襲わせておけばよかった。機密の方は記憶は封じていて問題はないのだから」

「紅麗様……」
 
 それを聞いて、オラトリオは俄然元気を取り戻した。

「そのとーり。いや、こっちでも意見が割れててな。組織の中では一番俺が天使ちゃんよりだと思う。記憶を取り戻させろって意見もあるけど、それは復帰しろって意見でもある。天使ちゃんは抜けたがってたし、必要な分以外の記憶を消す事も進んで承諾した。今、天使ちゃんがわからないのは、思い出したくない事、思い出さない方がいい事だけだ」

「つまりオラトリオは思い出したくない事なんだな?」

「いや、思い出さない方がいい事の方」

 それはどう違うというのか。紅麗は、ため息をついた。
 その日はちょうど、母に会う日だった。
 オラトリオも、ヘリに同乗した。
 行った先で、紅麗は驚く。
 月乃がUFOに浚われる所だった。

「母上! 母上!」

 スピーカから流れる声。

「やあ紅麗。僕もオラトリオと同じく君につく事にするよ。お母さんは僕が守るから安心してくれ」

「ふざけるなバカ王子!」

 紅麗はその声に、無意識に大声で反論していた。
 オラトリオは、それをのんきに見上げている。

「ふざけてなんかいないよ。三カ月したら返すから」

 UFOはそう言って飛び去る。

「バカ王子の奴、無茶するなー。大丈夫だ天使ちゃん。あいつ嘘は言ってないと思うから。3か月の辛抱だ」

 紅麗はぎりっと歯ぎしりした。目まぐるしく計算する。
 確かに、月乃を人質に取られたら従わないと行動に矛盾が出る。加えて月乃は烈火の炎では紅麗の手綱として以外の役割を担っていない。生きてさえいれば、ここにおらずとも軌道修正出来る範囲なのだ。
 しかし。しかし、それは浚っていった連中が本当に信頼できるなら、の話だ。
 それに、月乃を救うのは雷覇のはずだった。
 月乃の爆弾を排除するタイミングが失われてしまう。

「母上……っ」

UFOが相手では追いかける事も出来はしない。ギュッと握った拳から滴り落ちた血が、地面へと吸い込まれていく。

「紅麗様……手が……」

 雷覇が紅麗を気遣う。

「信じろ、紅麗。月乃さんは大丈夫だ」

 オラトリオの声に縋ってしまいたい。そんな屈辱的な衝動をこらえ、紅麗は目を閉じた。

「必ず、三ヶ月後に会わせろ」

「ああ、伝えておく」

 オラトリオが紅麗の肩を抱いた。紅麗はそっと体重を預ける。

「紅麗様! よろしいのですか!?」

「UFOに連れ去られてはどうしようもない」

「紅麗様……」

 城へ帰り、あまりにごたごたが続いてしまった疲れに紅麗は長いため息をついた。
 しかし、夜はこれからなのだ。
 オラトリオを隣の部屋に案内し、紅麗自身も部屋で眠る振りをする。そして式神を使い、寝ている自分そっくりの人形を作りだした。
 それを置いて、紅麗はそっと屋敷を抜け出す。
 そして、通信機をオンにした。

「それで、閻魔。この近辺に妖怪が現れる予定なんだな? 詳しい座標を確認したい。それと、UFOについて知っている事を……」

「なんだ、まーだ仕事してたのか。全部の仕事から足を洗うって言ってたのに」

 紅麗の肩が跳ねあがった。ばっと距離を取る。オラトリオが、そこにいた。どうして。今まで、誰にも気づかれる事はなかったのに。

「妖怪退治、俺も手伝うぜ。お前、霊能者としちゃあそんな強くないだろ」

 オラトリオが笑った。紅麗は、苦々しく頷く。
 そこに、妖怪が現れた。
 紅麗はとっさに霊丸を撃とうとしてこらえる。紅麗の霊丸は威力が弱い。
 十分に引きつけて撃たなくてはならない。紅麗はさっと追いかける。
 オラトリオが何か呪文を唱え、妖怪の行き先に小さな扉が現れた。
 扉には薄い膜が張ってあったが、素早く動いていた妖怪はその膜をよけきれず透過した。
小さな扉は妖怪を受け入れると、ふっと消えた。
一瞬見えた、扉の奥の深い森。
紅麗は驚愕する。

「魔界……そんな。こんなに簡単に扉を? それに、薄い膜のような結界……見事としかいいようが……」

「見直したか、霊界探偵な天使ちゃん。えーと、幽遊白書だっけ?」

紅麗は、炎を手に灯してじりじりと下がった。急に、オラトリオが恐ろしくなったのだ。
 何故オラトリオは、そんな事まで知っている?

「オラトリオと私がいた組織とやらは、その……全て知っているのか?」

「んー。お前、秘密主義だからなー。どうだろ……「烈火の炎」のコミックスは見せてもらった事があるけど」

「……!!」

「コミック通りにやるんだろ? どんな犠牲を払ってでも。良く知ってるよ」

「私はオラトリオの事を何も知らない」

「以前は知ってた。言ったろ? お前の本能に聞けよ」

 オラトリオは紅麗の頭を撫でる。
 紅麗はそれを心地よいと感じていた。なんだこれは。私はそれを認めない。
 紅麗は思い切り首を振った。

「なんでもいい。貴様が私を守るというなら、貴様を利用するまでだ。せいぜい頑張るんだな」

「へいへいっと」

 オラトリオは紅麗の背に手を添えて屋敷へと誘導する。紅麗はただ、されるがままにされていた。
 翌日。
 九忌との戦いである。今回もオラトリオと紅麗だけである。
 説得するのは大変だったが、火影に要らない情報を与えることで正史が書き換えられると困るのだ。これ以上のイレギュラーはごめんだった。
 しかし、紅麗の祈りもむなしく、相手は……。

「あれも宇宙人、か……」

「わかるか。なら、ダークチャージと大声で言っとけ。ほれほれ」

「誰が言うか。普通に戦います」

 そして紅麗は炎を出す。
 それを合図に、戦いが始まった。すぐに紅麗は異変を感じる。手加減されている?
 理由はわからないが、それならば都合がいい。油断している隙に倒す。
 紅麗はクナイに硬をしてバリアを破り、硬を解除して相手の肌を切り裂く。
 あまりの素早い攻防に、観客の歓声すら止んだ。

「まずい、天使ちゃん。これは恐らく時間稼ぎだ。用心しろ」

「時間を稼いで何をすると?」

 すると、宇宙人がにぃぃ、と笑った。

「こうするんだよ」

 その時、入口からつんざくような悲鳴が聞こえた。

「姫ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 姫! 姫!」

 宇宙人の仲間にぶら下げられていたのは、腹に大穴の開いた柳と暴れる烈火。
 紅麗の頭は真っ白になった。動かなくなった紅麗に容赦なく迫る攻撃の魔手。
 紅麗を庇ったオラトリオの左腕が吹き飛ぶ。
 オラトリオがロボットだと示す機械の断面が、観客と紅麗を驚かせた。

「ふははははは! お前の弟と相方が殺されたくなければ、大人しくついてくるんだな」

 柳の死体が紅麗の目の前に投げ出される。
 既に、その宇宙人は烈火と同じくらい重要な人物を殺している。
 ここからコミック通りなんて絶対に無理だ。
詰んだ……? いきなり詰んだのか!?
 
――緊急事態発生。緊急事態発生。記憶を解放します。

 頭の中で弾ける機械音。それと共に弾ける知識。

「ああああああああああ!!!」

 そして紅麗は心中で呟いた。
 あ。詰んだ。
 相手を守りながら戦いあうなんて不可能である。
 ここでの最上の方法は紅麗の生きたままの退場であり、柳の復活である。
 紅麗は、ショートした肩を押さえたオラトリオに言い放った。

「オラトリオ……。駆け落ちしよう。私を浚って逃げろ」

 オラトリオが苦笑いした。

「まあ、そうするっきゃねーよなぁ。どうせ柳の事、癒すんだろ? そしたらここにはいられねぇもんな」

 そこでオラトリオの体がビクンと跳ねる。

「オラクルに侵入者が!」

 はぁぁ、と紅麗がため息を吐く。

「早く行ってやれ。ただし貴様の役立たずさは子子孫孫まで語り継ぐ。ベホイミ。ガフッ」

 紅麗が血を吐くと同時に、オラトリオの腕が完全に癒えた。

「悪いっ紅麗!」

 叫び、オラトリオが大きな扉を出してそこへ入る。
 紅麗は思念の糸を伸ばし、小竜達を呼び出した。
 小竜達は柳の周辺に降り立ち、元気づけるように鳴き続ける。
 紅麗はそれを聞いてトランス状態に入る。それと共に、小竜に柳の魂が呼びもどされた。

「なんだぁ?」

「黙って見ていろ。私を浚いたいのだろう。絶好のチャンスだぞ」

 紅麗は一枚の紙のメモを柳の上に置いた。そして、柳に手を差し出して呟く。

「ザオリク」

 柳が苦しげに咳込み、息をしだす。
 紅麗の体が子供のものになり、服はぶかぶかになった。
 紅麗は不安げに辺りを見回す。

「ここはどこだ? 母上……父上……? あれ、この紙は……」

 柳の上に書かれた紙を、紅麗は読み上げた。

「ベホマ。がふっ」

 小さな紅麗は大量の血を吐き、あっという間に紙は血まみれになって何が書いてあったか見れなくなる。

「これは妲己ちゃんが使うという噂の反魂の術!? 実際に使っていやがったのは天使ちゃんだったのか! 俺達ついてるぜ。早速捕まえ……」

「黙れ」

 雷覇が、「硬」をした刀で宇宙人達を斬り伏せた。
 そして、紅麗を抱き上げる。

「紅麗様……貴方様は私の記憶も消していましたね」



[15221] 作者以外意味が分からないお話 ネタばれ解説
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/18 23:28
ネタばれ 解説。

 あらすじ
 複数の世界が徐々に入り混じってしまうという事件が起きた。
 紅麗や閻魔、妲己達はソフトランディングさせろという神の依頼を承諾する。
 活躍?する紅麗だったが、烈火の炎の物語も大詰めとなり、紅麗は烈火の炎の物語に専念する事にし、記憶を消す。しかし、暗躍していた紅麗の情報が漏れてしまい、宇宙人につけ狙われる事に……そして、物語は始まる。

登場人物紹介

 出典:ツインシグナル

 オラトリオ:シンクタンクアトランダムの情報処理型ロボット。ある日、電脳空間の図書館に謎の本を見つける。(世界の接触によりオラクル内に出現した魔本)その本の通りにしてみたら本当に精霊(紅麗様)が召喚出来ちゃった。
 それが製作者の妻、詩織を妖怪から助けた少年と知り、興味を持ち、本の通りに使役してみる。使役の条件は真名を知る事。ちなみに紅麗は普通に名乗ってしまっていた。
 望めば紅麗を炎の型にしたり、紅麗を吸収する事で自分を一時的に炎にする事が出来る。ただし、これは本当の切り札。後、紆余曲折あって妖怪仙人となる。

クオータ:オラトリオのコピーロボット。「死体でもいい。傍にいてくれるなら」製作者のクエーサーが不治の病と聞き悩んでいる所にオラトリオと良く遊んでいる精霊とか言う紅麗様が。その友人が不死族と知り、イビルジーンを入手してクエーサーに注入する。

クエーサー:シンクタンクアトランダムの偉い人。不治の病にかかっていたが、ノスフェラツ化して完治。

過去エピソード:閻魔の命令で、妖怪退治をする紅麗。その舞台となったのがシンクタンク・アトランダム(爆発直前)だった。
 戦闘中に「この者達はこの後のモイラの研究の爆発事故で死ぬ運命。貴様に殺されれば、運命が変わってしまう。それは許されない」と言ってしまった為、爆発事故の件がばれる。
 詩織の、「研究は無人で行われたはずだけど」という機転の一言に騙され、そのまま帰ってしまう。後で真実を知って後悔。

 出典:ダークエッジ

 佐藤先生:紅麗の援助交際相手(違)吸血鬼。室井に浚われてきた子供の紅麗の世話を何かと焼いている。コンドームと呼ばれる血を吸っても相手を吸血鬼にしない肌に張り付ける布のような物を使って紅麗の首から血を吸う事が何度かある。紅麗は佐藤先生のフェロモンに最も弱い。
 紅麗談、献血行為。ボランティア。オラトリオ談、援助交際。

岡元加奈:紅麗の親友。(紅麗自称)四辻学園のゾンビの生徒。

土屋先生:「土屋先生の口が大きいのは何故だ?」「お前を食べる為だよ、天使ちゃん」

校長先生:紅麗にとってのドラえもん。雷覇の記憶を消してもらった。

深谷先生:紅麗の葛藤を癒す事で片っ端から消してくれる容赦のない人。

園部先生:サーチアンドイートの恐ろしい人。園部先生のフェロモンの匂いがしたら恐怖心が先に立ってしまう。園部先生のフェロモンは罠だってわかりすぎて怖いとは紅麗談


出典 幽遊白書

閻魔様:神様の僕。コミック通りにと指示を受けた紅麗とは違い、魔界の解放は無しの方向でと決定が出てしまい、四苦八苦している。コエンマには無論内緒。完全に事情を知っている手駒は紅麗だけで、苦労している。

出典 レベルE

 バカ・キ・エト・ドグラ王子:地球面白改造計画を企て、子供達を浚って地球防衛軍を作るも紅麗達に乗っ取られる。なお、紅麗達は惑星間のいざこざ解決など、様々な方面で一定の成果を上げ、地球の不可侵条約を勝ち取り続けている。しかし、紅麗が狙われる理由を作る事にも。地球防衛軍の同人誌好評発売中。

出典 封神演技

妲己ちゃん:紅麗に3つの羽衣の宝具を授ける。

神様があれな命令を下す代わりに紅麗にくれた能力集

出典 ドラクエシリーズ

僧侶呪文:便利すぎる為に、能力がばれた時の安全弁に色々と制約が。ホイミで吐血、ザオリクで幼児化など。本当は必要ない。

出典 ハンターxハンター
 
念能力:変化系。

出典 封神演義

クンフー:羽衣を扱うのに使う。

出典 無限のファンタジア

癒しの聖女:一日四回しか使えない以外制約なし。

出典 幽遊白書

霊能力:ただし弱い



[15221] 機械人形の憂鬱(アンケートお礼シムシティとかシヴィライゼーションっぽいの?)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 20:58

 差し出される、いくつもの手。
――お願いだ。僕に手を触れないでくれ。
 口々に自分を求める声。
――お願いだ。僕に話しかけないでくれ。
 誰も彼もが、僕を求める。
――お願いだ。僕に関わらないでくれ。
 僕は、しゃがみ込んで首を振る事も出来ず、凍った瞳でただ呆然と立ち尽くしていた。
 始まりは、僕が幼い頃。飛行機を見ていた時。
 僕は自然とこう呟いていた。
 
「あの飛行機、落ちるよ。原因はエンジンの異常」

 父が驚いて僕を見る。その時、飛行機は次第に傾いていった。
 大惨事になった。轟音、悲鳴、燃え上がる炎。煙たい匂い。
 僕はそれを目に焼き付ける。
 恐ろしい光景だったが、その反面、僕にとっては既に決まっていた、わかりきった事だという事が僕から動揺という選択肢を奪っていた。動揺もせず、真正面から受け止めた僕の中で、何かが崩れていくのを感じた。
 慌てて事故現場に駆け寄る父が振り返った時の、どこか恐れるような驚愕の瞳。
 僕はそれを見て、知っているはずの事だと納得しながらもどこか不安に感じていた。
それからだった。
 僕は数々の事故を予言した。
 普通の人間には、事故をみすみす見逃すなんて事、出来ない。父母は僕が事故や災害の予言をするたび、関係する場所に連絡を入れた。
 父がテロ関係者と疑われた事もあったが、地震の予知でそれは氷解した。
 やがて訪れたマスコミの人間。
 父は、僕に予知をするように言った。

「いいけど、そしたら僕、浚われるよ。悪い人に」

「何をわけのわからない事を言っているんだ。お父さんを嘘つきにするつもりか? 早く予知をするんだ」

 僕は告げた。

「明日、一二時に、東京地下鉄でテロが起きるよ」

 お父さんとテレビ局の人達は動揺する。
 
「僕。それはどうしてわかるの?」

 何故、この人は当たり前の事を聞くのだろう。
 
「そう、決まっているから」

 翌日、東京の地下鉄でテロを起こそうとした人達が捕まったとニュースでやっていた。もちろん、僕のニュースも大々的に流れた。
 僕は、初めから何が起ころうと黙っているべきだったのだ。
 でも、幼稚園児だった僕にどうしてそんな事が分かるだろう。
 その日から、僕の環境は一変した。
 旅行に行くとなれば、その旅客機や列車が無事か聞いてくる。催し物があれば、それが何事もなくすむか聞いてくる。押し寄せてくるマスコミの人達。研究者。政府の偉い人……そして、犯罪者。
 ……誰もかれもが、予知をしろという。
 やめてくれ。僕をもう放っておいてくれ。そういう僕を無理やり引きずりまわし、しつこく問い詰め、奴らは予知をさせた。もううんざりだった。
 人間不審に陥っていた僕は、漫画やアニメに次第に傾倒していった。
 何回目かの誘拐の時だ。縛られていた僕に、傷ついた刑事が駆けよった。

「悪い人が、僕を浚いにくるよ」
 
「何度だって、助けてやるさ」

 僕の頭を、刑事が撫でる。既に顔見知りになった刑事を、僕は決して嫌いではなかった。
 でも。

「もう遅いよ、ほら、浚いに来た」

『強き魔力を持ちし賢者の魂。魂無くして生まれおちた我が眷族の魂として相応しい』

 現れた黒く大きな影。それに驚いた刑事が銃を抜くが、放たれた弾丸は闇を素通りする。
 なのに、その闇で出来た腕はたやすく刑事の上半身をふっ飛ばした。

「もう、誰も僕に関わらないでくれ」

 僕は、両腕で耳をふさぎ、丸くなって下を向いた。
 その僕を、闇が脳天から真っ二つに切り裂いていた。
 次に気がついたのは、化け物に抱きあげられた時だった。
 視界に入るのはぶら下げられた鋼鉄の体。
 目の前のなんと形容してよいかわからない、人型の黒い獣といっていい化け物。
 これが僕の新しい親だと当然のように『わかった』が、とてもこの鋼鉄の体と毛玉が親子だとは思えない。
 化け物が何か言う。
 知らない言語だが、何故か僕には化け物の言っている事が分かった。

「邪神様が、素晴らしい魂を我が子の為に用意して下さった。この子の名前は、デウス・エクス・マキナとしよう」

 ――機械仕掛けの神。
くだらないと思った。




[15221] 機械人形の憂鬱1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 20:59
僕は魔界の第一王子として生まれおちていた。
僕は動けるようになって早々に世話を拒絶した。
食事と紙とペンだけ持って来させて、僕は部屋へと引籠る。
僕は名前の通り、機械人として生まれおちたようだった。
当初は期待されていた僕だったけど、すぐにその期待は霧散した。
僕は今度こそ何も言わなかったから。本当に、何も。
情報処理系統に特化しているらしい僕は、無言でいるなら本当に役立たずでしかない。
しかし、この世界は生きにくい。
空は常に雷雲が轟き、常に肌寒く、じめじめとして、腐ったような匂いが常にしている。
ちなみに食事は普通の食事を別として、金属や石油、周辺の魔力を食らっている。
人間は煩わしいが、サンサンと太陽が降り注ぐ安住の地がある事はわかっている。
時折次元の歪みに巻きこまれて来る人間やその他の生き物。
それに、稀にそれに巻きこまれ、そしてまた人間界で巻き込まれて戻ってくる魔物。
デウス・エクス・マキナの名の通り、自分だけはハッピーエンドで終わらせたいものだ。
その為には力をつけなくてはならない。やれやれ、煩わしい。
そこで僕は、ふと宙を見る。
そして、父上と第二妃の所へと向かった。
父上は俺の事を一顧だにしない。
僕もまた気にせず、第二妃を見つめた。
狼の姿をした第二妃は、しばらく苦しんだ後、獣耳に獣の尻尾の子を産んだ。

「この子はフェンリル・ガイアと名付けよう」

僕は何一つ言わずに頷いた。
これが僕の弟。それだけ確認して部屋に戻る。
僕にとって弟は特別な物となるだろう。
それから10年がたった。
温度センサーに反応あり。狼達が接近中。
フェンリル・ガイアの眷族だ。僕達魔王の一族は眷族を生み出す事が出来た。
僕は機械を。フェンリルは狼を。
どの道、様々な魔物を生み出す事の出来る父上に比べれば、無能に違いない。
最も、機械の魔物を父上が生み出す事は出来ないけれど。
ああ、フェンリルの眷族を撃退しなくては。
僕の作りだした眷族は二体だけ。
眷族を作れるようになった時に取り急ぎ作った世話役と、十分に力を溜めて作った護衛。
現れた狼の機先を制して、その鼻先に極限まで圧縮された魔力を放つ。つまりビームだ。
焦げくさい匂い。ビームの怖さを知っている狼達が止まった所で、僕の護衛が鋼鉄の体で薙ぎ払った。キャンキャンと悲鳴を上げながら遠ざかって行く狼達。
王位継承戦は既に始まっている。僕には、全く興味はないけど。
 僕は絵を描く事に戻る。絵を、文字を書く事。そして文献を漁る事だけが最近の僕の楽しみだ。
 僕が書物庫で本を読んでいると、フェンリル本人がやってきた。

「兄上。兄上は何故俺を攻撃してこない」

 うざい。フェンリルは獣っ子として、可愛らしい見た目を持っている。異形の集まる魔界で、フェンリルは唯一の僕のオアシスだったが、それでも関わられるのはごめんだった。
 僕は軽蔑した目をフェンリルに向けた。読書の邪魔をするな。
 フェンリルが、その眼差しを受けてたじろぐ。

「う……そんな目をしても効くか。いい事を教えてやろう。兄上が大切にしていた書物、全てめちゃくちゃにさせてもらった」

 幼児か。確かにそれは腹立たしいが、それだけに過ぎない。機械に過ぎないこの身。全てを既に記憶している。僕からは何も失われていない。
 というか。書物をぐちゃぐちゃにって幼児か。
 僕は憐れみと軽蔑の入り混じった視線を投げつけた。
 うざい。

「な、なんだ、その目は! 俺を馬鹿にしているんだろう! なんだよ、閉じこもってばかりで魔王になる勉強も全然していない癖に……」

 うざい。
 僕はフェンリルを無視し、黙って書物を閉じると、部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、散乱した落書きされた書物に破られた書物。
 僕は世話役の眷族に全て焼き払う様に命じて眠る。
 誰も僕に関わらないでほしい。
 その為には、領地が必要だ。誰もいない領地が。
翌日、何か呪いを掛けられたようだった。
解析中。解析完了。
大切な人の命を奪う呪文。
そして、フェンリルが喜び勇んで現れる。

「ふふん。今度こそ兄上の大切な物を奪ってやる。がはっごほっ な、なんだ……」

俺はほとんど誰とも接触しない。眷族は俺の体の一部という意識が強い。
父上、母上はどうみても化け物。となると、残りはフェンリルしかいないのだが。
俺は呆然とした顔でフェンリルを眺めた後、世話役のロボットに術師を呼びに行かせた。
やはり俺は弟が治るまでついていなければならんのだろうか。
本当にうざい。

「兄上……兄上は俺を馬鹿だと思っているんだろう」

「……」

「でもな、王位継承者争いで負けたら、皆殺される。俺についてくれる人達も、全部だ。俺は、絶対に負けるわけにはいかないんだ。兄上は、いつも余裕たっぷりで、それを崩す事なんかなくて……でも、間違ってるのは兄さんなんだ! 魔王としての勉強もしないし、コネ作りもしないし……」

 馬鹿らしい。

「僕とお前は失敗作だ。いずれ成功作が生まれよう」

 初めて発した言葉は、機械的に響いた。フェンリルがはっと顔をあげる。

「兄上、喋れたのか……!? いや、失敗作ってどういう事だ!」

 僕は黙った。そんな事、弟が一番よくわかっているはずだ。
 狼しか操れないフェンリル。機械人しか操れない僕。
 だから、僕にもフェンリルにも殆どお付きの者はいない。
 ……忠誠を誓ってくれるものが、いない。

「……兄上は、諦めているのか!? 失敗作だって諦めて、どうせ勝てないって諦めているから何もしないのか!?」

「いずれ、程良き時程良き場所に人界へのゲートが開こう」

 フェンリルは呆気にとられる。そして、呟くように言った。

「魔界を捨てて、人間界へ行くと……? そういうのか、兄上……? 王位も、何もかも捨てて……?」

「王位は僕らの物ではないよ。魔界のあらゆるものは妹のもの。魔界に要る限り、僕らでさえも」

 僕とフェンリルが努力に努力を重ねて力を合わせれば、妹に勝つ未来もありうる。
 けれど僕はそれを拒絶した。他者と深く関わるなどごめんだ。

「……! 兄上は、それでいいのか! 足掻いてこそ……」

 僕は席を立った。そして部屋に戻る。部屋に戻る直前に振りむくと、フェンリルが唇を噛んでいるのが見えた。
 それからしばらくして、妹が生まれた。
 父上似だった。あらゆる生き物の欠片が混ざっている。
 それでいて美貌を保った、稀有な存在。
 僕は妹が生まれる瞬間にも立ち会った。父上が名づける。

「ティア・カオス」

 混沌の涙。彼女はあらゆるものに愛されるだろう。
 フェンリルが、唇を噛む。
 フェンリルが孤立するのに、さほど時間は掛からなかった。
 僕達の時とは大違いの護衛がティアを守る。
 フェンリルはよく僕の部屋に入り浸るようになった。うざい。

「なあ兄上、ティアは俺を殺すのかな」

 散々僕を殺そうとした癖に、わかりきった事を聞くものだ。
 僕はそれを無視して、好きな美少女の絵を描いていた。
 もぐもぐと金属を食べながら。
 僕に今できる事は、力を溜める事だ。眷族をいっぱい生み出せるように。

「……兄上は、未来を見る力があるのか?」

 僕はその問いにも無視をする。やはりフェンリルに力の一端を見せるのは危険だっただろうか。
 しかし、次の瞬間、その疑問はどうでも良くなる。
 僕は父に手紙を書いた。
 曰く、王位継承権を放棄する。探さないでくださいと。

「兄上っどこへ行く!?」

 程良き時が来た。後は程良き場所に行くだけだ。
 王宮を出た辺りの、外れの位置。
 そして現れる、歪み。

「兄上―!」

 フェンリルが歪みに飛び込んできた。
 僕は思わずフェンリルを抱きとめる。
 現れたのは広き草原。抜けるような青空。さわやかな風。
 近くに見えるは大きな山脈。深き森。遠くに見える海。

「そ、空が……」

 フェンリルはガタガタと震えていた。
 僕はフェンリルを突き放し、歓喜の声をあげた。

「あはははははははははははははははははは! 僕はついに来た!」

 僕が笑うたび、僕から機械が産まれいでてくる。
 溜めきった力を、今こそ使い果そう。
 資源のたっぷりある山脈と平原。流れる川。それを包む荒波と深き森。地面を掘れば石油資源が。
 このあまりにも鎖国に適した理想郷が僕の予知した場所だった。
 まあ、フェンリル一人いても構わない。

「さあ眷族達よ、村を作れ」

 僕はまず初めに、眷族達にそれを命じた。
 別に、忠誠を誓ってくれる者など必要ない。他者など煩わしいだけだ。
 さあ、僕の命令だけを聞き、僕が望んだ時しか関わって来ない可愛い機械人形達よ。
 歪な歪な国を作ろうではないか。



[15221] 機械人形の憂鬱2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/30 23:56
 まず、一番初めにすべき事。それは採鉱だ。
 俺はまず、採鉱の研究をするよう機械達に命じた。
 普通の食事も糧に出来るから、しばらくは果物だけで生きていけばいいだろう。
 というより、ようやく普通の食べ物を食べられる。

「兄上、ここが、人間界……なのか? 兄上は、何を……」

「ここに我が眷族の国を作る。魔界のようなじめじめした国などいらない」

「魔界が、要らない……!? 国を作る……!??」

 フェンリルは、ぐっと拳を握った。

「ならば、俺も国を作ろう。兄上に負けない国を。妹に負けない国を。俺は、人間界に君臨する」

「そこまで行ったらここを出ていけよ。ここは僕が見つけた土地だ。フェンリルはここ以外の全部を支配すればいいさ。まあ、それまではこの領地においてやる」

「何を、偉そうに……!」

「フェンリル、お前家を建てられるのか?」

「……なんで兄上はそんな知識を持っているんだ」

「適当。それでも、機械人には手足がある。お前は手足を持てるほど高度な眷族をまだ生み出せない」

「う……わかった。その代り、食料は俺が用意する」

「取り過ぎないようにしろよ。眷族を作る時は十分に数に注意しろ。飢え死にはごめんだ。機械人は狼族よりは燃費がいいからな」

「わ、わかった」

 フェンリルもまた、眷族を生み出して散らせる。
 そうして、共同生活が始まった。
 200年後。僕とフェンリルはいくつもの村を作っていた。

「陶器、農業、畜産、漁業、車輪、筆記、アルファベット、数学、採鉱、青銅器、鉄器、錬金、石工術、機械、活版印刷、紙……戦士の生産も進んでいるし、大分研究も捗っているな。さて、次は……」

 200年の間に、人間も生活範囲を広げたのだろう。無論、言葉は通じない。
 僕は境界線内で殺しをした人間は殺し、侵入した人間は追い出すという事をやっていた。
 フェンリルにも同じようにさせている。
 機械だけの国の統治は、ゆっくりと、確実にうまく回っていた。
 僕と、今の所はフェンリルだけに仕える為にある国。
 文化面での遅れは非常に目立っているが、これは機械人の特別なイレギュラーが生まれるのを待つか、人間を取り入れるしかないだろう。問題は、どうやって取り入れるかだ。僕は必要以上に人間に関わりたくはないし、芸術が出来る機械人とは自我が強い事を意味する。

「兄上。兄上」

 うざい。なんだというんだ、フェンリル。

「人間の匂いがする」

 僕はそれを聞き、顔をあげた。
 フェンリルの後についていくと、奇妙な光景を目にする。
 すなわち、機械人が襲いかかろうとする度に死んだふりをして、機械人が目を離すと道を進む二人組の女の子を。

「兄上……」

 胡乱な眼をしてフェンリルは言う。なるほど、こんな手は考えなかったな。
 応用の効かない機械人の悪い所だ。
 今度から死体は外に放り出すように命じよう。

「ここは僕の領地だ。出て言ってもらおうか」

 手近な機械人に女の子達を捕えさせ、僕は言い放った。
 女の子二人は人嫌いの僕でもハッとするような美しさだった。
 片方はかなり身なりが良く、片方は騎士の服装をしている。
 服装は度重なる死んだふりと何かの戦闘の後だろう、切られた跡があり、怪我をしていた。
 女の子二人は何か叫んでいるが、さっぱり意味が分からない。
 まあ、いい。ここは鎖国しているのだから、他の国の言葉など覚える必要など無い。
 そう思っていると、フェンリルが同じ系統の呪文を唱えた。

「姫君?」

「言葉が分かるのか」

「兄上と違って、一応ここを出ていく予定だからな。眷族は外に放ってあるし、ある程度の情報網は作っている。兄上も、覚えておいた方がいい」

「ああ、フェンリルの力は斥候には適しているのだったな。僕の眷族の一つに教えておいてくれ」

 話を聞くと、暗殺者に追われて魔物の森に逃げ込む事でようやく助かったらしい。
 
「うん、芸術家を数人と引き換えに王都に送ってもいい。芸術家は俺が選ぶ。言葉を覚えるまで待ってくれ」

 フェンリルは頷き、姫君を連れ、宿に入って行く
 やれやれだ。




「姫様! お逃げ下さい、姫様!」

エストランテが叫ぶ。既に大半の護衛が討ち取られていた。
私は、無我夢中で魔物の森に向かった。
化け物の闊歩する森。この森では、殺した者は必ず殺される。ゆえに、殺生が起きる事はない。
馬が森に入る。
以前父上に連れられて見た事のある、鉄でできた化け物が現れた。
私はとっさに死んだふりをする。
 すると、化け物が振り返って森の奥へと消えて行く。

「やった……」

「姫様!? 姫様!」

 化け物が、数体集まってきた。

「エストランテ、死んだふりをして。お願いよ」

 エストランテが横になると、化け物が再度散って行く。

「これは……!」

「……先へ、進みましょう。この奥に何があるのかは分からないけど……賊のいる場所よりはマシなはずです」

 私は、心臓がドキドキするのを感じていた。魔物に守られた森。その奥には、一体何が。様々な噂があった。魔王を守っているのだとか、理想郷があるのだとか。
 私とエストランテは少しずつ進んでいく。森が拓けた。そこにあったのは化け物たちの歪な理想郷だった。
 農場で、採掘場でせっせと働く化け物たち。
 違和感にはすぐに気付いた。
 道で遊ぶ子供達がいない。道端で歓談する主婦がいない。
 彼らはひたすら、忙しく働いている。
 他にする事がないとでもいう様に。
 
「待って、エストランテ。いい匂いがする」

 レストランらしき場所。そこでは化け物たちが食事をふるまわれていた。私のお腹がなる。

「手に入れて参ります」

「お願い、エストランテ」

 そして、エストランテが盗んできた食事を二人でこっそりと食べる。
 それは食べた事のない味だった。とても美味しい。
 ここまで来たら、毒を食らわば皿までだ。私達は、とことん化け物の理想郷を調べる事にした。
 ここに領主様がいるとしたら、きっと優しい人のはずだ。
 だって、化け物たちは一度も必要以外の殺しをしていないのだから。
 一際大きな町に入ると、ついに私達は領主に……いや、王にあった。
 綺麗な人だった。耳としっぽは獣の物だったが、それがまた愛嬌がある。
 傍には、これも一目で特別とわかる化け物を控えさせている。
 あれがきっと、彼にとってのエストランテなのだろう。

「わ、私はラインステッドの姫です! どうか、私達を国まで送ってください!」

「俺はフェンリル王。いずれこの地以外を治めるフェンリル王だ」

「こ、この地以外を……侵略するという事ですか!?」

「侵略か……そうなるな」

 そして、化け物と一言二言言葉を交わす。

「姫君、貴方を返そう。ただし、芸術家と引き換えだ。それと、しばらく滞在してもらう。こちらへ」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 私は考える。父上に、なんとしてもこの事を伝えなくては。
 そして、私とエストランテはフェンリル王に案内されて宿へと向かった。



[15221] 機械人形の憂鬱3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/13 01:03
僕と機械族はせっせと勉強をする。情報の共有が出来るから、手分けして一週間ほどで学習はすんだ。その一週間の間、ずっと閉じ込めているのは暇だろうという事で、機械人の一人に案内をさせた。そして、最後に姫君を預かっている事と、その姫君を2、3人の芸術家と交換して欲しい旨を記す。
覚えたばかりのたどたどしい文字と引籠り生活で鍛えた絵で漫画と小説を一冊ずつ書き、少々角ばってしまった女神のフィギアを作って箱に入れる。そして、こんなものが作れる者が欲しいと手紙をしたためる。
 そして生み出した機械人の外交官に戦士の護衛をつけて送り出した。
中枢に入れるのは良い機会だと、フェンリルの斥候も一緒についていく。
 良い知らせを持ってきてくれるといいのだが。















 
賊に襲われた姫が魔物の森で消息を断って一週間が経過していた。
必死の捜索も叶わず、恐らく死体は魔物の森の奥にあるのだろう。
魔物の森の捜索に向かわせたが、案の定魔物が邪魔をして死体を見つける事すらままならない。
断腸の思いでわしは姫の捜索をやめさせ、葬式の準備をする。
そんな時、魔物の森から魔物が出てきたとの報告が来た。
今までになかった事だ。ワシは反対を押し切り、馬を駆って様子を見に行った。
恐ろしい光景がそこに広がっていた。
蜘蛛のような形の鋼鉄の魔物が一体に、形だけは人型にやや近い魔物が10体、それらに守られた犬耳の妙齢の女性。
それらが小規模の軍の様相を呈して首都へ向かってきているのだ。

「お逃げ下さい、陛下!」

「よい。あ奴らは無駄な殺生はしない」

 そう、この魔物達は他の地域に出没する魔物と違い、大勢な代わりに縄張りを守るばかりで進んで殺生をする事はないのだ。その一方、明らかに統率がとれているのは恐ろしい事ではあるが。

 わしは馬を進める。
 妙齢の狐の女性が、つ、と視線を蜘蛛に向ける。
 その指示を受け、蜘蛛はその頭の上に小さく粗末な箱を載せていた。
 その箱を蜘蛛は足で持ち上げ、わしに差し出した。

「初めまして。私は名も無き国の使者。そちらの姫君がこちらの陣地に迷い込んできたので、保護いたしました。ただし、返すにはこちらの芸術家数人と交換です。その箱の中の物を作れる人材との交換を我が主は望んでおられます。そして、王都の見学を要請します」

「なんと、姫が!」

「了承され次第、姫君は都市を出発します」

「わが国には芸術家が多くいる。魔物の国に引けは取らぬ。了承しよう」

「交渉の成功を確認」

「よろしくお願いしますわ。私の名前はクライストです」

 最後に、にっこりと妙齢の女性は男のような名前を告げた。
 クライストはしずしずと、鉄の魔物はガチャガチャと音を立てて進む。
 民が、ざわめく。
 部屋を用意し、監視をつけさせて王都を案内させる。
 道を通っていた時は鉄の魔物達は堂々としてよそ見の一つもしなかったが、やはり向こうも人の世界は物珍しかったらしい。データ収集しますと呟きながら、あちこちを見て回って監視を困らせたようだ。
 鉄の魔物達の様子から、色々な事が分かった。
 一番驚いたのは、鉄の魔物達が貨幣を知らない事だった。
 クライストに聞くと、全ての者は主の物であり、同時に皆の物であるという事で、必要な分だけ貰うらしい。それで混乱が起きないのだから、ある意味大したものだ。
 また、彼らは彼らの開発した文字を使っているらしい。言語も、彼らの元の部族と逸脱してきているようだ。あえて、独自の文化を作り上げている名もなき国とやら。
 だが、鉄の化け物は、文字を自主開発した点からとてもそうは思えないが、文化面では酷く劣っているらしい。
 主はそれを憂い、姫が迷い込んできたのをついでに芸術家を得たいとの事だった。
 姫が名もなき国に忍び込んだ方法を聞き、誇らしかった。
 我が姫は、賢い。
 きっと、名もなき国の情報も得てくる事だろう。
 様々な差配をすませ、ようやくわしは箱を開けた。
 そして、驚愕する。女神像の、粗削りだが恐ろしく細かい作り。
 絵巻物を更に画期的にした、絵が主体の物語。
 そして、感動的な小説。
 このような物を用意できる芸術家がいるなら、わしが欲しいくらいだ。
 文化面で劣っているなどとんでもない。いや、まだわからない。
 どこかから拾って来たものかもしれない。
 芸術家の中には旅をする者もいる。
 姫と同じように名もなき国に迷い込み、それで主とやらが興味を持ったのかもしれない。
 とにかく、これには姫の命が掛かっている。
 わしはすぐに大臣を呼んだ。








 すぐに機械人から首尾よく交渉に成功したとの連絡が来て、僕達は出発する事にした。
 仮にも王族の移動だから、戦士を引き連れて行く。
 フェンリルもついてくるそうだ。
 しかし、姫君達は緊張しているようだ。
 通信兵によって、王都の情報は伝わってきている。
 しかし、通貨か。やはり用意した方がいいのだろうか?
今回のように、他国と接する事がある以上、用意した方がいいのだろう。
しかし、貨幣経済を確立すると混乱する恐れがあるな。
良く目を行き届かせないとならない。面倒な事だ。
そうだ、外に行く戦士にのみ持たせる事にしたらどうだろう。
何かを輸入する必要性は感じても、輸出する必要性は感じない。貨幣が我が国で通じなくてもいいのだ。
 持って行く物として、牛や豚を50頭ずつ用意した。これらを貨幣に変えればいいだろう。
 それをゆったりと追いながら進軍する。

「フェンリル様。今回は、交渉だけなのですわよね?」

「その通りだ。牛と豚で貨幣を手に入れ、姫で芸術家を手に入れる」

 フェンリルが応答する。俺は人との触れ合いが嫌いだから、フェンリルを連れて来て正解だった。
 姫は息を吐いたようだった。

「今回のように、普通に国交を開くつもりはありませんの?」

 フェンリルは僕に視線を寄こし、僕は首を振った。

「必要ない」

 姫は唇を噛む。
 王都につくと、外務大臣自らの出迎えがあった。

「アキュースト!」

「姫様!」

 姫は駆けて行って、外務大臣に飛びつく。
 
「怖かったわ! 凄く怖かったの!」

「まて、姫。貴方と芸術家を交換する約束だ。それに、牛や豚も貨幣に変えたい」

「豚はわかりますが……牛ですと?」

「乳を飲んだり肉を食べたりできる動物だ」

「それはわが国には無い生き物ですな。興味深い。とりあえず、値段は豚と同じで良いですかな」

「牛が存在しないのか。しかし、それでは足りない。豚の2倍用意しろ」

「……姫の為です、飲みましょう」

 牛と豚が連れられて行って、僕達の前には芸術家が並べられた。

「私は様々な歌と物語を知っている吟遊詩人です」

「私は彫刻家兼建築家です」

「私は絵巻物の画家です。とりあえず、王から見てもらった絵を真似して描いては見ましたが……」

「私は画家です」

「私は楽器職人です」

 ま、初めはこんなもんか。僕は頷いた。
 ふと思いついて言う。

「孤児を幾人かとこの5人の妻となるべき女性も一緒に連れて来れませんか? でなくば、一代限りになってしまう」

「それもそうですな。孤児でよろしいので?」

「その方がしがらみもないでしょう」

 戦士の一隊を連れ、先に芸術家達と子供達を連れて行かせる。
 芸術家たちは、涙を流して人間世界に別れを告げる。
 僕はフェンリルに牛豚を売った半額を渡し、買い物を楽しんだ。
 僕の国にはない文化的な……飾り物や服、絵巻物から、食べ物に至るまで、色んな物を買い込む。
 王都を見て回ると、ギルドというものを発見した。
 冒険者ギルド。
 僕はその中に入る。
 僕がギルドに入ると、その中の荒くれ者達が一斉に浮足立って立ち上がった。
 僕はその店の奥に行く。

「どんな依頼も承ります……人材の種類が多いな」

 その中にコックと宣教師、娼婦、各種魔術師という項目を見つけた。
 冒険者ギルドはこんな所まで気を配るのか。
 コックは興味があるし、この時代宣教師は浚ってきた者達の励みとなるだろう。
 人間の使う魔術にも興味がある。
 娼婦は人間を宥める為に、やはり必要だ。
 奴隷も売られている。

「コックと宣教師、魔術師各種とその人数分の娼婦。それと子供達の奴隷を買い取りたい」

 僕はあるだけ全部の貨幣をどん、とテーブルの上に置く。

「へへ、金さえありゃなんだって請け負ってやるぜ。待ってな」

 酒場の親父が金を受け取り、ヒヒっと笑った。
 うざい。
 三時間後、何故か僕の前には縛られて泣いている人達がいた。
 ここ治安悪すぎ。なんか魔物の子供が混じってるし。まあいいか。

「……腕は確かなんだろうな」

「そりゃもう! どうせ一緒に冒険するとかじゃなくて、実験かなんかに使うんだろ? 存分に使ってくれ」

 僕は通信をして、機械人達に取りに来させる。
 ため息をついて、自室へと戻った。
 夜。襲撃があった。何故僕が襲われるのかはわからない。しかし、襲われたなら反撃するまでだ。
 第一、人間ごときができそこないとはいえ魔王の子に手を出すとは、無謀すぎる。
 フェンリルも良く応戦しているようだった。
 僕の通信で機械兵が即座に進軍する。
 あっという間にこの町は占領された。
 一応死者は出さないように通達したが、機械人はそれに良く従ってくれた。
 相手の武器が青銅器の武器だけで良かった。
 縛りあげられた王は、深い深いため息をついた。

「王自ら来ている今がチャンスだと思ったが……まさかこんな少ない手勢でやられるとは。しかし、一人も死者が出ていないという事は、やはりフェンリル様は慈悲深い。どうかこの国をお願いします」

「うむ。わかった。ラインスタッドは、今日より俺の国だ。姫を娶り、俺はこの国に君臨する」

 あれ、この国を占領したのも殺すなと命じたのも僕なんだけど……まあいいか。これでフェンリルが出て行き、僕は思う存分僕の国を僕の好きなように発展させる事が出来る。



[15221] 機械人形の憂鬱4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/15 22:36
 機械兵達に見守られ、僕が捕えた人達は町へ行く。
 連れられてきた人々はみなすすり泣いていた。
 森に入る時、人々の足があからさまに鈍り、足を竦ませた。
 
「何をしている。進め」
 
 言われて、人々は震えながらも先に進んだ。
 芸術家が、恐る恐る、しかしその光景を決して見逃すまいと辺りを見回す。
 森を抜けると、人々は感嘆の声をあげた。

「ようこそ、名もなき国へ」

 僕は振り返って丁寧にお辞儀をする。
 
「信じられない……」

 そう呟いたのは誰だったか。機械達で作りあげられた、それでいて牧歌的な国。
 泣いていた子供達が泣きやんだ。
 ……そうだ。監視役も兼ねて、子供達にそれぞれに案内役をつけてやろう。
 僕は小さな動物型の機械人を生み出す。人間、それも子供の混じった集団にやるのだから、多少はそれらしくしようか。

「案内をつけよう。一人一体とるがいい」

 僕が機械人を生み出したのを見て、驚いて逃げ出そうとした魔術師がロボに捕まる。
 鶏型の機械人が歌いだして、人々は一層怯えた。
 僕の言葉に、怯えながらも動いたのは吟遊詩人だった。
 僕が子供用にと生み出した、鶏型、僕が知っている限りの歌を奏でる鳥が吟遊詩人に抱き上げられる。まあ、考えてみれば当然か。

「私はこれを」

次に、魔物の子供が動く。

「あ、あの、本当に、本当にいいのですか。魔物を生み出すは王族のみ。その眷族を頂くなど……」

「なにも、やると言っているわけじゃない。案内につけると言っているだけだ。遠慮せずに選ぶといい。早い者勝ちだ」

「は、はいっ 無礼な事を申し上げました!」

 そして魔物の子供は一所懸命に吟味する。
 それを見て、他の子供達も吟味を始めた。

「ええいっままよ! 一番強いのはどいつだ!?」

 やけになった魔術師が言うと、狼型の機械人がすっくと立って魔術師の元へ向かった。

「お、おい待て! じゃ、じゃあ一番賢いのは誰だ!」

 梟の機械人が動く。そして、機械人達は取り合いになった。
 ……やはり人というのはうざったい。

「選び終わったらついてくるがいい」

 人間達の為に、町外れに一つの集落を用意していた。
 念の為に大きめの規模で作っていて良かった。ちょうどいい。
 
「人間が使っているのと同じだな……」

 人々は集落を見ていて呟いた。

「この国には貨幣は存在しない。必要な物があったら自分の選んだ案内人に言うがいい。ただし、その品は働く事と引き換えだ。後は案内役の者に聞け。何、難しい事じゃない。自分の専門を研究して、それを子供たちや機械人に教える。それだけでいい。いずれ舞台を与えよう」

そういうと、僕は新たに手に入れた動植物の繁殖の指示を出し、首都に向かった。
やれやれ、面倒な仕事がようやく終わった。
首都に戻ると、俺は息を吐いた。これで、あの者達に関わる必要は一切ない。
何故なら、データはあの村にいる機械人達が集めるからだ。
そうだ、目的が無いと仕事をさぼるかもしれない。
それゆえ、楽器職人と吟遊詩人には新たな町の楽団と劇場の設立を。
彫刻家には新たな町の建築そのものを。
 絵巻物の画家と吟遊詩人には新たな町に置く出版社の設立を。
 画家と彫刻家には新たな町の美術館の設立を。
 宣教師には教会の設立を。
 コックにはレストランと月一つの新メニューを。
 魔術師達には様々な機械人を置いた最先端の実験機械都市への通行を許し、その都市と同程度の便利さを魔法で達成するように命じた。
 科学は進んでいないが、同程度の事が出来る機械人が多くいるので、これは難しい。
 子供達には一年交代で全ての弟子になるように伝え、それが終わったら正式に誰かに弟子入りするように命じた。
 誰も選ばない事は許されない。何故なら、この国でニートを許されるのは僕だけだから。
 期間は100年与えた。
 最初の内は戸惑う一方だったが、次第に意欲旺盛にこの国に溶け込んで言っているとの報告を受ける。
 ……なんとかうまく行きそうだな。
 ついでに、自分の覚えている限りの漫画やコミックス、アニメ、ドラマ、童話、小説、映画などのストーリーや絵を吟遊詩人の元に送ってみる。
 後は放置で良いだろう。
 一年がたった頃、僕は顔を顰めて森へ行った。僕の予知通り、フェンリルと姫が来ていた。これは全ての先触れとなるであろう。
何か色々な物と人が連れられていた。

「今年度の貢物と、留学生でございます」

 …………。

「ラインスタッドが膝を折ったのは機械人を操るフェンリル様の兄君様でございます」
 
 姫ははっきりきっぱり言う。フェンリルは憮然とした顔をしていた。

「断る。この国は鎖国する。フェンリル、お前は強い眷族を多く生み出すがいい」

「何故ですの!?」

「直、戦が起ころう。魔物に膝を屈したラインスタッドを諸国が許す事はないだろう。食うか食われるかの戦が起きる。僕はそれに関わりたくない」

「ならば、尚更ですわ! 互いの良い所を補い合って……通貨の技術も、用意してきてあります! フェンリル様は弟君なのでしょう!?」

「心配するな、姫君。フェンリルが人間の兵に後れをとるとは思えない」

「俺もそう言ったんだが、姫が聞かないんだ」

「だって、だって……」

「姫、フェンリルはいずれここ以外を支配しよう。そして何れはここを支配しに戻ってくるだろう。もはや僕とフェンリルの道は別たれた。いかなる援助もありえない」

 僕の言葉に、フェンリルは目を丸くする。

「俺が……俺が、本当に?」

「――そしてティアが現れる」

 フェンリルの顔が堅くなる。

「強い眷族を産む事だ、フェンリル。お前は恐らく戦う事を選ぶだろうから。俺はその時が来れば隠れよう。その為にも、俺の情報をそちらに流す事、ならぬ」

「ティア……たしかフェンリル様の妹姫……その方が、人間界に現れると?」

 姫君が呟く。姫君はうつむく。

「人間界は、どうなるのですか」

「全てティアのものとなる。フェンリルが倒せなくば」

「いつなのですか」

「しばらくしたらだ。数千年ほど時が立ったら」

 姫君は目を丸くした。

「そういえば、貴方達は魔物なのでしたね。では、1000年。1000年だけ、交流を続けさせて下さい。それから交流を断っても遅くはないでしょう?」

 僕は目を閉じた。
 確かに、取り入れた人間は少なく、全滅の可能性が常にある。
 定期的に孤児を得る必要があるだろう。

「……受け入れよう。こちらからも外交官を送る」

 姫はほっとした顔になる。
 フェンリルは、握った手を見つめていた。

「兄上……俺はティアに勝てるだろうか」

「勝てない。そう言っても止まらないのだろう、フェンリルは」

 フェンリルは頷いた。
 僕は精々引籠ろう。後やるべき事と行ったら、研究の指示ぐらいだ。
 誰にも姿すら見せないようになって年月が立てば、フェンリルすら僕の事を忘れるはずだ。そうしていつか、他の星に住処を見つけるのだ。
 いくらティアでも、宇宙までは追って来れまい。




[15221] 機械人形の憂鬱5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/10 22:20
「起床時間です。起床時間です」

「うーん、アトラ、あと5分……」

「ルーリィの休日申請を確認。本日の食事の供給はストップ……」

「わぁ、待ってよアトラ! 今起きるから!」

 私は慌てて飛び起きる。そして軽くアトラを睨みつけた。アトラは子犬型のパートナーだ。私が生まれおちた時に与えられた、大切なパートナー。でも、厳しいのが玉に傷だ。

「何よ。いつもより一時間も早いじゃないの」

 私が文句を言うと、アトラは小首を傾げた。
 くぅっいつもながら可愛いっ

「今日は進路を決める日なので、早く起こすようにとのご命令でしたので」

「あ、そっか!」

 私はとっておきのラインスタッド製の服に袖を通した。
 ラインスタッド製の服は質は悪いがデザインが良かった。
 晴れの日の舞台には相応しいものだ。
 顔を洗うと、私はアトラを連れて食堂へと向かった。
 
「よぅ、ルーリィ。今日はいよいよ師匠を決める日だな」

「ハイ、ガーズ。貴方も今日は早いのね。貴方は大工さんだっけ」

「おう。新たな建築技術が見つかって、ちょうど都市の建て替え計画が行われるしな。ロボットの大部隊を指揮しての建て替え、胸が躍るぜ」

「それはいいけど、あんまりさぼって追放されたり殺されたりしないようにね」

「おうっ つーかお前こそ、気をつけろよ。ルーリィは魔術師になるんだろ」

「わかってるわよ」

 名もなき国では働かざる物食うべからずが定着している。
 仕事を選ばなければ問答無用で追放されるし、知りすぎた後には追放すら許されない。
 特に魔術師においてそれは顕著だ。
 ここで知識を得て、例えばラインスタッドで巨万の富を得ようなんて、そんな美味い話は存在しない。
 ラインスタッドからの留学生は来るが、それだって厳しい制限があって、最深部の町には行けなかった。
 あえて道を選ばない者もいる。そういう人は、わざと追放されてラインスタッドへ行く。
 ラインスタッドへの憧れもないではない。それでも、ルーリィはこの国が好きだった。
 何より、アトラと離れる事など出来ない。
 ルーリィは食事を詰め込み、教会へと向かう。何故かガーズもついてきた。
 ルーリィはこの為に早起きをしたのだが、ガーズもなのだろうか? ガーズは神父様を好いてはいなかったと思ったのだが。
 教会に入ると、麦藁のような色の長い髪、薄水色の角の神父様が聖典をロボット達に聞かせていた。
 神父様は変わり者だ。ロボット達も人として扱う。
 そして、風変わりな神話を話して聞かせる。
 なんでも、奴隷として捕まっていた所をロボットに救ってもらい、そうしてロボットの為の神話をでっちあげて話しているのだという。

「神父様」

「早起きですね、ルーリィ」

「神父様、いつもの話をして。魔術師になる前に、神父様の神話が聞きたかったの」

「喜んで。昔々、この地に、デウス・エクス・マキナ様とフェンリル様が降り立ちました。彼らは、魔界の魔物の国の王族でした。デウス様とフェンリル様は、まず眷族をこの地に生み出しました。そして、町を作り出しました……」

「ばっからしい」

 ガーズが吐き捨てる。

「そんなわけねーじゃねーか。大体、デウスって人々を生み出したって言う人間の神様じゃねーか。俺はそんな神話なんて信じない。昔々、古代人が機械の国を作り上げたんだ。その国は世界を支配してたけど、一度フェンリル様に滅ぼされたんだ。ロボット達を作った技術はその際失われたらしいけど、技術はちょっとずつ取り戻している。デウスとやらが王だって言うなら、連れて来てみろよ。俺達は、いずれロボット達の操作法を思い出して、ラインスタッドを人間の手に取り戻すんだ」

「なんという不敬な事を言うのです、ガーズ。デウス様は常にこの国を見守っておられるのですよ。フェンリル様も善政をしいておられるではないですか」

 私は沈黙を守っていた。ガーズ、それでも、神父様は長い寿命を持っているし、フェンリル様がラインスタッドの王様な事は事実なんだよ。私は、デウス様がいたという事は信じている。
 私は全てが知りたい。だから、魔術師になる。
 魔術師になれば、実験都市へ入れる。更に成果を出せば、首都の見学が許される。
 誰一人いないのに、首都と呼ばれる場所。人間は選ばれた魔術師以外、入る事を許されない場所。
 私はそこを探ってみたかった。幸い、それを狙えるだけの魔術の才能はあった。

「いこうぜ、ルーリィ」

「ええ、そうしましょう」

 ぼうっとしていた所を話しかけられ、私は我に帰る。
 そして、学校へと向かった。
私達が最後だったらしく、私達が入ると同時に先生は言った。

「それでは、第三希望まで選ぶ教師の名前を書いた紙を提出して下さい」

 紙を提出すると、先生がそれをパートナーのロボットのロロに見せる。
 全部の紙を見せると、ロボットは一人一人の生徒の所属を発表し始めた。
 私は希望通り、魔術師になれた。
 最後にロボットが言った言葉に皆、驚愕した。

「リュリィ、追放」

「リュリィ、誰も選ばなかったの!?」

「僕は機械の奴隷として生きるより、人として生きたいからね」

 リュリィは吐き捨てる。

「奴隷って何だよ!」

 ガーズが勢いよく席を立つ。

「奴隷じゃないか! おかしいと思わないのか、目標を示唆するのも、重要な事を決めるのも全部機械だ」

「それはそっちの方が効率がいいから……災害予知だってしてくれるじゃないか!」

「災害予知がなんの関係があるのさ。怒るって事は、心当たりがあるんじゃないか?」

 嘲笑するリュリィ。激昂するバーグ。
 私は二人の間に割って入った。

「やめてよ! ね、二人とも。お願いやめて。リュリィ。バーニィと離れるのは良いの?」

 リュリィは一際視線をきつくした。パートナーのロボットは、当然追放されれば引き離される。パートナーを失ったロボットは首都へ行く。それ以降の事は、誰も知らない。

「バーニィがついてきてくれない事こそ、僕を本当の意味で思ってはくれない証であり、僕がこの国を捨てる理由なのさ」

「リュリィ……」

 私は、思わずうつむいた。アトラが私を思ってくれないなんて信じられない。でも、確かにロボットは謎が多い。それを解くんだ。絶対。
 私は決意を新たにして、魔術師の住む町に向かった。
 魔術師の住む町に入れば、もう国の外に出る事は出来ない。それでも……そこに、私の求める答えがあるならば。



[15221] 自分勝手な平和論(現実→絶チル→ブレイクブレイド)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/30 23:03

――モイラ……。

『時代はエコよ! エコ! いい? ジルグ! 石英はいつか枯渇するわ。後10年位で枯渇する国も出てくるんじゃないかしら。そしたらあれよ。戦争よ。戦争して石英を取り合って、そんで最後に残った石英も無くなって破滅よ! そんな事にならないように、石英を節約、リサイクルするのよ。そんで、それで持たせている間に石英抜きのテクノロジーか、一から石英を作る技術を開発するの。そうすればジルグ、あんたが大人になっても戦争に巻き込まれずに済むわ。あんた、私を助けてくれたから、私もあんたを助けてあげる。約束よ』

――モイラ……。

「約束よ……ふにゃあ」

「モイラ!」

「は、はい!」

 私は急いで飛び起きる。

「モイラ、そんなに私の天文学はつまらないかな?」

「そ、そんな事ありません! 大事です、天文学! ちょっと昨日は夜更かしして……」

 私は言い訳にもなっていない言い訳を述べる。

「それはいつもだろう。またあれかね。リサイクルとやらの研究をしていたのかね。一度使い終わった石英を再生成するなど不可能だ。ましてや、君は石英を操る力が極端に弱いだろう」

「そうですね。孫子の代まで受け継いで、100年位研究して駄目だったら諦めます」

 やれやれと教師はため息を吐いた。

「君の開発した風車とやらは、まあ石英も使わずに便利だと思うがね。それでも、石英を使った方がずっと低コストで済む」

「それでは意味がありません。石英は有限の資源。いつか必ず無くなります。ですから……」

「石英は無くならんよ。ついこの間、君も新しい採掘場を見つけたばかりではないかね。ごく小規模の物だが」

「出たよ、モイラの運命論!」

「ここほれわんわん!」

 ギャハハハ、と笑い声が起きる。

「あんた、アテネス連邦の貴族ね!? よーしわかった。アテネスが困ってお願いして来ても技術を渡してなんかやらないんだから!」

「好きにしろよ!」

「まあ、備えをしておくのはいいんじゃないか? 俺は面白いと思うよ、モイラの理論。モイラの事も」

「ホズル……! やっぱ美形は言う事違うわー。あんた見習いなさいよ! これがレディの扱い方よ」

「これ、やめなさい」

「はい」

 わたしがしゅんとしてみせると、やれやれと教師はため息をついた。
 授業が終わると、早速ホズルは友人の所に遊びに行った。
 私は足早に研究室へと向かう。
 風車による粉引き機。あれはまだ前段階でしかない。
 私が本当に作りたいのは電気だ。この大陸は水が少ないから、水力発電は期待できない。
 となれば、ソーラーパネル。風車とソーラーパネルによる電気社会。
 出来れば、原子力やその他石油のいらない電力発生装置もあればなおいい。
 当てはある。デルフィングは充電しなくとも動く。古代人の遺跡なら、安全な発電装置があるはずだ。
 元科学者の矜持が、今の環境に負けるなと言っている。
 そして私は、今日もまた他の誰にも理解出来ない研究へと精を出した。
 研究が終わりに近づくと、私はシギュンの所に行く。

「シギュン! 私のレポート読んでくれた!?」

「読んだ……確かに可能は可能……それでも、石英を使った方がずっと楽……」

「そっかぁ。残念ってなんでライガットまで読んでるのよ」

「俺にこれ、作ってくれよ。ここほれわんわんって言われて、掘ってやったろう」

 狂ったようにここほれわんわんと言いながら地面を掘り続ける私に付き合ってくれたのは、ライガットだけだ。そこから石英が出てきた時は驚いていたものだ。
 掘った石英は全部国に没収されたけど、研究には協力的になってくれたし、あれは良いデモンストレーションになった。

「それは認めるわ。そうね……私の研究室にたくさんあるから、好きなの一つ持って行っていいわ」

「やりっ」

「じゃあ、私そろそろ寮に戻るわ。シギュンも早く休みなさいよ。お休み」

 寮に戻ると私は、ジルグ、小さき我が婚約者への手紙を書く。
 詩。童話。連載小説。漫画。歌の歌詞(付箋付き)。ジョーク。神話。痛い口説き言葉。チェーンメールの文面。顔文字。前世に関連する内容の夢を見たらそれも。
 私が前世で面白いと感じていた事で、最初の一ページを埋める。
 2ページめはこの世界で出来たネタで埋める。
 そして、大抵は3ページめにネタが尽きたからさようならと言って終わる。
 もちろん、書くべき事があったら……ここほれわんわん事件がそれだ……とかを書く。
 今日はイタタなイラストを台詞つきで書いてみた。大丈夫。婚約者の手紙は人様に見せるものではないとジルグにはしっかり言ってある。
 信じてるわよ、ジルグ。
 そして私は眠りにつく。朝起きたら、手紙入れに入れて学校へ。
 コストが掛かるから、手紙は月に一度だけ、書き溜めた物を出す。
 これが私の日課。
 ジルグからの手紙も毎月来る。手紙の内容はいつも一言。
「ばかじゃないの?」「ちょっと笑った」「今回はつまらないのが多い」
 どの手紙も、大切に取ってある。
 手紙を見ると、勇気が出た。
 私は、絶対に戦争を止めて見せる。それが駄目なら、私が重要人物となる事でジルグを人質に取らせてみせる。
 人質ならば、殺される事はないから。
 今日は手紙が来る日だ。私はにんまりと笑って、手紙の束を持って学校へ向かった。ちなみに、郵便物は学校で出す。
 入口にバルド将軍とジルグがいた。5歳違いのジルグはまだ小さい。
 私はジルグを見下ろした。

「バルド将軍! ジルグ! 久しぶりね」

「やあモイラ。僕の事愛してる?」

 聞いてくるジルグに、私は顔を赤らめた。

「当たり前じゃない、ジルグ」

「じゃあ、怒んない?」

「なにしたの?」

「あの手紙、父さんに見せちゃった。そしたら……」

「いやだ、まさか婚約解消とかじゃないですよね!? 子供同士の手紙のやり取りじゃないですか!」

 私が顔を青くすると、バルド将軍は首を振った。

「いや、それはない。それが……」

「なんですか?」

「陛下に見せたら大受けしてな。陛下も手紙が欲しいそうだ」

「\(^o^)/」

「本当にすまん。それで、この前の旅行が台無しになった事だし、モイラを誘って登山に行こうと思ってな。」

「どんな思いでジルグへのあれ書いてると思うんですか!? ネタが足りませんよ! 陛下にあんなの出すなんて恐れ多いし! っていうかもしかしてアレ見せたんですか!? 全登場人物TSの歴史物!」

「陛下って、もしかして親父か? ああ、君がモイラの婚約者か」

「ホズル様!」

 登校して来たホズルが、ひょいっと私の方に顔をのぞかせた。

「僕への愛の手紙を陛下も欲しいんだって。また、相変わらずこんなの書いて……」

 そして、ジルグが私の手から手紙の束を取り上げて見せる。その様は、どことなく自慢そうだったが今はそんな事どうでもいい。

「ぎゃあああああやめなさいジルグ!」

「どれどれ……ぶはははははははは!」

「何を馬鹿口あけて笑っている、ホズル。何だそれは?」

「ああ? どうしたんだホズル?」

「ちょっこういう時ばっかり嬉々として寄ってくるな美形カルテット! ぎゃああ向こうからシギュンが来てるぅぅぅ! 出る! わたし、今すぐ旅に出るわ! 記憶が風化するまで戻って来ない!」

「絶っっっ対忘れないよ。これは一生忘れないと思うぞ、モイラ。で、バルド将軍、旅行か? モイラが行くならついていっていいかな、退屈しなさそうだ」

 笑いながらホズルが言う。

「し、しかし危険です!」

「将軍がいるだろう?」

 こうして、私は旅に出る事になったのだった。



[15221] BLルートを入れないで(現実→ゲーム)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/19 22:19
 それは、母さんと父さんが魔物にやられて死んでしまった日だった。

「グレープ。大事な話があるんだ」

 薄緑色の髪に緑の目。その目は泣き腫らしていて、どこか疲れたようだった。それも仕方ない。邪険に扱われていたとはいえ、マスカットはそれでも両親を慕っていた。双子の弟のマスカットの真剣な顔に、僕もまた疲れた顔でお茶を入れた。二枚の透けるような薄い羽が、一度だけ羽ばたく。

「それで、なんなんだ」

「グレープ。俺は、前世の記憶があるんだ」

「前世?」

 マスカットは、こくりと頷いた。

「こことは全然別の世界だよ。そこでは科学という技術が発展していて、魔法は存在しなかった。魔物もいない、そんな国だった。母さんと父さんが、村の皆が邪険にしていたのも当たり前だと思う。赤ちゃんの時から大人の思考をしていれば、ね。それでも、俺を常に庇ってくれた兄さんには感謝してる。俺にはそれがどんなに凄い事かわかる。でも、俺の中身はもう20なんだ。大人なんだよ。だから、俺を魔王退治の旅に行かせて欲しい。伝承の勇者は、異世界人だという。なら、それは僕の事なのかもしれない」

「お前が……勇者? 待て……ちょっと待ってくれ」

「父さんと母さんの死で、覚悟が決まった。……例え、俺が勇者じゃないとしても。このままじゃ駄目だ、駄目なんだよ。誰かが魔王を倒さないと、いずれ村は、世界はあいつらの奴隷になる。それなのに、いつ現れるか、本当に現れるかもわからない勇者を待つ? しかも、異世界……全然俺達と関係ない奴に? 巻き込むのか、こんな地獄に全く関係のない他人を? それは駄目だ。駄目なんだ。だから、俺は魔王退治に行く」

「無理だ! お前一人でなんて! 確かにお前は頭が良くて、魔力も高いかもしれない。けど、それだけだ。魔物の一発を食らえばすぐに死ぬ」

「そんな事はわかっているんだよ、兄さん」

 マスカットは確かに、小さい頃から優秀だった。強力な魔術師でもあった。
 でも、だからって、勇者? 信じられない。それに、父さんと母さんを失った翌日にマスカットを失うのか?

「駄目だ、マスカット。僕は反対だ」

「もう決めたんだ、兄さん。このままじゃいずれ死ぬ。ただ怯えながら死ぬよりも、俺は……」

 マスカットのまっすぐな瞳に射抜かれ、僕は口ごもった。
 その時、どこからか聞いた事もない音楽が聞こえてきた。まるで頭に直接響いてくるような。テレパシーだろうか? いや、それとはまた感覚が違う。
 マスカットにもそれが聞こえたようで、耳を澄ませている。

「なんだろう……。変わった魔物じゃないだろうな」

「これは・……聞き覚えはないけど、俺の世界の音楽だ!」

 僕達は、その音源を捜しに外へ出た。
 僕は、なんとなく社へ向かった。
 社の中に、誰かの生き物の気配がする。
 僕がそっと中を覗くと、文字のような何かが宙に浮いていた。魔法陣ではない。

「あれ、なんだろう。マスカット」

「グレープ、音源は見つかったのか? ……これは……フルーツを食いつくせってなんだ!?」

「あれ、読めるのか?」

「読めるも何も、俺の世界の文字だ」

 僕はじっとその文字らしきものを見つめる。その下に、人影が横たわっているのが見えた。

「マスカット! 人が倒れてる」

 人の真上に、一列の文字列と、文字がいっぱい描かれた板が現れた。
 文字列と板の一部に、四角く色が変わった部分がある。その色の変わった部分はひょこひょこと動いた。ピピピ、と音がする。

「これは……名前を設定する画面!? フルーツを食いつくせって文字が出た後でグルメってやな名前だな……。大体安直過ぎ……おい、ああああに変えんのかよ!」

 マスカットは何かに激しく突っ込んでいるが、僕にはさっぱり分からなかった。
 とにかく、僕は社を開け、中に入る。

「あの、大丈夫ですか!?」

「う……ここは……私は一体……駄目だ、ああああという名前しか思い出せない……っ」

 ああああさん。ちょっと、いや、かなり変わった名前だ。
 僕はああああさんを見て目を見開いた。なんて格好いい人だろう。黒髪黒眼で、羽はない。白い肌と高く整った鼻。何よりも澄んだ眼が美しかった。
 その人は、いきなり周囲を走り出した。
 そして、宙に板が現れる。それを見て、またマスカットは驚いた。

「ステータス画面!?」

 そして、僕の目の前に来ると、またああああさんの前に小さな四角い板が現れた。

「私はああああという者です。それ以外は何も思い出せなくて……ここはどこですか?」

「ここはフルーツランドだよ。あ……貴方は、まさか勇者なの!?」

 ああああさんの前に、大きな四角い板が現れる。今度は三行の文字が。

「そうです」

 その時、シャラララランと鮮やかな音がして、僕はとても嬉しくなって、ああああさんがほんの少し好きになった。

「おい!? 今何しやがった! 選択肢!? 選択肢なのか!?」

 マスカットが僕を庇うように立ち、ああああさんを睨む。

「マスカット、勇者様に失礼だよ。僕はグレープ。こっちは僕の弟のマスカット。勇者様をお待ち申し上げておりました。長老の所に案内します」

 僕が先に進むと、大人しくああああさんはついてくる。
 僕が事態を説明すると、長老は涙を流して喜んだ。

「おおおお、勇者様。この時をどれほどお待ちしたか……。すぐに宴を開きましょう」

 長老はすぐに周囲の村に伝令を飛ばした。そして、村々から一人ずつお供を出す事に決まった。
 兎族で、これぞ癒し系というフワフワした女の子で、癒しの呪文が得意なストロベリィ。
 猫族で、御転婆で健康的な女の子、格闘が得意なアップル。
 鳥人属で、少しぼんやりしていて、大きな胸の、翼を使った攻撃が得意なメロン。
 ドリアッドで、色っぽいお姉さんといった感じの幻惑の呪文が得意なアボガド。
 そして、僕達妖精族のマスカットとグレープ。本当はマスカットだけが選ばれたけど、僕もついていく事にした。もう二度と、失いたくはない。
 宴が終わって次の日の朝、僕達は買い物をした。
 いろんな家の前に立っては「人の家に入るのは良くないですね」というああああさんは少し変わっていると思った。それに、ああああさんは無口だ。
 買い物を終わらせると、しばらくああああさんは四角い文字盤でずっと何かしていた。
 それを見て、マスカットも後ろで騒ぐ。

「俺のレベルがまだ1だと!? こんなに能力低いのか!?」

 まったく、マスカットはあれ以来少しおかしい。おかしいと言えば、僕達兄弟のほかに、あの文字盤は見えないらしい。あの文字盤には何が書いてあるのだろうか。
 すこしマスカットが羨ましい。
兎族の人が、ああああさんに聞いた。

「急に魔王様と戦う事になって、怖くないんですか?」

 ああああさん……面倒だから、勇者様と呼ぼう。
 勇者様は、四角い三行の文字盤を見つめた後に言った。

「確かに、魔王は怖いですが……私は、貴方方を救いたい」

 そして、にっこりと笑う。
 しゃららららん。音が、いくつも重なって響いた。
 マスカットは「ニコぽ!?」などとわけのわからない事を叫んでいた。
 そして僕達は出発した。
 マスカットが言う。

「なあ、これ、RPGだと思う? シュミレーションゲームだと思う? エロゲ―じゃ、ないよなぁ……?」

「何を言っているかさっぱり分からないよ、マスカット」

「だよなぁ……ううん、タイトルがフルーツを食いつくせなのがなぁ……。こりゃあれだ。一目でわかるクソゲ―だな。魔王は倒せるよな……いくらなんでも。魔王に負けておしまいなんてゲーム、ないもんな……。ああ、魔王とのプレイヤー交代制は別か。どうなんだろ……」

 だから、わけわからないってば。そこへ、魔物が現れた。

「あ、そうだ。戦い方はわかるんだろうな!」

 マスカットが言うと、現れる文字盤。

「げ。チュートリアルが始まりやがった! 本当に大丈夫なのか!?」

「私の指示に従って下さい!」

 勇者様が叫び、僕達は頷いた。
 






 勇者様の、高速の指示。よくあんな速度で作戦が思いつくものだと思う。
 とにかく、僕達は最初の戦いを無事乗り越える事が出来た。
 特に、連携技が凄かった。まるでずっと前から一緒に戦っていたかのように、技を合わせる事が出来た。
 でも、マスカットは難しい顔をして、僕に囁いた。

「ああああの奴……ああもう。勇者との合わせ技はするな。危険だ」

 なんだって言うんだろう、もう。
 次の町に混浴の温泉があると知って、マスカットが喜ぶ前にひくひくと頬を引くつかせたのも解せない。
 いつもだったら絶対喜ぶのに。



[15221] BLルートを入れないで 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 04:18
僕達は、当然のごとく温泉のある宿に泊まった。
 こんな機会めったにないのだから、当たり前だけど。
 その宿には水着とか言う奇妙な布があって、それを着て温泉に入るように言われた。
 そっか。そりゃそうだよね。僕だって男だ。混浴に少なからず喜んでいたから、ちょっと落ち込んだ。でも、水着だって露出が高い。
 僕とマスカットは、ドキドキしながら女の子達を待った。
 勇者様は、さすがに涼しい顔で入ってきて、僕達の前に立った。文字盤が現れる。

「わりと筋肉あるんだね」

 しゃららららんという音がすると共に、僕は嬉しくなる。やっぱりそう思うかな。僕、多少は鍛えているんだ。

「どんな三択だよ……やっぱりクソゲ―……ってなんだその選択肢は!」

 呟いた後に、勇者様の文字盤を見て驚愕に目を丸くしたマスカットを、勇者様はにっこり笑顔でパコーンと叩いた。

「いたっ何すんだよ」

 しゃらん。

「げ。こんな選択肢で好感度上がるのかよ。俺はマゾか!」

 マスカットは文句を言う。
 そして、入口を見て目を見開いた。

「女神だ……」

 そこには、恥ずかしげにしている耳を垂らしたストロベリィ。その兎耳は垂れていて、雪のような白い肌はほんのりと赤く染まっていた。胸は小さいけれど、凄く可愛かった。
 
「あ、あまり見ないでください……」

 健康的で出るべき所はしっかり出たアップル。あまりエロさは感じないけど、凄く魅力的だ。

「なによ、文句ある?」

 何と言ってもその胸。水着からはみ出た胸が殺人的だ。湿気を含んでしな垂れた羽も美しい、メロン。

「お待たせしましたぁ」

 色気たっぷり、余裕もたっぷりのお姉さま、アボガド。
 
「あら、坊やたち。ドキドキしちゃった?」

 4人の女神を見て、僕とマスカットの顔は真っ赤になる。

「皆、凄く綺麗だよ」

「ああ、女神だ……つーかこのサービスシーンはエロゲとしか思えない……っ なんてこった……」

 マスカットは喜びながらも落ち込んでいる。言っている意味が分からない。
 勇者様は4人の前に次々と立ち、一声かけて行く。その前に立つたびに文字盤が現れれ、勇者様が何か声を発するたびにしゃららららんとか、しゃらんとか、ブブーとか音がした。
 そして、しゃららららんと音がすると、女神が顔を綻ばせる事に僕は気づいていた。
 そういえば、僕もしゃららららんと音がすると嬉しくなる。
 その時は皆楽しくお風呂に入り、上がったら自由時間となった。
 僕は、難しい顔のマスカットに呼ばれた。

「これ、エロゲなのかもしれねー」

「だから、エロゲって何さ」

「あー。要するにだ、いくつかに枝分かれしている物語だ」

「いくつかに枝分かれしている物語?」

「そうだ。例えば、数人のそれぞれ悩みを抱えた女の子がいる。この場合はストロベリィ達だな」

「うん」

「そして、何故か皆主人公……この場合は勇者を好きになる」

「うん」

「勇者は、選んだ子と仲良くなって、一緒に悩みを解決してやって、そうして結ばれる。しゃららららんって音は、恐らく好感度が上がった音な。ぶぶー、が下がった音。こうやって選択肢を繰り返して仲良くなっていくんだ。そうやって選択肢を選んで仲良くなっていく事を攻略という」

「え。僕攻略されてるの?」

 男が相手なんて絶対にごめんだ。僕は汗をたらりと流した。

「相手が男の場合、友情ルート……だといいなー。エロゲと決まったわけでもなし……でもゲームのタイトル……物語の題名がだな、フルーツを食いつくせなんだよ……。あ、フルーツって俺達パーティメンバー皆の事な」

「そ、そんな! 魔王じゃあるまいし!」

「ほんと、嫌な感じのするタイトルだよな……」

「あれ? じゃあ、ストロベリィ達って悩みを持ってるって事? 救われるのは一人だけ?」

「良く気づいたな」

「そんな……何とかできないの?」

「うーん……そうだな。さっさと勇者に女の子選ばせて、二人で幸せになってもらって、俺達は余った三人を救ってやってついでに恋人同士になろうぜ。それで皆幸せだ」

「じゃあ、僕それとなく皆と話してくる!」

「あ、ちょっと待て! まだ決まったわけじゃ……」

 僕が外に出ると、勇者様が選択肢を見つめていた。

「あ、勇者様だ」

「どれどれ。げ、俺達の中から二人選ぶみたいだ」

 ピ、という音がした。

「迷いなく俺を選んだ!? こっち来る!?」

「じゃ、じゃあ僕隠れて見守ってるから!」

「兄さん! そりゃないだろ!?」

 僕たちはもみ合った後、なんとか僕はマスカットを振り払った。
 マスカットは、勇者が顔を出した途端、その顔にびしっと指を突きつける。

「いいか! 俺と兄さんを選択するな! せっかく綺麗な女の子が4人もいるんだからそっちを選らべ!」

 勇者はきょとんとした顔をした後、微笑んだ。

「ニコぽか!? ニコぽなのか!? そうはいかねーぞ!」

 マスカットは目を閉じて、ぽこぽこと勇者を殴る。
 もちろん、本気でなんて殴っていないけど。だって魔王を倒す勇者だもん。下手にダメージは与えられない。それはマスカットもわかっている。勇者はパコンとマスカットの頭を叩いた。勇者はクスクスと笑った。

「何馬鹿な事を言っているんですか」

 しゃららららん
 あ。好感度上がった。 

「私は貴方が心配なんです。なんでこんな小さな貴方達が選ばれたのか……」

「ああ? それは俺が化け物扱いされてたからだよ」

「化け物、ですか?」

「俺、前世の意識があるからな。東京都機械区ゲーム町1-2-3。矢田通。それが俺の名前。だから俺は赤ちゃんの時から大人の思考をしていて、それで化け物と思われた。違うのは兄さんのグレープだけだ」

「前世……」

「信じられないか?」

 勇者の前に選択肢が現れる。

「信じるよ」

 しゃららららん。

「うげっまた好感度が上がった! もう俺、お前と喋らないから! お前、間違っても俺を攻略すんなよ! 魔王退治は絶対必要だから協力するけど、俺とお前はそれだけの関係なんだからな!」

「私は仲間になりたい」

 しゃららららん

「今恋人になりたいって選択肢なかったか!? そこは私も同じですを選んでおけよ! 俺もなんでこんなんで好感度上がるんだよ! もーお前帰れ! 兄さん、こいつ追い出すの手伝ってくれよ!」

 そこで僕は出て行き、マスカットと一緒に部屋から勇者を押し出した。
 勇者の前に選択肢が現れる。

「ストロベリィか……ショタでロリかよ。救えねー」

 意味はわからなかったけど、マスカットの声が耳にこびりついて離れなかった。




[15221] BLルートを入れないで 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 04:19
 『私』はむしゃくしゃしていた。通りがかった新発売のゲームを買って家に帰る。
 そして、ノートパソコンをつけてからゲームを起動した。
 フルーツを食いつくせ。そんなタイトルと倒れた美形の青年のオープニング画面。
 陳腐なタイトルの割に、グラフィックはとてつもなく良かった。
 『私』はにやりと笑って、ああああと名前をつける。ふん。いい気味よ。

『あの、大丈夫ですか!?』

 なんて可愛い男の子。瑞々しい葡萄のような色合いの紫の髪と目の妖精が青年に歩み寄る。

『う……ここは……私は一体……駄目だ、ああああという名前しか思い出せない……っ』

 青年が立ちあがる。黒髪黒眼で、白い肌と高く整った鼻。澄んだ眼。しかし、なんだこのグラフィックの完成度の高さは。そして私は操作の具合を確かめる。
 操作性はまあ普通。後はステータスの確認、と。

『ステータス画面!?』

 突如入った台詞。なにかイベント発動したかな?
 写真を撮り、ゲームのプレイ日記に張り付けつつグラフィックを褒めたたえる。
 それと、ステータスを全て入力する。
 その後、少年の前に立ち、出てきた話すコマンドを選択した。
 
『私はああああという者です。それ以外は何も思い出せなくて……ここはどこですか?』

『ここはフルーツランドだよ。あ……貴方は、まさか勇者なの!?』

『そうです
 違います
 ……わからない』

 随分単純な選択肢だなぁ。とりあえずそうですって言っちゃうか。

『そうです』

 その時、シャラララランと鮮やかな音がして、少年の頬が染まった。
 おお、いきなり引き当てたか? ちょろいなぁ。

『おい!? 今何しやがった! 選択肢!? 選択肢なのか!?』

 もう一人の、緑の髪に緑の目の、可愛い少年が青年を睨んだ。
 紫の髪の少年が宥める。

『マスカット、勇者様に失礼だよ。僕はグレープ。こっちは僕の弟のマスカット。勇者様をお待ち申し上げておりました。長老の所に案内します』

 グレープが先に進むと、勝手に青年も進んだ。
 グレープが事態を説明すると、長老は涙を流して喜んだ。

『おおおお、勇者様。この時をどれほどお待ちしたか……。すぐに宴を開きましょう』

 長老はすぐに周囲の村に伝令を飛ばす。そして、あれよあれよという間に村々から一人ずつお供を出す事に決まった。
 兎族で、これぞ癒し系というフワフワした感じのストロベリィ。髪は苺のような赤毛で目は黒い。ヒーラーか。
 猫族で、御転婆で健康的な女の子といった感じのアップル。戦士かな。リンゴのような真っ赤な髪だ。目は薄い黄色。
 鳥人属で、少しぼんやりしていて、大きな胸のメロン。弓兵といった所。髪と目はもちろん薄緑。
 ドリアッドで、色っぽいお姉さんといった感じの幻惑の呪文が得意なアボガド。これは広範囲効果呪文ね。
 そして、妖精族のマスカットとグレープ。少年たちは魔術師だ。
 戦士系が少ないなぁ。盾が主人公を入れても二人しかいないのはきつい。
 これは、ストロベリィの育て方が鍵となるかも。
 宴が終わって次の日の朝、早速装備を充実させる。
 家には入れなかった。ちっ残念。
 というか、ステータス画面見てるとマスカットが五月蠅いんですけど。

『俺のレベルがまだ1だと!? こんなに能力低いのか!?』

 なんか、メタな発言が多いなぁ……ちょっと変じゃないか? まあ、ネタになるか。
 これも、写真に撮ってプレイ日記に書いておく。

『急に魔王様と戦う事になって、怖くないんですか?』

 村を出る時の、ストロベリィの言葉。

『確かに、魔王は怖いですが……私は、貴方方を救いたい
全然怖くないですよ、魔王なんて。
怖いですよ。だから逃げてしまいましょう』

一番上、かな。一番下でもいいけど。しかし、もっとひねった選択肢ないかなー。

『確かに、魔王は怖いですが……私は、貴方方を救いたい』

 青年が、にっこりと笑う。不覚にも、その笑顔にときめいた。
 しゃららららん。音が、いくつも重なって響いた。
 マスカットは「ニコぽ!?」とメタな事を叫んでいた。
 村を出てすぐに、マスカットが言う。

「あ、そうだ。戦い方はわかるんだろうな!」

 マスカットが言うと、現れるチュートリアル画面。

「げ。チュートリアルが始まりやがった! 本当に大丈夫なのか!?」

「私の指示に従って下さい!」

 主人公が叫び、チュートリアルが始まった。本当にメタな発言するな、マスカット。
 次は温泉町のイベントだ。いくらなんでも、展開が早すぎない?
 水着を着て温泉に入るらしいけど……。
 温泉に入るなり現れる、マスカットとグレープのサービスシーン。

『男の裸なんて見たくないな
わりと筋肉あるんだね
水着、似合ってるよ。可愛い』

 これは一択だろう。そりゃ、ショタっ子可愛いけどさ。

『わりと筋肉あるんだね』

 しゃららららんという音がする。ああ、やっぱりこのゲーム……。

『どんな三択だよ……やっぱりクソゲ―……ってなんだその選択肢は!』

『私』の思った通りの事をマスカットは言う。次の選択肢は、可愛いと褒める、パコンと叩く、頭を撫でるだった。
 とりあえず叩いてみようか。いちいちうるさいのよ。雰囲気壊すし。

『いたっ何すんだよ』

 しゃらん。

『げ。こんな選択肢で好感度上がるのかよ。俺はマゾか!』

 マスカットは文句を言う。好感度が上がると自分で言ったゲームは初めてでなかろうか。しかも、それに文句をつけるのは。
 そして、マスカットがある一点を見て、ぽかんと目と口をだらしなく開ける。

『女神だ……』

 そこには、恥ずかしげにしている耳を垂らしたストロベリィ。その兎耳は垂れていて、雪のような白い肌はほんのりと赤く染まっていた。胸は小さいけれど、凄く可愛かった。
 
『あ、あまり見ないでください……』

 健康的で出るべき所はしっかり出たアップル。あまりエロさは感じないけど、凄く魅力的だ。

『なによ、文句ある?』

 何と言ってもその胸。水着からはみ出た胸が殺人的だ。湿気を含んでしな垂れた羽も美しい、メロン。

『お待たせしましたぁ』

 色気たっぷり、余裕もたっぷりのお姉さま、アボガド。
 
『あら、坊やたち。ドキドキしちゃった?』

 4人の女神を見て、グレープとマスカットの顔は真っ赤になる。

『皆、凄く綺麗だよ』

『ああ、女神だ……つーかこのサービスシーンはエロゲとしか思えない……っ なんてこった……』

 グレープが皆を褒め、マスカットは喜びながらも落ち込んでいる。言っている意味が分からない。
 『私は』は4人の容姿を適当に褒めた。一回失敗する。その後、全員から二人選ぶ画面になった。とりあえずマスカット。
 選択すると、怒ったマスカットの顔が大写しになる。

『いいか! 俺と兄さんを選択するな! せっかく綺麗な女の子が4人もいるんだからそっちを選らべ!』

 それを見て、主人公が微笑む。わかるなぁ。だって本当に微笑ましいもん。チワワが吠えてるみたいで。

『ニコぽか!? ニコぽなのか!? そうはいかねーぞ!』

 マスカットは目を閉じて、ぽこぽこと勇者を殴る。
 マスカットマジ可愛い。

『叩く。
 撫でる。
 殴る』

何この選択肢。こんな小さい子殴るとか。でも撫でるは選ばないけどね。喜ばなそうだし、さっき叩くで好感度上がったし。とりあえず叩くで。主人公はパコンとマスカットの頭を叩いた。勇者はクスクスと笑った。

『何馬鹿な事を言っているんですか』

 しゃららららん
 あ。好感度上がった。 

『私は貴方が心配なんです。なんでこんな小さな貴方達が選ばれたのか……』

『ああ? それは俺が化け物扱いされてたからだよ』

『化け物、ですか?』

『俺、前世の意識があるからな。東京都機械区ゲーム町1-2-3。矢田通。それが俺の名前。だから俺は赤ちゃんの時から大人の思考をしていて、それで化け物と思われた。違うのは兄さんのグレープだけだ』

 その名前に『私』は目を見開いた。しばらく前に、そんな名前の急に意識不明になった大学生がいなかったか。しかも機械区だったような。

『前世……』

『信じられないか?』

『信じるよ
 信じられません』

 よくわからないけれど、ここは一択だろう。

『信じる』

 しゃららららん。

『うげっまた好感度が上がった! もう俺、お前と喋らないから! お前、間違っても俺を攻略すんなよ! 魔王退治は絶対必要だから協力するけど、俺とお前はそれだけの関係なんだからな!』

『私は君の恋人になりたい
私は君の仲間になりたい
私も同じです』

『私は君の仲間になりたい』

 しゃららららん

『今恋人になりたいって選択肢なかったか!? そこは私も同じですを選んでおけよ! 俺もなんでこんなんで好感度上がるんだよ! もーお前帰れ! 兄さん、こいつ追い出すの手伝ってくれよ!』

 そこでグレープが現れ、マスカットと一緒に部屋から勇者を押し出した。
 また選択肢が現れるけど、グレープの名前はない。残念。じゃあ、ストロベリィちゃんにしようかな。

「ストロベリィか……ショタでロリかよ。救えねー」

 マスカットの呟きに、本気でムカついた。
 そこまでプレイ日記を書き、セーブをしようとする。
 しかし、セーブが出来なかった。
 なんで? どうして? 仕方なくゲームを消そうとするが、電源が消えない。
 『私』は気味悪くなって、ゲームを放置して部屋に戻った。
 ノートパソコンを胸に抱いて。



[15221] エスパー奮闘記(現代エスパー物)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/11 12:27

 俺には、夢があった。親父と同じ医者になるという夢だ。
 幼い頃からの夢だった。俺は親父に本気で憧れている。しかし、現実は……。

「親父。金くれよ」

「またか、照。お前は本当に……。口座に大金が入っていたが、どうやって稼いだんだ。まさか……」

「いいから黙って寄こせよっ」

 俺は金を分捕り、さっさと町へと向かった。途中、銀行でお金を降ろす。
 向かう先は廃ビルの二階。俺達の隠れ家。
 そこで、ピンクが待っていた。桃色を基調とした服を着た、女の子。俺はピンクの本当の名を知らないし、それを気にした事は無い。
 見た目だけなら好みなんだが、こいつは一筋縄じゃいかないのだ。

「お疲れ。レッド。お金持ってきた?」

「ほらよ」

 レッド……俺は金を投げ渡した。それをピンクは拾い集め、数える。

「まいどありー。悪いね、レッド」

「仕方ねーだろ。ブルーは? 口座にお金入ってたから、ねぎらってやんなきゃな」

「また寝てるよ」

 ピンクは後ろを指し示して言う。青を基調とした服を着た痩せた男が、キャラクターものの寝袋で睡眠を取っていた。
 その横でグリーン……緑色の服のガタイのいい男は地図を見ており、ブルーから少し離れた場所で、イエロー……黄色いリボンの女が菓子を食べていた。
 ピンクも怖いが、イエローも恐ろしい。全く、顔は可愛いのに、女性不審になりそうだ。
 これが、俺達が結成した地球防衛軍である。
 結成したのは俺が中学の時。それ以来、俺は引籠りを演じ、学校を良く休むようになった。
 なんとか高校に滑り込めたはいい物の、出席日数はいつもピンチだ。
 何より、医者になるなら医大に入らないといけない。推薦で入れるはずもないから、死ぬ気で勉強しなきゃいけない。
 働いていかなきゃいけないのは誰もが同じ。俺達の最近の目標は、秘密裏に俺達の後継者を見つける事だ。出来れば、中学一年から二年の間の奴が継続して受け継いでいってくれるとなおいい。それより幼いのは心配だし、それより上だと、社会的にやばくなる。それは俺達が身を持って学んだ。
 俺が英語の教科書を出して、座って読んでいると、ブルーが起き上った。
 全員が、ブルーを見る。

「ブルーさん。何が見えました……?」

 イエローがおっとりと、しかし、少し緊張を滲ませて聞く。

「予知は五つ。まず一つ。明日、アメリカで銀行強盗が起きる」

 それに、俺達はひとまず力を抜いた。

「なーんだ。それなら、いつも通り公衆電話から警察に通報して終わりだな」

「エイリアンの強盗だ。犠牲が出る」

 それに、俺達は身を固くする。特に俺は、戦闘担当だ。もう何度目になるかすらわからない戦闘だけど、それでも俺は怖かった。イエローはおっとりと頷いた。

「二つ目。近い将来、地震が起きて、この近くの夢追いトンネルが閉じ込められる。これはちょっと時間がわからなかったけど、即死者はいなかったから通報とかは何もしない方がいいと思う」

 これを助けるのはグリーンになる。グリーンはこくりと頷いた。

「三つ目。口座の持ち主……レッド、お前が調べられる。俺の身代わりに、なってくれるな? トンネルの件が終わったら、お前は俺達と接触禁止だ」

 元から、その予定だった。俺は緊張した面持ちで頷いた。

「四つ目。喜べ。仲間が出来る。それもヒーラーだ。エイリアンの強盗に襲われて、能力が目覚めるはずだ。もうすぐ夏休みだから、特訓にはちょうどいい。教育はピンクに行ってもらう。そうだな、ホワイトとでも呼ぼうか」

「了解っ」

 ニコニコ笑ってピンクは頷く。

「五つ目。エイリアンの、大使が来る。俺達に会いに」

 それに俺達は眉をひそめた。

「大使、ですか……?」

「……まさか、和解か?」

「それこそまっさかー! あたし達の事、動物園で見る動物としか思ってない奴らが!? ありえないわー。それにあいつら、未来であたしらの事大虐殺するんでしょ? 早めに駆除に乗り出したって考える方がまだわかるわよ」

 ピンクの言葉に、俺は身を固くした。ピンクを媒介にして、奴らが俺達をどう思っているかは理解していた。面白い実験動物。奴らの俺達への感想は、それだけだった。

「詳しい事情は割愛するが、金庫が開かなくなって、グリーンの力が必要になったらしい。上手く行けば、地球人誘拐を禁止する法案を出させる事が出来るはずだ」

 なんだ、それは。しかし、ノー天気な奴らの事だから、十分あり得る事だろう。しかし、地球人への迫害の前段階である誘拐をやめさせる事は、大きな前進だ。
 俺達は頷き、そして俺は勉強に戻った。
 次の日。俺達は戦隊者のコスプレをしていた。
 ブルーはいつも通り、留守番だ。
 俺達は、グリーンの力、テレポーテーションで、銀行内に突如出現した。
 グリーンは、触れている相手を世界中のどこでも、自在に連れて行く事が出来るのだ。

『なんてこった! 初めて正義の味方を生で見たぜ』

 焚かれるフラッシュ。そこに、つんざくような悲鳴。
 銃を突きつけられた受付が悲鳴を上げていた。
 イエローが、がっと手を横に振る。それと同時に、銃を突きつけていた男が横に弾き飛ばされた。
 俺は集中して、男の「服」だけを、火にくべてやった。
 男が一見燃え盛ったようになり、銀行内は騒然とする。
 起き上ったのは、醜悪な爬虫類の顔をした男だった。上がる悲鳴。
 爬虫類の顔をした男は、悲鳴を上げて鞭のような物を振りまわした。
 イエローが鞭の動きを抑え、俺が燃やす。しかし、鞭は思いのほか丈夫で、中々燃えつきない。爬虫類の男が必死で鞭を動かすものだから、ついイエローの制御が外れた。
 鞭は呆然と見ていた人々に向かった。その人々の真ん前にいるのは、まだ小さな少年だった。

「グリーン!」

 俺が叫び、グリーンは俺を人々の前に飛ばす。
 俺は鞭を直接掴み、電流を浴びながら、目いっぱいの発火能力を使って鞭を消し墨にした。その後、俺は耐えきれず座り込む。スーツはただのコスプレにしか過ぎないのだ。防御力は無い。

「レッドさんを傷つけましたね……?」

 静かに言い放つ、イエロー。やばい、イエローが切れた。
 イエローは何かを引きちぎるような身振りをする。それと同時に、エイリアンの手が千切れた!
 暴れるエイリアンに、ピンクが歩み寄って触れる。

「ふむ。今回暴れた理由は、単に遊ぶ金欲しさの軽い気持ちだわ。転送装置はこれね? イエロー、もう片方の手もやっちゃって。その後戻すから」

 イエローはまた、何かを引きちぎるような身振りをする。すると、残っていたエイリアンの手が千切れる。俺は、吐きそうになって口を押さえた。
 ピンクがエイリアンの腰もとで何かしら操作をすると、両手を残してエイリアンは消えて行った。

「大丈夫ですか、レッドさん……? あの、鞭、そんなにやばいものでしたか?」

 いや、やばいのはイエローの攻撃方法だよ。そういう勇気は無かったので、俺は吐き気をぐっとこらえた。スーツの中で吐いたら酷い事になる。
 少年が、心配そうに俺を掴んだ。その体から、暖かいものが流れてくる。

【ピンク。この少年がホワイトだ】

 俺はピンクに向かってそう念じた。すると、ピンクは少年に歩み寄る。

【ホワイト。私達の仲間。私達は貴方を歓迎するわ】

『ホ、ホワイト? どういう事?』

【レッスン1。口に出さない様に私に話しかけて見て。テレパシーって言うのよ】

【こ、こう……かな】

【上出来よ。そして、テレパシーで話した事は全て内緒にして。まず、貴方はヒーラー。回復を司る者よ。レッドを癒して。その胸に宿る暖かいものを、レッドに流し込んで】

 言われて、少年が俺に手を当てる。すると、俺はどんどん楽になった。くそう、羨ましいぞ。俺もこんな能力が良かった。
 傷が完全に癒えたと思える頃、ピンクはホワイトを止めた。

【素晴らしいわ、ホワイト。貴方はレッドを癒したのよ。でもその力、決して他の人に見せては駄目よ。エスパーはいずれ迫害される。用心するの。本格的なレッスンは、夏休みに入ってからね】

 そしてピンクは俺に手を貸し、俺はグリーンの手に手を重ねた。
 視界が反転して、俺達は隠れ家に戻っていた。

「ヒーラーかぁ。素直ないい子だったじゃない?」

「あの子、秘密を守れるでしょうか……」

「テレパシーで秘密にすることの重要さは伝えたわ。後はあの子の問題」

 ピンクはジュースをぐっと飲み干し、イエローはお菓子の袋を開けた。
 能力を使うと、極端に腹が減る。頭が糖分を欲する感じなのだ。俺も早速、食事を買いに出かけた。
 そうだ、新しいスーツも買わないといけない。俺とホワイトの分。

「ついでだから、俺、スーツを買ってくる。グリーン、頼む」

 俺は顔が隠れるコスプレをして、グリーンと共に秋葉原の目立たない場所に降り立った。
 そして、コスプレ屋に顔を出す。

「これとこれ下さい」

 サイズが良さそうなヒーローもののスーツの赤と白を見つけて買うと、店員は探るように俺を見た。

「なんですか?」

「いや、君が本物のカラーレンジャーなんじゃないかってね」

「嬉しいな。俺、カラーレンジャー好きなんですよ。今度、コスプレパーティするんですよ、全員が違う色来て、いとこの誕生日を祝うんです」

「へー……」

 俺は適当にごまかしつつ、服を買ってグリーンの肩を叩いた。
 店から出ると、またグリーンのテレポーテーションで移動する。
 一週間後、早朝に俺達は集まった。
 夏休みに入り、ホワイトの歓迎会をやるのだ。

【ホワイト、いい? 周りに人がいない事を確認した?】

【う、うん。いいよ】

 そしてグリーンが「飛ぶ」。グリーンがホワイトを連れてくると、俺達は俺たちなりに歓迎した。

『ようこそ、ホワイト。俺達の新しい仲間』

 意外だろうが、俺達は全員英語を流暢に話せる。他にも、2、3ヶ国語ほど勉強中だ。

『き、君達は全員日本人?』

 ホワイトがびくびくしながら周囲を見回した。

『俺達も驚いている。新しい仲間がアメリカ人だったなんてな。ワクチンの系譜は、全て日本人だと思っていたから』

『ワクチンの系譜?』

『君に話さないといけない事が、たくさんあるんだ』



[15221] エスパー奮闘記 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/09 21:55

『ホワイトは、神様と言うものを信じるか?』

 ブルーは眠っている。だから、説明するのは俺の役目だ。

『この力は、神様がくれたの?』

 ホワイトがジュースを片手に、興奮を声に乗せて言う。

『正直、わからない。ただ、上司の命令で、人間を見守っていると自称する女性がいる事は確かだ。「彼女」は俺達をワクチンと呼ぶ。災害や、エイリアンの来襲と言った「病」に対抗する為のワクチンだ。まず俺達のような一握りの強力な能力者が、ついで多くの弱い能力者が産まれてくる。俺達の子供もまた同じ力を持って生まれてくる。それがワクチンの系譜だ。それを進化させるも退化させるも、正の方向に育てるも負の方向に育てるも、血の系譜を守っていくも途切れさせるも、全ては俺達に任されてる』

 ホワイトは、むぅ、と考えた。

『つまり、私達の役目は、変な力を持った子供でも喜んで育ててくれるパートナーを見つけて、エイリアンと戦えって事よ』

 ピンクがいうと、ホワイトは笑った。

『やっぱり、神様の為の力なんだ! 僕らは、正義の味方なんだ!』

『それは違う』

 俺は、首を振ってジュースを飲んだ。全てを飲み込むように。

『まず、俺達の力は必要が無くなれば廃れていくものだ。俺達の力がいらなくなるか、害になれば、失われていく。俺達は完璧じゃない。そして、未来でエスパーとノーマルの大戦が起きると予知が出てる。ワクチンに過ぎない俺達は、人間自体に敵視されれば消えるしかない存在だ。問題は、エスパーと人間の大戦が、人間に訪れる激動の時代の前に訪れてしまうという事だ』

『つまり、私達はこのままだと、ワクチンとして機能する前に守るべき人間に皆殺しにされてしまうんです。エスパー大戦を避け、あるいは可能な限り遅らせ、「激動の時代」で使い潰され、人類を守って消えるのが私達の使命なんです。基本的に犯罪者ですし、正義の味方なんてものじゃないですよぅ』

 イエローがまったりと言う。ホワイトは、目を見開いた。

『そんな! そんなのって悲しすぎる。どうにかならないの? 犯罪者って、どういう事?』

『お前も目の前で見たろ。まず、不法入国だ。それにエイリアンに酷い傷を負わせてる』

『それは正義の為じゃないか!』

 俺はきつくホワイトを睨んだ。

『それは危険な考えだ。犯罪は犯罪なんだよ。俺らは悪者だって常に心に刻んどけ。決して忘れるな。そして、だからこそ、能力を悪用するな。俺達は、生まれつき人より簡単に犯罪を犯せちまう体なんだよ。人間に一度敵視されりゃ、滅ぼされるまで一瞬だ。ワクチンの司令塔たる俺達はたったこれしかいないし、これからもそう増えない。俺達が一人でも子孫を残さずに死ぬ事は、そのまま人類が劣勢になる事を決定づける。お前はもう子供じゃない。エスパーであり、これから生まれるヒーラーの一族の始祖でありリーダーなんだよ。お前には、一族を守る義務がある』

『わかんない、わかんないよ、僕』

『レッド、ホワイトを困らせるな。すまない、俺達もどうすればいいかなんてわからない。わからないなりに、もがくしかないんだ。ホワイトには、今日聞いた事をじっくり考えてほしい』

『ブルー、起きたのか』

 ブルーは微笑んで言った。

『未来の技術情報をいくつか入手したよ。レッドはいつも通り、この情報を本来の開発者に送って、寄付を募ってくれ。それと、すぐ銀行に行ってくれ。大金が振り込まれてる。この手法で金を稼いでいくのは有効なようだ。これでもうお父さんからお金をせびってもらわなくても良さそうだ。今まで、すまなかった』

『稼いで返すさ。引退すればもう引籠りにならなくて済むからな。これから俺は監視される事になる。そりゃつまり引退できるって事だ。そうだろ?』

『……本当にすまない』

 ブルーは深く頭を下げる。

『気にするなよ。さあ、難しい話はここまでだ。食べて飲もうぜ。ホワイト、俺達は拷問でもされた時の為に互いの素性は聞かない事にしてる。でも、互いの国の事を教え合うのは構わないはずだ。俺、アメリカでどんな勉強しているのかが知りたい』

『レッド、まっじめー! あたし、どんな食べ物があるか知りたい!』

『アメリカのハンバーガーを食べてみたいですぅ。今度、奢ってくれません? 私達からも、お菓子を奢りますから』

『……試着』

 グリーンがスーツを差し出す。
 俺達は、気持ちを切り替えて大いに楽しんだ。
 その翌日、夢追トンネルが山崩れにあった。
 即座に俺達は廃屋に集まり、寝ぼけ眼のホワイトをグリーンが連れてきた。
 俺達はスーツ姿に着替えると、グリーンにトンネル内に飛ばして貰った。
 ひんやりとしたトンネルに降り立つと、トンネル内で玉突き事故が起きていた。

『ホワイトさん。私が皆さんをお助けしますので、治癒をして回って下さい』

『は、はい!』

 イエローが確固たる足取りで車へと向かう。その後をホワイトがついて行った。
 俺も二人を追う。

「カラーレンジャーだ!」

「カラーレンジャーが来てくれたぞ!」

 人々が騒ぎ出す。携帯でパシャパシャと撮られる。
 グリーンは元気そうな人から片っ端からトンネルの外へと連れて行った。
 俺は、燃える火の粉を片っ端から消して行った。
 イエローが、軽く手を振ると、車のドアが吹っ飛ぶ。
 その後、イエローは何かを押し広げる動作をした。つぶれた車内が広がっていく。

「レッドさん、お願いします」

 つぶれた車内には、当然人がいる。女の人だった。足が、なんというか、うん、潰れていた。
 俺は、怪我人を見ないようにしながら、抱き上げて外へと移動させた。
 仮にも医者になりたいっていうんだから慣れないと、と思うんだけど、どうも俺は他人の怪我が怖い。盾担当みたいなもんだし、俺自身の怪我は割と平気なんだが……。ああ、今回も無関係ではいられない予感。

『あ……ああ……酷い……酷いよ……。治って、治って……』

 ホワイトがおろおろと怪我人を抱きしめる。その傷が、徐々に癒えていく。

「この飛び出た骨は中に戻した方がいいでしょうね。レッドー!」

「よ……よよよ、よし、任せろ」

 数年一緒にいりゃ、名前は知らなくとも夢はばれる。よって、医者志望の俺は応急処置担当だったりするのだ。
 俺は骨を元の位置に戻し、ホワイトがそれを癒した。

「お前、絶対医者行けよ! 絶対だからな!」

「は、はい……あの、ありがとうございます、えっと、ホワイト……さん? センキュー」

『ど、どういたしまして』

 ホワイトが、答える。

「カラーレンジャー! お願い、この子を早く外に出して。頭が、頭が……」

 頭を怪我した子を抱いたお母さんが走ってくる。ホワイトがそれを迎えた。

「グリーン! 生き埋めになっている人がいるみたい。なんとか移動できない? 位置情報は送るから。早いとこ済ませて、反対側も見ないと……」

 ピンクが行き止まりの所で叫んだ。
 グリーンが、そちらに走っていく。
 イエローが次の車を開けた。
 こんな時、いや、ぶっちゃけ俺の能力はエイリアンをぶっ倒す時にしか使えない。俺は大人しくお伴をした。
 その時、トンネルの反対側の方からマイクとカメラ、ライトを持った数名のグループがやって来た。

「あ! なんと、カラーレンジャーです! カラーレンジャーが救助活動に来ています! しかも、一人増えています! レッドの服が変わっていますね。何かあったのでしょうか?早速インタビューに行きたいと思います」

 女の人がマイクを持って向かってくる。

『ホワイト、子供が気になるのはわかるけど、こっちの男の人の方が重傷!』

『わかった!』

 イエローとホワイトは、レジャーに来ていたらしい父子の治療に移っていた。

「わ、私はいいですから、子供を……」

「駄目よ。子供は大丈夫。そうよね、レッド」

 俺はざっと傷を見て言う。

「ああ、少なくとも死ぬ事は無い。あんたの方が重傷だ」

 そこへ、ピンクが叫んで手を振りまわす。

『ホワイト! 急いで、こっちの人が虫の息!』

「レッド、あの車何か煙出てるぞ、爆発しない様に、炎を押さえつけておいてくれ」

 グリーンに言われ、俺は慌てて火を押さえた。イエローが人の救出に走る。
 どう見ても忙しくてそれどころではなかった。
 さすがにそこに切り込む馬鹿な真似はせず、その代りにマスコミは余すことなく俺達の活動を記録した。俺達はそれを放っておいた。
 ホワイトの事はいずれ救助者の口から洩れる事だし、いい事をしている姿を報道されるのは決してマイナスではない。
 五時間ほどしただろうか、ようやく要救助者をマスコミ以外全員救う事が出来た。
 ホワイトはもう既に立つ事も出来ないほど、疲労している。

「よし、次はあんた達だ」

「待って下さい! 貴方達の正体は何なんですか!? メンバーが増えたようですが、一体……」

 グリーンが無言でマスコミを纏めて抱きしめた。
 すると、マスコミの人達が消えて、俺達は息をついた。

『大丈夫か、ホワイト?』

『大丈夫じゃ、ない……くらくらする……お腹減った……』

「あ、グリーンも外でダウンした」

「なにーっ!? どうやって出るんだよ!」

 ピンクの言葉に、俺は叫ぶ。

「グリーンが回復するまで、出れないんじゃない? 今レスキュー隊にご飯分けてもらってご飯タイムみたい。私達もご飯タイムにしましょ。こんなにいっぱい車があるんだもの。どれか一つに食べ物くらい入ってるわよ。皆も、命を助けてくれた私達にごはんを奢る位、許してくれるはずよ。マスコミの車が狙い目ね」

 ピンクはいつも逞しい。ホワイトには何か食べさせないと本気でやばそうなので、俺もピンクの案に便乗する事にした。
 狙い通り、マスコミの車には旨そうな弁当がたくさんあった。
俺とピンクはそれを持ってホワイトとイエローの所に行く。
ESP能力をフルに使った二人は飢え切っていた。たくさんあった弁当が、三つ四つと二人の腹に消えていく。ピンクもお弁当を二つ平らげ、全員が腹いっぱいになったのを確認して、俺は余ったおにぎりを一つ食べた。ふん、俺だって能力を大量に使った日はたくさん食料をまわして貰えるんだからな!
そして、無事そうな車に寝そべって俺達は仮眠した。こんな時くらい、高そうな車で寝てもいいよな?
俺が熟睡していると、呼び声が聞こえた。

「レッド。レッド。トンネル開通しちゃったみたいよ?」

「グリーンの野郎……」

 土砂の上の方から光が差しており、開通したトンネルと、レスキュー隊の横で、グリーンがこちらを拝む手振りをした。
そして、俺達はグリーンの手に手を重ね、廃ビルへ移動する。もちろん、ホワイトを送る仕事付きだ。ホワイトを送って戻ってくると、グリーンは死んだように眠った。
さすがに、マスコミのいる所じゃ、休憩は出来ても睡眠は出来ねぇよなぁ。
さあ、家に帰って二度寝するとしますか。
朝、俺が家に帰ると、黒服黒メガネの怖いおっさんが玄関で茶を啜っていた。
ガッデム、今日来てるんなら今日来てるって言ってくれよ、ブルー。
しかも、見ていた番組はついさっきの救出劇。
さあ、戦いの始まりだ。



[15221] エスパー奮闘記 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/10 07:38



「親父、この人達何だよ?」

 思い切りガラを悪くして言う。親父は怒りを見せるかと思ったが、それに反して現れたのは困惑だった。

「お前、この人達の研究に協力したのか?」

「ああ、NASAとかいう所の奴か? それがどうかしたか?」

 親父は、心底驚いた顔で俺を見た。俺は親父の横、客人の真向かいに座り、自分でお茶を入れた。仮眠した後、何も食べていない。俺は菓子を開けては食べる。

「朝帰りなどしおって、今朝食を持ってくる」

「焔照さんですね。変わった苗字ですね」

 黒服の男は、にこやかに言った。

「まあな」

 落ちる沈黙。
 テレビでは、ちょうどグリーンがマスコミの人を救出したシーンだった。
 ぐぅぅ、と大きな腹の音を響かせて、グリーンがへたり込む。
 無言で、猛獣に餌を与えるかのように、レスキューの人がおにぎりを差し出した。
 グリーンはそれを奪い取って、マスクを半分上げ、がつがつと食べた。
 マスコミは、意外に若いと騒いでいた。
 それから、グリーンに多くの食料が渡された。酒もあった。おいおい。まさか、飲まないよな?

「単刀直入に聞きます。照さんか、照さんの友人は、予知能力者かテレパシストですね? 送られてきた情報は、正に当人の頭の中にあった事に他ならない」

 俺は、飛びきり悪い顔で微笑んでみた。

「だったら、どうしたよ?」

 これは、どうあってもごまかせない。問題は、この先だ。
俺と怖いおっさんの笑顔が激突する。グリーンの野郎、酒飲みやがった。しかも旨そうにぐびぐびぐびぐびと。奴め、実は飲兵衛だったのか。にしても、飲んでいいタイミングを考えろ。つーか飲酒テレポートってなんだ。ふざけた真似をしやがって。
 親父が白米に魚に目玉焼きを持ってきてくれる。
 俺はありがたくそれを食べた。
 その間に、黒服の男が語る。

「一億あります。とりあえず一年、貴方が読みとった全ての情報を渡してほしい」

「ねぇよ。俺が読みとった情報は、正当な持ち主に返す。そうしたら、そいつは、研究の時間が短縮されて、俺はその短縮された労力と時間分の報酬を貰う。こういうの、ウィンウィンの関係って言うんだろ。俺が読みとった情報で他の奴が特許を取ったら、そりゃ盗難って言うんだ。違うか?」

「それはそうです。でも、貴方はお金が必要だ。そうでしょう?」

「確かに遊ぶ金は欲しいけど、盗難してまで欲しい金じゃねぇな」

「……1千万貴方の口座に振り込みました。しかし、それを貴方はすぐに降ろした。何が目的です?」

「競馬で擦っちまったよ、そんなもん。どうせ泡銭なんだから」

 親父は、蒼白な顔をして、倒れそうになった。
 マスコミがここぞとばかりにインタビューしていた。やめろグリーン。お前、普段すっげぇ寡黙な癖に、ここぞとばかりに饒舌になるな。

《今回、ホワイトが初めてメンバーに入って、メンバーは五人になるわけですね》

《嫌な事言うなよ。あいつは引退するんじゃない。ちょっと一線を退くだけだ。だから地球防衛軍は六人になるんだ。俺達はいつまでも仲間だ!》

 正直、テレビを消してしまいたい。しかし、全国放送だから、ここで消したってどうなるもんでもない。そして、ビデオに撮っているわけでもないので、続きが非常に気になる。

「照さん、私は貴方をそんな人間だと思わない。さっき、貴方は盗難はいけない事だと言った。高校の勉強は、何もしないで高得点を取れるほど簡単なものではないし、盗難を行けない事だという貴方がカンニングをするはずがない」

「へぇ? それで?」

「つまり、貴方には何か大きな目的があるという事です。予知能力者の企み。それを私は知りたいと言っているのです」

《六人!? つまり、もう一人いるというわけですね。レッド、ピンク、イエロー、ホワイト、グリーン、最後の一人は?》

《何って、俺達のリーダー、プレコグのブルーに決まってる》

 おいいいいいいいいいいいい!? もう黙れ、その口を閉じろ! ピンクは何をしてやがった! こんな時の為のテレパシー監視だろうが!

《プレコグのブルー! 予知能力者と言うわけですね! プレコグと言う事は、やはりカラーレンジャーはエスパーの集まりと言う噂は本当だったのですね。引退理由は?》

《あいつ、もう大学受験控えてるし、志望は親父さんと同じ医者だったから、どの道引退する予定だったんだ。申し訳なかったよ。本当はいつも暇さえあれば教科書や医学書入門開いているような真面目なのに、あんな子供に不登校をしてもおかしくないような不良の演技させてさ。でも、あいつはいつだって弱音を吐かなかった……。その上あいつ、資金管理担当だったからな。ついにぱくられるらしいんだ。1千万入ったから、俺達の資金は当面大丈夫なんだけど。俺達、あいつにばっかり苦労を掛けて……。盾になるのもいつもあいつで。あいつは、捕まってモルモットにされる事も、死も覚悟で……焔ぁ……》

 うわああああああぁぁぁぁぁぁぁ! てめーなんで俺の名前知ってやがるぅぅぅぅぅ!

「お前にはかんけーねー! さっさと出て行きやがれ!」

《焔!? ブルーは焔と言うのですか!?》

 そこでようやくグリーンは酔いが醒めたらしく、顔色を青くした。

《頼む……今のオフレコにしてくれ! 仲間にぼこられる! マジ制裁される!》

《ええ、大丈夫ですよ》

 アナウンサーがいい笑顔で答えた。この嘘つきやろう!
 大声でなんとかごまかそうとしたが、どうにもならん。
 グリーンの野郎、後ろから急所を撃ちやがった。プレコグの振りをするぐらいは計算のうちだったよ。けどな。地球防衛軍との繋がりに関しては、そりゃ隠すとこだろう!? 俺はその辺りを、命がけで守ろうとしたんだぞ。いや命以上だ。発火能力者一族の命運までかけて囮役をやったのに! 俺はこれからも資金提供者としては協力するつもりだったんだぞ、どうすんだよ、これからの資金調達!
 俺の頭の中で、罵倒が流れる。
親父は穴があくほど大きな目で俺を見つめた。

「一千万……焔……プレコグ……お、お前まさか!?」

 黒服黒メガネの男は、お茶をすすって言った。

「モルモットにされる事も、死も覚悟で、ですか……」

 呟かれた言葉が重い。めちゃくちゃ重い。

「で、俺の事、いくらで買ってくれんの? 嫌だって言っても、誘拐するんだろ? けどな、親父に手を出したら俺はその場で自害するからな。それに俺は拷問されたって何も喋らねぇ。グリーンと違ってな」

 俺が腕を組んで言うと、親父はおろおろと叫んだ。

「照、お、お前、何を言っているんだ! そんな事はさせないぞ!」

 今まで散々親不孝して来たのに、それでも俺を庇おうとする親父に、俺は胸が熱くなる。俺はあえて、クールを装った。本当は、頭の中めちゃくちゃだ。助けてくれって叫んでる。

「おいおい、国家権力舐めんなよ、親父。アメリカ様に一開業医が勝てるわけ無いだろ?」

「日本円にして百億でいかがですが? ただし、逃げないと言うお約束で」

「悪くねぇな。現金で頼む。受け渡し方法はこちらで指定する。それと、もう一つ」

「なんですか?」

 俺は笑った。

「一度でいいから、真面目に勉強受けてみたかったんだ。ちょうど今、夏期講習やってるし。今日だけ、学校行かせてくれ」

 おっさんは頷く。

「それぐらいなら、いいでしょう。一時限だけですよ」

 俺はおっさんと家の外に出る前、親父を一度だけ振り返って、笑った。きちんと笑顔になっているだろうか?

「一度も言ってなかったけど、俺は親父を尊敬してる。親父みたいな医者に、なりたかったよ。苦労ばっか掛けて悪いな。一億は親父の取り分として貰ってくれ」

「照……? 照! 照!」

 親父を振りきり、俺はベンツに乗せられて学校へと向かった。こいつ、やっぱり学校も調べてやがった。
 夏期講習にはまだ時間がある。俺は黒服のおっさんと共に教室に向かった。

「ほ……焔くん!? どうして夏期講習に!? テレビ見たよ、まさか君、ブルーレンジャーなのかい……!? 後ろの人は一体!?」

「俺、アメリカに行く事になったんだ。その前に、授業受けとこうと思って」

「そうか……じゃあ本当に……! そうか……! 私の生徒がこんなに立派に……。すまないね、先生何にも気付かなかった……」

 先生が感涙する。

「そんな事どうでもいいから、授業してくれよ。わからないけど聞けない所がいっぱいあってよ。アメリカ行って馬鹿にされるのも嫌だし」

 俺は教科書を見せ、つまらなそうに先生に言った。
 一時間ほど勉強していると、だんだんと生徒が集まってくる。生徒達は一様に俺を見ると声をあげた。
 夏期講習が始まると、先生は俺を立たせた。

「知っての通り、焔くんはブルーレンジャーでした。そして、お仕事の都合でアメリカに行くそうです。焔くん、何か正義の味方として、皆に講演をしてください」

 騒がれるかなとは思ったし、最後の最後で、ちょっとくらいヒーロー扱いを受けてみたいと思ったのも確かだ。しかし、実際にこう言われてみると、俺は非常に戸惑った。

【いいじゃん、格好良い事言っちゃいなよ。これが最後なんだから。あと、イエローはグリーンはマジぼこっておいた。安心して!】

【ほどほどにしてやってくれよ、ピンク。それと、なんで俺の名前知ってたんだ、奴は?】

【教科書に名前、書いてあったよ】

 俺はあまりのアホさ加減に頭がくらくらして、深呼吸しなくてはならなかった。

「えっと、俺は正義の味方なんて綺麗なもんじゃない。皆も見てただろ? エイリアンを引きちぎったり、消し済みにしたり。召集があるから、学校にもろくに行けない。学校に行けないって事は、就職の準備が出来ないって事だ。その上、しょっちゅうどこかに出かけなきゃいけない奴を雇ってくれる所なんて無い。給料が出るわけじゃないから、金だって、いつも親父からせびって。俺の事、全然勉強してないのに出来る奴って言ってる奴いたよな。嘘だよ。俺、空いてる時間は必死に勉強してた。知ってるか? 教師に教えてもらえば一時間でわかる事も、一人だと三倍、四倍勉強しなきゃいけない。俺は仕事と勉強以外の事を知らない。友達もいない。医者になりたかったよ。でも、どっちみち無理だったろうな。これじゃただの愚痴だな。えっと……。人間、やりゃ出来るもんなんだよ。どんだけ頑張ったってどうにもならない事は、それこそ腐るほどある。一寸先が闇な事もある。世の中ってのは、綺麗じゃない。でも、希望は確かにあって、努力しなきゃ何一つ手に入らねーんだ。どんな事があっても、諦めんな。その中での最善を掴み取れ。俺の話は、以上だ」

 拍手。その後、手が挙がった。

「ごめん、質問には答えられない。ふとしたはずみにグリーンみたいに仲間を売っちまったら大ごとだからな。今日は一時限だけ授業を受けに来たんだ。講演をするためじゃない」

 そして俺は席に戻った。
 その後、俺はざわめきの中で授業を受けた。
 授業が終わると、俺は生徒達に囲まれた。

「焔くんてプレコグなんでしょ? 私って誰と結婚するかとか、読める?」

「あ、ズルイ」

「仲間ってどんな人? イエローってやっぱゴリラみたいな女なの? それともおしとやか系?」

「正義の味方ってどんな感じ?」

「よくボランティアなんて出来るよな。命がけで戦っていく末がニートなんて、俺耐えられない」

「悪い。本当に何もいえねーんだ。サンキュ。おっさん。行こうか」

 俺は立ち上がって、おっさんの後についていった。

「アメリカでなにすんのー?」

 最後に、女の子が問いかける。

「実験動物」

 俺は答え、驚いた顔のクラスメイトを置いて再度ベンツに乗った。
 車はそのまま空港に向かい、俺はチャーター機に乗せられた。

「おいおい、いいのかよ? 俺、パスポート持ってねーぜ」

「部下には密入国させていたようですが」

「そりゃ、そうだけど。じゃあ、俺、疲れたから眠る」

 ふかふかの椅子に座り、俺は眠った。



[15221] エスパー奮闘記 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/16 23:17
 車はそのまま空港に向かい、俺はチャーター機に乗せられた。

「おいおい、いいのかよ? 俺、パスポート持ってねーぜ」

「部下には密入国させていたようですが」

「そりゃ、そうだけど。じゃあ、俺、疲れたから眠る」

 ふかふかの椅子に座り、俺は眠った。
 起きた時、俺は既に堅いベッドの上だった。金属質の壁。机に棚と、トイレ。監視カメラ。洋服掛けには、いくつもの洋服が掛けられている。服も着ていたものと変わっていた。患者が着るような、ゆったりとした服。
 棚の中には、勉強道具や医学書が並べられていた。俺、まだ夢を目指していいのかな?
 机の上の紙には、日本語で欲しいものリストと書かれていた。
 俺は、スポーツドリンクと食べる物を常備して欲しいと英語で書く。
 いくらなんでもここまで移動されて起きないのはおかしいので、眠らされたのだろう。
 俺は思い切り伸びをして、着替えをする。腕についていたガーゼは取った。
 正直に言って、俺は実験室っぽい所やその雰囲気が怖い。寝ている間に検査が済んでしまったのなら、重畳だ。
 俺は幸運に感謝し、服を選んで袖を通した。
 無機質な部屋で、俺は医学書を引っ張り出し、目を通した。医学書はちゃんと入門書だった。
 真新しいノートに、纏めた物を書いて行く。
 集中していると、ドアがノックされて開いた。金髪に青い瞳。スタイルの良い体を包む白衣。
 女科学者が、ドアに寄りかかってこちらを見ていた。

「照くん。貴方って随分と落ち着いているのね。それはカラーレンジャーのリーダーとしての矜持? それとも状況をよくわかっていないだけ?」

「俺が百億で買われたって事は理解してる。現金の用意は済んだか? トランクに入れてこれから指定する場所に置いてほしい。ああ、発信器の類をつけたら……」

「しないわよ。ルールは守るわ。ルールの改変をする事はあるけどね」

 女の人は、立ち上がって俺の方に向かってくる。そして、俺の顎を手でつかみ、上げさせた。

「カラーレンジャーのリーダーが、こんな坊やなんて驚いたわ。それに、随分可愛いのね」

 俺が知り合う女は、どうしてこう怖い奴らばっかりなのか。
 それでも、女科学者の色香は大したものだった。俺は女科学者の服からはみ出んばかりの胸から目を逸らした。
 女科学者は、それを見てクスリと笑い、俺の耳に囁く。

「指定する場所は?」

 俺はピンクと連絡を取り、場所と時間を指定した。
 女科学者は電話で手続きを取り、そしてニコリと笑う。

「さ、これで貴方は正式にアメリカの物よ。記者会見があるの。出てくれるわね? 五分で着替えて、紙に書かれた事を覚えなさい」

 そして、青いスーツを渡される。女科学者が出ていく様子はない。
 俺は思い切って服を着替えた。イエローやピンクの前では何度も脱いでる。だから、知らない女の前だって平気だ。そう自分に言い聞かせたが、やはり緊張した。
 上着を脱ぐのが辛かったが、どうせ自分の素肌は見られているはずだ。俺は思い切って脱いだ。上着を脱ぐと、傷だらけの体があらわになる。女の目が傷を辿る。それが嫌だった。

「ブルーは司令塔だと思っていたけど、随分と怪我の跡があるのね? 貴方も戦いに出たりしていたの?」

「まあな」

 スーツに着替えると、紙を見る。
 カラーレンジャーはアメリカ合衆国と提携する事になりました……?

「おいおい、無茶言うなよ」

「事実でしょう? リーダーがここにいるんだもの。提携せざるを得ないはずよ。プレコグは活動に必須のはずだし。……それとも、もう後釜がいるの?」

 俺は、ブルーと言う事になっている。そうなると、これは否定できない。何故なら、プレコグの能力こそが俺達のリーダーたる所以であり、それは容易に推測できるからだ。その半面、俺はリーダーとして振舞う事が求められる。
 人間がプレコグをどう扱うか。それを調べるのも俺の仕事だ。
 これは、俺達が人間と協力する為の前段階でもあるのだ。

「……仲間を売るような真似はしない。といって敵対するつもりも無いし、関わらないってのが無理な話なのもわかってる。ある程度の協力はしよう」

「ひとまずはそれでいいわ。百億円で契約したんだから、下手な事は言わないで」

「わかった」

 長い廊下を歩く。金属できた廊下はある地点からコンクリートに変わり、そして普通の壁に変わった。記者会見の場に着くと、大勢のカメラマンがひしめいていて、フラッシュが焚かれた。
 俺は席に着いた。

『アメリカに百億で身売りしたと言うのは本当ですか!』

『実験動物にされに来たと言うのは本当ですか!?』

『予知をしてみてください!』

『貴方は本当にブルーレンジャーなんですか?』

『素顔を見せて下さい!』

 とたんにされる、質問の山。

『あー、一人一人ゆっくり言ってくれ。俺、英語はわかるけど、そんなに得意じゃねーんだ』

 そこで、女科学者が若い記者の男を指した。記者は立って、メモを読み上げる。

『アメリカに百億で身売りしたと言う話は?』

『事実だ』

 焚かれるフラッシュ。挙げられる手。

『脅迫はありましたか? 実験動物と言っていましたが』

『なかった。でも、正体がばれた以上、必ずどこかに誘拐されると思ったから、その前に身売りした。そして、身体検査や実験は避けて通れないと思ってる』

【予知、やってみた方がいいかな? ブルーはなんて言ってる?】

【いいって。予知情報、今送るね】

 俺は送られてる情報を咀嚼する。頭が痛くなった。その間にも、質問は来る。

『貴方達が戦っている怪人はなんですか? やはり、エイリアン?』

『そうだ。エイリアンだ』

 どよめき。

『何故戦っているのですか?』

『それに関しては、俺からは何も言えない。この件については、人類が自力でエイリアンの事を調べ上げて、自力で判断するべきだし、現段階で地球とエイリアンが敵対するのは絶対に良くない。かといって、あちらに完全に迎合されると俺達が困る。互いに無関係で、俺は実験対象として囚われただけ。それを貫いた方がお互いの為だと思う』

 更に大きなどよめき。

『高度な外交が必要とされると言う事ですか?』

『……いや、今はそれ以前の問題だ。外交の前にエイリアンと対等になれる何か……出来れば技術力が必要だと思う』

 そして、一人の人間が、手をあげる。

『プレコグで未来技術を読みとればいいのでは? 実際にやっている事でしょう?』

『確かに俺は、本人に開発のヒントを与える事でお金を稼いでいた。でも、それは計算の上でやっていた事だ。何故なら、先に答えを教えると言う事は、その答案に至るまでに得たノウハウや、その前段階の派生技術を失わせる事になるからだ。プレコグは完璧じゃない。ちょっと盗み見るだけで、技術自体を完全に理解できない。つまり、こうすると失敗するとか、こういう理論だからこう動くとかはわからないんだ。それに、そんな事をすれば科学者がやる気を無くしてしまう。やる気がなくなって、開発しない様になってしまえば、俺が未来を見ても技術は存在しないようになってしまう。慎重な介入が必要なんだ。俺はこれからも、本人以外に開発技術を教える気はない』

『貴方は随分と若いですが、何故カラーレンジャーに入ったのですか? エイリアンと戦うのは怖くないのですか?』

 俺は、悲しげに微笑んだ。

『怖いよ。凄く怖い。でも、俺はこれでも人類の未来を背負ってるという自負がある。……逃げる事は出来ない。許されない。逃げる事の方が怖い。だから、俺は怖くても戦うんだ』

 焚かれるカメラのフラッシュ。

『人類の未来を背負うとはどういう意味ですか!?』

『時が来ればわかるだろう。今は言う事は出来ない。……もうそろそろ時間だな。俺から皆さんに、お願いがある。これは予知なんだが……俺の精子を、勝手に売買しないでくれ』

 俺は、少し顔が赤らむのを感じた。しかし、これは重要な事だ。

『うまく説明しにくいが、俺達は第一世代だ。力が発現した時には、既に判断力と知性、道徳観があった。力の操り方も本能的に心得ていたし、人に迷惑をかけず練習出来た。子供達は違う。人間としてだけじゃない。赤ちゃんの時は外から力を抑えないといけないし、能力者としての道徳や力の使い方を学んで、力が歪まないようにしないといけない。俺の子は、俺が育てないと駄目なんだ。俺の子供が、赤ちゃんの内に母親を殺したり、一つの町を滅ぼしたり、犯罪者になる予知が出てる。それを止めるのは……殺すのは、俺や俺の子供達だ。俺達の子が必ず犯罪者になるとは言わない。むしろ、俺達は俺達の子供を絶対に必要とされる人間に育てて見せる。でなければ、俺達全員が悪と判断されて殺されるから。俺達がカラーレンジャーを結成しないで普通に生活していた場合……犯罪をしていなくても……皆殺しにされていたのは予知で出ている。でも……わかるだろう? 俺達は、普通の人より、犯罪を犯すのが簡単なんだ。誘惑をはねのける為には、より多くの助けが必要だ。話はこれで終わりだ。研究所の職員か、警備員か、もしくは泥棒が、理性を働かせてくれる事を祈る』

 それから、俺は予知が出来る証として、いくつかの災害を予言した。
 焚かれるフラッシュの中を、俺は下がった。
 ぱちぱちと、女科学者が拍手する。

「まあ、良かったんじゃない? でも、本音と建前は別よね。エイリアンについては、どんな事をしてでも喋ってもらうから」

「……秘密を守れる人間を選んでくれるならな」

「それはもちろん。貴方の精子の警備も強化しておくわ。……ただ、研究所の管理下でベイビーは作らせてもらうわよ」

「わかってる。俺に能力の教育をさせてくれるなら、それでいいよ」

 女科学者は、ため息をついてじろりと俺を見る。

「貴方って、本当に動揺しないのね。それは、予め残酷な未来を知っているから?」

「諦めているのかもな」

 俺は苦笑して、部屋に戻った。部屋には、暖かい食事が載っていた。



 一ヶ月後、俺は呼び出された。ピンクから資金の受け渡しは完了した事を聞いているし、後は俺の子孫を残すよう努力するだけだ。これが難しいんだが。予知の仕事はやっている。アメリカ人科学者の、ささやかな手伝い。科学は、史実よりほんの少し進化しているらしい。それと、災害情報の提供。これに関しては、渡す事に何のためらいも無かった。
 アメリカは予知を十分に活用して、人々を助けた。
 日本政府はアメリカが俺を「保護」した事に遺憾の意を示し、カラーレンジャーの誘致をしている。
 俺達は、少しは必要とされる道を歩みつつあるのかな……。人間兵器として使われる予知が出始めたけど、選択の予知も無く殺されるよりは、まあ進歩したと言えるだろう。
 そして、俺はなにやら偉そうな人や頭の良さそうな人達の前に引き出された。

「では、エイリアンについて、そして未来について、知っている事を残さず話して貰おうか」

 痩せた科学者風の男が、知的好奇心に貪欲に目を輝かせて聞いた。
 俺は、一つ息を吐く。

「今から話す事は、決してネットデータ上にも電波にも載せないでくれ。傍受されたら困る」

 通訳されるのを、俺は待った。

「承知した」

 そして、俺は一つ息を吐いて英語で語る。

『今から五百年後……エイリアン達の会議で、地球は売りさばかれる事になる。わかりやすく言えば、長期にわたる観察の結果、こいつらは知的生命体じゃなくて動物だと判断されたんだな。悪い事に、地球に災害が襲いかかった。いいや、違うな。動物だし、どうせ災害で滅びるし。だったら……と言う事で、人類は売りに出されたんだ。その時、地球を、人類を守る為に、「彼女」はワクチンをばらまいた。そのワクチンが、俺達カラーレンジャーだ』

『彼女?』

『それが誰なのか、俺達にもわからない。確かなのは、彼女に上司がいる事だけだ。個人的に、俺は神の使いだと思っている』

 ざわめきが走る。神に祈りを捧げる声が聞こえた。

『つまり、五百年後の災害やエイリアンの侵略に対抗する為に? たった六人の「ワクチン」を、五百年の間に人類に繁殖させよと?』

 俺は、ごくりと唾を飲み込む。そうして、意を決して言った。

『カラーレンジャーは、一番能力の強いリーダーの家系で形成されてる。まだ少し増えると思う。それとは別に、俺達の配下の家系……。俺達よりも弱い能力に目覚める者が出てくる。生まれつき、成長してから、状態は色々だ。共通しているのは、能力の高いものほどめったに現れないと言う事。大多数は僅かな力しか持たない。これが時が立つにつれ強くなるか、弱くなるかは人間の選択次第だ。人間全体がエスパーを敵視すれば……例えば、エスパーが人間兵器になって戦争で大活躍するとか、世間一般で嫌われる存在になると俺達の力は消えていく。俺達は、あくまでも人間を守るワクチンだから。それと、当たり前だが、片っ端から能力発現者を殺したり去勢したりしても、能力者は絶滅する。新しい能力者は数回の時期に分けて少数現れ、その血筋さえ封じてしまえば二度と生まれない』

 沈黙が落ちる。そして、アメリカ合衆国大統領は、静かに問うた。

『ワクチンを五百年間持たせれば、君達が世界を救うのか?』

 俺は首を振った。

『少なくとも、生存の助けにはなると思う……。けど、今の所、俺達が五百年生き残る可能性が存在しない。異端者としてさっき言った方法で除去されるか、人間兵器として使われた揚句能力を失うか……。でも、俺達がカラーレンジャーになる前は、人間兵器になる未来すらなかった。未来は、変えられる。選択肢は、増やす事が出来る。努力次第で。……今は、貴方達人間の選択次第で』

『君達は、未来を変える為に行動した。次は、私達の番と言う意味だね。能力者の血筋を守り、犯罪を未然に防いでいく為の法整備が課題、と言うところかな』

『出来れば、人類自身で身を守れるよう、技術も得てほしい。あらゆる災害に耐え、エイリアンと対等になれるだけの技術さえあれば、俺達の力は自然と消えていくから』

『……そして、その未来もまた、未だ存在しない未来なのだな』

『未だ確定情報じゃないが、エイリアンの一派が科学の発展を妨害している節もある。それは、俺達に任せてくれ。その護衛を許してくれるだけでも、未来を変える助けになる』

 科学者が、息せききって問うた。

『今、エイリアンは地球人をどう思っているのだね? どういう状態なのだね?』

『地球は、要保護観察地域と言った所だな。密漁者、研究者、観光ツアー。そういった奴らが、地球人を浚ったり、犯罪をして金を調達して地球に滞在したりしている。人間は完全に動物扱いだ。知的生命体と思っていない。俺達はそういう奴らを撃退していて、遊び半分で犯罪を犯しに来る奴はずいぶん減った。酷い犯罪を起こすわけじゃないエイリアンは、そもそも予知に引っ掛からないから、他はどうか知らないが。お願いだから、今のを聞いて、俺達の身柄と引き換えに宇宙人から技術を得ようなんて考えないでくれよ。エイリアン達はいつ人類に牙を剥くかわからない。技術でどうしようもなく劣っている今、俺達が最後のカードなんだから』

 大統領が深く考える顔をする。そして、科学者は地団太を踏んだ。

『そんな事はどうでもいいんだ! エイリアンはどんな姿をしていて、どのような種族がいて、どんな科学力を持っているのだね!』

『わかったよ、教える』

 俺はそれから、三日ほどエイリアンについて教授したのだった。
 俺達の間に、一応の信頼関係は樹立出来たらしい。
 俺の部屋にはテレビが設置され、現職の医師が俺に勉強を教えてくれるようになった。
 早速テレビをつけて、ニュースにチャンネルを合わせた俺は持っていたハンバーガーを取り落とした。

「今こそ、全人類が手を取り合う時なのです! 神に預言されし五百年後の災厄の時に、ワクチンを保存し、届ける為に! アメリカは、ワクチン、つまり超能力者を全力で保護し、良き方向に導きます。それに先立ち、国際能力者委員会を設立し、NASAを拡大し……」

 俺は、思わずへたり込む、

「は、ははは……動き早すぎっつーか……」

【なあ、ピンク。俺達は、いい方向にちゃんと進めているのかな?】

【何もせずに殺されちゃうよりはマシなんじゃない? それに、失敗しても、「また」「巻き戻す」わよ】

【させねー。俺は、絶対に俺を、俺の親父を、皆を無かった事になんかさせねー】

 俺達、能力者委員会に出ないといけないんだろうか。雪玉が雪山を転げ落ちるがごとく大きくなった事態に、その恐怖と歓喜に、俺は笑いをこぼすのだった。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る(現実→異世界)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/29 22:41
むしゃくしゃして書いた。反省はしていない。
また転生物です。主人公は凄まじいビッチです。












「リーア嬢、ようやく私の夜会にお越しいただけましたね」

 美しい王子が私に言う。普通の女の子だったら、飛びあがらんばかりに喜ぶだろう。しかし、私は無理やり夜会に出席させられ、むしゃくしゃしていた。これから王子の側室に迎え入れられるシナリオなのだと知っていた私は、にっこりと答えた。

「これはこれは、お美しく、品行方正で、非の打ちどころの無い、正論ばかりの、完璧な王子様。私、貴方の事、嫌いですわ」

 空気が、凍る。

「これは、これは……手厳しい」

 王子がようやく微笑んで言うと、私は表情を変え、王子を睨む。

「驚きまして? 貴方を嫌う人がいる事が。別に、侮辱罪で今この場で首を切り落として頂いても結構よ。清々するわ。こんな夢のように美しいだけの世界に生きていたって、幻のようなもの。生きている気すらしないもの。今まで死なないのだって、自分で死ぬ勇気がないだけ。いい機会よ」

 お父様が、顔を蒼褪めさせて口をパクパクしている。私はそれを見て嘲笑した。言ったでしょう? 私を夜会に出すと後悔するって。何故なら、私はもう我慢の限界だったのだ。
 砂糖菓子のような毎日。礼儀作法と音楽、甘ったるい物語、ダンス。豪華な食事。枷のように外れない腕輪。
 元が現代っ子、それもひねくれていて、お洒落やお姫様と言った事に全く興味の無い私には、それは地獄そのものだった。砂糖菓子のような人生。汚いものの何一つ見ない人生。結婚して子供を産むだけの人生。はっ!
 それも相手は、容姿端麗品行方正な面白みの無い男。
 ネットがしたい。ゲームがしたい。こちらのゲームは何一つ面白くはない。
 パソコン持ってこい。常に監視され、狂いそうな人生だった。
 王子が、ふっと笑う。

「リーア嬢は、綺麗な物がお嫌いか」

「そうね。そうなのかもしれないわ」

「王子、どうかお許しを……!」

 お父様が言うが、私は構わなかった。

「リーア嬢は、話に聞いていた通りの方のようだ。ならば貴方に、良い物を見せて差し上げよう」

 私は、片眉をあげた。
 夜会が終わった後、私は王子にエスコートされて、城の地下牢へと向かった。
 綺麗な物が嫌いなら、地下牢に住むがいい、とでも言うつもりかしら?
 それでも、監視の目から抜け出せるのならばいいのかもしれない。
 王子が、ある牢の前で止まる。そこには先客がいた。

「リーア嬢、貴方は私が気にいらないという」

「ええ、そうよ」

「そこで、貴方には私自ら素晴らしい婚約者を見つけて差し上げた」

 罪人と結婚しろとでも? 私は片眉をあげて、牢に目を凝らした。
 黒いローブの痩せた褐色の男と、犬耳の男。犬耳の男。犬耳の男。ここ、重要だから三回言った。

「好きな方を選ぶが良い。魔術師と戦士だ。しかも族長でもある。そいつらと結婚すれば、迷いの森の領土はリーア嬢の物だ。ああ、貴方が選ばなかった方は処刑される」

 王子が兵士に命令する。兵士は、黒いローブを引きちぎり、褐色の男の長い耳があらわになった。
 兵士は更に、獣人に変身しろ、と叫んで槍を突きつける。男は、唸りながらも体を変形させ、人狼の姿となった。誓って言うが、私はこの世界にこんな生き物が存在している事すら知らなかった。魔法が存在する事すら、今知った。
 私はふらふらと牢に入る。そして、犬耳の男の耳を掴んだ。
 ピコピコピコピコピコピコ。
 そして次はダークエルフの男。
 ピコピコピコピコピコピコ。
 ああ、灰色の世界に色がついたのがわかる。え? 嘘? もっふもふの獣人はすぐにでもモフモフしたいが、ダークエルフも捨てがたい。だって魔術よ? 魔術。
 外見で獣人、中身でダークエルフと言ったところか。くぅぅっ駄目だ。どっちか選ぶなんて私にはとてもできないっ。

「リーア嬢……? さ、さあ、跪いて謝るなら許してやっても……」

「王子殿下、雲行きが……」

 王子は、更に追い打ちを掛ける。

「決められぬなら、二人でもいいのだぞ。どうだ、謝って俺の側室にさせてほしいと頼むなら……」

……。両方!? 逆ハ―!?

「ヒャッホホォォォォォォォウ! 王子殿下、お礼を言いますわ!」

 私は王子に抱きつき、礼を言うと急いで二人の夫の前に戻った。

「貴方方、お名前は?」

「貴様に名乗る名など……」

「いけませんわ。王子は今、私に迷いの森を下さると仰ったのよ。私を娶らねば、貴方達の一族が滅ぼされるのでしてよ。政略結婚は、世の常ですわ。さ、貴方の妻に名前をお教えになって。貴方方にも、守りたい人がいるのではなくって?」

「く……エスニア」

「ガルディ」

「私、リーアですわ! 貴方方、言葉に訛りがありますわね。他の言語をお使いになるの? 心配なさらないで! 覚えて見せますわ。出発は早い方がいいわね。準備をしなくては! 私が女領主になれるなんて、夢のようだわ! NAISEI、私にも出来るかしら……。族長がいるんだからそう大きな失敗はしないわよね。そこなもの! 私の夫から鎖を外しなさい!」

「待て! 勝手に何を言っているのだ、お前は俺の側室だろう」

「はい?」

 私はギギギ、と王子の方を向いた。

「私はたった今からこの二人の妻ですが」

「許さん! ダークエルフと獣人だぞ! おぞましいと思わんのか」

「えええええぇぇぇぇぇぇえええええ!? 落としてあげて落とすとは、見た目通りの王子様じゃありませんでしたのね。見誤った事は謝りますわ。それで、どうすればこの二人を連れ帰れますの? 靴の裏を舐めればよろしくて? いいわ。足をお出しなさい」

「いらぬ! お前は俺の側室となるのだ」

「ついていい嘘と悪い嘘がありますわ。そんな……二人に会わせた時点で今さらですわよ」

「う、五月蠅い五月蠅い! ふ、二人の一族はしょけ……」

「殿下……それをなさったら、完全な負け犬ですわね」

「!!……っ」

 ふっと私は嘲笑する。
 一族の処刑は取りやめとなったが、二人は私の人質となり、私はぐだぐだのまま側室になった。なんでよバーカ。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/30 08:28
 私は後宮の庭で、侍女に傅かれ、ため息をついてお茶を飲んだ。
 せっかく人生が面白くなりそうな所でお預けですか。ずっとここに閉じ込められて終わるのですか。

「ああら、獣姫様。ご機嫌がすぐれないようですわね」

 むちぷりな女の子、無論他の側室……が来たが、私はどうでも良かった。警戒する侍女を落ち着かせつつ、おざなりに返事をする。

「夫と引き離されれば、当然じゃないかしら。ここはつまらないわ」

 夫たちとは、手紙のやり取りすら許されていない。本当にたまに、会わせてもらえるだけだ。その上、夫たちは警戒した目で、あまり話してくれない。
 
「そんなに望むなら、会わせてあげてもよろしくってよ」

「貴方程度の権力で、そんな事が出来るはずがなくってよ。そうね、精々犬とか罪人でも連れて来て、貴方の夫だなんだと言い張るぐらいかしら。出来るのは」

 その側室はむっとした顔をした後、扇で口元を隠して笑った。

「犬も獣人も変わりませんわ」

「そうね。犬と獣人が変わらないなら、人と猿も変わらないと言う事になるわね。猿を私の部屋に置けば、王子は騙されてくれるかしら? あら、駄目ね。王子は貴方よりもちょっとは人を見る目があるから」

 側室は、扇を叩きつけてくる。私は扇でそれを防御した。

「少しぐらい家柄がいいからって、つけ上がらないで下さる? 魔物姫!」

「魔物?」

 私は眉をひそめて言う。何それ見たい。

「あら、魔物も知りませんのね。お仲間なのに。お可哀そうな頭です事! 迷いの森では、魔物が溢れているそうですわよ」

「つまりは私の所有物ですのね。早く迷いの森に行きたいわ」

「……っ魔物姫! 汚らわしい」

 側室はパタパタと走っていってしまう。しまった、もっと話を聞きだすんだった。
 その夜、王子が訪ねてきた。

「魔物を所有物だと言ってのけたそうだな」

「あそこは私にくれると言って下さいましたわ、ルーファウス殿下」

「……そんなに、俺よりもダークエルフや獣人がいいのか。俺達には、あのエルフの血が混ざっているのだぞ」

「あら、そうでしたの? エルフってあのエルフですの? 素晴らしいわ! 思うに、私は知らされていない事が多すぎでしてよ。女だったらエルフが文句なく一番美しいですが、男ならば断然ダークエルフですわよね。あの美貌! 人間など、比べるべくもないですわ。私はエルフの血が混じっていて良かったけど、王子はダークエルフの血が混じっていたらよろしかったのに」

「減らず口を!」

 王子は私を押し倒す。力では抵抗出来っこないから、じたばたするようなみっともない真似はしない。しょせんこの世は弱肉強食であり、私はか弱い女に過ぎないのである。まあいい。ヒエラルキーの私の下には愛する夫がいるのだから。後でねちねち苛めよう。上の階級に苛められた者が下の階級の者を苛める。世知辛い世の中である。そんな中でも、私の好きなのはピコピコの刑だ。耳をピコピコしまくるのが彼らは苦手なのである。可愛いのに。
 しかし、こいつしょっちゅう私の所に来ているが、いいのだろうか。
 王妃は他国の姫で、プライドが高く、しょっちゅう嫌がらせして来ているらしい。らしい、というのは、私の侍女軍団がそれを許さないからなのだが。
 なんとか、王妃の嫉妬を利用して側室をやめられないだろうか。
 難しい所である。今日は危険日だし、王子が産まれてしまえば私はもう抜け出せなくなる。私はふと思いついて、翌日に王妃の所に向かった。
 王妃は、私を見ると険しい顔をして睨む。
 私は気にせず微笑んだ。

「ねえ、王妃様。子供の作り方をご存知?」

「戯言を……! 私を嘲笑いに来たのかしら?」

「殿方なんて簡単なもの。飛びきりの服で。飛びきりのテクで。たった一日、交わればそれで子供は出来ますわ。ただし、条件がありますの」

 私はにっこりと笑う。
 三ヶ月後、王妃は高らかに妊娠を宣言した。
 そして、妊婦である事を盾に、私を追い出しにかかった。
 魔物姫のせいで、安心して子供が産めない、取って食われるかもしれないと母国に泣きついたのである。
 もちろん、私も王子が選んだ配偶者がいる事をアピールする。
 男は妊婦に弱いものである。私が体調を崩した事もあり、王子は、泣く泣く私を手放した。
 私も妊娠しているけどね! いや、医師を黙らせるのに苦労したした。大金を使ってしまった。王子が何か言いたげな切ない顔をしてたけど無視無視。
 そうして、私は再度牢を訪れた。
 半眼の嫌そうな目を向けて来た族長二人に、私は笑う。

「さあ、お二人とも。しっかりなさって。帰れるわよ」

 あまり目立ちたくないので、私が持ってきたのは幾ばくかの路銀と男物の旅装、族長二人から没収されていた装備と破かれた服に似せた着替えのみである。コルセットが無いのがとっても楽! あれは内臓を圧迫するのである。寿命を縮めるのである。
 新たな領地開拓の為の書類や荷物は、全て後から送られる事となっている。
 他の荷物は三人で買い物をすればいいだろう。
 侍女たちには泣かれたが、私は彼女らを連れて行くつもりはなかった。
 連れて行けば目立つし、魔物のいる森への旅である。巻き込むわけにはいかない。
 決してハネムーンを邪魔されたくなかったわけではないのだ。
 枷を外すと、二人をまず風呂に入れた。侍女軍団の力を借りるのもこれで最後である。
 綺麗になって着替えた二人は、憮然とした顔で私を見た。ちなみに二人とも、耳は隠している。つまらないが、仕方ない。エスニアが、問うてきた。

「何が目的ですか、リーア」

「私、恵まれた生活を送っておりましたの。傅かれ、守られ、何一つ教えられず、世の中の綺麗な事だけ聞いて育ちましたわ。何も考えず、何も出来ず、ただ子を生みさえすればいい。でも、そんな人生、糞食らえだと思いません事?」

「私達の事は暇つぶしですか」

「そうですわ、エスニア様。私、生きる価値も無いと思っていた世界で、ようやく少しは楽しめそうな物を見つけましたのよ。命を掛けて、暇を潰して見せますわ。お二人とも、努々私を殺そうとなさっては駄目よ。貴方方の一族の命は、私が握っているのですから」

「……変わった女だ。俺が怖くないのか」

「ガルディ様、貴方はとてもお可愛らしいわ」

 エスニアとガルディは、声をそろえて変な女だ、と呟いた。
 そして、私達は買い物に出かけた。初めての買い物である。
 私は果物を買い食いし、大満足だった。
 荷物はエスニアとガルディに揃えてもらう。私ごときが準備できるものだと思っていない。そして、私は二人を引っ張って武器屋に寄った。

「武器だと……? お前にか」

「そりゃ、生まれて一度も運動していない体ですが、これから鍛えて見せますわ。何も持っていないよりはマシでしてよ」

 私が買ったのは短剣。これからは料理もしなくてはならないのだし、何かと役に立つだろう。
 私はそれをブンブンと振って二人を慌てさせた。やる気は十分である。
 買い物を済ませた私達は、馬車で迷いの森の近くの村まで向かった。
 そりゃそうだよね、私、馬にも乗れないし、体調が悪かったし、運動をしていなかったから、そんな私に迷いの森までの長距離を歩けと言うのは無理だというものだ。
 馬車の道だって、簡単ではない。ガタガタ揺れるし、堅いのだ。
 しかし、私は自分で言うのもなんだが、よく耐えた。時々吐いたけど。

「迷いの森まで、もうすぐですか……」
 
 エスニアが感慨深そうに言う。
 馬車から降り、私はエスニアの向いている方に目を凝らしてみた。
 ギャアギャアと鳥の無く声。深き森。私は、胸が高鳴るのを感じるのだった。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/30 22:40





 村で休憩をすると、私達は森へと出発した。
 迷いの森に近づいて気が緩んだのか、珍しくエスニアが口を開いた。

「……貴方は、本当に変な方ですね。リーア姫と言えば、遠縁とはいえ王族の血をひき、特別に箱入りで育てられたと聞きました。魔力を持っているのと変わり者であるが故、王妃になる事は出来ませんでしたが、元は王妃候補。なのに貴方は、きちんと路銀と目立たぬ男装の服を持って現れた。野宿にも文句ひとつ言わず、初めて食べるであろう食事に矢継ぎ早に質問をする事はあっても、不味いと言った事はない」

「はっきり仰ったらいかが? 私は何も教えられず育った。ええ、そうですとも。ダークエルフや獣人が本当にいると言う事すら、知りませんでしたわ。私は何も知らず、何も出来ませんわ。それでも、私には羽ばたく想像力と言うものがありましてよ。無知だと言う事は、考えないと言う事ではなくってよ」

 答えつつも、私の心は薔薇色だった。魔力が私にもある!? 嘘でしょう?

「ならば何故、私達を夫として選んだ。同情か?」

「選ぶ余地なんて無くってよ。私が王妃になれば、一生籠の鳥。貴方の妻になれば、女領主。私が王妃になれば、魔力は宝の持ち腐れ。貴方の妻になれば、魔物退治ヒャッホゥ! 王子はエルフの血をひいている癖に普通耳。貴方方の耳はピコピコ」

「今変な事言わなかったか」

「私の喋る言葉に変でない言葉がありまして?」

 ガルディがぷっと吹き、エスニアが呆れた目で私を見る。

「しかし、その封印の腕輪を外さねば、姫は術を使えないぞ。それに、暴走の可能性も……」

「解いて下さいませ。魔力の暴走とやらで死んだらそれはそれですわ」

 私はエスニアに向かって腕輪を差し出した。
 エスニアは大仰なため息をついて、腕輪に腕を重ねた。

「後悔はしないな?」

「そんなもの、私の辞書にはなくってよ。私、自分の思う様に動いていますの。ですから、間違った事をしても、それは私が私として生まれた以上当然の行動にして不可避。それ以外の選択肢は無し。無い道を考えても仕方なし。それが私の信念でしてよ」

「……くっ言いきったな、姫よ」

 ガルディが笑う。それはまるで獣のごとく獰猛な。その笑みに、私は惹かれた。耳をピコりたい。
 エスニアの手が発光し、腕輪がかちゃりと外れた。
 まあ、必要な時が後で来るだろう。私は腕輪を大切に懐にしまった。
 そして、意識を手に集中してみる。何か、手の先が熱くなってきた。熱の流れを意識して、意識的に熱をかき集める。熱い。それを、炎へと変換する。
 炎。魔法の炎だから、吸収するのは周囲の魔力。大きさはマッチくらい。
 私は炎について、漠然とあらゆる知識やイメージを渦巻かせた。しかし、変換できそうで変換できない。私はふと、呟いた。

「メラ」

 それがきっかけだった。ぽっと小さな音を立てて、私の指先で炎が灯った。大きくしすぎないように、消えてしまわない様に。炎は私の手の平の上で、ゆらゆらと不安定に揺れている。

「うおっ!?」

「……今どうやりました?」

 私は、手を握って火を消した。魔力の供給をやめてしまえば、それはすぐに消えてしまう。

「何って、火をつけたのですわ」
 
「熱くないのか!? 手を見せてみろ!」

 ガルディが私の手を見る。そこには短剣を振る毎日の鍛錬の際に出来た肉刺しかなかった。

「自分の炎が熱いなんて事、ありまして?」

 ガルディとエスニアは、呆然と私を見つめる。

「今のは人間の王族に伝わる秘術か何かですか? メラ、とは?」

「今初めて魔法を使いましたわ。メラは、そう言えば火の玉が出るような気がいたしましたの」

 私とエスニアは見つめあう。エスニアの言葉からすると、エスニアから得られる魔術知識に期待はしない方がよさそうだ。火もつけられないなんて! 基本中の基本よね? いやいや、他に面白い魔法があるのかもしれない。何事も、ゲームのようにとは行かないだろう。とりあえず、火炎魔法の第一人者は私がなろう。

「……どうやったか、詳しく教えてもらえるだろうか」

「どうやって歩けるのか教えろと言われましても。魔力を炎に変換して、炎に魔力をくべて燃やすのですわ」

 エスニアは、真剣な目をして自分の指先を見つめ、メラと力を込めて呟いた。その瞬間、エスニアの指が燃えて、エスニアは慌てた。

「あつっ」

 私はエスニアの手を包み、火を消した。

「……」

「……」

 私とエスニアはまたしても見つめあう。

「これでは普通の炎でしてよ。熱いのは当り前ですわ。この炎を使うのでしたら、自分から少し離した位置に着火しなくては。魔力をくべる時も、注意しなくては駄目。魔力を伝って炎がこちらに向かってくるでしょうから」

「姫。貴方は、一体……」

 私は、しばし考えて言った。

「私、ダークエルフ族の上に君臨する自信が、とっても湧いてきましてよ。さ、先を急ぎましょう」

「末恐ろしい才能だな……。だが、獣人族は無理だな。我が部族は力を重視する。しょっちゅうゲーゲーやるような虚弱体質が認められるわけはない」

「私の事は産まれたばかりの赤子とお思いになって。直、狩りや魔物退治などついて行けるようになって見せますわ」

「女は狩りをしない」

 獣人も期待はずれかも。まあ、見た目がいいから許そう。
 私達はついに迷いの森に足を踏み入れた。
 ザザザザザ、と音がして、目が三つある狼が三頭現れた。

「あれは貴方方のペットですの?」

「いや、違うな。魔物だ。下がっていろ」

 ガルディは大剣を振りかざす。エスニアが光の弾を手の平に生みだした。
 つまりあれは敵ですのね?
 私は胸を高鳴らせ、狼に手の平を向け、『ロックオンをして』魔力を集中する。

「ギラ!」

 炎の直線が狼を襲う。それは蛇が絡まるように、狼に着弾すると、狼を火達磨にして燃え続けた。ふふふ、転がっても無駄よ。だってそれは、貴方の魔力を燃料に燃えているんだもの。
 徐々に崩れていく狼。
 私は満足感いっぱいに二人を見た。二人も早々に残りの魔物を片付けたようだった。

「私、ここでやっていく自信が大いにつきましたわ」

 にっこり笑ってみせれば、二人の夫は引き攣った笑みを浮かべてくれる。
 二人は、母国語でやりとりをし始めた。

『おい、こいつマジ何者だよ! 燃えながら転げ回る――をにこやかに眺めるとか、まさか――の再来じゃなかろうな』

『そ……それはさすがに無いかと……――ならば、この森ごと消しさる事が出来るはず』
 
 ふむ、なるほど、なるほど。はっきりと全部の会話はわからないが、私はどうやら偉人に似ているようだ。私が猛勉強して、エルフ語も獣人語も迷いの森の共通語もちょっとだけ齧れる事はまだ内緒にしておこう。魅力的な女には、秘密が必須なのだ。
 私達はまず、ダークエルフの集落へと向かう事にした。ダークエルフの集落の中に、王子が立てた領主の屋敷があるからだ。ちなみに屋敷は無人だ。頼ってくれればいくらでも人材を派遣してやると言っていたが、妊娠している事をばらされたら困るので、出来る限り自分と現地の人間で何とかするつもりだ。
 エスニアはさすがに人気があるらしく、村に近づくと、ダークエルフ達が挙って歓迎をした。
 エスニアが詳しく事情を説明して、私を指し示す。私はにっこり笑って、礼儀正しく挨拶をした。さすがに、視線は厳しい物ばかりだ。
 弓を構えた者もいた。それをエスニアは止める。

『姫を傷つければ帝国がこの森を焼きつくすでしょうが、それ以前にこの姫は得体が知れません。決して敵に回してはいけません』

 まあ、最初の挨拶としては上出来な方か。私は、エスニアの言葉を受け、もう一度礼をした。

「今からここの領主となるリーアですわ。仲良くしてくださいましね」

私達は早速族長のエスニアの家に行き、そこで食事を用意してもらった。
正直言って、もう歩かなくて済むのはありがたい。今日ぐらいはゆっくりしてもいいだろう。
 私はエスニアとガルディに、早速信頼できる警備の者を配備、料理や身の回りの世話をする小間使い、それに頼りになる副官を用意、二人も領主の館に通ってくれるように頼む。

 話に夢中になっている時に、料理が運ばれてきた。毒々しい色をしたうにょうにょ動く芋虫だった。せめて焼いて出しなさいよ。
 仕方ない、自分で焼くか。私は話をしながらフォークで芋虫を突き刺……そうとした所で、エスニアが手を出したので、私はエスニアの手をフォークで刺してしまった。

「あら。エスニア、いきなり何をなさるの?」

「それはレイガスのペットです。誰か、レイガスにこの子を返してあげて下さい」

「まあ……ペットを差し出すしかないほど、この村飢えていまして? 私、領主として頑張らねばなりませんわね。誰か、エスニアの手当てを」

「カルモア虫は糸を取って服にするのです。食べ物ではありません」

 そこへ、食事を運んできたダークエルフの女の子が、うねうねとして大きな白い芋虫を私の前に置いた。

「あら、ごめんなさい。間違えてしまったわ。貴方の食事はこちらよ」

「ミリーナ!」

 エスニアが咎めるが、私はエスニアに聞いた。

「これは食べ物ですの?」

「そうだが、飢饉の時にしか食べない……」

 私は今度こそ、フォークを突き刺す。のたうちまわる虫。
 指でぴっと指差し、炎を出して火で炙る。こんがり焼けた虫を、ふうふうしながら私は食べた。
 ミリーナとか言う女が、口をパクパクさせる。
 私は虫を食べ終わった後、おもむろに宣言した。

「虫一匹では足りませんわ。ここの村は余程貧しいのですわね。一番初めは食糧問題かしら。悪いけど、以前の領主がエスニアで良かったわ。とてつもなく貧しいか、さもなくば愚かな部下しか持たないと言うのなら、これ以上悪くなると言う事はそうそうないもの」

「なんですって!」

 私はミリーナを見据えた。

「私は第一王子殿下ルーファウス・カト・セージズ・ラグランツェ・ラシャル・カザン様から直々に迷いの森の統治を任されし、シェリアコンティエスト卿が娘、リーア・ゼル・ディアス・シェリアコンティエストであるぞ! 迷いの森を焼こうが、そこの原住民を皆殺しにして移民を受け入れようが、私の勝手。それが出来ないと思うな! 最初の十年に限り、軍を借り受ける事も許されている。貴様らは王子の慈悲によって生きていると自覚せよ! 滅びたいと言うなら、今すぐ私の首を切るがいい。すぐさま王子が直々にこの森を死の森に変えるであろう」

「く……っ」

 ミリーナは歯ぎしりする。

「そして、領主たる私には、無礼打ちの権利が与えられている。どう? 今謝れば、許してあげましてよ?」

 実を言うと、そんなに怒ってはいないのだが、こういう事は最初が肝心である。

「な……何が無礼打ちよ!」

 ミリーナは手に光を集める。
 ああそう。私はありったけの魔力を炎へと変える。
 直径が人一人分くらいの火球になってびっくりしたけど、まあいいわ。
 ミリーナが腰を抜かすが、今更許してあげられない。だって、彼女は私を殺そうとしたんだもの。領主暗殺の罪は死罪だ。
 その時、エスニアが頭を地面に擦り付けた。

「姫、ミリーナの教育の責は全て私にあります。どうか……!」

「エスニア、貴方何をしているかわかってる? 領主暗殺をたくらんだ場合、死罪よ。長がその法を曲げるようでは、法律に何の意味も無くなってしまうわ。今貴方は、自分が無能だと示しているのよ。私にしても、こんな前例を残すこと自体、許されないわ。というか、一家皆殺しが決まりなのだけど。ミリーナの家族は?」

「ミリーナの夫は……私です」

 エスニアは押し殺した言葉で言う。え。こんな馬鹿が長の妻なの?
 その場にいる全員が、はらはらした目で私を見つめている。
 このままでは、ミリーナを殺しても、私が族長エスニアのメンツを潰した事になってしまう。私は、悩んで、悩んで……ため息をついた。可愛いダークエルフを殺してしまうのは忍びなくもある。
 炎を消し去り、ミリーナに短剣を抜く。

「今宵、ミリーナは死にました。ここにいるのは私の小間使いの、エルです。もちろん、エスニアとの婚姻関係も無しでしてよ。貴方、子供はいて? 残念だけど、その子については愛人の子と言う事になるわ。親子ともども、私に仕えなさい」

「だ……誰がっ」

「夫とは言え族長に土下座されて、なんとも思わないのかしら? 今の貴方の言動に掛かっているのが自分の命だけではないと、何故わからないのかしら? 誰か、ミリーナの子供を連れて来て」

「そ……それは」

「何をするつもりよ!?」

「さっき言ったでしょう? 一家皆殺しが決まりなのよ」

 ミリーナが、顔色を蒼くして叫んだ。

「やめて!」

「自分の子供がどうかして? 貴方今、一族全てを危険に晒していてよ? エルと言う名を受け入れ、私に忠誠を誓いますの? 誓いませんの?」

 ミリーナは、ついに泣きだした。子供がひっ立てられてくる。

「泣いてごまかすおつもり? いいわ」

 うう、丸々としたダークエルフの子供が、きょとんとした瞳を私に向けてくる。悪いのは貴方のお母さんなの。私じゃないわ。ごめんなさいね。

 そうして私は短剣を振りかざし……。

「やめて! 貴方に仕えるから……やめて」

「お仕えさせて下さい、リーア様、ではなくて?」

「お仕えさせて下さい、リーア様……」

 よし、小間使いゲット。

「手始めに、食事を持ってきなさい。お腹が空いてしまったわ」

 そして私は、簡素なスープと果物を食べた正直、量も大した事無いし、味が薄い。貧しさが伺える。戦争で負けたばっかりの村だから仕方ないか。
 食事に関しては要改善である。どの食材をどう料理すればどうなるのか、さっぱりわからないから、勉強が必要だけど。
 その瞬間から、私を見る視線が、侮り嫌っていた目が、警戒と怯えを含んだ目に変わった。
 ま、初めはこれで良いわ。直に尊敬の眼差しに変えてあげる。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/01 21:11
 領主の館が整った頃、馬車で続々と荷物が届いた。エルとガレナとルナ……ガレナとルナはガルディの妻だ……を指図して、荷物を領主の館に運ぶ。なんと、書類だけでなく、調度品まで一緒に届いた。こればっかりは、王子に感謝する。

「リーア様、本当に誰も王都から来なくて良いのですか?」

「まずは自分でやってみますわ。どうにもならなくなったらお力をお借りしますから、ご安心なさって。でも、初めは上手く行かなくてもお見逃しになってくださるとありがたいわ。殿方でも、新たな領地を統治する際は五年も準備を必要とするとか」

「陛下は十年ほどは目を瞑って下さると仰っています。支度金はここに」

「まあ、こんなに? ありがたいですわ。お待ちになってくださいましね。今、陛下にお礼の手紙を書きますから。エル、お茶をお出しして。私が買ってきた物よ。カップは、もちろん届いたばかりの物をお使いになってね」

 私は手早く深い感謝を書いた手紙を書くと、蝋を垂らし、新しい領主の印を押して使者に渡した。
 使者は、眩しそうに私を見つめる。

「リーア様……良いお顔になられました。この地に来られると言った時は驚きましたが……」

「皆良くしてくれます。私は、やはり安全な籠の鳥よりも、大空を羽ばたく鳥となった方が性に合っているようですわ。もっとも、陛下という親鳥のご加護あってこその空なのですけれど」

 使者が、わかればよろしいと言う顔で頷いた。

「領主と言うのは、大変な仕事ですよ。ご自分が願われて始めたのですから、努々投げ出さぬよう。本当に、教師役すら必要が無いので?」

「どんなふうに大変なのかすら理解出来ぬひよっこですが、頑張りますわ。教師役はおらずとも、全てを書に記したと聞いておりますわ。好き好んで迷いの森に来たいと言う人もおりませんでしょうし……。先ほども申し上げた通り、困った事があればすぐに助けを求めますわ。族長が夫なのでそう困る事は無いと思いたいのですけれど。ただ、どうしても王都への繋ぎが無くなるのが痛い所ですわね。私は領地を離れられないし、教育もまだまだですもの。ねぇ、陛下は三年ほどご無沙汰しても許して下さると思う?」

「男の領主でも、初めは三年ほど領地に引籠りますよ」

「それは良かったわ。ねぇ、この近隣の領主さまのお好きな物も聞いてもよろしいかしら? 初めの挨拶はしっかりしなくては」

「良い心がけですが、その辺の根回しはシェリアコンティエスト卿がなさっていますよ。リーア様は、お手紙を出されるだけでよろしいかと」

「有難いわ。じゃあ、お言葉に甘えましょうかしら」

「ええ、リーア様。貴方がお甘えになるのを皆が待っていますよ」

 そうして私と使者はにこやかに会話を終え、そして私は書斎いっぱいの書物と、仕事部屋に溢れかえった書類を見て回った。まず、この全てに目を通す。
 領主としての手引から、領主の館の備品に至るまで、全てだ。
その後、整理し、勉強と並行して、締め切りの近い書類から片付けていく。
 まずは近隣の領主への手紙だ。
 私はキビキビと動いた。
 もちろん、エスニアとガルディも一緒だ。
 手引きはとてもわかりやすかった。しかも、全てが御父様の手書きだった。私は親不孝者なのに、御父様はどこまでも甘い。
 そして私は頭を抱えた。産業になりそうな物が無いんだもの。税が免除されるのは十年。その後、税金を納めねばならない。もちろん、住人の豊かさ貧しさに税金の重さは左右されるが、それにしたって最低限の額と言う物がある。今のままでは、それが稼げない。
 珍しい果物や薬草はあるが、農園から作らないと、とてもじゃないが生産量が全然足りない。飢饉と言うのも問題だ。農法チートをやろうにも、畑がそもそも無い。木を切りだす所から始めなくてはならないし、あまり木を切って開拓するのは問題だ。ここは魔物の森なのである。あまり生活圏を広げるのも、魔物の生活圏を奪うのも賢くない。仮に農法チートをやろうにも、向こうの株やミツバなどに対応する物を見つけなくてはならないし。もちろん、見た目が対応するのではない。その必要とする栄養価が対応する物でなくてはならないのだ。
 魔法で何か作れないかしら。加工業よ、加工業。
 資源が無いなら、頭脳で何とかするしかないわ。
 小規模農業と製紙業、それを補う植林事業、迷いの森の探索はやる事に決めた。
 製紙業は私の趣味でもある。情報収集機関も作りたい。それから、大きな店を作る。本屋だ。そう、活版印刷を始業する。しかし、お金もうけにはまだ足りない。
 軍の編成も必要だ。どうしたって少数精鋭になる。うー、人員が足りない。
 とりあえず、子作り奨励しましょうか。
 書類を猛然と片付けている間にも、私の腹はどんどん膨れて言った。
 
「姫、そのお腹の子は、やはり……どうして言わなかったのです」

「嫌よ。そしたら宮廷から出られなくなるじゃない。これは貴方達との子よ、エスニア。そういう事にしておいてくれるかしら。大丈夫、子供の年齢をごまかすぐらい楽勝よ。それより、処理しなければならない書類がまだまだあるわ。本当に書いても書いても終わらないわね。困った事だわ」

「せめて、毎日の武術訓練はやめて下さい。お腹の子に障ります」

「わかっているわ。魔力の訓練は大分前に休憩しているし、負担の大きい訓練はやめているわよ。それより、頼んでいた指導係の農民と製紙業の職人は見つかりまして? 木の苗は芽吹きまして?」

「そ、それは見つかりましたが……」

「よろしい。では、小規模農場をスタートさせますわ。その際に切り取った木は製紙業と活版印刷に回して。必ず、一つの木につき二つの苗を程良い場所に植えるんですわよ。カートスもガイズも礼儀作法や勉強を覚えてきたし、御父様の所に勉強に向かわせてもいい頃ですわね。ああ、そろそろ言葉の授業の時間ね。その前にこの書類を片付けないと」

 エスニアは、ため息をつく。

「少し休んでは、という言葉も聞かないのでしょうね」

「もう少しお腹が大きくなったら動けなくなるのですから、今のうちにいろいろやっておかないと」

 というか、優しさと見た目だけの役立たずが休めとか言わないでほしいものである。エスニアがもう少し出来るなら、私は楽をできるのだが。
 これだけ頑張っている私だが、評判は良くない。働き手を奪っているからだ。
 そして、それはこのような村では致命的だ。もちろん、その分の食料は輸入しているが、出来るだけ早く農場を軌道に乗せなければならない。
 魔物の好む果実の木を村と離れた場所に植える作業も進めなくてはならないが、それには危険が伴うし、まだ理解はされていない。子供を産むのが待ち遠しい。
 事業が軌道に乗れば暇もできるだろうし、そうしたら、迷いの森探索に出かけよう。危険な事こそ、私が率先してやらなくては。
 そして、更に数カ月。私は子供を産んだ。全体力を消耗した。
 産んだ子は、男女の双子で耳が長かった。あらー。先祖がえり? ごまかせるかしら。
 なんにせよ、この子達は今の所この領地の跡取りであり、王子に対しての、そして私に対してのジョーカーとなるかもしれない子達である。男の子には、ルース、女の子にはエレーナと名付けた。
 エルフの女の子となれば、将来に期待が高まるのも当然でよね? 精々高値で売り付けるとしよう。
 二、三日寝込む羽目になったが、いつまでも寝てはいられない。
 私は武術鍛錬や魔法の研究、教育を再開した。乳は与えたが、子供をあやすのはエルに任せた。私は忙しいのである。
 そして、その忙しい合間を縫ってガルディを寝室に呼ぶ。

「何か用か? 姫様」

「とりあえず、あの人狼形態とでもいうのかしら? に、変身なさい」

 ガルディは、言われるままに変身した。よし、もっふもふ。それを確認して、私は服を脱いだ。

「な……姫!?」

「いらっしゃい……」

 ガルディは人形態に戻って私を押し倒す。私は耳をピコピコして言った。

「なんで戻るのよ。変身なさい」

「……変態姫め」

 ガルディが熱く囁く。なんというか、背徳的でいい感じだったわ。やはり犯されるなら人狼形態である。こちらから責め立てて泣かせるなら人間形態。ガルディの尻尾は私に掴まれる為にある。
 それから私は二、三日じゃれあった。後、調教を少し。
 これで恐らく妊娠っと。もちろん計画妊娠である。ガルディとエスニアの子は最低限、一人ずつは生むつもりだ。
 子供は最大の手駒である。
 数ヵ月後、私は産気づいた。馬鹿な、早産ですって? 私とした事が、無理をしすぎたようである。出産は大分楽だった。子供はさぞ小さいだろう。
 ガレナが、沈痛な面持ちに、若干の喜びを込めて言った。ガレナにも、嫉妬の気持ちがないわけではない。残念、流産したならまた孕むまでよ。

「残念ですが、お子さんは殺すしかありませんわ」

「見せて頂戴」

 私の手に、ガレナが犬の仔を乗せる。あら犬? まあガルディの仔だから犬か。ぐったりとした子犬は、息をしていなかった。あら、呼吸が出来ない病とでもいうのかしら? ぱっとみ五対満足ね。
 私は、犬の仔に人工呼吸を試みた。息をし始める子犬。私は、オスだと確認してから、自分の胸の所に犬を寄せる。犬はおっぱいを吸い始めた。犬におっぱい吸わせるって斬新だわ―。あとやっぱり背徳的。エロ小説のシュチュエーションとしてありね。活版印刷技術の完成を待ちましょう。古今東西、変わらず売れる本がある。それはエロ本。
 犬の名前は既に決めてある。ケルベロスのケルちゃんだ。私の頼もしい番犬となるのよ?

「これで問題はないわ。ふふふ、可愛いわね」

「……犬ですが」

「犬ね」

「犬ですよ!?」

「それがどうかして?」

 何を当たり前すぎる事を言っているのだろう、ガレナは。ガレナは私が箱入りで何も知らないと言う事を考慮しないから困る。

「犬の仔が生れたら始末するのが掟です!」

 だから説明しなさいよ。なんにせよ、私は自分の手駒を自ら失うつもりはない。

「私はそのような法を制定した覚えはないわ」

「おぞましくないんですか? それとも、犬を息子として育てるおつもり!?」

 あら、人間形態にはならないの? じゃあこの子完全な犬? それでは族長は出来ないだろう。ガルディとはもう一度交わった方がいいかしら。しかし、ガレナは馬鹿にしているのだろうか。犬は犬だ。跡取りとして育てられるわけがない。しかし、思うに普通の犬が産まれてくるとは限らない。少なくとも、寿命、賢さ、強さ、大きさで他の犬に勝る物が産まれてくるはずだ。人語くらい話せるようになるかもしれない。ちょっと待って。それって私が使い魔を持てるようになるって事? そう、魔術師に使い魔はぜひとも必要である。私に傅く使い魔軍団。その上に乗れればなお良し。炎を吐けたら最高ね。それに、むしろ人間の教育より楽かもしれない。楽だろう。ひとまず私だけの軍事力ゲット。犬の姿と高い知能があれば、偵察に非常に便利になる。あら? 良い事だらけじゃない?

「犬を息子扱いするわけがないじゃない。この子は私の使い魔にするわ。うん、いい響きね。気にいったわ。今後、犬の仔が生れたら私に捧げなさい。これが新しい法よ」

「使い魔ってなんなのですか?」

「そうね。私に忠実で普通の犬よりも強く賢い存在って事よ」

「……っ狂っているわ!」

「無礼打ちされたいの? いいわ、ルナに世話を任せるから。ガルディには、子供を殺せば容赦はしないと伝えておいてくださる?」

 夢が広がる一方で、重たい現実がのしかかる。
 そろそろ、私がこの領地に赴いて一年が過ぎる。
 始めた事業は何もかもがまだまだで、出費は嵩むばかりだ。
 それに私は、まだメインの産業を見つける事が出来ていない。税金を稼ぐにはどうすればいいか、考えなくては。
 私は、ため息をつくのだった。





[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/01 23:18
 あれから一年、こちらに来て二年が立った。ケルちゃんには乳兄弟が出来た。領主の館にぽつぽつと小さな子犬が捨てられるようになったのである。
 やはり兄弟がいないと噛む加減がわからないから、私は安堵のため息を吐いた。
 ルナは温厚な性格で、子供達を可愛がってくれている。ふふふわんわんパラダイス。
 エスニアの子は既に生んでいた。これで目標は達した事になる。名前はダーク。真っ黒な髪と真っ黒な肌、真っ黒な目に長い耳。私はダークを見て、非常に満足した。それから、私は少し休む事にした。しょっちゅう妊娠していたのでは、魔物と戦う事が出来ない。そろそろ、迷いの森の探索に行かなくては。
 政治面では、ようやく紙がまともな物を出来るようになり、ようやく活版印刷の下準備もできた。
 ルースやエレーナを育てる時、ダークを生んだ時にエルは悔しそうな顔をしているが、エルの子供に意味ありげに手を伸ばすと黙った。いい加減、諦めてほしいものである。今でも密会を繰り広げているのを私は知っている。無論、私は海のように心が広いから、中間管理職がささやかな癒しを求める事について文句は言わない。ただエスニアを普通じゃ満足できない体にしてエルがドン引きする様を見守るだけである。
 ルースとエレーナは輝かんばかりに可愛らしく成長している。森の妖精そのものである。
 ルースとエレーナが三歳になったら、簡単な仕事……そう、果物採集あたりから任せていこう。十歳の時には有能な僕になっているといい。
 ケルちゃんは既に連れ歩けるようになっていて、狩りの手伝いをしてくれるようになった。
 そして、私は軽い旅支度をして、ケルちゃんと乳兄弟のバルちゃん、マッピング役のセイシーと護衛役のガルーダを連れて出かける事にした。

「本当に行くのですか?」

 エスニアが心配そうに聞き、ケルちゃんが産まれて以来機嫌を損ねているガルディはそっぽを向いて見送りに来ている。

「当たり前じゃない。私は領主だもの。本当は一族をあげてするべきなんでしょうけど、私にはまだ頼りになる手駒がいないものね。二年たつのにまだ火球を出すのが危なっかしいってなんなのかしら。やはり鷹は生まれながらの鷹で、トンビはいくら努力しようとトンビなのね」

 エスニアは、むっとした顔をする。

「自分の力を過信しているようですが、貴方は戦闘訓練をろくに受けていないのですよ」

「ケルちゃんが足止めをしてくれますわ。一年は帰って来ないと思いますけれど、その間に領地を潰さないでくださいましね」

「え、ちょっと待って下さい、一年……!?」
 
 そして私はスタスタと迷いの森の奥まで進んだ。獲物を狩り、果物を取り、木の根を齧って私は進む。途中、ケルちゃんとバルちゃんが歩き疲れて、おぶったり抱っこしたりもした。うーん、サバイバル。そんな事をしている間にも、私は税金の種となる物を探していた。薬草の群生地などは欠かさずメモをさせ、珍しい薬草があれば種を採取する。

「そういえば、ここって蜘蛛が全くいないんですのね」

「この木の葉に触れた水は、蜘蛛の糸の粘着力を無くしてしまいますから」

 はい、ご飯の種ゲットー。布を作って売りましょう。絹よりいい布が出来そうね。

「とりあえず、葉っぱと種を持ち帰るわよ。他にも何かあったら教えて頂戴。なんでもいいわ」

「なんでも……ですか。しかし、ここには何もありませんよ? では、ここで引き返しましょう」

「あら、なぜかしら? 森が開けて、休めそうな良い岩場があるじゃない」

「何故ってドラゴンがいるからに決まっているだろう」

「行きますわよ」

 私は気配を殺して先に進んだ。ケルちゃんとバルちゃんが後からついてくる。セイシーとガルーダは躊躇したが、結局ついてきた。
 見えたのは、正しくドラゴンの集落だった。
 巣の奥に、確かに見える卵。

『エルフの血をひく小娘よ。そこで何をしている』

 ドラゴンが、心に語りかけてくる。知能がある事に驚いたのは一瞬だった。
 うっしゃぁぁぁ! という心の叫びを押し隠し、私は茂みから出て優雅に礼をした。

「ごきげんよう、気高き竜の一族のお方。私、二年ほど前からこの森の領主として君臨しているリーアと申しますの。つまり、貴方方の主ですわ」

 その背に乗って飛べるかもしれないと思うと、私の心は薔薇色だった。

『夢見がちにも程がある。小娘が我らの上に立つと言うか』

 獰猛に笑う気配。

「事実ですわ」

『我ら竜族は強いものにしか従わぬ。勝負してみるか?』

「よろしくってよ。ただし、ここで最も強い竜と一対一ですわ」

『くくっどこまでも愚かよ。良かろう。私がその強い竜、この竜の里の長、グリードよ』

「ごきげんよう、グリード。それでは、行きますわよ」

 私はにっこりと笑い、手の平に精神を集中して、その言葉を吐いた。

「ギラ」

『!!』

 グリードを追い、グリードの魔力を糧にその炎は燃え盛る。
 しかし、グリードは一声吠えて炎を消し飛ばした。私は口に手を当ててまあ、と驚いて見せる。出来るだけ無邪気に。

「見事なお手前ですわ」

『魔力を炎に変換するか! 初めて見たわ! ならば私の炎を受けて見よ!』

 グリードが炎を吐く。私と同じ、魔力の炎。でも、だからこそ。私は竜の魔力の炎を「掴んだ」。強い魔力に、その熱気に、背筋がぞわりとする。私の魔力とグリードの魔力が激しく反応し、混じり合う。たゆたった一瞬、私はきっかけを与えた。

「マヒャド」

 極寒の吹雪がグリードを襲う。

『!? これは一体!?』

 そうね。この辺には雪は降らないものね。トカゲには辛いでしょう?

『無礼な……!』

 グリードの動きが鈍る。私は両手を差し出した。精神を集中すると、手の平の間に紫電。
 それは次第に増幅して行く。
 大きくなっていく力を解放。

「ギガディン!」

 雷がグリードに着弾した瞬間、私は駆け寄り、純粋な魔力で作った槍でグリードを貫こうとする。
 途端、横合いから何かが飛んできて……。

「ママ!」

 ケルちゃんが叫んで、私を突き飛ばしていた。
 ケルちゃんが言葉を……!? ケルちゃんはボールのように弾き飛ばされ、転がった。
 私は、何か……飛んできた小さなドラゴンを見据えた。
 うるうるお目目で超可愛いんですけど。決めた。この子は私のペット。
 使い魔軍団計画は順調に進んでいるようね。

「決闘を邪魔するとは何事か。罰として、私の屋敷で、十年の無料奉仕を命じます」

 そして私はケルちゃんに駆け寄る。ケルちゃんは血を吐いていた。その事に対し、可愛らしいドラゴンに対して怒りを感じると同時に、覚悟していた事だ、と思う。
 正直、実験なんてした事がないのだけれど、それ以外に手がないから。
 私は残りの全魔力を手の平に集め、ゆっくりとケルちゃんに流した。
 私は医師ではない。どう修復すれば治るなんてわからない。でも、生き物の体には予め遺伝子と言う設計図がある。それを開いて、その通りに修復して行けばいいのだ。
 魔法の訓練をしていて、わかった事がある。大切なのはイメージ。
 そう、魔法に不可能など、ありはしない……。
 ケルちゃんの息が穏やかなものとなる。私は私の小さな番犬を、そっと抱き上げた。

「私の勝ちですわ。私に従いなさい」

 グリードはよろりと起き上り、ケルちゃんを見た。

『なんと、その子はお前の仔か。無理やり……と言う事はあるまいな。その腕なら。末恐ろしき小娘よ』

「ええ、そうよ。私の夫は獣人とダークエルフの族長なのですわ」

『ほう、迷いの森の部族の長を夫とするか! ならば、私も夫とせねば不公平だ。そうではないか?』

 意地悪な笑みのイメージが送られて来る。

「そう言われればそうですわね。この森にはあとどんな部族がいますの? ご紹介に預かってもよろしくて?」

『この岩場を進んだ所にドワーフ族が、海に面した場所にマーメイド族がいる』

 私はぐっと拳を握った。ドワーフ。ドワーフってあのドワーフ? 加工業ゲットである。
 魚は精子を卵子にかけて受精するのだが。それに、卵を産めるだろうか? 大きさ的には問題なさそうだが。ああ、マーメイド族なら真珠が取れるだろうか? 珊瑚も確かお金になったはずだ。

『……マーメイド族は人型になれるし、人間の女がドラゴンの卵を産んだ前例はある。無論その時は意に沿わぬ妊娠だったがな。そして真珠と珊瑚は取れるぞ。我の決定なら、ドワーフとマーメイドも従おう』

 よし、問題なし。
 NAISAI、やってみた意外にできるもんじゃない。こんなに順調で良いのかしらおほほほほ。しかもグリード、心を読めるじゃない。これは交渉事に役立つわ―。

『……我の仔を孕む事に問題はないのか?』

 中々に背徳的でよろしいかと。

『くく……はーっははは! エルフの血をひくとはいえ、所詮人間の小娘だな。いや、違うな。夢物語を本当にしかねんその力……。お前には魔王様の面影を感じる。よいよ、従ってやろう!』

 まあ。魔王ってどこに住んでいるのかしら。迷いの森? ならば、その人も私の夫ね。

『はーっははは! 魔王様は身罷られたよ。だが、直復活なさるだろう。今は我らが一族がその居城を守るのみだ。ここの魔物も、元は全て、魔王様が召喚なされた者よ』

「では、その居城を明け渡しなさい。召喚術に関しても学びたいわ」

『……小娘、言ってよい事と悪い事があるぞ』

「この迷いの森の全ての物は私の物でしてよ? 良いも悪いもありませんわ。魔王は私の夫とします」

『命が惜しくないのか、小娘が』

 別に、命などおしくはない。つまらない人生など、生きている価値はないから。大切なのは、一つだけである。それは退屈なのか。退屈でないのか。
 籠の鳥だった前よりは、私は自由だ。だが、全然足りない。全く足りない。人生を謳歌するには、この程度では不十分だ。テレビやネットやゲームと言うのは、それくらい偉大な娯楽だったのだ。
 ドラゴンや魔王と交わる事が、ささやかな退屈しのぎになるなら構わない。
 ドラゴンを乗り物とし、魔物の軍を睥睨すれば、多少は心が晴れるだろう。

『テレビやネットやゲームと言うのはわからんが……途方も無く馬鹿なのか、途方も無く器が広いのか。魔物の軍を睥睨するのが、ささやかな退屈しのぎと言うか? これは……もしや……しかし、魔王様は最初記憶を持たぬと聞く……。むぅ。姫よ、後について来られるがいい』

 そして、私は魔王の居城でグリードと交わった。というかグリードも人型になれたのね、つまらない。
 その後、マーメイドに真珠の養殖の話をつけたり、ドワーフに刀を作らせたりと忙しく働き、領主の館に帰るのは三年後となる。もちろん、セイシーとガルーダは何度も連絡にやらせた。ルースとエレーナの教育に間を開けてしまったのは口惜しいが、ケルちゃんとバルちゃんは人型に変身できるようにもなり、全てが順調と言えるだろう。私は意気揚々と凱旋した。もちろん、新たに生まれた三人の子供プラスグリードの息子のグートつきである。



[15221] 中の人を放っておいて(現実→異世界 TSBL注意)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/04 19:26
 城の片隅の、下々の者の為の教会。

「この結婚に異議のある者は申し出なさい」

 神父様が言うが、誰も名乗り出るはずがない。結婚するのは、物売りの娘と下男。
 物売りは妊娠している。下男……つまり、私の子ではない。何故なら、私は本当は女なのだから。それでも彼女と結婚したのは、それが必要だからだ。彼女は、無理やり城の貴族に孕まされた。このままでは嫁の貰い手がいない。そして、当然ながら私も、子供が出来ない体な上に、言葉が話せないと言う事で嫁の話が来なかった。このご時世、いい年をして独身と言うのは体裁が悪い。ありえないと言ってもいい。
 だから、私達は結婚した。愛はないが、家族にはなれると思う。物売りの娘は、私が喋れないからと言って馬鹿にしたりはしなかった。私達は、普通の人とは違うかもしれないけど、幸せを噛みしめていた。
 
「リーナ、クチナシに愛を誓いますか」

「ちか……」

「その結婚、待った!」

 朗々とした良く通る声。馬に乗ったローブの男が教会に入ってくる。それを追いかけてくる、何頭もの馬。
 花嫁泥棒か!? 隅っことはいえ、この王宮で!?
 私はとっさに物売りの娘、リーナを庇う。
 馬から降りた男は、ローブを取る。美しい男だった。私は思わずそれに目を奪われる。
 美しさからではない。なんでこいつがこんな所に、と目を剥いたのだ。

「クチナシ、俺との事は遊びだったんだな! 結婚だなんてひどいっ」

 そして男は泣きながら崩れ落ちた。

「レフィア王子殿下――!?」

 追いかけてきた騎士が、私と男……王子を交互に見やる。

「深夜の密会……俺に対して強引に迫ってくる奴は初めてだった。この絆は本物だと思っていたのに! そう、あの日君と出会ったのは月夜の晩だった……」

 泣きながら王子が切々と語る。お前は黙れ。空気を読め。
 しかし、私はクチナシなのだ。言葉が喋れるはずもない。蹴ってやりたいが、そうしたら不敬罪で死ねる。
 私はひたすら頭を下げるしかなかった。
 過去の自分を絞め殺したいと思う。夢の世界の中で、王子が私を怒らせるたびに、お前の好きな人の前で俺との事は遊びだったんだなと泣き崩れてやると脅迫したのは私だ。
 ここまでするって事は正体がばれてるな。どうやってごまかすか。何故ばれたんだろう。
 リーナの目がまんまるになる。違う。違うんです。

「ああ、土下座したと言う事は、誠心誠意謝って俺の元に帰ってくると言うのだな!」

 私は凄い勢いで首を横に振る。

「じゃあ、やっぱり俺よりもそこの女がいいと言うのか! 俺との事は遊びだったと言うのか!?」

 首を縦に振ると、遊びを肯定する事になる。
 首を横に振ると、王子とは遊びではない、本気だと言う事になる。どうしろと。
 私は縮こまって土下座を続けた。

「レフィア王子殿下、このような下賤な者が王子殿下に手を!?」

「切って捨ててくれる!」

「やめろ、クチナシは俺の運命の人だ!」

 待てい王子。何故ここまでできる。よっぽど確かな証拠を掴んだか? 私の正体を見破った? 馬鹿な、私は生まれてこの方、真の姿になった事は一度も無い。
 私は、必死で記憶を手繰り寄せた……。






















『なずな、なずな。取引をしないかね。お前は私の夢を叶える。私はお前の夢を叶える。どうだね?』

 夢の中で、老婆は私に囁いた。

『どういうこと?』

『私はお前さんの体が欲しいのさ。お前さんは魔力もあるし、孤独だし、若いし、親の遺産で悠々自適の暮らしをしているからね。憑依するには最高の体なのさ。もちろん、代わりの体は与えよう。この婆の体じゃない。赤子の体さ。そうだ、物を持ちこめるようにもしてやろう。この宝石に、私の家の一つがある。そいつをお前さんにやろう。これから、お前さんは夜の間だけ、この宝石の中に自由に出入りできる。弟子にもしてやろう。お前さんは、魔法が好きだろう? それに、こっちの物を持っていけば、チートとやらも出来るだろうさ』
 
『魔法が使えるようになるの?』

『夜だけね。体の希望はあるかい?』

『うーん、綺麗な人として産まれてみたい。男でもいいかも。ああ、せっかく魔法使いなんだから、いかにもな老婆も捨てがたいわ』

『夜の間なら、もちろん、お前さんは自在に変身できるさ。でも昼になれる姿は一つだけだ』

『じゃあ綺麗な女の人がいいわ。王子に見染められるかも!』

『貴族に浚われて弄ばれるのがオチだと思うがね。私はお前さんに捨て子の身分しかあげられないよ』

『じゃあ、普段は醜い男の姿でいるってのはどう? 童話でそんな話があったわ。あの時は老婆だったけど。そして好きな人の前でだけ、美女になるのよ!』

 老婆は、しばし考えた。

『それはなんとか、可能だよ。ただし、決して喋ってはいけないよ。声で女だとばれてしまうからね。貴族はびっくりするほど横暴なんだ。忠告はしたからね。あくまでも醜い男に変身できるだけで、昼は無力なのだから』

『わかったわ』

『決まりだ。準備期間をやろう。一年だけ。一年が過ぎたら、お前の体は私の物だ』

『わかったわ』

 思うに、随分と安請け合いしたと思う。しかし、夢の中だったのだ。仕方が、なかった。
 翌日、私は赤い宝石を一つ抱いて眠っていた。
 当然私は驚いた。そして、夜になって恐る恐る赤い宝石に触れると、宝石は私を吸い込んだのだ。
 中には、小さな屋敷。
 私は、驚きと喜びと不安に、絶叫した。
 それから、私は必要な物を買う為、老婆が私を乗っ取った後の為、必死でバイトをしまくった。師事、バイト、準備。それはもう大変だった。
 赤ちゃんの時期は、ちょうどいい休憩になった。
 老婆は「作りだした」私の赤ちゃんとしての体を、城の教会に捨ててくれた。
 それから心優しい神父が拾ってくれ、クチナシと名付けられ、絶対に秘密がもれる心配のない手紙の運び手として、私は職を得た。老婆から字は習っていたけど、私は保身の為に、字を読めない振りをした。
 昼は私は何も出来ない。平身低頭して暮らす。でも、夜だけは、私は強力な魔術師である。特に私は、夢を操る事に長けていた。妄想万歳。
 私は、老婆から特別にもう一つ、青い宝石を貰い、そこをお茶会の場所とした。
 『夢』で出来た物と、現実から持ち込んだ物。正しく、虚実を織り交ぜた場所。
 私は産まれてから十年かけて、夢の中でその場所をより居心地のいい場所とした。
 慎重に、慎重に、ばれないように、生まれた世界でもお茶会に置く花や食べ物を集めた。もちろん、老婆から譲り受けた物も多くある。
 夢の中で夢を編み、ファッション雑誌やコスプレ雑誌を見て様々な衣装と「外見変化薬」を作った。
 全ての準備を整えて、私は不思議の国のアリスの兎さんに化けると、「こちら魔物のお茶会」と書いた道案内の札を立てて術を掛けた。
 これで、この立札は私と波長があって、魔力を持っていて、夢を見ている全ての人に見えるようになった。
 これで導かれてきた人は一人ずつ衣装部屋に導かれ、そこでルールの書いてある絵と文字を見る。ルールは簡単。お茶会の中身は他言無用。互いの正体は秘密。それと、楽しむ事! そうして服を剥かれ、驚いた人は自然と服を着ると言うわけだ。
 そして私は、人が来るのを待った。
 最初のお客さんは、泣いている女の子だった。来ている服は一番上等なドレス。

「お嬢さん、何を泣いているのですかな」

 女の子は、私を見て驚く。

「兎さんが喋ってる……!」

「ここは夢の中。なんだってあり得ますとも。ああ、ここでは名乗りは無用。私と貴方。それでいい。あるいは兎さんとかね。さあ、お茶会を始めましょう。お茶はいかが? ケーキはいかがですか? 夢の中ですから、いくら食べても太りませんよ」

「ケーキ……?」

 私はショートケーキを出した。女の子は、それをパクついて目を見開く。

「おいしい……!」

 女の子は目を輝かせる。最初のお客は満足してくれたようだ。
 そうして私達は、お茶会を楽しんだ。
 夢の中の事を覚えている人もいれば、忘れる人もいる。
 女の子は覚えている側だった。
 私は女の子に枕の下に敷けば私のお茶会の会場に来られる招待状を出し、仲良くなった。
 女の子はとても寂しがりで、いい所のお嬢様らしかった。
 初めはお茶会を通して、素敵な旦那様が見つかるといいと思っていたが、お茶会を始めた時には能力の自慢目的に変更になっていた。なんというか……この世界って、男女関係がむちゃくちゃすぎというか、ぶっちゃけ貴族が横暴すぎというかで、王子様と出会ってラブラブという夢は失せていたのだ。しかし、いつも苛められている下っ端としては、雲上の貴族達と対等に、あるいは上に立って会話する事に暗い楽しみを覚えてしまう物なのだ。人に称賛されたり、色々な人と話したりするのは楽しい。夢の中でだけ、女王様、あるいは王様。現実では、とりあえず平和に生きて行けさえすればいい。それだけで満足だった。
 ……しかし、結果的に初めの目論見は成功してしまう事になる。十分すぎるほどに。




[15221] 中の人を放っておいて 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/03 20:29
 夢のお茶会会場で、男がケーキをつまみながら、ふんぞり返って言う。

「おい、魔物。さっさと封神演義とやらの続きを見せろ」

 その向かいで、ダイナマイトバディの女が、くねくね身を捩らせながら言った。

「いやーん。狼ちゃんったら横暴ねぇーん。私は貴方の奴隷じゃな・い・わんv ていうか私の小鳥ちゃんの招待状を奪ったわねぇん?」

「レフィア王子殿下と呼べ。後、いい加減お前の正体を教えろ」

「狼ちゃん、ここでは正体は秘密よんv 妾は夢だから、正体も何もないけどねぇんv」

「お前がこの城にいるらしい事は既につきとめている。俺の命令に逆らうのか?」

「ここの主は妾よぉーんv 無礼なお客は退場願うわぁん」

「なんだと?」

「まあまあ、兄上。魔物殿、お気を鎮めてください。魔物殿が兄上を招待してくれなくなって、あまりにも兄上が沈んでいたので、エレネが招待状を自ら譲ってくれたのです。兄上はこう見えても、貴方と会えるのを心待ちにしているのですよ」

 ふん、とレフィア王子が腕組みをする。

「素直じゃないのねぇん。でも、権力を笠に来てあんまり好き勝手していると、貴方の好きな人の前で、筋骨隆々の大男に化けて俺との事は遊びだったのかって泣きわめいちゃうわよぉん?」

「夢から出られる物なら出て見て頂きたいですね。どうせ、犠牲になるのは兄上なのですし」

「あら、キツネちゃんたら策士ねぇん」

 本日の私の姿は、某悪女だ。ぶりっこしながら、私はため息をついた。
 エレネには新しい招待状を送らねばならないだろう。それと、レフィアが持つ招待状に手を加えなくては。あれはいつでも来られる特別製の招待状であり、レフィアが来ると帰る客がいるのである。
 レフィアは、このお茶会に来る客の正体を探ろうとするし、その姿勢を隠そうとしない。
 しかも、お茶会から締めだすと物凄く荒れる。城中の人間が迷惑を被る。
 全く、頭の痛い事である。
 今後も、王族のみのお茶会は開かねばならないだろう。
 所詮夢の中のお茶会なんだから、普通に楽しめばいいのに。
 王子様への印象はマッハで下落である。こいつら子供の癖に、なんという我儘さ。

「ご令嬢、今宵は僕も楽しみにしていたのです。早く続きを」

「小鹿ちゃんがいうなら仕方ないわねぇん。始まるわよぉん。おいでなさい、小鳥ちゃん?」

 エレネを呼び寄せ、席を勧める。
 そして、スクリーンの中で封神演義(ジャンプ漫画バージョン)が始まる。言葉はもちろん日本語だが、夢の中なので漫画が動いたり、わからない言語が理解できても当然の事。
 王子達は、その名作に見入った。
 本当はエレネの為に上映していたんだけどね。
 初めて来たお客、エレネは下女の産んだ王の娘で、それゆえ宮廷の隅に追いやられている。というか、侍女はともかく、下女に手を出すなんて最低である。
 私はエレネを気にいり、エレネには何かと特別に世話を焼いてやっていた。
 特別にお茶会の間の花壇で花を摘む事を許したのもその一つである。
 他にも、お茶会に来た孤児に本物の食べ物をご馳走したり、教育をしてやったりしている。
 エレネに贈られたと言う事になった珍しい花に宮廷は話題になり、それで王子はエレネがお茶会で私が贔屓にしている姫君と知った。まあ、エレネと親しくしてくれている事は感謝している。
 私はスクリーンを眺めながら、コーラとポテトチップスを摘まんだ。やっぱり映画にはこれよね。
 
「それを寄こせ」

 王子がそれを掻っ攫い、食べる。

「あらん。間接キスね? でもそれ、炭酸よぉん?」

 ムカつきを抑えてからかう様に言うが、王子は無視をしてコーラを飲んだ。少しむせる。

「炭酸とは妙な飲み物だな」

「いらないなら返して下さるぅん?」

「いやだ」

 王子は今度は慎重にコーラを飲んだ。それを羨ましそうに見つめる王子達。
 私は一つ指をパチリと鳴らし、皆の前にコーラとポップコーンを出した。
 変わった味だと言いながら、コーラを飲む王子達。
 エレネも一所懸命飲んでいる。エレネは、私の与えた物をなんでも喜び、喜ぼうとしてくれる。それがいじらしく、可愛らしかった。
 この映画の話も、エレネのお茶会の有用な武器となるだろう。楽しい物語の話は、この世界では贅沢品だから。それが、王子と共通した夢の話となれば、なおさらその価値が出る。
 さて、明日の予定は料理人専門のお茶会だ。明日の姿は何にしよう。今日は女に化けたから、次は男がいい。そうだ、ハンターハンターに出てきた某料理人の豚になろう。
 美味しいもの、盛りだくさんのお茶会に、自然と顔が綻んだ。
 
 


 思えば、あれでも王子達はまだ子供で、可愛いものだったのだ。それを、私は後に思い知る事になる。例えば今。
 結婚式を妨害し、私を無理やり部屋に連れ込んだ王子は、爆笑していた。

「あはははは! 魔物の奴も、面白い事を教えてくれたものだ。皆のあの顔! これで縁談は破談だ! ざまあみろ! お前にはすまない事をした、あの女にはそれなりに金を与えてやろう。その代り、茶番につきあってもらうぞ。これは命令だ。お前、俺に惚れた振りをしろ」

 きっと外で聞き耳を立てているだろう騎士達は、安心したり顔を蒼褪めさせたりしている事だろう。私はその言葉を十二分に考えた。まだ、正体はばれてはいない? ならば、なぜ私を選んだ? 決して油断はするな。私は昼は無力なのだから。
 とりあえず、私は土下座を続けた。それ以外に道はなかった。
 王子は私をマジマジと見る。

「とりあえず、風呂に入って着替えて来い。いや、いい。汚らしい方がよりインパクトがあるからな。とりあえず、お前は俺の傍にいろ」

 汚らしいって。これでも、結婚式の為に身綺麗にしたのに。まあいい。ばれていないと仮定して、とにかくぼろが出ないようにしよう。といっても、それは土下座を続けると言うだけの事なのだけど。
 王子は、綺麗な顔で笑った。

「とりあえず、連れまわすぞ。殺されないよう気をつけろよ」

 さらりと怖い事言うな。
 王子は私の手を引いて部屋を出る。部屋の外に待機していた騎士達が慌ててついてきた。
 それから、私は剣の訓練に、勉強に、お茶会に連れまわされる。
 多分、しかめっ面した近衛兵の吹く顔とか、厳格そうな家庭教師の吹く顔とか、貴婦人の吹く顔を見れるのって最初で最後なんだろうな。
 私は、その人達全てに、申し訳なさそうに頭を下げまくった。
 その後、一日もしない内に、物凄い勢いで私の身辺が調べられた。しかし、怪しい所などあるはずがない。いままで、慎重に、昼は全く気を抜かずに生きてきた。
 私が不能で喋れず、文字も書けないと言う事で、周囲は安心すると同時に困惑した。喋れない、文字も書けないでは問いただす事も出来ないからだ。
 私は終始おどおどした様子を演じ続けたから、巻き込まれただけらしい事もわかってくれるはずだ。そう信じるしかない。
 そう思っていたら、その日の夜には厳格な家庭教師が言った。

「貴方には文字を覚えてもらいます」

 私は凄い勢いで首を振る。頼み込むような動作を繰り返したが、家庭教師は許さなかった。

「貴方にはなんとしても王子との関係を証言してもらわねばなりません」

 あ、やっぱり? しかし、大分手間が掛かるとは思わないのだろうか。それより、文字を徐々に学んでいく振りってどうすれば。次の日には全て忘れた振りをすればいいか?
 すると、王子は私を手招きし、手紙を見せた。

「この通りに書けばいいのだ。短くて簡単であろう?」

『王子を愛しています。どうかお許しを』

 これはちょっと酷いと思うわ。でも、私は文字を知らないはずなので、一所懸命書き写す。へたくそに、へたくそに……。思い出すのよ、字を覚えたばかりの時の事を。この字を文字として見るんじゃない。絵として見るのよ……!
 家庭教師は、怒りのあまり卒倒しそうだ。その時、来客があってレフィア王子殿下が人払いをした。

「何をやっているのですか、兄上。そんな事をして、本当に縁談が破棄されると信じているのですか」

 呆れた声で聞くのは、キツネちゃん事次男のキュルト王子殿下。
 
「向こうは王族にあるまじき事に、恋愛結婚をさせたいらしいからな。ソフィア姫の俺への愛が冷めれば、縁談の破棄もありうるさ。そもそも、まだ正式な話は来ていないのだからな。ソフィア姫の為なら、俺は手段を選ばない」

 キュルト王子殿下はため息をつく。

「ソフィア姫と夢で逢えたら良いのですが。そうすれば、嫁いでも兄上ではなく父上の慰み物になるだけだと伝える事が出来るのに」

 貴族って汚い。というか、他国の姫に対してそんな事が可能ってどういう事? もしかしてこの国って腐っているの?

「魔物の力は借りない。あいつには、汚い所を見せたくない。ソフィア姫にも事情を話せるわけがないし、自然俺が嫌われるしかない。初めて俺を心から想ってくれたソフィア姫を傷つけたくはない。既成事実も作ったし、手紙で精々クチナシへの愛をつづるさ」

 なるほど、そんな事情か。しかし、妨害に選ばれる私は迷惑である。
 でもまあ、縁談が破談になれば自由の身になるだろう。そうしたら、リーナと一緒になろう。しかし、これでますます字を書けなくなった。だって、事情を知ってしまったのである。

「それで、その男、信用出来るのですか?」

「喋れない、文字も書けない男だ。どうにでもなる」

 怖い怖い。どうすればいい? 文字を覚えるべき? 覚えないべき? わからない。
 キュルト王子は出ていき、レフィア王子は私に根気よくラブレターを書かせた。
 夜になっても、王子から離れる事を許されなかったので、私は床に横になった。

「何をしている、服を脱いでこちらへ来い」

 今、なんと仰った。見ると、王子がポンポンとベッドを叩いていらっしゃる。
 私はブンブンと首を振った。

「お前、この俺を嫌がるか。まあいい、当たり前だが何もしない。お前はただ裸で俺の横になっていればいい。俺に触れたら殺すからな」

 なっていればいいって。触れたら殺すって。
 私は顔を真っ赤にして、恐る恐る服を脱いだ。
 そして、ベッドに上がって隅っこで横になる。心臓が早鐘のように鳴る。
 王子は、さっさと眠ってしまった。当然ながら、私は一睡も出来ずにいた。今日のお茶会はキャンセルである。
 朝、侍女が私を見て顔を青ざめさせた。
 震える声で、朝の挨拶をする。
 王子が起きると、それはそれは不機嫌そうな顔をしていた。これはまずい。王子はお茶会が無いと大変不機嫌になるのである。以前約束をキャンセルした時は宮廷が荒れに荒れ、私は怒られた下女の奴辺りで叩かれたりして大変だった。

「と、とと、ところで、お隣の方は……」

「見てわかるだろう。俺の愛しい人だ」

 王子は乱暴に私の頭に手を回し、その手が一瞬強張った。撫でられる頭。引っ張られる後ろの毛。そして王子は私の頭を再度掴む。若干その手が震えている?
 そして、王子は私にキスをした。
 私は王子を突き飛ばさない様に慎重に、しかし力を込めて胸を押す。
 しかし、王子は私を強く抱きこんだ。
 そして、口を開く。

「一緒に風呂に入ろうか。頭を洗ってやろう」

 意味がわからない。
 その後、私は急かすように服を着せられ、浴場へと案内された。
 浴場では、急かすなんてもんじゃなかった。王子はさっさと私の服をはぎ取り、浴場へと引っ張りこんで暴れる私の頭をわしわしと洗った。主に後頭部を。凝視されているような気がする。
 そんなに髪が汚かったんだろうか。
 それから、王子は後ろから私を抱きしめた、強く、強く。そして囁く。

「クチナシ。とりあえず、確定している事が一つある。お前は俺の傍にいるんだ。これは命令だ」

 愉悦、戸惑い、落胆、期待。様々な物が入り混じった声で王子が言う。
 この日、王子の愛人が爆誕した。





[15221] 中の人を放っておいて 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/07 11:22





 夢の中の世界。その時も私は人を招き入れていた。

「そ、そなたは何者だ。余はレフィア王子だぞ。名を名乗れ」

「よお、坊主。なんだ? 俺の名はない。魔物とでも呼べばいいさ」

 私は、某武成王に変化していた。私のお茶会会場に走り込んできた少年は、何かに怯えているようだった。それに、王子と名乗る割には痩せている。

「ま、魔物……!? サ、サフィーが呼んだのか!? 余を怨んで!?」

「お前、そんなに小さいのに怨みを買ったのか?」

「毒見をして、死んだのだ……。余を、余を追いかけてくるのだ……」

 王族って大変ね。私は、レフィア王子を担ぎあげた。そして、王子の夢に入っていく。
 なるほど、確かに王子の夢の中で、無数の手が王子を引き込まんとしていた。
 私は内心キモッと思ったが、王子に笑いかけてやり、大剣で、その手を切り払っていく。
 そして、私が作った夢の花の種をまいた。
 種は、手を養分にして、すくすくと成長し、王子の夢を花畑に変えた。
 王子は、目を丸くする。

「強くなれよ、坊主。狼となれ。そして、次こそお前の守りたいものを守るんだ」

 私は王子を降ろして、頭を撫でる。

「この種は数日、お前の夢を花畑に変える。また、辛くなったら俺の所へ来いよ。さ、要はすんだな。お茶をしよう。アイスって食べた事あるか? ないだろ。頑張って逃げてきたご褒美だ。とびっきりのチョコアイスをご馳走してやるよ」

 王子は、あっけに取られた顔で私を見る。そして、顔を逸らして行った。

「坊主ではない、レフィア王子殿下と呼べ」

 王子は、限りある本物のチョコアイスを思い切りたくさん食べていった。それから、私は王子が現実世界で食べ物を食べる勇気が出るまで、夢の世界で食事をさせてやったものだ。あの時の王子は、偉そうだがもう少し口調が王子様っぽかった。
 そういえば、何故口調が変わったのだろうか?
 ぼんやりと考えている間にも、王子はなんやかやと周囲に指示を出す。
 私達が風呂から出た後、王子は服を取り寄せて私にあれこれ合わせていた。

「よし、着飾っても醜い! そこの奴、俺のクチナシに服を一通り用意してやれ。見苦しくない程度で良い」

 酷い。醜いと言われた事もそうだが、そこには着飾った事で他の者に取られる危惧を端的にあらわしていた。汚いさすが貴族汚い。私、どっからどうみても男なのに。そして相手は第一王子なのに。
 そして王子は寝室に戻る。
 私はあれこれ服を用意された。兵士達はそれを監視しながら噂話する。

「レフィア王子はどうされている?」
 
「ベッドに転がって奇声をあげていらっしゃる……。あれは相当嬉しい時の反応だ」

 マジか。王子がそんなんでいいのか。
 というか、訳がわからない。これも演技なの?
 私とキスしてから、王子の反応が変わった気がする。
 なんなんだろう。まさかホモに目覚めたとか?
 服を合わせていると、王子が飛び込んできた。手には大きな袋を持っている。

「神父の所に行くぞ!」

 私に出来る事は、手を引かれるまま進む事だけだ。
 教会に行くと、私の顔を見て神父様が声をあげた。

「クチナシ! レフィア王子殿下、ご機嫌麗しく……」

「おお、カガ神父! 今日はお前の娘を貰いに来た」

 神父様は戸惑う。

「娘、とは……?」

 すると王子は泣き真似をした。

「さぞ大変だったであろう……! 女を男として育てるのは。なるほど、ここは治安が悪いからな。可愛い娘を心配するのは親として当然のことだ。しかし、それも今日まで。お前の娘は、俺が夫として今日からちゃんと守ってやるからな!」

 そして、神父の手に袋をどさっと持たせた。中身は金貨だった。
 権力って怖い。
 その日の内に、私は「娘」になり、どこだかの伯爵家の養女になったのだった。
 伯爵を騙した時の王子はまるで男優だった。
 
「これだけ醜い男ならば、誰にも奪われる事はないと思ったのだ……。妻は、妻だけは、俺だけの物が欲しい。俺は一見恵まれているが、本当に欲しい物は……うっ」

 しかし良く泣くな王子。あれだけ偉そうなのに。
 伯爵は俺を養女として受け入れる事に決め、その代り、王子にもう少し考える時間を置くように言った。
 ここまで念を入れて騙すとは、よほどそのソフィア姫の事が好きなようである。
 両思いなのに、王族って大変だ。
 教育の無い振りをするのも、徐々に学んでいく振りをするのも難しい。
 どこまで馬鹿な振りをするか、それが問題だ。
 家庭教師が鞭を持ちだして来たので、そこそこ出来る人間を演じるしかなさそうだけど。
 授業が終わると、豪奢なベッドの上に身を投げ出したくなるが、そこはそれ。私は豪奢なベッドなど知らないはずである。仕方なく私は床で眠った。
 夢の中に入ると、私は大いに息をついた。
 今日は孤児達に勉強を教えてやる日である。これは疲れていようと、さぼれなかった。
 王族組も一緒に招待しよう。以前も同じような事があったが、王族組はきちんと生温かい目で見ながらも不干渉を貫いてくれた。
 私は自分の姿を幽遊白書の某狐さん人間バージョンのキグルミを着て、ふかしイモを作ってから、招待状を作動させる。
 最初に来たのはキツネことキュルト王子だった。

「おや? 今日は孤児の授業と一緒ですか」

「ええ、そうですよ。昨日は急用が出来てしまい、すいませんでした」

「全くです。悪いと思うなら、ダッキさんに化けて出て来て下さい」

「あれだと俺に注意が逸れてしまって、授業が上手く出来ないんですよ」

 そして、直に孤児達と上機嫌なレフィア王子殿下、第三王子の小鹿事シスキア、小鳥事エレネがやってくる。
 王族たちは勝手知ったる他人の家で、お茶会の屋敷に入って自分でお茶菓子や私がこの世界でも理解出来そうな物を厳選した本や、ジュースを持ってきた。
 ジュースは意外と人気があるのだ。
 そして、私が自作の教科書を配り、孤児のレベルに沿って勉強を教えているのを、キュルト王子が興味深げに見る。
 
「使い物になりそうな子は出来ましたか」

「代筆屋の職を見つけた子が13人、商人としての働き先を見つけた子が5人、貴族の屋敷の働き手となった子が3人いますよ」

 私は誇らしそうに告げて、子供の授業を続ける。
 キュルトは子供と何度か会話し、特にできる子に何かの約束を取り付けていた。
 こういう事は初めてではない。他の貴族のお茶会と授業がブッキングした時も、良くできる子は引き抜かれていった。貴族の屋敷の働き手のなった三人の子がそれだ。
 私はそれを見守り、ガン見してくるレフィア王子をスル―した。
 勉強が終わると、本物のふかしイモを配ってやる。子供達は、はふはふとそれを食べた。毎日お茶会に招待してあげられないのは申し訳ないが、材料もそんなにないし、私は慈善家ではないのである。

「そんなに不躾に見つめては失礼よ、お兄様」

 エレナが小首を傾げて言う。

「いや、魔物はやはり女に違いないと思ってな」

 どことなく誇らしげな声。王子は本当にわからない。一つわかる事は、ばれてはいないと言う事だ。私を魔物と見破ったなら、男と言うはずだから。と言う事はやはりあれか、レフィア王子は変態だったのか。それとも、常に監視されているが故の演技か。ならば、大声で悪戯だったと笑ったあれはなんだ。わからない。
 そして実に残念だが、私の外見は男だから付きあうとかありえない。

「まあ、魔物様は男性ですわ」

 残念だが、私の中身は女だから付きあうとかありえない。

「賭けますか」

 キュルト王子が楽しそうに言う。
 しかし、レフィア王子は首を振った。

「いや、いい。俺は魔物の性別がどちらでも、受け入れよう。もちろん、女だと思うが」

「私も男性の方がいいけど、どちらでも受け入れましてよ」

 頷くエレネ。

「僕も、どちらでもいいね」

 肩を竦めるシスキア。

「おや、掛けるのは私一人ですか」

「何を掛けるつもりですか?」

 私の質問に、キュルト王子はにっこりと笑って言った。

「ご令嬢が女である事に残りの人生全て」

 キュルト王子怖い。

「俺が女に見えると?」

 片眉をあげて見せれば、キュルト王子は柔らかく微笑んで私の手にキスをしてきた。

「私にはわかります。ご令嬢は絶世の美女です」

 確かに美女だけど。そんなに期待されても困るのである。私の本当の姿を見る事が出来るのは、私が好きになった人だけだ。今の所、そんな人はいない。男として暮らしていると、男に幻滅する事は多い。なんというか、裏側は見るもんじゃないのである。
 時間が訪れ、お茶会が終わって私は目を覚ました。空はまだ暗い。
 でも、侍女は起こしに来ていた。どれだけスパルタ教育するつもりなんだか。侍女が、床で寝ている私に驚き、声をあげる。
 侍女に小言を言われながら、私はぺこぺこと頭を下げ、教育を受けた。
 意外だが、伯爵は男としての教育も、女としての教育も両方受けさせてくれた。王子に騙される所と言い、本当に人がいい。
 杖術などの護身術は軽く習っていたし、特訓もしていたけれど、本格的にプロから指示を得られるのはありがたい。もちろん、中身は女だから力も体力も無くて、出来ない演技も相まってため息をつかれてばかりだけど。
 レフィア王子は、そんな私を楽しそうに眺め、そして時々頭に手を添えて、後頭部の真ん中辺の後ろの髪をちょこっと引っ張る。
 美しい男が醜い男にそんな真似をやってのける様はどう見ても異様です。
 その上、質問やらなんやら浴びせかけてくる。
 正直、頭がパンクしそうだった。素直に答えるのは愚の骨頂。常にクチナシとして考え、行動しなくてはならない。成長する振りをしなくてはいけない。しかし、出来過ぎたら更に面倒な事に巻き込まれる気がする。
 お茶会では、何も変わりがないような演技。
 綱渡りをするような生活。
 けど、それはまだマシだったのだと思い知る事になる。キュルト王子が訪れたのは、一ヶ月後だった。



[15221] 中の人を放っておいて 4話(15禁)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/07 11:23
「あらぁん。泣いてる子が良く来るわねぇん。坊やはどうしたのぉん?」

 それも仕方ないか。魔物のお茶会なんぞと書かれている場所に、普通の状況で来る訳がない。この子も、何かに追われて逃げてきたのだろう。
 可愛らしい男の子が、泣くのを堪えて、それでも泣きながら現れた。

「その方には関係ない」

 この子も王族だろうか。私は、本物のココアを入れて、一口飲んで王子に渡した。
 これで体が温まる事だろう。一口飲んだのは毒見だ。レフィア王子が毒見に怯えていたのを、私は覚えていた。

「関係あるわぁん。ここに来た以上、貴方は私のお客様ですものぉん。妾は魔物。現実は変えられないけど、望む夢を見せてあげてもよろしくってよぉん。さ、そのココアをお飲みなさいぃん」

 男の子がココアを飲み干す。その時、私は指を鳴らした。
 そして、男の子が呟いた。

「皆、滅べばよいのだ」

 私は、にっこりと笑う。

「それが願いねぇん?」

 私がぱちっと指を鳴らすと、お茶会の会場が掻き消えた。
 現れるのは、裸にされて縛られた貴婦人達。
 そして、蛇で埋められた蠇盆。
 最後に、頭を下げる美貌の執事軍団。某悪女は自らの手を汚さないのだ。

「ご命令を、魔物様」

「蠇盆よぉんっ!」

 執事軍団は、貴婦人を蠇盆に蹴り落とした。
 僅かに目を見開く男の子。
 駆けだし、蛇の海に呑み込まれ、悲鳴をあげる貴婦人達を見る。
 震え、自らを抱きしめながら、男の子は言った。

「……やめ……いや、もっと……もっと!」

 大分溜まっていたようである。こういう発散の仕方は教育に良くないかな―と思ったが、今の私は某悪女。やっちゃえやっちゃえ。どうせ今は泡沫の夢なのだから。

「炮烙よぉん!」

 文官達が、執事達に無理やり熱く熱した鉄柱に抱きつかされる。

「酒池肉林よぉん!」

 そして場面はお茶会に戻る。ただし、お茶会の周囲は酒の泉。
 それを囲む陸には、武器を奪われた騎士達が虎に襲われている。
 私は、お茶会の席に座り、にっこりと男の子に笑って言った。

「さ、ケーキでも食べましょうぅん?」

 執事がお茶を入れてくれる。
 放心して、男の子は椅子に座った。そして、ケーキを食べる。

「……甘い」

「気は晴れたぁん? 明日から、また戦う準備は出来ましてぇん?」
 
「戦う……そうか、戦うか……。戦って、よいのだろうか」

「食われるだけの人生など、真っ平でしょう? 心配ありません。今は敗北ばかりでも、貴方はいずれは大人になるのですから。強くおなりなさい」

 執事に不敵に笑わせてみせれば、こくりと男の子は頷いた。

「そうねぇん。妾、強かな人間が好きよぉん。頑張ってねぇん?」

男の子はキュルトと名乗った。やっぱり王族か。キュルト王子は漫画に興味を示していた。男の子らしく秘密部隊とか、忍者とか、そういった物に興味をしめすキュルト王子が可愛かった。授業もどきを楽しみ、インテリぶるさまが可愛かった。
しかし、思えばあの時から、腹グロ王子の片鱗があったのかもしれない。
ヘビメタとか好きだし。








 護衛を連れたキュルト王子の顔は、にこやかだった。大きくなった王子は、その瞳に見せかけでない知性を宿していた。
 しかし、私は心底怯えた振りをしながら、土下座をしていた。いや、事実怯えていたが、それ以上に自分に腹が立っていた。
 私は、王子達の事をそれでも信じていたのだ。奴らは、貴族の筆頭なのに。
 王子の後ろには、裸で首輪に繋がれ、虚ろな顔をしたリーナと、唸る大きな犬がいた。

「クチナシさん、貴方、頭がいい事と戦い方を覚えている事を隠していましたね? カルーデン伯爵家を甘く見ていましたね。ささやかなトラップを仕掛けてみたら、見事引っかかったらしいじゃないですか。どうやって兄上に取り入りましたか? ああ、そうだ。貴方のお嫁さんのリーナさんですが、夫がいないのは可哀想なので私からちょうどいい夫を見つけてあげましたよ。私の犬と番えるなんて、名誉でしょう? もちろん、貴方にはもっと素敵なオプションを用意しています」

 騎士が私の体を押さえつけ、王子が私の後頭部を踏みにじった。

「ん……?」

 王子は、足を退け、私の後頭部を乱暴にかき回し、後頭部の中央のあたりの髪を引っ張った。

「…………」

 キュルト王子は、私の頭から土を払い、ごほんと咳払いした。

「リーナを、助けたいですか?」

 私の耳に熱く囁く王子。私は頷く。対する要求は、雇い主の情報を吐く事だろう。そんなもの存在しない。どうする。

「ならば、私の妻になりなさい」

 思考が停止する。

「キュ、キュルト王子殿下?」

 騎士が戸惑った声をあげる。
 キュルト王子は一人、納得したように頷く。

「失策は取り戻せませんが、レイプから始まる恋もあります」

 ねぇよ。

「とりあえず、私の寝室に来なさい。大丈夫、私のフィルターは醜男も美女にしてみます」

 そんなフィルターいらない。
 私は地面に頭を擦り付けて首を振った。

「何をしている! キュルト! 俺のクチナシに何をするつもりだ」

「スパイ容疑が掛かっていたので尋問中です。それに、クチナシはもう既に私の物ですが。というかですね。酷いですよ、兄上。何も教えてくれないものだから、クチナシに嫌われるような事をしてしまいました」

「クチナシがお前の物とはどういう事だ!」

「婚約者の解放と引き換えに私の嫁になる契約を結びました」

「本当か、クチナシ!?」

 え。これって首を縦に振ったら私がドナドナ、横に振ったらリーナがドナドナ?
 私は土下座した状態で縮こまった。

「キュルト王子殿下! この者のスパイ容疑は……」

「ああ、それはもう、どうでもよろしい。そうだクチナシ、食事をご一緒しませんか? 貴方には私の好物の味を残らず覚えてほしい。あ、それと、下手に無能の振りをしても逆効果ですよ。それと、リーナが可愛ければ二度と土下座などしないように」

「待て、キュルト!」

 私はキュルトに引きずり立たされ、屋敷に連れて行かれ、歓待を受けた。
 歴戦で表情を変えるのもお手の者のはずの侍女や執事達が何で!? という顔をしている。私にもなんでかわからんよ。誰かヘルプミー。あ、リーナは解放されました。 
 なんか私を見る目がね、嫉妬じゃないのよ。混乱と珍獣を見る目なのよ。
 どうしてくれよう、この変態王子ども。
 と言いつつも、昼の私の出来る事など何もない。土下座して嵐が過ぎ去るのを待つと言う事すら奪われ、どうすればいいって言うの。
 そんな中でも、夢の中のお茶会は通常運行だ。
 ばれたら困るので、キュルト王子への態度を変えたりはしない。あれ? 唯一の私の楽園、夢の時間まで大変になってきましたよ? まあ、王族とのお茶会の時だけなんだけど。
 その後、私は、エレネのお茶会へと招待された。
 エレネは、厳しい顔で私を見つめている。

「貴方がお兄様達の可愛い方ですのね。とてもそうは思えませんけど」

 エレネは、カップに視線を寄こした。

「お茶を下さる?」

 ……エレネもまた、私を試している。しかし、下手に無能を演じると逆効果と言うのはキュルト王子に指摘されたばかりだ。
 私は、普通に紅茶を注いだ。大丈夫、エレネは、私のオアシスエレネは、裏なんて持っていない……はずだ。
 エレネは、私がお茶を入れているのを見ると、眉を寄せた。
 そして、あれを取って、これをして、とあれこれ命令をしてくる。
 その内に、次第に態度が柔らかくなってきた。
 お茶会が終わると、エレネは私を傍に呼んで人払いさせた。
 エレネは、私の耳に囁く。

「魔物様ですの?」

 私の心臓は跳ねる。身振りで私だとわかるとは、さすがエレネ。私は首を振るが、エレネは、私を撫でまわし始めた。

「やはり、魔物様は男でしたのね……? でも、このようなお姿だったなんてちょっと意外ですわ……?」

 違うって言ったでしょ。

 しばらくエレネが私を撫でまわした後、ちょっと気付いてクスリと笑った。

「魔物様、化ける時にファスナーの取っ手が後頭部に残ってしまう事に気付いてらっしゃらなかったの? 降ろしてもよろしくて? あら堅い。降ろせないわ。ねえ、魔物様。これ、開けて下さらない? お兄様達には内緒にするから」

 なんですとー!?
 そして、エレネも私の婚約者を主張し始めるのに時間はかからなかった。




[15221] 中の人を放っておいて 5話(15禁)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/10 07:58

「夢の君。ようやく会えました」

 その子供は、小鹿のような瞳で私を見下ろした。

「まぁぁ。良くいらっしゃいました。お茶はいかが? ケーキはいかが?」

 私は饅頭のようなデブくてちんまいお姫様に変化して、テテテ、と走ってお茶とケーキを持っていく。

「貴方は兄上の願いを叶えたと聞きました。私の願いを叶えてくれますか?」

「貴方の願いは何かしら?」

 負けずにキラキラした瞳で問いかけると、小鹿さんは言った。

「貴方に母上になってほしい。優しい声を掛けてほしい」

「私は貴方のお母様の顔を知らなくってよ」

「いいのです。貴方の考える王妃で」

 この子も王族か。王妃と言う事は、正妃の子の第三王子だろう。一瞬、考える振りをして、私は美貌のエルフへと変身した。服は白のドレスで、出来るだけ神聖な様子を見せる。

「よく来ました、我が子よ。息災でしたか?」

 小鹿ちゃんを優しく抱きしめると、小鹿ちゃんは抱きついて来て言った。

「貴方こそ、我が母。今、決めました。だから、あの女は僕の母なんかじゃない」

 そうして、小鹿ちゃんは私の胸に顔を埋め、少し泣いた。
 王族って大変なんだな。人事のように、私は考えていた。
 



 まさか、人事じゃなくなる時が来るとは……。
 もうすぐ、王族を集めてのお茶会の日だ。私は頭を抱えていた。一応、今の所知らぬ存ぜぬを貫き通している。が、エレナが懐くのは夢の君しかいないと言う事でシスキアも加わり、四人が代わる代わる私を訪れて、勉強する様を眺めたりお茶をしたりするのだ。
 伯爵などは目を白黒させている。戸惑いがちに、貢物などが届き始めた。
 もう、ここは駄目かも知れん。私は伯爵に頼み、他国の事を教えてもらう事にした。無論、移住する為だ。リーナの事は凄く可哀想に思う。けれども、私は善人ではない。
 リーナの身と自分の身、どちらが大切かと問われれば、私は迷わず自分を選ぶ。
 しかし、伯爵の言によると、どこも治安が悪いのは同じらしい。
 すると、王城に潜り込めている今の方が安全なのか。身分証明の無い状態では、どうしたって苦戦する。チートをしようと思えばいくらでも出来ると思うけど、それはそのまま昼の自分を危機に陥れる事になる。
 私の昼の弱さは筋金入りだ。調べた結果、私は昼、ファスナーに触れない事がわかった。触れるのは夜だけ。魔法のファスナーを見、触れるだけの魔力が昼にはないのだ。
 暗くなれば早々に寝てしまうから、今まで気付かなかったのだ。
 ああ、お茶会の時間が始まる。私はため息をついて、ベッドに入った。

「クチナシ、今日は随分と変わった服装だな」

 レフィア王子が呆れた声で私を見る。今までは知らない振りをしてくれたけど、互いにばれたと知った今、レフィア王子に遠慮はない。鶴の私は、ばさり、と一つ羽ばたいていった。

「正体がばれた魔物は、鶴になって飛び立たなければならないのよ」

 場の空気が、ざわり、と変わった。四人とも笑顔だけど、めちゃくちゃ怖い。
 それでも私は、勇気を振り絞る。

「まあ、冗談なのだけど。私が操れるのは夢だけだからね。本体を飛ばす事は出来ないわ」

「良かった。伯爵から他国に興味を示していると聞いて不安だったんだ」

 シスキアがほっとして笑い、キュルト王子は難しい顔をした。

「本当に操れるのが夢だけとは限りませんよ? 事実、本体は姿を変える術を使っているわけですし」

「クチナシ様……とりあえずお脱ぎになって?」

 本体確保した途端、強気だなおい。エレネまで。

「本体の姿は、私ですら知らないわ。夢は不定形な物。案外、開けたら空かもね。さて、今から皆さんに取引です」

「取引?」

「お茶会の回数を増やす代わりに、本体を解放してくれる? 飽きた振りして放り出してくれるだけでいいから。そしたら、私は掃除夫にでもなって平穏に暮らせばいいし」

 そこで、キュルトはため息をついた。

「本当にそれで済むと考えているのですか。私の草が何人刺客を撃退したと思っているのです」

 何それこわい。

「貴方は、諦めて私の妻となればいいのです」

 キュルトが私の頭を撫でる。鶴に色仕掛けとは、本当にキュルトのフィルターは優秀なようである。

「別に、妻と言うのは形だけの物だから大丈夫ですよ」

「どういう事? 小鹿さん」

 シスキアは、悲しそうな顔をして言った。

「王族と言うのは、案外恵まれていない物なのです。守れるのは、正室一人がどうにか守れるかどうか。だから、早く正室としてしまいたいのですよ。夢の君を守る為に」

 王族とは大変なものである。しかし、無関係だった方が安全だったのではなかろうか。

「私は真実、妻にしたいと思っていますがね」

 そしてキュルト王子は私を抱き寄せる。

「中身が男でも構わないと?」

 牽制として私が言うと、キュルト王子は笑った。

「貴方は間違いなく女性ですよ」

「エロ話した事無いしね。……それとも、ここで女性のどこが素晴らしいか語って頂けますか?」

 レフィア王子も面白そうな顔をした。むむ。ここを誤ると、なんていうか負けな気がする。

「私はむっつりスケベだし、三次元に興味ないからそんな事を人と話さないだけよ。でも証拠ならあるわ。ほら」

 私は翼を広げ、エロ本とエロゲをバサバサと落として見せた。ゲームの使い方は夢なので不思議とわかるようになっている。夢の翻訳力パネェ。エログッズについて集めていたのは簡単だ。エロを餌にチートが出来ると思い込んでいたから。嘘。ちょっと興味があったから。
 それにしても、我ながらうまいごまかし方だ。ついでに王子達が二次元萌えになってくれれば私が安全になると言う特典が!
 王子達はパラパラと本を読み、揃って前かがみになった。
 レフィア王子が言う。

「つ、つまりこの本の山とゲームの山はお前の趣味だ、と?」

「なら男同士だったとしても問題ないですね!」

 BL本を持ってシスキアが言う。し、しまったぁぁぁ!

「女同士でも問題ありませんわね」

 エレナがNL本を持って言う。更にしまったぁぁぁ!

「大丈夫、私は貴方の趣味についていってみせましょう。幸いこのような生物の生息地を知っています。ふふふ、私の拷問の幅が増えました」

 触手本を持って言うな、キュルト王子。えっと、あれ、自爆した?

「えっと、フィクションと現実の違いは知っているよね? それ、現実でやったら犯罪だからね。ドン引きだからね。二次元だからいいんだからねっ」

「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ」

 この後、私は思い知る事になる。フィクションと同じ事を出来る王子達の権力マジパネェ、と。
 私が彼らに与えてしまった知識は、爛れきった貴族の世界でかなりのアドバンテージを与える事になる。



[15221] モンハンもの(現実→異世界モンハンクロス)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/15 08:29
気が付いたら真っ裸でジャングルの中に倒れてました。ガッデム。
 
「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 私は必死で走って爬虫類っぽい肉食獣らしき物から逃げる。増えてる増えてる増えてるぅぅ!
 見上げるような崖まで追い詰められ、私はとっさに石を拾って投げた。

「いやぁぁぁぁ! ……え?」

 肉食獣っぽい生き物が、吹き飛んだ。
 頭のどこかで何かが鳴り、レベルアップする。
 私は、必死で石を拾っては投げて応戦する。
 動くものが私だけになった時、私が泣きながら肉食獣の死体に気がつくと、何故かその解体方法がわかった。どの部分が、何と混ぜれば、何になるかも。
 これって、まさか、もしかして……。

「モンハンの世界!?」
 
 どうしよう、モンハンなんて二次小説を読むばっかりでやった事無いよ!
 ああ、昨日遅くまでモンハン小説見て寝ちゃったから、夢でも見てるんだろうか?
 だからってこれは酷い。酷いよ。
 私は頬を引っ張ってみた。痛い。夢じゃない。
 私は泣く泣くモンスターを解体する。
 解体には、石でモンスターの爪をちぎり取り、その爪を使ってやった。
 とにもかくにも、私は毛皮と言う服と肉と言う食料を手に入れたのだった。
 それから、私のサバイバルが始まった。蔦で編んだ鞄を持って、私は出掛ける。手に取った物が食べられるかどうかの詳細がわかるのが救いだ。
 私は洞窟を拠点とし(そこに住んでいた獣はぶっ殺した)、素材集めをしながら必死で周囲を探索し、地図を描いた。
 そして、ついに町を見つけたのだ! 村を通りこして、いきなり町! やった!
 物々しい城壁のその場所に行くと、兵士が訝しげな顔で私の事をじろじろと見た。

「なんだ、その服は」

 毛皮と蔦で作った服である。奇妙なのは理解している。とりあえず、相手の言葉は異国の言葉だが意味は通じる……どころか、喋れそうだ。うん、行ける。

「泉で体を清めている間に盗みにあってしまって、ありあわせの物で服を作ったのです」
 
「なんと。それは災難だったな。むしろ、女の身で良く無事であった。見ない顔だが、この町に親戚でも?」

「いえ、旅をしている最中の事でして……路銀も取られてしまったので、肉や毛皮を持って参りました。ここで代わりの服が買えると良いのですが」

「ふむ……案内してやろうか? 丁度交代の時間だからな」

「お願いします」

 私が深々と頭を下げると、兵士の人はこほんと咳払いをした。

「よろしい。では、着替えてくるから待て」

 兵士の人は着替えてくる。ふむふむ。これがここら辺の服か。剣は腰に下げたままだな。

「それで、お前は何者だ?」

「ハンター……なのかなぁ……多分」

「随分とあいまいだな。まあ、そのパンパンの鞄を見れば狩が出来るのだろう事はわかるが」

「あはは……早く正式なハンターにならないと、と思います。この町で職と住む場所が見つかれば、と」

「しかし、驚いたな。女の狩人か。ここは物資が常に不足しているから、狩人は歓迎されるだろう」

「本当ですか? 嬉しい」

 そうこうしていると、質屋についた。
 早速、私は肉に皮に薬草に、と並べていく。
 すると、すぐに驚愕の目で見られた。

「これは、魔物の森にしか生えない薬草じゃないか! それにこれはランディアの毛皮!」

「あ、あそこ魔物の森って言うんですか? いや、道理でいっぱいモンスターがいたなと……」

「お前、凄いじゃないか!」

 兵士の人も目を丸くした。
 そこで私はにっこりと笑う。

「じゃあ、高く買い取ってくれますね! 良かった、最低でも馬車一台分とその中身分は買い物が必要だったもの」

 いっぱいの銀貨と引き換えてもらった私は、ついでにそれを入れる布の袋も貰い、ホクホク顔で出ていった。
 
「兵士さん、服を選んでもらえますか?」

「ま、まあ良いだろう。乗りかかった船だ」

 そこでようやく私は服を手に入れた。まあ、変じゃない、かな……。少なくとも前の服よりは大分マシな事は確かである。
 しかし、買い物するのは良いが、それから後の荷物をどうしよう。
 ここに住むにしても、小金を持った程度のよそ者がすぐに家を見つけられるとは思わない。
 まずは、宿と馬車を探そう。それとギルドだ。
 私は、一通りの店を見て回った。
 そして、最後に見た場所は冒険者ギルドだった。

「冒険者、ギルド……? ハンターギルドじゃなくて……?」

「ここはお前には用が無い場所だな。女は冒険者にはなれん」

「うそ!?」

 ここって、モンスターハンターの世界じゃないのだろうか?
 これは、慎重に動かないといけないかも?
 とりあえず私は、馬車を得る事にした。
 馬車と言うより、竜車かな? とかげっぽい生き物の引く車だ。
 出来あがるのに、二、三日かかると言う。
 私は兵士に礼を言い、食事をご馳走して別れた。
 そして、その日は眠り、次の日から片っ端から買い物をしていく。
 必要な物は山ほどあった。もう髑髏を鍋代わりにするのはごめんである。
 随分高価だから一つしか買えなかったが、移動石も買った。
 これを使えば、任意の場所に移動できるのだと言う。
 買い物ついでに、お昼には毎日兵士の詰め所に行って、差し入れをする代わりに色々冒険者の話を聞いた。
 直接冒険者に話を聞けばいいじゃないと言うなかれ。冒険者の酒場は冒険者以外立ち入り禁止なのだ。入る事が出来る女は娼婦だけである。
 狩人の集まりにでも出て見たが、上手く馴染めなかった。これからも質屋を利用するのが上策だろう。
 最後の日、出立の時に、初めにあって町を案内してくれた兵士さんが駆けよって来た。

「おーい、ルイ! 喜べ、元冒険者の人がお前さんと話してもいいそうだ。前から話を聞きたがっていたろ?」

 少年を連れた、初老の男性が、こちらを見て笑って手を振り、私はそれに破顔した。

「本当にお嬢さんが、カズリスレオの毛皮とキエラ草を取ったのかね」

「ええ、多分。名前は良く知らないけど。ベースキャンプの近くに生えているわ」

 初老の男性は、そうかそうかと頷いた。

「私はボーリスという。これは弟子のシェンドだ。実は、キエラ草の在り処を教えてほしくてね。それと、ベースキャンプを使わせてもらえると嬉しい」

「私はルイよ。キエラ草って特殊なんでしょ? それ相応のお代は貰うわよ。ま、ベースキャンプは好きに使っていいけどね」

「お嬢さんは冒険者に興味があるのだろう? シェンドの使い魔召喚を見せてやろう」

「それ、私にもやらせてよ。それと、移動中に冒険の事を色々教えて。後、キエラ草を取りつくしては駄目。それだったら契約を成立させてもいいわ」

 シェンドが、声をあげる。

「女が、何言ってんだ!」

「お前はカズリスレオを一頭でも倒せるのか、シェンド?」

 その言葉に、シェンドは黙った。

「良かろう、契約は成立だ」

 そして、私達は竜車を引き、進んだ。
 シェンドは、頬を引き攣らせる。

「おい、お前、どこに行くつもりだ?」

 それに、ボーリスはため息をついた。

「わからんか、シェンド。キエラ草は、魔物の森にしか生息しない」

「私が守ってあげるわよ」

「だ、誰がお前なんかに!」

 そのシェンドの言葉は、森に入って一時間で覆された。
 私は新しく手に入れた剣で、思い切り猿っぽい生き物を突き刺して、短剣でせっせと解体していた。獣の牙や爪や石で応戦していたころに比べれば、随分と楽である。
 もちろん、工房も作るつもりだ。その為の材料は買ってきた。銀貨は全て使ってしまったけれど、一番良さそうな毛皮と草と干し肉をありったけ持っていっただけあって、ずいぶんな金になった物である。

「おおお、お前、女だろ」

 シェンドはひとしきり泣き叫び、漏らし、吐いた後にそう言った。お前は言う事はそれだけか。ボーリスは竜車を抑えていてくれたんだぞ。
 
「これ、今日の食事なんだけど。食べられないならあんたは携帯食でも齧ってなさい」

 ボーリスが、たらりと汗を流した。ボーリスもまた、こいつの肉を食べるのは嫌なようである。私もあんまり好きじゃない。不味いから。でも、仕方ないじゃない。
 私は手に入れた火打ち石で火をつける。うう、文明って素晴らしい。例えへぼい物でも。
 寝ずの番は私とボーリスが交代でして、ようやくベースキャンプの場所までついた。
大きな大樹の洞は大人が三人は入れるほどで、その前の広場に焚火の跡。
 もちろん、大樹の洞は枝で他の生き物が入って来ないよう封じてある。
 私はその枝を取り除き、中を覗いた。
 中には、大きな木の実をくりぬいて乾かし、蔦で縛った私の鞄がいくつもある。

「この実の中の物なら、自由に使っていいから。ただし、遠慮してよ? 予備の分は絶対に使わないで。命にかかわるなら、話は別だけどね。川は向こう。水は飲めるわ。実の中に何が入っているか聞く?」

「ぜひとも、頼む」

 私は実の中に何が入っているか説明した。

「実につけられた印がわかる? これが干し肉、これが木の実、これが傷薬、これが解毒薬、これが解熱剤。効果は期待しないでね」

「う、うむ。薬は少し貰っていってもいいかな?」

「出来るだけ、使う分だけにしてね。じゃ、薬草のある場所に案内するわ。本当にすぐよ」

 場所を確認すると、ボーリスは満足そうに頷いた。

「用はすんだわけだけど。ここから帰れる?」

「位置さえ覚えてしまえば、転移呪文が使えるからの。ただ、ここでは召喚の儀を行うには心もとない。ベースキャンプとは、もっとしっかりした物を想像していたのだ。安心して術が行える場所はないだろうか?」

「位置さえ覚えれば転移呪文が出来るって教えといて、乙女の住処を教えろって?」

 私が肩を竦めると、ボーリスはニコリと笑った。

「お望みなら、私達の住む場所も教えますが」

「師匠!」

 相変わらず、シェイドはうるさい。

「そう。私達、今から友達って事?」

「お許しいただけるなら。ルイ殿」

 そうして、ボーリスは私に向かって転移石の埋め込まれた腕輪を差し出して来た。

「通行証のような物です。何かあったらおいで下さい」

 私はそれを受け取る。少し考えてから、踵を返した。

「ついていらっしゃい」

 ここまで来ると、さすがにシェイドもモンスターに慣れて来て、炎や氷で敵を攻撃する。羨ましい事である。しかし、直観的に私はそのような事が出来ないと知っていた。羨ましい事である。
 魔術師と言うのは資質のある者が、神々と契約をして術を行うものだそうだ。
 きっと私ごときが出来るものではないのだ。
 私は洞窟へと案内する。ボーリスは興味深げに色々と眺めまわしていた。
 私が馬車から荷を下ろすのを手伝おうともしない。シェイドもだ。頼りにならない男共である。
 そして、その夜。ボーリスはようやく、シェイドの使い魔の儀を見せてくれた。
描かれた魔法陣の中央で、祈るシェイド。
そして、シェイドは言った。

「来い……来い、ラルシェンド!」

 現れたのは、傷を負った虎。私達は、慌ててそれを治療した。
 召喚は失敗かと思っていたけど、シェイドとボーリスはとても喜んでいた。
 そっか。あれで成功なのか。
 そして私は契約について聞く。召喚は何度でも出来るけど、契約はただ一人としか出来ないうえ、契約を結んでいる間は召喚は出来ないらしい。ただし、契約は破棄できる。
 送り返す事も出来ると。
 私は召喚術について習った後、召喚をしてみる。祈ると、響く声。

『いやー。送る世界間違えちゃったよ。まあ、いーや。俺の加護は届いているみたいだし、後はネコバァの所に回線つなげりゃ問題なしだろ。あ、お前に弟子を取る事を許す。祈って額にキスすればシステムに組み込めるから。それまで使えた呪文は召喚呪文以外使えなくなるがなー』

 ……はい? なんですと? 私は動揺するが、老女の声が聞こえて来て気を取り直す。

『……お前さんは誰だい?』

「ルイです」

 それから、私は心を開いて、全ての記憶を解放し、使い魔が欲しいのだと訴えた。
 相手は若干動揺する様子を見せた。
 報酬は、と聞かれたので、私は素材をありったけ魔法陣に放り込んだ。
 そして、向こうはそれに納得してくれたらしく、一日お待ちなさいと言われた。
そして魔法陣の上で眠る事一日、一匹の猫が現れた。
 これはもしやアイルー!? ……が、三匹……!?
 何故だろう。ネコとネコ耳をした男にしか見えない。どちらかが偽物? どっちが偽物? それとも、アイルーは人間に変身するんだろうか?
 三人とも、荷物をたくさん持っている。

「長期契約のアーノルドですニャ。姐さん、よろしくニャ」

「短期契約のソルトだ……ニャ。よろしく頼む……ニャ」

「ソルト付きのアイルーのアーサーニャ」

「初めまして、アーノルド、ソルト。私はルイよ。よろしくね」

 シェイドは、胡乱な眼で私を見た。

「一日掛かった割に、随分よわっちそうな使い魔と人間かよ。どいつと契約するんだ?」

「いいの。アイルーはとっても頼りになる仲間なんだから。契約はしないわ。そうすると行き来する召喚術が使えなくなるし」

「おうよ。俺は頼りになるぜ……ニャ。」

準備は万端。さ、まずは洞窟を居心地のいい家へと作り変えてしまいましょうか。
 私はにっこりとほほ笑むのだった。



[15221] 死神に墓はない(現実→異世界BLネタあり) ~他のカムフラージュはなかったのか小一時間問い詰めたい~
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/28 22:59
 俺は、唐突に着せ替え人形になっている事に気付いた。
 先ほどからいくつもの服を老人に代わる代わる着せられている。
 今着せられているのは、真っ黒で動きやすそうな、着物のような服。俺は、一体何をしているんだ?
 ここは、一体……。そうだ、俺は病院に行く途中で、雷に撃たれた……のか……。
 
「あ、正気に戻ったかの? じゃあ、事情を説明するの。それと、死神装束はこれが一番似合うのう。これをやろう」

 頭に指を突っ込まれ、情報が流れ込む。それは、知っていたかの如く。
 目の前にいるのは、異世界の神。世界を作ったのはいいが、悪霊と言う物が現れ始めて困っている。そこで、この世界の漫画を参考に、ソウルソサエティを作り、死神を配し、悪霊の浄化をやらせたい。その為に、特殊な霊力と漫画の知識のある俺が選ばれた。
 代償は、事故で病院に入院した兄さんを助ける事。
 後は、受けるか受けないか。受けないならば、俺はこのまま死んで、兄も助からず、輪廻の輪に戻されるだけ。こんなの、受けるしかないじゃないか。ずるいと思う気持ちと、兄を救ってくれた感謝が交差する。チート機能を持たされた転生に対して、夢を持っていないと言ったら嘘になる。
 それでも、死んでしまった事が寂しかった。涙がぽたぽたと落ちる。
 
「受けてくれるようで何よりじゃ。ほらほら、泣かんでくれぃ。辛いことばかりではなかろうて」

 老人がタオルを寄こしてくれる。俺がそれで涙を拭いた次の瞬間、俺は胎児となって思考する力すら失っていた。
 そして、俺十歳である。ようやく思考力も霊力もついてきて、まともに活動できるようになった。
 俺の転生先は、結構大きい領の息子。名前はカイルで、黒髪で目つきが悪く陰気くさい、小さいながらもいかにも悪人げな男の子だった。
 ちょっとハーレムを期待していた俺はがっかりしなかったと言えば嘘になる。
 とにかく、まず、俺が行った事は、ソウルソサエティへ行く事だった。
 体を抜け出し、ゲートを作り、ソウルソサエティへ。これぐらいは事前知識で出来る。
 ソウルソサエティへ行った俺は、目を見開き、呆然とした。
 真っ白な空間。しかもなんか悪霊がちらほら飛んでる。

「更地ですらねーじぇねーか! ソウルソサエティを作るったって、限度があるだろう!」

 死神版シムシティ、始まります。
 はっ意識を飛ばしている場合じゃない。
 俺の霊能力は創造だ。それを神様からパワーアップしてもらい、いわゆるチート状態となっている。その上、その能力がソウルソサエティでは強化される。俺がソウルソサエティを作るんだ! ……挫けてもいいですか? だって、地面と壁の創造から始まるんだぜ……?
 一日に出来る創造にも限度があるし、これから楽しい土木工事が始まりそうだ……。
 あ、悪霊の悪さ? もちろんスル―してますよ。今の俺じゃなーーーーーーんにも出来ないもん。自慢じゃないが、俺の戦闘力は高くないのだ。
 地面を作るのに、一年掛かった。無駄に馬鹿広いっつの、ここ。
 悪霊から守る壁とトラップを作るのに、一年掛かった。無駄に馬鹿広いっつの、ここ。
 隅っこに屋敷を作るのに、二年掛かった。そこそこ立派な物を求めたからな。執務室執務室。一応、住む部屋もある。
 そして武器と死神お役立ち道具の作成で一年。死神にする力を与える能力は神様に貰ってあるから、それを武器に付与してみた。
 とりあえず、死神を集める準備は整った!
 後はスカウトだけだ!
 あ、俺はしょっちゅう体から抜け出ているので、有能だけど病弱で、その割に人の弱みとか知ってる怖い奴で通ってます。弱み? 霊体でストーカーして握りましたが何か?
 早速護衛を引き連れて、町に繰り出して、霊力の高いのを探す俺。
 むむっあそこでカッパライをやっている赤い髪の青年、霊力が強い!

「おい、あいつを捕まえろ!」

 俺が命じると、素早く護衛が動いて青年を捕えた。

「は、放せ!」

 青年は暴れるが、護衛はプロだ。そんな事ではびくともしない。

「縛りあげて屋敷に連れていくぞ。怪我はさせるなよ」

「は……。しかし、一体何故ですか?」

 まさか死神にするとは言えないし、こんな平民を使えるからと連れて帰ったら頭がおかしいと思われる。それに、やらせる事は死神としての仕事だから、寝てばかりとなる。昼寝王国の建設要員……いや、そんな素晴らしい王国、入りたいと言う人が殺到するかもしれない。頭がおかしいと思われず、自然で、誰もが納得する方法……えっと、えっと……そうだ!

「この者に伽を申しつける!」

 完璧なカモフラージュだ!

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 おお、青年が暴れる暴れる。
 
「にいちゃーん!」

 おお、泣きながらちっさい子達が駆けてきた。この子達には霊力がないから用はないな。兄を思う気持ち、俺には痛いほどよくわかる。それゆえに、人質としての価値も痛いほどよくわかる。
 ごめんよ。子供達。洗脳したら返すから―。

「あの子供達が心配じゃないのか?」

 そういうと、青年はぴたりと動きを止めた。よしよし、いい子だ。
 俺は首尾よく青年を連れ帰り、客間の一つに放り込んだ。青年は泥だらけだったから、シーツが汚れてしまった。俺はベッドの隅に青年を押しやると、頭がぼんやりして眠くなる薬を青年に嗅がせた。

「くそっ卑怯者! 変態! はな……くぅ」

 動かなくなる青年。俺は隣で眠って、霊体だけ抜け出して、ぼんやりして夢と現の区別がつかなくなった青年から霊体だけ起こした。

『う、うわぁぁぁぁぁ! 俺にさわ……な、なんだこれ!? 俺が寝てる!?』

『あー、襲わないから安心しろ。まず名前を聞かせてもらおう』

『なんだこれなんだこれなんだこれ』

 俺はとりあえず、ぱにくる青年に斬魂刀を突きつけて黙らせる。

『名前を聞かせろ』

『ザ、ザイル……』

 俺はそれを聞き、悪役っぽく笑って刀を振りあげた。その剣は過たずザイルの心臓を突き、俺はそれに力を注ぐ。ザイルの服が、みるみる死神装束へと変わっていく。

『ザイル。お前はこれから死神……わかりやすく言えば、俺の部下になるんだ。来い』

 ゲートを開き、屋敷へと連れ行く。
 ザイルの悲鳴が、周囲に響いた。
 ソウルソサエティへと来たザイルは、目を丸くして屋敷と周囲を見つめた。

『この世界には、悪霊と言う輪廻転生の輪から外れた者がいる。わかりやすく言うと、死んだ人間が化け物になるって事だ。それを浄化して、また赤ちゃんとして生まれてこられるようにするのが、俺達死神の仕事だ。ここはソウルソサエティ。死神の国だ。まあ、今は俺とお前しかいないがな』

『な……なんで俺が!』

『お前、その年でカッパライとか恥ずかしくないのか。子供達の世話もしないといけないんじゃないか?』

 青年は、言葉に詰まり、下を向く。

『俺の部下になれば、孤児院を設立して、お前らの事、助けてやるよ。ここら辺は孤児院が少なすぎるからな。人助けをして、家族を救えて、これから毎日三食食えるんだ。いい話だろう?』

 ザイルは、決意を込めて顔をあげた。

『やるよ、その仕事。どうすればいい?』

『簡単さ。体を抜け出して、毎日この町を巡回して、倒せそうな化け物を倒して腕をあげる。勉強もおいおいしてもらうがな、無理はしないでいい。俺達の死は魂の消滅だからな。あ、死んだら死因は腹上死って処理になるから』

『なんでだ―!』

『嫌なら死ぬなよー』

 そうして俺の仲間集めが始まったのだった。




[15221] 死神に墓はない 2話 ~他に言いようはなかったのか常考~
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/28 23:00
『ねえ殿下、聞こえるんでしょう? 殿下、殿下、殿下、殿下、殿下、殿下、殿下……』

 血だらけのメイドが、延々と囁き続けて、僕、ミュリアスは死んだ目をして蹲った。慣れたからと言って、平気になったわけではない。
 地面から生えた手にがんじがらめにされた足は、全く動く気配がない。
 この世はまるで地獄だった。自分は頭がおかしいのだと思い続けていた。彼に会うまでは。
 カイル・ルカ・コンティエスト伯爵。悪い噂の付きまとう人物だ。若くして領地を継いだ天才だが、体が弱く、人の弱みを握る事に長け、無理やりに平民をハーレムに入れ、何人も閨で死なせているという。城の出仕の際にも数人の平民を連れて来て、その上王都でも一人、それも下級貴族の四男を無理やり捕まえたと言うのだから恐れ入る。
 舞踏会で見た彼は、なるほど陰気な顔に黒で固めた服装の、いかにも暗い男だった。
 彼は、僕を見て一瞬目を見開いた。
 そして、僕の方へ寄ってきて、話しかけてきた。

「やあやあ、ミュリアス殿下。ミュリアス殿下は、武術はお好きでしょうか? 私は最近、剣術に凝っていましてな。やあ、とう、ほっ」

 カイル伯爵が剣を振るう真似をする。
 突然、カイル伯爵の手から、変わった剣が出て僕は腰を抜かしそうになった。
 大丈夫、人の手から剣が出るはずはない。これは厳格だ。それでも、怖かった。
 剣は、僕にすり寄る半透明の人々を、僕の足に絡みついた手を、僕に絡みつく手を次々に切り裂いていく。
 全部切り裂かれて、すっと体が楽になった僕は、腰を抜かしていた。椅子に座っていたから、気付かれなかったけど。

「そうそう、私は最近、絵に目覚めたのですよ。ミュリアス殿下もおひとついかがですか?」

 渡された紙片には、見たことも無い、ミミズがのたくったような、それなのにどこか美しいと感じるものだった。ただ、一つ確かな事がある。これ、文字だ。

「では、第一王子へのご挨拶も済んだし、レナ姫に挨拶をしたら私は子猫ちゃん達と大切な用事があるので、そろそろ帰ります」

 そうして、慌ただしくカイル伯爵は出ていってしまった。あんな幻覚は初めてだった。
 すぐに、他の異変に気付いた。半透明の人達が、僕に近付けないでいるのだ。ちょうど球体の見えない壁があるかのように。
 その原因が、カイル伯爵にあるのは明らかなように見えた。それはすぐに確信となる。
 隣の国から来たレナ姫も僕と同じように半透明の人に囲まれていたのだが、カイル伯爵は同じようにしたのだ。僕の時と同じように、レナ姫の周囲からは半透明の人が消えた。
 僕は、どうしても気になって、父上に頼んで明日面会の予定を入れてもらった。
 もらった紙をしまおうとした時、半透明の人を遠ざけているのが紙であると判明して、僕は大切に懐に入れた。
 その日の夜だった。
 真っ黒でゆったりとしたガウンのような服を着た赤毛の男に顔を覗きこまれて、僕は内心驚いた。もちろん、驚きは顔に出さない。気付かない振りをすれば、助かる事もたまにあるのだ。僕は何事も無い振りをして、水差しの水を飲んで横になる。眠れないと言う様に、ただ偶然そちらに目を向けたと言う様に。

『ザイル。ミュリアス王子殿下に失礼だぞ』

『へいへい、作陛下。どうせ見えないからいーじゃねーか』

 それは、先ほど聞いたカイル伯爵の声。それに、赤毛の男が返事をして、僕から離れて歩いて行く。
 カイル伯爵もまた、ザイルと同じような服装をしていた。二人とも、変わった剣を持っている。
 ごく普通の服を着た半透明の男が、カイル伯爵の横で所在なさげにしていた。

『っかし、ほんっとーにハーレム以外のごまかしようはなかったのか?』

『あんまり文句言うと、やってる演技させるぞ。最近怪しまれてるし』

『ごめんなさいすみませんもう言いません』

 平謝りするザイル。
カイル伯爵が、厳しい目で扉を見据えて言った。

『来るぞ』

 とたんにザイルの様子が代わり、扉に向かって剣を構えた。

『作陛下は下がっていてくれ』

 ザイルの言葉に従い、カイル伯爵はザイルの後ろ、僕の前に立つ。
 そして、半透明の人達が扉を通りぬけて押し寄せてくるのを見て、僕は危うく声が漏れそうになった。
 半透明の男は、悲鳴をあげて腰を抜かしている。
 ザイルがそれを一気に切り払う。
 刀から火が出て、それは透明な人達を燃やして行った。
 それでも突破して来た人を、カイル伯爵が切っていく。
 透明な人達の後ろから、髪の長い女の人と男の人が駆けてきた。

『すっごい大漁でしょう、作陛下ぁん。褒めて褒めてぇん』

『まだまだいますよ。今晩中に一掃できるでしょうか? おや、サキュ。腰を抜かしてしまったのですか。それでも騎士志望だったのですか』

 半透明の男、サキュを見て、髪の長い男の人が言う。無論、半透明の他の人を切りながら。

『だ、誰が! わ、わかった。私も死神となって、ミュリアス殿下をお守りしよう。カイル伯爵のハーレムに入れてくれ』

『良い覚悟だ』

 カイル伯爵が、懐から使っていたのと違う剣を出して、サキュの胸を刺す。
 すると剣が消えて、代わりにサキュの服が変わり、いつの間にかサキュは新たな剣を持っていた。カイル伯爵が刺した剣とは、デザインが違っている。とても細い剣だった。

『たっよりなさそうな斬魂刀ねぇん? 見た所、ミュリアス殿下の方がよーーーっぽど強い霊力を持っていそうだけどぉん?』

『レイピアと言う。戦う姿がとても美しい剣だ。それに、ミュリアス殿下が体から離れて寝てばかりでは示しがつかんだろう。王族を危険に晒すわけにもいかない。仲間に引き込む事は出来んよ。では、私はミュリアス王子をお守りしているから、お前達はこの王宮の悪霊を片っ端から倒してきなさい。それと、サキュだけだとなんだ、部屋で眠る言い訳が出来ないから、ミラールに調教してもらってる事にしろ』

『あら、私も王都に残るのぉん? よろしくね、サキュちゃん。で、レナ様はどうするのぉん』

『他に、他にカムフラージュの方法はないのですか!』

『あれは他国の姫だからな。俺には守ってやる事は出来ん。精々札を渡す位だ』

 血の涙を流すサキュ。僕は、なんでもないように寝がえりをうち、ぎゅっと毛布を握った。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。
 僕の瞳には、彼らはとても格好良く見えた。悪霊。斬魂刀。死神。作陛下。カムフラージュ。きっとカイル伯爵は本当は死神って人達の国の王様なんだ。
 悪霊って言うのが半透明の人達で、カイル伯爵はそれを退治しているんだ。
 僕が強い霊力を持っている? 霊力ってきっと、あの不思議な剣を出す力なんだ。僕が強い……。今まで、ずっと気が狂っていると思われて、僕もそう思っていて、何も出来なくて……。そんな僕が強い? 足も動かないのに? 信じられない……。
 カイル伯爵達は、真夜中まで悪霊を追いかけていたが、朝が来ると体に帰らないと、と言って行ってしまった。結局一睡も出来なくて、僕はぼんやりする頭で起き上り、メイドに顔を洗うのを手伝ってもらう。
 その後、服を着て、目が覚めてくると胸の高まりが抑えきれなくなった。
 何より、今日は体が軽いのだ。僕は、もう足が自由に動く事に遅まきながら気付いた。
 そろりと歩いてみる。歩けた! まだ危なっかしいけど、歩ける!

「王子が、ミュリアス王子が歩かれた! 医師を、医師を!」

 メイドが叫ぶが、構うものか。僕は、必死でカイル伯爵の元に駆けだしていた。
 同じように、レナ姫も駆けていた。競争するように、カイル伯爵の元に行く。
 警備兵を突破して部屋を開けると、慌てて身支度を整えているカイル伯爵と、寝ぼけ眼のミラール、サキュ、ザイル、そして名前のわからない髪の長い男がいた。

「ミュ、ミュリアス王子殿下!」

 サキュが慌てて平伏する。

「せめて服を着替える時間ぐらいくれませんかな?」

 そこで、僕は勇気を出して叫んだ。

「僕をカイル伯爵のハーレムに入れてほしい」

「私をハーレムに入れなさい!」

 僕とレナ姫は、驚いて互いの顔を見た。

「剣で刺される覚悟もある!」

「剣で刺される覚悟もありますわ!」

 再度、互いに顔を見る。
 警備兵達は何故かぶるぶると震えていた。

「カ、カカッカイル伯爵が第一王子と隣国の第二王女に手を!?」

「待て、誤解だ!」

「誤解ではない、初めて見た時から気になっていた。それが昨夜、カイル伯爵の秘め事を見て心を奪われてしまったんだ。僕もあれがしたい。本気なんだ!」

「私もですわ! 貴方が手に入らないなら、せめて私の騎士に貴方のテクを!」

「ミュリアス殿下―!? レナ姫―!? お気を確かに―――――――!」

 大騒ぎになりました。
 でも僕は頑張った。頑張ってついに父上にカイル伯爵と友達になる事を認めてもらったんだ!
 そして、僕は姫の騎士達と共にカイル伯爵の寝室へと招かれた。
 カイル伯爵は、盛大にため息を吐く。

「やれやれ、仕方ありませんな……」

 伯爵がコトリと香を机の上に置く。
 
「これは特殊な香です。さ、ベッドに並んで眠って下さい」

 騎士達がびくりと、それはもう大きく震えた。
 僕はドキドキとしながらベッドの上に行く。
 カイル伯爵が最後にベッドに横になった。

「や……優しくしてくれ」

 カイル伯爵は頭を押さえて、言った。

「ご期待には沿えないと思いますが」

 騎士達は姫の為姫の為と呟きながらガタガタブルブルとしている。
 そしてカイル伯爵が眠り、僕も香の香りを嗅ぐうち、次第にボーっとして来た。
 そこで、僕は起こされる。すぐに、僕の体が半透明になっている事に気付いた。
 カイル伯爵は騎士達を起こして行く。しかし、彼らも半透明で起き上って来ていた。
 体はベッドに置き去りだ。騎士達は、かなり驚いたようだった。

『全てを知っているようですから、遠慮はしません。行きます、ミュリアス殿下』

 そうして、カイル伯爵は懐から出した剣を僕に突き立てる。湧きあがる、力。何か、胸が熱くなって、その熱が右手へと伝わり、剣が僕の手から出てきた。でかい、でかいでかい剣。
 カイル伯爵はびっくりして言った。

『こんな斬魂刀は初めて見ます……。なんと、大きい……』

『どどど、どういう事だ!』

 そして、カイル伯爵は話してくれた。悪霊を退治している事。死神の国を作っている事。自分は作帝と名乗っていると言う事。
 騎士はそれを聞いて、心底安心した様子で、次に真剣な顔で力を受け入れた。
 それから僕達は、町へ降りて町の悪霊を狩った。
 何もかもが初めての経験だった。空を駆けるなんて事、死神でもなければ出来っこない。
 僕が死神業にのめり込むのは、あまりにも当然だった。



[15221] 死神に墓はない 3話 ~外聞とは投げ捨てるもの~
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/29 20:08
 ミュリアス王子殿下は、こう言ってはなんだが、変な方だ。
 王子はたまに何もない場所を見ていらっしゃる事があるし、健康なはずなのに長い事歩けなかった。
 そして、王子の幻覚は移るとのもっぱらの噂である。私も、ここだけの話、よく幻覚を見た事があった。それゆえ、第一王子に関わらず、王子の周辺に人は少ない。
 今は、違う意味で変だ。それはカイル伯爵の毒牙にかかってから顕著になったように思う。下級貴族の、それも四男のサキュをお引き立てになり、日夜部屋に籠っていらっしゃる。交わっているわけではない。ただ、寝ているだけだ。
 陛下がカイル伯爵との親交をお認めになったのは、それがある。カイル伯爵はハーレムを作り、メンバーと部屋に籠りはするが、ただ寝ているだけだと知っているからだ。
 最も、寝ている間に部屋を覗いたり部屋に入ったりすると凄まじい怒りを買うとの話だが。
 しかし、カイル伯爵が言い張る腹上死……ようするに不審死が起きている事も確かだ。
 カイル伯爵には闇が付きまとう。大きな闇が。
 王子とレナ姫の騎士もまた、ハーレムを作り始めていたのが、私には酷く気にかかった。
 レナ姫が騎士と寝ていると言うのはもっぱらの噂である。
 ミュリアス王子としょっちゅう手紙を交換しておられるし、両方とも傷がある者同士と言う事で、政略結婚が推し進められつつあるのが気にかかる。
 それでも、私はミュリアス王子のお目付け役である。私には、王子にお仕えする義務があるのだ。

「僕、歩けるようになったけど病み上がりだから無理をするわけにはいかないと思うんだ! 重い物を持つなんてもってのほか。よって! 僕は! サキュと! 空気剣で剣術の練習をする! ちなみに設定は大剣とレイピア!」

 例え、王子が、わけのわからない事を言い出したとしても。

「それは無茶だと思います、ミュリアス王子……」

 サキュも、汗を掻いている。

「問答無用! ていっ」

 王子は、何かを大きく振りまわす真似をする。その演技は堂に入っている。
 具体的に言うと、うっすら剣が見える位。
 私は目を擦った。

「どうした、ジグフェルト」

「いえ、王子の演技力が上手くて剣がうっすら見えるな、と……」

 王子に問われて、私が答えると、何故か王子とサキュが慌てた。

「王子! 陰! 陰を!」

「う、うむ」

 陰とはなんだ? とにかく、王子が頷くと、剣はすっと見えなくなった。やはりあれは幻覚だったのだろう。何合か空気剣で二人が切り結ぶうち、王子がサキュに向かって何かを振りかぶる動作をすると同時に、サキュがふっ飛ばされた。

「え?」

「さささ、さすがはサキュ! 自ら後ろにジャンプするとは、切られる演技が上手いぞ!」

 なるほど、自分で飛んだのか。それにしては変な飛び方だったな……。
 王子が慌てて周囲を見回すと、囲んでみていた護衛の全員が目を擦っていた。
 目を擦っていなかったのは、護衛隊長の堅物レイスだけである。レイスは真っ直ぐに王子を見つめていた。

「け、剣術の勉強終わり! 少し早いが、部屋に戻って勉強しようかな。ジグフェルト、教師を呼べ。僕はその間に汗を流してくる」

 そう言われれば、私は従うのみだ。積極的に王子が勉強しようとした事はかつてなかったので、私は喜んだ。別に、王子は勉強嫌いなわけではない。幻覚に気を取られて、集中できなかったのだ。それが、幻覚を殆ど気にしなくなったようで、そこだけはカイル伯爵に感謝してもいいかもしれない。
 王子は汗を流してくると、真っ白な羊皮紙に大きな円を書かれて、言った。

「今、カイルと国を作るごっこをしているのだ! ここに国を作るとする! それには、どうすればいい? 」

「ど、どうすればいい、とは……」

 教師のシードアが戸惑って言った。王子は、なおも言い募る。

「あるのは、百人弱の民と、皇帝と第一王位継承者。後はそれぞれが来ている服、剣。それだけ。貿易は出来ない。どうすればいい?」

「百人で帝国とは……それでは移民村なのでは? そうですね、農耕をまずやるべきでは」

 シードアの言葉に、王子は深く頷いた。

「うむうむ。ずっとそこにいるなら、食べ物は必要だ。数少ない楽しみだしな。農耕は必要だな。植物と肉。出来るだろうか? まあいい。他に必要な者は? 貨幣は? 何枚くらい必要だ?」

 シードアは、考え考え続ける。

「それぐらいの規模なら物々交換でもいいかと思われますが。まあ、貨幣なら、貨幣単位はどうなさいます? それによって変わりますが、少なくとも総数一万枚は必要になるのでは」

「一万! カイルが過労死するのではないか?」

 王子は目を丸くして叫び、シードアは逆に驚いた。

「何故ですか? 貨幣は当然、流通や数々の種類がある事を考えれば、やはりこれ位は必要です」

「あわわ……カイルは、そう、ごっこの皇帝なのだ。皇帝が色々作るという設定なのだ」

「王子が皇帝役でないのは気になりますが……。皇帝が何故貨幣を作るのです。普通作りませんよ」

「そ……そこら辺はごっこだから良いのだ! そうだ、城も立てねばな! あんな貧相な屋敷ではなく、こうど真ん中にどどーんと。次の皇帝は僕なのだからな! 作帝以外全員ぶちのめすのは大変だったのだからな」

「あんな、とは? ぶちのめすとは、穏やかではないですが……」

「あわわ、カイルが設計したごっこの国の行政施設だ。ぶちのめすと言うのは、サイコロゲームでだ」

「ほほう。その国に名前はあるのですか?」

「ソウルソサエティだ!」

 王子は胸を張って言った。シードアと私は眉をひそめる。
 ……まさか、王子は独立を図っているのではないか。
 いや、そんな馬鹿な事をするはずがない。しかし、カイルネットワークのハーレム面がーがおよそ百人。数は合う。
 いや、まさか。私は首を振って考えを否定した。けれど、王子の奇行はこれからだった。
 まず、今までになく政治に、様々な国を治める事に関連する事に関心を持ち、勉強した。
 特に、一から国を立てる為の勉強に余念がなく、農民や猟師にまで会いに言った。
 それに、様々な分野の人間の下っ端をハーレムに引っ張りこみ、しょっちゅう部屋に引きずり込むようになった。
 王子が一人で寝る事は無くなった。
 ハーレムメンバーの選抜方法もわからない。馬鹿ではない、しかしなんらかの理由から出世から外れている者からメンバーを選んでいるように思える。少なくとも、美醜性別年齢からは絶対に選んでいない。
 ハーレムメンバーと話すのは、ソウルソサエティをどう育てていくかと言う話ばかり。
 誰もかれも、ハーレム入りの時は散々嫌がっていたりソウルソサエティを馬鹿にしたくせに、入ってみると例外なく王子と熱心に話すようになった事も、特筆すべき事だろう。
 その上、弟王子達に側近の事を頼みだした。レイスなど、ミュリアス王子がレイスを預かってくれるように第二王子に頼んだため、烈火のごとく怒った。
 それに対する王子の返答が、王子としての俺は三十になったら死ぬから仕方ないのだと言う、衝撃的な言葉だった。
 ハーレムなど、表向きの事。本当は、三十になればこの国を飛び出し、建国する気なのではという思いが日に日に大きくなっていく。それに選ばれなかった事が、安心するような、残念なような、そんな気がした。少なくとも、レイスは間違いなく残念に思っているだろう。
 疑惑が最高潮に高まったその頃、その事件は起こったのだった。
 そして、歴史にソウルソサエティの名前が刻まれるのは、その事件がきっかけだった。



[15221] 死神に墓はない 4話 ~勝てるかバーカ!~
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/30 09:36
 それは才気あふれる第三王子、十歳を記念しての軍事パレードの時だった。
 その頃、町には悪者団と言うふざけた名前の盗賊が出現する事で問題になっていた。
 自然、警備は厳重な物になった。
 そのパレードに、もちろんミュリアス王子は参加なされた。
 ちなみに、何故かハーレム要員は全員欠席して、城で乱交パーティとか言いおった。王子達の考える事はわからない。
 パレード後方で、いきなり轟音がした。
 ミュリアス王子は、ふっと気絶なさり、レイスが慌ててミュリアス王子を助け起こして、避難させる。
 しかし、私は見ていた。
 何か、変わった装束の半透明のミュリアス王子が、ミュリアス王子の体から抜け出て、轟音のした方向に向かったのを。

『―――――!』

 黒い四角い物体に王子が何かを怒鳴りつける。言葉はわからない。
 唐突に私は気付いた。
――いる。
 王子と同じように、半透明の人間が、何人か。それは王子と同じ装束を着ていた。
 彼らは揃って轟音の方に向かう。

「ジグフェルト殿! 貴方様も避難を!」

 レイスが采配をしながら、私に叫ぶ。そして自身は轟音の方へ向かった。

「すまん、レイス! 私も行く。行かねばならない、そんな気がするのだ!」

 私は、気がつけば轟音の方向へと走っていた。
 ミュリアス王子を追いかけて、轟音の方へ向かう。轟音に近づけば近づくほど、王子の体は濃くなっていった。

「化け物が!」

「半透明の人間が集まって来たぞ!」

 パニックに陥る群衆。
 不気味で大きな化け物が私を見下ろしていて、私は思わず固まった。
 レイスは何も見えないようで、ただ事態がわからず戸惑っている。

『竜斬殿下! この地にいる殆どの民衆に悪霊や我らの姿が見られているようです! これほどの人数の霊感に影響を与えるとは、以前戦った時より更に強くなっているようです。お気をつけ下さい!』

 透明なサキュが、ミュリアス王子を竜斬殿下と呼び、緊張した眼差しで奇妙な構えを取った。そして、手を複雑に動かす。
 その構えは知っている。王子がハーレムメンバーと練習していた、余興の舞いとやらだ。
 確か、結界の舞いと言ったか。
 それを舞うと、サキュと、他の舞っていた半透明の人間を繋ぐ、透明な壁が現れた。
 それは大きな化け物を閉じ込める。

『わかっている! 悪霊、コードネームナイトメアよ! 我は竜斬王子。ソウルソサエティが第一王位継承者だ! お前はもう死んでいるのだ。大人しく輪廻の輪に戻り、赤子となって生まれ変わるが良い!』

 王子がぐぐっと剣を引き、しなる弓のように勢いよく剣を振りあげた。
 それは悪霊に真っ向からぶつかり、凄まじい轟音を立てた。
 私は、思わずその迫力にたたらを踏む。
 ソウルソサエティ。架空の国。それはまだ、架空の国だったはずだ。
 しかし、何か私には理解出来ない何かが起きている。それをひしひしと感じていた。
 悪霊、ナイトメアが光り、王子を含めた半透明の者達は弾き飛ばされ、壁が壊れた。
 悪霊が大きく手を振ると、それだけで家が壊れる。
 サキュがその破片から子供を庇ったが、サキュの体をすり抜け破片は子供へと向かう。
 王子が、素早く結界の舞いを踊った。
 透明な壁が子供の前にそそり立ち、破片が弾き飛ばされる。

『サキュ、いい加減死神は物に触れない事を覚えろ。術を使え、術を』

『申し訳ありません、竜斬殿下』

『次から気をつけろ。行くぞ』

 そうか、ミュリアス王子達は死神と言うのか。死の神。それは不吉な感じを受けた。
死神達が様々な武器を持って化け物へと切りかかる。
 しかし、ナイトメアもまた強かった。いや、死神達の技術が足りていないのだと、すぐに私は看破した。
 我に帰った騎士達が悪霊を攻撃するが、その攻撃はむなしく宙を掻くばかりだ。
 死神の一人が、騎士達に言い聞かせる。

『悪霊退治は我らの管轄。民衆の避難を頼む。現世の者はあの世の者に触れられぬ』

 悪霊が、身の毛もよだつ雄叫びをあげて、思い切り鞭のような物を振りまわした。
 家が壊れ、死神が弾き飛ばされる。一人の死神が、頭から齧られた。

『う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 死神の一部が、恐怖に顔を歪め、逃げ出した。

『落ちつけい! 我らが引けば犠牲になるのは無辜の民! 彼らに身を守るすべはないのだぞ!』

 王子がナイトメアの喉を切り裂き、悲鳴をあげたナイトメアが死神を離す。サキュが急いで倒れた死神を助けにいった。
 王子は、年の割には良く頑張って体勢を立て直した。しかし、その指揮もまだ若すぎる。
 産まれたばかりの軍なのだ。
 私はようやく、半透明の者達が王子のハーレムメンバーばかりである事に気付いた。
 そうだ、王子は私兵を作っていたのだ。それと、恐らく、死神の国を。

『グーフェン、死んだら腹上死として処理されるんだぞ! 嫌だろ? 真っ平だろ!? だから生きろ!』

 サキュが叫ぶ。カイル伯爵に付きまとう黒い噂。その真実が今わかった。
 王子に悪霊の鞭が迫る。

『縛! 殿下ぁん、今よぉん!』

 王都に滞在していたカイルの愛人、ミラールが手だけの舞いを踊って言うと、悪霊が動きを一瞬止める。
 王子は思い切りナイトメアに切りつける。
 ナイトメアが逃亡に入った。何人かが追いかけようとする。

『やめよ! このままでは追いついた順に各個撃破されるだけだ』

『しかし、王子! あのままではあの悪霊は人を襲います!』

 サキュが訴えかけると、王子は目を閉じる。

『……作帝陛下をお呼びして、改めて掃討戦をする。ソウルソサエティの、初の公式な討伐とする。作戦なしで倒せるような者ではない。回復班を呼んで、死神と民の怪我人を回復させよ。決して力を使いすぎるな。この後、大きな戦いが控えているのだからな』

『竜斬殿下、やはり本職の騎士をスカウトしないと、これからの戦いを乗り越えられないのでは……』

『しかし、死神となれば現世での出世が無くなる。寝てばかりになるし、寝ている間は何があろうと反応できないからな。兵士であれなんであれ、突然の事態に対応できないとなると、致命的だ。それに奴らハーレムに入れると言ったら舌を噛みそうだし。これから本職の騎士とやらに鍛えていくしかないだろう』

 サキュの進言に、王子は苦々しく答えた。
 そして、最後に王子は言った。

『悪者団がまた出現して、パレードを襲っていった。また何かするかもしれないので、要警戒。今回のシナリオはそれだ。バリー。他の者は全員、一旦ソウルソサエティに集合』

 モヒカン頭の明らかに盗賊っぽい男が、高笑いを始めた。

『了解でさあ、殿下。俺は記憶の改竄がだ―いすきなんだ。無抵抗の人間を切る事ほど面白い事はないからなぁ! 卍解! 心斬よ、聞いていたなぁ!』

 その声に応え、驚いた事に剣が喋った。

『わかっている。サーチアンドデストロイ。サーチアンドデストロイだ、バリー』

 死神達は散開した。回復班とやらの死神が、現れる。
 バリーと呼ばれた死神が、回復班の死神が、徐々に薄くなっていく。そうか、ナイトメアが去ったから、死神が見えない状態になりつつあるのだとわかった。

『ふひひ、いっくぜ―!』

 バリーは、片っ端から人間を切り始めた。すると、切られた人間切られた人間がボーっとしだす。
 私は、そっと逃げ出した。
 避難しておられる陛下に、事の次第を伝える為に。気狂いだと思われても構わない。
 何より、私自身が信じられないのだから。



[15221] 死神に墓はない 5話 ~\(^o^)/~
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/01/09 17:03


「全員揃ったか」

 変態帝……いや、作帝、カイル伯爵の屋敷に僕達は集まった。
 部屋の中は物で溢れかえっていて、どことなく居心地が悪い。これは一刻も早く城の建設をお願いせねばなるまい。
 
「作帝。ご足労をおかけして、申し訳ありません。それに、レナ姫も」

 僕は作帝とレナ姫に深々と頭を下げる。レナ姫は扇子で口元を隠して、微笑んだ。

「竜斬殿下が苦戦をなさるなど、大変な事ですわ。それに、他国の悪霊退治を手伝う前例が出来るのは、私としてもいい事ですもの」

 僕は頷いた。ナイトメアは恐るべき強敵だ。それに、これからも強い悪霊はじわじわと増えていくだろう。
 本来、ソウルソサエティは全世界をカバーしなくてはならない。一部地域だけしか保護していない今は、正しくない姿なのだ。これを何とかするには、じわじわと死神を増やして行くしかないだろう。僕は三十歳になったら、体を捨てて、完全なソウルソサエティの住人となる。既に、カイル伯爵の手の者の何人かはそうしている。
 このソウルソサエティが埋まるまでは、互いの協力が必要不可欠なのだ。
 正直、熱心に悪霊を狩っている王都でさえこのありさまなのだ。他国がどうなっているかは考えたくも無かった。

「それなのだが、此度の戦、竜斬殿下に任せたいと思う。そして、この討伐を持って、竜斬帝の即位の儀式に変えるのだ」

 作帝の言葉に、場がざわめいた。

「作帝、ですがそれは……」

「確かに竜斬殿下は若い。しかし、俺もいっぱいいっぱいだから! ソウルソサエティ作りしながら政治をするなんて無理だから! 竜斬殿下、お前も即位後も前線で戦ってもらうから、後継者を見つけとけ」

「かしこまりまして」

 僕は恭しく礼をした。
 そして、次の日の夜に全員が集まる事が決定し、僕達は英気を養うべく、自らの体へと戻った。

「王子、お目覚めになられましたか。王がお呼びです」

「うむ、わかった。すぐ行く」

 全く、この忙しい時に、父上は一体なんだというんだろう。
 父上の隣には、最高司祭、将軍、宰相、お目付け役のジグフェルト、それに母上までが控えていた。

「単刀直入にお聞きしましょう。貴方が神ですか?」

「バリーめ、失敗したな」

 最高司祭の問いかけに、僕は思わず舌打ちをする。まあ、ばれたらばれたでカモフラージュしなくて良くなるのだけど。

「では、本当に神となったのか、ミュリアスよ。竜斬殿下と呼ばれていたと聞くが、ソウルソサエティは、神の国は既に存在すると言うのか。カイル伯爵が作帝なのか」

「……悪霊、ナイトメアの掃討を持って、竜斬帝への即位となる運びです。作帝は、ソウルソサエティの建設に集中したいとの事ですから。私も後継者を見つけ次第、将軍職へと降るでしょう」

「悪霊とは、ナイトメアとは何者なのだ」

「死ねば、人の魂は天へ昇り、赤子として降りてきます。これを輪廻転生と言います。あまりに強い未練を持つゆえ、死してもこの世に留まる魂がいます。その中で、人に害をなす者を特に悪霊と言います。それを浄化し、輪廻転生の輪に戻すが我らの役目。ナイトメアは特に強い悪霊で、人の魂や死神を食らいます。さすれば魂は消滅し、二度と輪廻転生の輪に戻る事はありません」

 母上は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「変人かと思っていたのですが……違うのですね。ミュリアス、貴方は私の知らない間に、立派な子へを育っていたのですね」

「いや、まあ、その……さすがに、見えない者と戦っていると言うと頭がおかしいと思われれますし」

「死神は誰でもなれるのか?」

「霊を見る才能があり、作帝が神から預かりし死神の力を渡した人だけです。私も作帝から死神の力を十人分保持しております」

「おお、神が!」

 最高司祭が歓喜の声をあげる。
 そこで、父上はため息をついた。

「ハーレムだのなんだのは、全てカモフラージュだったのだな?」

「もちろんです、父上」

「わしに相談するとか、最高司祭に相談するとか、新たな団体を立ち上げるとか、思いつかなかったのか? よいによっってなんでハーレムなどという発想をした?」

 そして、父上の長い説教が始まった。うん、信じてもらえないにしても、ハーレムって言い訳はないだろうと僕も思ってはいたけどさ。
 それから、ミリア教の教義が大幅に変わり、僕の勉強時間が増える事になった。
 僕は最高司祭に神について知りうる限りを教えるように言われた為にカイル伯爵に丸投げし、将軍に引っ張られて指揮とナイトメアの殲滅方法について一緒に考えさせられるのだった。
 あ、死神の力十人分は目をつけていた騎士に与える事になった。

 
 そして、夜。僕達は集合して、索敵能力が優れている何人かを斥候にはなった。
 発見されたのは、都合のいい事に廃墟で休んでいるナイトメアだった。
 後一時間もすれば、作帝の作った呪符を持った騎士達による包囲網が完成するだろう。
 霊力が無くとも、作帝の作った道具があれば僕達をサポートできるのだ。
 作帝の方を見ると、彼も恨めしげな眼で僕を見ていた。
 
「竜斬殿下のせいで、私が異端審問に掛けられるかもしれない件について」

「別に死んでもソウルソサエティに住めばいい話ではないですか、作帝」

「私はまだ跡継ぎを作ると言う大事業を終えておらんのだ。童貞で死ぬなんて悲しすぎるし。だから宗教には出来るだけ関わりたくなかったのに、ミリア教は女神崇拝。どう、神の事を説明すればいいんだ」

「え」

「え」

「え」

 変態帝こと作帝ことカイル伯爵の言葉に、死神全員が振りむいてカイル伯爵を見た。
 カイル伯爵が童貞? 聞き違いだろうか? だって変態帝が?
 そして憐れむような瞳。作帝はその視線に気づくと、慌てて仕事に追い立てた。
 作戦はこうだ。作帝の作ったネットを放ち、それを被せて攻撃力が一定以上でない死神全員で動きを止める術を使う。そして、その間に僕を筆頭とする攻撃重視の死神達でナイトメアを切る。
 空高く放たれるネット。戦闘は、こうして始まった。
 ネットと術は、ナイトメアの動きを阻害する事には成功した。
 しかし、それだけだ。動きの全てを封じるのには至らない。
 激しい乱戦となった。隙があれば、隙があれば卍解が出来るのに!
 その時だった。
 兵士達が廃墟に到着した。

「見えたっ! これで指揮が出来ますぞ! ミュリアス王子殿下、指揮権をお譲り下さい!」

「任せた、将軍!」

 将軍は死神達を鼓舞し、指示を出し始めた。将が変わると、これほどまでに違うのか。
 そして、大きな犠牲を払いながら、少しずつ僕達が押していく。

 そこで、最古参の死神であるザイルが死神の一撃を受けて、空高く舞った。
 死神の間に動揺が走る。作帝が走り寄り、ザイルを抱き上げた。

「ザイル! ザイル! しっかりしろ、腹上死は嫌だろう!? 男として、男に抱かれて死んだなどという不名誉すぎる噂を流されるなど、真っ平御免だろう!?」

 ザイルは、血を吐きながら言う。

「さ……作帝……いや、カイル……。どうせなら、一度ぐらい、ほんとに抱かれたか……た」

 死神達が一斉に噴き出した。それからは、もうめちゃくちゃだった。

「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!! 私、ザイル好きだったのにぃぃぃ!」

「えええええ、そんな、ミリー! くそう、失恋した! ホモ野郎が原因で失恋した!」

 二人程泣きながら敵前逃亡した。作帝は汗をだらだら流しながら、言い訳を考えていた。

「いや、確かに私はハーレム作ったが作ったけど作った故に責任が……!? 人生初の告白が男からとか……いや私が原因なのか? 責任とらねばならんのか? 責任を責任をいやいやハーレムはあくまで口実でそれはザイルもあああああ」

「じ、実は俺も作帝が……」

「私も作帝が好きよぉん。抜け駆けはずるいわぁん」

「ちょっと待て! 一度じっくり考えさせてくれ、私に時間を、時間をぉぉぉ!」

 そして始まる告白大会。
 もちろん、馬鹿をやっている間にもナイトメアは暴れまくっている。
 戦線崩壊である。

「えーい! 色恋など戦いが終わった後にしろ! 目の前の敵に全力を尽くせ!」

 将軍が鼓舞するが、所詮僕達は素人集団なのだ。かくいう僕も、動揺していた。

「ええい! ミュリアス殿下が危ない! お前達、根性でナイトメアを倒せ! 呪符とやらを叩きつけてやれ!」

 将軍と騎士達の献身的な活動により、ようやく僕は正気を取り戻した。この隙を、逃してはならない。
 僕は、卍解を行った。

「竜斬、いくよ」

『……承知』

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 僕の斬魂刀が激しく輝き、僕はナイトメアに斬魂刀の一撃を叩きつけた。
 ナイトメアが、消滅していく。
 そうして、ぐだぐだのままナイトメア討伐は終わった。
 その後、死神の規則に、「戦闘中に告白をしない」が出来たのは言うまでも無い。



[15221] 俺と俺の異世界旅行 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/06 11:53
ふはははは! 今日もいい朝だ!
 俺はメイドに起こされて、食事へと向かう。

「今日は無茶をしないで頂戴ね、ライトアイン」

「了解です、母上!」

「……最近、元気がいいな。いいことだ」

「そういえば父上、最近、バリア装置や通信機の開発をした魔術師をご存じないですか?」

 俺が聞くと、父上は鷹揚に頷いた。

「ああ、通信機の方は知っている。同じ宮廷魔術師のフリューゲルだ。バリア装置は、最近はないな」

「今日、会えませんか?」

「それは構わないが……どういう風の吹きまわしだ?」

 俺はにっこりと笑って見せた。

「最近、色んな事に興味が出て来たのです」

 俺は早々に食事を詰め込むと、ドラゴンに乗った。

「いいか、城まで真っ直ぐ飛ぶんだぞ、いいな」

 そう言い聞かせ、ドラゴンの背に乗る。
 ドラゴンが飛ぶと、瞬く間に地上は遠くなっていく。美しい、この景色。
 この世界で暮らして行く事に否やは無い。それは本心だ。
 だが、二人の分身を探すと言う約束は果さねばなるまい。
 それに秀才は、もしもの時の為に備えて置くものだ。能天気娘の天才や凡才と違ってな!
 俺は城につくと、早速父上の紹介でフリューゲルに会った。
 心躍る魔術師の部屋、様々な道具に囲まれた豪奢な服を着た老人と、粗末な服を着たこっちの世界の鈴木耕作。
 一目見て、すぐにわかった。

「フリューゲル師、お会いできて光栄だ」

 俺は何やら驚いた顔をするこっちの世界の鈴木耕作と握手をする。

「ライトアイン、フリューゲル師はそっちではない。こちらだ。それはフリューゲル師の弟子のベルツリー・ファームツールだ」

 父上の言葉に、俺は慌ててフリューゲル師の方を向いた。

「申し訳ありません、フリューゲル師。ところで、ファームツールは俺と同じ年なのですね。友達になりたいのですが、たまにお借りしてもよろしいですか?」

 フリューゲル師は探るような目で俺を見る。

「……よかろう」

「だそうだ、ベルツリー・ファームツール。行こう」

 俺は父上とフリューゲルを置き去りにして、ファームツールの手を引き、部屋へ招いた。

「ええと、ライトアインさん?」

 おろおろと俺を見つめるファームツール。
 俺は、にやりと笑ってファームツールに問う。

「通信機の本当の開発者よ。お前も望むか? 異種族との邂逅を?」

 そう言った時、ファームツールは目を見開いた。

「な、なんでそれを……」

 じりじりと後ずさるファームツール。
 俺はにやにやと笑って続けた。

「俺は知っている。お前が凡才なりに優れている事を。俺につけよ、ベルツリー・ファームツール。後は安藤真紀さえ見つければ、研究は成功するはずだ。面白そうだから手伝ってやるよ」

「アンドウ、マキ?」

「ふはははは、まずはベルツリー・ファームツール、休日に買い物に連れていく事を許すっ」

「僕、竜を持っていないから、この城から出られないよ」

「俺の竜があるだろう」

 ファームツールは目を見開いた。

「いいの? だ、だって僕、平民だよ?」

「何を言う、俺達は友達ではないか! とりあえずあれだ、攻撃呪文の練習を手伝え」

 ファームツールは心から驚いた様子を見せる。

「呪……呪文を他の魔術師の弟子に見せるの? 盗まれても構わないの?」

「見せていい術と見せてはいけない術、見せていい相手と見せてはいけない相手は心得ているさ」

「ライトアインさん……貴方は一体……」

 呆けるファームツールを放っておき、俺は呪文の研究を始めた。
 ファームツールはそんな俺を見ると、目に迷いと魔術に対する欲望を見せ、そして耐えかねたように俺に術に関する質問を始めた。
 いわく、風の呪文を併用するのは何故か、いわく、この凝縮呪文は何を凝縮しているのか。
 俺はそれに逐一答えてやる。
 その代り、ファームツールも安全な呪文の使い方について教えてくれた。
 そして、夕方。俺の部屋に転がる様々な魔具を見てファームツールはため息をつく。

「いいよなぁ、ライトアイン君は。貴族だから、予算がいっぱいだし、色んな道具を取り寄せられるし……」

「何が欲しいんだ」

「え……」

「協力すると言っただろう」

 ファームツールは俺をマジマジと見て、問う。

「ライトアイン君、君はどうして僕にそこまで……?」

「異世界の俺とお前が、友達だからだ。……と言ってもわからないか」

 普通は信じるはずがない。何故なら、この世界の俺の異世界研究は駄目駄目だったからだ。俺と、この世界の俺と、違いがどこにあったのか。認めたくはないが、俺は秀才なのだ。わからない事など無い。安藤真紀。クソ生意気な天才娘。彼女こそ、異世界移動の鍵。あいつがいなくとも、時間さえあれば俺単体で異世界旅行できたはずだがな!

「異世界……君の研究は確か……まさか……成功したの!?」

 しかし、ファームツールはそれを信じ、目を丸くして驚いた。

「……信じるのか? 話を聞くか?」

 俺が聞くと、ファームツールはこくこくと頷いた。
 翌日話す事を約束して、俺とファームツールは別れた。
 翌日、ファームツールに弟子入りさせてくれと土下座された。

「フリューゲル様に破門されたんだ。君の研究を渡せと強要されて、断ったら……僕、僕もう嫌なんだ。研究を盗むのも盗まれるのも。……お願いだ」

「お前を弟子にする事は出来ないよ」

 ファームツールが、ショックを受けた顔をする。

「何故なら、お前は俺の友達だからだ。共同研究者ならいいがな」

 俺が差し出した手に、ファームツールは、心の底から驚いた顔をした。
 そして俺は語った。科学の世界の話を。
 俺が色々と語ってやると、代わりにファームツールは魔族について教えてくれた。
 魔族なる者がこちらの世界にはいるらしい。こちらの世界というには語弊がある。それは魔界に住んでおり、たまにこちらの世界に出てくると言うのだ。
 ファームツールはそれらと話をしてみたいらしい。勇気のある奴だ。
 ん? 何か心に引っかかるものがあるが、多分気のせいだろう。
 とにかく、俺達は翌日、買い物に出かける事にした。
 ファームツールが俺の研究室に住む事になったので、その準備も兼ねている。
 色々買っていると、人の集まりが目についた。

「なんだあれは?」

「奴隷商だよ。ちょっと見てみるかい?」

 俺は頷いて広場に行く。
 そこでは、見覚えのある奴が泣きそうな顔で裸で立たされていた。

「安藤真紀!」

「この女はそう可愛くはないが処女だ! さあ、銀貨5枚からスタート!」

「買った!」
 
 俺は急いで安藤真紀を買い取り、服を着せた。

「天才娘、こんな所で何をしている!?」

「安藤真紀? ひ、人違いです、御貴族様。私の名前はトゥルーと申します」

 怯えたような瞳。俺はこんな天才娘なんて、知らない。
 安藤真紀は、いつも自信たっぷりで、その瞳には知性を湛えていて……。

「俺の事はライトアインと呼び捨てろ。ファームツール、ちょっとここで待っていてくれ。竜は三人乗せては飛べないからな。まず、トゥルーを部屋に運ぶ」

 俺はトゥルーを部屋に運び、ファームツールを迎えに行ってお茶を入れてもらった。
 やはり、お茶はファームツールに入れてもらうのが一番美味い。
 それで三人で話してわかった事は、恐ろしい事だった。
 トゥルーは、文字を書く事さえできない。
 希代の天才、1000年に一度の天才と言われた人物も、教育という太陽と水を与えられねば芽吹かぬままだったのだ。
 なんだ、この世界一の頭脳を持っていながら、自信なさげな態度は。
 芽吹かぬ種ならば、芽吹かせるまで。
 トゥルー、喜ぶがいい。天才、秀才、凡才の三才トリオと呼ばせてやるわ!



[15221] 俺と俺の異世界旅行 四話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/06 22:20
「ライトアイン様、おはようございます」

 俺は起きぬけに度肝を抜かれた。安藤真紀がメイド姿をしているだと!? しかも俺に敬語で話し、極めつけは、極めつけは……!!

「化粧をしているだと!? 安藤真紀、いつから女になった!?」

「わ、私はトゥルーです。そして元から女です」

 そうだった、トゥルーだった。全く信じ難い。彼女を連れ帰って、使用人として雇い入れる事に成功したのだったっけ。

「それで、食事はすませたか?」

「はい、先に頂きました」

「そうか、じゃあ俺も食事を済ませてくる。その後一緒に城へ行こう」

 トゥルーは頷き、下がった。俺は急いで食事を済ませ、何故か微笑ましい目で見てくる母と父を軽くあしらい、トゥルーと一緒にドラゴンに乗った。

「きゃっ怖い」

「トゥルーが怖いだと!? 馬鹿な、槍でも降るというのか?」

「もう、ライトアイン様、酷いです」

「また様付け! 貴様、何か企んでいるな?」

 言いながら、そろそろ慣れてきたドラゴンへの騎乗に集中する。
 城につくと、ファームツールが笑顔で出迎えてくれた。
 その手には、古い絵本。

「ライトアイン君、僕、小さいころの絵本とか色々持って来たんだ。トゥルーちゃんにどうかなと思って」

「気が利くな、ファームツール」

 俺はにやりと笑うと、トゥルーを部屋へと連れ込み、絵本や持ってきた本をその前に積み上げた。

「俺とファームツールが毎日交代で読んでやる。覚えろ」

「文字を……だって、私、奴隷で、女で……」

「そして、この世界の安藤真紀、この世界で最も頭のいい女でもある」

 トゥルーは、戸惑ったように絵本を取った。

「アンドウマキなんて、私は知らない。けど、私は……勉強、したい」

 トゥルーは呟き、ぽろぽろと涙を流した。

「私、勉強して、いいのかな……」

「当たり前だ。お前は俺のライバルなのだからな」

 トゥルーは凄まじい速さで勉強を習得していった。
 そうこうしている間に、向こうから連絡が来た。

『はーい、ようやく再接続出来たわ、秀才君。ライトアイン君だけど、彼、貴方以上よ? レーザー装置をあっという間に改造したんだから』

『やっと話せたな、異世界の俺よ!』

『俺か。お前とは募る話がある。それと、天才娘。こちらの天才娘は間違いなくお前以下だな。文字すら読めないんだから。ぷっ』

『なーんですってー! あんた、さっさと事情を説明しなさいよ!』

 安藤真紀に怒鳴られて、ほっとする。これでこそ、安藤真紀だ。
 俺は今までの事を頭に思い浮かべた。テレパシー装置なら、これだけで意思疎通が出来る。

『……魔界、か。まずいかも』

 鈴木耕作は俺の事情説明を聞くと、難しい顔で考え込んだ。

『どういう事だ?』

『どういう事よ?』

『その世界はパラレルワールド。基本的に鏡なんだよ。つまり、そちらの世界で僕が話したがっているのは、こちらの世界で僕が話したがっている者……エイリアンと魔界の者はイコールなんだ。魔界についての情報をもっと仕入れたいな。何より、政府の人はもう地球の座標を教えちゃってる』

 真剣な鈴木耕作の言葉に、俺は考え込んだ。
 そうだな、ファームツールに話を聞いて……。

『まあ、そんな事はどうでもいいのよ』

 安藤真紀の言葉に、俺は急に思考を遮られて眉を顰める。

『あたしはトゥルーに乗り移るわ。そろそろライトアイン君も慣れてきたみたいだし、丁度いいでしょ』

『あ、じゃあ僕も一週間くらいならいいかな?』

そしてごそごそという音。

『ふはははは、ファームツールとトゥルーは俺に任せるがいい!』

 そんな言葉を最後に、トゥルーやファームツールがばたっと倒れ、起き上った。

「やった! 異世界! さー、秀才君! まずはドラゴンの所に連れていきなさい!」

「じゃあ、僕はこっちで魔界の文献でも調べようかな」

「安藤真紀! 鈴木耕作! そっちの世界はいいのか? と思わんでもないが、まあいいだろう。俺がこの世界を案内してやる」

「「おおー!」」

 安藤真紀と鈴木耕作が楽しげに答える。
 三才トリオは、楽しげに冒険と研究の計画を立て始めた。
 











「ななな、何!? なんなの!? ……ああっ!? 何、この記憶!」

 トゥルーの頭に、次々と思いだされる科学者としての安藤真紀の記憶。それは幼いころからの、栄光の記憶。現代社会では、至高の頭脳の持ち主に、境遇など関係ない。
 孤児院の出だろうと、次々と打ち出される発明にすぐにスポンサーはついた。
 それゆえ、安藤真紀にトゥルーのような挫折や痛みの経験はない。
 あるのは、ただただ夢を目指して駆けあがって来た記憶。

「あ……これは、一体……」

 ファームツールの頭にも、鈴木耕作としての記憶が押し寄せる。それは元からそこにあったかのように。
 あらゆる情報を簡単に得られる情報社会。
 開発よりも改良が得意な鈴木耕作は、そこで大いなる発明をした。
 エイリアンとのコンタクト。それは歴史上に残る試みと言ってもいい。
 
 ライトアインと光一、安藤真紀、鈴木耕作とトゥルー、ファームツールには大きな違いがある。それは、ライトアインと光一の両者が何不自由のない成功者であり、鈴木耕作と安藤真紀も成功者であり、ファームツールとトゥルーは違うという点だ。
 現代日本では、身分の意味は薄く、真に能力があれば容易くなり上がれるのに対し、彼らの世界では平民が、ましてや奴隷がなり上がるなど不可能に等しい。
 その違いは、ファームツールとトゥルーの心に、確かに毒を植え付けた。

「ふはははは、どうやら思いだしたようだな。それでは、案内しよう。ファームツール、トゥルー」

 呑気に言うライトアイン。ファームツールとトゥルーはとりあえず、頷いた。
 彼らは元の世界も好きだし、ファームツールには果したい目的もある。
 焦ってはいけない。垂れさがった蜘蛛の糸を、焦って切るような真似をしてはいけない。
 慎重に行動しよう。
 二人の感情の氾濫に、ライトアインは当然、気付かない。
 彼は、安藤真紀と鈴木耕作が行ったように、様々な場所に案内する。
 研究所、試験場、遊園地、自宅、レストラン、高層ビル、飛行場。
 そこは三人にとって、まさに巨大な遊び場だった。
 しかし、三人、いや、六人は気付かない。
 彼らに残された時間は、後わずかだった。
 エイリアン襲撃まで、後一か月。



[15221] 宇宙人に転生したけど地球に観光に行く 前篇
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/25 12:51
 宇宙人に転生した。アニメとか無い生活なんて退屈で死にそう。文化も食事も何もかも俺に合わないんですけど。ってわけで、地球探して帰ろうと思います。
とにかく、宇宙人の超科学と根性で頑張って探すぜ!
見つけた。
空気は安全を示してる。ってわけで、これから地球に観光に行ってきます。
……所で日本の空港ってどの辺?
 

 なんとか空港を見つけた俺は、久しぶりに見る日本に目を潤ませた。なんだか、いろんなタイプの飛行機が集まって賑やかしい。俺が転生している間に、地球も進歩したらしい。
 さて、着陸許可を求めないとな。
 俺は日本語を喋れない。発声機能自体が、人間の物とは違うのだ。
 しかし、俺は諦めない。
 電波で受信したテレビ番組、主にハリウッド映画から、着陸許可を求めます! と言っている画像をエンドレスで送り返してみる。
 この時、まさか日本のテレビが全てハリウッド映画の着陸許可を求めます!のエンドレスを写しているとは夢にも思わなかった。
 すると、空港の一部が開いた。早速そこに着陸する俺。
 地球に降りて、息を吸う。俺は地球に帰って来た!
 なんか軍人っぽい人にがっちりガードされたスーツ姿のおっさんが近づいてくる。
 空港の人だろうか。怖がらせちゃったな。しかし、問題ない。俺には秘密兵器がある!
 俺は自作のリリカルなのはの旗を振る。
 沈黙の後、一気に緊張がゆるむ。
 なんだオタか! そんな心の声がはっきりと聞こえてきた。

「ようこそ、日本へ。早速秋葉原へご案内します」

 話が速くて助かる。
 俺は用意しておいたスケッチブックに、でっかく質屋・両替屋と書く。
 そして、持ってきて置いたお金や貴金属や高価な小物を入れた小袋を出す。
 スーツの人は受け取ったそれを、軍人さんに渡す。軍人さんが走って行って、戻ってくるのを待つ事しばし。軍人さんが小さいバッグを持って走って戻って来た。後なんか軍人さんが増えた。金髪の人がいっぱいになった。
 バックの中には、札束がいっぱい入っていた。おおおおお。
 これで早速買い物行くぜ!
 そして俺は真っ先に漫画喫茶に行った。
 身分証明書が無かったので断られた。
 酷過ぎる……。
 まあいい。発電機に、ゲーム機に、テレビに、DVDデッキに……お金、足りるかな。
 ある程度は覚悟していたけど、やっぱり野次馬が多い。エロゲ、エロ本を買う時恥ずかしかったけど、背に腹は代えられない。
 買った物をどんどん宇宙船に転送して行く。
 会話は全てスケッチブックで済ませた。
 必要な物を全て買ったが、幸いな事にお金が余った。観光にでも行こうかな。
 レポーターっぽい人や話しかけようとする人は軍人さんがシャットアウトしてくれるから助かる。

「夕食にご招待したいのですが、何をお食べになりますかな」

 スーツの人の質問に、俺は『日本食にチャレンジ』と書く。味覚変わっているかもしれないし、毒かもしれないので本当に冒険だ。
 『合わなくて倒れたら胃洗浄よろしくね』とも書く。
 夕食、何か立派な温泉宿で真剣な顔をした医師達と国際色豊かな人達が立ち並ぶ中、俺は魚や米やみそ汁にチャレンジした。
 うーまーいーぞー!

「宇宙人さんは名を何と言うのですか?」

 『ガラミギア。意味はおかしい人。萌え萌えばっか言っていたからな!』と書くと、スーツ姿の人は非常に微妙そうな顔をした。

「日本語お上手ですね」

 俺は頷く。

「地球には何の目的に来た? 侵略目的なんじゃないだろうな」

 外国人さんの言葉に、俺もスーツ姿の人も目が点になる。なにって、わかっているでしょうに。それとも、何か気のきいた言葉を返した方がいいんだろうか。
『文化侵略されに来ました。明日はハンバーガー食べてハリウッド映画見るつもりだよ!』
などと書いてみた。本当はそんな予定なかったが、よいしょである。

「俺にはわかる! この宇宙人は良い宇宙人だ!」

 よいしょ成功。

「最近期間限定の美味しい商品が売り出されたんですよ。ハリウッド映画ですが、今流行りなのは……君、映画のスケジュールを持ってきてくれたまえ」

 面白おかしくしてくれるスーツ姿の人の話に、俺は何度も頷く。
 せっかく日本に戻って来たんだから、観光もしたいものである。
 三日しかいられないから、厳選しないと。移動に時間が掛かり過ぎるのは却下である。
 遊園地もいいかもしれない。久しぶりにジェットコースター乗りたい。
 地図と日本の観光案内を凝視していると、スーツ姿の人はガラミギアさんの星ってどこのどんな所ですかと聞いてくる。
 『勉強が遊びなので、地獄。防衛学上、基本、星の位置情報や詳しい文化等は教えられない』と返す。
 俺が返すと、スーツ姿の人はうむうむと頷いた。

「それは残念です。となると、交易とかも出来ないんですか?」

 『交易用の星がいくつかあって、そこで交易するよ。場所知りたい?』

 そう、俺が返事を返すと、スーツ姿の人は目を見開いて、ぜひ! 言って来たので、来るもの拒まずで一番安全な交易星とそこでのルールや注意点、でかい市のスケジュールを教えてあげた。俺もそこに行く途中での休暇だったのである。例えば、その星で言えば危険物御法度。と言っても、ある種族には危険である種族には無害とかあるから、難しいのだけれど。お互い、言葉も文化も全く違う中で売り買いするのだから、使い方がわからず事故を起こす可能性も高い。ただ見て気にいって、これ頂戴、これと交換というように、自分の手持ちの色々な硬貨や小物を差し出して交渉を望むような、全く手探りで互いに訳のわからん物を交換する原始人的物々交換も結構あるのである。
 そして交換の際、買う側はお金を混ぜる。そうすれば、物を売った側は、買った側と同じ外見の異星人がやっている店を探して、物を買う事が出来るのである。
 悪評が立つので、あからさまに騙して安い硬貨でしか取引しないのは駄目。売る方も、せっかくその星の硬貨を手に入れたのに使えない、騙された!? と思わせない為に、お店に激安の商品を置いておき、これなら交換できるよ、と指し示すのがマナーである。
 
「面白そうだしぜひ行きたいが、遠いな……」

 一同、凄く残念そうな顔をする。

『仕事で交易星に行く途中なんだけど、ついでに乗せて行ってあげてもいいよ。宇宙船も探せば売っていると思うし、目利きして地球の座標を入れてあげてもいい。そうすれば交易星と地球を行き来できるようになる。ただし、交換物は自分で用意して、面倒事起こさないでね。どんな使い方しても危険な事が起きない物で、容量は1tまで。容量はこの部屋ぐらい。動物のやり取りは特殊隔離施設以外禁止。宇宙服着用必須。これは伝染病の防止のためね』

 一応、俺も皮膚に薄いバリアを張っている。バリアだと任意の物は通せるので、食事も出来てしまうのだ。

「本当ですか! いや、良かった! ぜひお願いします!」

 握手してぶんぶか手を振るスーツ姿の人。

『まず、物を指し示す以外リアクションしちゃ駄目ね。これ、種族によっては凄く嫌がられるから。相手も文化の違いはわかっているから、いきなり殺される事は無いと思うけど。それ以外のリアクションをしていいのは、アトラクション区画だけ』

「そ、そうですか。気をつけます。アトラクション区画とは?」

『品物じゃなくて、歌や踊りや芸で物を貰う区画。楽しいよ』

「わ、罠じゃないんだな?」

『宇宙人と交渉するなら、100%善意でも100%悪意でも問題ないように動くのが普通。なおかつこっちはウィンウィンの関係を目指すと一番上手くいく。後、素人は絶対に動物販売禁止。区画に入る事も駄目。間違えて売主が買われる事があるから』

「む、それもそうだな。よし、すぐに本国に連絡だ!」

 走って行く人達。
 一人取り残された俺は、観光コースを決める難問に戻った。
 結局、映画やショッピング(レトルト食品や保存食、種をいっぱい買った。これで日本食が食える)で一日、遊園地で一日潰した。運よく遊園地で忍者ショーがやっており、凄く楽しめた。
 エイリアン侵略物を見て笑うエイリアン。我ながらシュールである。
 そして三日後、俺とゲスト御一行は交易星にいた。



[15221] 宇宙人に転生したけど地球に観光に行く 後編
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/25 12:50
期待されてたほど面白くないです><ごめんなさい。








 まず、適当なアトラクション区画に、消音フィールドを持たせたダンサー、歌手を降ろす。消音フィールドとは、周囲の音をシャットダウンする装置だ。これがないと、周囲の音が大きすぎて歌が聞いてもらえない。
 さすがに人間は珍しいらしく、機材の設置をすると様々な宇宙人が寄ってくる。

『期待されてる。頑張れ』

「む、迎えに来てもらえるんですよね?」

『うん。ただし、指定した時間には絶対にここにいてね』

 歌手達は若干青い顔をして頷き、そして準備に戻った。
 中には、宇宙人でさえ私の踊りには感動するはず! とノリノリのダンサーもいる。
頑張れよー。
 次に、動物区画の位置を教えて、適当な場所に着陸した。
 そして、俺はせっせと売る用の自国の大きな商品を並べる。今度こそ何かいい物を手に入れて帰らないと、怒られてしまうので結構必死だ。物を買う時に交換する小さな商品やうちの星の貨幣はまた別に用意してある。ちなみに、偽造硬貨を使うとそこの種族は二度と信用してもらえない。
 俺が店の準備をしているのを真似し、地球人達も隣に店を構え始めた。商品の中には動物もある。あれは後で売るつもりだ。あれほど素人は駄目だって言ったのに、ならば代わりに売って欲しいとお願いされた。まあ、直筆の声優のサイン貰ったからいいけどさ。
 準備を終えると、いくつかの翻訳装置を使い、初めて商売に来た異星人がいるぞ―。宇宙船を探しているぞーと告げる。
 ちなみに、宇宙船との物々交換用の品には俺が宇宙船の絵といくつかの文字を書いてやっている。ちなみに宇宙船の入手はアメリカ担当。顔見知りの宇宙船の売主が、品定めに駆け寄って来た。
 初めてと告げると、物珍しさでなんでも買ってもらえるメリットと、足元を見られたり信用されないデメリットあるが、とにかく人は集まる。俺はそのおこぼれにあずかるわけだ。
 予想通り、隣の店には客が殺到した。
 俺の所にもおこぼれで客が来る。よしよし。
 すっと代金として差し出された小物を、必死で鑑定する。何度取引に来ても、価値を判別するのに苦労する。高価な鉱石だと確実に採算が合うのだが、主に求めるのは個人の利益ではなく学術的利益なので、それをするとかなり怒られる。
 これはよくわからんが、小さくて高性能そうな装置だな。よしよし。
 俺は頷き、映像投影装置を売った。

「ガラミギアさん、ガラミギアさんのも何か売ってくれませんか?」

 しばらくすると、地球人が俺の所にも来た。

『必要な物は割と買ったからなぁ。まあ、次の交易の時も買い物に寄るからいいか。日本円でいいよ。高いけど。これだと百万ぐらいかかる』

「ありがとうございます」

『俺は特別なんだからな。初めて来て、これから来るかよくわからん奴の金は、コレクションの価値しかないよ。かといって貨幣を全く出さないと嫌な顔されるが。俺個人の貨幣といくらか交換するか? うちの星の奴は結構来てるから信用あるよ』

「ああーっ! ガラミギアさんが寄こした貨幣持ってくれば良かったのか! 全部研究班に渡すんじゃなかったなぁ……。ありがとうございます、ガラミギアさん」

 二時間ほどして、大体商品が売れ、地球人のブースをみると、なんの変哲もないアクセサリーも含め、全て売れていた。物珍しさもあったのだろう。

「ガラミギアさん、宇宙船の交渉がしたいという方がいるので、交渉をお願いします」

 はいよー。

『ガラミギア、こいつら知り合いなのか?』

『いや、知り合いって程じゃ。市は初めてって言うからさ。色々貰ったし』

『へぇ。見たとこ随分遅れた文明の奴らみたいだな。物珍しさはあるんだが、宇宙船は高価だから、出された品じゃちょっときついんだよな』

『確かになー』

俺は、『時代遅れの機器だとちょっときついって。売上出してみて。貨幣や鉱石なら研究の価値もそれほどないだろ?』とスケッチブックに書く。

「ありがとうございます、ガラミギアさん!」

 ……何故か、日本の持っている貨幣が段違いに高いんだが。2機買えるぞ、これ。

『ああ、あったあった。これで二台くれ』

『おお!? こりゃ帝国通貨じゃないか! これならいいぜ』

 早速俺は、『2機買えたけど、いい? 宇宙船じゃなくて他のもの買う?』と伝える。

「おおおおおお!! ありがとうございます、ありがとうございます! 二機買って下さい! 商人さんもありがとう! あ、これつまらぬ物ですが……」

 俺の交渉役の日本人がリリカルなのはの漫画本を配る。

『つまらぬ物ですが、お礼ですだってさ』

『おお! 時代遅れの機器よりかこういう物の方がずっと嬉しいな。じゃ、宇宙船持ってくるわ。新人さんに、俺も燃料サービスだ』

俺が『燃料サービスだって』と告げると、何度も何度もぺこぺこと頭を下げる日本人。
 それが感謝の仕草だって事がわかったらしく、顔見知りの商人もまた、どういたしましての仕草をした。本当はいけないんだけど、まあいっか。
 
『軍資金も手に入ったし、時間も来たし、そろそろアトラクションチーム回収して買い物に行くけど、あんたらどうする?』と書いてスケッチブックを見せる。

「もちろん、行きますとも!」

 そして転送装置で全員回収。何か皆、敗北感に打ちひしがれていた。

「ダンス勝負で負けた……!」

「あんな歌、私には歌えない……!」

 悔し涙を流す一行。大方、消音フィールド内に入って来た歌手やダンサーに完全敗北でもしたのだろう。あそこはそういう決闘をしかけられる事がたまにある。あ、でも貨幣は割と稼げてるな。俺は貨幣の価値を日本円に直して解説してやる。
 そして、貨幣をしっかり持った地球人を引き連れて、俺は色々と買い物をする。
 質問されたら、わかる範囲で答えてやる。何か幼稚園の引率みたいだ。
 
『これは物質転送装置で、あれは……』ふぅ、スケッチブックが足りんな。

「ほぉぉぉぉ。凄いなぁ」

「あれは!? あれはなんですか!?」

 キラキラした瞳で話しかけられる。俺もとても偉くなったようで、気分がいい。普段は駄目な奴だって怒られてばっかりだからな。
 グレイみたいな宇宙人を見た時は地球人達のテンションが上がりまくった。
 持ってきた貨幣も使い終わり、動物区画に移動する。
 売るのは雛と鶏。なんでもアメリカの鶏は宇宙一ぃぃぃ! なんだそうである。
 地球人が連れていかれようとするのを阻止しつつ、(ちょっと唸ったら地球人に凄く怖がられた)雛と鶏を並べ、美味いよ美味いよーとやっていると、目をまん丸にしてい鶏っぽい宇宙人が凝視していた。ひそひそと、必死な様子で仲間内で話す鶏星人達。
「私、救ってくる!」と言った風に飛び出してくる鶏星人(多分メス)を必死で止める鶏星人(多分オス)そして、必死で小袋を漁る他多数。沈黙が地球人達の間に落ちた。
 奴隷用ならまだ見逃せるが、食用、だもんなぁ……。ちなみに、こんな事があるから、まず食用動物は売らない。それに、毒になる成分があるかもしれないので、食事もご法度。
 
「あの、良かったら、この子達……」

 そっと差し出す地球人達。動物区画は、並大抵の精神では出来ないのである。
 その後、可愛らしくて安全で知能が高くないと保証されている動物をいくつか買い、奴隷用にされている知的生物に、ちょうどあの鶏星人と同じようにおろおろとする地球人の為にそいつらを買ってやり、飼い方を説明しつつ帰った。
 最後に、宇宙船の調整である。発信器を抜き、盗聴器を抜き、いろいろカスタマイズしてやり、座標を設定し、使い方を説明してやる
 
『じゃあ、ここでお別れだな。また一年後くらいに市にいくから、またその時な』

「何から何まで、ありがとうございます。貴方の事は宇宙人のオタクの同士として、語り継ぎたいと思います」

『お願いやめて』

 そうして、俺達は別れた。
 久々の地球観光、面白かったなぁ。
 一週間後、俺はまた上司に怒られていた。
 採算は取れたけど、学術的価値がまたしても殆どなかったのである。
 俺が得た珍しげな装置も、1・2年で再現可能な程度の物だそうだ。
 
『すみません……』

『本当にお前は、どうして無能なんだ! 大体……』

『じ、自腹切ってお土産買って来たので、これで許して下さい』

 そして俺は、笹団子を渡した。

『なんだね、これは。ふん、こんなもので許すと……もぐもぐ。うーまーいーぞー! どこで買った!? 首都か!?』

『いえ、地球って星の日本って所です』

 物凄い勢いで笹団子を噴き出し、必死にぺっする上司。きったねぇな。

『お前、休暇が欲しいと言っていたが、何やって来た!』

『何って、地球って星に出かけて(普通異星人に母星が見つかったら撃墜です)、日本に着陸して(普通捕まってモルモットです)首都で観光して(交流が始まってしまったとしても首都を異星人に見せる馬鹿はいません。文明の程度や重要地帯を詳しく知られるのは非常に危険です)ご馳走して貰って(異星の物を食べるのは自殺行為なので絶対にやめましょう。バリアは食事からまでは守ってくれないのです)ついでに市を案内してあげて、宇宙船を買うのを手伝ってあげて(個人で極めて重要な影響を異星人に与えるのはやめましょう)大収穫でしたよ。一年後も遊びに行く約束をしたので、その時には色々なお土産を買っていきたいと思います(次期交易の約束)。色々買ってきましたよー。えーとね、漫画に、アニメにゲームに(自分達の詳しい生活がわかる書物。普通流通させない。詳しい文化程度が知れてしまう為。特に軍事。その後の調べにより、要検討の装置案、武器案が多数発見。最重要)、パソコンに、発電機に、通信機器装置(交流方法の樹立)まで貰ってしまいました』

『こ。言葉もわからずどうやって……』

『日本語ならネイティブで書けます(異星言語の獲得)』

 何故か、上司は泡を吹いて倒れるのだった。






 一年後。
 地球に巨大宇宙船がやってきて、緑色の怪人たちがリリカルなのはの旗を振りつつ(それさえ振っていれば日本では銃殺・拉致されないという情報より)大挙して現れたり。地球原案、ラグラ星製作の魔法少女変身セット等が宇宙で流行したり、地球が観光ツアースポットになったり、完全にオタクだと思って接する地球人達とオタクを偽装する宇宙人で齟齬があったり、助けられた犬耳っ子やエルフっ子の奴隷たちがアイドルになったりする事になるのだが。でもそれはまた、別のお話。



[15221] 地球人だけど宇宙人を歓迎する 前篇
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/26 12:55
 日本の上空に、突如として謎の飛行物体が出現。世界は大混乱に陥った。
 自衛隊の戦闘機が、すぐに空港へと向かう。もちろん、アメリカも急いで手続きをしたが、まさか日本国内に出撃許可を出すわけにはいかない。
 騒然となっていたその時、全てのテレビが「着陸許可を求めます!」というハリウッド映画の一シーンを映し出した。エンドレスで流されるそれに、恐怖を感じる人達。
 そして、宇宙人に怒り狂うアニメを見ていたオタク。
 
「……空港の場所を開けろ。相手の出方を見よう」

 日本国首相笹井は、そう告げた。

「危険です! 外務大臣である私が行くべきです!」

「いえ、防衛省大臣である私が!」

「いや、私が行く。こんな危険な事を人に押し付けられはしない。自衛隊の皆さん、護衛をよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる首相。
 発着場に宇宙船が降りると、ゆっくりと出入り口が開いていく。
 そこから出て来たのは、恐るべき化け物だった。
 緑色の、人間大の怪獣としかいいようがないその姿。牙は鋭く、体はごつごつとして大柄で、人間なんて簡単に噛みちぎれそうだった。
 しかし、着陸にあんな方法を使ったという事は、少なくとも日本語を知っているという事である。わざわざ許可を求めて来たのも、好意的に見れば好意的に見える。
 人間、外見じゃない。きっと宇宙人だってそうだ。
 首相は緊張してその怪物に近づいていき……。
 宇宙人はさっと何かを取り出した!
 体が強張る首相と前に出る自衛隊員。
 出された物は……数十年前、首相が子供の頃に流行っていたアニメの旗だった。
 パタパタパタパタ、とコミカルに振られる旗。
 なんだオタか! 驚かせるなよ。オタなら仕方ない。
 緊張から一気に解き放たれた首相は、鉄の精神力で笑って告げた。

「ようこそ、日本へ。早速秋葉原へご案内します」

 宇宙人はスケッチブックを取り出し、でっかく質屋・両替屋と書く。
 そして、膨らんだ小袋を出した。
 ちゃんと両替をして買い物をするつもりだ。日本のルールを守るつもりだという事に、首相は安堵の息を吐き、それをそのまま自衛隊員に渡した。

「この方がたっぷり買い物をできるように、財務大臣に言って日本円をいくらか持ってきてくれ。それと、これの中身の解析を」

「はっ」

 自衛隊員は急いで空港に設置された宇宙人対策本部に戻る。そこの空気も、一気に緩んでいた。土産店は、早くも宇宙人が買い物に来ないかしらと言っている。
 財務大臣が予算をどれだけ動かせるか官僚に問い、官僚がお金を持ってこさせる。
 その時、ようやく米軍が手続きを終えて合流した。
 宇宙人はバックの中身をじっと眺めた後、出発した。
 バスの時刻表を眺め始めた事に驚く。しかし、バスに乗せるわけにはいかない。
 宇宙人を車に乗せ、秋葉原まで送った。大々的な護送付きである。
 宇宙人は秋葉原に降り立つと、真っ先に漫画喫茶に行った。さすがオタク、観光先にしてもチョイスがあれすぎる。
 驚いたのは店員達である。
 宇宙人とこわもての軍人たちが現れたのだから、普通は驚く。
 揉めに揉めていたが、一人が作り笑顔で身分証明書を求めて来た。緩やかなお断りである。
 宇宙人は、あからさまに肩を落として漫画喫茶を出る。
 後にこの店員は勇者と称えられる事になる。
 その後の買い物でも、店員に対する態度は控え目だし、温厚なオタである。
 ひらがなでへるぷみぃと書かれたスケッチブックを持って所在なさげに立ってみたり、なのはの旗をコミカルに振られてみれば、店員さん達も化け物相手でもちょっと手助けしてあげようかなという気にもなるものだ。
 宇宙人は、携帯の写真乱舞に戸惑いながら、発電機とゲーム機、漫画本、DVD等を買っていく。
 ゲーセンにも寄った。ゲームのやり方は知っていても、さほど得意ではないようである。
 その後ゲームが上手い人をじっと観察。満足したらしく、ふらりとゲーセンを出た。
 エロ本、エロゲを吟味していたのは興味深い。宇宙人でも地球人女性に惹かれたりするのだろうか? 宇宙人と地球人で子供は作る事が出来るのか? 興味は尽きない。
 不思議なのは、買った物がどんどん宙に消えて行く事だ。
 異星の知識は絶対にゲットしたい。しかし、話しかける勇気が出ない。
 首相は、買い物が一段落ついた頃に、軽いジャブを入れてみた。

「夕食にご招待したいのですが、何をお食べになりますかな」

 宇宙人は、『日本食にチャレンジ』と書く。『合わなくて倒れたら胃洗浄よろしくね』とも。
 首相は、早速手配をした、医師、獣医、そしてついでにアメリカの基地の司令官を呼ぶ。その時には各国から要人が押し寄せており、国連のような様相を示して来た。もちろん、アメリカも外務大臣を送って来た。
 最初は恐る恐る、それから必死にご飯を食べ始めた宇宙人。箸の使い方が上手すぎる。
 日本食はお気に召したようである。

「宇宙人さんは名を何と言うのですか?」

 『ガラミギア。意味はおかしい人。萌え萌えばっか言っていたからな!』との宇宙人の返答。やはりオタか。宇宙のアレな人なのか。首相は、話を逸らすように言った。

「日本語お上手ですね」

 ガラミギアは頷く。

「地球には何の目的に来た? 侵略目的なんじゃないだろうな」

 米軍基地司令官の言葉に、首相は目を丸くした。どっからどうみてもオタの巡礼である。しかし、ガラミギアは気を利かせる。
『文化侵略されに来ました。明日はハンバーガー食べてハリウッド映画見るつもりだよ!』

「俺にはわかる! この宇宙人は良い宇宙人だ!」

 アメリカを認められて基地司令官が気を良くしたのに、首相はやれやれと息を吐き、ガラミギアもそうしているのを見てクスリと笑う。

「最近期間限定の美味しい商品が売り出されたんですよ。ハリウッド映画ですが、今流行りなのは……君、映画のスケジュールを持ってきてくれたまえ」

 面白おかしく映画について話すと、ガラミギアは何度も頷く。
 非常に日本語への理解が深く、ネイティブに聞き取れるのを確認する。
 恐らくアニメで勉強したのだろう。アニメとオタ魂は偉大である。
 その後、日本地図と観光案内を求め、それを凝視しだした。
狙いは遊園地の様である。

「ガラミギアさんの星ってどこのどんな所ですか」

 『勉強が遊びなので、地獄。防衛学上、基本、星の位置情報や詳しい文化等は教えられない』と書かれたスケッチブック。なるほど、このオタは落ちこぼれか。そうだろう、そうだろう。首相はうむうむと頷いた。

「それは残念です。となると、交易とかも出来ないんですか?」

『交易用の星がいくつかあって、そこで交易するよ。場所知りたい?』と書いてきた事に驚き、ぜひ! と飛び付くと、親切に交易星の事を教えてくれた。
その話に目を輝かせる一同。話を聞くだけでも、不思議で、いかにも楽しそうだった。
 
「面白そうだしぜひ行きたいが、遠いな……」

 そう、問題は場所だ。宇宙の叡智が結集する市とやらは、別の星系なのだ。一同、凄く残念そうな顔をする。

『仕事で交易星に行く途中なんだけど、ついでに乗せて行ってあげてもいいよ。宇宙船も探せば売っていると思うし、目利きして地球の座標を入れてあげてもいい。そうすれば交易星と地球を行き来できるようになる。ただし、交換物は自分で用意して、面倒事起こさないでね。どんな使い方しても危険な事が起きない物で、容量は1tまで。容量はこの部屋ぐらい。動物のやり取りは特殊隔離施設以外禁止。宇宙服着用必須。これは伝染病の防止のためね』

 こともなげに色々と教えてくれるオタク宇宙人。それが軽々しくやってはいけない事だとは、馬鹿でもわかる。首相は確信した。この宇宙人は真のオタク、もっと言えば親切な一般人、更に言えば無知なるうっかりさんである。このまま行けば怒られるのも確実だろう。しかし、それでも首相は飛び付いた。一般人の善意ゆえに、完全に安全は保障されている。何かと代償が必要そうな惑星間の交渉をなしに、一足飛びに宇宙に進出できるのだ。

「本当ですか! いや、良かった! ぜひお願いします!」

 些か罪悪感を感じながら、握手してぶんぶか手を振る首相。

『まず、物を指し示す以外リアクションしちゃ駄目ね。これ、種族によっては凄く嫌がられるから。相手も文化の違いはわかっているから、いきなり殺される事は無いと思うけど。それ以外のリアクションをしていいのは、アトラクション区画だけ』

「そ、そうですか。気をつけます。アトラクション区画とは?」

『品物じゃなくて、歌や踊りや芸で物を貰う区画。楽しいよ』

「わ、罠じゃないんだな?」

 アメリカ基地司令が恐る恐る言う。

『宇宙人と交渉するなら、100%善意でも100%悪意でも問題ないように動くのが普通。なおかつこっちはウィンウィンの関係を目指すと一番上手くいく。後、素人は絶対に動物販売禁止。区画に入る事も駄目。間違えて売主が買われる事があるから』

「む、それもそうだな。よし、すぐに本国に連絡だ!」

 拉致される事前提で人を選べばいいのである。それに、向こうの星でトラブルに巻き込まれる事もありうる。最も、このオタク、市に慣れている恐らく運輸関係者だろうから安全だろうが。
 そうと決まったら、各国要人は一斉に本国への連絡と会議に走った。
 地球の文明が段違いに遅れている事はわかっている。しかし、地球人にも意地がある。
 宇宙船と交換してもらう程度にはいい品を見つけなければならないし、期限は実質二日。そりゃ皆走るという物である。
 次の日、ガラミギアはハンバーガーを食べ、お店の人に食べている所をビデオに撮られ(CMに使われる予定)、エイリアン侵略物の映画を見て、遊園地で一日を過ごした。宇宙人らしく、忍者が好きなようである。子供達にマスコットと勘違いされ纏わりつかれたり泣かれたりしたが、子供達とも気さくに触れ合っている。
 期間三日にして、ガラミギアはちょっとエッチで気さくなオタとして世界一有名になっていた。これが他の宇宙人に非常に大きな誤解、生温かい態度で接するという利益?、人として大切な何か的不利益を及ぼすのだが、それは後の話である。
 そして出発の日、わあわあ騒ぎながら準備をする。
 日本はもちろんDVD等のアニメ視聴セットとオタグッズ、それにロボットである。
 イラストだけの操作説明書は三日で企業の人が書きあげました。
 イタリアは絵画などの芸術品、スイスは時計、アメリカは最新鋭機器の数々である。
 これの売り上げもまた、地球人に大きな誤解を与える事になるのだが、それもまた後の話である。



[15221] 地球人だけど宇宙人を歓迎する 後編
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/02/27 11:01
「私は以前、営業をやっていた! その上、私は一夜漬けが得意だった。必要な物はすぐ覚えるが、忘れるべき事を速やかに忘れるのも得意! つまり! 私は、宇宙に行くのにふさわしい!」

「首相! 日本の首相が何言ってるんですか! 駄目ですよ、首相!」

「ええい、日本には優秀な大臣が勢ぞろいしておるのだ。私一人いなくてもどうにでもなる! 不測の事態が起きた時の為に、そうだ、今は非常事態なのだから防衛大臣に全ての権限を預ける!」

「首相! それは色々と不味いです、首相!」

 結局、日本は首相が行く事になった。
 二日の間に宇宙服にスピーカーがつけられ、有名なダンサーが宇宙服を着てのダンスの練習に精を出した。
 心持ぎゅうぎゅう詰めで、出発する。
 宇宙船は加速し、そして……気がつけば、大きな星があった。ワープ航法である。
 皆で窓に詰め寄る。その後慌てて席に戻り、大気圏突入を果した後にまた窓に詰めかける。多くの宇宙船、行きかう宇宙人。
 首相達は感嘆の声を漏らした。
 ある区画に宇宙船が降りると、ガラミギアは消音フィールドを貸してくれた。
 ダンサーや歌手が降りる。
 異形の生き物が寄ってきて、歌手達は怯えた。

『期待されてる。頑張れ』

「む、迎えに来てもらえるんですよね?」

『うん。ただし、指定した時間には絶対にここにいてね』

 歌手達は若干青い顔をして頷き、そして準備に戻った。
 中には、宇宙人でさえ私の踊りには感動するはず! とノリノリのダンサーもいる。
宇宙船が去った後、準備を終えて、とにかくダンサーは踊り、歌手は歌いだした。
宇宙人が動くたびにビクビクしていたが、それが称賛の合図だと理解すると俄然勇気が湧いてきた。
一生懸命歌っていると、一人の宇宙人、グレイっぽいのが立ちあがる。
そして、歌手の目の前に立ち、歌手よりも素晴らしい歌声で、歌手の歌っている歌を歌う。そして、聞いたことも無い言葉の歌を歌い出す。
歌手にはすぐにわかった。これは歌手への大いなる挑戦である。
歌手はメラメラとライバル心を燃やし、一度で歌を覚えて歌いだした。
宇宙人達のそれぞれの文化での感嘆と称賛の仕草。
ダンサーの前にも、触手怪人っぽい宇宙人が現れ、ダンスを踊り始める。
ダンサーは、宇宙服を脱いで地面にたたきつけた。
これにも驚きと称賛の声。
そしてダンサーは踊り始める。魂を込めた踊りを。
これにより、宇宙の芸人達の間で、地球人の芸人の度胸が買われ、好感度が上がる事になるのだが、それはまた後の話である。
アトラクション区画は、新人を交えて、大いに盛り上がり始めていた。
 さて、本隊一行は、適当な販売区画に着陸した所だった。
 ガラミギアがせっせと大きな商品を並べるその隣に、地球人達も商品を並べて行く。
 ガラミギアが準備を終えると、ゲゲゲゲゲ、と恐ろしい声で機械に向かって鳴きはじめる。それは装置を通し、様々な音へと変わった。ビビる地球人達。
 さらに、宇宙人が大挙して寄ってきて、更に地球人はビビった。
 宇宙人は漫画本を指差し、手の平を広げた。そこには、色々な小物や石や硬貨が握られていた。ガラミギアから、初心者である事は知らせるから、基本は相手の言い値でいいと言われている。しかし、ぼったくり過ぎはよくないとも言われていた。これは多すぎだと首相にもわかる。だって変な彫刻のされた大粒のダイヤ混じってるし。なので、シリーズ全巻と小さな人形のおまけを添えた。

「はい、はい。ありがとうございます。また来てください」

 宇宙人は大いに驚き、更にいくつかの小物を渡してくれるが、首相はそれをやんわり断る。宇宙人は無理やり小物……主に妙な彫刻の宝石類をたくさん置いていき、色々と買ってくれ、上機嫌の様子で多くの宇宙人を引き連れて去って行った。
 首相がそんな売り方をしていた為、日本ブースはいち早く物が無くなった。
 一息ついた首相は、ガラミギアの所に向かう。

「ガラミギアさん、ガラミギアさんのも何か売ってくれませんか?」

『必要な物は割と買ったからなぁ。まあ、次の交易の時も買い物に寄るからいいか。日本円でいいよ。高いけど。これだと百万ぐらいかかる』

「ありがとうございます」

『俺は特別なんだからな。初めて来て、これから来るかよくわからん奴の金は、コレクションの価値しかないよ。かといって貨幣を全く出さないと嫌な顔されるが。俺個人の貨幣といくらか交換するか? うちの星の奴は結構来てるから信用あるよ』

「ああーっ! ガラミギアさんが寄こした貨幣持ってくれば良かったのか! 全部研究班に渡すんじゃなかったなぁ……。ありがとうございます、ガラミギアさん」

 そして、首尾よく第一回目の買い物を終えた首相は、ガラミギアと両替した貨幣を各国ブースで両替して歩いた。
 そして、アメリカブースで少し揉めている様子を見て、ただちにガラミギアを呼ぶ。

「ガラミギアさん、宇宙船の交渉がしたいという方がいるので、交渉をお願いします」

 ガラミギアが進むと、交渉中の揉めていた宇宙人が、ガラミギアと話しだした。

 怪獣同士のやり取り。威嚇しあっているようにしか見えない。
やがてガラミギアは、スケッチブックを出した。『時代遅れの機器だとちょっときついって。売上出してみて。貨幣や鉱石なら研究の価値もそれほどないだろ?』そう書かれた言葉に、アメリカブースの企業の営業は悔しそうな顔をする。

「ありがとうございます、ガラミギアさん!」

 宇宙船を持ってくる事は、この新設された商人団の使命である。
 各国が協力し合って売り上げを出した。
 ガラミギアは、日本ブースを中心に、宝石に彫刻をされたものをひょいひょいと拾っていく。これは通貨だったらしい。
 また怪獣同士の咆哮。その後、ガラミギアはスケッチブックにサラサラと文字を書いた。

 『2機買えたけど、いい? 宇宙船じゃなくて他のもの買う?』

「おおおおおお!! ありがとうございます、ありがとうございます! 二機買って下さい! 商人さんもありがとう! あ、これつまらぬ物ですが……」

首相がリリカルなのはの漫画本を配る。再度、咆哮。
ガラミギアが『燃料サービスだって』と告げてくれ、首相は何度も礼をした。
 宇宙人が、首相に指を二本立てて切り裂くような動作をする。首相は怯えたが、恐らく友好的な仕草だろうとぐっとこらえ、笑顔を崩さぬようにした。
 
『軍資金も手に入ったし、時間も来たし、そろそろアトラクションチーム回収して買い物に行くけど、あんたらどうする?』と書いてスケッチブックを見せるガラミギア。

「もちろん、行きますとも!」

 そして、各国であたふたと両替機と大型自動販売機と両替機を用意した。
 ガラミギアからシステムの話を聞き、ならば地球のお金を手に入れてくれた人達のために、次の交易の時まで置いていこうという話になったのである。
 このシステムと精神は大いに称賛され、すぐに交易星で流行る事になる。
 そして転送装置でアトラクションチームを全員回収してもらう。何か皆、敗北感に打ちひしがれていた。

「ダンス勝負で負けた……!」

「あんな歌、私には歌えない……!」

 しかし、貨幣の取得はしていたようだ。首相は大いにねぎらい、ガラミギアから貨幣の地位の講習を受けた。
 そして、ガラミギアは店をめぐり、色々な事を教えてくれた。ガラミギアはさすが交易に来るだけあり、色々と詳しかった。ガラミギアの評価が、愛すべき無知なうっかりさんから、でも仕事はちゃんとしている人にランクアップする。
 グレイみたいな宇宙人を見た時は全員のテンションがアップし、アメリカはさりげなく隠れた。
 お金は、いくら持っていても足りない。様々な買い物をし、その後動物区画に移動する。
 売るのは雛と鶏。
 ガラミギアの商品と間違われて連れて行かれそうになる場面もあったが、ガラミギアの凄まじい威嚇により去って行った。ガラミギアは宇宙人だけあって、さすがに恐ろしい部分がある。とにかく、雛と鶏を並べ、料理法と食べる様子を描いたイラストを出し、美味いよ美味いよーとやっていると、目をまん丸にした鶏っぽい宇宙人が凝視していた。ひそひそと、必死な様子で仲間内で話す鶏星人達。
 彼らと目が合い、首相達は硬直した。
『私、救ってくる!』
『やめるんだ! 交易星ではこれがルールなんだ!』
『でも! あんな小さな子供達が食べられちゃうのよ!? 食べられちゃうのよ!?』
『どうしよう、もうお金が……それに、これはそもそも国家のお金だし……いや、国王もきっと許してくれる! いや、しかしもうお金が……』
飛び出して来ようとする鶏星人(多分メス)を必死で止める鶏星人(多分オス)。必死で小袋を漁る他多数。言葉はわからずとも、何を考えているかは丸わかりである。沈黙が地球人達の間に落ちた。
 
「あの、良かったら、この子達……」

 そっと差し出す首相。硬直した鶏星人達は、がばっと雛達を保護して、いいの? とばかりに地球人勢を見る。アメリカ人もこっくりと頷き、気が変わらない内にと鶏星人達は去って行った。
 この後、地球人は鶏を食う残虐性の高い生き物であるが、交渉する事は出来ると報告が上げられ、ぎこちないながらも交易のきっかけとなる。
 その後、ガラミギアの指導の元、可愛らしくて安全で知能が高くないと保証されている動物をいくつか買った。一発で心が奪われた。
 動物よりも、その動物が持っていると思われる病原菌データや餌代、ガラミギアの地球人向けワクチン開発代が高くなったのは御愛嬌である。
 もちろん、ガラミギアの株がまたしても上がったのは言うまでも無い。
 よりによって、貨幣が全く無くなった時にそれは起きた。
 エルフっ子や犬っ子が裸で首輪をつけられて泣いていたのである。
 特に日本の首相の受けたダメージは大きかった。彼は奴隷制度に耐性がないのである。
 おろおろと、縋るようにガラミギアを見る。小袋を振ってみるが、何もない。

「どうすれば……えーと、えーと、ダンスで料金を稼ぐ!」

『ここアトラクション区画じゃないから。……ったく、大金持ってきたのに全部無くなるな』

 ガラミギアは大仰にため息をつき、彼らを全員買った。
 そして最後に、宇宙船の調整である。色々な装置を抜き、いろいろ使いやすくしてくれているようすのガラミギア。何こいつ、神様? 宇宙人って親切。
 ガラミギアの株は大幅アップである。
 
『じゃあ、ここでお別れだな。また一年後くらいに市にいくから、またその時な』

「何から何まで、ありがとうございます。貴方の事は宇宙人のオタクの同士として、語り継ぎたいと思います」

『お願いやめて』

 そうして、宇宙人との初めての邂逅は終わった。
 この後、反省会が行われ、殆ど売り上げが上がらなかった最新鋭機、ダントツで売れた日本のアニメや漫画、二番目に売れたイタリアの絵画などから鑑み、文化、特にオタク系文化の輸出が有益と判断される事となる。
 その後、宇宙船はすったもんだの末にアメリカ所有と日本所有、ただし出かけるときは必ず他国を招待する事となり(当然国連所有の話も出たが、アメリカと日本側が蹴った)、一か月に一回という高頻度で訪れる事となる。

 一年後。
 地球にオタクが大挙して現れたり、それを出迎えたガラミギアのキグルミで出迎えたり、軍オタですと地球人を騙して軍事情報を得ようとするラグラ星人が現れたり、日本人がそれに騙されたり、ガラミギアグッズ(一番人気はへるぷみぃ)が売れに売れたり、地球原案、ガラミギアの故郷ラグラ星製作の新技術が溢れたり、その結果小さなアメリカンヒーローや魔女っ子や忍者が増殖(変身能力のみ)しまくったり、それ以上の数の大きなお友達のアメリカンヒーローや魔女っ子や忍者が大活躍したり(兵器としての効果あり。日本は警察の制服として採用)、地球がラグラ星に対してのみ、観光ツアースポットになったり、助けられた犬耳っ子やエルフっ子の奴隷たちがアイドルになって大ヒットしてそのお金で故郷の仲間達を救ったりするのだが。でもそれはまた、別のお話。



[15221] 魔法忍者ガンダム プロローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/03/27 07:12

「僕と契約してよ! 魂と引き換えに願いを叶えてあげるよ!」

 どう見ても初期の試行錯誤中のきゅうべぇにしか見えない生物に、ある日そう言われたら、皆はどうする?
 契約した時点でゲームオーバーなんだから、断る。はい、そうだな。皆そう答えると思うよな。俺、佐々木浩太だってそう。
 ……でも、実際にきゅうべぇにあったらどうする?

「お前と同じ能力が欲しい!」

 俺はこう答えた。皆だってそうするはずだ。
 脊髄反射で、それでも全身全霊を込めて告げた強い願い。

「君の願いはエントロピーを凌駕した。受け取るといい。君のソウルジェムを」

 俺の胸から宝石が浮き出てくる。
 俺はその宝石を胸に抱いた。
 そして、きゅうべぇを引っ掴んでファンタジー研究部に駆けだした。

「皆――! 俺と一緒に悪魔に魂売ってくれ! つーか俺は先に売った!」

「うっそきゅうべぇ!? きゅうべぇなの!? 生きてる!?」

 部員その一、魔法少女のコスプレした葉月魔美が声を上げる。

「きゅうべぇ先生でござる! すげぇでござる!」

 部員その二、忍者のコスプレした森田忍が言う。

 きゅうべぇが本物という事を証明すると、俺はきゅうべぇを放り投げる。

「俺はきゅうべぇと同じ能力を貰った。つまり! 魂と引き換えにお前らの願いを叶え! そのエネルギーを使う事が出来る! 後魔法青年だ。その上、体は替えが効くし、より遠くで操れる」

 俺は胸を張って答えた。

「これは想定シュミレーション1251番の事態ですね」

 副部長の鈴白賢子がくいっと眼鏡を上げた。

「これはロボットの予感!?」

 きらきらと目を輝かせてガンダムのコスプレをした部員その三、木田作造が叫ぶ。
 弱小ファンタジー部、今飛翔の時! ああ! 皆で転生したらどうするか連日のように会議してきたかいがあった!
 俺達はこれから! 転生する!

「使える願いは後四つ! 皆、プラン1251だ!」

 「イエッサー!」と声を揃えて四人は答える。
 その後森田忍は慌てて1251番の資料を漁り始めた。駄目な奴だ。
 賢子がくいっと眼鏡を上げて、告げる。

「私達に、死体を再生し、自分の物とする能力を所望します」
 
「俺達に、望みの世界に行ける能力を望むぜ!」

 作造が、叫ぶ。
 魔実と忍は、何があるかわからない為、温存である。
 賢子と作造の胸に手を突っ込み、俺はソウルジェムを取り出した。
 おおおおお! これが感情エネルギー! 二人のエネルギーは存分に活用させてもらうぜ!
 しかし、すぐに出発しないのが俺達のクオリティ。
 俺達は、遺書を書き、必要と思えるありったけの物を買い込み、お金を降ろして、人気のない場所へと向かった。

「まずは、知的生命体のいない空気成分が同じ世界への道よ開け! 出来れば都合のいい洞窟!」

 そして、望み通りの場所への扉が開いた。
 そこを拠点とする事にして、荷物やなんやかやを置く。
 次にソウルジェムの浄化の方法がある世界の墓地へと道を開く。
 俺達は死体に宿り、墓から抜け出して、5人集まって拳を合わせた。

「じゃあ、死体を乗り換えながら、誰が一番先にソウルジェムの浄化の方法を手に入れるか、競争だな」

 そして、俺達は散らばった。
 大冒険の果てに、俺達は浄化の力を持つ一族を得た。
 浄化の力を持つ一族の墓地を探しだし、男女の死体を復活させ、子供を作って育てたのである。
 その後は、拠点で飼育。
 その後、俺と賢子は死体の誘拐と繁殖に勤しみ、作造はロボ関係の世界に行って資材の搬入。魔美は魔法世界で魔法技術の収集。忍は忍び世界で忍術の修行に明け暮れ、その技術の導入と共有化に勤しんだ。
 入念に準備を重ね、ファンタジー世界の一つにターゲットを絞り、その世界の調査と資金の調達。1000年の準備を整えた俺達は、ついにファンタジー世界のチート蹂躙行為に移ったのだった。
 まずはチート蹂躙の定番その一、裏組織ごっこの始まりだ!
 目指せ、ファンタジー世界のファロット一族!



[15221] 出来れば僕達、母の後を継ぎたい 一話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/03/28 22:57





「母上! 母上!」

 目を見張るほど大きな魔獣。その前に倒れる女性。女性の姿は原形を留めておらず、女性に縋る少年もまた、ボロボロだった。

「お兄様。行きますわよ」

 ドレス姿の少女が告げた言葉に、少年は泣いていやいやと首を振った。

「母上が死んだのに、薬草集めなんか!」

「お黙りなさい。お母様の依頼達成率は常に100%。そのお母様の誇りを汚すつもりですか!」

 少年はぐっと黙り、女性の身に付けた道具袋と、胸から出て来た石を取り、彼女の首飾りを取って、立ち上がった。
 番人を倒した彼らは、番人から魔術の材料、森からはここでしか取れない薬草をたっぷりと採集し、女性の遺体を残して帰って行った。
 さんざん泣いて泣きつくした少年は、ようやく涙を拭いて薬草の調合を始めた。少年は気付く。少女の部屋から、押し殺した泣き声が聞こえるのに。
 それに少年はまた目を潤ませ、そしてごしごしと目を拭って仕事を再開した。
 少年少女は、魔術師の一家であり、女性の弟子であり、子供であり、ある特異な一族であった。薬草を煎じ終わった頃、無言で少女が部屋から出て来て、食事の支度を始めた。

「……遺品の整理、しないとな」

「……そうね」

 もそもそと食事を食べ終わり、二人……エルディアとエルラドは、母親の部屋を漁り始めた。最低でも、依頼の届け先を聞かねばならない。
 エルディアが分厚い遺書を見つけ、エルラドは依頼書を見つけた。
 二人は肩を寄せ合って、遺書を読んだ。それはこれからの振舞い方について書かれた、母の想いのこもった手紙であった。
 その中に、短剣についての項目があった。
 その短剣は、真主と仮主を設定できる魔剣だと言う。今の仮主はエルラドで、エルラドが死ねば真主に戻るから心配はないらしい。他に、エルラドが危機に陥れば短剣がやってくるはずだと言う。本当に困った時だけ、兵士や騎士に見せて、お願いなさいとだけ書いてあった。ただし、それは最後の手段だとも。

「この短剣、何なのかしら……? 魔剣だし、とても高価な物みたいだけど。真主って一族の人?」

「ううん……。記憶にはないな。一族に受け継がれる物、とかではないと思う。母上の記憶玉を使えば、きっとはっきりするけど……」

 エルディアとエルラドはためらった。記憶玉は、何度も使える物ではないのだ。人間の記憶力の限界という物があるのである。そして、辛辣な言い方をすれば、既に二人は母親から学ぶ事が無かったのである。
 それは、二人が優秀な生徒であったからでもあるし、記憶玉のせいでもあった。
 彼らの一族は死ぬと記憶玉を残す。
 それを使えば記憶を読みとる事が出来るが、母親であるマリーはたった一つ分の記憶玉を、ほんの少し読みとる器量しか無く、エルディアとエルラドは記憶玉と産まれた時に母に使われた記憶玉を丸まる吸収・応用してしまい、まだ容量を残す程の者だったのだ。
 エルラドとエルディアの使った記憶玉の持ち主は、貴婦人と騎士の転生体だったが、後に立派な魔術師となっている。つまり、エルラドとエルディアはそれだけの知識を持っている。しかし、マリーはおぼろげな魔術師としての記憶だけ。
 もちろん、マリーは前世の記憶を持っている。
 その上、元々一族の魂には一芸に秀でた物が選ばれるのだが、マリーは薬師だった。そして、体に引っ張られて幼くなっているからそうは見えないが、エルディアは医師、エルラドは工学者である。頭の良い二人が遅れた時代の薬師であるマリーの知識を吸収するのはあっという間だった。
 繰り返すが、記憶玉はほいほい読みとれる物ではない。
 二人は分厚い遺書で満足する事にして、遺品整理をした後に眠った。
 翌日、二人は黒いローブを着てギルドへと向かった。

「おいおい、ここは子供が来る所じゃねぇぜ……って、暁の魔女の餓鬼か。暁の魔女はどうした?」

「母上が死んだから、代わりに来た。最後の依頼は達成したよ」

 エルラドは依頼書と煎じた薬を置いた。

「何! じゃあ、あの森の番人をやっつけたって言うのか!?」

「そうよ。報酬を頂戴」

「ああ、わかった。そうか、相討ちか……おふくろさんの事は残念だったな」

「母上が相手より弱かっただけだ。仕方がない。今回の依頼金で護衛を雇って旅に出ようと思う」

 旅立ちの準備は既に出来ていた。家も綺麗に片づけてある。
 隣のそのまた隣の国、ディアテルト国。そこでは魔物が豊富な為、冒険者の年齢制限がないと言う。緑も多く、良くも悪くも自然が豊かな国だ。
 治安も悪いが、腕を磨き、素材を色々と手に入れるには最適である。
 マリーは遺言でそこに行くようにと示唆していた。

「強いなぁ。親戚はいないのか?」

「母上は天涯孤独の身の上だった」

 そこで、ギルドの受付の人間の目が怪しく光った。

「母親が死んだなら、役所で手続きしとくんだな」

「母上に戸籍は無いが」

「いいから、手続きしとけ」

 エルラドは訝しげな顔をしたが、間違った事は行っていない。
 とりあえず、手続きをして、今回の報酬をそのまま依頼金に回して、ディアテルト国への護衛依頼を出す。
 次の日の朝、どんどんとけたたましく扉を叩く音がしたので、エルラドとエルディアは飛び起きた。
 いつでも逃げ出せる準備をして、警戒して戸を開けると、見知らぬ男が満面の笑みを浮かべて言った。

「よお、息子! 娘よ! お父さんだよ! 俺がこの家を継ぐ事になった。ほら、これが書類だ」

 エルラドは戦慄した。この者が父である事など、ありえない。何故なら、一族の掟として、配偶者はあくまで子を成す為の道具に過ぎず、女なら一夜で別れ、男なら子を浚うのが通例となっているからだ。書類を奪い取るが、結婚の事実が完全に嘘っぱちである事以外は完全であった。
 
「暁の魔女、いや、マリーの家か、なあ、財宝はどこにあるかわかるか?」

「わかりました。俺達は旅立つので、この家は好きにして下さい」

 エルディアを抑え、エルラドが言う。
 幸い、元々荷造りはしてあった。
 だが、男はにやにやと笑う。

「その前に、子供が高価な物を持つのは良くない。その荷物と剣、財布は置いて行け」

 エルディアは今度こそ剣に手をやった。エルラドがきつくそれを抑える。
 二人、荷物を降ろし、財布を置き、剣を置いた。
 男は荷物と財布を覗き、満足そうに笑った。

「よし、行っていいぞ。……行けるもんならな」

 エルディアとエルラドはギルドまで走った。
 護衛依頼は解約され、依頼金は持ち帰られていた。保護者ならばそれが出来るのである。
 そして、この国では7歳の少年少女は依頼は出来ても、依頼を受ける事は出来ないのである。

「やられたわね……」

 ため息をつくエルディア。ぎゅっと唇を噛むエルラド。そんな二人に、話しかける者があった。

「お前ら、暁の魔女の弟子を名乗るからには、何かできるんだろ。俺達のチームに入れてやってもいいぜ。……金がないんだろ?」

 にやにやとした男達。事情を知っているであろう事は察せられた。
 弱肉強食の厳しい世界は、七歳の子供にも牙を剥いていたのである。

「その必要はないわ。行きましょ、エルラド」

 素材は子供でも売り買いできる。エルラドとエルディアは薬草集めをして、取った薬草と小物の魔物の素材を売ったお金で宿を取った。実を言うと、エルラドとエルディアは特殊な道具袋を持っていて、そちらの方に大事な物を入れてある。財布と道具袋は、それがばれない為のカモフラージュに過ぎない。つまり、お金は他にも持っていた。
 しかし、この油断ならない町で、それの存在が知られるのはあまりにも危険だった。幸い、このペースで行けば三日分で次の町までの旅費が出来る。だから、二人は薬草集めをして見せたのだが、問題は次から次へと現れるものだ。
 二人が翌日も薬草集めをしてギルドへ行くと、名も知らない父を名乗る男が、昨日誘ってきた冒険者と歓談していた。

「おお、息子よ、娘よ! この人達が、冒険者が何たるかを教えてくれるそうだよ」

 ぞわっとエルラドの背が泡立つ。
 ついに、エルディアは言い放った。

「何が父よ。家を奪っただけで飽き足らず、私達を売るつもり?」

「なんて酷い事を言うんだ、娘よ! 父さんはお前の事を想って言っているのに」

 芝居がかった声で父を名乗る男が言う。
 
「諦めな。言ってもわからないだろうがな、法律上、もうこいつはお前らの父なんだよ。逃げても兵士に連れ戻されるだけだぜ。15になるまでか売られるまでは、ここから出られねぇよ。ま、精々売られるよりは金になると思わせとくんだな」

 笑いながら冒険者の男が言う。
 親なら合法的に売る事が出来る。その際に抵抗したりしたらこちらが犯罪者だ。
 エルラドとエルディアは二人、心話で話し合う。

『なんて事……。これで私達の素顔なんて知れたら……』

『間違いなく、売られるね』

『いきなり、詰みなの……? 力を蓄えて、隙を見て逃げ出す事は出来ると思うけど……』

『それでも逃亡者だし、薬を使われるかもしれない。どの道逃亡者なら、今、何とかした方がいい』

『ねぇ、私達、とっても困っているわ。今こそ、短剣を使うべきじゃなくて?』

 エルラドとエルディアの話し合いは終わり、二人は怯えて逃げる振りをした。
 とりあえず、街門を守る兵士の詰所へと向かう。

「僕達、勝手に門を出ては行けないよ」
 
 にやにやとした兵士の顔。

「頼む、見逃してくれ」

 心配になりながらも、エルラドはすっと短剣を出す。

「賄賂か? 随分高価そうな短剣だな。ま、いいだろ」

 エルラドとエルディアは拍子抜けしたが、とにかくエルラドが危機に陥った時は戻ってくるのだ。二人は街から転げるように逃げ出した。
 王族にのみ伝わる短剣。王が娘と交わり、その娘が万一子供を産んだ時、一代限りそれを王の子だと証明する為の魔法の剣。チャイルドチェーンを掲げて、兵士は売れたらいくらになるだろう、と嬉しげな声を上げた。
 




[15221] 出来れば僕達、母の後を継ぎたい 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/03/29 00:53

 兵士は、それを質屋で金に換えた。質屋は、足元を見て安く買い取った。そして、それは裏の商人の間を渡って行き、ついに裏に精通した貴族の手へと渡った。

「……なんだ、これは。これをどこで手に入れた?」

 貴族は冷や汗を流しながら、告げる。

「それは、由緒ある短剣でして……」

「確かに、由緒ある短剣だな」

 そして貴族は剣を見た。剣を見れば、大体の情報はわかるのである。まず、母から子へと受け継がれているか。受け継がれている。年は。およそ、5年以上10年未満といった所。父親。この紋章は先日王位を継いだばかりの陛下だ。ちなみに、皇太子である陛下の御子、ライド王子は病弱で、先日ギルドから買い上げた薬で死病から回復したばかり。まだ三歳である。
 庶子である事を差し引いても、王位継承権第二位である。御子が病弱である以上、十分に相続権はある。大変な事態である。

「もう一度聞く。これは王族にしか持てない品。どこで手に入れた? いや、どこで奪った?」

 商人は、さっと顔を蒼褪めさせる。

「ま、まさか奪ったなどと……。わ、私は騙されたのです!」

「これは魔剣でな。これがここにあるという事は、まだ主は生きておられるという事だ。これが陛下の元へと向かったならば、主が命を落としたという事。ただ消えただけなら、主が危機に瀕しているという事。その時は、私は包み隠さずお前の事を話すぞ。下手をしたら、反逆罪になるかもしれないからな。それが嫌なら、入手先を調べろ。内密でな」

「か、かしこまりましたぁ!」

 商人は平伏する。
 貴族は、可能な限り早く動いた。しかし、そもそも貴族が動き始めた時には、全ては終わっていたのだ。
 チャイルドチェーンを売っぱらった兵士は、その日兵士長に呼ばれて、訝しげに兵士長の元に向かった。兵士長の元には、チャイルドチェーンと教本があった。
 若干蒼褪め、怒りに唇を震わせている。その隣では、貴族が悠然とお茶を飲んでいた。

「きょ、教官。なんでしょうか」

「お前、この剣に見覚えは無いか」

「た、確か賄賂に貰って売っぱらった……」

 教官は、どんっと乱暴に開いた教本を短剣の隣に置く。
 その教本に書かれている絵と、短剣を見比べて、兵士は何かを思い出す動作をし、そしてさっと顔を青ざめさせた。

「これを持つ者は絶対保護しろって、王所縁の証! なんでこんな品を賄賂に!?」

「賄賂にするわけがなかろうが! お前が勝手に勘違いして王子王女殿下から巻きあげたんだ! 俺もお前もおしまいだ! これだけは、何を忘れてもこれだけは覚えておけってあれほど言ったのに!」

 事実、この国に仕える者は、少年兵や従者ですら叩きこまれる紋章である。無論、偽物を使えば死罪だ。
 兵士が巻きあげた相手が真の持ち主ではない可能性も無いではないが、年齢的にどんぴしゃりである。暁の魔女に関しても、陛下は戦場で凄腕の魔術師に助けられ、恋をしたと常々仰っておられた。ほぼ、間違いないだろう。
 王子王女の戸籍を偽造し、勝手に結婚していた事にして、恐れ多くも父を偽り、家財を奪った事、街ぐるみでそれを行った事、チャイルドチェーンを奪って危険な街の外に準備も無く放り出した事。
 無論、死罪が幾人もでる大事件である。腐った町は数あれど、それが有名な魔術師の家財を得る為だろうと、役人、ギルド、兵士が一体となって犯罪を犯すなどめったにない。まんべんなく腐っていなくては出来ない事である。
 ただ、公にすると、王子達が盗賊に襲撃される可能性があるから公にしないだけで、彼らの命は王子達が見つかるまでなのである。多分上から下まで平等に全て罰せられるだろう。
 さて。貴族は考える。
 王子王女を保護し、後ろ盾となって王宮に連れて行けば大勝利である。
 今、陛下にご報告申し上げれば、それはそれで覚えがめでたくなる。まあ、可といったところか。
 不味いのは、知っていて黙っていたと判断される事である。
 まかり間違って、隣隣国のガラの悪いディアトルテ国や、最悪なのは隣国のモルトー王国で保護されるなどという事もあってはならない。モルトー王国とは、真面目に戦争の危機だったりするのだ。いきなり人質取られましたなど、考えたくも無い。それの責任を取らされれば一族郎党死罪にあうだろう。国を出られれば貴族の負けである。
 しばらく考えて、貴族は間を取る事にする。
 陛下に内々に報告し、誘拐や暗殺の可能性を説き、探す役を仰せつかるのだ。
 御子が一人なだけに、陛下の周囲は当然のごとくライド王子派のみ。陛下も、そうそうに王子王女の事を頼む事は出来なかろう。それが出来たとしても、極小数なはずである。
 そうと決まったら、貴族は速やかに、かつ密やかに追手を放ち、短剣を持って王都へと向かうのだった。
 グッドタイミングというべきか、バッドタイミングというべきか、陛下に短剣をお見せして、陛下が御子の存在に感涙した所で剣が消えうせてしまい、御子に何がと大変な事態になるのはもう少し先である。

 さて、少し時間をさかのぼってエルラドとエルディアである。
 彼らは、腰に下げた小さな袋から寝袋や薪や食料など次々に出し、逞しく野宿していた。
 いくら鍛えているとはいえ、七歳の子の歩きな為、遅々として進まない。
 それでも、てくてくと歩いて、短剣が貴族の手に渡った頃に、次の町へとついた。
 二人は早速ギルドに向かった。前の町で手ひどい真似を受けているのは業腹だが、それでも二人が頼るのはギルドしかない。さすがに、七歳の子供が隣隣国までの長旅など、無理なのである。
 ランクが高い依頼は、さすがに信用が高い者がなる。
 二人は、有り金をはたいて、Sランク依頼として、隣隣国、ディアトルテへ送り届けるという依頼を出した。出せてしまった。暁の魔女の溜めていた資産は、それほどまでに多かったのである。

「Sランク、って事は訳ありね? 大丈夫よ、ぼくたち。地獄の沙汰も金次第ってね」

 勝手にストーリーを作った受付のお姉さんは、一つウィンクをして、一人の青年を呼び出した。

「ハイドーっ 良い仕事紹介してあげるわ! ディアトルテ国までの護衛依頼よ! 貴方、キャラバンに帰り途は荷が安いからCランク分の料金しか出せないって言われたんでしょ?」

「そりゃいいな。詳しい話を聞かせてもらおうか」

 はちみつ色の髪の好青年が微笑み、エルディアが頬を赤くした。
 そして、食事を一緒にする。

「経費込みこみで、ディアトルテの信用出来るギルドまで、か。わかった。俺がキャラバンに頼めば、同乗させてくれて旅費も出してくれると思うから、経費の方も問題はないよ。Sランクだし、訳は聞かないよ。よろしくね」

「その、ハイドさんはSランク冒険者なんですよね? ディアトルテの方なんですか?」

 その言葉に、ハイドは頭を書く。

「一応、父がディアトルテの貴族なんだけど、俺はそれが性に合わなくてさ。こうして冒険者なんてやって、ディアトルテの為に旅の噂を集めてる。内緒だけどね。あ、エルラド……でいいかな?」

 エルラドが頷くと、ハイドはほっとしたように微笑み、言った。

「君達も、何かこれはという噂を知っていたら、教えてほしい」

「私達、魔物退治ばかりの人生だったからわからないわ。ねぇ、ハイド様。色んな魔物のお話、聞かせてください」

 エルディアが、若干ハイドに甘えた声で言う。Sランクの好青年。女の子なら、好感を持って当たり前である。

「そんなに小さいのに? あ、いや、聞かない約束だね。じゃあ、僕が今までで一番苦労した魔物退治は……」

 和やかに会話する三人。もしも、貴族がこの会話を聞いていたら悶絶していただろう。
 運命の輪は、回り始めていた。
 



[15221] 出来れば僕達、母の後を継ぎたい 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/03/29 13:03
 キャラバンに同乗すると、エルラド達は一息ついた。
 馬車の上は寝心地が悪かったが、魔物の襲撃を気にせず、ゆっくり眠れる場所があるだけでも重畳である。
 二、三度魔物の襲撃があったが、ハイドはエルラド達が目に届く所から決して離れず、速やかに魔物を倒した。
 二人が出る幕すらなかった。
 二人に対する気遣いも中々の物であり、良い買い物をしたとエルラド達は大満足である。
 ハイドの方も、二人が決して我儘を言わない事に安堵していた。
 ハイドは、キャラバンが森に近づくと二人に注意する。

「この辺は強い魔物が現れるから、気をつけてね」

「毒を持っていて、数が多いのよね。あの時もお母様は相手の攻撃を受けてしまって、手を腫れさせてしまっていたわ。薬を飲んで塗って、それでも治るまで、二、三日も掛かってしまったものですわ。奇襲さえ受けなければ負けませんから安心なさって」

 エルディアはため息を吐く。

「下手をしたら命を落とすような毒だよ。薬はかなり高価になるはずだけど」

「みたいね。キャラバンの人達に売ればお金になるかも。薬も古くなってきているし、思い切って処分して、新しい薬と入れ替えようかしら。ね、お兄様」

「そうだね。材料は確か全部この森で賄えたはずだし」
 
 二人の言っている事が本気かどうかわからず、ハイドはあいまいな笑みをこぼす。
 薬草を集めては小走りで馬車に追いつき、馬車の上で休むという事を繰り返していると、魔物が現れた。それも、薬草集めをしていた二人の間近に。
 特殊な道具袋に入れてあった予備の剣に、エルラドが魔力をまとわせた。
 エルディアはエルラドが作った魔銃を構え、放つ。
 大きい蜂の姿をしたそれを的確に倒して行き、大きな袋にその死骸を集めていく。
 ハイドは思わずあっけにとられてそれを見つめた。
 七歳の子供が、Cランク……かなり弱いが、毒が厄介で恐れられているドローンビーに一歩も引かないのである。すぐ我に帰り、ハイドも参戦した。
 巣が近くにあるらしく、数が多い。
 しかし、エルラドは嬉しそうだ。

「エルディア、久しぶりに美味しい蜂蜜が食べられるよ」

「ええ、そうね。ハイド、少し待っていて下さらない?」

 エルラドとエルディアは蜂の向かってきた方向へと向かった。
 当然、ハイドも慌ててついていったが、そこで驚いた。
 エルラドとエルディアが、躊躇なく蜂の巣を攻撃したのである。
 薬草の入った小袋を投げ、そこに火の魔法で着火。
 煙が巣を完全に覆う。
 怒った蜂達が攻撃して行くのを、エルラドとエルディアは的確に落として行く。
 ハイドも、もちろん戦った。
 しばらくしてようやく全ての蜂を片付けると、心配してキャラバンの者が迎えに来てくれた。

「ちょうど良かったわ。この巣を馬車まで運ぶのを手伝って下さらない?」

 蜂の巣を運びこんだエルラドとエルディナは、当然注目を浴びた。

「そうだ。蜂の攻撃を受けてしまった方はいらっしゃらない? 格安で古い薬を売るわ」

 エルディナの言葉に、キャラバンにいた薬師が聞いた。

「薬は本物なのか? 見せてみい」

 エルディナは抵抗せず、薬を差し出した。ドローンビーの毒を一舐めし、匂いを嗅ぎ、一滴腕に垂らし、薬師は薬を塗る。すぐに現れた効果に、薬師は心から驚いた。
 
「驚いた。わしの知らん薬だ。でも、このキャラバンの薬師はわしだ。まずわしに売ってくれんか?」

「構わないわ」

 そして、二人は作業を始めた。エルラドは蜂から毒袋と針を取り出す作業と薬草を煎じる作業、エルディアは巣を蜜蝋と蜂の子と蜂蜜とローヤルゼリーに分ける作業だ。
 蜂の子は三分の一は炒って、残りは魔法の火で乾かし、粉にする。ドローンビーの蜂の子は滋養の良い栄養剤になるのだ。
 蜂蜜とローヤルゼリー、巣の欠片、毒袋、針を余さずビンに入れる。
 蜂の子を二人で食べていると、キャラバンの他の冒険者が興味を示したようなので一つ分ける。
 無料で分けてもらったという噂を聞いて、ならば我も我もと冒険者や商人が手を伸ばし、あっという間になくなってしまった。

「意外と美味いな。他の部分は何に使うんだ? 毒袋は何となく、用途がわかるが」

「蜂蜜はすっごく美味しいの。蜂が花の蜜を集めた物をそう言うのよ。苦い薬も、蜂蜜で包むと子供が喜んで飲んでくれるの。ローヤルゼリーは栄養があってね。蜜蝋には色々な使い道があるわ。例えば、軟膏、蝋燭、化粧品、絵画に使う材料ね。毒袋は、解毒剤の材料と、後は単純に武器に塗ることもできるわね。針はちょっと難しい使い方をするから、簡単には教えられないけど」

「へぇ。蜂蜜ねぇ。ちょっと舐めてもいいかい?」

「これは保存が出来るし、薬師としても私個人としても確保したいから、有料よ。棒を一回蜂蜜に突き刺すごとに銅貨一枚ね」

 悪戯っぽくエルディナが言うと、冒険者は笑って頷いた。
 確かに量の割には高い。高いが、好奇心を満たす為と考えればかなり安い金額である。蜂の子を無料で配ってもらった事も考えれば、十分妥当な額だ。
 商人の一人が一舐めして、笑顔で告げた。

「買った」

 保存が出来る甘い物。言うまでも無く、確実に売れる物である。
結局蜂蜜と蜜蝋も、キャラバンの商人と薬師に押され、半分ほど売ってしまった。ローヤルゼリーだけは守りきったが、思わず苦笑いである。
 夜になると、二人は寝ずに薬草を集め、あるいは綺麗に針を洗って煮沸消毒した。ドローンビーの針は注射針になるのである。
 そして朝になれば、馬車の上で煎じる作業である。
 一通りやる事が終わり、泥のように眠る二人を、キャラバンの皆は金の卵を見る目で見ていた。ハイドは気が気ではない。その頃には、ドローンビーに刺されていた者達の薬の効果がはっきりと現れており、簡単に知識を教えてしまう素人だが、知識は一流との些か不味い評価を得てしまっていたのだ。
 キャラバンの薬師など、エルディアにドローンビーの巣の取り方と解毒剤の作り方を教えられ、蜜蝋を分けてもらい、ホクホク顔で材料集めをしていた。
 ドローンビーの解毒に必要なのは、ドローンビーの毒袋とこの地に生える薬草、ほんのちょっとの蜜蝋とちょっとした魔術だけなのである。
 二人は知らないが、今まで蜂は害虫としてのイメージしか持たれていなかった。旅の一族が独占していた知識を、二人は公開してしまったのである。
 おかげで、ドローンビーを見つけると、巣を求めて浮足立つというアクシデントがあったが、幸運にもその後五つ程の巣を見つけ、争う様に採集された。そう、森に少し滞在して巣探しをやった結果である。
 さすがにSランクが護衛するキャラバンだけあって、覚えはとてつもなく良かったのである。二人のドローンビーの巣のさばき方を見て、エルディナやエルラドから良く学んでいたのだ。もちろん、二人もしっかりと分け前を得たのだが。
 
「いや、エルラドとエルディアのお陰で、憂鬱だった森の通過が楽しくなりそうだよ! ディアトルテは魔物が多くて、農作業が中々難しくてね。その分、食用になって野生で育ってくれる物は魔物でもなんでも凄く有難がられるんだ。ドローンビーはディアトルテではよく見かける魔物だからね。いや、良かった良かった」

 キャラバンの主がかんらかんらと笑う。
ドローンビーが厄介で実りのない敵から獲物へと変わった瞬間である。キャラバンの主は、帰れば早速ランクBの任務として巣の収集を依頼するつもりだった。巣から得た物を全て売り払えば、それだけの実入りはある。

「私達、ディアトルテで冒険者としてやっていけそうかしら?」

「困ったらいつでも頼りたまえ! そうだ、私の名前で推薦してあげよう!」

 かんらかんらと笑うキャラバンの主。
 気を良くしたエルディナとエルラドは、ドローンビーの利用法についてにこやかに語る。
 そうして貴族が町に辿りつき、追手を放った頃にはエルラド達は二つ先の町についていたのである。



[15221] 出来れば僕達、母の後を継ぎたい 四話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/03/30 12:59
 街に付き、少し良い宿に泊まってルームサービスを取ると、ハイドはエルラドとエルディナに座るように促した。
 部屋の中にも関わらず、黒いローブを目深に被った双子の子供、謎の多い雇い主を眺め、ハイドはため息をつく。
 
「森の中でのあれは、不味かったよ」

「森の中でのあれ?」

 はて、と可愛らしくエルディアは小首を傾げる。
 
「ドローンビーの事についてひけらかしたり、戦闘や調合が出来る所を見せたり、早い話が全部だね。わけありなんだろ? 目立ちすぎだ。特にドローンビーについてだ。あの知識は、君達は公開する許可を得ていたのかい? 君達のキャラバンでの立ち位置を教えてあげよう。良いカモだよ」

「ハイド様……」

「……ドローンビーについての知識は、一般的じゃ無かったんだな。あれぐらい当然だと思っていたし、そうでなくても食べ物の知識くらいどうでもいいと思ってた」
 
 エルラドの言葉に、ハイドは真剣な顔をして言った。

「君達がどれだけ裕福な暮らしをしていたのか知らない。けど、食べ物の知識くらい、なんて絶対に言っちゃ駄目だ。それは場合によっては、殺されても仕方のない言葉なんだよ。特に、作物の育てられないディアトルテではね」

 エルラドとエルディナは、落ち込んだ様子を見せる。
 けれど、とエルラドは呟くように言った。

「軽々しく切り札を見せてはいけないのはわかる。でも、俺達はディアトルテで冒険者として暮らすんだから、全く力を見せないわけにはいかないよ。キャラバンとのコネも出来たんだし」

「冒険者として使えると思わせる事と、利用できると思わせる事は大違いだ。君達は明らかに後者だよ。冒険者をやるなら、隙を見せては駄目だ。致命的な事になる。俺は君達が向こうについた途端、誘拐されて売られても全く不思議に思わないね。忘れちゃいけない。君達は、大人みたいに強いかもしれないけど、まだ子供だ。判断力も、体力も、力も、君達が思う程成熟していないんだ。それに、子供と対等な関係を結ぼうとする人なんてまずいない。自分の世話する子供として、道具として取り込もうとするのが当たり前なんだ」

 エルラドとエルディアは深く反省した。いきなり合法的に売られそうになったのは、やはり運が悪かったのではなく、エルラドとエルディアにも隙があったのだ。
 そういえば、マリーからは私は表に出過ぎるから良くないのだ、と聞いた事があった。
 知識の元である騎士や貴婦人は、表に出ない様にしていた節もあった。
 それでも、旅の医師、旅の学者というのもいいのではないかとふざけながら話しあった事もあるし、旅の一族のルールに有名人になってはいけない、という項目は無い。
真面目に将来の振舞い方の相談をする前に、マリーは命を落としてしまった。

「……気をつけますわ。ね、お兄様」

「うん、どう振舞うか、良く考えたいと思う。とりあえず、戦い方と治療以外は出来るだけ見せないようにする。エルディアは旅の医師になりたいって言ってたし」

 ハイドは、二人が真面目に話を聞いてくれた事に安堵の息を漏らした。
 
「それは良いけど、身を守る事が出来るようになるまで、あまり突飛な治療法はしない方がいい。治療法は秘して。用心は忘れずに。わかったね」

 エルラドとエルディアはこっくりと頷く。
 そこで、ふとハイドは問うた。

「そういえば、君達は保護者はいないのか?」

 こっくりと頷く二人。

「お母様が死んでしまったの。それで、ディアトルテでなら子供でも冒険者が出来るし、色々な材料も手に入りやすいって事で移動する事にしたの」

「ディアトルテの魔物は強いよ。冒険者はそんなに甘いものじゃない」

「負けて死んだらそれは、私が弱かったというだけよ。まあ、運命の人を見つけて子供を産むまでは生き延びるつもりだけど。それだって、私かお兄様のどちらかが達成すればいい事だもの」

「大丈夫。生き延びる訓練はしてきたから」

 ドローンビーを片付けて来た子供の言葉である。ハイドは、無理をしないようにと念を押して、ようやく食事を始めた。
 食事を終えると、ハイドは立ち上がって言った。

「これから情報集めをしに行くから、ついてきてくれないかな。二人を残すのは不安だからね」

 二人は快く快諾した。
 情報屋に向かうと、情報屋は二人を一瞥した。
 情報屋は、二人を見ると目を見張った。

「噂を聞いてまさかと思ったが……その暁の魔女の紋章のローブ、お前さん達が弟子の双子だね? 父親が現れたと聞いたが、そこのお兄さんがそうかね」

「あれはギルドが用意した偽物よ」

 ため息をついてエルディナが言うと、情報屋はクックと笑った。余裕のある様子を見せかけているが、その目はギラギラと輝いている。

「ギルドが用意したんなら、その時点から本物さ。父親が探しているよ。どうやら、大事な物は残さず持ちだしたらしいじゃないか。キャラバンに高価な薬草を売ったって事は、暁の魔女の道具の隠し場所があったんだろ? まさかその年で、技量まで受け継いでいるとはね」

 情報屋の見透かすような瞳。

「客は俺だ。連れに絡むのはやめてくれ」

「嫌だね。いくら金を積まれるより、価値のある者が目の前にあるんだからね。あんたらから受け取るお代は一つしかないよ。あたしの孫の治療だ」

「もう一度言う。客は俺だ。大体、それに値する情報があるって言うのか?」

 ハイドが語気を強めて言う。
 
「見るだけなら見てもいいけど。どれくらいお代を貰うかは、貰った情報と相談ね」

「エルディナ、さっき言った事を忘れたのか?」

「わかってる。見てから決めるわ」

 情報屋は、気が変わらない内にと、急いで部屋に案内する。
 ベッドの上では、子供がお腹を抑え、荒く息を吐いていた。

「おばあさん、症状はわかりましたから、ハイドと一緒に外に出て下さい」

 エルディナは子供の目隠しをし、手早く診察をする。

「まずいわね……今まで持っていたのが不思議なくらいよ。緊急手術!」

 手早く服を脱がせ、消毒し、エルラドが急きょ消毒した床に彼を降ろし、「現代から持ってきた」手術道具をさっと広げる。手術は二時間ほど掛かった。
 癒しの呪文で傷を塞ぎ、綺麗に部屋を片付けるのも合わせると、一時間程だろうか。
 部屋から出て来たエルディナに、情報屋は急いで駆け寄った。

「随分と時間が掛かったようだが、孫は、トーリは治るのかえ?」

「一週間安静にしていてね。これを一か月、一日に一粒水に溶かして飲めばいいわ。安くなるようにしたけど、料金は、情報なしで大体金貨一二枚かしら」

 情報屋とハイドはそのあまりの金額の高さに驚く。

「そんなに悪い病気だったのかい?」

「虫垂炎とお母様は呼んでいたわ。治療が遅れると死ぬけど、治療はまあ簡単な方だけど、正規の技術料は金貨十一枚分くらいかな。安静にして、薬を飲み続ければ、完治するわ。でもまあ、情報で足りない部分は金貨一枚にしてあげるわ。使った薬や道具をお金に変えると大体それ位になるから。お母様も正規の値段よりかなり安くしていたし、ね。お陰で私達、お金に苦労した物だわ」

 ちなみに、Sクラスのハイドの隣隣国までの護衛依頼が金貨十枚である。
 エルディアの癒しの術の値段は根拠のある物だ。癒しの呪文は難易度がかなり高く、神殿で金貨十枚払ってようやく受けられる物だからである。
 解毒剤の価値に無頓着かと思えば、子供の病気一つにこれほどの金銭を要求する。ハイドには、エルディアが理解出来なかった。



[15221] 出来れば僕達、母の後を継ぎたい 設定集
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/12 12:34
読者様との間に激しい齟齬を感じたけど、ミケの描写力では設定を描写しきれない……っというわけで、屈辱の設定集です。でも楽しんで書けたよ! ちょっとネタばれ入ります。ちなみに二人のミスは素で平和な現代で育ってきた者の弊害です。
貴婦人や騎士も、一族の成り立ち等の秘密は信念を持って厳重に守っていましたが、ドローンビーの知識については熱意を持って守っていなかったので、エルラドもエルディアも気に留めませんでした。
マリーが生きていたとしても、難色を示す程度で、理由があって問題にならなければあっさり許したでしょう。秘密は秘密ですが、その程度の秘密です。旅の一族は、そういった知識を山のように保持しています。でも全部公開したら確実に捕まる=結局は大問題になるので内緒w
そして、すいません魔法忍者ガンダムとは全くつながりがないです。




旅の一族の一生



まず自分の素性を隠し(重要)、良き日、良き時に相手を捕獲、交わる(特定の相手に物凄い勢いで惹かれる事で時と相手がわかる。着床率は100%)
旅の一族の女はここでとんずらする。

子供が出来たら、選ばれし者へのテレパシーが出来るようになる。物凄い勢いで勧誘。断られてもどっちみちその人を召喚する事になる上、親子として長い間やって行く事になるので、かなり必死。
一応、承諾してくれそうで一芸を持ち、魔術に興味を持ちそうな存在が選ばれる傾向にある。選ぶのは「旅の一族の神様」と言い伝えられているが、その伝承の始まりは、どうして選ばれたのか聞かれた時に返答に困って「多分神様?」と言い逃れしたのが続いているだけであり、一応信仰はあるが曖昧である。


 子供が育つにつれ、対象の魂を呼びこむ道が太くなるので、道具袋を作ってそこから対象者に送る。道具袋を作る作業はこの時しかできず、持ち主が死ねば残留魔力が尽き次第消滅。中の物は一族のゴミ捨て場と呼ばれる場所に転送される。他に道具袋は、物を見た目よりもずっと多く入れられるという事、保存に非常に優れている事、持ち主が呼べば呼び寄せられる事などの利点がある。優れた使い手の場合、一族の者にしか物を出し入れ出来ないようにすることも可能。
 道具袋を送られた側は、時が来て魂を引っこ抜かれて死ぬまで、せっせと道具袋に物を溜める。

 出産後、相手が旅の一族についてあまり理解してくれなかったり、異国人とか、異世界人とか、魔獣とか、宇宙人とか、精霊とか、とにかく駄目だこいつ話が通じない! と思った時は良さそうな記憶玉を選んで赤子に投入する。……のだが、最近は子供に最初の記憶玉を与えるのは親の喜びのような風潮がある。ちなみに子供は大なり小なり、必ず魔術師の才を持って生まれる。稀に、テレパシーでも勧誘というか意思疎通がどうにもならなかった場合、転生前の対象に記憶玉を送りつける事も行われる。しかし、転生の際に付加された記憶が薄れてしまうので忌避されがち。

 離乳期、旅の一族が男だった場合、ここで子供を掻っ攫ってトンずらする。男の方が長期間相手をごまかさなければならない為、難易度が高い。無論、外道の行いであるので、旅の一族には切に女が望まれる。

 言葉や心話が話せるようになり、頭も多少はっきりしてきた頃、記憶玉を使うのか、使うとしたらどれを使うのか選択させてやる。
 この頃、道具袋を前世がいた場所から呼びだす作業を行う。駄目だと言っても、好きな食べ物を入れてしまう人が多い為、大抵の場合生ゴミとご対面。

 異端視や体の良い獲物と見られないよう、適当に秘密を隠しながら(定住してもいいが、旅人の方が素性を隠すのに都合がいい)、チート生活。無論、旅の一族の掟は叩きこまれるが、何かを目的に生きているわけではないのでそれ以外は学ばなくても良い。前世知識を蓄積していくだけの一族である。
 ただし、死ぬまでに自分の人生を三行に纏めた紙(マリーの場合薬師→魔術師)と自分の持っていた知識を纏めた書物を残さねばならない。新たに得た知識は、大抵誰かと被っている(皆大体魔術師になるし)のでどうでもよい。

 年頃になったらレッツ子作り。皆、初めは張り切って子作りに望むが、色々大変すぎる為、二回目にトライする者は少ない。

 親が死んだら、記憶玉と道具袋の中身を回収。人生を三行に纏めた紙を記憶玉に貼り付け、今までの記憶玉と前世知識を纏めた先祖代々の書物を保存。記憶玉と前世知識以外の書物は受け継ごうが捨てようがどうでもよい。
 記憶玉と前世知識の書物の処分は、極めて慎重に行われる。
 例として、前世知識に同じ職業を持つ者が増えて来た時など。しかし、基本的に記憶玉と前世知識の書物は処分されない。
 例外として、役立つ知識の目録や、良く使う知識を纏めた書物などが大切に受け継がれる。これは頻繁に更新される。


 お金に困ったら(大抵道具袋の財産を継承する為、めったにそんな事はないが)一族のゴミ捨て場を探しだし、色々漁る。

 死んだら胸から記憶玉が出てくる。




マリー

薬師→魔術師。
使った記憶玉は医師サティスだが、サティスが魔術師として転生した後の記憶をおぼろげに持つに留まった。魔術師としての才能はさほどなく、一族としては格下。暁の魔女として恐れられていたのは、こっそりエルラドとエルディアの力を借りていたからというのが大きい。しかし、それでも十分にチート。一回の出産とそれに付随するあれやこれやで、元から少なかった能力を更に減退させてしまう。最盛期は子作りまでの数カ月。
強い欲求を感じて急行した所、どんどん戦場の最前線へと向かっていき、最後には大ピンチの王様へと辿りついてしまった可哀想な人。頑張って子作りして素性を隠したままトンずらを成功させるが、父親が王様って時点で失敗だったと思っている。それを告げるかどうか悩んでいる間に死亡。無茶をして森の番人に挑んだのは、王様の皇太子が死に掛けており、彼が死ねばエルラドが正当な、そして唯一の王位継承者になってしまうから。国なんてどうでもいいから一族を継げ、という事も、一族の責務を投げ出す事も、新たな子作りも出来ないチキンである。一応、万一王になった時の為に貴婦人と騎士の記憶球を二人に投入。


エルディア

医師→戦って癒せる旅の医師(希望)。
使われた記憶球は貴婦人→魔術師。
道具袋で周囲の理解を得る事が出来、色々と選別を貰って割と楽しんで転生。ちなみに外科。何でもかんでも切ればいいじゃない、という傾向が少しある。勝手に使われた記憶球にorz
貪欲にこの世界の医療知識について学ぶ。
持っている銃はあくまで魔術の補助具であり、反動はない。
手を傷つけないよう、戦いやすいよう、エルラドと二人で考えた攻撃方法である。医師なので手は命。
一応剣は持ってはいるが、丸腰ではありませんよと示すだけだである。
作中に使われている癒しの魔法や銃の魔法、ドローンビーについての知識等は、元異世界人が体を張って食べられる物を探したり、先人達が色々と模索した結果の集大成である。もちろん、マリーやエルラド、エルディアもそれらに改良を加え、新たな知識を付けたしている。





エルラド。
工学者→戦える旅の学者(希望)。
影が薄い。内政チートにちょっぴり憧れを持っている。ぶっちゃけ最先端技術のないこの時代に工学者でもなぁ、とエルディアを羨んでいる。ただ、転生前に前渡ししてもらった宇宙人の知識で、短い間とはいえ仲間達と研究に大いに盛り上がり、研究室の予算も大幅アップしたので悔いはない。あの黄金の八カ月に勝る物など何もないと信じている。
魔法にもかなり大きい興味を持つ。同じく、勝手に使われた記憶球にorz
本当は銃の方が好きだけど、騎士としての記憶を受け継いでしまった以上、剣に愛着があるような気がしないでもないし、記憶球の知識が無駄になるのが凄く癪だし、魔力の消費が少ないので仕方なく剣を使う。



ディアトルテ
旅の一族死流(継承をしそこなった血族)ヤリ捨てに失敗した人。
自分がいないと妻たち死ぬんじゃね? という事で、仕方なくその地に居着く事に。元から内政とか好きだった現代人を前世に持つ。
王様になっても旅の一族の継承は出来るもん! と頑張ったが、めっさ無理でした。王族がヤリ捨てとか一介の娼婦に産ませた子を跡継ぎにとかできんわな……。
国には半端に旅の一族の風習が残っている。

ウガウティ
遥か昔の旅の一族死流。モルトー王国で神と湛えられている人。前世は宇宙人。
ディアトルテと同じく定着したが、ちゃんと正当な後継者を旅に出した。というより、肌が合わず逃げ出された。後のシャライア国の神子。
モルトー王国は工学が他の国に比べ、進んでいる。

セシュースティア
旅の一族死流。ウガウティの血流はこいつで途絶えた。
前世は精霊。工学のウガウティとはしばしば対立する。
見守ることが好きなので、夫と共に定着した。
その膨大な魔力でシャライア国をよく守った。



[15221] 新米神の世界創造 プロローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/02 13:26
 男は、新米の神だった。神になれば、世界を創造する事となる。
 意気込んで何もない真っ白な空間へと向かい、そして……途方に暮れた。
 覚悟してはいたが、いざ真っ白な空間を見ると気後れしてしまうのである。
 そこに、かつて信仰していた、そして今は先輩である神が訪れる。
 男は礼を尽くして、神を出迎えた。

「ブイアール。苦戦しているようですね」

「は。未熟者でありますれば……神よ、私を導いては頂けないでしょうか」

「もちろんです、ブイアール。所で、初めての世界なのですから、失敗しても仕方ありません。そうですとも。失敗は確実です。失敗を元にして神も成長するのです。そうは思いませんか?」

「と、言いますと……?」

「多重クロスで遊ぶには、多くの世界の協力が必要なのです」

「はあ……。遊び、ですか……」

「それぞれの神が世界一つを差し出しあって遊んでいたのですが、最近マンネリなのです。そもそも、技術の普及の関係上、同じ世界の同じ星で遊べるのは精々5回までなのです。さすがに遊び終わった世界を消去して作り直すなどという非道な真似は出来ませんし」

 ここで、ようやく男は嫌な予感を覚えた。
 お願い、と神は手を合わせる。

「もちろん、二つ目の世界を創造できるようになるまでのサポートも含めて、全面的に手伝いますから。貴方の世界で、遊ばせて欲しいのです」

 新米の自分にまでたかりに来るとは、どれほどの世界を遊び場に変えたのか。とはいえ、何もとっかかりもなくおろおろしていたのは事実である。
 
「……それで、どうするというのです」

 男の言葉に、神は華やぐような笑みを見せた。
 そして転生である。
 神は美月零として生まれ変わっていた。
 零は、ネットサーフィンをして転生物や、トリップ物、VRMMO物を読み漁っていた。

「はぁ……。文字だけで我慢していれば良い物を……」

 思わず、零はため息をつく。これを世界を使って実際に再現して遊んでいたというのだから、随分とダイナミックで贅沢な遊びだ。
 これからその遊びに付き合わされる事にため息をつく。
 しかし、男が生まれ育った世界に比べれば、随分と世界を作る手掛かりがあった。
 二つ目の世界を作る時は、今回の事を手掛かりに大切に作って行けばいいだろう。言うまでも無く、初めて作る事になるこの世界は「捨て」である。
 既にその世界は、小さく五つに分割されていた。これでは各宇宙に惑星一つしか出来ない。完全に捨てにする世界ゆえの荒業である。もちろん、零だけで出来る事ではないので、先輩神の力も借りた。嬉々として世界を分割する最高神に、危うく零の魂が抜けかけたものだ。
 ちなみに零は孤児である。そして、大学生になったある日、突然に遠い親戚の富豪の資産を継ぐ事になった。ここまで神の手の内である。
 今度は神が主要な登場人物になるのかと、様々な神が興味津々で見ているのを感じながら、零は再度ため息を吐いた。
 大学卒業と同時に、ゲーム会社を立ち上げる。
 事務の遠坂計、プランナーの鈴木元、グラフィッカーの田中絵里、シナリオライターの山田文子、サウンドコンポーザー片桐聡、ウェブデザイナーの厚木弘子を雇った。総勢7人の会社である。ダミーの小さな会社のはずなのに、思ったよりも大所帯になってしまい、名前を覚えるのも一苦労である。

「初めに作るゲームの概要は決まっているんだ。元さんには、それを肉付けして、皆を指揮してしっかりとした企画書に上げてほしい。それと、聡くんには悪いけど、基本的にこのゲームはBGMを必要としない。その代り、テーマソングは作るつもりだから。それと、リラックスできてエンドレスで聞いても飽きない音楽を頼む」

 そして、零は説明を始める。
 かつてない手抜きの世界創造が始まる。



[15221] 新米神の世界創造 一話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/02 13:28

「このゲームの概要は、オンラインで行う。神の使いとなって小人忍者に命令を与え、植物や動物や魚を創造し、育てるという物だ。寒冷地、砂漠地帯、湿地地帯といった広い世界で、自分の創造した物を守り育てていくんだ。そして、一定期間生き延びた生物は辞書に登録される。元さんにはそんなゲームの大まかな概要を作ってもらう。某大手企業に開発を任せるから、自由度は高くて大丈夫だ。お願いする。期間は一か月。その間に数種類案を作ってくれ」

 元さんは頷き、零はその間に、ビルの掃除をして、張りぼてを導入する事にした。会社「ブイアール」用に10階建の広いビルを購入していたのである。10階全てが零の居住スペース、9階が事務所とフィットネス空間、1階が受付、後は全てVRMMOとやらのプレイ空間である。
 零はカプセル型のベットとロッカー、巨大液晶画面、忍者装束を特注し、工事を頼んだ。
 一ヶ月後には、床にカプセル型のベットが整然と並び、真正面には大画面が鎮座する部屋が整えられていた。もちろん、9階にも六つのカプセルがある。
 一階は受付空間であり、ロッカーや休憩室、シャワー室、更衣室、そしてここにも液晶画面が準備してある。売店は、まだ客がいない事だし、近くにコンビニや喫茶店もある事だし、当面は良いだろう。一応、店は商品を並べれば良いだけとなっている。
 そして、事務所に出社すると、元がやつれた顔で何束かの企画書を差し出してきた。
 零はそれを真剣に眺め、一番良さそうな物一つを取る。

「これを元にしていこう。文子君、お願いする。一月で大体の所を書きあげてくれ」

 それに、元さんは戸惑った。

「その案は、一番自由度を高くした物です。技術的に可能でしょうか」

「何とかなるさ」

 そして文子が小人忍者のセリフを細かく考えていく。
 その間に、零はヘッドギアやコードをセットし、上手い事張りぼてを完成させた。
 絵里が一か月かけて小人や世界やサンプル植物、動物、魚をデザイン。
 その後、一か月かけて聡がそれをイメージに音楽を作り、弘子がゲーム「忍農園」のホームページを立ち上げた。
 弘子に8月開始と宣伝して貰い、料金は一時間500円とする。
 会員証を作り、ゲーム中に作った全ての者の知的財産権を主張する承諾書を作った。
 同時に売店に、忍者人形とカロリーメイトやジュースを並べる。
 後は零の出番である。企画書を元に、五分割した内一つの世界を作るのである。
 海を作り、川を作り、大陸を作る。
 それは酷く力のいる作業だった。
 その後、文子の書いたテキストを見ながら、その通りに動く小人忍者を創造する。
 下忍用の体も一通り作成した。どうせ下忍なので、一律黒装束の同じ顔である。
 それが終わると、零は社長命令で社員全員忍び装束となり、セリフを言ってビデオを取った。
 そして、七月二十日。全ての準備を終えた零は、社員に唐突に言う。

「じゃあ、テストプレイを行って、八月一日からお前達全員GMに鞍替えだから。それと、計さんは受付ね。全員、今日からテストプレイ日記を社のホームページのブログに書くこと」

「どどど、どういう事ですか! 準備期間が後十日しかありませんよ!?」

 慌てる社員達を促し、お客さんを迎え入れる所からシュミレーションする。

「いらっしゃいませ。身分証明書はお持ちですか?」

 さすがベテランというか、にこやかに計が問い、カードを作成。料金を貰う振りをして、元達は恐る恐る今まで入った事のなかった一階部分に入った。ちなみに、零はしっかり忍者人形を購入している。シャワーを浴び、更衣室で着替え、ロッカーに荷物を入れる。
 大画面液晶では、忍者服を着た零がゲームの説明をしている映像がエンドレスで流れていた。

「来たか。お前をこれより、下忍に任命する。そして、早速任務を与える。一つ。忍法創造の術を使い、新たな生命体を生みだす事。これは生態系に注意せよ。二つ。任地の生命体を守り育てる事。これには、部下として小人忍者を十人程つけてやろう。三つ。優れた生命体を発見し、捕獲し、レポートと共に上忍に提出する事。任務を達成して行けば、中忍にランクアップして出来る事が広がるぞ。出来る事については、ランクアップの時に上忍から説明があるだろう。では、幸運を祈る。ニンニン!」

 ちなみに創造の術は、零が下忍の体に与えたシステムで、魂の祈りに応じて零から創造の力を引き出せるようにしたものである。
 元達はカプセルベッドに横になる。すると、ヘッドセットに込められた呪文が作動して、魂を異世界へと運びこんだ。

「うおおおおおおおお!!」

「きゃあああああああ!!」

 元達は叫ぶ。叫ぶ。それも当然だ。遥か高い上空から投げ出されたのだから。しばらく落ちると、急減速してそっと地面に降り立てた。
 全員、下忍の体である。
 降り立つと同時に、どろんという音がして周囲に小人忍者が現れる。

「きゃあ! 凄く可愛い!」

 絵里が歓声を上げた。

「零社長、まさかと思いましたが、こ、これは……」

 恐る恐る元が問う。

「言ってなかったか。我が社の作るゲームはVRMMOだ。ちなみに、このゲームは生態系の作成テストになる。ここで出来た物が、薬草や魔物となって新しく作られるゲームに配備されるわけだ」

 社員達は、一斉に悲鳴を上げた。
 ひとしきり驚いた後、とにもかくにも社員達は創造の術を使ってみた。
 結果は散々だった。
 あるいは餓死、あるいは蜂がいない為繁殖できず、そのまま枯れてしまったのである。

「く……クソゲー……!」

 元が吐き捨てる。

「ブログに書くネタが増えたじゃないか」

 零は笑う。そうして、ブログにスクリーンショット(零が巨大液晶画面に様子を転送していた物)と共に、日記が書かれた。

『難しすぎ。ありえない。開発ゲーム会社は糞。リアルにすればいいってもんじゃ……。企画書一から書き直します。でも開発会社愛してる』

『小人忍者超可愛い。あの可愛らしさは異常。あの使えなさも異常。ジョウロ位用意して、お願いだから……。開発会社さんありがとう』

『VRMMO最高でした。でも音楽がないとかこれなんて苛め。とにかく小人忍者のテーマソング作ってます。開発会社さんお願いだからBGM入れさせて』

『自分で生み出した可愛らしい生き物が餓死して行くのを見るとかこれなんて拷問』

 自分の作ったゲームに対して罵詈雑言である。
 この一風変わったホームページと、絵里の提案したビルの外観の塗装で、少しずつゲームの知名度は上がって行った。といっても、微々たるものだが。
 ちなみにビルの塗装は、忍者を前面に出した物である。悪ふざけで、ビルも一部忍者屋敷風にしてしまった。
 九階への道が隠し通路になっているのである。
 そして八月一日。ついにオープンである。
 と言っても、来る人なんていない事は容易く予想できたので、ゲーム専門学校に宣伝を打ち、8階を開放した。31校に一日ずつ、しかも交通費支給で開放したのである。もちろん、学校は夏休み中だし、希望者だけとなったが、零がごり押しして最低人数を決めた。
 八月一日。生徒達は、明らかに嫌そうで、警戒していた。
 しかし、実際にゲームに入ると大騒ぎだった。
 絵里の扮するセクシーダイナマイトな上忍が、創造の術の印を結んで見せる。
 生徒達はそれを熱心に真似した。

「心にしっかり生物や植物を思い描くの。それと、皆は下忍だから、あまり強い物は出来ないわよ」

 絵里がアドバイスするが、皆聞いちゃいなかった。

「ちょっと! 私が創った草を食べさせないでよ!」

「食べなきゃ飢え死にするじゃん!」

「ジョウロないの? 両手ですくって水やりするの!? 嘘でしょ!?」

「キャー! 十日かかって育て上げた花畑がもう食いつくされてるー!」

 もう大騒ぎである。そんな様子が、8階の液晶画面に映され、それは某動画サイトに生放送でアップされた。もちろん、同意は得ている。

『ジョウロがないとかwww』

『声も見た目も同じじゃ誰が誰やら見分けつかないじゃねーかww』

『カオスww』

『テラクソゲーw 社員自らクソゲ―言うだけあるわw』

『これ、VRMMOってマジ?』

『さすがに嘘だろ』

『近くだから行ってみようかな』

 そんなコメントが並ぶ。専門学校生以外にも、午後に数人のお客が来た。それだけでも十分だと零は思う。
 その後、戻ってきた生徒達にアンケートを書いて貰い、夜に纏めた。

「ほら、社長! ジョウロが欲しいって全ての生徒から要望が出てますよ!」

 必死の絵里の懇願に、ようやく零は腰を上げた。

「じゃあ、開発会社に要望しておく」

「社長、スコップも! スコップは重要ですよ!」

「せめてクワ! クワが欲しいです!」

「鞄! 鞄ぐらい持たせてあげましょう!」

「じゃあ、それ位はいいか……」

「いくらなんでも見分けが付かないですよ! 外観を選べるように……」

「それは駄目」

 にっこり笑って零は拒否する。零にもよくわからない信念があるのである。
 ブイアール社があーだこーだやっている間に、某巨大掲示板では専用スレが立っていた。
その名も【忍び農園】俺の草が食われた三回目【伝説のクソゲ―】である。既に三スレ目である。
 一日目にして伝説のクソゲ―の名を欲しい侭にするゲームは、それなりに話題となった。
 
『史上初めてのシステムで史上最高のクソゲ―です』

『農園物でアイテムにジョウロがないとか……』

『忍びっぽい事何一つ出来ないじゃねーか』

『俺の草を獣に食わせた奴は誰だ』

『このゲームって何? 聞いた事無いんだけど』

『VRMMOってマジ?』

『草を育てて食われるゲーム』

『誰か一緒に攻略法考えようぜ』

 忍び農園の知名度は、こうして上がり始めていた。



[15221] 新米神の世界創造 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/02 13:29
八月二日。招待された専門学校生、話を聞いてやってきたゲーム会社関係者、昨日来ていた学生、某掲示板を見て来た二十人程が朝からやってきた。
 それにより、ようやく二階が埋まる。快挙である。
 世界に降り立つと、忍者たちはそれぞれ鞄を持っていた。中にはジョウロ、小さなスコップ、クワ、ミルクの入った哺乳瓶、真っ白な忍びの書が入っていた。
 今日は弘子の番である。ロリ巨乳のくのいちに扮した弘子が、説明する。

「これから、創造の術を使います。皆さん、出来れば植物を創造する事をお勧めします」

「ああっせっかく育てた動物が皆餓死してるぅ!」

「プレイしてない間はゲーム時間止めてくれよ!」

「だから、私の育てた草を食べるなーっ!」

「いやーっ何、肉食獣創ってるのよ!」

 やっぱり、誰も聞いちゃいなかった。
 この様子も、やはり某動画サイトにアップされたのである。

『新兵器ジョウロが! これでかつる!』

『頑張って育てても、店が閉まってる間に全滅してるとか……』

『クソゲーここに極まれり』

『相変わらず見分けがつかない……』

『VRMMOってマジ?』

『実際に行ってみればいいじゃねーか』

『哺乳瓶って幼獣にしか使えないみたいだな』

『木を育てる人はいないの?』

『行って言ってやれ』

 そんな感じのコメントが並び、そしてブイアール社ではまたも会議が開かれていた。

「社長! 問い合わせの電話が来ていますが……」

「もうか。VRMMOについては社外秘に決まってるだろう。適当にあしらえ」

「零社長! ゲームシステム改良案、出来ました!」

「零社長、アンケート纏めました! やっぱり下忍のグラフィック変えましょう!」

 元と文子が大量の書類を抱えてくる。

「そうか。では、会議を行おう。絵里君、弘子君、聡君。君達は、PR映像の作成に着手してくれ。ホームページで流すから」

 その日の夜、ネット上では纏めサイトが作られた。
 そして、【忍び農園】俺の草が食われた七回目【伝説のクソゲー】では、早くも攻略に対する考察がされていた。最も、社員ですらあんな苦戦していたんだからクリア不可なんじゃね? という意見も多数出された。クソゲ―とか二度とやるかとか、他のゲームの作成を! という意見も大量にある。
 知名度は順調に上がり、八月十日。
 その時には、最初に空中から落ちる時に任意の場所に落ちられる事や生命体創造のコツ、上忍を呼べば現れる事、小人忍者はきちんと命じておけばログアウト後もこつこつと働く事等が広まっていた。
 纏めサイトではよくある失敗や考察が並べられる。
 動画の方は毎日生放送をしているだけあって日に日に人気が無くなって行き、その代り某巨大掲示板のスレや社のホームページには順調に人が来ていた。
 この日、記念すべき事がいくつか起きた。
 まず、ついに忍びの書に一つ目の植物が登録されたのである。遅すぎる快挙である。ちなみに毒草だ。生き残るのは大変なのである。
 全員が持つ忍びの書にその植物が浮き上がり、根気よく通って世話をし続けた下忍に、聡扮するスマートな忍びが大きく頷いて巻き物を広げる。

「作成生命体ランク、D! レポート、B! 初任務達成おめでとう。君には、固有の名前と小隊長になる権利、褒美の品が与えられる。また、私に言えばいつでも種を提供できるようになる。さあ、忍びの書に名前を書き入れて、褒美の品を二つ取るんだ。後三つの手柄を上げれば、中忍になる事が出来るぞ!」

 巻き物に攻略本会社の名前が書き入れられると、聡は大きく頷き、褒美の品を並べた。
 それは色取り取りの反物、ミニマムサイズの手裏剣セットやクナイセット、刀セットなどの武器、そして水の書や火の書と書かれたミニマムサイズの巻き物だった。
 下忍は仲間らしき人と相談し、水の書と火の書を取る。
 
「小隊長の武器と巻き物は小隊全員が共有できる。反物は、小隊長のみが新たな服を新調できる。武器と術は小人忍者に指定の生物を守らせる時に必要だし、上等な服を与えると小人忍者の性能が上がる。小隊を編成するには、小隊長の巻き物に手の平を押し付ければいい。上手く使う事だ。ニンニン!」

 聡が消える。ちなみに、武器や巻き物を使えるのは小人忍者だけだったりする。そうすれば、小人忍者の方を少しいじって力制限をすればいいだけだからだ。
 反物は小人忍者強化の効力のある布である。
 早速、小隊が編成された。小人忍者が火の術と水の術を使う。
 ごく小規模な水やりの術と火炎の術。それは見る者の目を和ませた。
 記念すべき事、二つ目。それはいくつかのゲーム雑誌やゲームサイトで紹介された事である。
 取材は断っているが、社内に機材を持ち込む事は拒否していない。
 それゆえ、噂を聞いた攻略本の会社の社員などが来ていたのだ。
 紹介のされ方は……史上最強のクソゲ―とか、何故これだけ素晴らしい媒体でこのゲームだったの……いう物だった。
 それよりはVRMMOの性能についての綿密な取材が多く、次のゲーム開発が狂おしい程待たれるが、それより前に倒産するか、次のゲームが出来たとしても期待できない恐れが、大手と契約した方がいいという発言締めくくられていた。
 それにより、爆発的に客が増えた。
 それに、このゲームに対するファンもごくごく僅かながら現れ始めた。
【忍農園】俺の草が食われた100回目【伝説のクソゲー】も、100スレ目を超えた。

『忍者服に着替える事に何の意味が』

『忍者は明らかに社長の趣味だろ。後清潔の為』

『祝・植物誕生! さすが攻略のプロは違うな』

『これ、全員が動物を創造しないって協定を作らないと無理だろ』

『植物のデザインしよーぜー』

『小隊長、外見皆一緒なのにどうやって探せばいいんだよ……』

『そこで忍びの実力が試される』

『反物は地味に必要だよな。目印的に』

『雑誌で書いてあったが次作にマジ期待。次は普通のRPGを作ってくれ……頼むから』

『意見を提出できる場所がないよなー。作ればいいのに』

 そんなスレを眺めて、十日夜、零はアンケート用紙を一階に設置した。
 二十日にはマスコミが入り込み、大勢の客が訪れていた。
 そして、ついに記念すべき中忍が誕生したのである。
 中忍任命式は、零が出張る為に予約制にしていた。忍びの人形を作り変えないとならない為である。その初任命式が二十日なのである。
 任命式に挑む中忍は二十二人。攻略本組や、人気のない場所でこつこつと草原を育てていた者、生き延びたと認められる期間が長い木を育てていてようやく認められた物である。

「よくやった。中忍になれば、更なる責任を背負う事になるだろう」

 零は雨乞いの術の巻き物と、創造の術中級編の巻き物を授与する。
 丸々とした子供体型の小人忍者がスレンダーに成長した。
 
「想像するのだ。お前達の新しい姿と、家紋を。今なら、出来るはずだ」

 そう言って、零は心を読みとって出来た柄物の反物とバッチと刀を渡した。
 中忍の反物は忍者並の挙動が出来る物である。
 
「中忍には、この農園の物を食べる権利をやろう。ただし、むやみに生き物を殺傷すれば下忍に落ちる。一つの魔法生命体関連を含む十の手柄を上げれば、上忍となる。上忍になれば、我らの同僚として忍農園の運営会議に参加できるようになる。後、これより下忍の仕事に隠れ潜む事が加わる。励めよ。ニンニン!」

 零が消えると、忍者たちはざわめいた。
 なお、これと同じデザインの忍者服とバッチは即時発注され、身分証明書に書かれた自宅に送りつけられる事になる。
 早速、中忍達が創造の巻き物を広げる。
 そこには、魔力を持った生命体の作り方が記されていた。
 記された例にあるのはどう見ても魔物であった。
 試しに作ってみると、産まれた狼は猛々しく下忍を襲い始めた。阿鼻叫喚である。
 下忍人形は、一定のダメージを受けると魂をはじき出し、霧散する。
 恐怖に駆られた中忍が刀を振るう事で、ようやく狼は倒れた。
 残された忍者たちは呆然となるしかなかった。




[15221] 新米神の世界創造 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/03 14:43
 我に返った忍者たちは、協定を結ぶ事にした。
 それは決められた場所でしか中忍は魔物創造をしないという事である。
 下忍は戦う術を持たないのだ。魔物が来ればひとたまりも無い。
 しかし、それも中忍の良心に期待する物でしかない。
 必ず下忍を襲わせて遊ぶ者が出るのは自明の理であり、下忍達は言われた通り、中忍から隠れ住みながら生命体を育てるしかなかった。
 恐るべき無慈悲な階級の差である。
 そこで、毒草のしぼり汁を小人忍者の武器に塗る、木の枝で武器を作るなどの対策を施す者が出始めた。
 驚くべき事に、それは効果を上げた。武装した小人忍者も、予想よりずっと戦力になった。
 忍農園の隠されたテーマ、生態系サバイバル。それは、今はっきりと彼らの前に出て来ていた。
 広大な大地を舞台にした、生態系戦国時代の始まりである。
 一方、とんでもない光景を撮ってしまったマスコミはそれはそれで喜んでいた。
 伝説のクソゲ―、忍農園に迫ると銘打ち、早速特番を組む。
 気を取り直した中忍達は、食事を試してみる事にした。
 と言っても、自分の作った動物は食べるのに引け目があるし、他の動物は親の下忍が全力で阻む所存である。その内闘争になるのだろうなぁと思いつつ、仕方なく植物を食べるが、ここでもサバイバルな一面が出た。中忍が毒で死んだのである。
 とことんリアル(実際の世界に魂を飛ばしているだけなのだから当然だが)。それが、忍農園だった。
 ついでに、攻略本会社などから切実に提携、もしくは月額制をお願いされたので、月額五千円コースを作った。
 また、攻略本会社に世界地図を提供してみる。これは非常に喜ばれた。
 マスコミの放映で社を訪れる人は一気に増え、下忍惨殺、中忍毒殺事件で【忍農園】俺の草が食われた210回目【伝説のクソゲ―】は、スレが一日で十も消費され、某動画サイトには再度人が押し寄せたのだった。
 以下、人々の反応である。

『マジ外道』

『クソゲ―もここまで来ると神の域』

『なんというゲームオーバー』

『というか、こういうゲームだったんだな。プレイヤー同士の争い上等というか』

『あまりの非道さに頭が真っ白になったわ』

『ここで団結して、運営を驚かせるってのもありじゃね?』

『逆にやる気出て来た』

『中忍になったけど、下忍と全然違うよ。武器があるし、強いし。やろうと思えばいくらでも下忍相手に無双できると思う。というか、名前がない事からも、下忍の扱いマジ人間じゃない。手柄を立ててようやく人として認められる感じ。上忍になるとどうなるんだろうな』

『忍びの世界厳しすぎわろた』

 そして八月三十一日。夏休みの終わりには、全ての階が埋まっていた。快挙である。
 この日、中忍主催で植林祭が行われ、既存の植物を全員で植えた。
 そして九月一日には、最速攻略本、忍びの極意が発売された。
 売店にも、忍びの書に登録された植物や虫、魚、動物のグッズ、そして忍びの書のレプリカが並ぶ。喫茶店忍び食堂も入れられた。
 この頃になると話は外国にも漏れ、外国人がパスポートを持って受付へと並んだ。
 そして、ホームページの更新である。
 公開された動画には、新米忍者が植物を育て、食われ、動物を育て、餓死され、時には自身が中忍に無礼打ちされ、魔獣に襲われ、知恵を振り絞り、小人忍者を駆使して動物や魔獣を撃退し、ついには名前を得るという経験者にしかわからない感動ストーリーだった。
 攻略のヒントを随所にちりばめた作品でもある。他に、漫画なども公開された。
 忍びの極意は、バカ売れした。ゲームが出来ない遠方で、せめてと思って買う者が多かったのである。
 この頃には、違うベクトルで楽しむ者も出始めた。
 森の中のツリーハウスの集落を作るんだと、植林を始める者や、ひたすら既存の生命体を保護し、増やす者が現れたのである。
 それもまた、零の思惑の内である。
 零の転生したこの世界は、先輩神が苦心して育てた知的好奇心の強い人間の世界だ。
 色々と楽しい事を発見してくれるだろう。
 攻略本の活躍と、中忍から逃げる為にばらけたことが他の者の作った生命体に食い荒らされる事を減らし、段々と中忍は増え、各地に植物が増えていった。
 荒れ地に、段々と緑が増えていくのは、感動的ですらあった。
 リアルさは有名になり、学者が生徒を引き連れて実験に訪れたりもしている。
 休憩所で会議が開かれる事が日常茶飯事になった。
この参入は多大な貢献を果たした。誰も作らなかった微生物の作成に着手したのである。
どこかの馬鹿が触手系の魔物を作り、中忍達の討伐隊が編成されて討伐が終わるまで一八歳未満使用禁止の看板が掲げられた事もあった。
 そして一ヶ月後の十月一日。
 再度、十八歳未満禁止の看板がビルの入口に掛けられる。
 忍農園ではそれなりに動物が闊歩するようになり、魔物がちらほらと見られるようになっており、そんな中で、上忍の任命式が行われた。
 森を作り、その森を伐採して作った村の広場で、零は微笑む。ここまでしてもらえたという事は、非常に都合がいい。
 上忍は丁度十名だった。
 大なり小なり、生態系を作って見せた猛者達である。人気のない場所でコツコツ作っていたサラリーマン、攻略本会社の社員、学者、その顔触れは様々だ。

「まどろみの時間は終わり、目覚めの時が訪れる」

 零が厳かに告げる。

「この世界は、今この瞬間から動き出すだろう。今日、ここで十名の同僚を迎える事に喜びを感じている」

 そうして、零が手を差し出した。

「さあ、受け取るがいい……」

 創造の書・上級と葉隠れの術、白紙の巻き物と白い反物を受け取る。

「上忍は一つ自分専用の術を作る事が許される。上忍は自分固有の姿と衣装、性別を得る事が出来る。男でも女でも両性具有でも無性でも構わない。ただし、承認を得ることが必要だ。それと、性別導入に伴い、忍び農園は大人以外立ち入り禁止となる。申請は忍び頭である私を呼ぶように。姿と性別は次回の会議までに決めておいてくれ。次回会議は十一月一日夜十時。場所はここ。テーマは種族の創造だ。実装は十二月一日からとなる。会議場所を作るのは新米上忍の君達の仕事だ! 必要な道具の申請は他の先輩上忍を呼ぶといい。それと、人族が生存できる環境を十二月一日までに整えて置くように。ニンニン!」

 零が消えると、またしても残された忍者たちは呆然とした。

「人族を、作る……!?」

「やはり、来ましたか。知的生命体の創造が」

「性別を作るに伴い子供を排除って、セックスありなのか?」

「外見作るって言ってもなぁ……。どうしようか……」

「エルフ作ってハーレムってあり?」

「時間加速入っているから、すぐにおばあちゃんだぞ」

 そんなこんなでその場は解散する。
 考えなければならない事、準備しなければならない事が沢山あった。
 一方、ブイアール社では。

「次回ゲームの企画をスタートさせるんですね、社長!」

 元が笑顔で問いかける。社員達の間で歓声が上がった。あまり手の掛からない(掛ける気もない)忍農園よりも、新しいゲームに気が向いていた。零が色々と次のゲームの準備を始めているのを目ざとく見つけて、大盛り上がりである。忍農園は、全てユーザーがやってくれるため、特にやる事がないのだ。

「ああ、いや、まだ検討中の段階だ。それに、出てくる生物は全て忍農園で作成された物となる。ゲームがリアルだから、生態系丸ごと作らないと破綻するらしい」

「適当に調節できないんですか」

 絵里の質問に、零は首を振った。

「出来ないから、先に忍農園を作ったんだろう人族が上手くいったら、魔法パッチを当てる。新ゲームをスタートさせるとしたら、その後、訓練した人族を移住させ、大陸に生物をばら撒いて時間を進め、新ゲームがスタートする事になる」

「じゃあ、普通のRPGみたいなのは、出来ないんですね」

 文子の確認に、頷く零。

「一応、小人忍者のようなNPCは設置出来るし、全ての生き物をNPCにしてしまうという手もあるが、そちらの方が面倒だそうだ。まあ、企画書が出来たら目を通すくらいはしてもいい」

 元はガッツポーズをとる。既にやる気だ。彼とて、クソゲ―クソゲ―言われて気にしていたのである。

「新入社員や提携案はどうします?」

 計の言葉に、零は首を振る。

「新入社員はいらんだろう。今でも暇なんだから。提携か……。そうだな、軌道に乗ってきたし……。うーん。とりあえず案を持って来て」

「社長、暇です。VRMMOのゲームが作るの難しいなら、普通のゲームも作りませんか? 俺、密かにプログラムも勉強してるんですよ!」

 その言葉に、社員達が我も我もと手を上げた。社員達も、暇な間何もしなかったわけではないのである。

「あー、パソコンゲームで関連ゲームをちょろっと作ってみるか」

 幸い、零もプログラムの勉強をしていた。そんなこんなでブイアールは至って気軽に忍農園の関連商品を作る事にしたのである。
 そんな事も知らず、人族を作るのだと、掛け込みで上忍になる人間が着々と増えていた……。



[15221] 新米神の世界創造 四話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/05 22:59
 十月三十日。【忍び農園】俺の草が食われた412回目【伝説のクソゲ―】では、今日も人族について喧々轟々とやっていた。

『準備は大体済んだ……よな?』

『済んだとおも。まだ実装まで一月だし』

『村の周辺の毒草は大体駆除したよな』

『エ・ロ・フ! エ・ロ・フ! 上忍さん、まじでお願いします』

『だがしかし、上忍以外に生殖器は付いていなかった!』

『猫耳作るに決まってんだろぉぉぉ!』

『黙れ変態共。MS族作るに決まってるだろ。この日の為に一か月通いづめで上忍になったんだからな!』

『MS族とか子作りどうするの?』

『上忍のザクさんがMS族っぽいけど両性具有じゃん。出来るだろ』

『何故ザクの外見で両性具有にしたのか、問い詰めたい。小一時間問い詰めたい』

『一七歳の俺はブイアールを訴えるべき?』

『無理だろ。チケット先に買ってたなら勝てる要素あるけど、十月一日から子供の月額チケット販売断ってたし、月初めにならないとチケット売られなかったし』

『一番最初の承諾書に、未成年やルール違反者は断る場合があるけどご了承くださいってあるぞ。他にもPTSDになっても責任とらんよとか怖い項目あるから、確認しとけ』

『マジで?』

 幾ばくかの問題をはらみつつも、期待は大いに高まっていた。
 十一月一日。村の真ん中には大きな家が立っていた。会議場と書いてある。新米上忍達の、魂の作である。嘘だ。道具だけ用意して大工さんの下忍の好意に甘えました。
 そこには、百人程の上忍が集まっていた。その姿は様々で、リザードマン、天使、エルフ、メカ……等々である。お前ら忍べ。
 もちろん、ジュース、果実、肉の燻製などのおつまみもある。
 コップはそんな形の実が鳴る植物を作ってみたら上手く行きました。
 座布団は学者チームが糸を紡いで作った物である。
 鉱石も発見され、発掘が始まっていたりする。
 既に開拓ゲームと化していた。そんなアメリカンスピリッツ(開拓魂)溢れるゲームに魅力を感じ、長期休暇をとって遊ぶアメリカ人学者達も少なくない。
 というか、そのリアルさが評価され、真面目に研究対象になっている。
 そこに、七人の上忍がやってきた。零達、社員組である。
 
「それではこれより、忍び農園運営会議を始める」

 零は厳かに告げる。

「本日の議題は、人族の創作……それと、魔法についてだ。忍農園の今後を決める重要な会議だから、心して欲しい。概要を話そう。元影」

 元影とは元さんの事である。
 上忍達は身を乗り出して聞いた。

「わかりました、頭。先に、魔法についての説明を。これは個々に作っては統制が利かなくなるので、法則性を作る事にした。いくつか案があるので、巻き物を見てほしい。また、良い案があれば出してくれ。なお、どの場合も上忍がまず方針を決めて、それにそって作って行く事になる」

 そうして零が印を結ぶと、皆の手に巻き物が現れた。
 第一案。元影作成。第二案。他社委託。第三案。他社数社を神と設定し、その神を信仰すると魔術が使えるようになるシステム。第四案。種族ごとに使える魔術を変えるシステム。他社の割合が多いのは、提携の申し出があまりにも多いから、試しにとの事である。

「なるほど……」

「第三案が面白いかも」

「種族を決めるとなると、当然魔法が得意な種族、不得意な種族を決める事があるだろう。それゆえ、魔法の説明を先にした。連絡事項はこれで終わりだ。さあ、自由に話し合ってくれ。ちなみに、それぞれの種族には自分の種族と同じ者を愛する設定をつけておく」

 上忍達は早速意見を出す。

「種族ごとに魔法が限られるのは嫌だ」

「エ・ロ・フ! エ・ロ・フ!」

「猫耳ぃぃぃぃぃ!」

「MS族こそ至高」

「ドワーフは鉄板だろ……」

「頭の良い狼が作りたい」

「人間は外せないな」

 そんな話し合いがしばらく続き、ついに産まれてくる生命体が決まった。
 第一種族。エルフ。
 第二種族。獣人族。
 第三種族。ドワーフ。
 第四種族。MS族。
 第五種族。使い魔族。
 第六種族。人間。
 以上6つの種族が作られる事になったのである。
 ちなみに使い魔族とは、喋る動物の一族であり、主を選ぶ特性を持つ。
 最終的に、魔法はやはり種族ごとに作る事となり、それは各企業にお願いする事となった。
 つーか他企業の者が混じっており、熱心にプレゼンテーションしたのである。
 全く別々の場所で育てようという事になり、集落の位置も決まる。
 それぞれの種族に合わせた魔法案を出し、ゲーム時間内十日という濃密な会議は終わった。
 もちろん、即座にその内容はリークされ、五日後には種族の担当企業も決まり、【忍農園】俺の草が食われた415回目【伝説のクソゲ―】は祭り状態となったのである。
 各企業の動きは速かった。即座にタイアップの宣伝をし、魔法データの作成に入ったのである。
 更に、上忍達は街の設計を任される。さすがに各集落を一から作るのは大変なので、データを持ってくれば作るよと零が言ったのだが、素人にどうしろと。
 という事で、種族に関しては全面的に企業が任され、それを上忍達が手伝うという事で話は決まった。
 たった一か月しかない中で、上忍達は頑張った。
 仕事は、集落の周辺の植物や動物の生態系を整えるだけではない。
 例えばドワーフ。誰かが、匠の技をドワーフに教えなければ、ドワーフは匠の一族にならのである。エルフの弓しかり、獣人の狩しかり。
 上忍がせっせと住む環境を整える間、企業から出張して来た人達もまた忙しく働いていた。
 企業の人達は、正規のプレイヤーではない為、基本的に指定されたスペースから出る事が出来ない。
 そこで、種族ごとの体を持ち、与えられた呪文創造の力を使って呪文を作るのである。
 各種族と力が均等になるよう、微調整が欠かせない。
 また、実際に生活してみないと、必要な呪文はわからない。泊まり込みの難しい作業が続いた。
 それでも、魔法を使うという感覚は楽しい物である。ぶっちゃけ大はしゃぎである。
 周辺には常に忍者が集まって、応援をし、隙あらば手伝い、大はしゃぎで遊んでいた。
 企業の人達の許可があり、指定されたスペース内では、忍者たちも魔法が使えるのである。
 そして、来る一二月一日、開店直後。
 各集落で、零の手から直々に赤子が上忍に渡された。
 各集落で十人ずつである。俺ら、なんでこんな所で子育てしてるんだろう?
 疑問に思いつつも、忍者たちは頑張った。
 しかし、閉店間際、まだ各種族の者達は子供である。忍者たちの直訴により、企業から出張の者が夜を徹して世話をする事となった。
 大人が出るまで、有給を取る者が出る始末である。
 ある日は、魔獣が現れて忍者たちが身を挺して庇った。
 ある日は、毒の果実を食べて苦しむ子に為す術も無く、やがて解毒の果実が作りだされた。
 ある日は、共に狩をして笑いあった。
 ある日は、怪我をした子の為に、現実世界から医者を引っ張ってきた。ゲーム内では時間加速している為、結局間にあわなかったのだが。
 ある日は、それぞれの植物を説明して歩いた。
 そして、そんな心を込めた育成の結果……各種族は……全滅した。
 敗因は簡単である。子作りを教えていなかった。それだけである。

「く……クソゲ――――――――!!」

 思わず絶叫した一人の忍者を、責める者は誰もいなかった。
 
 



[15221] 新米神の世界創造 五話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/07 01:31
 その日、【忍び農園】俺の草が食われた453回目【伝説のクソゲー】のスレ内容。

『ここで変態紳士が動かなくてどうするんだよ……』

『大型モニターで見られてるのを忘れんな』

『おまいら、念願のハーレムなのに子作りしなかったとかアホなの? 馬鹿なの?』

『自分の娘にそんな事できねぇよ、バーカ! 30代辺りでやばいと思ったけど、あいつら純真な目で見つめてくるんだぜ!?』

『へたれー』

『エロフエロフ言ってた奴はどうしたんだ』

『愛が足りない』

 酷い扱いである。しかし、彼らもわかっていた。諸悪の根源はブイアールだという事に。

『こりゃ18歳未満は入れんわ―』

『VRはどこに行くつもりだというの……』

『まあ、やりたい事はわかるがな』

『やりたい事って?』

『電脳世界の構築実験。つーか、明らかにそうだろ。めんどいから細かい試行錯誤は俺らにやらせてるだけだろ。上手くいったら本格的に事業なり研究なりがスタートするんじゃないか? 今でも研究機関がちょこちょこ何かやってるみたいだけど』

『なんか怖いな……そんな事俺らにやらせるなよ』

『事業とか研究とかってなんだろ……』

 ブイアールは微妙に恐れられ始めていた。しかし、それでも信者である忍者はブイアール社に懲りずに通い続けたのだった。

「というわけで、緊急上忍会議を行います。特別に正社員の皆さんも来て頂きました」

「セックスってそもそも必要なの?」

「俺、子供の前で実演とか絶対いやだからな」

「自己増殖させる事も可能だが、できれば、遺伝は機能するようにしたいな」

 零がいい、上忍達は考え込んだ。

「キスしたらコウノトリが運んでくる、みたいな……」

 女の上忍が手を上げて告げる。その後、顔を赤くした。

「それなら問題ないな。本来の生殖器はどうする? 全員無性にするか?」

 零の言葉に、上忍達は顔を見合わせた。コウノトリ、ばっちこいである。
 そして、適応年齢などの詳しい設定を決める為、会場は俄然騒がしくなる。
 問題はレイプ行為が男女共にこれ以上なくやりやすくなる事だが(唇を奪えばレイプになるのだから当然である)、キスの儀式に術式を必要とする事でクリアした。
 他にも、コウノトリ方式と妊娠方式に差異を加える事となった。やはり、妊娠して苦労して産んだ方の性能を良くしてやろうという事になったのだ。
 それに、忍者達の懇願により、種族には成人するまでデフォルトの小人忍者を一人、つける事になった。
 十二月十六日、正月を孫達と迎える事を祈りながら廃ゲーマー達は子育てを開始した。
 そして、ついに待望の子孫が誕生し、忍びの書に種族登録が為されたのである。
 しかし、ここで新たな問題が発覚した。
 ブイアールも一企業である。正月休みを取るのである。
 正月休みの間、時間は? もちろん進みますよ?
 阿鼻叫喚である。
 必死で生きる術を伝え、忍者たちは追いすがる各種族を残し、帰って行った。
 さて、正月の三日まで休んだブイアール社。
 その間に、千年もの月日が流れていた。誰もいない間に時間を止めるどころか、加速してみたのである。
 忍者たちは先を争って中の様子を見たのであった。この日、伝説のクソゲ―は神のクソゲ―となった。
 第一種族。エルフ。



私は、狩に出ていた。問題なく猪を仕留める。成人の儀の第一の試練を済ませ、私は息をつく。小人忍者たちも精力的に手伝ってくれた。小人忍者とは、不思議な存在である。常に私達を守ってくれている。遥か昔は大きい忍者もいたのだという。その人達が、この世界を創りだしたのだという。とてもではないが、私は信じられなかった。猪に近づいた時、人の気配を感じて私は構えた。……何者?
私は、目を丸くする。

「おお、エロフたん! どことなくリメイラに似ているな!」

「やった! 生きてる! 全滅してない! すげぇ!」

 そう言って現れた彼らは、どうみても忍者だった。

「忍者……? 忍者なの!?」

 私は思わず詰め寄った。伝説上の存在が、今目の前にいる!

「ああ、俺達は上忍だ。君達の始祖を育てたんだよ」

 優しげな瞳をした忍者が、私を娘を見るような目で見てくる。

「長老を、長老を呼んでくる! ここで待ってて!」

 私は、急いで村へと向かった。いくらなんでも、私の意志で外部の者を里に招き入れるわけにはいかないから。長老夫婦は、急いでやってきて、忍者を見て目を丸くした。

「ああ……おじいちゃま……おじいちゃま……」

 長老夫人が、ぽろぽろと涙を流す。上忍は、そっと長老夫人の頭を撫でた。

「リメイラ。遅くなって悪かった。でも、戻ってきたよ。約束通り」

「今更、何をしに戻ってきた! 私達を捨てていった癖に! あの後、どれほど大変だったと……!」

 長老が泣いていた。上忍が、何度も何度も謝っていた。そして、長老自ら忍者たちを村に招き入れ、宴を開いた。ちょうど今日は、私達若いエルフの成人の儀が行われる。忍者たちが来てくれて、とてもめでたい日となった。

「成人の儀なんてやるようになったのか。凄いな。一人で猪を仕留めていたし」

「あれぐらい出来ねば、森で生きていく事は叶わぬよ」
 
 和やかに上忍と長老が話す。
 その間に、私達成人するエルフが広場の中央に並んだ。
 お母様が、ナイフを持って、少し緊張した面持ちでやってくる。私も緊張していた。

「で、これから何するんだ?」

「ああ、男女には動物のように交わり、快楽を感じる部分があるじゃろう?」

 途端、上忍達は咽た。そして、呟く。

「あ、ああ。動物を見本にしろって言えば良かったのか……。で、これから何をするんだ?」

「もちろん、そんな忌まわしい部分を切り取るのじゃよ」

 そして儀式が始まった。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いよ! 見ているだけで痛いよ! 何してるの!? ねぇ何してるの!? 医療班! いりょうはーーーーーん!!」

 忍者達が揃って騒ぎだす。成人の儀は中止となり、気絶した下忍の何人かを治療しながら、上忍達は必死に説得を始めた。
 曰く、聖人の儀はとても良くない物であり、性交渉は決して悪い物ではなく、むしろコウノトリが運んできた子よりも強い子が授かるという。

「では、なぜ性交渉を教えてくれなかったのですか? それが神聖で大切な物だというのなら、恥ずべき事がないのなら、交わる様子を見せて下さい」

 今度は、私達が忍者を説得する番だった。
 忍者は、言葉に詰まった。







後日、エルフの皆は伴侶に忍者を選びたがるようになった。
 当然の帰結である。

























エロシーン例の場所にあげました。興味がある方はどうぞ。



[15221] 新米神の世界創造 六話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/07 08:02
 第二種族。獣人族。

 ワンワンワンワンワン! ガウッガウッガウッ(獲物の匂い!)

『うわ、大分様変わりしているな……。村が森に飲まれちゃってるじゃないか』

『村に人気がない……。もしかして、全滅……? そんな……』

 ワンワンワン! グルルルルルルル……。(狙って狙って―)

『あ、いた! 獣人! 着替え中だったかな? ……って、様子がおかしい……?』

 ワオーーーーーーーーン! (襲撃!)

『ギャーーーーーーーー!!!』

 ガウガウッ!? (確かに仕留めたはずなのに、何もない? あれ?)

『下忍がやられた! もしかして狂犬病とかか? 医療はーん!』

『診断の術! 体調、正常!』

『こ、言葉すら忘れてるとか!? マジで!?』

『なんという野生化……! なんというフルチン』

『語尾がワンってレベルじゃねーぞ!』

『デジモン! 退化―――――っ!!』

 ガウっガウっ! (次の獲物、仕留める!)

『えーと、えーと、お手!』

 お手。ご褒美! ご褒美!




 忍者達は、きちんとお座りをしてお手をし、尻尾を振る獣人に頬を引き攣らせた。
 とりあえずご褒美の肉の実をやる。

「なんというバッドエンド……やめて!? ぺろぺろするのやめて!? 尻を嗅ぐのやめて!? あー! マウントー!」

「うわー。犬なら許せる事でも半分犬の人には許せない行為だー」

「一旦撤退して、忍び頭に助けを求めるしかないか」

「あの人、このクソゲ―を作られた方だからな……大丈夫かな」

 そう話しながら、肉の実で獣人の気を引き、速やかに撤退する。
 安全な場所まで来て、上忍達は零社長に泣きついた。

「頭! 獣人が野生化してしまっているので、どうか、どうか攻略のヒントを!」

「あまり私を頼る事は好ましくないのだが。まあ、いい。私が思いつく限りで取れる方法は二つある。この世界では、産まれた魂は再利用されている。そして、同じ種族として産まれる事が多い。言っている意味がわかるか?」

「獣人達に、始祖の生まれ変わりがいるという事ですか?」

 零は頷いた。

「二回目の獣人達は覚えが良かっただろう。つまりはそう言う事だ。前世の記憶を開放してやろう。少し時間はかかるがな」

「おお……」

 一期を育てていた上忍が、思わず涙ぐむ。愛しい子供が転生していると聞いて、涙ぐまない親はいないだろう。

「さすがは忍び頭。二つ目の方法とは?」

「本当は一月十日の上忍会議が終わってから実装予定だったんだが。転生だ。忍者としての格によって扱いを変えようと思っていたが、ただ記憶を持って転生するだけなら今でもできる。お付きの小人忍者は、転生後でも呼べるが、周囲の目に気をつける事だ」

「内部から変えるという事ですね!」

「うおお、転生チート、その後内政か! お願いします!」

「時間はあるんだな?」

「大丈夫です、今日一日ゲームに費やす予定で来てます!」

 そして、零は忍者達に手を翳した。
 




 彼は、産まれると、誰かに抱きかかえられた。隅々を舐められて、くすぐったく思うと同時に、風呂に入れてくれよ……。本当に獣なんだなと痛感する。
 産まれたばかりの彼を、最初の試練が襲った。
 何か、魔獣の巣に入れられました。そして、魔獣に子育て開始されました。

「うだうだだー(カッコウ!? カッコウなの!? 自分の子供を自分で子育てしてないの!?)」

 すぐに周辺の小人忍者がやってきて、世話を手伝い始める。
 お手、お座りを教える小人忍者もいた。お手だけ出来たのはこれか。
 これを内側から変えるのは至難の業だ。しかし、俺は諦めたりしない。自慢だが、俺は初期からの上忍だ。このクソゲーと真正面から戦ってきた男だ。俺なら出来る!
 そして、数年の雌伏の時を過ごす。
 獣人の成長は早い。これだけ育てば十分だ。俺は狩を共にするようになっていた。
 もちろん、仕留めた獲物の毛皮で服を作りましたよ? 元人間としてフルチンは出来ない。そのおかげで毛皮が気持ちいいらしく、懐かれるんだよな。周囲にも服を着せようとしているけど上手くいっていない。

「アクセラレーション!」

 獲物を見つけて、獣人族特有の呪文を使うと、ぐん、と足の動きが速くなる。俺は即座に獲物に追いついて、仕留める。ちなみに、当然のごとく遺失呪文と化してます。
 他の獣人どもが寄ってくるが、厳しく告げる。

「待て!」

 途端に待てする良い子達。可愛いぞ、畜生! お父さんが、早く人間レベルに戻してやるからな!
 俺は小人忍者の火遁の術で、肉を焼く。広がる美味しそうな匂い。獣人達はよだれを垂らす。よく焼けた頃、俺は火を消して苦笑した。

「よし」

 途端に奪い合われる肉。今は焼くだけだが、次第に色々な料理を教えてやろう。
 他の転生獣人とも徐々に連絡が取れ、俺達は再教育すべく、色々と心を砕いていた。
 
「ア……クセ……ション」

「偉いぞ、ウルフ! 賢いねー! 賢いねー! アクセラレーション! アクセラレーション!」

 俺は頭を撫でながら、繰り返し呪文を教える。その間に食べ終わった子が、俺にじゃれつき始めた。

「めっ! めっだよ! 人間同士でそのスキンシップは……! 新しい扉開いちゃう! 現実世界に戻れなくなる! それは駄目、開く、開く、開いた―!」

「遊んでないで、次の獲物狩るぞー」

 転生体の牙影が呆れた様子で告げる。
 俺は頷いて、次の獲物へと向かった。村を整えて復興したりと、やる事は多すぎるほどいっぱいあるのだ。
 そんなある日の事だった。
 ワンちゃんスタイルでマーキングをしていたウルフの様子がおかしい。
 なんというか、急激に転がり始めた。

「拙者、切腹するでござる……!」

 泣きながら言うその言葉に、俺は気付いた。

「サムライ! サムライなのか!?」

 俺が一番可愛がっていた犬タイプの獣人で、サムライっぽい言動を覚えさせて可愛がっていた。愛しい愛しい息子である。
 同じようにサムライを可愛がっていた忍者の転生体達が駆けよる。

「俺だ! 風影だ! ようやく戻って来れたんだ。それで、忍び頭に頼んで、獣人に転生させてもらったんだ」

「牙影だ! 心配した、凄く心配した! この三日、サムライがひもじい思いをしているかと思うと、夜も眠れなくて……!」

「猫耳大好き様だ! ミュウは、ミュウはどんな一生を送った!?」

 サムライは、信じられないような顔で俺達を見た。そして、喜びに頬を染め、ついで自分のフルチンに目を落とし、別の意味で頬を染め、駆けだした。

「拙者、もう生きていけないでござる―! フルチンとか! 超セクハラとか!」

「ああっサムライ!?」

 急いで牙影が追いかける。
 他にも、急激に悶える者達、計十人。
 な、なんだ。何が起こった!?
 その後、泣きじゃくる獣人達を慰めている間に、何故か獣人達と婚姻を結ぶ事になってました。ちょっと待て。見られてるから。獣人の女の子大歓迎だけど、大画面で見られてるから!
 お正月忍び農園スペシャルで、マスコミも入ってるから!
 そんな中でセックスとか無理です! ちなみにキスの子作り方法は当然のごとく失われていて、思い出しはしたもののセックスの方がいいらしい。動物と同じ方法で交わるなんて、嫌……? 汚らわしい? と聞かれるとどうしようもない。
 忍び頭―! あ、でも超過剰スキンシップを見られている時点で俺オワタ。
 その後、特定の家の中は写さない様に設定してもらいました。
 犬耳の嫁さんも貰った。リアル世界の嫁さんには悪いと思うけど、なんか嫁さんもエルフの嫁さん貰ってたしかんべんな!(嫁さんは上忍になる際、男を選んでいた)
 ……このゲーム、絶対十八禁、だな。



[15221] 出来れば僕達、母の後を継ぎたい 五話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/07 12:35
 情報屋は、ハイドにそこそこ有用な情報を寄こし、大切そうに包まれた、薄汚れてボロボロの金貨を渡して来た。
 エルディアはそれを受け取り、財布にしまう。
 
「大分遅くなったな。ハイド、付き合わせて悪かった。明日、買い物に付きあって欲しいんだけど、いい? 情報集め、もう終わった?」

「いや、明日の夕方、もう二、三件回る。昼なら付き合うよ」

 エルラドはそれを聞いて頷いた。
 翌日、ハイドは朝早く起こされた。エルラドもエルディアも朝市に行くのだと、楽しそうである。
 買い物に向かうと、エルラドとエルディアはせっせと買い物をする。
 朝市が閉まると、入れ替わりに開いた店を物色。
 エルラドもエルディアも、父を名乗る者に奪われた物をまだ補充していなかったのである。
 それに、この国を出るのだから、この国の特産物はぜひ買いためておきたい。金貨すら消費して、彼らは買い物をする。
 夜、情報屋を回った所、やはり珍しい薬草などを求められた。
 今度はハイドが上手くあしらい、事無きを得る。
 その日には、キャラバンが補給を終わらせ、出発するとの連絡が来た。かなり早いが、その理由は多く、仕方のない事といえる。
 一つは、森で時間を取ってしまった事。商人達の運ぶ穀物を待っている人達がいるのである。
 一つは、蜂蜜を王族に献上したいと商人達が考えている事。珍しく、美味しい食べ物を一刻も早く主に届けたいというのである。
 一つは、ハイドが情報屋から得た戦火が近づいているとの噂。最前線になるであろう、モルト―王国とシャライア国の国境を出来るだけ早く通ってしまいたいのだ。まだこの段階では戦に巻き込まれるまではいかないだろうが、食料を無理やり安く買われてしまう事はありうる。
 次に向かうのは……国境の町、フェルナンド。
 エルラドとエルディアは、確実に、隣国モルトー王国に入らんとしていた。
 街を出発すると、キャラバン付きの薬師や医師、神官がエルディア達に近づいてきた。

「お前さん、暁の魔女の弟子らしいじゃないか! 他にも色々教えてもらっているのか?」

「悪いけど、私、弟子は取っていないの。お買物と情報屋さんのお孫さんの治療で疲れたから、少し休むわ」

 エルディアの言葉に、ぐっと詰まる。エルディアは暗に、これ以上物を教えるのは弟子と変わりがないと言っているのだ。エルラドは、自分には関係ないという顔で店で買った肉に夢中で齧りついている。
 国境の砦では、検問が行われていた。
 問うても何を探しているのか答える事は無く、次々と馬車の中を検問する。
 エルラドとエルディアは何の気なしに検閲の列に加わったが、騎士がエルラドとエルディアにフードを取るように言った。

「醜い顔なので、知られたくはないのです」

 そう言ってエルラドとエルディアは嫌がったが、騎士はならば、別室でという事で護衛のハイド諸共、部屋に連れ込まれてしまった。
 そうなっては、のがれる術は無い。エルラドとエルディアは仕方なくフードを取る。
 絶世の美貌がそこにあった。
 騎士は、大いに驚き、納得すると同時に首を傾げた。弱き者が誘拐を警戒して美貌を隠すのは当然のことである。しかし、どこかで見た事のあるような顔なのだ。
 そこに、ずかずかと大きな足音を立てて叫ぶ声があった。

「暁の魔女の子らしき者が見つかっただと!? どこにいるのだ!」

 それに、エルラドとエルディアは顔を青ざめさせた。
 エルラドが危機を感じたその時、チャイルドチェーンがその手に握られる。
 エルラドは、とっさにそれを差し出した。
 騎士はチャイルドチェーンを見て、エルラドとエルディアが陛下に似ているのに気づき、顔を真っ青にした。
 それはハイドも同じである。スパイであるハイドも、それくらいの知識はあったのだ。

「追われているのです。見逃して下さい」

 そこで、騎士の頭の中にストーリーが展開された。秘密裏に探されている暁の魔女の子。
 王子王女が公に探されないその理由。病弱な皇太子の存在。
 シャライア国には、未だに正妃がいない。王が初恋の人を忘れられず、側妃が皇太子を産んだ後も正妃となる事を許さなかったのだ。側妃リーアが追手を差し向けるのは当然のことである。そして、Sクラスのディアトルテ国出身の護衛、ハイド。
 何この陰謀の匂い。ハイドは敵なのか、味方なのか。騎士にはわからない。
 その上、運悪く、隊長がお身体の弱いライド皇太子に大いに同情し、お味方している事で有名だった。
 騎士は、選択を余儀なくされた。すなわち、国の命令に従うか、殿下の命令に従うかである。考える時間は上官が戸を開けるまでの一瞬。
 騎士は決断した。エルディアとエルラドのフードを戻し、にこやかに笑って見せたのだ。

「驚かせて悪かったね。隊長、この二人は暁の魔女の子ではありませんでした」
 
 一方、ハイドもギルドが父親を用意したとか、わざわざSクラスであるハイドを雇った事とか、たった七歳の幼子が危険にもかかわらずディアトルテ国に向かう事、目的が冒険者になる事と聞いていた事に並々ならぬストーリーを広げていた。ディアトルテ国は、身元を隠すのに最適である。しかし、それにしてもあまりに非道なのではないか。
 二人が、自分が王族だとわかっていないとは思いもよらない。
 騎士は、エルラドとエルディアの前に跪き、ハイドを警戒の眼差しで見ながら優しい声で問う。

「どちらへ行くのですか?」

「ディアトルテに。死んだ母の遺言なの」

 その言葉に、騎士は安堵する。モルトー王国だったなら、ハイドが間者だと疑わなければならない所である。暁の魔女の遺言ならば、きっとそこには重大な理由があるのだろう。もちろん騎士は、二人が独自にハイドを雇ったなどとは思いもよらない。
 しかし、まさか王子王女を他国人だけに任せるわけにはいかない。絶対に、絶対にもっとお付きの者が必要である。

「ほぉ、こんなに小さいのに! 大変ですな。Sクラスの冒険者の護衛という事は、ディアトルテの貴人ですかな?」

 上官の呑気な言葉をスルーしつつ、騎士は考え考え、続ける。

「ディアトルテまでの道は、あまりに危険です。護衛が一人というのは……。私が、よい冒険者を斡旋して差し上げましょう。ですから、どうか私を信じて頂けますか」

「うむ、ディアトルテの貴人に借りを作るのは良い事だな。わしが探してやろうか?」

「いえ、隊長。それには及びません。冒険者が見つかりましたらキャラバンに連絡します」

 この言葉に、さすがにエルラドは迷った様子を見せた。
 騎士があまりに真剣な眼差しだったせいでもあり、信頼が出来るのか不安だったせいもある。
 そこで、騎士はそっと忠誠の証を差し出した。
 騎士の記憶球を持っているエルラドには、それがどれだけ大切なものかわかった。
 何故、騎士がここまでしてくれるのか。疑問に思いながらも、エルラドはそれを受け入れたのだった。



[15221] 新米神の世界創造 七話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/07 21:39
 第三種族、ドワーフ。

 一振りの刀を奉納し、今年も神に祈った。

「忍者様、どうか戻ってきて下され」

 鍛冶をドワーフに伝えたという遥か昔の忍者様。彼らは、立派な刀を打てた頃に戻ってくるという言い伝えだ。その言い伝えをワシは信じていた。
 子供が産まれるとどこからともなく現れる小人忍者が、常に手伝ってくれるのらの小人忍者達がその証明だ。
 この想いは、この技は、まだ届かないのだろうか。
 暗い気持ちで祭壇を降りると、不作法に走ってくる音が聞こえた。
 聖なる時間を何と心得る!
 ワシは振りむき、目を丸くした。

「生きてる! 全滅しとらん! それはお前の打った刀か!?」

 そう言って、忍者が、伝説上の忍者が、祭壇に駆けあがってさっと刀を取り上げた。
 そして、目がしらを熱くする。

「ワシを超えたな……。立派になって……。孫よ、お前は約束を、守ってくれたな……」

 涙ながらに言う上忍。その言葉に、ワシの目からは涙が零れた。報われた。千年の努力が、今報われたのだ。

「忍者殿。もしも貴方が名無しの鍛冶屋殿なら、ぜひとも貴方の腕を見せてほしい。そして、ワシの技を見てほしい。見せたいもの、話したい事がいっぱいある」

 宴会が始まるのに、時間は掛からなかった。今はただ、静かに再会を喜んでいた。

 





第四種族。MS族。

 受け継がれるメモリにあるのは、なんでも知っていた忍びの姿。
 尊敬すると同時に、たまらなく悔しかった。大切な大切な、千年もの間受け継がれてきた始祖の記憶。
 それ以来、我らが一族は常に、「知らない事探し」をやってきた。そして、ついに見つけた知らない事。それは、自分達にも動物と同じ性交が出来る、という事だった。
 更に、応用する事でより激しい快楽を得られるようになった。
 他にも色々見つけたが、一番大きいのはこれだろう。
 忍者達は、必ず帰ってくると言っていた。それを疑うわけではないし、一定期間ごと何年か不在になる事は頻繁にあった。しかし、いくらなんでも千年は長すぎる。知らない事を教える事を楽しみにして、死んでいった仲間達。自分もその仲間入りをするのだろうか。
 我に珍しく、物想いにふけっていると、ガシャンガシャンと走る音が聞こえる。
 反射的に、全ての者が走りだした。
 かつて始祖が、忍者の足音を聞いて駆け寄ったように。

「MS族! 俺のMS族は無事か!」

 必死な声は、メモリと完全に一致。ザク。大好きな上忍。何よりも我らを愛してくれた人。
 我らは頷きあった。今こそ、千年の勉強の成果を見せる時!

「良かった、繁殖してる! どこを見てもロボ、天国すぎ……って、なんだ? 何をするんだ? やめろー! アッ―――――――――!」

「ザクさ――――――ん!」

「撤退! 撤退―――――――!!」

 ふふふ、逃がすものか。大好きな製作者達。もう二度と放さない。








 彼らはその後、エロボ族と呼ばれるようになった。





 第五種族。使い魔族。

 抜け殻のような日々。何かが足りないという欲求を抱え、僕らは生きていた。その理由は、かつて愛してくれたという忍者の一族を失ったからなのだろうか。口伝も、徐々に曖昧となり、失われた知識も増えていく。
 このまま、獣の一部となり果ててしまうのだろうか。それもいい……。どうせ、生きていないも同じなのだから。
 僕がむなしい気持ちで果実を転がしていた時だった。
 ガサガサと侵入者の音がする。警戒すると同時に、僕の鼓動は早まり、体が火照った。
 体の変化に戸惑いながら、侵入者を見る。
 変な、大きな生き物が、僕を見て笑った。その笑顔を見て、僕の鼓動は跳ねる。

「猫ちゃん! 貴方、使い魔族ね!? ミアにそっくり、生きててくれたのね! ミア本人でなくても、嬉しい……!」

 ぽろぽろと涙を流し、無造作に手を伸ばしてくる。初めて見る生き物なのに、何か強い力を持っているとわかるのに、僕は抵抗できなかった。暖かい胸に抱かれ、僕は本能で理解する。
 欠けていた物。足りない物。運命。絶対なる主。それは、この人なんだ……! 後は本能が知っていた。契約を結ぶ魔法陣が光る。

「あっだ、駄目よ、猫ちゃん! 私は、忍者なんだから! 絶対、絶対立派な主を見つけてあげるから……」

「貴方以上の主などいない、マスター」

「猫ちゃん……!!」

 僕は幸運だった。だって、それから何人かの忍者族がやってきて、ご主人様の取り合いになったから。一番に、一番素敵なご主人様を見つけて契約を結べた僕は、幸運だった。例え、忍者族が時が来れば離れなければいけない生き物だとしても。






 閉店時間まで居座り、追い出されるようにしてブイアール社を出る。
 私は、ブイアール社を見上げた。今日はとても混んでいた。いち早くカイトに会う為には、明日の朝早く並ばなければならないだろう。

「カイト、待っててね」

 私の大切な、大切な使い魔の猫ちゃん。
 本当に、なんでゲーム時間を止めてくれないんだろう。カイトが寂しい思いをしていると思うと、胸が痛い。NPCなんて、思わない。あの超高性能のゲームでは、本当に感情を持ち、生きている事を皆が知っている。いっぱい、苦しむさまを、喜ぶ様を見て、生き物たちを看取って来た。
 使い魔族は、主人の愛があって初めて完成する種族だ。そのように作った。
 でも、それがあんな寂しい思いをさせる事になるなんて思っていなかった。カイトには、色んな幸せを知って欲しい。
 初めは、ただ珍しいだけだった。でも今は違う。人生全てを捧げてもいいと思うほど、忍農園に夢中だった。私の作った蝶も、花も、兎も愛しいが、一番使い魔族が愛しい。
 始祖のミア。それは、初期の上忍の職権を乱用して作った、死んだ飼い猫そっくりの使い魔だった。そして、さらにそれにそっくりなカイト。
 カイトと色んな所を冒険するのは楽しかった。夢のようだった。
 ミアの血の系列が続く限り、私は決して忍び農園を辞めないだろう。
 コミュニケーションが苦手で、一人で、寂しくて。そんな私の心を、忍び農園は癒してくれた。
 そこで、お腹が鳴る。一日中籠っていたのだから、当然だ。
 コンビニで何か買って帰ろう。
 そう決めて、歩きだす。コンビニで食料を買いあさり、コンビニを出てしばらくしたあたりで、背後の足音に気付いた。
 どこまでもどこまでもついてくる足音。
 私は、どこか不安になって足を止めて振り返る。そして、目を見開いた。
 ……この人、なんでナイフを持っているの?
 とっさに周囲を見渡す。誰もいない。走る。追いかけてくる。
 私は泣きそうになりながら、必死で走った。
 不味い事に、逃げながらどんどん裏路地へと入ってしまう。ああ、行き止まり。
 どうしよう、どうしよう。
 ふと、頭の中にカイトの顔が、抱いた時の感触が浮かんだ。
 ――私がカイトを守らなくてどうするの?
 弱い女から、自分の生みだした種族を守る上忍の思考に頭が切り替わる。
 オーケー。確かに、この体の性能は悪い。けれど、それが何? 私は、カイトを守るの。
 鞄をぎゅっと握る。にやにやとした通り魔の顔をキッと睨む。
 私は、反撃を開始した。
 戦いは、十分ほど続いた。けれど、武器と体格の差は大きくて、私は刺される。
 痛い、痛いよ。死んじゃうよ。カイト、カイトごめんね……!
 その瞬間、足元が光る。魔法陣? ゲームで見慣れた……それは、主が瀕死になった時の自動発動の召喚の魔法陣。
 そこから、私の猫ちゃんが、カイトが飛び出してくる。幻、なのかな。
 私は安堵と喜びに涙を流した。

「お前……僕のご主人様に、何をした?」

 カイトの低い声。尻尾をくるんと一振りすると、描かれた魔法陣が発動し、私の傷が癒えていく。夢、奇跡、逆トリップ、そんな言葉が頭を巡る。
 カイトが、尻尾で私に触れる。

「姿が変わってたから、少し驚いた。でも、自分の主を見間違えたりしない。もう大丈夫、彩夏」

「うん……うん……」

「しゃ、喋る豹!?」

 カイトが飛びかかる。そういえば、こっちじゃ人殺し厳禁だよと教えてない。私が慌てるのは、一瞬後の事だった。
 



 しばらくして、途方にくれた私はブイアール社の前に戻った。
 丁度、社員の皆さんが近くの二十四時間喫茶まで食事に行く所だった。忍者姿でお出かけしている辺り、本人も周囲も忍者スタイルに慣れ過ぎている。

「あ、あの、忍び頭……!」

 私が勇気を出して声を掛けると、社員の皆さんはカイトを見て腰を抜かし、零社長は目を見開いてぽろっとこぼした。

「しまった。プログラム間違えた」

 え? 私が戸惑っていると、困ったように零社長は言う。
 
「とりあえず、送還呪文を唱えておいてくれ。使い魔系統の呪文は、全部使えるはずだ。困ったな、これは。すぐにバグ取りしないと。皆、私は社に戻る。皆は先に帰っていい」

 そして零社長は足早に社に戻った。私は戸惑って、とりあえず、使い魔を影へとしまう印を結んだ。それは上手くいった。
 何? どういう事なの? 混乱しながら家へと帰る。
 そして、忍び農園のホームページにアクセスする。
 そこには、重大なお知らせという項目が出ていた。内容は、致命的バグが発見されたので、良い子は絶対に魔術、忍びの術を使わないでね☆ 数日内に修正予定ですとだけ書かれていた。
 私は、ぼそっと呟く。

「カイト?」

「何、彩夏。ここは変わった場所だね。お腹すいた」

 私はコンビニで買ってきたお弁当やおにぎり、お菓子をカイトと半分こした。カイトの一生懸命食べる様を和みながらご飯を食べて、唐突に立ちあがった。
 いやいや、おかしいでしょ。バグって何? プログラム間違えったって何!? それでどうしてカイトが現実世界に来れるのよ!
 そして私はぺたんと座る。そして、ふと思いついて常駐スレを開いた。

【忍び農園】俺の草が食われた512回目【悪い子集まれー】

『何か、超謎な公式サイトのメッセージがあるんだけど。片っ端から試してみよーぜ』

 私はとっさに書きこむ。

『使い魔族系統の術だよ。通り魔に襲われて、瀕死の場合の緊急召喚が出来ちゃった』

『www』

 その後、しばらくスレは別の話題でにぎわっていた。主な話題はエロフとエロボ、獣人の退化だ。使い魔族ですら言葉を忘れてなかったのに、獣人族はどんだけ馬鹿なんだよとの言葉に、私は使い魔族は頭悪くないもん、と書きこむ。速攻で上忍の使い魔族担当という所まで特定された。
 企業さんらしい人のリークによると、事実獣人の知能指数が一番下に設定してあるらしい。

『じゅ、獣人は可愛くて強いから良いんだよ!』

『どの種族も可愛いわ』

『自分が育てた種族が一番可愛いよな。なんつーか、種族馬鹿?』

 そんな話題でにぎわい、一時間ほどたったあたりだろうか。

『本当に使い魔召喚出来たんだが』

 来た! きっと皆驚いて、書きこめなかったんだ。

『ありえねぇ、とりあえず、家族に使い魔自慢してみる』

『嘘に決まってるだろ』

『うp! うp!』

 そこで、次々とアップされる使い魔達の写真。
 更に、衝撃的なコメント

『なぁ……果物取ってきてって言ったら、向こうの世界の果物……取ってきてくれたんだけど……』

 スレが、祭り状態になった。明日の朝、開店一時間前にブイアール社の前に全員集合。
 そんな事が決定され、私は胸が高鳴り過ぎて痛いくらいだった。

「ねぇ、何してるの、彩夏?」

「凄い事になっちゃったよ、カイト」

 まさか、貴方はゲームのキャラだと思っていたのにとは言えず、私はカイトを抱きしめた。時計が、十二時を指した。
 



[15221] 新米神の世界創造 八話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/09 12:24
 第6種族、人間。

 彼らは無言で歩いていた。
 緊張していた。全滅していれば良いとすら思った。
 もしも人間が増えていたら、そうして外れの村が出来ていたら、彼ら、医師団は……今日、病原菌の作成実験をする。
 彼らの上司は、ブイアール社に何度も訴えていた。
 超精巧なブイアール社のシステムを、医療に使わせてほしいと。
 医療、それと戦争目的で、ブイアール社には何度もオファーがあったらしい。
 しばし考えた後、零は言った。

「確かに、病気が少ないのは不自然かもしれないな。そろそろ、魔王を用意してもいいのかもしれない」

 まだ、戦争という悪意に耐える事は出来ないだろう。そういうわけで、兵士の訓練はいずれ、という話になった。その代り、病原菌は作りだしてもいいという。
 もちろん、人間を全滅させない範囲で。
 病原菌をばら撒く役の彼らの上司は、魔王将軍ウィルのアバターを与えられ、それを治す役の忍者達は通常の忍者服で行く事になった。
 マッチポンプ。そんな言葉が彼らの頭に浮かぶ。
 人間達はNPCだ。だから、問題はない。そう言い聞かせても、人間そっくりの挙動をしてくる彼らを思い出すと心が痛かった。医師達は、人を救う為に医師となった。
人間が苦しんで死んでいく姿を見るのは辛いのだ。例えそれが、NPCでも。
 人里に近づいていく。
 そして彼らは目を閉じた。
 人間は、実験を行っても問題ない程十分に繁殖しており、与えられた街以外にも多数の村を作っていたのだ。
 忍者達は村へと向かう。村人が気付いて、言った。

「新種の忍者か!? おいで! こちらへおいで!」

 その様子は至って呑気であり、とても病気が流行っているようには見えない。
 上司も、実際に村人達を見て心が痛んだのだろう。ほっとしつつ、忍者達は傍による。それを、村人は魔法で捕まえた。

「王様に売れば高値で売れるな。凄いぞ。ちょうど奴隷商が来ていた所だったんだ。うん、お前、忍者の癖に良い女じゃないか。先に頂くのもありか?」

「!?」

 捕まり、胸を揉まれた上忍。村人がどこからか多数集まり、忍者達を拘束する呪文を次々と唱えた。
 その時だった。白衣のダークエルフ、ウィル……彼らの上司が降り立って、言った。

「おのれ、神の使いの忍者共! 村を襲撃する我が企みを看破し、村を守らんと先回りしていたか。しかし、守るべき者に襲われるとは、滑稽だ。さあ、我が病を起こす呪いの力、受けてみよ! 一週間もすれば病が村に蔓延するだろう。しかも、それを治す準備をする作業はどれだけ頑張っても一週間というところだろう。それも拘束されていては無理な話だ。私の勝ちだな!」

 ウィルが何かをばら撒く振りをして、去る。
 村人は呆然とした後、不安げに話しあい始めた。

「奴は一体何者だ?」

「神の使いと言っていたぞ」

「忍者は王が従えた悪しき生き物ではないか」

「でたらめだ」

「王に、ご報告しよう」

「気になる事を言っていた。こいつらを王都に送るのは後一週間待ってみたらどうだ?」

 その後、監視はついたが忍者達は解放された。
 上司の機転に感謝し、忍者達は出来るだけ忙しそうにする。
 実際、上司が頼みこんだ医療器具の召喚と病院の準備に忙しかったのだが。
 その後、何故かすぐに、村人達が魔法を使えなくなるという謎の事象が起き、忍者達は安全になる。
 そして、三日で病は現れた。

「おいっお前達なら治せるんだろう! 命令だ、早く治せ!」

 焦った様子の村人がやってくる。何故、こいつらはこんなにも偉そうなのか。情報収集をしつつも、忍者達は治療を開始した。
 何か、人々はアリーゼという神を信仰しており(無論、そんな存在忍者達は知らない)、アリーゼが人類に魔法を授け、王に王権を授けたという。
 そこに、闇の生き物忍者達が現れ、世界は一度滅ぼされかけたという。王は、忍者達を見事退け、人類の僕とした。
 全て大ウソである。残っていたのは忍者という言葉だけ。忍者達は、ため息をつくのだった。
 その頃、王都では。

「ほう、創造の術を持ち、人の姿を取る忍者か! 素晴らしい。余の伽を許す」

 王子が居丈高に言う。囚われた上忍達は、いい加減彼らの態度にイライラして来ていた。

「……貴方達を作ったのは私達で、私達はアリーゼなんて知らない」

「アリーゼ様を侮辱するか!?」

 囲んでいた兵士達がいきり立ち、剣を抜く。
 上忍はため息をついた。

「お仕置きが必要ね? 貴方の祖先が本当に私達を従えたなら、それを私達にもやってみせてよ」

 忍者が使える術はそう多くない。中忍時代にいくつか術を得ることもできるが、それでも少ない。
 けれど、それを補う忍者だけに許された術がある。
 上忍は、慎重に力を加減した魔獣を生み出した。他の忍者がそれに倣う。
 忍者が逆らった事に王子達が慌てるが、もう遅かった。
 その後、忍者達は小人忍者を撤収させた。
 そうすると、子供と同じ分の小人忍者しかいなくなる。
 当然、王都は大混乱になった。
 その上、追い打ちが掛かる。

「忍び頭。とりあえず、一週間魔法取り上げていいですか?」

「やれやれ、今日は呼び出しが多いな。構わんぞ」

 実は、企業人が混ざっていたのだ。本来は五日から企業の者達が入って呪文の再調整を行う予定だったが、人間族を担当した社は待ち切れずに社員を差し向けていたのである。
 なお、獣人族の担当した社の社員は獣人族、エロボ族の超退化と超進化?の話を聞き、まだか、まだ五日は訪れんのか……! とやきもきしていたりする。種族の基本的な能力と文化に責任持つのも企業だったりするのである。
 企業は、魔王出現の噂を聞いていたから、なおさら種族の繁栄を気にしていたのだ。
 長い一日が始まった。
 相手がNPCであるからこそ、至って気軽に行われたこの鎮圧は、後に忍者達の心に大きな傷を残す事となる。



[15221] 新米神の世界創造 九話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/09 21:14

 彩夏は、使い魔のカイトを抱きしめ、眠りに落ちていた。そこに、けたたましい目覚ましのベルが鳴り、カイトが毛を逆立たせた。

「あはっ大丈夫だよ、カイト。ご飯、つくろっか」

 彩夏はカイトの毛皮に顔を埋めてから、身支度を始めた。カイトに、美味しい物を食べさせてあげたい。
 冷蔵庫を見て、少し考える。使い魔族は、雑食だったはずだ。お弁当も問題なく食べた。
 シチューでも、いいかな。それと、サラダと、デザートのヨーグルトと、使い魔族が生き残っていた時のお祝い用に奮発して買ったステーキ肉もカイトにあげちゃおう。誰かの為に料理を作る。それが、可愛い猫ちゃんなんだから、これより嬉しい事なんてない。
 料理を運んでカイトの前に並べる。

「まだ熱いから、冷めるまで待ってね。サラダは先に食べてもいいよ」

 カイトは急いでサラダに顔を埋めた。美味しそうに食べるなぁと、彩夏は微笑む。
 冷める時間も入れると三十分ほどの時間を掛けて、カイトは鍋いっぱいのシチューと大皿に盛られたヨーグルト、サラダ、更にステーキを食べた。それでもまだ、おかわりを欲しそうにしている。
 小さい炊飯器で炊かれたご飯も綺麗に無くなった。彩夏は自分の分までカイトが食べた事をカイトに告げるつもりはなかった。

「彩夏の作るご飯は美味しいね」

「嬉しい。ブイアール社に行ったら、ケーキも奢ってあげる。美味しいんだよ。もう少ししたら、一緒に出かけようね」

 彩夏は歯磨きをして、念入りに化粧をする。そして、カイトを影に入れた。
 ブイアール社には、開店二時間半前についた。
 既に行列が出来ており、そこに並ぶ。いつもより三十分早いが、ちょうど受付を開始する所だった。ブイアール社は、装置が稼働する二時間前に店を開けてくれるのだ。
 順番待ちしてシャワーを浴びたり、着替えたり、軽く会議を行ったり、軽食を頼んで腹ごしらえしている間に、それくらいは過ぎてしまう。その為の配慮なのだが、閉店時間の後も二時間、店を開けてくれたらいいのに。今の所、30分しか開けてくれていないし、夜はオーダーを受け付けていない。願わくば、忍者ランチを食べて、軽く反省会をしてから帰りたい。プレイ時間以外のゲーム時間ストップ、24時間制にするのと並行して(しかし彩夏は、24時間制にするとそのままミイラになる人が出る事を疑っており、これは積極的には支持していない)、団結してアンケートでお願いしているが、中々受け入れてはもらえない。諦めるつもりはないけれど。
 受付をして、幸運にも二階の装置の鍵を手に入れ、シャワーを浴びて持ち込んだ上忍の忍者服に着替える。その後、売店と食堂を眺めた。何か、一晩で料理と品が様変わりしていた。通常、食事は自宅で取る事が出来るなら、遠慮するのが暗黙のマナーである。手間が掛かる料理ならならなおさらだ。何故なら、開店前に来る阿呆は一時も無駄にせずにゲームをしたい廃人ゲーマーだからだ。彼らにとって、料理の遅れは死活問題なのである。
 しかし、その日に限って食堂や売店に多くの人と使い魔が並んでいた。
 その理由はすぐにわかった。食堂には各種使い魔ランチが、売店にはペットフードが並んでいたのである。

「カイト、ケーキ以外にもいっぱいあるよ。何食べる?」

「可愛いですね! カイトちゃんて言うんですか! ぜひ奢らせて下さい」

 カイトを出すと、わっと人が寄ってくる。
 私が止める間も無く、最初に話しかけて来た、籠に小鳥を入れた人は、先に並んで注文をしている知り合いらしき人に注文を投げかけた。
 そして、すっと名刺を出してくる。

「私は、使い魔担当のラブゲー社の遠野です。リアルでは初めましてかな? 彩夏さん、ですよね。これは私の使い魔で、まだ赤ちゃんなんですが、フレアゲーテというんですよ。良い名でしょう? 最高でしょう? 超可愛いでしょう? バグ万歳ですよ! ラブゲー大勝利ですよ! いや、昨日休暇を圧して家族サービスも放り投げてゲーム参加した甲斐がありました」

 それは人として色々駄目すぎるんじゃなかろうか。彩夏は頬をひくひくとさせる。

「パパ、カイトちゃんて言うの?」

 一階は、参加しない人や子供も、入場料を払えば入る事が出来る。
 小さな女の子が、カイトに抱きついた。カイトは困ったようにてしてしと尻尾で叩いてみるが、それは微笑ましさを増すだけだった。

「貴方、ゲーム内とはいえ、恋人作っちゃ駄目ですからね!」

 奥さんらしき綺麗な人が文句を言う。
 そんな風に流されて、彩夏は大きなテーブルへと座る。見れば、皆使い魔と共にいた。
 食事が来る。忍者ランチ。海苔で全面を覆われたそのランチは、下に何が入っているか自分で察知して食べなければならない。配置は数種類あるから、油断は出来なかった。ちなみに海苔を剥いで食べるとイケてない人扱いされる。
 しかも、これは上忍ランチ。上忍ランチは食材が豪華な代わりに、辛い物も隠されているのである。
 カイトの写真を撮る事を許可しつつ、油断なく慎重に食べていると、全ての席に大皿に乗ったご馳走が運ばれてきた。
 奢るのが流行りなのだろうか?
 そして、食堂の真ん中に、大きな犬を連れた一人の人が立った。

「お集まりの皆様、ラブゲー社の祝いの席に来てくれてありがとうございます!」

 ……は? 思考が一時停止したのは、彩夏だけではないだろう。
 皆、舞いあがりまくっているのだ。

「く……っ何故ラブゲー社ばかり良い思いを! 皆、なんとしてもセキュリティホールを探すんだ! 我が社の魔法は世界一ぃぃぃと私に言わせるんだ!」

「はい、社長!」

「どうやら、使い魔族だけ使用者制限してないのが原因らしい」

「でも、呪文変更って零社長の許可が必要だったよね?」

「おまいら、まずプログラムミスで使い魔が現れるってところに疑問を抱けよ」

「あー、あー、きこえなーい」

「解剖させて下さい!」

 ジャンピング土下座、発動!

「全力でお断りさせて下さい!」

 バック転ジャンピング土下座、発動!

「私達は、本物の人間に対して生体実験してしまったのか?」

「私、私、この手で人を……」

「使い魔さんにお手をしてもらったお! もうこの手は絶対に洗わないお!」

「お願いします! 誰かエロゲ島に案内して下さい! 出来れば遠見の術が使える人!」

 エロゲ島とは、エロフの筆下ろしに使われた、上忍の外装が好きに設定できるという事を利用してひたすらエロい事に励む人達の常駐する島の事である。

「忍者服で顔隠れるとはいえ何と言う猛者」

「向こうの果実食べようぜ―」

「おい馬鹿これ中忍が死んだ奴じゃねーか、死ね。冗談とか無知じゃすまねーぞ」

 そこに遅ればせながら噂を聞いたマスコミまでやってきたり、米軍が数人何何、なんなの? 面白い事が起こった予感がするから見て来いって上司に言われてきたお! と入ってきたり、植物学者(動物は持ってこれなかった)が俺達の時代が来た! と歓喜したりして収集がつかなくなった頃、スレで約束した一時間前になり、いつもの画面の任務が流れ……無かった。流れたのは、違う映像。

『……失望した! 我が社のゲームの常連が全員悪い子かエロい子とか失望した! 逆トリップとか人気がないのではなかったのか!? セキュリティホールをあの手この手で輪姦とか何という鬼畜』

 エロゲ島住人には関係ない事なのである。例え行きたくても、エロい外見で公共の場の使い魔族の生息地に行くとかありえませんからー。……と見せかけて、エロゲ島の住人達は住人達で、なんとか向こうの媚薬をこちらに持ち込もうとしていた。ただ自分で魔法を試そうとしなかっただけである。
 
「忍び頭! バグを! 我が社の管理するエルフ魔法にも全員が使えちゃったりするバグを!」

 いくつかの企業の社長が直訴する。

『とにかく、バグ☆は数日で何とかする。その間、新たな魔法構築を禁止、構築の際は私のチェックを入れるようにする。当然、今日の種族調整も禁止だ。くれぐれも、問題を起こさない様に。バグのせいで外部の人間が殺傷したら、我が社は倒産の憂き目にあう』

 倒産したら、カイトはどうなっちゃうの?
 彩夏は、カイトをぎゅっと抱きしめた。
 倒産という言葉は、忍者達の頭に速やかに沁み渡った。
 元旦からクソゲ―で大騒ぎするのは、間違いなく廃ゲーマー達である。彼らは忍び農園に命を掛けているのだ。
 しかし、その言葉に怯まない者がいた。

「お願いです、獣人の知能上昇だけ設定させて下さい! 本当お願いします! ちょっとだけ! とりあえずちょっとだけでいいんです!」

「MS族のステもいじらせて下さい! エロボとか、エロボとか……!」

 その言葉に、零は迷った様子を見せた。

『しかし……わかった。企業会議は予定通り行おう。ただし、セキュリティホールをつく真似はしないように』

「はい!」

「もちろんです!」

 キラキラした良い子の目で答える企業人達。零の目が無くなったら、ふふふ、騙されおったな! と悪人顔でセキュリティホールを突きまくる事は自明の理ある。

「待って下さい、私達は、私達は本当の人間を殺しちゃったんですか!?」

『ゲームと現実を混同とか、怖っ! 妄想癖を患うのは良いが、我が社を原因にしないでくれ。では、私は行く。ニンニン!』

 ぼうんと消えて、忍び頭の映像が通常の物となる。
 そんなぁと全員が思ったが、とりあえずそのまま使い魔の撮影会に移り、それぞれ忙しげに仲間と会話していた忍者達は、10分前には大挙して指定の席へと向かった。

「HAHAHA、良くわからないけど上司に報告した方がいい気がする」

「チャーリー、早漏は女に嫌われるぞ。俺達もとびきり上等な使い魔を手に入れてから上司に報告しようじゃないか」

 そして鍵を投げ渡す米兵。
 その頃日本国首相は、朝ごはんを食べながら、テレビでの使い魔出現のニュースを見て、「オタクって凄いんだねぇ。動物をコスプレとか。でもあれ、可愛くね?」と呑気に呟いていた。



[15221] 新米神の世界創造 十話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/13 08:00

 当然ながら、忍者達は使い魔一族の住処に殺到した。
 物凄い勢いでプロポーズされまくる使い魔族達。
 使い魔族達は、戸惑いながらもそれを受け入れていった。
 こうして、使い魔族の森には何もいなくなってしまった。
 そして、そのまま上忍を呼んで企業会議に雪崩れ込んだ。
 既に、気のきいた忍びによって千年の間に朽ちた会議場は再建されてあった。
忍び頭零は、一つ息をついて言う。

「千年の時を生き延びるという大業を成した今、いよいよファンタジーの肝、魔王を作ろうと思う。もちろん、今はまだ魔王という悪意に世界が耐えきれない。しかし、それも直に解決するだろう。という事で、千年の時の流れにより露わになった弱点を解決し、種族強化をする意見を出してほしい。なお、魔王役には米軍にお願いする予定だ。新兵の訓練に使うらしい」

 上忍が、はいっと手をあげる。

「それって死人出ますか?」

「もちろん、世界が滅亡する事もありうる。魔王が一般人に倒されないよう、また魔王に世界が滅ぼされないよう、そこら辺は調整して行くつもりだが」

 また、上忍が手をあげる。

「魔王が一般人に倒されないようって言いましたね。という事は、魔王は誰が倒すんですか?」

「このゲームをプレイする人間に決まっているだろう」

「つまり、私達で魔王を作り、私達で魔王を倒すというわけですか?」

「そうではない。魔王は運営。勇者はプレイするゲーマーだ。待ち望んでいた普通のRPGだ、嬉しいだろう」

 忍び達は沈黙する。心から戦慄し、背中に汗が流れる。
 使い魔、現実に召喚出来たよね? 明らかにNPCじゃないよね? しかし、忍び頭に面と向かって指摘するのは怖かった。
 すっと上忍が手をあげる。人間国宝の刀剣鍛冶屋だった。

「ドワーフは、ようやく素晴らしい技術を得た所だ。魔王の進軍で失わせてしまうのは、明らかに拙い」

 零は、頷く。

「忍び農園という名の通り、ここは養殖場にして、魔王だのなんだのはゲームの二作目で行う予定だった。しかし……」

「しかし?」

「もう一つ世界をプログラムするのが面倒だ。その代り、救済措置は用意する。上忍は、魂保管庫に選ばれし者の魂を保管できる者とする。そうすれば、その魂を使って、滅びた一族の復興をさせる事が出来るわけだ」

「それは素晴らしい案だと思います。しかし、魔王が勝った、つまり魔物が跋扈している状態で一族の数を回復させる事が出来るものでしょうか?」

「わ、私、今のひたすら育てていくゲーム、凄く好きです!」

 それに便乗し、彩夏は必死に言い募った。もちろん、カイトを魔王と戦わせる羽目にさせない為であり、自身の作った草花や生物が蹂躙されない為である。
 零は、考える様子を見せた。

「むう、やはり養殖場と魔王の場所は別の方がいいか。まあ、間引きはいずれ必要となってくるだろうがな。元影、次の世界の企画は出来ているな?」

「は」

 元影は若干顔色を蒼くして答えた。間引き。嫌な響きである。
 米軍は、全て承知でこの計画に参入するのだろうか。だとしたら、とても、とても恐ろしい事だ。忍び達は、知らず震えていた。
 元影が、印を組んで大陸マップを出す。そして、そのマップについて説明をした。
 マップの選択をし、一通りの事を決めた後は、いよいよ種族強化になる。
 魔王と戦わなくてはいけないのだから、それ相応の事は出来るようにならなくてはならない。
 特に、ドワーフの魔術具作成パッチは重要だ。
 会議は、次第に白熱して行った。何せ、ここには魔法の作成も含まれているのである。
 今こそ、セキュリティホールを突破する時! とばかりに、熱心に調整を行った。
 更に都合のいい事に、早々に使い魔のバグを修正する為の作業に入るからと零が引っ込んだ。もはや止める者も無く、企業の独壇場である。
 早々に現実世界でも使えるように目指す呪文の草案を纏め、実験に入った。
 その頃、中忍、下忍達は各地に散っていた。
 愛用していた実験地に行き、研究を再開した。
 各種族の所に行って、不便な事はなかったか聞きとりし、より住みやすい環境を整えなくてはならないからだ。
 現実空間の一日は、年を開けてからは、20年と長くなっていた。
 それだけあれば、魔法を整えるのに十分である。
 そして、ゲーム終了後……。
 皆の前、企業の人が緊張して印を結ぶ。

「飛空の術!」

 ふわり、と企業の人が浮いた。皆が拍手する。企業が勝利したのだ!
 その日、公式サイトに、致命的バグが増えたから、良い子も悪い子も魔法を使わないでね☆ と記された。
 その日、【忍び農園】俺の草が食われた520回目【お主も悪よのう】での話題の中心は、無論魔法と魔王パッチの事であった。

『人殺ししたかも、って思いが一瞬で吹っ飛ぶ計画だったな』

『米軍は鬼』

『米軍関係者だけど、俺ら聞いてないから。使い魔が現実に召喚できるとか、一切聞いてないから。今大騒ぎだよ』

『米軍としてはどうなの? NPCの自由の為に立ちあがったりするの?』

『そういう話も出ると思う。さすがに実在しているかもしれない人間を訓練の為に虐殺ってのは……。人権問題は必ず出る』

『ブイアールはゲームってスタンスを貫いているんだよな……』

『なぁ、この世界も電脳世界って可能性は無いのかな?』

『怖い事いうなよ』

『忍び頭って神様? 宇宙人? 悪魔?』

『怖いからそこら辺はあまり突っ込まない方がいいぞ』

『そんな事より新たに使えるようになった魔法を満喫しようぜ』

『おまいら、絶対に悪用するなよ。ブイアールが倒産以前に、忍び頭を怒らせるとか怖すぎるから』

『わかってるよ。上忍しか使えないってあれだろ。わざと見逃してくれたって事だろ』

『話は変わるけど、パッチ適用と説得でエロボ族がMS族に戻った。安堵で涙出た』

『ザクさん乙』

『ザクさん乙』

『ザクさん乙』

 そんな会話が続く。
 その日の夕方、日本の首相は、空飛ぶ人間のニュースを見て、超能力って本当にあったんだねぇと頷きながら、三時のおやつを食べていた。
 一方、米軍は米軍で、未知の存在に頭を抱えていた。
 
「これが報告書、これが使い魔です」

 真夜中に収集された議会。夜を徹して戻って来た米兵が、議会に報告する。
 試しに米兵が使い魔を出し入れすると、ざわめきが場を支配する。

「我が軍が魔王軍になるとの事だが、どういう事かね?」

「以前からの軍事利用の要請はしていました。人殺しに慣れさせるための訓練に限って許可する、方法は追って沙汰すると言われていました」

「魔王軍となり、無辜の民を虐殺すると?」

「……使い魔のAIテストを。彼らが『人』か否か。それが問題だ。プログラムを物質化する超技術という可能性も無くはない」

「仮に彼らが本当に生きているとしたら、こんな……こんな……奴隷よりも酷いではないですか! ただの遊びで産み! 育て! 虐殺を行い! 勇者を気取ってみせるなど!」

「そして彼らがプログラムだとするなら……あれは莫大な利益を産みますな。我がチームが、原始時代から現代クラスまで超スピードで文明を発達させる実験を行っております」

「うむ。とにかく、あのゲームが現実、もしくはそれに準ずる環境というのはわかった。あれは異星か異世界か、電子世界か……。至急、確認しよう。魔王軍になる為の準備段階と行って、器具を持ちこませるのもありだな。事実、医師団はそれをしている」

「神よ……どうか、我らと新たに産まれし命達をお見守りください」

 もちろん、神は熱心に見守っていた。キラキラした瞳で。



[15221] 新米神の世界創造 十一話 ~この後神が気付いて会談をなかった事にしました~
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/26 20:43
 日本の首相は、突然のアメリカ大統領の来襲に泡を食って身支度を整えた。
 本来、彼ほどの大物がやって来る時は、それなりに準備が行われ、事前に連絡が来る。当然の事だ。
 今回はそれがなかった。よほどの大事件でも起きたのだろう。
 防衛大臣を呼ぶように言われたのがその証拠である。
そして、急きょ大統領との食事会が開かれた。首相は元々質素な生活を好んでおり、コックたちは材料が無いと大慌てだ。
そして、どうにか形を整える。
朝食会で、兵士を隣に置いた大統領は前置きもせずに、首相に問うた。

「忍び農園というのを知っているかね?」

「世界初のVRMMOとかいうゲームですね。たまにマスコミでやっています」

「VRMMOではなかったのだ」

「と、言いますと?」

「君、アラストを呼びたまえ。一緒に食事をしよう」

 大統領が兵士に声を掛ける。

「はっアラスト、大統領が食事をご一緒したいと言っている」

 すると影から、大きな犬、いや狼が出て来た。

「おいしそうだね。こっちの食事は美味しい物ばかりだ」

「い、犬が喋った!?」

 そして、アメリカ大統領は忍び農園の実態に関して喋った。
 それを日本の首相はふむふむと聞いて、最後に頷いた。

「わかりました。つまり、忍び農園はVRMMOなのですね」

「今、何を聞いていたんだ?」

 その言葉に、日本国首相は苦笑した。

「VRMMOなんですよ。彼の御方がそうお望みになるのならば。そして、出来るだけ一時的なVRMMOとしてのゲームとして振舞う必要があるでしょう」

「彼の御方……!? お前、何か知っているのか!?」

「君、例の極秘書類を」

 その言葉に、日本国首相は哀しげに微笑んだ。

「大統領、貴方には受け止める覚悟がありますか? この世界の、真実を」

 アメリカ大統領は、真剣な顔で頷いた。
 そして、目の前に出されたのは「神々の遊戯」と書かれたファイルだった。

「大統領、貴方は、多重クロスという概念をご存知ですか? 神隠しという言葉は、聞いた事は?」

「どちらも、聞き覚えが無いな」

「では、漫画の中に入れたら、と思った事は?」

「何が言いたいかわからない」

 日本国首相は、ファイルを開く。

「初めは、『彼ら』の頭がおかしいのだと思った。異世界に行ってきたとか、転生とかね。しかし、それにはささやかな証拠があり、詳しく調べようとした者は皆記憶を失って帰って来た。これは、『彼ら』が見た神々の証言です」

――俺を誤って殺してしまったから、転生させてあげると言っていた。
――私が光の巫女で、世界を救う運命にあると言っていたわ。
――チート能力を与えて、最後の一人になるまで異世界で殺しあえって。
――それは、神様達の遊戯なんだって。いろんな世界の人を行き来させて、その物語を楽しむ。現代社会、それも日本から人を召喚して、異世界に送りこむのが流行みたい。でも、五回も遊べばその異世界が完全に変質した状態で安定して、変化を楽しめなくなるって。

「つまり、駒の補充先だったのですよ。この世界は。いや、だったと言うべきでしょうか……。神は、新たな遊びを見つけてしまったようだ。だからこそ、一縷の望みを掛け、VRMMOという事にしなければならないのです。神が世界に飽きれば、滅ぼしはしないまでも、世話をしなくなるから。滅んでも構わなくなるから」

「嘘だ! 神は、神はそんな……!」

「貴方の信仰はまやかしです。何故なら、この世界は駒の補充先とする為に、『現実』という愛称で呼ばれる世界に慎重に似せて育てられた世界だから。酷いでしょう? その世界が現実だというならば、この世界は何なのか。偽物でしかないのでしょうね。あるいは、玩具の一種でしか。貴方の信仰は、その世界から持ってきた物。つまり、他の世界の神だ。私達の神ではない。聖書の出時には矛盾点がいくつもあるでしょう?」

「証拠がどこにある!」

 日本国首相は、悲しいほほえみを浮かべた。

「先ほど、漫画の中に入れたら、と言いましたね? それもまた神の好む遊びだ。しかし、それには現実から漫画を持ってくる必要がある。ガンダムはこの日本で、いや、世界でかなりの人気を誇っていますね?」

「あ、ああ……」

「では、『どうやって広まったのか』貴方は思いだせますか? 聖書と同一視しては不遜ですがね。そんな漫画が、日本にはいくつもある」

 大統領は、眉を顰めて思いだすしぐさをした。そして、唐突に震えだした。気付いたのだ。ガンダムに触れたきっかけを、どうしても思い出せない事を。
 ただ、いつの間にかガンダムを好きになっていた。

「そんな……そんな……では、この世界の神は」

「神々は、決して世界を自ら滅ぼしません。しかし、世界を自分好みに作り、自分好みに改編し、悲劇を生みだす事、滅びた世界を綺麗にしてまた新たな世界を作る事に良心の呵責を全く感じません。忍び農園に対してブイアール社がやっている事と同じですよ。他に、わかりやすい例えとして、この世界は発展がかなり緩やかになっていますね? だからこそ、警告します。神々に、歯向かうなと。――世界をどうこう出来る存在に、人間が立ち向かう事はできないのだから」

 大統領は苦悩する。

「では、どうすれば……」

「手を引いて下さい。神々はこの事にがっかりするでしょうが、忍び農園が広まらなければ、この世界を駒の置き場として、まだ有効活用させる事ができるのですから」

 大統領はぎりっと歯を食いしばり、熟考した後に、頷いた。

「耐える事もまた、世界を守る事ですよ」

 そして、遊戯は続いていく。
 狂える世界は、今日も回って行く。
 キラキラと目を輝かせて見ていた神は、落胆のため息を吐いた。
 まあ、いい。彼らが遊戯に付き合ってくれるというのなら、それもまた一興。
 精々、長々と楽しませてもらおう。
 魔王軍を演じさせられるアメリカがどうするか。それを想像するだけで、今から楽しみではないか。
 神々が去って行ったのを確認したかのように、日本国首相は大統領に囁いた。

「……けれど。けれど、アメリカがそれでも神と戦うというのなら、日本もまた戦いましょう。いっそ暴虐を楽しむというなら、共に遊びましょう。無理に発展を抑えさせられ、何度も同じ漫画の流行を繰り返すこの世界にはもう飽いた。知っていますか? モデルの世界は西暦二千年。しかし、この世界は西暦五百年でそれに追いつき、停滞してもう西暦四千七百六十二年だ。……もう、まどろんでいるのには飽いたのです」

 アメリカ大統領もまた、囁いた。神々に聞こえぬように。

「……時間が欲しい」

 今日も、狂える世界は回る。くるくると、くるくると、ループして行く。けれど、それが外れる日は近いかもしれない。



[15221] エルフはロボの夢を見る(なんちゃってガンダムもの?)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 08:30
この作品はちーとはじめました様とガンダムチート様の影響を強く受けた作品です。
ただし、あくまでもなんちゃってなので、きちんとした物を読みたいからはちーとはじめました様やガンダムチート様へどうぞ。













私は、ふと目覚めた。本当に、自然に目覚めた。

「被験者の目覚めを確認しました。システムを起動します」

 無機質な声と共に、そこが真っ暗闇から真っ白になる。そして、目の前にはパネルが浮かんでいた。

「被験者?」

 なんだろう。私は、自分が人間で、何のとりえもない女の子だって事はわかってる。そして、どうにも出来ない状態に陥って、魂を売ったとも。わかっているのに、名前すら思い出せない。これが、魂を売るという事なのだろうか。
 目の前のタッチパネルを見ると、見た事のない、だけど読める文字がつづられていく。
 それは、私の求めていた状況を教える物だった。
 初めは、魔法文明の歴史から始まった。
 盛大に栄え、そしてそれゆえに発達した生物兵器……人口神、狂える戦女神ヴァリスによって滅びた歴史。
 しかし、救いもまた会った。彼らを救ったのも、また人口神、統治神エルスだった。
 彼は、亜空間にあらゆる物を取りこみ、保護し、世界から逃げ出す事で人々を守った。
 そして、エルスは決意する。いつか、ヴァリスを止めて正常な状態へと戻し、彼女と共に世界を統治して行くのだと。
 ヴァリスは、全ての魔力の籠った攻撃を無効化する。
 その為、全く新しい力を得、減った人口を育てなければならない。
 その為、エルスは、まず自分の力と合う巫女、神官をそこら中の世界から亜空間に引き込んだ。
 そして、それらに加護を与え、科学という力の優れた星に送りこみ、一番優れた者に目的を達成させる事にした。
 彼らの持つ、あるいは手に入れた技術、得た道具などはエルスに取り込まれ、保存される。
 失敗すれば、それまで得た全ての物資はエルスに取り込まれ、巫女、神官は消滅する。
 そして、魔法技術やそれらの技術は乱用を防ぐため、ポイント制を併用する。
 信用を得ていけば、大魔導師など、エルスが保護している人間の召喚も可能となる。
 いや、状況が整えば、正当なる持ち主の復活は必須だろう。
 ひとまずは、この世界に国を興す事が問題となる。
 そこまで読みとって、私はぼんやりと答えた。

「私は、何人目なの?」

「累計で1023番目になります」

「他の人達は?」

「技術の取得に集中せざるを得ませんでしたが、三百年ほどで発狂・殺害・仕事を投げ出して処分されております」

「そう。私は何をすればいいの? 技術の取得?」

「肯定です。貴方は適正値が低く、期待していません。また、現兵器でのシュミレーションでは、未だ勝つビジョンを持てません。その為、本システムは貴方に更なる技術の取得・育成と在庫の増加を要請します」

「なんか、よくわからないけど。私は貴方の物だから、従うわ。どうすればいいの?」

「まずは、希望する世界がある場合はイメージして下さい。これには一万ポイント消費されます。そうでない場合、本システムが最適と思われる場所に転送します」

「世界移動はお願いするわ。でも、どんな世界かは教えてね」

パネルに、地球が表示された。

「地球なの? 核爆弾の知識が必要なの?」

「否定。これは並行世界の地球であり、宇宙進出が既に始まっています。これまでの経験から、高すぎる文明の元に移動すると捕獲・利用される確率が高く、低すぎる文明の元だと退化を促す為、こちらの技術が若干高い状態で現れ、競争を促し、時間をかけて開発をしていくのが最適と思われます。また、貴方のいる世界からの神官が、揃って同じ系統の世界を希望したので、その系統の世界へと転移しました。出現場所を選んでください。なお、出現場所が地球外の方が比較的スムーズに進めたようです」

「わかったわ。月や火星に、人はいるの?」

「時折実験で訪れていましたが、現在はその兆候はありません。その代り、スペースコロニーがいくつか建造されています」

「んーと、他惑星の開発はしていないの? 千人も費やして得たのが、この世界よりもちょっと上の技術って事?」

「当システムが求めるのは、宇宙技術ではなく、強力で魔力によらない武器です。前任者には、他惑星の開発もしていた世界の者もいます。貴方に求めているのが在庫の拡張の為、些か難易度を落とした事も否定はできません」

「つまり、技術レベルを落とさない程度のレベルで、って事だね。って事は、多少はチート出来るんだ。わかった。火星を今すぐ地球みたいに住めるようにする事は出来る? 火星か、住めるようにする事が出来る星資源がある所ってある?」

「私はいわゆる倉庫のような存在であり、作業をするのは貴方の仕事です。しかし、後者は肯定します。そのような世界を選びました。この世界の火星は資源の宝庫です」

「そう。私は最初に何がもらえて、それから何を頼めば貰えるの? とりあえず、不老?」

「肯定。貴方は、不老と自らの体のカスタマイズが出来ます。これはこちらからのプレゼントとなります。ポイントで購入する物については、リストをご覧ください」

 パネルにざっとリストが流れ、所持ポイントが表示された。

「準備期間にどれくらいもらえる? 成果はいつまでに出せばいい?」

「初期の準備は二十四時間となっております。十年で、当システムに何らかの貢献をして下さい」

「在庫を増やすとか? とりあえず、農業でもして作物の在庫を増やせばいい?」

「肯定です。投資以上の物資か情報を私に収納すれば、貴方の最初の任務は達成です」

 それに私は眉を顰めた。

「火星を作りかえるって、相当資源が必要なんじゃない? 十年じゃ短いと思うわ」

「当システムは貴方の評価を上方修正しました。貴方ならば可能と思われます」

 そんな評価の上方修正、嬉しくない。課題があるのならば、楽な方がいい。
 そして、私はリストを眺めた。
 人員は絶対に必要だ。新しく作るよりも、前任者に製造された人造人間を再洗脳して持ってくる方が楽でポイント消費も少ないようだ。人造人間や再洗脳という言葉に胸が痛む。が、仕方のない事だ。
 それに、作業船と装置一式。必要そうな科学技術と魔法技術を選んだ。

「これは、また後で買い取る事が出来るのよね?」

「肯定」

 その言葉に、ポイントが増えた。

「今増えたのは?」

「有能と判断するごとに、ポイントを差しあげます」

「ありがとう。最初は何ポイントだったの?」

 聞いてみて驚いた。たったの一万ポイントだったらしい。世界移動して終わるじゃない、それ。どれだけ私の評価は低かったのだろう。今のポイント数を見ると、今度はどれだけ上昇してしまったのか考えるのが怖い。
 ふと思いついて、聞く。

「ポイントって、一種類だけ? 後、一旦エルスに預けて、後で取り出すって真似は駄目なの?」

 更にポイントが上昇。

「貴方にはMPという形で、小規模なポイント行使……物の出し入れを許します」

「ありがとう」

 ふと思いついて、護衛艦もいくつか用意する。
 ポイントはまだ大分余っているが、初期投資を回収するという使命の都合上、あまり使う事は出来ない。
 そして、自分自身の体のカスタマイズ、とやらをする。
 ふと、思いついた。

「エルスの保護する人達は異世界人なんだよね? という事は、姿もヒトと違っていたりするの?」

 リスト項目とポイントが、ぐっと増えた。
 私は、思わず増えた項目を凝視する。
 機人ってなんだろう。すぐに答えが返って来た。
 ロボットに傾倒した人がポイントを大量に使って探し出して解析、エルスに取り込んだ種族だ。この人のランクは相当下になってる。役割よりも自分の趣味に走ったから。
 それでも、機人は非常に便利だ。
 わかってる。多分、丈夫な竜人か機人、溶け込みやすい人間を選ぶのがベストなんだ。
 でも、私は自分に酷くコンプレックスを感じていた。
 ――愛されたい。愛されたいよぅ。
 私の望みに答えて、カスタマイズされた新しい体が編成されていく。
 一才ほどの、小さな小さな、愛らしいエルフ。それに私は心を奪われ、もはやその姿以外の選択肢はなくなっていた。
 エルスは怒るかと思ったが、無言で小さな竜のような生き物をプレゼントしてくれた。
 私は自身と生き物に名をつける。
 アイが私の名前。毛玉の生き物はフーリエ。
 こんな不利と分かる外見で、名前がアイ。私は、どれだけ愛情に飢えていたんだろうなと、苦笑した。
 とにかく、全てを終えた私は目を瞑る。
 技術について聞くのに時間が掛かっていたから、どうせ制限時間は間近だった。眠い。
 



[15221] エルフはロボの夢を見る 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 08:31
 唐突に、液体を吸って息をしていると気付く。気付いた途端の拒絶。息を止めて、苦しくて、目の前のガラスが下がっていって、私の体は外へ転げ出す。

「げほっげほっ」

 咳込んでいる所を、暖かい毛布で包まれる。

「大丈夫ですか?」

「キューキュー」

 名もなきエルフの部下と、フーリエだ。
 部下は、機人、エルフ、ダークエルフ、獣人、竜人、ドワーフをそれぞれに配置した。宇宙人という設定で行くつもりだ。幸い、前任者にそれらを使った者がいたらしく、知識のある教育済みの物を再洗脳する事が出来た。私がまだ開放していない知識については抜かれてあるのだけど。

「けほっ大丈夫」

 背中をさすってもらいながら、抱きあげられる。

「未確認勢力が近づいてきています。対応を」

 嘘っ早すぎるよっ

「とりあえず、その勢力とやらを見たいわ」

 服を着て、しっかりとエルフの胸に縋りつき、抱っこされた状態で中央制御室に向かう。
 中央制御室では色んな種族を間近に見る事が出来て、私は目を丸くした。
 そして、中央のモニターに映されているのは、ロボットが戦う姿。
 数種の声をがなりたてる通信機。言葉がわからなかったので、解読魔法を自分に掛けた。
 でも、ちょっと難易度が高すぎじゃないかな? 解読魔法を取得してなかったら、いきなり何も出来なくなってたんじゃなかろうか。

『そこの船団! お前ら、どこの所属だ!? 応答しろ!』

『繰り返す。応答しろ。でなくば撃墜する。繰り返す。応答しろ』

「誰か、私達は移民船団リバリアって設定で、応答してもらえる? それと、すぐに戦場を離脱したいわ。出来る?」

「了解です。通信兵!」

 ダークエルフが通信機を手に取り、応答する。

「私達は、移民船団リバリアです。この戦闘には無関係です。これより離脱します」

 おお、さすがだ。向こうの言葉がわかるらしい。解読魔法は相手の言葉を理解するだけで、話せないもんね。前任者に感謝。

『移民船団だと!? 航路からは大分離れているではないか!』

「そうなのですか? 定められた航路があるなら、提示を願います。それに従うかどうかはわかりませんが」

『怪しい奴め! コロニー連邦の手の物ではあるまいな! 移民船団とはどこの国だ!』

「移民船団リバリアはどこにも所属していません。そして、住めなくなったとはいえ、元の星の位置を教える馬鹿はいません」

『何だと!?』

「撃てば反撃します。お互い、それは好ましくないでしょう」

『意味がわからん! ええい、お前もコロニー連邦の手の者なのだろう!』

「映像通信、出来る? そっちの方が話が通じやすいと思うわ」

「了解しました」

 私の頭の中に、知識が流れ込む。
 ダークエルフが何かをした瞬間、驚いている人の顔がいくつも表示された。
 どれも、歴戦の将といった感で、私はエルフに縋りつく。すると、エルフはやんわりと私の事を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
 ……私は愛されている。以前と違って。例え、それが洗脳だとしても。

『ば……化け物だー! 撃ち落とせ!』

『地球外生命体!? まさか……! 撃ち落とせとか言っているのはどこの馬鹿だ!?』

 私は、精一杯笑顔で媚を売って見せる。

「だぁ、だぁ」

 食らえ、赤ちゃん攻撃! 敵意はないよって伝えるのって、これが一番だと思う。これで艦隊の内誰かは覚悟を決めたらしい。

『ええいっリバリアが戦線離脱するのを援護してやれ! こんな時だが、歓迎する。その気があるなら、安全を確保したうえで、このダイアルに連絡をしてくれ!』

 送られるデータ。
 国連です、と私の耳元にエルフが囁いてくれた。
 いきなり交流口ゲットー。

『これを逃す手があるか! 捕獲しろ!』

『ええい、化け物を早く撃ち落とさんか!』

 大混乱、大混乱です。とりあえず、降りかかる火の粉は払いますか。

「被害なしで逃げ切れる?」

 異世界語で囁く。

「初期の設定で戦闘特化にして頂いてますから、この程度は。チャイルドシートをご用意しています」

 そう、良かった。
 私はチャイルドシートに座らせてもらい、戦闘を眺める事にした。
 結界魔法が即座に展開され、船が猛然と移動を始めた。
 ロボットの一団が追いかけてくるのを、大きな船とそこから出るロボットが邪魔をした。

「思ったよりも相手の速度が遅いですね。援軍もいますし、十分逃げられます」

「うん。お願い。その間に、言葉を教えてもらえないかな」

「伝達魔法を使います」

 魔法で情報を伝達してもらい、私は眠った。伝達魔法は情報処理の為、眠りを必要とするのだ。コンピューターがインストール時に再起動を強いられるのに似ている。
 起きると、十分に戦場から離れた場所に移動していた。
 お腹すいた。
 乗組員と一緒に食事を食べる。
 この食事一つ一つも、初期投資の一部なのだ。たった十年で返し切れるのかなぁ。早くも一日消費なのだ。不安になって来る。
 地球とコロニー軍のネットワークは接続できたと連絡が来た。
 さすがにハックとかは出来ないしやらないけど、公共のネット情報、政府の公式サイトぐらいは閲覧が出来る。
 私は早速情報を集めさせた。
 今一理解は難しいが、どうやら地球は人口爆発により、どうしても宇宙に出ざるを得ないらしい。
 そして、その結果が宇宙コロニー群。
 そのコロニー群が、地球に独立と宇宙での権益全譲渡を求めて戦争を仕掛けているらしい。話に聞く某ロボットアニメの設定みたいだなぁ……。
 地球に勝つなんて無理だと思うんだけど。
 どうやら、地球人は進化の過渡期にあり、特殊な能力に目覚める者もちらほら。
 ……本当に某ロボットアニメみたいだ。



[15221] その光、我の手に(魔王→神様転生物)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/24 07:51
くっ悔しい! 朝なのに更新する物が何もない(ビクンビクン)!
二度寝しちゃったミケの馬鹿馬鹿! 何かないものか→以前没にした話のプロローグがあったよー(・▽・)ノ
……業が深いです。これは怒られても仕方のないレベル。
多分続かない短編集なので許して下さい。









色鮮やかな深紅の髪が風にたなびく。剣が、神の力を受けて眩く輝く。神に愛されし、麗しき青年。掲げる称号は、勇者。
その青年に襲いかかる、夜の闇のような漆黒のドラゴン。またの名を、魔王。
勇者が切り裂けば魔王は尻尾で薙ぎ払い、魔王が黒炎を吐けば勇者がその炎を切り裂く。
その動きは洗練されていて、その動きは目にもとまらぬ速さでありながらどこかゆったりとしている。
激しいながらも品のある、美しい戦い。
物語から出て来たようなそれは、魔界の軍と人間の軍が真正面から激突する、血生臭く、どこまでも現実的な戦の果てに行われていた。
どれほど戦いが続いたろうか。出会い頭に切り合った一人と一匹は、どちらからともなく一つ息を吐いて離れた。

「魔王サンゴット、それほどまでに太陽が欲しいのか。その為だけに地上全てを滅ぼそうと言うのか」

 勇者の言葉は、無意味であった。でなくば、魔界の門を開き、軍を率いて地上に攻め上がるはずがない。それでも、勇者は問わずにはいられなかった。

「勇者レイス、忌々しき神の愛し子、全てを与えられし栄えある成功作よ。それは持てる者のたわごとだ」

魔王が吐き捨てる。
かつて、神々は様々な生き物を作った。猛々しいドラゴンを作った。淫猥なサキュパスを作った。麗しい魔族を作った。しかし、最終的に神々が愛したのは、か弱き人であった。
そして、神は人と幾ばくかの生き物を地上の楽園へと放し、いらなくなったその他の生き物は、殺すのを惜しがり、人を害するのを厭い、地下へと封じた。
人は神の愛しむ成功作であり、他の全ての種族は人の為にあるか、失敗作に過ぎないかのどちらかで、それは純然たる事実であった。
事実、今も勇者の剣には明らかな愛の証、神の加護が煌めいている。

「人を不幸にして得た富で、幸せを得られる事はないよ」

「それもまた、恵まれた者の戯言だ。終わりにしよう、勇者レイス。貴様の言葉を聞いていると虫唾が走る」

 魔王は、ちらりと太陽を見る。輝かしき太陽、全ての命を育む太陽。
 太陽があれば、魔界の植物も育ち、より多くの魔物の腹を満たしてくれるだろう。
 何よりも、その美しさが魔王を奮起させた。
 魔王がおのれの全てを込めてブレスを吐く。
 その時、勇者の剣が激しく輝いた。
 剣は全てを切り裂く。空間すらも。
 そして、魔王は袈裟がけに切られて、裂けた空間の切れ目へと堕ちていく。

「魔王様!」

 腹心の部下、サキュパスのビューティが飛んできて、魔王の巨体に抱きついた。
 サキュパスの名に恥じぬ、豊満な胸による柔らかい感触が魔王へと伝わる。
 その翼はボロボロで、その身は血で濡れていた。
 腰まである長い黒髪が魔王の鱗を撫でる。

「魔王様!」

 蠱惑的な、耳をくすぐる様な声は、こんな時ですら健在だった。
 裂けた空間が閉じていく。魔王とビューティは、時空の狭間へと
 魔王は、太陽へと手を伸ばす。

「その光を、我が手に!」

文字通り命を掛けた、魔力を込めた言葉。
その叫びが時空の狭間に響いた瞬間、魔王は確かに聞いた。
言葉にならない言葉。テレパシー。それをあえて言葉に直せば、それはこう言っていた。

『捨てられたなら拾っても良いでしょう。太陽を求め、太陽の神という名を持つ者よ。おいで。我が元へ』

時空が裂ける。上空からの落下。迫りくる地上。体の芯から熱くなり、体が弾けそうになる。
翼は勇者に切り裂かれて役に立たない。痛みと熱で、動かす事すら難しかった。とっさにビューティを庇い、落下し、そして魔王サンゴッドは絶命した。
――魔界の栄光への道は、皮肉にも魔王が破れる事により、開かれたのだった。



[15221] その光、我の手に 2話 弱きもの
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/24 07:52
 鏡を見て、ため息をつく。腰まで伸びた金髪に黄色の瞳。透き通るような白い肌に、女と見紛うほどのほっそりとした体と優しげな顔。そこにかつての威厳は存在しない。
 どれだけ鍛えようとも、筋肉はつかなかった。ほっそりとした手足は、少し力を込めれば折れてしまいそうだ。
 その身にまとう服は、青を基調とする礼服。平民に比べれば上等な服だが、以前山のように持っていた宝石一つ分の価値すらないであろう。

「ソルディオ様。似合っていらっしゃいますわ」

 髪を梳かしていたメイドが、ようやく納得のいく髪型にセットしたようで、微笑んで距離を取った。
 サンゴッドとはこちらの言葉で太陽神を意味し、ソルディオとは、魔界の言葉で太陽という意味を持つ。
 魔王サンゴッドは、異世界で、人のソルディオとして生まれ変わっていた。
 ソルディオは信じられなかった。
 異世界が存在した事。
嫌悪していた人間に生まれ変わった事。
 そして……異世界の神の寵愛を得た事。
 ソルディオはメイドを下がらせ、窓を開ける。
 窓からは、元いた世界と全く同じの美しい太陽が輝き、よく手入れされていた庭園では小鳥たちが可愛らしい声をあげている。可愛い。その感情は、こちらに産まれてから手に入れたものだった。心の余裕とは偉大である。餌が愛玩動物へと変わるのだから。
 貴族として生まれたから、飢える事は無い。
 もはや、血反吐を吐いて求めずとも、太陽の元に住まう事が出来る。
 それでも、ソルディオは思いだすのだ。あの暗黒の魔界を。
 ソルディオが目指したのは、ソルディオ一人が太陽を得る事ではない。暗黒の魔界に、光を得る事である。
 ソルディオは目を閉じて、己の神と交信する。それは、神々の寵愛を得た聖人にしか許されぬ行為だ。それを出来ると、ソルディオも雨雷神も誰にも教えなかった。
 ソルディオはただ名前を神に名づけられただけの子であり、それは多くも無いが珍しくも無い奇跡だった。

「雨雷神よ。今日、我は領主に就任する」

神とは主と補の二つの属性で成り立っている。主の属性を前に、輔の属性を後につけて呼ぶのが習わしだ。主の属性とは、その神自体の能力。輔の属性とは、神が唯人を神とした時に親側である神の力が子側の神へと移った物を言う。
神となって修業を積めば様々な力を振るえるようになるが、メインの能力はこの属性の物となる。
ソルディオが神となる時は、陽雨神と呼ばれるはずだ。太陽は周囲を暖かく照らす者であり、雨は水の恵みを与える物である。これは、火や水の属性とはまた違う。火や水の属性の物は、それらを武器として振るう事が出来るが、広範囲の奇跡を起こす事は出来ない。太陽や雨は、日照りや洪水を起こす事は出来ても、近接戦闘は出来ない。
そして、属性以外の力を使いこなすには、ソルディオはまだ若い。
肉体は貧弱。神としての力は非戦闘向き。残るは今生に持ち越せた魔力だけだが、それを行使するにはこの体はあまりにか弱い。
弱肉強食の魔界では、一日と生きていられるとは思えぬ体。
それでも、ソルディオの目的はあの魔界へと帰る事だった。そして、陽雨神として君臨する事。魔界に、太陽と雨の恵みを。
ソルディオは、生まれ変わっても魔界の王であった。

『貴方に祝福を。ソルディオ、貴方の誓いが果されるのを楽しみにしています』

 目の前に光が収束し、それはペンダントとなった。
 ペンダントには青い宝石が五つ、黄色の宝石が五つついている。
 それは思いがけない贈り物だった。何故なら、雨雷神はソルディオが自らの力で道を切り開き、魔界へと帰る様を見る事を望んでいるからだ。
ソルディオはそれを首に掛け、外から見えないよう服の内へと落とす。
 すると身近にあった雨雷神の気配が遠のくのを感じた。
 ソルディオは、聖人としても大人として認識されたのだ。もはや雨雷神は誓いを果すのを見守るだけとなるだろう。

「ソルディオ様。お時間が迫っています」

「わかっている」

 部屋の外に控えたメイドの声に答え、ソルディオは部屋を出た。
 ここは王城である。ソルディオの両親が命を落とし、ソルディオが領地を継ぐ事となって、王城で領主就任の儀式を行いに来たのだ。
 初めての領主就任の際は、王と重鎮の前で神々や聖人に仕える神官、あるいは神々や聖人そのものから祝いの品を、王から印を、将軍から剣を、宰相から筆とインク壺を、そして民からは杖人と呼ばれる者を一人贈られる。
 祝福を与えてもらう神官と民から得る子供は事前に領主自身で手配しなければならない。どの神にも認められず、誰の忠誠も得られない者は領主に相応しくないと言うわけだ。民は領民から選ぶのが最良とされているが、贈られた者は腹心や恋人、次期領主など、近しいものとするのが慣例の為、貴族や許嫁、自分の子供を選ぶ者も多い。
 ソルディオは、両者ともまだ決めていなかった。父の崩御が唐突で、領主を必要とする秋の収穫祭が間近であった為、時間が無かったのだ。父の兄ヨクートの、さりげない妨害があったのも認めねばならないだろう。ヨクートはソルディオの物よりも大きく豊かな領地を持っているが、それでもソルディオが領地を継ぐ事は納得がいかないのだ。
しかし、ソルディオは全く焦っていなかった。ソルディオは既に雨雷神の祝福を得ている。後は雨雷神の神官に話を通すだけである。ただ、二回も祝福の品を貰う事は出来ないし、切り札は隠しておきたい為、出来れば切り札となりうるペンダントを見せるのは避けたかった。他の神の祝福をもらえれば重畳だ。
子供は、適当に奴隷でも買えばいい。そういう領主もないでもない。
 とはいえ、儀式は今日の夜だ。急がなくてはならない。
 ソルディオは背筋を伸ばしてよく手入れした庭園を横切り、神殿へと向かった。
 神殿はいくつかあり、雨雷神の神殿は綺麗に磨かれ、何人かの神官が手入れをしているのが見えた。
 神殿を見渡し、一つの古くて寂れた神殿で、一生懸命掃除をしている女の子を見つけた。
 その子の服は可愛らしいフリルの物だが、大分古くて色が変わってしまっている。
 茶色のふわふわした長い髪に、茶色の瞳で、どこか子犬を連想させる丸っこくて可愛い子だ。ソルディオは背の高い方ではない。そのソルディオの胸くらいの高さしかない子だった。

「そこの者。それは何の神殿だろうか」

 ソルディオが聞くと、女の子はぴょこんと跳ねた。
 そして、大きな目を更に大きくして、その後慌ててどもりながら喋る。

「ここは、私の神殿です、えと、私、種草神になる予定で、聖人で、えと、あ、名前はノーンで、ラブリィで」

「ノーン? 無いという意味と愛という意味か。名は力を持つ。ノーンという名前では、力が減じるのではないか?」

「ご主人様が、えと、生まれ変わる前、私はプチドッグだったんですけど、可愛いだけで何も出来ないという意味で名付けたんです。それで、草風神様が気にいって下さって、撫で撫でってしたら私は死んで、生まれ変わった後は、草風神様が予言でラブリィと名付けて下さって、聖人になって、初めは皆来てくれて、でも私の種は絶対絶対芽吹かなくて……皆、縁起が悪いって来てくれなくなって……草風神様も答えてくれなくなって……最後の言葉が、才能はあったように思ったが、で……私、私……」

 話している内に、ラブリィの大きな瞳からぽろぽろと涙が零れおちた。
 プチドッグは、王族貴族の令嬢が好んで買う、手の平に乗るほどの小さな犬だ。
 まさか、草風神は可愛いと言うだけで聖人として迎え入れたのだろうか。瀕死とはいえ、魔王のサンゴッドでさえ莫大な力に適応できず、命を落とした力。プチドッグなどに、神聖力を受け止めきれたとは思えない。それに、名前による誓約。
 生みだしておきながら、ゴミのように捨てる。その行為に、ソルディオは自身の創造主を思い出していた。かつて寵愛を得ていたドラゴン族。しかし、それは本当に短い間だった。美しい太陽、広く青い空、緑あふれる大地。それらは全て人間の物となった。
 ソルディオはしゃがみ込み、ラブリィと目を合わせる。

「草風神が才能はあると言ったのなら、あるのだろう。神殿を案内してはくれないか。我は、ソルディオ。今日領主に就任する。祝福を貰いたい」

「草風神のですか?」

 涙を拭って、ラブリィが聞く。

「聖人ラブリィの祝福が欲しい。汝が許すならば」

 ラブリィの変化は劇的だった。ぱぁぁぁっと表情が明るくなり、ソルディオの手に縋りつく。

「ついてきて下さい! 私の前の体を見せてあげます!」

 遺跡と言っていいほど古い神殿の奥に行くと、祭壇に小さな茶色の塊があった。
 それは小さな植木鉢だった。中には土が入れられており、植物は植えられていない様に見えた。

「私の体、死ぬのと同時に植木鉢に変わっちゃったんです。それで、これに土を入れて私の生みだした種を植えて育ててるんです。でも、もう百年も芽が出ないから……。これと、今までに作った種を全部あげます。祝福の品、私にはそれくらいしかないから」

「植木鉢に?」

 プチドックでさえそうなのだから、ソルディオの体も何か変化があるのではないか?
 ビューティの事と言い、魔界に戻る方法と並んで調べるに値する事だろう。
 あの巨体が噂にも上らぬのが、不思議だと思っていたのだ。
 ソルディオはラブリィの何よりの宝物であろう植木鉢に目をやり、口を開いた。

「ならば、我は必ずやこの種を芽吹かせると誓おう。植物を育てるには、太陽と、水と、土と、育てる者が必要だ」

 植物が育ちにくい土地だからこそ、魔王であるソルディオも植物についてはいくばくかの知識を持っていた。
 何より、この半身と言ってもいい植木鉢を初対面の自分に渡そうと言う少女に応えなくてはならないと思った。

「太陽と、水と、土と、育てる者……。どれも、私、頑張ったつもりなんだけどな……」

ラブリィがきゅーんという鳴き声が聞こえそうなほど落ち込む。

「我は、杖人をまだ決めていない。そして、種には育てる者が必要だ。他の三つは、我が用意しよう」

「私も連れて行ってくれるんですか!?」

 ラブリィは顔をあげ、驚いた顔で言った。

「捨てられたなら拾っても良かろう。おいで、我が元へ」

 傲岸不遜な言いよう。それはかつて自分がされたもの。それでも自分は救われた。
 ラブリィも、また……。
 ソルディオの予想通り、帰って来た返答は激しい抱擁だった。
 

 その日の夜。重臣達が集まりし王の間で、儀式が進んでいた。
 将軍も宰相もおらず、代理の武官と文官が剣と筆を持っている。
 多忙な要人の事。片方が代理なのは割とある事だが、両方が代理なのは稀だ。

「神々よ、この者を祝福したもう」

 王の言葉に、種をいっぱいに入れた植木鉢を抱えていたラブリィが進み出る。
 ソルディオはふっと笑いかけ、植木鉢を受けとる。

「我が女神に誓おう。我は必ず種を芽吹かせると」

「私、待ってます。ずっと待ってます」

 ラブリィの言葉に頷き、次に王に向き合って傅いた。

「真にノーンに憑かれたか。芽吹かぬ種となるかも知れぬぞ。それでもいいというのか」

「私がノーンを選んだのです、王よ。印を」

 ソルディオは、王から印を、武官から剣を、文官から筆を貰い、最後に王が宣言した。

「この者の杖となって支えようという者はいるか」

「はいっ」

 ラブリィがぴーんと腕をあげて言う。
 そしてぎゅうっとソルディオの腕に絡みついてくる。ささやかな柔らかい感触が腕へと当たる。
 ソルディオは、やんわりとラブリィの頭を撫でた。
 ラブリィは気持ちよさそうにそれを受け入れる。
 さすがに、広間にざわめきが走った。
 杖人に聖人がなるなど、前例のない事である。通常は聖人を杖人という下の地位に置き、独占するなど、許されない事だ。しかし、聖人は聖人でも、芽吹かぬ種、ノーンと陰口を叩かれるラブリィである。その上、ラブリィがソルディオに懐いているのは明らかであった。王は黙殺する事でこれを許した。不遇の聖人として生きるよりは、愛される杖人として生きた方が幸せになれるだろうと判断したのである。
 こうして、ソルディオは領主となった。
 植木鉢を抱き、ラブリィに抱きつかれ、ソルディオは領地へと帰った。
 領地にも、ヨクートの息の掛かった者が大勢いる。
しかし、ソルディオは度が過ぎない限りは好きにさせた。彼は魔界の王だ。領主とは魔界に戻る為の方策を探す手段でしかない。しかし、領主に就任した以上、領民に幸福を与えるのは義務であるから、度が過ぎるものだけを窘め、修行として領地……近くの山に加護を与え、後は情報集めに奔走した。
探すのは世界を移動する神具であり、土を司る神、もしくは聖人であり、ビューティの目撃情報だ。ビューティは強い女だ。きっと生き残っていよう。



[15221] その光、我の手に 3話 大きすぎる力
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/25 08:23
祈りを捧げる。クレクト山に、太陽の恵みを。
日課の祈りを終えると、ラブリィと一緒に祈りを捧げ、共に食事を食べる。
うまく祈りが届けば、太陽の石がクレクト山から産出されるようになるはずである。
その後、色々と勉強を教えた。

「覚えが悪くてごめんなさい……」

 そう言ったラブリィの頭をくしゃりと撫でて、構わないと告げた。

「お前はノーンという名前を受けている。だから、多少の事は出来なくともしょうがない。頑張ろうというその意志が、我には嬉しい」

「は、はい」

 仕事に連れて行くと、さげすんだ視線を感じた。聖人と領主に向けるのにあるまじき視線である。
 領主が色に狂って縁起の悪い聖人……いや、悪魔を連れて来た。
 そう噂されているのは知っていた。しかし、ソルディオはラブリィを隠すような事はしない。代わりに、どこに行くにも連れて行った。
 そんなある日だった。ヨクートの息の掛かった配下共が、沸き立っているのを感じた。
 クレクト山から、太陽の石が産出されたのだ。当然、ソルディオはどうしてかわからず、訝しげな顔をする振りにとどめ、一応調べる振りをした。
 ヨクートは、あれで出来る男だ。情報と引き換えになら、領地を譲っても構わないと思っていた。
 目論見通り、ヨクートは非常に有用な情報を引っ提げて、領地を取りにやってきた。

「ソル、民の不満が高まっているらしいではないか。お前は領地をこのわしに譲るべきだ」

「我にはそのつもりはない。我に不都合があるなら、王が直々に良いようにしてくださるだろう」

「もちろん、タダで譲れとは言っていない。お前は、領主としての仕事もそこそこに、妙な物を探しているようではないか」

「……ほう。何か、見つかったか」

「確か、妙な神具と、土の聖人と、異国の言葉を話す妙な女だったか。隣国のカストラストに、死を司る聖人が現れたという噂だ。実際にその女に近づいた者は死ぬらしい。美しく、異形で、意味のわからぬ言葉を話すという。それと、具具聖人アイテムが一ヶ月後に来る事になっている。それに会わせてやってもよい。彼女なら様々な物を持っていよう」

「ふうん。面白いな。しかし、噂ごときが領主の座に値すると?」

「もちろん、道具の費用は出してやる」

「では、こうしよう。聖人アイテムが我の望む道具を持っている、あるいは作れたら、我は領主の座を譲る。ただし、ある程度の財産と通行の保証は維持させてもらう。旅には資金が必要だ」

「……いいだろう」

 そうして、ソルディオは契約を交わし、手続きの準備を始めた。
 一ヶ月後、具具聖人アイテムが現れた。眼鏡を掛けた、黒いショートヘアの女。
 女がショートヘアをするのは、この世界では非常に珍しい。
 背が高く、痩せていて、しかし胸はある。その瞳はどこまでも黒かった。

「聖人アイテム、初めまして。ソルディオだ」

「初めまして。私の道具が欲しいという話だったけど」

「ああ、向こうで詳しい事を話そう」

 アイテムを招き入れ、ソルディオは語り始めた。

「実は、望んだ異世界へと誘う道具を作ってほしい。子供の頃に、絵本を見て憧れてね。我はどうしても、憧れを消せぬ」

「……未知なるものに憧れる気持ちは、凄くよくわかるわ。その為の道具もある。けれど、少なくともその世界を知っている事、その人が異世界出身か、異世界の物を持っているかが必要になって来るの。長い時を生きれば、異世界出身者もごく僅かに現れるらしいけど、私はそれをまだ見つけてない」

「ほう、あるのか」

「試しに使ってみる?」

 女の瞳が怪しく輝いた。
 それに我は気付いていたが、構わず頷いた。
 腕輪を渡され、良く調べて、女の瞳が輝いたわけに気付いた。
 
「これは、本当に異世界に移動するのだな? ラブリィも連れて行く事は出来るのか?」

「理論上は。手を握れば問題ないわ」

「消耗品ではなかろうな。戻ってくる方法は」

「貴方は、既にこの世界の服とこの世界の体とこの世界の魂を持ち、この世界の事を知っているわ。消耗品なわけないでしょ」

「そう……だな。他の道具も見たい」

「お代は貰っているから、好きなのを好きなだけ……いえ、5つまで取って行けばいいわ」

 幸運に気持ちが高ぶり、思わずソルディオはほぅ、と息を吐いた。裏はわかっているのだから、問題はない。むしろ、それは途方も無く好都合だった。
 女がざらりと出した道具を、説明を聞きながら一つ一つ調べていく。
 物の重さと質量を無視する袋。
 攻撃用の杖。
 防御用の美しいマント付きのローブ。
 もちろん、異世界移動の腕輪。
 中に居心地のいい部屋を作りだす扉。
 出来ればかつてのように空を飛ぶ道具も欲しかったが、一人用の空を飛ぶ道具しかないようだ。それでも魅力的だが、旅の為の袋と道具に比べれば、我慢せざるをえない類の物だろう。
 指輪を惜しみながら置くと、女は軽く言った。

「そんなに欲しいの? じゃあ、あげてもいいわ。でも、異世界移動の道具を使ってみる所を見せて頂戴。憧れは法則を覆せるほど強いのか。興味があるわ」

「わかった」

 そして、ソルディオは腕輪を嵌めて、愛する魔界を思い浮かべた。
 凄まじい量の魔力が吸われていく。この世界の人間の魔力の含有量は非常に少ない。
 ソルディオの魔力だから問題が無いが、人がこの腕輪を使えば、ひとたまりも無く死ぬだろう。
 そして、ソルディオはかつて人間界に扉を開き戦いを挑んだ、高台の上に立っていた。

「は……ははは……。我は戻ってきた。簡単すぎて拍子抜けするな。後はビューティを探し、ラブリィとの約束を果すだけだ。待っているがいい、この荒れ地に光を。光を。光を! そして我はこの魔界の神となるのだ」

 魔界を睥睨し、魔界の住人に発見されない内に戻った。今のソルディオの姿は貧弱な人間。……恨まれていて、そして魔界の住人の一撃にひとたまりもない。だから、今は我慢だ。
 戻ると、聖人アイテムがぽかんとした顔でこちらを見つめていた。

「では、道具を貰う。ふむ、このままでは目立つから服の方は上から他のローブを着なくてはならぬだろうな」

「待って」

「お前はもう道具を渡すと約束した。異論は認めぬ」

「待ってよ」

 柔らかい手で、アイテムはソルディオの手を握った。

「今まで、私は私の道具を使いこなせる人に出会えた事が無かった。ずっと信じてた。私の道具は、絶対に正常に作動するって。使いこなせる人がいさえすれば! 私の道具はきちんと作動した? いえ、聞くまでも無いわね。ねえ、お願い。私を異世界に連れて行って。私の道具が使えるなら、貴方に私は必要でしょう?」

「あのような危険な場所に連れて行けるはずがなかろう。私から力を吸い取り、お前やラブリィの体を守る為の道具を作れるのなら話は別だが」

「作れるわ! 時間が掛かるけど、作れる!」

「ならば、ヨクートに道具を使わせる事は失敗したが、領主を譲る契約を結ぶ事と旅に出させる事は成功した、明日にでも出るはずだと伝えてくれ。この連絡用のイヤリングも貰うぞ。力は私が補充しておくから、お前にも使えよう」

「わかったわ」

 旅に出て一週間後、ヨクートが太陽の聖人が現れた事を発表したと噂が聞こえて来て、大騒ぎになった。なにか、太陽の聖人は特に神聖視され、産まれ難いらしい。やはり、隠していて正解だったようだ。クレクト山からはまだ太陽の石が産出され続けるはずだから、しばらくはばれなかろう。




[15221] その光、我の手に 4話 囚われの聖人 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/25 22:45
「大丈夫か、ラブリィ」

「お散歩大好きです!」

 小さな足を一生懸命動かしてついてくるラブリィ。
 それにあわせて、歩調をやや落とす。
 ちょうど行商団と行きあえたのは幸運だった。おおっぴらに神具は使えないが、代わりに噂が手に入り、目立たなくなる。幸運の女神に恵まれていると言っていい程の幸運続きだ。
 途中、隣の領主を乗せた馬車が通る。
 行商団は慌てて馬車を端にどかせた。ところが領主の馬車はそこで止まり、領主自らが降りてくる。

「そこの者、行商団か。ちょうどいい。荷物に予約が無くば、何か祝い物を買っていこう」

「何か、おめでたい事があったのですか」

 問われて、領主は破顔した。

「太陽の聖人の予兆が現れたそうなのだ。既にクレクト山では、太陽の石が取れているという。もしもこれが自然に起きた事ならば、かなり強力な聖人なのでは、という事だ。しかも、僅かながら雨の石が取れたとか。陽雨聖人様という事になるな。ほとんど太陽聖人と言ってよいような力の偏り方だが、火陽神様以来の神様なのは間違いが無い」

 商人達は一気にざわめいた。

「それはおめでたい! 太陽の石は植物を照らすだけではなく、雨雲を払う力を持つといいます。雨の石とあわせて使えば、日照りと長雨が防げる事になりますね」

「うむ。未だどの方かは判明していないが、いち早くお祝い申し上げようかと思ってな。もしも見つかったら、王都の、とりあえずは火陽神様の神殿でお祭りする事になろう。かの神の宝剣の輝きが薄れて久しい故、王都は喜びに沸いている。そうさな、10年程修行して頂き、神上がりする事になるのではなかろうか」

 神の死に方は、五つある。一つは自ら世界へと還る事、一つは、神具となる事。一つは力の使い過ぎで消滅する事。一つは他の神に滅ぼされる事。一つは人と一体化する事である。
 火陽神は存在するのに飽き、されど人々から求められ、神具となった。神具と言えど、永き時が経てば劣化する。いずれ、壊れて世界へ還るだろう。
 ちなみに聖人は、ある程度たつと成長が止まり、聖人の許容量いっぱいに神力が溜まるか、命を落とした時に肉体を捨てて神となる。そして、その肉体は神具となり、腹心の神官に与えられるのだ。稀に、神が殺されて奪われる場合もある。弱い神の言う事を聞かせる物騒な神具も、ないではない。
 当然、聖人としての寿命を迎えた方が神としての力は上がるし、長生きした聖人の方が強き神となる。その一方、神となればあまねく恵みを人に施す、もしくはその神と同系統の神を生みだす事が出来るようになる為、一早い神格化が切に求められ、神となった後はその力を求められる為、消費が早い。
 神となってしまえば聖人の時より力を溜め難くなるが、力を使う機会は聖人の時より増える。そして消耗しきると、消えてしまうというわけだ。
 この世界では多くの神が産まれる。しかし、力の弱い神、消えてしまう神も多いのだ。
 ソルディオに力を与えし雨雷神は、珍しく強力な神である。
もちろん、ソルディオも弱き神で終わるつもりはない。限界まで生きるつもりだ。
少なくとも、ラブリィよりは。
ラブリィは名の呪いで力を上手く発揮できずにいるが、草風神もまた強い神であり、ラブリィに才がある事も自明だ。会った時の服が、異様に古かったのである。それは、それだけ長生きし、力を溜め続けて来た事を意味する。それだけ大きい許容量を持っているのだ、ラブリィは。
 
「おお。これはいい布だ。ぜひ、陽雨聖人様に持っていこう」

 布を受け取り、領主は馬車を走らせる。気が早いと思われるだろうが、神々は皆、前世の記憶を持っていて自身が神という明確な自覚があり、親神も子聖人の事を神官や子聖人の親に伝える。それに国では聖人は名乗り出る事を推奨し、保護しているので普通は見つからない、などという事が無いのである。まれに、その街が聖人の力を独占する為隠す事もあるようだが、発覚すれば国に罰せられる。
 ソルディオは自分が力を隠した事が正しかったのだと再確認し、先を急いだ。
 大きな町で行商団と別れ、ようやく誰もいない所までやってくると、周りを確認し、草むらの中に小さな扉を埋めた。
 それを開けて中に入ると、いくつもの寝室と広い居間、台所が広がっている。水もきちんと水瓶に溜めてあり、早速ソルディオは湯を沸かした。
 
「ようやくゆっくりできそうだ」

「ふかふかのお布団ですっ」

「体を拭いてからにせよ」

 沸かした湯で体を拭き、暖かい料理を食べて柔らかな布団で眠る。
 久々にゆったりとした時間を取れた。
 翌朝、丸一日歩くと小さな村についた。
 
「この村、ソルディオ様と同じ、暖かい感じがします。でも、どこか悲しい……」

「ほう?」

 力が無いとはいえ、ラブリィは永き時を生きる聖人である。
 ソルディオも精神を集中すると、何らかの力が働いている事を感じる事が出来た。
 ソルディオはその村で宿を借りる事とした。

「新しく鉱石を掘りに来た人かい? 悪いが、人は間にあっているんだ」

「いや、隣の国に行く途中だ。一晩宿を借りたい。それと、水と食料の補給をしたい」

「……井戸はこちらだ。用がすんだらさっさと出て行くんだな」

「そうしよう」

納屋を借りて、そこで休む。
夜、そっと起きだすと、妙な感じのする方向へとラブリィと共に向かった。
村の奥の建物、その高い所にある窓から、小さな歌が聞こえてくる。

「お前は、聖人か? 我が名はソルディオ。お前の名を聞きたい」

「……わしの名はアレクだ。国一番の鍛冶屋、アレク様だ。ストーンなんて名前じゃない。聖人なんか真っ平だ。頼む、ここから出してくれ」

「静かにしていろ。多分、助けだせると思う」

 ソルディオは空を飛ぶ道具、天の指輪を使って高窓からそっと入った。そこには、小さな少年が鉄の重しをつけられて閉じ込められていた。少年アレクは傷つけられ、ボロボロだった。
 ソルディオは、閃光の魔杖を使ってアレクの足につけられた鉄の輪を破壊し、そっとアレクを抱いて外に連れ出した。三人で、静かに村から離れる。朝になると、深い森の中に念入りに扉を隠し、その中に入って一息ついた。

「一週間も隠れていれば、なんとかなろう。アレク、と言ったか。鉱物の聖人なのか」

「鉱地聖人だ。迷惑な事にな」

 吐き捨てるアレク。しかし、ソルディオはほう、と片眉を上げた。

「初めは、ワシも喜んだ。望みの鉱物が手に入るのだからな。だが、それが村の者にばれてあのざまだ。……お前らは、何故ワシを助けた? ワシを、どうするつもりだ?」

「そうだな……地を司るというなら、少し力を貸してほしい所だ」

「ふん、貴様もワシの力を利用しに来ただけなのか」

「そういうな。我はお前を閉じ込めるつもりはない。好きなだけ鍛冶に励めばよい。望むなら、人の手の及ばぬ腕前を持つ鍛冶士も紹介しよう。ただ、ラブリィが望んだ時に力を貸して欲しい。助けた礼とでも思うが良い」

「ラブリィ? まさか、種草聖人のラブリィ様か!」

 声を上げるアレクから、ラブリィは隠れた。

「……ラブリィ様のお役に立てるなら、否やはありません。ワシごときでなにか力になれるとも思えませんが」

「ほ、ほんとですか?」

 ラブリィがアレクに問う。アレクは頷いた。

「ワシは聖人になるのは嫌だが、聖人に対する礼儀は心得ているさ」

「ありがとうございます!」

 顔がぱぁっと明るくなり、ラブリィはアレクの手を握る。
 アレクはそれを微笑ましい目で見て、ふと声を上げた。

「聖人の前世の死体と聖人の死体は良い神具になるという。ワシはワシの体を取り戻したい。道具もな。ワシは神具を使っていたんだぞ。……それに、人の手の及ばぬ腕前というのが気になるな。ソルディオ、あんたは何者だ。空を飛んだという事は、お前も聖人か」

「ついてくればいずれわかろう。アレクの体を探すのも手伝おう。ラブリィ、一刻も早く植物を育てたかろうが、まずはビューティを見つけたい。次に、アレクの体を見つけねばならぬ。すまぬが、もう少し我慢できるか」

「私は、ずっとずっと待ってきました。もう少しぐらい、待てます」

「そうこなくてはな。ビューティとは誰だ?」

「我の腹心の部下だ。聖人となる際にはぐれた。カストラストにいるらしい。それに我も体を探している。」

「ほぅ。お前さん、お偉いさんだったのか。奇遇だな。ワシはカストラストの王都で鍛冶屋をしていたんだ。王直属の鍛冶屋よ。そうときまれば、善は急げだ。早速ワシの母国に向かおうではないか」

「決まりだ。これで欲しいものが皆手に入った事になるな。アイテムに連絡して、カストラストに向かうとしよう」

「アイテム! 具具聖人歴代の名か。今もまだ、スタディが前世の方の具具聖人かね? 使えば発動せずに死ぬ呪いの道具しか出来ず、研究費と製作費に先代の道具を残らず売り払ってしまったと聞いたが。ワシの道具もアイテムから買った物だ。あれは死なない道具を作る事が出来るようになったのか? それとも神となって次代の具具聖人が誕生したか」

「我が使える。多分、ビューティも使えるであろう」

「ふぅん。ならば、ワシも使えるかな?」

「これを使うには魔力という物が必要なのだ。見せてやりたい所だが、我の貧弱な体では、道具を通してしか見せられんな。だが、我の力を補充した道具を使わせる事は出来る」

「そりゃ楽しみだ。安心したら、腹が減ってきた。食事はまだかね?」

「私が作りますっ」

 ラブリィが、はしゃぎながら食材を出してくる。意外な事に、ラブリィは料理上手である。
 久々のご馳走に、アレクは喜んだのだった。



[15221] その光、我の手に 5話 帰還
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/26 05:49
 カストラストとの国境で、困った事態に陥った。アレクを追って来た村人が、関所にいるのだ。そういえば、行き先を告げていた。その上、関所がやたらと物々しい。

「どうするか……」

 その時だった。見知った魔力と、例えようのない懐かしさを感じる。

「うわあああああ! 死の聖人が来たぞ! こ、心を強く持つんだ!」

 美しき翼がはためいて、甘い香りが漂う。
 
『いらっしゃい……』

 降り注ぐ矢を浴びながら、ビューティが告げる。
 言葉は通じずとも、意図は通じたらしく、心の弱い兵士からビューティの元に向かっていく。

『ビューティ! 会いたかったぞ!』

『誰だ、私の名を知る者は!?』

 ビューティに走り寄ると、状況を理解していない村人達が憤怒の顔を向けて来た。

「よくもおらの村からストーンを浚ったな! ぶっ殺してやる!」

 ソルディオの腰から剣を取り、向かってくる村人を切ったのは、意外にもアレクだった。

「わしの名前はアレクよ! よくも、よくも長きにわたり閉じ込めおったな!」

 村人がソルディオ達と距離を取る。
 その間にソルディオは杖を抜き、ビューティと睨みあった。魔界の掟はただ一つ。
 強いものに従う。それだけである。

『我が名はサンゴッド。ビューティよ、腹心のお前だけは再度我が支配下に置かねばならぬ。また我が右腕となるがいい』

『笑わせる。貴様ごときが魔王様の名を騙るなど。そして、例え本当に魔王様だったとしても! か弱き人間に堕ちた魔王様に価値など無い!』

 予想通りの言葉を吐き、ビューティは翼をはためかせて飛んでくる。
 杖から幾筋もの雷光が迸った。
 それはビューティが驚きながらも放ってきた魔力弾と真っ向からぶつかり合う!
 
『これで終わりか? ビューティよ! 虫けらの相手ばかりで腕が落ちたのではないか』

『こ、これはまさに魔王様の魔力。魔王様、なんと汚らわしいお姿に……ならばっ! 終わらせて差し上げる事が我が忠誠!』

『は! 違うな。我はのし上がるのだ。神の座へと!』

 両者は、空を飛ぶ。
 激しい戦いが始まった。
 戦いは三日三晩続き、ようやくビューティを降した時には、何故か関所に兵士が集まり、揉めていた。
 ビューティを背負ってソルディオが降りると、アレクとラブリィが駆けよって来た。
 
「リブトラットの兵士が、ワシらにカストラストに行くなと言っておるんじゃ。飛雷聖人と鉱地聖人を他国に渡すわけにはいかぬ、と。ワシはカストラスト人じゃというておるに! その上、カストラストもワシの体を返すわけにはいかんというておる。ワシの体なのに! 聖人が前世の体を得るのは、力を得る上で重要な儀式なのに!」

「飛雷聖人? ああ、我の事か。聖人の意向は最大限尊重されるはずだが。とりあえず、我は疲れた。休ませてもらう」

「おお、そうじゃな。そちらの女性は、もう大丈夫なのか」

「我が破った。だから、もう逆らわぬよ」

「はぁー。大したもんだ。とりあえず、関所の寝室に案内しよう」

 そこでソルディオはゆっくりと休み、食事を取った。
 そして、話し合いの席につく。面倒な事だが、上手くいきすぎというのも恐ろしいものだ。困難は、逆に安堵を感じさせた。

「旅の目的? 部下ビューティを探し、アレクの体と道具を取り戻してアイテムの所へ行く予定だが」

「アイテム様の所に?」

「そこでラブリィの力が上手く働くか試すのだ」

 それで、納得したように大使達は頷いた。

「とりあえず、ストーン様はカストラスト王都に来られるのが良いでしょう」

「馬鹿な。そちらがストーン様の体と道具を持ってくればいいだけの話であろう」

 大使達が言いあうが、アレクはそれに顔を赤くしていた。アレクと呼ばない事に腹を立てているのだ。
 ラブリィは心配そうに双方を見守っており、ソルディオはため息をついた。

「アレクも、死んだ後の後始末を何かとしたいであろう。我らは、カストラストに向かう」

「決まりですな。我らがお送りします」

「しかし、彼らはアイテム様の所に戻りたがっている。護衛の兵はつけさせてもらう」

 そこで、ビューティが目覚めたとの報が届いた。
 ビューティがそれとほぼ同時に駆けこんでくる。
 そして、ソルディオを見て、絶望と屈辱、諦めに顔色を染めた。

『魔王様……私は貴方に従います。貴方がそのような姿でも生きるというのなら、私は身を挺してそれを助けましょう』

『うむ、良き心構えだ。では、まず手始めにこの腕輪を使い、初めにこの地に降りた場所を思い浮かべるがよい』

「アレク、ラブリィ、ビューティに触れよ」

 ソルディオを含む三人がそうした時、ビューティが発光し、そこから尊き聖人達は消えていた。異世界に移動する事が出来るのである。同じ世界の望む場所に行くのは、簡単なのだ。
 
「ソルディオよ、お前さん、怖い程に幸運の女神に守られているの。ここはカストラスト王都の近くだ」

『ビューティ、人の姿を取れ。色々と事情を説明しよう。まずはお前が隠し持つ、我の体を寄こすが良い』

 ビューティが手を差し出す。そこには、手の平大の黄色い球が乗せられていた。
 ソルディオが手を伸ばすと、それがソルディオの手に沈んでいく。

「ふむ。儀式とはこういう事か。力が満ちていくようだ。まあよい。まずはアレク、お前の用事を果しに行かねば」

「そうじゃな。弟子達は元気かのぅ」

 アレクの工房があった場所は、大きな神殿へと変わっていた。鍛冶の神として祭られていたらしく、そこでアレクの弟子達が働いていた。アレクの形見の神具を使って。
 その真剣な眼差しと大きく成長した弟子の様子に、アレクは目を潤ませる。
 弟子達が立派に育った事を喜び、自分の居場所が無い事を悟って悲しみを覚えたのだ。
 
「神具は、譲るしかないのぅ。ワシの体は……こっちか」

 祭られていたのは、一対の鍛冶道具。
 それは兵士に守られていた。

「どうするかのぅ」

『ビューティ、兵士達を黙らせろ』

 さっさと鍛冶道具を手に入れたソルディオは、次の瞬間、自らの領地にある森へと戻っていた。
 次は王都のアイテムの所に行くだけである。

「ありゃ、盗みなんじゃないかの……」

「もともとお前の物だろう。それより、ラブリィ、アレク。お前達には言葉を覚えてもらおう。我と共に来るのならばな。ビューティにも、事情を説明せねばならぬ」

「そりゃそうか。勉強は苦手なんだが……お手柔らかに頼む」

「私、頑張りますっ」

「……少しぐらいなら話せます。サンゴッド様、どうぞ事情をご説明ください」

 ビューティの言葉にそうか、とソルディオは頷いて、話しはじめた。
 太陽を得ようともくろむ魔王と、それを防がんとする勇者の戦いを。
 
「お主が魔王かいっ今度はこの世界を侵攻しようというのではあるまいな!」

「我は陽雨聖人となった。既に、侵攻の理由はない。後は我の修行次第だ」

 その言葉に、ぽかんとアレクは口を開けて、次に驚いて言った。

「凄いではないか! 陽雨聖人!? 雨と太陽、両方を司る!? 馬鹿な……!」

「魔界に、太陽を……!?」

 ビューティもまた、驚いていた。ソルディオが試しに太陽の石を生成し、宙に浮かばせてみると、それに見入る。
 そして、安堵と失望のため息を吐いた。
 そんな大それた事が出来るはずがない、という安堵と、この程度の力か、という失望のため息である。しかし、それでもビューティは美しい太陽の光から目が離せなかった。

「今はこの程度だが、その内太陽そのものとなって輝いて見せよう」

 ラブリィは宙に浮かぶ太陽の石をそっと抱きしめ、陶然とした顔をする。
 種草聖人のラブリィにとって、土と太陽と水は愛すべきものなのだ。
 王都につくと、なにやら陽雨聖人が見つからないらしいと大騒ぎになっていた。
 しかし、そんな事をソルディオが気にするはずもない。普通にアイテムに会いに行き、アイテムは沈んだ顔でそれを出迎えた。

「どうした、アイテム。道具はまだ出来ぬか」

「出来たわよ。そうじゃなくて……明日、癒養聖人のクッキングが神上がりするのよ。私の友達なの。よく食事を作りに来てくれて……。でも、神上がりをとても嫌がっていて……。気持ちは凄くよくわかる。具具聖人はね。神上がりすると、すぐに次の聖人を見つけて、世界に還るか神具となるか次の聖人と一体化するかのどれかなの。道具を作れない、体の無い人生に意味など無いから」

「クッキングさん! クッキングさんは、私にも親切にしてくれました!」

 ラブリィが声を上げる。癒養聖人は、比較的有名な聖人である。

「ならば、神上がりしなければいいではないか。アイテムよ、準備は出来ているのか」

「え? だって、それは義務で……。その為に保護されていて……」

「ならば、本人に聞いてみればいい。そこにいるのだろう、クッキングよ」

 扉の影から、白銀の、短髪の髪の背の高い女性が控え目に告げた。

「わ、私、生きたい、です。お願いします、助けられるなら、助けて下さい」

「では、魔界に戻るか。さっさと準備をしろ、アイテム」

「わかったわ。……元から、犯罪者になる覚悟は決めていたのだし」

 調子を取り戻したアイテムが、クールに言い放つ。そして、ソルディオ達は魔界へと向かったのだった。




[15221] その光、我の手に 6話 竜はツンデレ、魔族は変態
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/26 12:49
またBLっぽい表現がでるので注意です。
ただし、主人公は至ってノーマルなので変態魔族とは絶対にくっつきません。あくまでギャグの範囲に留めてる……と思います。






























『ええい! まだ見つからぬのか、サンゴッドめは!』

 ドラトスは苛立たしげに尻尾で地面を叩いた。
 勇者との戦いで次元の避け目へと消えたサンゴッド。その後、魔界では新たな魔王を立てるか否かで争いが起きていた。
 ドラトスも、次期魔王に名乗りを上げた一人であり、サンゴッドと同じ竜族だ。
 それでいて、ダークエルフのサンゴッドは再度魔界に君臨するであろうという予言と、サンゴッドの魔力を感知したとの魔族の報告に、一早く捜索網を展開した者の一人でもある。

『サンゴッド様がご心配ですか、ドラトス様』

 魔族の少女が問うと、ドラトスは更に苛立たしげに尻尾を振りまわした。

『馬鹿な! ただ、負傷し動けない状態ならば、俺がサンゴッドを倒して次の魔王に名乗りを上げる。それだけだ! 他の奴らに遅れをとるな!』

『そうですね。他の者ならば、サンゴッド様を配下にするのではなく、殺してしまう可能性がありますものね。サキュライズ様はサンゴッド様の寵愛を受けていながらその筆頭ですし、同時報告された妙な神力の事もあります。サンゴッド様が苦境に立たされている可能性は高いですしね』

『ええい、五月蠅いわ!』

 そこで少女が、ふと虚空を見つめる。

『……ドラトス様。魔王様とビューティの魔力が、再度感知されました。複数の妙な神力も。勇者達にでも苛められているのかしら。それか神の力によって封印を受けたのかも』

『案内せよ!』

 そして、ドラトスと魔族の少女は飛び去って行った。
 一方、ソルディオ達は魔界へと降り立っていた。
 
「あの空一面の大岩はなんだ!? 不思議だ……。光源が無いのに、薄ぼんやりとはいえ、周囲が見える」

 アレクが驚いて空を見上げる。

「話したろう。我らは地下世界に封印されているのだ」

「緑の少ない所ね……」

 アイテムが周囲を見渡しながら言う。
 ビューティは懐かしき魔界に、涙を流していた。
 ラブリィはまんまるに目を見開いて、遠く彼方を見下ろしている。
 クッキングはここにはどんな食材があるのかとソルディオに問い、ソルディオはそれに答えてやる。
 さて、ここでメンバーを再度確認してみよう。
 陽雨聖人、ソルディオ。鉱地聖人、アレク。癒養聖人、クッキング、種草聖人、ラブリィ。具具聖人、アイテム。そしてビューティである。
 ここに元世界の者がいたら、滂沱の涙を流したであろう。
 痛すぎる世界の損失であった。これだけいたら、どんな国だろうと一気に豊かになるという者である。
 具具聖人のアイテムを残し、攻撃系統の加護を授ける者は誰もいないが、魔界は武力だけは既にあるのだ。

「さて。誰が一番最初に来るかな。我としては、サキュライズが一番かと思うのだが」

 サキュライズは、ビューティとはまた別の意味で忠誠心が高かった。
 サキュライズならば、ソルディオに今でも忠誠を誓うのではと、密かに考えていたのだ。
 しかし、遠目に飛んでくるドラゴンを見て、片眉を上げる。

「ドラトスが来たか。面倒な事になるな」

 空を飛ぶドラゴンの、雄大なその姿。金色の鱗。大きくて、どこか気品のある翼。ドラトスは雷竜である。
 初めて見る異世界の生き物、伝説と呼ばれ、絵本の中でしかお目にかかれない竜の姿に、ソルディオを除く聖人達はあるいは見惚れ、あるいは怯えた。
 ドラトスが近くへと飛んできた所で、いきなり魔力弾がドラトスを撃ち落とした。
 間抜けにふっ飛ばされるドラトス。そして、高台に一人の青白い肌、長い耳の華美な服を着た男が飛び乗ってきた。無論、この高台は地上からちょっとジャンプして上がれるような高さではない。
『魔王様! 誰よりも早く! サキュライズ、参りました! ああ、その麗しき漆黒の鱗、猛々しく放たれた黒炎、誰よりも堂々たる空を飛ぶお姿、勇者と戦った時はまるで一枚の絵のようで、見ておりましたとも! 私は余さず見ておりましたとも! ソルディオ様は今は汚らわしき人間となっているようですが、金色の腰まで伸びた髪に金の瞳、白磁の肌に麗しきお姿、さすがです魔王様まるで太陽のようですこれはきっと私の為ですねそうですねさすがのわたしでも竜の姿では犯せませんし殺せませんし食いきれませんから女となっていれば言う事なしなのですがまあこれでも構いません魔王様のお志しかと受け取りましたでは頂きます』

 ソルディオの手足を魔力弾で貫かんとしたサキュライズを、雷光が覆う。
 よっこらせと高台に手をついて這いあがったドラトスは、ふん、とサキュライズだった消し墨を咥え、高台から放りだした。そして、ぺっぺと不味いものを口にしたかのように唾を吐く。

『俺の耳を汚すな、この変態が』

『……サキュライズはあのような者だったか? 元々我を賛美していた節はあったが』

『気付かなかったか。水晶にお前の姿を写しては舐めまわす、魔界きっての変態だったが。しかし、戦線放棄までしていたとはな』

『……我はまだ、修行が足りぬな』

 そして、ドラトスはちらりとソルディオを見る。

『人の体に封じられたか。神も外道な真似をする。そこな子はサンゴッド、貴様の子か。相変わらずもてる事だ。……貴様の喉笛を噛みきってやろうかと思っていたが、ひ弱なその体では意味が無い。……俺の元で、人界を支配する様を見せてやろう』

『いや、それはもういいのだ』

『何!? おのれサンゴッド、人に絆されたとでも言うのか!?』

『いや、我が太陽となれば問題が無い事に気付いた』

『た、太陽だと!? 太陽に代わる魔界の希望となるというか! そんな大それた……お、俺は認めんからな! 貴様が俺の太陽など、へどが出るわ!』

『何を言っている。我が言っているのは……』

 ソルディオとドラトスが話していると、次々と魔界の住人がやってきた。

『魔王様、貴方が誰かに殺される前に、私が貴方を殺します!』

『魔王様、執務が溜まっています。すぐにお戻りください!』

『魔王様!』

『魔王様! あ、あれ!? 魔王様はどこだ!?』

 ドラトスは、苛立たしげに尻尾を振り、雷雲を起こした。

『ええい、五月蠅いわ! 俺がサンゴッドと話しているのだ、他は控えよ!』

『魔王様を独り占めとは何たる罪! ドラトスめ、魔王様を舐め舐めするのは私だけで十分です!』

 今度は、ソルディオが無言で閃光の杖を向けて、復活したサキュライズを消し墨にした。

『愛が痛い!』

 そして、乱戦が始まった。聖人達はクッキングの入れたお茶を飲み、ビューティと神具を使ってソルディオが張った結界に守られながらそれを見学する。

「何を言っているのかはわからんが、魔界の連中は随分と荒っぽいのだな」

「ソルディオ様って、前世はどんな姿だったのですか?」

 アレクがため息を吐き、ラブリィが問い、アイテムはひたすら戦いの様子を観察する。無論、アレクも彼らの使う武器を見るのに余念がない。

「それはそれは立派な黒竜だ」

「凄いです。きっとあの金色の竜さんのような、素敵な竜だったんですね」

「比べ物にならぬほど、サンゴッド様の方がお美しかった」

 そんな会話をしながら、どんどん参加者が増えていく魔界式の魔王様帰還祝賀会を見守る。荒っぽいそれは、しかし異世界から来た者の目を楽しませたのだった。
 結界の中で、野宿したりご飯を食べたり、言葉を習ったりしながら、異世界からの旅人は時間が過ぎるのを待つ。一週間ほどして、最後にサキュライズとドラトスが相討ち、残ったソルディオが勝者となった。いくら高い魔力を持つとはいえ、人間ごときが魔界の生き物に勝てるはずはないのだが、魔界の生き物が自分以外の者に魔王を倒されるのを激しく嫌い、妨害や潰しあいを行った為の結果だ。

「疲れた……我は寝る。クッキング、皆の治療を頼む」

 倒れ込むように眠るソルディオ。クッキングは頷き、せっせと治療を開始する。
 驚いたのは魔界の者だ。
 第一に、魔界の者は、魔力を分け与える事は出来ても、傷を癒す事は出来ない。地上でも、傷を癒せるのはごく一握りの聖職者のみだ。
 第二に、人間が、それも神力を持つ人間が魔界の者を癒した事だった。
 そしてクッキングは治療を終えると、大量に持ってきた食料を消費して彼らに料理をふるまった。
 食料が常に不足気味である魔界では、信じられない大盤振る舞いである。
 その料理は、かなり変わっていたが美味だった。
 その後、皆も一休みし、一晩立って朝食を食べる。
 ソルディオもかなり消耗していた為、クッキングの癒しを受けた。
 その後、ソルディオは演説をする。

「我は勇者に敗れし後、異世界の神に拾われた。そして永遠にも思える修行を積めば、我は太陽と雨を司る神になれる事となった。我らを作った神には及ばぬが、我は魔界の守護神となる。その為に、力を貸すが良い。我が連れて来た者達は、全ていずれ神となる者達であり、今は弱き聖人、神の力の一部を使える人に過ぎぬ。けっして傷つけてはならぬぞ」

 ソルディオが手を差し出すと、サンゴッドの体だった神具がソルディオの手から飛び出してきて、高く高く舞い上がり、神々しく光った。
 ただの灯りではない。暖かく、活力を与えてくれる太陽の光である。
 その光は遠くまで照らし、薄ぼんやりとしか見えなかった魔界の大地を照らし出した。
 魔界の者達は最初それが何か理解出来ず、ぽかんと口を開けた。
 そして、それが何か悟ると、驚きの声を上げて、ついで混乱のままにひれ伏した。
 異世界と違い、魔界では神は憎い敵でもあるが、尊く絶対的な存在でもあるのだ。
 サンゴッド様が、魔界の為に自らが神となり、そして異世界の神々を連れて来た。このニュースは、またたくに広まったのだった。



[15221] その光、我の手に 7話 芽吹く
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/27 08:26
 30分ほどで、ソルディオは疑似太陽を下げた。

「我は修行中故、今はこの程度だ。我は我の親神となった雨雷神様より、ソルディオという名を授かった。今より、我の事はソルディオ、あるいは陽雨聖人と呼ぶが良い。今から、我が友を紹介する。道具を司り、魔力で作動する様々な道具を作る事が出来る、具具聖人アイテム。鉱物と大地を司る鍛冶士、鉱地聖人アレク。癒しと養分を司る料理人、癒養聖人クッキング。そして、向こうの定めにより我が第一の部下とすると契約せし、種と草と司る種草聖人ラブリィだ。異世界では、向こうの神々は自らの属性と親となった神から受け継がれし属性の二つを司り、まずは聖人として生まれなおす。そして、修行を重ね、最大限に成長し、力を溜めた時か、志半ばで死んだ時に神となる。当たり前だが、前者は強く、後者はすぐに消滅するような弱き神にしかならぬ。何度も言うようだが、聖人の間は人とさほど変わりない。皆の協力を期待している。まずは、そう。この高台に、我らの住む神殿を建て、我らの護衛を選定せよ。行け」

 ソルディオの言葉で、魔界の住人達は動きだした。
 そして、サキュライズとドラトスが残る。

「太陽の輝き、感服いたしました。優しく暖かく強く照らし暗闇を切り裂く様は魔王様の如く、さすがは魔王様でございます。このサキュライズ、魔王様を守らんとする決意を固めると同時に、偉大なる魔王様を粉々に壊す欲望を抑えきれず、ああ、神聖なるものを踏みにじるよろこ……げはっ」

 サキュライズは、またしてもドラトスに消し墨にされる。

「サキュライズがいるからな。ソルディオよ、お前の護衛は俺がした方が良かろう。面倒くさい事、この上ないがな。……異界の神か。詳しい話も聞きたい。話してくれるのだろうな」

「そうだな。ラブリィの実験をしながら、ゆっくり話そうではないか」

「私の実験? 種を育てるんですか!?」

 ラブリィがぱぁっと顔を輝かせ、そして植木鉢をんしょっとソルディオの道具袋から取り出す。
 空の植木鉢の底に、まずアレクが土の加護を込めた石を敷き詰め、そして土を創造して入れた。
 ラブリィが種を撒き、力を送る。
 ソルディオが雨の石と太陽の石を創造し、まず雨の石で水やりし、太陽の石で光を与える。
 
「私も、手伝わせて下さい」

 クッキングが、養分の石を創造して土に突き刺した。
 クッキングが養分の石を作動させた途端、植木鉢は光った。

「土……雨……太陽……養分……そして、私の力。全部を混ぜて、ようやく私の種は完全になる……! ソルディオ様、始めての感覚です。やれます!」

「ならやれ」

 ラブリィが高揚した顔のまま頷く。
 種が芽吹き、すくすくと成長して行く。
 それと共に、高台の地面自体が発光し、芽が出た。
 それは成長し、小さな木となり、花開き、ケーキの実を実らせた。
 種を作りだす花と実であるケーキは別らしく、植物としてはありえない作りである。
 さまざまなケーキが出て、ラブリィは表情を輝かせる。

「ふむ。祝辞を述べよう、ラブリィ。……しかし、これでは建物を立てる事が出来ぬな。誰ぞに持ち帰らせよう。今度から、力を調整するように。休憩してから、実験を続けよう。……ラブリィよ、紅茶の種もあったりするのか?」

「はい! 私、頑張ります! 力が解放されたのを感じるんです、皆さんがいる時、私は完全になれるんです。種の解析も出来ると思います。ううん、今、作ればいいんです。自分で!」

 ラブリィが、笑いながら種を創造する。
 ケーキの木を外に出し、再度植物を育てる。
 宣言した通り、今度は紅茶の実だった。紅茶の実はカラフルな四角い実に入っており、揺らすとちゃぽんと中で紅茶が揺れる。暖かい。

「では、お茶にするか」

 ドラトスとサキュライズは驚く。植物とは言え、新たな命を作る。これすなわち、完全に神の領分である。あらゆる力の助けが必要なのも、逆にその力の偉大さを裏付けるかのように思われた。
 植物、食料は魔界では、尊ばれる。太陽が強く求められるのも、青空への憧れと言った物だけではなく、太陽があれば植物が育つのに、という想いも込められているのだ。
 彼らは神なんだ。二人はそれを強く実感したのだった。
 ソルディオは、紅茶の実の角を齧る。

「ふむ、外側の殻も食べられるようだ。紅茶に合うな。ラブリィ、よくやった」

「えへへ。凄いです。私、私……あれ、涙が……嬉しいのに何で……初めてです、種が芽吹いたの……」

「貴方に涙は似合いません。素晴らしい力です。とても素晴らしい力です。そうだ、素晴らしい物を見せていただいたお礼に、ラブリィ様に見合う服を捧げましょう。それは少し古すぎる」

 サキュライズが甘く囁きかけると、ラブリィは喜んだ。

「新しい服の寄進! ありがとうございます」

「では、お茶を飲みながら話そうか。ラブリィ、休憩が終わったらケーキの木になった種を普通に育てる事が出来るのか等、調べなければならない事が山ほどあるぞ」

「はい!」

 ドラトスは、恐る恐る紅茶の実を食べた。
 熱いお茶が口の中で弾ける。ほのかな甘みのある実と相まって、美味しい。
 ケーキは少し、甘すぎる。ドラトスは話を聞きながら、実をパクついた。
 サキュライズは上品にケーキを食べる。
 色々と話していると、ドワーフ達が連れて来られて、甘い匂いに声を上げた。

「鉱物を司る異世界の神様の為に、神殿を作れという話だったが。」

「ああ、我はサンゴッドだったもの。ソルディオと呼ぶが良い。鉱物の神はそこにいるアレクだ。アレク、そこにいるドーガスが魔界で一番の鍛冶士、人間では及ばぬ腕を持つ者だ。では、神殿の概要を考えようか。……誰ぞ、建設予定地から紅茶とケーキの木を運びだすが良い。高台の下に植えても、持ち帰ってもよいし、実は好きなだけ食べてもよい。ドーガス、ここに」

「御意にございます。お前達、やれ」

 ドーガスが指示を出し、そして設計図の為の紙を持ってソルディオ達の元へと向かった。

「私は、植物園が欲しいです」

「台所と、治療施設が欲しいわー」

「鍛冶場と、鉱石の保存場所が欲しい。採掘所も近くに必要だ」

「道具を作る作業場が離れた場所に欲しいわ。作業場には寝泊まりの施設も必要ね」

「我は静かな場所に瞑想する場所が欲しい。それと、ちょうど近くに誰も使っていない山がある。そこを恵みの山と名付け、鉱物、雨の石、太陽の石を産出させればよかろう」

 五人それぞれの要望を聞き、ドーガスが厳しい目で設計図を書き綴っていく。
 サキュライズとドラトスが当然のように聖人達の倍ほどの要望を出し、ドーガスはそれを黙って採用していく。
 配下のドワーフ達は、ケーキと紅茶に腹を膨らませながら片づけをすませる。
 そして、ラブリィ達が実験を繰り返す傍らで工事が始まった。
 高台の上に小さなラブリィの管轄する植物園、下にゴブリン族が管理する広大な畑を準備し、ケーキや紅茶の木はそこへ移動する事となった。
 そしてドワーフの一族は引っ越しを決断し、一族の住処も作って行く。
 一ヶ月後、各施設も出来あがり、恵みの山の採掘と真の意味での魔界の生活が始まった。
 神殿が生み出す種、石は徐々に魔界全土に広がり、じりじりと植物を増やしていく事となる。



[15221] その光、我の手に 8話  
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/28 03:41
「えへへ、今日もいい天気です。皆さん、今日も農業頑張りましょう」

「ラブリィ様―! ドラゴンの野郎共が作物をまた食いつくしていったど!」

「皆、お腹が減っているんです。皆がお腹いっぱいになれるよう、頑張ればそんな事も無くなるはずです。畑、頑張って広げましょう。努力は必ず報われます。認めてくれる人は必ず出ます。私、ソルディオ様にあって、その事を知りました。皆にも知ってほしい」

「ラブリィ様、おで、頑張る!」

「ラブリィ様、保存が効いて食える食べ物が欲しいでよ」

「この種で良いかな……いま、芽吹かせます。えっと、太陽の石と、雨の石と……またアレクさんに土を作ってもらわなきゃ」

 ラブリィは魔界に来て、生き生きとしていた。コボルトやトロールも農夫の仲間入りをして、毎日盛況である。
 アレクは、早速神殿の外で魔界の鉱石や地上の鉱石、ドワーフが作るものを見せてもらっていた。

「新たな鉱石と、新たなライバルか……。武者震いして来たな」

 そこでドワーフが、せがんだ。

「アレク様。ワシらにも、アレク様の世界の鉱石をお見せ下さい」

「ああ、そうしよう。こっちの世界の鉱石も作れるか試さんとな」

 そして、ふと空を見る。

「ここの空は、なんというか雄大だが、寂しいな」

「地上の蒼い空が恋しいですか」

「いや、そうじゃな。あの天空の大地に、太陽の光を反射したり、暗闇で光ったりする鉱石があれば、さぞ美しかろうと思ってな。星の海のように。……駄目じゃろうか」

 大きく空に向かって手を振るアレクに、ドワーフ達はほぅ、とため息をついた。

「ぜひ、お願いします。空が少し綺麗になったからと言って、困る者もおりませんでしょう。空から石を盗んでいく者が多発しそうですが」

「うむ、少しずつ進めていこう。さあ、忙しくなるの。そうと決まれば、燃えて来た。自作の鉱物を作れるかどうかもやってみたいな。手伝ってくれるかの?」

「もちろんです、アレク様。アレク様はワシらの最も崇める神様です」

「わしはまだ聖人だ。そうさな、こんな扱いならば聖人も悪くはない」

 アレクはアレクで、日々忙しそうである。いや、この中で一番忙しいかもしれない。アレクが加護を与える物は、あまりにも多すぎる。鉱石だけではなく、植物が育つよう、魔界の大地にも力を送らねばならないからである。
 しかし、以前のような抑圧された環境で育てられてきたアレクは、解放され、その力を存分に振るう事が出来ていた。
 クッキングは、こちらの世界の料理を食べたいとお願いした。
 連れてこられたのは、浚われたコックと、盗まれた食材だった。

「あ、の……返して、あげてください。盗みは、その場しのぎにしかなりません。魔界に料理が無いなら、わた、わたしが、あらたな文化を作ります。魔界は、魔界の力で立ちあがりましょう」

 クッキングはソルディオに頼み、異世界から動植物を輸入してくる事をお願いした。もちろん、魔族達にも動植物の「輸入」……略奪ではなく、輸入を念押ししてお願いする。
 そしてラブリィに頼み、牧場の建設プロジェクトを開始する。
 もちろん、傷の治療や大地への養分供給も引き受けている。
 アイテムは、道具作りに忙しい。
 新たに手に入れた材料を調べ、今までに作った物を売る。
 道具は特に人と同じ姿で魔力が高い魔族に愛用され、道具を褒められるという初めての経験をしたクッキングは幸せそうだ。
 ソルディオは、一週間に一日疑似太陽を出現させ、それ以外の日は恵みの山に力を送ったり、文官であるダークエルフ達と今後の事を相談していたりした。
 まず、聖人を人から隠す事は大前提である。浚われたコックは、即座に記憶を消させた。
 聖人に、いかなる危害が加えられる事があってもならない。人間はソルディオを破っているし、神がソルディオ達に対してどんな反応をするかわからないからだ。
 ここで、ダークエルフの説明をしよう。
ダークエルフは、元は神官として作られた一族、エルフである。
 エルフは神力の影響を極端に受けやすく、またそれを増幅する力を持っている。
 神力を受けない、すなわち信仰の無いエルフは真っ黒であり、神を信仰するエルフは金の髪と蒼い瞳と、透き通るような肌を持つ。
 ダークエルフ達の大半は、神が人以外の生き物を魔界に捨てた時、それに反発して共に地下へとやって来た者達であり、魔界の住人とは互いに攻撃してはならないという暗黙の了解があり、魔王が誰になってもダークエルフが補佐をしてくれる。
 部下のようで部下でなく、上司のようで上司でもなく、色々と口うるさくも暖かく見守ってくれる保護者のような、守ってあげなくてはいけない大切な存在のような、恐ろしいような、優しすぎて心配になるような、そんな不思議な存在である。
 そんな微妙な関係は、ソルディオ達の帰還で木っ端みじんに壊れていた。
 ダークエルフ達は相談の後、ソルディオ達に仕える事を決定した。
 いまやダークエルフ達はソルディオ達の司祭であり、神々の下にダークエルフがおり、ダークエルフの下に魔界の住人がいると言ってよい。少なくとも、ダークエルフ達はそのように態度を変えた。
 魔王をソルディオとは別に選定するか否かについては、協議中であるが選定する方向で進んでいた。
 とりあえず、サキュライズとドラトスが双璧として君臨する方向に固まってきてはいる。
 一番強い者を、ということでまかり間違ってサキュライズが君臨する事になってはソルディオの身の安全的にまずいのである。もしもサキュライズがいなかったら、何事も無く魔王制度は併用されていたであろう。
 魔王の文官も新たに育てねばならないので、準備が整うまではソルディオが魔王だという事で合意した。そも、ソルディオは乱闘で最後まで立っていたので、辛うじて資格はある。魔族は総じて主に偏執的な愛情を持ったり変わり者が多いし、ゴブリン、トロールは知能が低く、ドワーフは鍛冶を好む。淫魔もまた短気で享楽的な所がある。本気でダークエルフしか適性者がいなかったので、これも頭が痛い。
 話がそれたが、ダークエルフ達はソルディオ達に忠誠を誓い、祝福の儀式を受けると、髪と肌と目の色が変わった。
 ソルディオを信仰する者は現在のエルフと同じ、太陽のごとき金の髪と蒼き目、透き通るような肌を持った。Sエルフである。
 アレクを信仰する者は、鉱石のような硬質で人によって違う髪と、茶色の目、浅黒い肌。Aエルフ。
 アイテムは漆黒の髪と目、透き通るような肌。Iエルフ。
 ラブリィは緑がかった髪と緑の瞳、薄緑の肌。Lエルフ。
 クッキングは薄い色の金の髪と薄い色彩の茶色の目、黄色の肌。Kエルフ。
 彼らは、総じて二面性のエルフ……ビフォルメエルフ、Bエルフと呼ばれる事となり、古来のエルフはオリジナルメンテエルフ……Oエルフと呼ばれる事に決まる。
 エルフ達はなにげにソルディオ達の傍にいるか神の力を込めた聖石を持てば、力を小規模ながらに使えるようになった。聖石の威力を上げる事も出来、神官としての確固たる地位を築いている。
 とにかく、彼らは魔界を緑の地にする事で一致した。
 牧場計画が立ちあげられ、広大な牧草地が用意され、太陽の石や雨の石の備蓄や分配が始まる。
 魔界の住人の誰もが魔界に舞い降りた神々に興味を持ち、協力をしたがった。
 そして、ソルディオ達が来て一年。計画の第一段階として、地上に植物の収集部隊が差し向けられ、ソルディオは護衛付で異世界へと向かったのである。
 エルフ、ドワーフは略奪以外で行き来するわずかな種族だ。ダークエルフがさりげなく魔界の鎖国の準備をする為に向かい、ドワーフは物資の調達に向かった。
 無論、双方共に新たな神を自慢したくて仕方がない。
 自分との激しい戦いの始まりであった。
 これはもちろん、動乱の序章なのである。

 設定1:続く争いを悲しみ、ダークエルフがついに政権を取った。
 設定2:聖人など存在しない。
 設定3:新たな鉱山発見。魔界での農業のプロジェクトを開始。

 この設定を胸に抱き、彼らは向かうのだった。
 ドワーフ達が鉱石と酒を積んだ荷車を運び、こっそりと地上のドワーフの村へと入る。
 地上のドワーフ達は、苦々しい表情でそれを受け入れた。

「新しい鉱脈が発見されたのか? 良質な鉱石が多いな」

「今回は多く物資を貰う予定じゃからな」

 地上のドワーフの長は、ため息を吐いた。

「……また戦争が始まるのか。そろそろ魔王が決まってもよい頃だ」

「いや? 新たなる魔王が、鎖国と農業を推し進める考えでな。まず牧草など、動物の飼育に必要な食べ物と、食料を運びこむが決定されたのだ」

「なんだと!? そんな臆病者の馬鹿に魔王が務まるものか!」

「わしらは魔王様に従うのみだ。何より、魔王様は臆病者でも馬鹿でもない!」

「新たな魔王は誰なのだ!」

「エルフが魔界の住人の上に立った。そして、やってみなくてはわからぬと。まあ、新しい鉱山も見つかった事だし、百年は輸入だけで満足するじゃろう」

 ドワーフは、難しい顔をして考え込んだ。

「戦いの準備ではないのだな?」

「だったら武器になるこんな良質の鉱石を大量に出したり、最高品質の食料を手に入れたりする物か。見ろ、このリストを」

「……凄いな。かなり希少な鉱石、贅沢品としか思えない物やレシピもあるが」

「魔王様の……あー。親しい方に献上するのだ。皆、心酔している。その方の内一人は、ドワーフ族をとても可愛がって下さる。ワシらは期待されているのだ。なんとしてもその期待にこたえたい。足りないなら持ってこよう。とにかく、リストにある物を買い取りたい」

「……魔界の頂点が腐る事が来るなど、夢にも思わなかった。淫魔か?」

「アレク様が淫魔だと!? 訂正しろ!」

「アレク、というのか」

「様をつけろ、この無礼者が!」

 更に地上のドワーフの長は考え込む。

「……埒が明かん。若者を数人、魔界へ送る」

「いや、それは困る」

 ドワーフの長は顔を顰めた。

「ますます怪しい。ワシらは、人間に加担する者だ。それはわかっているはずだ。それに戦争があれば、真っ先にワシらが巻き込まれる。調べさせてもらうぞ」

「……よかろう。ただし、口外して良いのは戦争になるかどうかの判断だけだ」

「ふん。隠し事はあるようだな。よかろう。次に来る時までに言われた物は用意しておく」

 そして、ドワーフ達は魔界へと向かう。
 そこで、まずドワーフ達は眩く輝く太陽と、それに反射して天空の大地が一部煌めくのを見た。
 
「あ、あああ、あれはなんだ!」

「魔王ソルディオ様が一週間に一度、魔界を照らして下さるのだ」

 そして、広大な農園と、紐をつけられた小さな雨雲や太陽を引いてゆったりと歩くゴブリンやトロール、コボルト達。

「おーい、ブランデーの実を一つくれんかね」

 魔界のドワーフがゴブリンに頼むと、信じ難い事にドワーフが一つ実を寄こしてくれた。魔界の生き物が、食べ物を無料で譲ったのである!
 四角い実を一つ地上のドワーフ達に渡し、魔界のドワーフは角を噛みちぎって中の液体を飲んだ。

「ぷはぁーっクッキング様の祝福付きではないか! 格別にうまいわい」

 地上のドワーフ達は、恐る恐る口をつけ、そしてその味に驚いた。

「こ、この実は……! 魔王様のご友人のラブリィ様が作られ、クッキング様が加工された実だ」
そしてようやく、新たなドワーフの里に行く。
 そこでは、見たことも無い金属を加工し、あーだこーだ言っているドワーフ達の姿があった。
 
「ななな、何だこれは!? こんな鉱石、見た事無いぞ! そしてあの道具!」

「アレク様が下さった鉱石だ。あの道具はアイテム様だな。わかったか? 後は、地上から種や動物、ノウハウを持ってくるだけなのだ。それとて、別に無くても構わんのだがな。魔王様方には、できるだけ良いようにしてさしあげたいのだ」

「ダークエルフにこのような事が出来るはずはない。一体……」

「ダークエルフが魔王だと、ワシは一言も言っていないぞ」

 そこで、作業をしているドワーフ以外が一斉に平伏した。
 アレクが来たのだ。平伏したドワーフ達に、地上のドワーフは心から驚いた。人間の、しかも子供に、人間を忌み嫌うはずの魔界のドワーフがひれ伏しているのだ!

「おお、アレク様! 今、地上の仲間が見学に訪れているのです。物知らず故、無礼をお許しください」

「そうか。地上のドワーフは魔界とはまた違った意味で腕が良いという。何か作ってもらえんかな。希望の金属はなんだ」

 なんだ、偉そうに。試す意味で、ドワーフは言ってみた。

「ミスリルを」

「ああ、あれか。あれは少し疲れるのだが、まあよいか。ソルディオもミスリルまでは作っていいと言っていたし」

 そうして、アレクの手が発光し、美しい金属が現れた……。










「戦争の可能性は0だ」

「そうか。所でその手に持ったワシでも見た事のないようなミスリルの塊はなんだ」

「それはさておき、ワシらは魔界に引っ越します」

「聞けい。まさか、見つかったのはミスリルの鉱山なのか? それで輸入に強気なのか?」

「おお、そろそろ出発の準備をしなくては」

 地上のドワーフの長は、斥候達に拳を振り被った。

「そう怒るな。本当に戦争の可能性はない。必要なかろうよ。今の魔界は豊かになりつつある。贅沢品に手が出るほどな。ならば、ワシらも魔界で暮らしたい。青空は見れなくなるが、もっと面白い物が見られそうだ」

「埒が明かん。そんなにも豊かになる、何があったというのだ?」

「自分の目で確かめるのだな、長よ」

 その後、帰ってきた長達は、魔界に戻るか否か、大激論の後に大半が魔界に戻り、数人が人に交じって暮らす事となるのだった。
 そして、エルフである。
 ダークエルフがOエルフの所に行くと、これは快く迎え入れられた。
 ダークエルフは、微笑んで告げる。

「私達は、百年後、鎖国しようと思います。今代の魔王がそう決められました」

「……それは、茨の道ですよ」

「もちろん、準備はします。賭けたいのです。魔界の可能性に。それで滅びたとしても、それはそれで運命……。私達は、魔界と共にいる。それだけです」

 うっと泣き真似をするダークエルフ。Oエルフは、にこやかにダークエルフに問いかけた。

「それで貴方は、SAKILのどれになる予定なのですか?」

「Sです。……ばれてました?」

「神には報告していませんが、私達もスパイを放つぐらいするのですよ。……そうですか。貴方達は貴方達の幸せを見つけたのですね」

「弱き神ですが、忠誠を誓うのにふさわしい神々です」

「貴方方の幸運を祈ります。……会えなくなるのは寂しいわ。百年は最悪の場合で、最短五年で鎖国予定なのでしょう?」

「私達も、貴方達の幸せを願っています。じゃあ、ね」

「待ちなさい。彼らを連れて行って下さい。新たな神に仕えるのを希望しているのです」

 そしてOエルフは、その日半分になった。



[15221] 中の人を放っておいて 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/06/25 21:52
 私は、カルーデン伯爵家で、仕方なく実力を見せつけていた。
 当然、カルーデン伯爵とその周囲は目を見張る。

「何者なのだ、お前は。何故その知識と腕を隠していた? やはり、他国の草なのではないか」

『草をするには実力が足りませぬ』

 私が紙に書きつけると、カルーデン伯爵は不承不承頷く。
 私は別に、天才と言うわけではない。ただ、一通りの訓練は受けている。それだけである。

「何故王子達はお前に興味を持つのだ」

『……殿下達が幼い頃、少しお助けした事があります。その時は正体を隠したつもりだったのですが……』

 それに、カルーデン伯爵はため息をつく。

「王子達か……。あの方たちは着々と勢力を広げつつある。その王子達が、男で下男で種なしのお前に熱を上げている。困った事だ」

 というかさ、正体がばれた以上、詰みなんじゃないかなぁ。
この際、魔女とばらした方が話が早い気がする。魔女として、恐れてもらえないかなぁ……。
檻の中から出られないのが確定している以上、触れれば噛みつく猛獣と認識してもらった方が話が早いんじゃないか?
ストレスが溜まってきていた私は、作戦を決行する事にした。
ちょうど、夜会への招待状も届いている事だし。私はこの時、忘れていたのだ。
貴族の面倒さを。
夜ならば、私は魔法を使える。姿を変える呪文など軽い軽い。
それに、封神演義のダッキの如く、大変身してエステの効果ですわvなんて答えてみるのが夢だったのだ。
半ば自棄になりつつ、侍女共を追い出し、私はダッキちゃんに変身した。
そして一時間ほど経って、私は部屋を出る。
侍女たちが、息を飲んだ。

「あ、貴方は一体!」

『ク・チ・ナ・シ・よぉんv さあ、会場に行くわよぉん』

 そう紙に書いて、私は会場に向かう。
 ざわり、と会場がざわめく。当然だろう。この美貌。この衣装。
 ダッキちゃんのような服装は、この世界には存在しない。
 王子達が、こちらを見て険しい顔でこちらにやってきた。

「クチナシ。娼婦のような格好でここに来るとは、正気か。さっさと着替えて来い」

 その険しい顔に、得意だった私は腹を立て、表向きは落ち込んだ振りをして部屋に戻る。
 そして、ドレス姿の、目も眩むような美しい淑女に化けて楚々として会場に戻ってきた。

「その服剥いで犯されたいですか? 化粧も落として、地味なドレスを着て来て下さい」

 絶対零度のキュルト王子の言葉に、むっとするが怖かったので、仕方なく私は再度着替えに戻り、普段通りのクチナシの姿とカルーデン伯爵の用意してくれたひたすら地味なドレスでやってくる。
 男の女装である。不気味で笑いを誘う格好である。
 恥をかくのが嫌じゃないのか?
 その姿を見て、王子達は納得したらしく、私を食事やダンスに誘い始めた。
 王子達の趣味がわからない……。いや、割と本気で。
 踊っている時、王子が私の耳に囁いた。

「考えなしな事をする。これで、お前は貴族の注目を受ける事になった」

 説教を受けるのは腹立たしかったし、言い返したい事は沢山あった。しかし、私は喋れない設定だ。
 イライラしながら、私は表向き笑顔を保った。
 ざわめきは、次第に大きくなっていた。
 そこに、遅れて来て陛下が出席した。
 陛下は、私を一目見て、不快な物を見たように視線を逸らした。
 
「お前の趣味も変わっている。よいか、お前は王子だ。早く姫と結婚するのだ」

「残念ですが、私はクチナシを愛しているのです。姫と結婚する予定はありません」

 にこやかに王子が告げる。
 
「既に姫からこの城に来るとの書状が来ている」

 王子の視線が鋭くなる。それでも、王子は笑った。
 
「そうですか。彼の姫は私の大切な友です。歓迎の準備は私がします。では、クチナシのお披露目もしましたし、私は失礼します」

 そう言って、王子が私を連れて下がる。
 すぐに寝室に連れていかれ、茶会の準備を、と囁かれる。
 私は頷き、指を鳴らす。王子達は崩れ落ちるように眠り、そして私は茶会を開いた。

「なんて事をしてくれたのだ、魔物」

 レフィア王子は苛立ったように言う。

「魔女として名乗りを上げようと思ったのよぉん。本体を捕捉されてしまえば、危険なのは同じよぉん」

「馬鹿な事を……! お前は本格的に狙われるようになったのだぞ」

 私は可愛らしく拗ねて見せる。

「ストレスの溜まる生活はもう嫌よぉん。どうにもならなくなったら逃げるまでよぉん」

 レフィア王子はぎりっと唇を噛みしめる。
 そして、私に抱きついた。

「離さない、絶対に離さない! お前さえ手からすり抜けて行くなら、王族である事など何の意味も無い!」

「……夢は、誰の物にもならないわぁん。でもまあ、そこまで望まれているならしばらくここで漂っているわよぉん」

「そういえば、ソフィア姫に連絡は取れないのですか?」

 キュルト王子の言葉に、私は首を振った。けれど、ソフィア姫の事は私も助けてあげたい。

「無理よぉん。会っても無い人と交信する事は出来ないわぁん。魔力があるかどうかも問題だしねぇん。狼ちゃん達のパパ上は、滞在中に手を出すと思うぅん?」

「出すな」

「影武者を用意してくれて、それが夜の間なら、ソフィア姫と影武者を入れ代えられると思うわぁん。その間に説得をすればいかがぁん? その位は力を貸してもいいわぁん」

 その言葉に、レフィア王子はほっとした顔をした。
 私はその表情に安心する。王子達も、誰かを思いやる事は出来るのだ。まあ、ソフィア姫には罪はないしね。
 翌日、私の元に茶会や夜会の招待状が山ほど届いた。
 その上、化粧をしてくるようにとの厳命付きである。
 中には陛下からの招待状もあり、それ見た事かとの王子の視線に、私はため息をつくのだった。



[15221] 俺の家はダンジョンではない
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/21 08:07
俺はコミュ症である。重度のコミュ症である。
 いいじゃない、コミュ症でも。誰にも迷惑はかけていない……はず。
 世の中にはコミュ症なりにつける職があるのだ。
 俺は俺なりに、精一杯に生きていた。
 ……はずだったのに。

「何これ」

 目の前にはステータス画面。
 ポイント数は一万で、ゲームのように容姿や、力や、魔力や、スキルや、出現場所など沢山の物が表示されていた。
 どうやら、全ての選択肢はスライド式で、これを左や右に操作して「ステータス」とやらを決めるらしい。
 俺は、出現場所にふと目をつける。
【元いた場所に戻る:一万ポイント】
 そうか、元の場所に戻れるのか。俺は安心して、目線をスライドした。
【魔物溢れる前人未踏の地:マイナス10万ポイント】
 無言で一番左の前人未踏の地にスライドさせる。ちなみに真ん中あたりは王都とか。
 前人未踏の地。つまり誰もいないと言う事である。コミュ症の俺には天国のような場所だ。魔物と言うささやかな障害があるようだが、人生にはそれぐらいの人生のスパイスも必要なのではないだろうか。
 何か胸躍る響きだし。魔物、魔物、ああ魔物。
【美貌】
 これはマイナス一万ポイントの人間に見えないレベルの不細工でいいだろ。誰にも会わないんだし、日常生活に不具合が出るわけでもないみたいだし。
【言語】
 これも必要ないない。日本語が奪われる事はないみたいだし。マイナス5000ポイントか。
【家】
 これか。城なんかいらんいらん。しかもなにか家作るスキル他にあるみたいだし。なしなし。マイナス一万、と。
 最初、ポイントが充分にあるか心配だったが(何せ魔物の闊歩する場所で暮らすのだ)、欲しい物が全部とれてしまった。能力だけではない。物資からなにからなにまで、本当に全てだ。
 迷うことなく実行ボタンを押す。夢ならば問題はないし、現実ならば人のいない世界へ!
 そして、俺は深い深い森の中に降り立った。
 俺の周りには、透明な膜。
 転移して十分だけ守ってくれると言うのだ。
 俺はそれに感謝しつつ、強い結界を張る。スキルは問題なく発動した。
 わかる、わかるぞ! 昔から学んでいたかの如く結界術がわかる!
 広範囲から魔物を追い出した(と思われる)俺は、早速家と畑を作りだしたのだった。
 野宿をしながら、一か月ほど作業したろうか。
 立派な家と畑を見て、俺は非常に満足した。
 俺はコミュ症だけど、怠けものではないのである。
 おまけで鍛冶能力も得ているから、いろんな剣を作ったり服を作ったりもできる。
 材料だが、ドワーフの守護神というスキルで、敷地内の大岩からランダムで鉱石が手に入るのだよ。そもそも来る時物資貰ったし。
もちろん、戦闘能力も取ってはいるが、俺は戦闘はしない。魔物が宝箱同然って知っててもしない。
 知っているか? 戦闘ってなぁ……魔物さんとの、コミュニケーションなんだぜ……?
 絶対無理である。
 そもそも剥ぎ取りが無理。家畜も養ってはいるが、食肉にはせず、卵と乳のみ貰っている。生きてる物をお肉にするなんて絶対無理。物資の中にお肉あるしね。
 俺は遠くから生温かい目で見守っています。壺にジャム作って餌やりぐらいはしてやります。
 結界は畑を内包出来る程度には広いが、それでも結界の外を見る事が出来る程度には狭いのだ。
 外の世界をウォッチングしているだけでも、以外と飽きない。
 具体的に言うと魔物さん格好良いです。
 雄たけびを上げる様とか、激しく戦い合う姿とか。さすが魔境です。
 壺の物をモフモフと食べる魔物さんも可愛いです。
 だからね、見えないの。必死に結界の外から声をあげる人間ぽい奴の集団なんか見えないんだよぉぉぉぉぉぉ!
 前人未踏って言ったろ? 誰も来ないはずだろ!?
 頑張れよ、もっと頑張れよ! お前ならできる、前人未踏! なに人間の侵入を許してるんだよ、一体何? 何なの!? 前人未踏の意気地なしぃっ!
 そんな俺の問いかけに答えたのか、今まさに人間どもは排除されんとしていた。
 具体的に言うと手負いの獣が物凄い勢いで襲ってきました……。
 戦々恐々とウォッチングを続ける俺。
 これでこいつら見捨てて死なれても、俺のせいじゃないよね! 俺のせいじゃないよね? 俺のせいじゃないよね……。でも、良心って時々理屈が通じない反応をする。反抗期なのかもしれない。
 えーと、鎧の女の人がぐったりしていて、鎧の男の人二人が応戦していて、魔法使いっぽい男の人がしゃがみ込んでます。あ、剣折れた。そして鎧の人がぶつかって壺割れた。
 魔法使いの男の人がそれに気付いて、中のジャムを口に入れます。
 勢い込んで食べてます。
 鎧の女の人にも食べさせてます。
 なんか叫んでるけど全然わからん。
 あ、魔術師が反撃した。苦労して魔物を倒すと、はぎとりを始めました。
 グロイです。凄くグロイです。
 それと何か壺の物食べてる。
 雨が入るわ動物が食べるわしてた壺ですよ、それ。
 人として何か悲しい気分になって来たので、食事と替えの剣、屋根位は貸してやる事にしました。
 お盆に食事、テント(寝袋・結界込み)、剣。それらをゴーレムに持たせ、結界の外に押し出させる。
 準備している間に、魔術師が結界に何かしてた。
 結界に入りこもうとしていたらしい。なんという堂々たる不法侵入。
 冒険者(?)こぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
 俺は窓に半分顔を覗かせ、そんな様子を伺った。
 冒険者たちは食事やジャムを採集すると、自分の携帯食料を食べ始めた。
 ……凄く……可愛くないです……。
 しかし、テントと剣は持ち、何か声をあげているが、当然の如く言葉なんてわからない。
 なおも魔術師が結界に何かしようとするので、ゴーレムに威嚇させる。
 食らえ! 荒ぶる鷹のポーズ!
 その後もしばらく何かしていたが、とにかく彼らは去って行った。
 ふぅ、物騒な世の中になったもんである。
 後、彼らが帰った時に綺麗な紅い石を置いて言った。
 お礼か。とても綺麗なので、貰っておいてやろう。
 



[15221] 俺の家はダンジョンではない 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/21 19:31
「紅実の森で、薬草採集の依頼だと……?」

 俺は顔を顰めてギルド長の差し出す依頼書を見た。紅実の森とは、ラプラカンという、皮を剥いだ獲物を木につるすという悪趣味な習性を持つ魔物が生息する恐ろしい森だ。
 ラプラカンだけでなく、他にも凶悪な魔物が生息していて、森はかなり広い。いくつかの国境に接している程、いや、森が国境とならざるを得なかった場所、前人未踏の地である。
 とはいえ、依頼のカプラ草は強い治癒力を持つ薬草で、極めて希少。姫様がご病気に掛かっている現在、本当に生えているなら、そこに行く価値はある。本当に生えているのなら、だが。

「そんな所に、絶滅したと言うカプラ草があるのか?」

「百年の精度で、そこにカプラ草があると宮廷魔術師の占いで出た。あそこは普通の人間では入れないから、取りつくされたと言う可能性も、未来で誰かが植えに行くと言う可能性も極めて少ない。よって、確率は高いな。それに、この近場でカプラ草が生息してそうで、取りつくされていなさそうな場所はそこしかない。金に糸目はつけないそうだ。俺からも頼む」

 俺だって冒険者である前にこの国の国民だ。姫様の為なら、命を掛けるのもやぶさかではない。一応、地図を渡された。と言っても、森を北東に向かって十キロ進み、そこから三キロ四方という、薬草を探すには極めて曖昧なものであったが。
 とはいえ、さすが宮廷魔術師。精度としてはこれでも信じれらないほど高いものなのだ。困難だが、不可能ではない。
 俺は頷き、依頼書を懐にしまった。
 
「バルト。なんだって?」

 予め姫様関係の依頼と聞いていた戦士のカリスが走り寄って来る。素知らぬふりをしている魔術師のモアルだが、こちらをじっと伺っているのがわかった。
 神官戦士であるアリシアナが不安げにこちらを見守る。
 俺が依頼書を渡すと、食い入るように読みこんだ。
 そして、テキパキと旅立ちの準備に入った。
 姫様が病気になってもう一週間。予断は許されない。
 そうして、俺達は森の中に入って行った。
 さすがに、紅実の森の魔物は手ごわい。モアルの魔力も切れ、魔物に追いかけられていた時、モアルが結界を見つけた。どうして気付かなかったのかと自分を蹴りたくなるほど、大きくて目立つ結界。
 俺達は必死でそこまで走った。

「馬鹿な……!」

 思わず声をあげる。
 家と、畑と、家畜と。紅実の森の中で、ありえない光景だった。
 とにかく、人がいるはずだ。俺達は必死で声をあげる。アリシアナは重傷を負っており、モアルも魔力切れ。
 目を凝らすと、窓から魔物が首を出していて、絶句した。
 既に魔物に乗っ取られていたか! 当たり前の事とはいえ、希望を打ち砕かれた絶望が襲いかかる。
 魔物はじっとこちらを見ている。
 破れかぶれになって切りかかると、何か意味ありげに結界の外に置いてあった壺に激突して、壺が壊れてしまった。同時に剣も折れる。
 壺には、緑色に紫の混じった得体のしれない液体が入っていて、べっとりと服についてしまい気持ちが悪い。何か、甘い匂いもする……?
 
「これは!」

 モアルがそれを一舐めして、驚愕の声をあげる。

「モアル、どうした!?」

「カティーリアの実のジャムだ! 他にもパポリアの実が入っている」

「!?」

 カティーリアの実もパポリアの実も、それぞれ魔力回復と傷の治癒の効力を持つ高価な実だ。それがなぜ壺に入れて放置してあるのか。
 モアルが急いでジャムを食べ、回復させた魔力で攻撃を行う。
 ようやく魔物を倒すと、アリシアナにジャムを食べさせ、俺達も体力回復に努めた。

「しかし、ここは一体……。結界には入れるか?」

「もう少し回復してから調べてみる」

「頼むぞ。安全な休憩場所があればありがたい」

そこで、俺達は魔物から剥ぎ取りを行ったり、食事をして休憩をとった。
十分に回復したモアルが結界を調べる。
そこに、なんと数体のゴーレムが現れた。無人ではなかったのか? 警戒をする俺達。
結界の外に差し出されたのは、食事だった。

「食事くらいは恵んでやるってか。こんな強力な結界張れるんだから助けてくれてもいいのに」

 カリスが食事に伸ばした手を、物凄い勢いではたき落とし、モアルがアイテム鑑定の眼鏡を出した。

「カプラ草(病治癒)のサラダ、カティーリア(魔力回復)の実、アグステ(傷跡に塗ると一瞬で回復する実)の粉で作ったであろうパン、絶滅したはずのダットスの有精卵(栄養があって美味)! これ一人分で屋敷が買えるぞ!」

がばっと結界に張り付くようにして、家畜や畑を見る。
おいおいおいおいおい、なんなんだこの貴重品のオンパレードは。
家の中の魔物に目をやると、こちらを見ながらカプラ草をもしゃもしゃと食べてた。
見られている事に気づくと、口を大きく開けながら見せつけるようにカプラ草を咀嚼する。もっしゃもっしゃと音が聞こえるようで、明らかに低級な魔物相手だと言うのに非常にむかついた。
さらに、ゴーレムは剣とテント一式も差し出した。

「この剣は……!」

 希少鉱物メタリアルで作られた剣で、呪文付与は出来ないが、魔物や魔法を切り裂くのに便利な剣だ。
テントも高性能な結界がついている。
とにかく、それらの貴重品を丁重に鞄へとしまい、携帯食料で食事をした。

「助けられた……のか?」

「どうだろう。もしかして、あれ、ペットなんじゃないか? 人嫌いの賢者がペットとして飼っていて、しかし賢者が死んでしまった、とか」

「とにかく調べてみようか。結界は破れそうか?」

「いや。難しいようだ。これはその道の専門家でないと無理だな」

 しばらく話しあっていると、ゴーレムが突如吠えて、俺達はとっさに戦闘態勢を取った。
 ゴーレムは吠えて両腕を広げ、片足を掲げる。
 ……だからなんだ。
 とりあえずいらっと来た。
 窓を見ると、魔物も同じ格好をしていた。
 そして、唐突に手を上下運動させる。
 
「……威嚇、なのか?」

「ずいぶん馬鹿っぽい魔物だねぇ。モアルの考えは正しいと思うよ。こんな所にあんな弱くて馬鹿そうな魔物が生きていられるはずがない。連れてこられたんだ」

 カリスがため息を吐く。

「とにかく、急いで帰ろう。報告も必要だ。こんな宝の山を放っておくのはもったいない」

「じゃあね。可愛い魔物さん」

 モアルが、端末の宝玉を置いていく。これで、位置がわかる。

「埋めなくて大丈夫か? 魔物が持っていくかも……」

「それが狙いだ」

 しばらく行って振り向くと、結界の中から手を伸ばして魔物が端末の宝玉を拾い上げていた。
 片手で掲げ、じっと見つめた後にいそいそと持ち帰る。

「ああ、なるほど」

「じゃあね、魔物ちゃん」

 そして、俺達は帰還した。帰りはテントがある為、非常に楽だった。
 冒険者ギルドに行くと、カプラ草の入った食器を掲げる。

「そりゃカプラ草か……!? よくやった! しかし、なんでサラダ状!?」

 ギルド長が自ら走ってきて、カプラ草を確認する。

「まあ、話は姫様にカプラ草を持って行ってからだ。色々持って来たから、情報量をたんまり弾んでくれよ」

「もちろんだ」

 ギルド長は即座にカプラ草を持っていかせ、俺達を奥の部屋へと招き入れた。
 重厚なデザインのソファーに身を沈める。やばい、眠ってしまいそうだ。
 しかし、品物を渡す方が先だ。腐るともったいないしな。
 俺達が鞄から出した、ゴーレムから貰った「食事」。それを見て、さしものギルド長も顔色を蒼くする。

「これらと、これのあった場所の情報を買い取ってほしい。悪い話じゃないだろ?」

「こ、こりゃいったい……」

 調査隊は、姫様の治癒を待ってすぐに出立する事となった。
 もちろん、調査隊の護衛依頼は俺達に来た。
 あのテントと剣さえあれば楽勝だ。
 まあ、一応助けてもらったんだ。むかつくとはいえ見方によっては愛嬌があるとも言えるかもしれないし、飼い主くらい見つけてやるよ、パタウッキ(今命名。手をパタパタさせていたのと猿っぽいから)。



[15221] 俺の家はダンジョンではない 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/25 13:01
この前は散々な目にあった。具体的に言えば割れた壺を片付けるのが大変だった。頼むぞ、前人未踏よ。お前だけが頼りだ。
俺は食器を片づけながら、何気なく窓の外を見て度肝を抜かれた。
 また誰かが来てるぅぅぅぅぅ!! 前人未踏の嘘つきぃぃぃ!
 現れたのはこの前の四人に、目付きの悪いおっさんとインテリヤクザっぽい青年だ。
 一体何を……ってひぃぃぃぃ結界に穴が開いてるぅぅぅぅぅぅ!?
 子猫サイズだが、これは酷い。
 いけ! ゴーレムよ! 荒ぶるのだ!
 ゴーレム達が集結し、荒ぶる鷹のポーズで威嚇する。
 羽ばたけ、羽ばたくのだ!
 ゴーレム達は力強く羽ばたいた。
 ゴーレム達は頑張った。頑張ったのだ。
 だがしかし、インテリヤクザがすっと片足を上げ、両手を広げた……。
 あ、荒ぶる鷹のポーズ返しだと!?
 こ、殺される! もしくは頬をぷにぷにされる!
 ににに、逃げなくては!
俺は急いで逃げる準備を始めた。
ゴーレム達も一時撤退し、少し離れた場所から荒ぶり続けている。
異次元ポケットに片っ端から物を突っ込むが、途中でいっぱいになってしまった。
最初全てここに入っていたのだから、全部の物が入るはずなのだが、調子に乗って武器防具を作り過ぎたのだ。整理し直している時間はない。
すまん、トリコ! すまん、トリオ! すまん、トリチルドレン、すまん、ウシコ!
お前達を保護している時間はないよ……。
 とりあえず武器を一つ取り出して投げ、卵だけ回収し、作ってあった小型の結界石を握って反対側から走り出た。
 声がして振り向くと、何やら得体のしれない肉を持ったインテリヤクザがにじり寄って来る。ひぃぃぃぃぃ! 血が滴ってるぅぅぅ!
 俺は必死に結界をすり抜け、走り、結界から出た瞬間、小型の結界ごとでかい魔物にごっくんちょされた。
 体内を一日ほど旅行した俺は、うんちと共に見知らぬ場所で排出されたのだった。
 おお……俺は傷ついた!
 涙涙で、とりあえず新しい拠点を作るのだった。




 結界師のガルディと、研究者のセズレイを連れて、目的の場所に行く。
 ガルディは、結界を見て感嘆の声をあげた。

「素晴らしいな、この結界は。こんな結界、私ですら作れんぞ」

「そうなのか? 開けられるか?」

「大丈夫だ。結界は、張るのより破る方が楽なのでな」

 ガルディが集中すると、手の平大の穴が開いて行く。
 また窓の方を見ていると、案の定パタウッキがこちらを見ていた。
 手を振ると、必死に妙なポーズをしてくる。片足を曲げ、両手を羽ばたかせるポーズだ。
 すぐにゴーレムがやってきて、パタウッキと同じポーズで迫って来る。
 セズレイが無表情で同じポーズをすると、ゴーレム達とパタウッキは激しい衝撃を受けたようだった。まるでゴーストにホーリーライトを向けた時のような顔である。
 ゴーレム達は慌てて撤退し、距離を取りつつ妙なポーズで応戦しだした。
 しかし、顔が怖い事に定評のあるセズレイはなんというか動きもどこか不気味で、ゴーレム達は明らかに怯えて一所懸命に手をパタパタと動かしている。威嚇勝負で言えばセズレイの勝ちと言えた。パタウッキなど、慌てて逃げて行ってしまった。

「……何をやってるんだよ、セズレイ」

「いや、ペットに出来ないかと思って、色々準備をしてきたのだが。あんな魔物は初めて見た。解剖するか頬をぷにぷにしてみたくてな」

「……怖がられておるぞ。集中が乱れるからやめろ」

 ガルディに言われ、セズレイは渋々中断する。
 それをセズレイが引いたと思ったらしい。ゴーレム達が勢い込んで咆哮をあげつつ近寄って例のポーズをしだしたので、イラっと来た。
 
「セズレイ、やっぱりやれ。ゴーレムがうざい」

 セズレイがまたゴーレムを真似すると、ゴーレムが怯えて逃げて行く。家の壁にひっついて、それでも必死に妙なポーズをとるゴーレム達。

「……変わった賢者だったのね。ぜひ一度会いたかったわ」

「確かにね」

 アリシアナがいい、カリスがゴーレムとセズレイを見て爆笑しながら答える。
 結界に入ると、セズレイは肉を持ってパタウッキを探しに行った。
 その間、ゴーレムの威嚇は俺の仕事である。くそっリーダーにこんな恥ずかしい格好させんなよな。ゴーレムを追い詰めて行くのが楽しいのは内緒である。
 家畜のダットスはそんな俺にイラっと来たらしく、オスとメス、それに雛たちが揃って俺の足をつついてくる。
 
「ほら、御飯よー」

 しかし、所詮鳥。アリシアナが鳥の餌をばら撒くと、そこに殺到した。
 殺到するダットスを、せっせと袋詰めしていく。彼らに警戒心はなかった。
 奥の方に、モアモアまでいたので驚いた。これまた、高級種である。これも袋詰めする。ある程度の重さや広さは無視できる鞄を複数持ってきて良かった。
 セズレイは、肉を持ってパタウッキを勧誘する。

「おいで、パタ。美味しい肉だよ。食べてご覧」

 中々近寄ろうとしないパタウッキに、肉を投げつけてみるセズレイ。パタウッキは怯えて結界の外へ逃げ出した。小癪にも、小型の結界石を持っている。
 落胆するセズレイ。

「大自然に帰ったのよ……」

 慰めるアリシアナ。
 大型の鳥型の魔物が、パタウッキを結界ごとパックンちょして飛び去っていく。
 落涙するセズレイ。

「大自然に還ったのよ……」

 慰めるアリシアナ。

 その後、家を調べてみたが、残念ながら手記のような物や死体は見つからなかった。
 せめて墓に入れる物を、と思ったが、形見として良さそうな物すら見つからない。
 ならば、外にいる時に命を落としたか、パタウッキは見捨てられたのだろう。
 ……単なる留守だったとか、やめてくれよ……?
 とにかく、俺達は家を調べ、武器や鎧などの戦利品をいくつか見つけ、薬草を全て掘り起こして弔いと、もしも、もしも留守だった時の為に連絡先だけ置いて帰還した。
 大型の結界石も持って帰りたかったが、万一留守だっただけの時の為に放置しておく事にした。
 薬草園は素晴らしいと思うが、主のいない結界は劣化する一方なのだ。このままだと結界は破れて、消えてしまう。ここでは世話に来る事も出来ないし、仕方のない処置だ。
 最後に、弔いだけして帰還した。
 用途不明の壺いっぱいのジャムも、もちろん壺ごと持って帰った。



[15221] その光、我の手に 9話 聖人
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/08/02 20:52
 ソルディオは、Sエルフ達とビューティを連れて王都へと来ていた。
 ラブリィの手紙と大量の植物の種も預かっているし、何かを手に入れるのなら王都の方が都合が良い。
 王都へ行くと、何故か注目を浴びた。
 不審に思い、ローブで正体を隠し、更に念を押してSエルフに手紙だけ門番に預ける事とした。エルフ達には、こちらの言葉を教えてある。

「ラブリィ様の手紙だと!? という事は、ソルディオ様がいるのか!」

「私は手紙を預かっただけですが、何かあったのですか」

「ソルディオ様は陽雨聖人である疑いがあります。一年ほど前に何人もの聖人達と共に姿を消してしまい、皆探していたのです。どうぞ中へお入りください」

「私は何も知らないのですが……困りましたね」

「ほんの少しでも情報が見つかればよいのです。どうぞ中へ」

 そして王城にSエルフが消える。通信用のペンダントはあるので、それで状況を確認しながら買い物をする事とする。
 王城では、王がラブリィの手紙を読み、感慨に耽ると同時に、大いに頭を悩ませていた。
 ラブリィの手紙は、幸せいっぱいのものだった。
 空に巨大な大地が浮かぶ、異形の者達の住む世界。
 そこで、傅かれて、他の四人もの聖人達と楽しい毎日を過ごしている。
 自分の種は四人の聖人達の助けを得て見事に芽吹き、草花がほとんどなかった魔界に、着々と緑を増やしている。
 ラブリィが最も尊い聖人だという者もおり、様々な寄進や面白い話を聞かせてくれる。
 自分は幸せいっぱいなので、どうか心配しないでほしい。
 植物の種は、一度殻を破ってしまえば、その種から実った物は普通に芽吹くはずである。贈るので、どうか味を楽しんでほしい。
 そんな手紙に、あのラブリィが、と思うと嬉しい気持ちになる。
 聖人達もそれぞれ成長し、楽しんで生活しているようだ。これは信者としてはある意味喜ばしい事である。
と同時に、明らかに強力な聖人達が五人も魔界とやらに取られてしまったのは非常に憂慮すべき事態だ。
 
「なんとか、ラブリィ達を連れ戻す方法はない物か……」

 大臣が、唸って言う。

「魔界には太陽が無いという。聖人達は、強く求められているのだろう。彼らも、それに生きがいを感じているのであれば、戻るまいよ。では、こうしよう。もしも連絡が取れる事があれば、交易をお願いしたい、戻りたいと思う事があればいつでも歓迎すると」

「王よ!」

「優先されるのは神々の意志だ。王だからわかる。ソルディオは決して魔界を見捨てぬだろうし、アイテムも、魔界の住人が道具を使えるとあらば離さんだろう。他の者にも、魔界に行くだけの理由がある。……我らは見放されたのだ。これからは、一層聖人の保護に努めなくては」

「王よ! それで良いのですか!」

「異世界に行った者達を戻す術はあるまいよ」

 エルフは、深々と礼をして出る。
 その頃、ソルディオは順調に買い物を済ませていた。
 別に交易するぐらいは構わない。むしろ、戦争の心配が無い所との交易は歓迎である。
 首尾よく買い物を済ませ、二つの世界から植物を採集した魔界は、五年かけて広大な牧草地を作りあげた。
 牧草の質は悪いし、太陽の石と雨の石がどうしても品薄になってしまうが、とにかく出来た。
 エルフ達が綿密に太陽の石と雨の石の産出量を計算し、ゴーサインが出る。
 そこで、連絡用に残っていた地上にいた魔界の住人達は、本格的に物資を持って撤退を始めた。
 もちろん、地上の人間達はこの行動に酷く警戒した。大量の物資を運んでの撤退。
 それはかつてない大侵攻を予感させた。
 ちゃくちゃくと進む戦争の準備。三年、人間達は待った。しかし、全く音沙汰がない。
 そもそも、魔界はそれだけではやっていけないようにできている。食料が絶対的に足りないのに、三年の間略奪も輸入も無いのはおかしい。
 ドワーフの話によると、戦争の必要はなくなったらしいのだが、理由は知らないの一点張りだった。知れば、地上に戻って来るのを許されないだろうというのだ。
 そこで地上の王達は、決断した。
 魔族、淫魔混じりの腕利きの冒険者を、幾人も魔界に送ったのである。
 魔界についた彼らが見た物は、不可思議としか言えない、しかしこの世の楽園だった。
 疑似太陽と言うべき物が空へと輝き、不可思議な植物が至る所に生え、皆が満足そうに働いている。
 目出度くソルディオ様が引退し、新たな魔王を決める為の闘技大会が始まるのだと浮足立っていた。
 更に詳しく情報を集める。
 魔界に、異世界の神となるべき聖人が降臨した。
 とても優秀で、とても優しく、とても神々しい人間だ。
 口をそろえて彼らは褒め称える。
 ……人間? 人間が囚われているのだろうか。神殿へと向かうと、確かに五人の神力に溢れる人間が魔界の住人に傅かれていた。
 彼らは、当たり前のように奇跡を行う。それは、まるで勇者のような。

「人間が、何故ここにいるのですか?」

 思い切って聞いた冒険者に、ラブリィは笑った。

「ソルディオ様に連れて来て頂いたんです。ここの人達は皆優しくて、幸せです」

「魔物が優しいなど! 貴方様は、騙されているのです!」

「騙す? どうしてですか?」

「どうした、ラブリィ」

 ソルディオが歩み寄って、冒険者に気付いた。

「……混血か。そういえば、混血の扱いを考えていなかった。あの者達の忠誠がどこにあるのかわからぬからな。困った……人間を穏便に帰す事は決定しているのだが」

「貴方様も人間ではありませぬか」

「我が人間に見えるか。我は陽雨聖人だ。この魔界に君臨する神となる者よ。その様子では、お前達は人側か。記憶を消して返すとしようか」

「混血までとなると、キリがありません。体制も整った事ですし、いずれはばれる事です。多少の情報は漏れてはいいのでは。最も、魔界の食糧事情は未だ厳しい。大規模移民や聖人の暗殺が起こらないよう、人間の締め出しは行いますが」

 Sエルフが進言し、ふむ、とソルディオは頷いた。

「ならば、お前達はそのまま返そう。人に伝えるがいい。我、魔王サンゴッドは太陽となった。もはや、魔界が地上に手を出す事はなかろうと」

 魔界全土に散った冒険者は、報告を地上の王達にあげた。
 珍しい鉱石、ふざけているとしか思えない植物、疑似太陽、人工雨、便利な道具の数々、恵まれに恵まれたそれ。
 聞けば、聖人は人間だと言うではないか。それでは、その恵みは地上の物だ。そして、刺客が差し向けられた。
 聖人誘拐計画である。



[15221] 俺の家はダンジョンではない 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/08/03 06:52
 俺は驚いていた。落ちた先は滝だった。
 なんて凄い光景なんだ。物語で見たように、滝の裏側に洞窟があったりするのだろうか?
 あった!
 なんて素晴らしいんだ。それに、ここの方が前人未踏っぽい。
 俺は、ここに居を構える事にした。ここなら見えないしな。うむ。
 だがしかし、良く考えたら滝の後ろでは作物が栽培できないので、どのみち外に畑を作る事になるのだった。
 もちろん、俺は水場を結界で独り占めしてしまう程愚かではない。
 俺は滝の洞窟と滝の横の空き地に結界を張り、そこで暮らす事にした。
 一週間ほど立った頃だろうか。明らかによれよれなダークエルフっぽい奴が来た。
 俺は学んだ。人間は仲間を呼ぶ! だから今のうちに追い出すんだ!
 俺はゴーレムに荒ぶる鷹のポーズをさせたが、ダークエルフ共はゴーレムに全く視線を向けなかった。
 ダークエルフっぽい奴らは、ふらふらとした面持ちで壺の所に来て、ひたすら壺の物を食って眠った。
 え。何こいつら。このデンジャラスゾーンで何眠っちゃってんの?
 食われても知らないぞ?
 ダークエルフの背後の茂みから、ちょうど魔物が顔を出し、いいもの見つけた! って顔をする。
 おいおいおいおいおい。
 いやまて、ここで助けたら以前の二の舞だ!
 そう思いつつも、俺は結界の呪文を唱えていた。
 一瞬の差で、ダークエルフに魔物が噛みつく前に結界が展開される。
 ため息をつくと、俺は結界石を取り出し、結界の外へと転がして発動させた。
 結界術は結界石を使わないと、常に集中していないといけなくなるのだ。
 結界石の中で、ダークエルフは何かにうなされながらも呑気に眠っていた。
……まあいいけどな。目が覚めたら出て行ってくれたら。
 そう思いつつも、俺の中では嫌な予感がマッハだった。
 何故なら、ダークエルフはボロボロの服で身一つなのだ。
 正直、どうしてこんな魔物の巣窟まで来る事が出来たのかわからない。
 実は強いと言う可能性も無い。だって無防備に寝てるし。魔物に食われそうになったし。
 俺は人が来たという事実にイライラうろうろとしながら、不貞寝する事に決めた。
 逃げる事も考えたが、二回目、それも拠点を整えたばかり、しばらく休みたい、これはどうでもいい事だが、俺が移動するとこいつら死にそう。
 そんな様々な理由で逃げられなかったのだ。
 だから、ぐっすり寝てしまった俺は悪くない。悪くないんだ。
 朝、目が覚めると、俺は伸びをした。そして、昨日の黒兎共がどうなったか様子を見る事にした。帰っているといいんだが。
 …………………………………。
 はわわわわわわわわわわわわわわ。





 
 おい。
 おい。
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!
 仕事しろよ前人未踏! 馬鹿じゃねえの前人未踏!
 何が起こったか説明しよう。
 結界が。俺の結界が沢山のちっこい結界で囲まれてます。
 何か、俺の結界に寄生する形で結界張ってるらしい。
 確かに、小さい力で結界を張る方法としてそんな方法があった。
 端的に言うと逃げられません。逃げられません。逃げられません。大事だから何度でもいう逃げられないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 逃げられなーーーーーい!
 俺は結界の周囲(もちろん内側)を走り回り、絶望して頭を抑えてぶんぶか振った。
 俺の奇行をものともせず、ダークエルフ達は(’_`)な顔をして淡々と淡々と壺の物を食ったり、周辺の森から何か取ってきたり、家を建てたりしている。たまに(’д`)となって何か喋る。
 よそでやれよ。よそでやれよ。よそでやれよっ!
 逃げたいが周囲を完全に囲まれている為出られない。
 俺はうろうろうろうろした挙句、家に閉じこもった。
 丸一日不貞寝した翌日、俺はゴーレムに荒ぶる鷹をさせた。
 表情一つ変わらなかった。
 次の日、イライラしながら様子を見ると、綺麗に舐めあげられた壺の周辺でぐったりしていた。
 熱を出してるっぽいのもいる。
 ばかじゃねぇ? ばかじゃねぇ? 馬鹿じゃねぇ!?
 仕方なくゴーレムに壺持って行かせると、のそのそと食いだした。
 動物を飼っている気分である。いや、動物に勝手に住みつかれた気分である。
 黒兎。もう黒兎でいいや。ほれ餌だ。
 俺が収穫して袋に入れておいた作物を結界の内側から投げつけると、もそもそと食いだした。
 すんげーもそもそと食って、口元に落ちなければ手を伸ばし、届かずにぱたっと降ろす。
 そして俺を見るんだ。
 おいおい取ってくれよ、みたいな感じで。
 自分で歩いて取れ。なんという横着な黒兎。
 とにかく、助けてしまったものはしょうがない。
 俺にこいつらを殺す覚悟が無いのもしょうがない。
よって、黒兎を飼う事は、しょうがない事なんだ。
おい、この三段論法自分で言ってて明らかにしょうがなくねえぞ。
もうやだ。もうやだ。出来るだけ目を合わさないようにしよう。
一応物資はやるけどな!
仕方なく俺は、頭に乗せるのにちょうどいい布や、水や食べ物を盛るのにいい食器、毛布を投げつける。
もそもそと動き出す黒兎共。
俺はもう二つほど壺いっぱいのジャムを作って、等間隔に配置した。
大丈夫。あいつら耳長いから。
人間じゃないから。
兎の世話なら出来るはず! 
トリコ達の世話も出来てた。
やれる! おれはやれる!
翌日。綺麗に舐めあげた壺を持って黒兎共が待機していた。
……もう嫌だ。



















 俺達は、早速手続きをした。魔物に占拠された土地の物は、基本的に発見者の物だ。
 ただし、住人が逃げてきた場合に備えて、一年の猶予期間が与えられ、この期間物は保管され、特に生き物は大切に飼育され、首都に申請すれば帰される。
 この時、意図的に住民を皆殺しにして魔物の仕業としたりした場合は、厳重な罰が下る。
 持ち主を騙った場合も同等だ。ま、嘘を判定する呪文は裁判官なら誰でも使える呪文だから、全く権利の無い奴が獲物をかすめ取るのは難しい(その権利があると心から信じ切っているちょっとばかり遠すぎる親戚もいるから、呪文だけが調査手段ではないが)。
 もちろん、セズレイとガルディもそう言う事を調査する資格を持っている。
 俺達は、法に従って物を一旦城の宝物庫に収め、城からそれに相当する金額の半分を貰った。
 一年後、この半額を帰して品物を返して貰うか、残りの金額を貰うか選べる。
 正当な持ち主がいた場合は、その状況を加味して国が調停をしてくれる。
 その場合、品物は一部持ち主に返され、冒険者は過失が無ければ城から幾ばくかのお金を貰うという形になる事が多い。
 半額とはいえ、今回は途方も無い金額を貰って頬が緩む。

「一年経つまでは、使いこむのは待った方が良い。死体は見つからなかったのだから。『以前のペットから好意で貰った』とは訳が違うのだからな」

「わかっているさ、モアル」

 パタウッキから貰った剣があるし、報奨金があるからしばらくは困らないしな。
 カリスとアリシアナも嬉しそうだ。
 依頼はしばらく受けないつもりだが、情報収集はいつだって必要だ。
というわけで、四人で冒険者ギルド付属の酒場で飲んでいると、お役人様が困り顔で俺達を呼びに来た。嫌な予感が背に走る。

「拾得物について、お話があります」

「……持ち主が見つかったのか?」

 ちくしょう、メニュー制覇なんてするんじゃなかったぜ。
 城に連れていかれ、小さな応接間で話しを聞く。

「実は、拾得物の払い下げを速めたいのです」

「何ぃ?」

 そんな例、聞いた事……あるか。
 俺は嫌な顔をした。
 エルテの強奪事件である。冒険者がモンスターの襲撃にあった家を調べ、その拾得物を城に預けた。その拾得物は非常に貴重品で、それを欲しがる者が現れ、ごりおしした。仕方なく冒険者は、先行して品を貰う手続きをして、欲しがる者に売った。
 ところが。出てしまったのだ、正当な生き残りが。その生き残りが、人間の襲撃だったと証言して、家宝の返却を求めた。
 結果、冒険者も加担者と判断されて処断された。普通だったら見つけただけの冒険者に類が及ぶ事はないが、先行して品を貰う手続きが痛かった。そこが共犯者の証拠とされてしまったのだ。
 今回、9割方持ち主は死んでると思う。思うが、だからって無意味に危ない橋を渡るのはごめんだ。

「悪いが、そりゃごめんだぜ。誓って俺達は法を破った覚えもそう言う行為に加担した覚えも無いが、わざわざ無罪でも有罪になるような事、誰がするかよ」

「しかし、姫の快癒祝いで、ダットスの煮物を出す事になってしまったのです」

「はああ!? 生き物なんて尚更駄目じゃねぇか! 勝手に人様の家畜やペットを殺したら、仮に正当な所有者が見つかった場合、即牢屋か罰金だろう!? 姫様が快癒なさったのは目出度いと思う。俺達はその為に命をかけた。けど、ダットスの煮物は駄目だろ。一年経ったら、装備以外は全部城に払い下げると約束するから、それは勘弁してくれねぇか?」

「そ、それが……」

 役人が、声を抑えて言う。

「逸った料理人が、もう料理してしまったのです」

「はぁぁぁぁぁ!? ぶっちぎりで犯罪じゃねーか!」

「他にも、予約が既に入ってしまっている物があるのです」

「ようするに全部使っちまったって事だろ!? 国がそんな事していいのか!? あからさまに犯罪だろ!」

 俺は抗議するが、悲しげな声で役人は言った。

「城に全ての物を払い下げたと今言って下されば、全ては丸く収まるのです。どうか……貴方方の為にも……」

 俺は押し黙った。どうやら、拾得物があまりにも貴重で、トチ狂った奴が何人もいるらしい。
 しかし、さすがに名のある冒険者の持ちもの分捕ったとなれば、悪評が立つ。だから、下手したら口封じで消されるってことか。
 だが、俺達好意的で強い冒険者を敵に回し、また黒い噂を流す事すら構わないと思わせるほど、パタウッキの所で得た品々は貴重だったらしい。

「しかし、ダットスを全部煮物に、ねぇ……。もうちょっと生かしてやれば、卵で増えるのによ。そりゃダットスも絶滅するわ。上がそんなバカなんじゃな」

「ちょっと、バルト。それ以上は……」

 アリシアナに止められる。これぐらいの嫌みは言ったっていいはずだぜ。
 周りを見渡すと、しぶしぶと頷いてくる。
 むかむかとしながら、俺は早期払い下げの書類を書いた。
 これで、全ては俺達の責任ってわけだ。
 パタウッキのご主人様が現れない事を切に祈る。俺達の為だけじゃなく、当人の為に。
 むかむかしながら城を出ると、セズレイが駆けよって来た。

「今回は、残念だったな。私も反対だったのだが……。なにぶん、貴族には横暴な者が多くてな。完全に目の色が変わってて、下手に止めると私の身に危険が」

「わかってる」

「それと、朗報だ。パタウッキが、生きているかもしれない」

 セズレイが、暗い顔を一変、笑顔になった。

「そりゃ、お前にとっての朗報だろ。本当なら、よっぽどいい結界石と幸運だったんだな」

「ああ、大きく動いていた端末石の反応が急に小刻みに動くようになってな。宮廷魔術師に無理を言って聞いてみたら、生きているだろうと。吐きだされたかうんちとして出されたか……。とにかく、結界ごと飲みこまれたのが良かったらしい。ちょっと国境を渡る事になるんだが、探索依頼を受けてはくれないか」

「お前、よっぽどパタウッキが気にいったんだな」

「愛嬌があって、どうしても気になってな。生きているかどうかだけ確認するつもりだったんだが、宮廷魔術師が、パタウッキを手に入れる者は富を手に入れるだろうと出てな」

「幸運の生き物ってわけか。確かに俺にとってはそうだったな。ま、他国をちょこっと覗いてくるのはいいかもな。皆、どうする?」

 俺が振り返ると、笑顔で皆が同意してくれた。
 少しは俺達が出て嫌な気分になるといいんだ。
 地味な嫌がらせである。この国を捨てるつもりはないけどな。



[15221] 俺の家はダンジョンではない 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/08/07 23:30
 戦争が、あった。いや、戦争ではない。あれは虐殺。
 我等は、神託に全てを託した。
 神は、応えてくれた。そして神託は下された。巫女は言う。

「私達は、遥か昔、力を失いました。その力を復活させる物が、首狩の森にあります。首狩の森の中に、移住をしなさい。端末の宝玉を目指すといいでしょう。そこに、小さき移動式の楽園があるでしょう。あとジャムが美味しいそうです。困ったらパタウッキに頼りなさい」

 首狩の森。魔物の住む恐ろしい森である。我等は躊躇した。
 そんな所に楽園など、あるはずがない。そもそも、端末の宝玉の反応は感じ取れなかった。移動式の楽園とは、どういうことなのか?
 けれど、このままでも殺されるだけ。ならば、神に殉じて死のう。
 だから、我等は旅立った。
 結界を作る能力だけを頼りにして。辛い旅立った。
 魔物が、病が我等に襲い掛かった。そしてある日、端末の宝玉の反応がした。
 それはすさまじい速さで近づいてきて、そして止まった。
 我等はそれを目指した。そして、漂ってくるのは甘い匂い。
 それに惹かれるままに移動する。
 そして、不自然な場所にその壷はあった。
 ジャムが美味しい。
 そんな言葉が頭をよぎる。ふらふらとジャムの元に向かう。
 一口、口に入れる。それはまさに天上の食べ物だった。
 体が眠りと回復を必要としていると訴える。
 間近にある端末の宝玉の反応。
 移動式楽園。たどり着いたのか? でも、駄目だ。もう体力が持たない。
 弱そうな魔物が視界の隅に入る。しかし、そんな弱そうな魔物にさえ抵抗できない。
 視界が閉ざされる。その時、耳に朗々とした結界構築の呪文が聞こえてきた。
 誰かが、助けに……?
 結界が魔物とぶつかったとき特有の、すさまじい音がした。
 そうして、我等の意識は闇に落ちていった。



 目覚めると、目の前に結界があった。
 そして、自分達の周囲にも結界。
 追いついてきた仲間達を結界に招きいれたが、結界が小さすぎる。
 目の前の大きな結界に、勝手に入る事は戸惑われたし、そんな体力もなかった。
 だから、結界に寄生する形で結界を組み上げる。
 壷の物を食しながら、食べ物を集め、家を建てる。
 疲れきっていたが、なんとか頑張った。
 小さい魔物が、狂ったように走り回り、喜びの意を表していた。悪い魔物ではないらしい。
 一日頑張って働いたが、そこで我等の体力は尽きた。病が我等を蝕んでいるのだ。
 ジャムも食べつくしてしまい、ぐったりとしていると、ゴーレムがジャムのいっぱい入った壷を持ってきた。
 ……パタウッキ、とやらが助けてくれたのだろうか。
 小さな魔物が、見たこともない作物を投げてくる。
 おそらく、我等を心配しているのだろう。
 会った時は襲われることを心配したが、人懐こい魔物である。
 その気持ちが嬉しくて、モソモソと食べる。
 パタウッキは、もっと食べろというように、落ちた作物を指差す。
 駄目だ、取りに行く気力さえない。段々と力が抜けてくる。
 パタウッキとは、お前のことなのか? それとも、これの飼い主のことなのか。あの朗々とした呪文が頭をよぎる。どこかに、呪文を使った持ち主がいるはずだ。
 ありがとう、そして、ここまでしてくれたのに生き延びられなくてすまない。
 目が覚めて、驚いた。
 体のけだるい感じは残るものの、急に熱が引いていたからだ。あの投げられた作物は、特効薬だったのか?
 急いで、まだ倒れている仲間にあの作物を食べさせる。
 結界内には、布や、水や、食べ物を入れる食器や、毛布などがたくさん転がっていた。
 毛布は、暖かかった。水が、美味しかった。
 感謝しながら、食べ物や薬を配分する。
 パタウッキが、ジャムを持ってきてくれた。
 食料について、心配する必要はないようだ。
翌日。壷を持って並んでいると、パタウッキが喜びの舞らしきものを舞っていた。
 具体的にいうとキーっといいながら暴れていた。
 ここは楽園となるだろう。
 そうだ、能力を開花させる宝具というのも探さなくては。







 黒兎は元気になったようだ。せっせと巣を整えている。
 だから、さ。
 だから。
 いい加減、自分で餌を用意してはくれないものか?
 毎朝ジャムを入れる壷を持って並ぶのはやめなさい。もうジャムのストックなくなってきたぞ。
 それと、トリコ2達を育て始めた。
 黒兎達はせっせと結界の外にトリコ2の餌を積む。
 トリコ2が行きたがるので、そっと結界の外に出してやると、黒ウサギ達はせっせと丸焼きの準備をしだした。

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!」

 そういって怒鳴ると、黒兎どもの耳がぴこんと揺れた。
 ガタガタブルブルしつつ、トリコ2を返しにくる。

「ったく……。卵やるから、これで我慢しろよ」

 黒兎の元に卵を数個転がしてやると、俺の顔色を伺い、それでも育てだした。
 そうそう、鳥はそう扱うんだ。
 そんなこんなで一ヶ月ほどたち、黒兎ウォッチングを続けていると、ちいちゃい子供が俺を見てきゃっきゃとやりだした。
 人間の赤ちゃんの世話なんぞ論外だが、これは黒兎。
 相手をしてやろうではないか。
 ちょうどよく、きれいなペンダントを持っていたので、それを揺らして遊んでやる。
 確か、これは隠された才能を開花させるんだったな。
 赤ちゃん相手なら、ちょうどいい贈り物にもなるだろう。
 ゆーらゆーらていっ
 ペカッ
 そんな間抜けな光とともに、赤子は倒れた。
 なんかおかしい。髪が、肌が、真っ白になっていく。
 死ぬの!? この赤ちゃん死ぬの?
 はわわわわわわわ。
 俺はあわてて左右に動き出した。
 黒兎はこんな時だけ勘がよく、なんだなんだと寄ってくる。
 そして、俺と同じく、はわわわわわわわわ、とやりだした。
 その後、いかにも死に掛けの変色した子供を抱えて、なにやら崇めだした。
 ……ああ、アルビノが称えられるとかそんな風習の一族がいたっけ。
 でもさ。
 でもさ。
 いきなりアルビノになったらおかしいと思えよ。
 心配しろよ、赤ちゃんを。
 とにかく、俺は悩んだ末に、ゴーレムを使って赤ちゃんを持ってこさせた。
 俺がやらかしたんだ、仕方ない。
 赤ちゃんがぐったりとしていたので、ウシコ2のミルクをやる。
 他にも、何かここの食べ物を食べると黒兎共が元気になっていたし、そういえば特集効果の食べ物がどうとかいっていたので、ミルクにいろいろ混ぜて飲ませることにした。
 一晩たって、赤ちゃんは、銀髪緑目白い肌の赤ちゃんになっていた。
 はわわわわわわわわわわ。
 劇的ビフォーアフター!
 声まで変わって!
 ぜってー同一人物とみなされねー!
 どうしよう、どうしよう。
 悩みに悩んだ俺は、見なかったことにして、何事もなかったとでも言うようにゴーレムに返却させた。
 お祭り騒ぎでした。
 俺、黒兎の事がわからんよ……。ま、いっか。動物動物。
 そして、結界の外にはなぜか子供達が並べられていて、大人たちは期待の眼差しで俺を見ていた。
 子供を危険な目に合わせるというか。
 いらっ☆ときた俺は、大人達にぺかっ☆とやった。
 うん。大人達が全員倒れて死に掛けた。
 はわわわわわわわわわ。
 学べ、俺!
 急いで、赤ちゃんを治した青汁ミルクをゴーレムに配らせる。
 翌日、全快した大人共は白兎となっていた。
 お祭り騒ぎだった。
 お前ら、死にかけた事はどうでもいいの?
 そして、黒兎どもは必死で俺に懇願し始める。
 何を言おうとしているのかはわかる。
 お前ら、このペカッがそんなに好きなのか。
 いいさ、ならばくれてやる。
 ペカッ
 そして、黒兎は白兎となった。
 それから、一週間後。
 何か物音がするので、起き上がってみたら。
 子兎が食料庫を漁っていた。
 子兎が食料庫を漁っていた。
 まん丸の目が俺とあい、大きな目が更に大きく見開かれている。
 そして、そんな状況でも口は動いたままだ。

「にゃーーーーーーーーーーー!」

「もぐもぐゴクン、ぴゃーーーーーーーーーーー!」

 しっかりと飲み込んでから、子兎が悲鳴をあげた。
 なんだなんだと白兎たちが入ってきて、俺は更にパニックになった。
 結界は!? けけけ、結界は!?
 思いっきり慌てながら俺は荷物を詰め、小型の結界石を持って悲鳴を上げながら飛び出した。
 そして、鳥の魔物に食われて移動した。



[15221] 宇宙人に転生したけどマヴラブ世界に観光に行く
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/08/09 00:05

「いやー、ついにガラミギアさんの惑星に連れて行ってもらえるとは、有難い限りです」

『どうだった?』

 新型の通信機で、俺は返答する。俺は、公益部門から外交部門に転勤していた。

「最高でしたよ! しかし、せっかく両惑星の技術を結集した巨大ロボが完成したのに、怪獣がいないと言うのは酷く残念ですね」

 日本国首相は興奮して声をあげる。首相がこんな所に来ていいのかという疑問はいつもの事なのでスル―なのである。巨大ロボを飾るのだと、科学者達の顔色は明るい。
 そして、地球へと向かうワームホールをくぐった。
 その時、次元振が起こった。

「ガラミギアさん、これは一体!?」

『ワームホールが不安定になっている。他の惑星に飛ばされる予感』

 科学者達は必死に椅子の手すりに捕まった。
 そうして、ワームホールから放り出される形で、宇宙船は地球の前に姿を現した。

「良かった、ついたのですね」

『違う。ここは……別次元の地球。パラレルワールド。来たのは初めてだ』

「パラレルワールド、ですか?」

「カメラ、ズーム」

 現れた映像に、首相達は声をあげた。
 現れたのは、気味の悪い怪物だったのだ。

「マヴラブキタ――――――――!!」

「オリ主キタ―――――――――――――!!」

「こんにちは怪獣!」

「早速観光……いえ、偵察に行きますよ!」

「巨大ロボ♪ 巨大ロボ♪」

『いいけど……どこへ降りるの? というか余裕だね』

 いやー。オタクとか研究者とか怖いわー。今まさに宇宙人の侵略を受けている人々への慈悲が一片たりとも見当たらないわー。
 自分の影響だとは認めません。決して。

「まずアメリカと通信して下さい。それと、ガラミギアさんが戻れないなんて不手際起こす筈ないじゃないですか。出来なきゃできる技術を開発すればいいんです。私命じる人! 貴方作る人!」

『……日本じゃなくていいの?』

「命令違反がデフォの国とか何それ怖い。それにアメリカ様をからかう機会なんて二度とないしね」

『はいはい』

 そうして、専用回線を開こうとして、失敗した。世界が違えば、周波数も使う無線機も違うのだ。
 パソコンの乗っ取りにしたって、戦争中である。下手な事は出来ない。
 だから、今回もテレビの周波数を乗っ取る事にした。
 そして、英語を流暢に話せる首相が代表して交渉を行う事となった。
 正体がばれないようにと、首相は仮装する。
 具体的には仮面ライダー的な。

『アメリカ大統領殿、ご機嫌よう!(決めポーズ) 随分楽しい事をやっているようだね!(決めポーズ) 我ら宇宙友好技術研究班もオリ主になりたい!(決めポーズ) 世界を救ってキャーキャー言われたり、怪獣で遊びたい!(決めポーズ) そう言う事で、一週間で下記に書かれた設計図通りの装置を作ってはくれないか!(決めポーズ) アメリカ様ならやってくれると信じているよ!(決めポーズ)』

 駄目だこいつ、早く何とかしないと……。
 こんな時は、アメリカ様である。
 そう言う事で、小型ワームホールを作って地球本星に状況を連絡した。

「何! 世界が違おうと、私はアメリカ国民を守る義務がある! 至急、議会を招集しよう。ガラミギアくんは、至急ゲート設営の準備を!」

「皆―! 待望の怪獣が現れたぞー!」

 さすがアメリカ様は違う。
 俺は、せっせとワームホールの構築装置の作成を急いだ。







 さて、パニックになったのがアメリカである。
 何か、怪しい格好の宇宙人? が、アメリカの全てのテレビを使って話しかけて来たのだ。しかも、宇宙生命体との交渉は一度は失敗しているのである。
 オリ主とは何か? アメリカ様とはどういう意味か?
 まさか、ベータはアメリカの陰謀ではあるまいな!?
 当然、世界各国が慌てて表示された設計図を解析・装置を作った。
 科学者や心理学者が集められ、連日会議が開かれた。
 しかし、結論が出る事は無かった。
 一週間して、ついに装置が出来あがり、早速起動させる。
 まず初めに起ちあがったのは、プログラムのダウンロード画面であった。
 そして、それを済ませると、目の大きいありえない髪色と猫耳の女の子が画面上に現れる。

『プログラムダウンロード完了にゃー。設定するニャー』

 そして現れる設定画面。
 設定も終わらせると、通信画面が現れた。
 三十分ほどの呼び出し。
 そして、明らかになんらかの儀式中っぽい、怪しい被り物をした男と大鍋、太鼓をたたく……なんと表現したらいいのだろう……。人型の、世にも恐ろしい怪獣……。
 その後ろでは、フリフリメイド服の長い耳の女の子と猫耳の女の子が控えていた。
 一種異様な雰囲気に、大統領は完全に飲まれていた。
 そこへ、日本語が飛んでくる。

『首相、大統領があまり遊んでいると撃ち殺す、だそうです。別に母星の場所さえ言わなければ、姿ぐらい見られても構わないと』

『あ、了解了解。彼は怒ると怖いからね』

 そして、被り物を取る。そこにいたのは、日本人にしか見えない男だった。そして、見覚えがあり過ぎた。

『アメリカ大統領殿、今回は運が悪かったね。私の名は榊だ』

 そういって、気さくに話しかける首相と呼ばれた男。
 それは……ああ、榊首相にしか見えなかった。だが、彼ではありえない。子供のような笑みを浮かべる彼に、大統領は恐怖を感じていた。

「運が悪い……とは?」

『もちろん、資源掘削機に捕まった事が、だよ。あれは非常に問題だね。似たような迷惑をかける装置がいくつか作られているが、私達の所ではそれは禁止されている。今回のように、現地生物を絶滅させてしまうから。ま、一応安全装置はつけてるし知的生物ならなんとか出来るだろうと考えたんだろうがね。知的生命体と動物の境目を決めるのは、いつだって難しい』

 きっかけは、地球のマヴラブが宇宙に広まった事である。
「オタク、確か似たような装置持ってたけど、大丈夫かYO」
「HAHAHA、安全装置くらいつけてるぜ」
「本当に大丈夫? 本星が滅びた場合の事とか考えてる? ちょっと調べてみたら?」
 というような流れの会話があちこちでされ、その手の装置が再考され、調査が進む中で、現地の生き物がいくつも絶滅した例が発見されたのだ。
 この件で、宇宙人達は大々的に動いた。彼らを繋ぐルールは非常に緩やかだが、公共の安全に関しては非常に厳格なのである。
 人によっては益にも不利益にもなる事は原則決めたりはしないが、全てに不利益な事には迅速に。それが宇宙の掟である。
 それで、厳重な条件付け、あるいは監督をつける事が必須となったのである。
 言い出しっぺの地球では、監督派遣会社を設立する羽目になった。
 無人の場所でひたすら機械の掘削を見守る悲しいお仕事である。
 大統領は、軽いもの言いに絶句した。資源掘削機。資源掘削機だったのだ!
 質問はいくつもあった。しかし、一番重要な質問はこれだった。

「禁止されていると言うなら、あれは排除される義務がある。違うかね?」

『私達の所で、と言ったろう。ここでそんな法律は無いし、私達は、基本的に部外者だ。君が契約を結んでくれるなら、話は別だが』

「契約?」

 首相は、笑みを見せる。あまりにも子供らしい、恐怖を見せるような笑みを。

『私達は、遊び場が欲しいんだ。私達の国は平和でね。生み出した多種多様な兵器を試す場が無い。人様の迷惑と化している不完全な掘削機。悪役に相応しいと思わないかね? もちろん、タダでとは言わない。こちらには、オルタネイティブ5に協力する準備がある。対して、君達は遊ぶ場所と些細な協力をしてくれればそれでいい。どうかね?』

 その横で、怪物が『どーせ俺がするんだろ、その巨大宇宙船の建造』と不貞腐れ、長耳猫耳がまあまあと宥めている。
 大統領は、拳をきつく、きつく握りしめた。

――資源掘削機に、遊び場。地球に住む人間など、玩具についた埃でしかないのだ。宇宙に住まう者の、なんと壮大で残酷な事か!

 それでも、契約を結ばない事はありえなかった。契約を結ばなければ何をするかわからない。ならば、初めから契約で縛った方がいい。
 何より、人類は追い詰められていた。悪魔の手でも、必要だった。

「……では、契約内容を煮詰めよう。三日、時間をくれないか。プロジェクトチームを組む」

『うん、大統領もそれぐらいで到着すると思う。ああ、こちらのとある大国の大統領の事だ。話はそれからにしよう』

 もちろんこの会話は傍受され、大騒ぎとなった。
 新たな異星人の存在。それも数種。
 話し合いへの参加は、各国全てが求めた。
 特に姿と名をエイリアンに「借用」された榊首相は、強くそれを求めた。
 しかし、アメリカはそれを全て突っぱねた。
 地球外生命体との、地球の命運をかけた会談。
 それはアメリカにすら重荷に思われたが、だからと言って投げ出すと言う選択肢はあり得ない。
 エイリアンに対する、これはするなという項目が山のように並んだ。
 主に、地球を破壊するな、人々を傷つける事は許さない、などだ。
 そして、会談の時が訪れた。
 大統領は驚愕した。テレビに映った会議室。
 首相はいい。怪物も良い。長耳、猫耳共も良い。だが、それ以外が!
 「大統領」とその頭脳チームが!
 大統領とその頭脳チームを全く同じ顔で、声で、口調で、同一の名前を持っていたのだ!

『同じ顔、同じ名前か。さすが……か。興味深い事象だな』
 
 面白そうに「大統領」は告げ、淡々と契約内容を詰めて行く。
 大統領は、自分の頭脳チームに絶対の自信を持っていた。それが、敵として相対している。
 初め、頭脳チームはしどろもどろになってしまった。
 しかし、「頭脳チームの一人」が言った。

『ヘイ、俺ってこんなに情けなかったか? ベータに襲われて、鍛えられてきたんじゃなかったのか?』

『それぐらいにしてやれ、チャーリー。心配するな。私達は味方ではないが敵でも無い』

 笑い混じりに言った言葉。お前達に何がわかる。大統領達は、歯を食いしばって持ち直した。
「大統領」の言う通り、契約内容は決して地球に不利な物ではなかった。
 最後に、「大統領」は怪物に告げる。

『じゃあ、ガラミギアくん。オルタネイティブ5に相応しい船の建設を頼むよ』

『ラジャラジャ。つっても作るの面倒だし、大型交易船で買って来るわー。今回の事を報告すればそれぐらいの予算は出るだろ。それだと運ぶ時間だけで済むし』

『そうしてくれたまえ』

 そうして、アメリカに『観光客』が訪れる事になったのだった。
 大きな宇宙船がアメリカの軍事基地に降りてくる。
 そして、あのガラミギアが、大きな「マヴラブツアー」と書かれた旗を振り振りと降って降りて来た。
 アメリカ人達は、それを見て驚愕した。
 多くの、化け物としか言えない生き物たちが、地球人ッぽい生き物と混じって降りて来たからだ。

「これがアメリカの戦術機、ストライクイーグルです」

「ほー」

「素晴らしい」

「ぎゃがががが」

「ピーヨピヨ」

 戦術機を見上げ、それぞれの装置で映像記録を取る観光客達。
 一通り見学が終わると、次は彼らの武器を見せてもらった。

「我が国が考え、ガラミギアさんとこが作った魔女っ子スーツを見よ!」

 どうみても破廉恥な服にしか見えなかった。
 しかし、それを着た女性は単体で戦術機に勝った。

「我がアメ……げほげほ、我が国が考え、ガラミギアさんとこが作ったヒーロースーツを見るんだ!」

 異様としか思えないぴっちりした服。しかしそれは、戦術機のミサイルを防いだ。

「イギ……我が国が考え、ミスターガラミギアが製作した紳士ステッキはどうだね」

 そのなんの変哲もないステッキは大岩を破壊した。
 ちなみにガラミギアは合成食料を試食してぼーっとしていた。

『漫画も無いし……そろそろ帰っていいか?』

「ガラミギアさん、新作アニメあげますから! あ、暇なら都庁ロボ作って下さい都庁ロボ」

『いいけど日本の許可取ってね?』

「ヘイガラミギア! 俺が考えた最強の戦術機を考えてみたんだ!」

「ミスターガラミギア、大統領にはメタルウルフを作って送るべきだと思う」

『あ、俺もそれ見たい。作る作る』

そんな様子を見て、とある幹部はなにげに口にしてみた。

「乗った相手がミンチになってしまう兵器があるんだが、改良できるだろうか」

『んー。いいよ。設計図持って来て』

 ガラミギアは、一か月でその全てを作って見せた。
 驚愕したのは米国である。
 試しに、極秘資料であるG弾を出してみると、ガラミギアは首を振って欠点をあげて行く。
 
『たかが掘削機に星一つ駄目にする必要はないだろ。それより、こうなった以上は、もっと楽しんだら?』

 「もっと楽しんだら」 やはり、宇宙人はどこまでも残酷である。
 彼が敵に回った時を考えると、体が震える。
 それでも、彼らはリクエストした。様々な、兵器を。








 あー。ガラミギアです。
 今、大東亜連合の戦う様子を見てます。
 魔女っ子やアメリカンヒーローや都庁ロボが暴れています。後戦術機や戦闘用ロボットたちもいます。
 そして、各星のマスコミがその様を撮っています。
 いくつかの星で映画化するそうです。
 最近、自動資源掘削機の販売会社から圧力が掛かって震えるガラミギアです。
 自動掘削機撤廃は社会の流れだもの。仕方ないよね。
 最近各社がやっきになって安全性を歌ってます。
 現場は各星の「俺が考えた格好良い兵器」で溢れかえっています。
 それをお菓子を食べながら眺めてます。
 マヴラブ世界の地球の為に、移住用の星を予め開発してあげようじゃないかという話も出ています。
 住むのは自分じゃないからってやりたい放題の開発してます。
 予算はマヴラブ世界の地球から分捕ってました……。いいのかな。
 お隣で珪素生物っぽい宇宙人が隣で得体のしれない食べ物もぐもぐしながら、その様を楽しげに眺めてます。いいのかな。
 勇気を出して声掛けてみるか。

『あの』

『?』

『資源掘削機につけた安全装置、強化した方がいいですよ』

『強い要請が各所から来ているので、そうするつもりです』

『地球のあれも撤去するんですか?』

『各所から強い要請が来ているので、あれは放置の予定です。既に火星編まで映画を撮る準備が出来ているそうなので』

『そうですか』

『はい』

 ならば仕方ない。俺は、もう一つ、お菓子を口に入れた。
 ……しかし、あれだね。
 オタって怖い。俺みたいな一個人には想像もできない事をやり遂げるもんだね。
 そう思いながら、俺はまた一つ、お菓子を口に入れた。
 何故か最近、外交部門から兵器部門に回されたが、全くの謎である。
 俺はもう一つお菓子を口に入れた。
 そろそろ戦いを見るのも飽きた。約束の新作アニメを見るか。



[15221] こんなSS書いて欲しい3スレ目32レス二番目
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/15 22:17
第二弾行きます。全然ネタの面影ありませんが、お許しくださいw。



ゾルザルに憑依したオリ主
弟に「王位任せた!」発言の後、父王説得して大公になる
母方の実家の協力の下、こつこつと内政を行う
血筋・種族・育ちに拘らない雇用でイタリカと仲良しに
自衛隊と開戦後は文化的・経済的交流を続ける
皇太子になって逃げ場の無いディアボを拾った後に自衛隊へ贈る
地球側の他政府に関しては自衛隊を解して貿易を開始
ヒャッハー!ぼろ儲けだぜー!してたら何時の間にか父から王位を押し付けられて王様エンド
↓ ミケ無理だったお! ごめんお! 新プロットだお!
ゾルザルに憑依したオリ主。
しかしゾルザルは帝国大嫌いだった!
嫌いな国は売国売国ぅ!
しかし、そんなゾルザルに日本の売国奴が立ちはだかる!
売国売国ぅ!
売国売国ぅ!
売国奴の敵は売国奴! 裏切り者達の間で火花が散る!











 気が付いたらゾルザルに生まれ変わってました。
 全く嬉しくない。
 蛮族の王子とか……。
 亜人を蛮族扱いする風習は理解していたが、侵略を繰り返す人こそが、俺には蛮族に見える。
 ゾルザルなんぞ、その筆頭だ。
 もしかして、俺さえ大人しくしていれば、亜人達は泣かないかもしれない。
 そう思ったのだが、俺がやらなければ他がやる。それだけの事だった。
 助けようにも、王族とはいえ、俺一人が助けられるのは限りがある。
 俺は自然、変わり物で臆病者の王子として謗られる立場へと追いやられていった。
 ピニャの方がよっぽど王子らしくていらっしゃる、との言葉もよく聞く。
 まあ、剣術とか嫌いだしね。
 権力を活用して、忍者メイド作るぐらいが精々です。
 テューレ? 表向きはお互い気遣ってるけど、本心はわからん。
 そんなわけで、とりあえず動こうと思います。
 目的? 売国ですよ。売国売国ぅ! 命をかけても売国ぅ!
 それぐらいは帝国が嫌いよ? 俺。

「大公となって、アルヌスの丘近くに町を作りたいだと?」

「幸い、ディアボは優秀な弟。臆病者の俺など、足元にも及びません。それに、ピニャ。あれはまだ幼いですが、いずれこの国を支える女となりましょう。俺はアルヌスの丘近くで小さな町でも作り、平穏な生活を送りたいのです」

 ひそひそと、臆病者の王子が、という声がそこかしこから聞こえる。
 別に、臆病者でも構わない。
 全く持って構わない。何故なら、俺もこの国を蛮族の国と見下しているからだ。
 お互い様、お互い様。

「それで、何故アルヌスの丘なのだ」

「イタリカと近いですから」

 そっけなく答えた言葉に、納得したらしい。
 一応、俺はこの日の為に勉強していた。しかし、俺が見せる文官としての才よりもなお、俺が捕虜に対して優しくしろだのなんだの戯言を言う方が煩わしいだろう。
 俺がやってきた色々な準備も、王位継承の為ではなく、町を作る為ならば納得がいく。
 そうして、俺はそれなりの準備をして、アルヌスの丘に行ったのだった。
 アルヌスの丘そのものは立地が悪すぎる。何故なら、ここは戦場となるからだ。
 それゆえ、少し離れた場所に居を構える。
 ついでに、エルフの里に顔を出した。
 警戒した瞳で見られる。

「何のご用ですかな、ゾルザル王子殿下」

「何。先日、夢を見た。炎竜がこの村に襲いかかる夢だ。この十年……いや、五年の後に、少し早く炎竜が目覚めよう。戦の始まりがその合図。騙されたと思って、多少の警戒はしておくといい。女子供ぐらいは逃がしてやれ。それと、もし炎竜が現れたら、近隣に伝達する事。ダークエルフもはぶるなよ。用はそれだけだ。決して炎竜には立ち向かうな。無駄だ。いずれ、倒す者が現れようから」

 助けられないよりは、助けた方がいい。帝国に恨みがあっても、帝国人に恨みはないからな。
 俺は忠告だけすると、エルフの里を去った。
 さ、短期間で街づくり、頑張るとしますかね。
 人材については問題ない。
 行き場の無い亜人が大勢いて、俺は穏健派として知られているからだ。
 早速、俺は町の建設に頭を悩ます事となった。
 ここで街づくりをする上で、大事なのは何か。
 いかに自衛隊員のハートをゲットするかである。
 つーか、亡命するつもりだから、街作りは失敗してもいいのよね。
 自衛隊の中継基地になりそうならそれでいい。観光もできるとなおいいな。
 まあ、土産物屋とかここならではのレストランでも作りますか。
 古田さんに勝てるとは思えないけど、御当地もののレストランは人気が出るはずだ。
 辞書の作成も、今のうちにしておこうかね。
 メニューには必ずイラストをつけよう。言葉がわからなくても平気なように。
 と言う事で、建設を進めた。
 見事なまでに亜人以外の移住者が来ない。
 亜人達の俺を見る目にも不安が現れている。
 当たり前だ。観光に特化した町は、観光客がいないと回らんのだ。
 俺は落ち着いて、食材等の確認をしていた。
 そして、ついに、門が開く事が決まった。
 異境に俺自らが行く事は許されなかったが、部下を向かわせる事は可能だった。
 ただ知的好奇心があるという振りをして、スパイに秘密裏に手紙と金貨を持たせる。
総理官邸という宛先を書いたそれを、誰でもいいから知られずに人に渡せと言った。
 複数の手紙の内、一通でも届けばいい。まだ、辞書を届ける訳にはいかない。
 そんな事をすれば、裏切り者がいるとすぐにバレてしまうだろう。
 ま、金貨を売り払って無視が妥当だろうし、バレても信じられる可能性は少ないが、出来る限りのことはしたかった。
 もちろん、アプローチするのは外だけではない。

「父上。今回の戦、全くの未知の相手。強くないとも限りませんし、まずは交易から始めた方がよろしいのでは。というか、俺には相手の文化レベルから、かなりの強敵のように思えるのです。軍の形態など、一人二人言葉のわからぬものを攫ってわかるものでしょうか?」

 帰って来るのは、見下すような目線と嘲笑。気づきもしないだろう、これが俺の最後の忠告であるということは。俺が帝国に手をさしのべるのは、この一回きりである。
 
「そうだ。捕虜は有料で買い取ります。異境の人間には、興味がありますからね」

「知的と言えば聞こえがいいが、お前は少し臆病すぎる嫌いがある」

「ええ、だから俺は王族には相応しくないのです」

 にこりと笑って見せて、陛下の前から退室した。
 決行日が決まった日、また手紙を送る。
そして、戦いが起こった。結果はわかりきっている。
 特等席で、俺はアルヌスの丘を見ていた。
 引っ立てられる民間人。犯される女。
 常に帝国で起こってきた事である。しかし、それでも相手が日本人だと、同郷の者だと、格別に怒りを感じた。
 それゆえに、帝国の金で育って来た俺は、殺されても仕方ないと思っている。
 ま、精々足掻かせてもらうけどな。
 ゆったりとお茶を飲み、一息ついてテューレに告げた。

「出来るだけ捕虜を買い受けるぞ。娼婦と金の準備はいいな?」

「はい、大公殿下。ただ、蓄えが……」

 俺は、にやりと笑った。

「どうにかするさ。ようやく、待ち望んだ時が訪れたのだ。テューレ、ここが正念場なのだ。娼婦や交換される奴隷どもには悪いが、俺には目的があるのだ。黙って従え」

「はい、殿下」

 しおらしげにテューレは頷いて、引く。彼女の内心はわからない。
 交渉して得た捕虜は、纏めて牢屋に入れる。
 数百人の男女。殺されたものはもっと多いであろうことを俺は知っている。
 テューレ達を追い払うと、牢屋の者達に小さく告げる。

「我が名は、ゾルザル。大公ゾルザルだ。此度は災難であったな?」

「に、日本語?」

「お願い! 出して! 助けて!」

「誰なんだよお前、何なんだよ、これ!」

 叫ぶのを、腰にさした剣に手をやることで黙らせる。

「……帰りたいか」

 こくこくと頷く人々。

「ならば、大人しくしている事だ。お前達の国は、必ずお前達を救いに来るであろう。俺は唯一の穏健派だからな。力はないが、お前達の国の助けが来るまで保護している事くらいは可能だ。ただし、こちらも危ない橋を渡る。おとなしく、協力的でないようなら、俺も身を守るため殺すしかなくなる」

 人々はざわめく。

「俺以外の者に囚われれば、殺されるか、鉱山で奴隷か、性奴隷だぞ。ここの奴隷の扱いは酷い。裸で鎖に繋がれ、引きずりまわされるなど珍しい事ではない。とりあえず、体調に気をつけて生き延びる事を考えるがいい。逃げる事は許さない」

 その言葉に怯えた人々は、頷いた。蹲って泣く人々も多い。

「必要な物があれば、俺に言え。ただし、何度も言うが敵に通じているとなれば俺の立場が危うい。俺以外の前では、決して俺に話しかけるな。俺がお前達の言葉を喋れる事も秘密だ」

「日本と通じているのか!?」

「黙秘する。生き延びたければ、おとなしくしていることだ」

 なんとか理解したようなので、俺は牢屋から出た。

「テューレ。食事を。死なせるなよ。傷つけもするな。あれは高値で売れる」
 
「売るのですか?」

「ああ、あいつらの国にな。見てろ、テューレ。あいつらの国が巻き返すのは、すぐだ。……上手くすれば、お前の憎む帝国が滅ぶ様を見られるかもな」

 言うと、テューレはきゅっと拳を握りしめた。
 その心情を、俺は知らないし、知るつもりも無い。




[15221] こんなSS書いて欲しい3スレ目32レス二番目 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/15 22:18
外道主人公注意 


 さて、自衛隊が反撃に移るのは比較的すぐの事だった。
 こうなると連絡を取るのは無理だな。
 とりあえず、傷の治療と負傷者の救出だけしておく。
 ちなみに怪我人を探して連れてくる奴らには白い旗をつけさせた。
 その後、俺に監視がついた。
 情報漏洩を警戒しての事である。連合軍が結成されるのだ。
 ここで連合軍の復讐に会うか、生き延びるかが第一の試練である。
 俺は、実家にも頭を下げ、大量の物資を運んでもらった。
 三度、大激突が起こった。
 その様は、圧巻だった。
 流れ弾が当たらないように、かなり距離を取らなければならなかったが、それでも熱気を感じた。
 監視に許可を取って、食糧庫を開放し、積極的に怪我人を救う。
 
「騙したな! 騙しおったな! 帝国めが!」

 興奮しているのか、叫ぶデュラン。彼はエルベ藩王国の王だ。

「すまんな。監視されていて、連絡を取る手段がなかったのだ。このような争い、避けたかったのだが……」

 ため息を吐き、治療する。

「すまぬですか、大公殿下。すまぬの一言でお済ませになるのですか!」

「俺に何を期待する? 俺とてこう見えても帝国の王子だしな。反逆罪に問われるような行動は出来ん。この作戦への反対はした。何より、殴れば殴り返されるのは当たり前の事だ」

 その言葉に、ぐっとデュランは黙る。

「一定期間だけ、治療や援助はさせてもらう。こちらも懐事情があるのでな」

 その後、しばらくして、深い息を吐いた。
 色々な事に決着をつけたのだろう。さすが一国の王。凄まじい精神力である。

「まあ、帝国も笑ってばかりはいられまいよ。あのような国と敵対しているのだからな」

「随分と人事ですな……」

「んー。まあな。地続きと言うわけでもないしな。中立を貫くつもりだし」

「何を抜け抜けと。向こうは、そう見ないかもしれませんぞ」

「まあ、どうにかするさ」

 デュランは、探る様に俺を見る。

「……何か、切り札を?」

「あんな化け物相手に、何があると言うんだ?」

 俺は肩をすくめて笑って見せる。
 
「まあ、ゾルザル様ですからな……。貴方は、一貫して争い嫌いで、一早く王位継承権を投げ出した方ですからな」

「だろう?」

「しかし。しかし、今は理由があるように思えるのです。貴方は怯えておられない。それが不思議でならない」

「さて、な。では、俺はもう行く」

 デュランはさすがに見る目がある。しかし、もはや後戻りはできないのだ。
 さて、自衛隊はいつごろ来るかな?
 などと呑気に構えている間に、先にエルフ族が逃げて来た。エルフだけでなく、色々逃げて来ている。ダークエルフの娘までいるし。何故に!? 時期的に早すぎるだろ!
 綺麗なエルフ娘が、俺に詰めよる。

「炎竜が、炎竜が現れた! 貴方の言った通りに、そして貴方は言った。倒す者がいると。助けて。お願い、助けて!」

「私からもお願いする、どうしても助けが必要なんだ! こうしている間にも、同胞が……」

「んー? 俺が倒すんじゃないんだがな」

「お父さんが、村に残ってるの! お父さんを助けて!」

「頼む! 礼ならするから……」

 二人の美人に詰め寄られるが、全然嬉しくないです。
 まあ、少し考えればわかる事態である。そして、俺は少しも考えなかったらしい。
 そりゃ、俺の所に来るよなぁ……。
 炎竜が起きた時点で察知して、すぐにこっちに逃げて来たのかな?
 きちんと信じて対策取ってくれているなら、まあ手助けしてやりたいと思うのが普通だろう。

「炎竜でも倒せそうな奴なら、アルヌスの丘に住んでいる。言葉は通じないが」

「言葉がつう、じない?」

「それでもいいなら、頼みに言ったらどうだ。ほら、どうやら向こうでは白旗を振ると敵意が無いとみなされるそうだ。後、「TASUKETE」と言うと良いらしいぞ。それでも危険なんだが」

「行くわ!」

「情報感謝する!」

 俺が差し出した白旗を奪い取る様に取って、白黒エルフ娘達が走っていく。
 自衛隊との接触と言う危険な事を勝手にやってくれるなら大歓迎である。
 彼らの為に、紙芝居的な物を用意しておくか。
 そして、エルフ娘達は本当に自衛隊員を引っ張ってきた。しかもかなりの重装備である。
 ここでは、身分ある者を匿っている。そして、その身分ある者を慕う傭兵もたむろしていた。
 その傭兵達が殺気立つので、俺は止める。

「待て! 争えば無駄死にだ。この大公ゾルザルがそなたらの主を守ろう。動くでない!」

 戸惑っている自衛隊員の所に、亜人のレリーを行かせて応対させる。
 そのやりとりは耳の良いテューレにそのまま伝えさせた。

『えーと……「助けて言われた。どうした」』

『本当に行くんですか? 物凄く警戒されてますよ』

『あれは日本語を喋っていた。負傷者がいるかもしれないんだ。行くしかないよねぇ』

 ふむふむ。レリーは紙芝居を取り出す。
 襲われているエルフと、火を吹くドラゴンの絵を出しているはずだ。
 一応、地図を持たせたが……。
 そこで、テューレが顔色を蒼くして走り出した。訳も分からず、嫌な予感がしてテューレについて行く。
 炎竜キタぁぁぁぁぁぁぁ!!
 ああそうか! 餌が全部こっちに来たから!
 辛うじて、日本語を叫ぶのを堪える。

「総員退避!」

 自衛隊員達が気付いて、悲鳴を上げる。
 自衛隊と炎竜の戦闘が始まった。
 俺はと言えば、ひたすら建物の影に隠れるよう、指示するのみである。
 まあ、あれだけ自衛隊がいれば問題なかろう! そう言う事にしておけ!
 近くに大きな石が飛んできて、とっさに隣にいたテューレを庇う。

「逃げないのですか!?」

「物影に隠れるぐらいはするが、要人がいるこの場所を俺が離れていい訳あるか!」
 
 結局、なんだかんだで原作通り片腕を失って、炎竜は去った。
 なんだよ、原作以上の火力なんだからここで殺しておけよ!

『もしかして、本当にドラゴンに襲われただけか……? くそう、戦い損かよ』

『こっちの大自然、ぱねぇ……』

 まだざわめいている内に、レリーに屋敷に招き入れさせた。
 そして、俺が指示しながらレリーに会話させる。もちろん、レリーも耳が良い。
 
「怪我人で町いっぱいです。医者が必要です。辞書も必要です。それと食べ物二カ月分。後人をそっちでも受け入れて下さい。TASUKETE」

『いや、助けて、と言われても……』

「せめてアルヌスの丘の遺品整理をさせてください。TASUKETE」

「後、炎竜倒して。TASUKETE 」

『えっと、「TASUKETE」って言ってた人がどこにいるかわかるかな?』

「帝国兵が向こうの国の言葉だと」

 それを聞いて、自衛隊員達は頭を抱えた。
 
『とりあえず、上と連絡を取ってみる……』

 お。さすが日本。このむちゃくちゃな条件を受け入れるか。
 しばらく話して、自衛隊員は言った。

「遺品整理、構わない。人受け入れる、困る。食料と辞書、用意する。医者、駄目。炎竜、被害出る、駄目」

「じゃあ費用そっちもちでとりあえず雨を凌げる物を立てて下さい」

『ははは……。異世界の人ってすげぇ……』

『殴っちゃいけませんか?』

「被害とは何人の予定ですか?」

『うーん、充分に準備しても十人ぐらいは出るんじゃないかなぁ……。さっきの戦いで犠牲が出なかったのは奇跡だよ。えーと、「十人」』

 ならば、先に11人「払って」やるか。俺はレリーに小声で指示を出す。ちょっと手札を切るのが早いが、炎竜が来たなら仕方ない。あれは早く駆除したい。
 
「炎竜を倒すと確実にお得ですよ。ダークエルフが素敵なお礼を用意しているそうです。町長からも、確実に始末してくれるならと、特大の特産品を11個もプレゼント! なんと6個は前払い! ふふふ、非売品なので他には内緒ですよ。素敵な物を他に売られるのは嫌でしょう?」

『待ってくれ、えっと、「もっとゆっくり」』

『伊丹二尉、やっぱり殴ります』

「考える時間が必要なら、あげます。今日はもうお帰り下さい。特産品を一つ試しに差し上げますので、今話した事を良く考えて下さいね。とりあえず、辞書は置いて行って下さい。ああ、特産品は丁寧に扱って下さい。そして、生物なので帰ったらすぐに開けて下さい」

 これで、俺が日本語喋れる理由はゲット。
しばらく考えて、特産品を貰って帰る事にしたようだ。女の子なんか、かなり腹を立てていた。しかし、実際には手を出していない。万歳、事なかれ主義日本。レリーが殴られなくて良かった。
 ちなみに特産品とは、幼児の捕虜である。ちょっと弱ってきていたので、ちょうどよかった。
 幼児に睡眠薬を飲ませ、毛布を詰めた箱に詰める。
 特別サービスでお母さんに手紙は書かせてあげた。
 ちなみに奴隷たちには、殺される、助けて! と自衛官に訴えるように注意してある。
 うん、普通に渡した方が好感度アップなのはわかってるんだ。
 まあでも、急に捕虜が消えたら訝しく思われるしね。奪還作戦が発動するなら、それでも構わないし。
 秘密にする必要性と、俺の悪代官魂がこんな真似をさせるのだよ。
 伊丹が怒り狂う姿が、見えるようである。



[15221] こんなSS書いて欲しい3スレ目32レス二番目 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/15 22:19
 とりあえず、貰った辞書を写させて覚えさせる。
 その間に、炎竜の巣の位置をダークエルフのヤオから聞き、エルベ藩王国国王デュランに聞いた。

「炎竜を倒したいと言ってくると思うんだが、どうする?」

「なんと。あの緑の者達は、炎竜すら相手取ると言うのですか」

「ああ、困っていると言ったら考えると言ってくれた。むしろそちらから要請書を出してくれれば、話が簡単なのだが。そちらも、炎竜が国に居座られるのも、この町に襲いかかられるのも嫌だろう?」

「そして見返りに、貴方は何を得るのです」

「んー……。むしろ失う物の方が多いんだがな、俺もお礼出すし。まあ、取引の第一歩はこんなものさ」

 訝しげに俺を見るデュラン。その後、ため息を吐いて、言った。

「身分を明かさずに、直接、緑の人と話したいのですが」

「構わない。客人と言う事で処理をしよう」

 と言う事で、準備を整えている間に自衛隊が来た。 
 あれから二日か。
 町長に目通りがしたいというので、会う事にした。
 
『ようこそ、ようこそ! 私は町長のゾルザルと申します。先日は辞書をどうも。大いに役立っております』

「これはこれは。スガワラと言います。『日本語がお上手ですね』」

 とりあえず、食堂に通して食事を出す。

『我が町の特産品はお気に召しましたか?』

『ええ、とても! 全てこの場で買い取らせて頂きたいと思っています』

 笑顔で応じる菅原だが、その表情は硬い。

『はっはっは。それはよかった。貴方とは仲良くできそうだ』

『ところで、あの特産品は、セットのはずでしたが……』

『もちろん、炎竜を倒して頂けるなら、前払いでお渡ししますとも! あ、あれ卵産んでる可能性あるので、お気を付け下さい。そうですな、後は炎竜の首と引き換えです。今現在もドラゴンに食われている無辜の民がいるわけですが、もちろん準備期間はお与えしますよ。準備期間は必要ですとも。巣の場所も案内できます。ちょっと国境を越えてしまうので、交渉する時間も必要でしょう。あまり時間が経ち過ぎると、特産品を買い上げてしまうお客様が出てしまうかもしれませんが。その前に特産品が駄目になってしまう可能性もありますしね。それと、そちらに似たような品があるそうですが、俺は興味ありません』

 ズバッと言う俺は、間違いなく王子失格である。

『……いつまでだったら、とりおきを?』

『特産品に価値があると知られれば、陛下はほしがるでしょうね。こちらとしても、表立って渡すと身の危険がある。それと、なにしろ生物なので、一か月は厳しい物がいくつかあります。ああ、辞書ですが。全て写させて頂きました。もういらないので、返します』
 
 箱に入れて渡すのは、「俺の」辞書。

『そういえば、医者が御入用だとか。ぜひ、ご用意させて頂きたい』

『それと食料と建物と遺品整理の許可ですよね。感謝しておりますとも。で、炎竜はどうします?』

『特産品全てと引き換えに、退治してみせましょう』

『はっはっは。ご冗談を』

『はっはっは。もしかして、怪我人の原因を忘れておられるのでは?』

 ひとしきり、笑う。
 
『私が望む事なんて、些細な些細な事ですよ。ちょっとした安全と富。これだけです。例えば、炎竜の排除とか、交易とかね。それだって、タダでやってくれと言っているわけではない。賠償だのなんだのは、国とやって下さい』

『おや、食べ物や医師は無償援助のはずですが』

『そう思うのは勝手ですがね。まあ、私はギブギブテイクな控え目な男ですよ、世界の全部が俺の物な帝国人にしてはね。私と仲良くすると、何かと便利だと思いますよ。ただし、炎竜退治は特産品11個以上はあげられません。ところで、我が町は実は観光用に作られているのですよ! でも全くお客が来なくて、困っていましてね。それにこの地でしか手に入らないと言う物も無い』

『……自衛隊の観光地として利用して欲しいと? それと、商品の用意ですか』

『いやいやいやいや。タダとは言いません。タダとは。もちろん、正当な代金はお渡ししますとも! 特産品とは別にね。どうですか、上に確認しますか?』

『いえ、承諾します。ちょうど、様々な物を持って来たので、ぜひ何が欲しいか、ご検討ください』

『はっはっは。町長としての腕がなりますな! ぜひ品物を見せて下さい』

 伏兵が潜んでいたら嫌だなと思いつつ、荷物を見る。
 おお、気合入れて包んであるな。
 もちろん、これも作戦の一つ。不自然さ一つなく、こちらでの価値を教えていく。

「テューレ。例の物を一ダース包んでくれ」

『ああ、それと。こっちの女性は、その……好奇心が旺盛でね。化粧品や真珠のネックレス、布地も喜ぶだろうが、そちらではコスプレ? というのか? の雑誌やら、ファッション雑誌やらに、腐った漫画も芸術として好まれると思う。安価で効果があるので、試してみるといい。ああ、ついでに客人が来ているので、話して行ってくれ。彼と仲良くすると、とてもいい事があるはずだ』

 テューレが大きな木箱をいくつも運んでくる。
 菅原は木箱を見て少し顔色を悪くしていたが、とにかく受け取って、デュランと会話して去っていった。
 その後、約束通り数名の医者が来たので、デュラン達を見てもらう。
 著しく体調を崩している捕虜たちも、当然見てもらった。部屋を別にして。
 食料と建物も出来たので、そこに怪我人や難民を収容し、食料を配る。
 貨幣も、適当なレートで交換した。一応、日本円でも通用するように、役場で交換できると通達しているけどね。

「緑の人に許可を貰ったから、形見は届けてお金は貰って死体は埋めるお仕事をしてもらいたい。税金は十分の一。馬は一人一頭まで。こんな割の良い仕事ないんだから、あんまりあくどくやるなよ」

 俺は傭兵達に仕事を頼む。
 正直、これだけでもぼろもうけできる。形見を届けたり、個別に死体を埋めなければ、もっとぼろもうけなんだが、そこはそれ、祟られたら嫌だし。
 もう腐ってるのが辛い所ですが、そこは頑張れ、民。
 自衛隊員達も、約束通り遊びに来てくれた。

『やあ、菅原。約束を守ってくれたようで何よりだ。観光の町として物足りない事があったらどんどん言ってくれ』

『正直、貴方のギブギブテイクが本当だったので驚いています』

 二人、町を眺めながら話す。

『そういえば、金貨を落としませんでしたか』

 渡された金貨は、手紙につけたあれである。

『確かに落としたな。……ところで、この金貨で、日本では何が買えたのだ? この程度では、何も得られなかっただろうか』

 俺は金貨を指で弾く。

『そうでもありませんよ。警報装置の一つ二つは買えます』

『そうか。それでも、死者は多く出たのだろうな……』

 つまり、警備の見直しか何かが限度だったってことな。まあ、その程度が精々だよな。さすがに得体のしれない手紙で全住人避難は無理。
 もう一度、町を眺める。
 町に入った時は緊張していた隊員達は、今は楽しそうに遊んでいる。
 ふふふ、俺が頭をひねって考えたスタンプラリー、受けてみよ。
 しかしその間にも、もちろん彼らは聞きこみと言う任務をこなしているはずだ。
 俺が大公と言うのも、いずれ知れるだろう。
 手紙の事がばれれば裏切り者のそしりは免れんだろうな。というか反逆罪だ。

『ところで。帝国は此度の戦で恨まれていてな。イタリカという町は、この近く。恐らく此度の戦の傭兵の奇襲を受けると思う。亜人が安心して住めるのは、こことあそこの二か所だけなのだ。守ってやってはくれないか。それも、この上なく派手に。レレイ、テュカ、ヤオと言う者を連れて行けばきっと役に立つ』

『代償は?』

『人助けは、人の為ならず。そちらの国の言葉だったな。ああ、恥ずかしいから俺が守れと言ったとは言わなくていい』

 そこで会話を打ち切り、菅原の持ってきた商品リストを吟味しに行く。
 とりあえず、あれだ。オシャレ好きの女の子と「芸術」好きの女の子は釣るとして。
 男相手には何にしよう。
 武器はまずいだろうしな。食べ物か?
 そうだ、古田の作った食事が食べたい。
 今度菅原に頼んでみよう。



[15221] こんなSS書いて欲しい3スレ目32レス二番目 四話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/15 22:20
ごめんねごめんね。もう何度になるかわからん嘘吐いてごめんね。
そしてプロット通りに行かないかもしれないです……。
暗殺エンドもありうるかも。

医師が患者の状態がまずいので日本で治療したいと言う者数名を、古田の手料理と引き換えに引き取らせた。
 恨みを買うつもりはないからな。
 捕虜にも、簡単に譲渡はしないが、殺すつもりも、いつまでも持っているつもりも無いし時が来たら全員自衛隊の元に無事に返すと言うのは告げてあるので、今は落ち着いている。
 適当に理由をつけて、俺が回収できなかった捕虜も捜索している。
 まあ、生きているかもしれない、死んでいるかもしれないと言う状態に遺族を置くのは哀れなので、名簿は渡してやってもいいか。
 以外にも、無理やり奪おうとはしなかったからな。ソッチの方が楽ではあったんだが。
 その分の誠意に、俺もこたえねばなるまい。
 自衛隊員の俺を見る目は酷く複雑だ。
 元々、捕虜救済に手を尽くしていた事を知ったらしい。
 多数の捕虜が出来たのも、俺が生きたままなら高く買い取るとしていた為でもある。
 エルベ藩王国の石油の話はしなかった。
 扉は少なくとも頻繁に閉じなければならないのである。
 異世界間を繋げたままで固定するのは、両世界にとても負担が掛かるのだ。
 そんな状態で石油の採取はできないだろう。
 どう考えても、日本は受けた傷に相応しい賠償を手に入れる事は出来ない。
 交渉に色々手を尽くして、贈り物の山を送って、そこで扉が閉じてさようなら、と言った所だと言うのが俺の見解だ。哀れな奴め……。
 優れた物が魔法技術位だから、本気で日本が得る物は無い。
 ぶっちゃけ、暴虐の限りを尽くしてしまうと言うのも手ではあると思う。
 どうせすぐ分断される異世界の事なんぞ、知ったこっちゃない。
 それが出来ないのが、日本なんだよなぁ……。
 考え考え、店を見て回る。
 武装ヘリが、慌ただしく出て行った。
 イタリカの応援だろう。
 ピニャは原作通り、イタリカにいるだろうか。
 いるのなら、和平への手掛かりとなるだろう。
 一応辞書に、この国の風習やトップの事も簡単に書いている。俺の事は抜いてあるけどな。
 一応、イタリカに門前払いされると困るので、手紙も持たせて置いた。
 炎竜退治の傭兵として雇ったので、俺の名において、炎竜退治に必要な移動を許し、便宜をお願いすると言う手紙だ。
 名目は、補給である。ついでに色々と買い物を頼んだので、嘘ではない。
 エルベ藩王国に対する国境の問題も、順調に解決しているようだし、炎竜退治する頃にはピニャのお墨付きが欲しいだろう。
 ピニャが来た時喜ぶように、品揃えを良くしなくてはな。
 

 数日後、妹であり王位継承権を持つ皇女ピニャは息をきらせてやってきた。

「兄様! ご無事でいらしたか!」

「まあ俺は非戦闘員だしな。むしろ仲良くさせてもらっている」

 そんな俺に、ピニャはため息をつく。
 
「兄様は、呑気でいらっしゃる。どれほど妾が心配し、苦労をしたか……」

 その言葉に、自衛隊員達は苦笑いした。

「イタリカへの旅行はどうだった?」

 伊丹は、俺の笑顔にため息をつくと、書状を出した。

「ピニャ様と条約を結びました。見ますか」

 俺もまた、それを眺めてため息をついた。ぬるすぎるのである。
 今回、アルヌス協同生活組合が無いので、なおさらである。
 それでも、一応俺は褒めた。

「ほお、町を守ったのか。素晴らしい事だ」

「そう思うなら、貴方からもぜひお礼をして欲しいですね」

「大分こちらの言葉が上手くなったな。条約の稚拙さに涙が出てくるので、俺からも妹を救ってもらった礼をいくつか考えてやろう。というか、ぬるいにもほどがあるぞ、この条約は。それと、人道的と言う言葉はこの国には存在しない。お優しいのは結構だが、その意味を考える事だな」

「あ、兄様っ!?」

「ええ、肝に命じます」

「どうせ、ピニャはあちらの国に行くのであろう? 俺も連れて行け。ああ、そうだ。この町には、あちらの世界から輸入した物が沢山あるぞ。買い物はあちらに行った帰りになるだろうが、その前に一度見ていくと良い」

 奴隷は三分の二解放しよう。残念だが、奴隷はまだ利用価値があるので全て返せない。
 まだ他の奴に囚われの奴隷と言う手札はあるが、それでは心もとない。
 正直、一番怖いのが、父上に奴隷を横取りされる事なので、いつでも襲撃できるように見取り図は渡しておくか。

「兄様は、み、緑の人と貿易を!? 何を考えて……」

 俺は、ニコリと笑って見せた。

「何も?」

 ピニャは呆れて色々文句を言ってくるが、俺はそれを聞き流す。
「芸術」等の商品を見せてやると、文句もどこへやら、きゃあきゃあと買い物ならぬ取り置きを楽しんでいた。
 んー。もはや手遅れな気もするが、あちらに詳しい事がばれないようにしつつ、色々買い物がしたいな……。
 とりあえず、色々なレストランに連れて行ってほしい物だ。
 俺は指示を出して、秘密裏に特産品の三分の二を売り払った。
 
「ゾルザル様」

「テューレ。お前も緑の人に売られたかったか?」

「いえ」

「そうか。復讐が済んで無いものな。まあ、見てろ。面白い物を見せてやろう」

 そして俺達は、自衛隊員達に連れられて、国会へと向かった。というより、無理やり入りこんだ。
 さあ、一世一代の大芝居の始まりだ。

「伊丹参考人に、単刀直入にお尋ねします。特地甲種害獣、通称ドラゴンによって、ゾルザル殿下の城にすむ百人もの使用人が犠牲になったのは何故でしょうか?」

「伊丹耀司、参考人」

「えー、それはドラゴンが強かったからじゃないですかねぇ?」

 幸原みずき議員と、伊丹の議論が始まった。何とか、ドラゴンによる犠牲を伊丹のせいにしようとする幸原みずき議員。
 それは伊丹が優勢に終わり、彼女は矛先を変えた。

「ゾルザル殿下。貴方は、どうお考えですか」

「もちろん、ドラゴンの被害はお前の言う通り、明らかに自衛隊の責任だ。謝罪と賠償を要求する。と言っても、俺は寛大だからな。賠償金一億と、百人の日本人性奴隷。それと1000人の奴隷、それだけでいい」

 ざわり、と議員達がざわめく。

「しょ、正気ですか?」

「自分達の責任を公の場で認めたのだ。これぐらいは当然であろう」

「ならば、お前達の侵略はなんだというのだ!」

「お前達は要するに、余所の国の害獣の被害の責任も自分達にあるというのだろう? つまり他人の為にある、奴隷のような存在と言うわけだ。支配者の一族たる我が帝国がそれを得る事に、何の問題がある?」

 訳がわからない、というように手を広げる。
 みずき議員は、ぱくぱくと口を動かしている。

「二度目だが、公式に非を認めたのはそちらだ。それなりの対価は貰いたい。なあ、みずき議員」

 怒号を、涼しい顔で受け流す。
 世論は一気に開戦に傾くだろう。
 そうだ、ははは。そうだ。
 多分俺は、自らの生まれた国を、滅ぼしたかったのだ。
 見てるか、テューレ。いずれ古田に惚れるだろう、俺の愛した女。
 何故かテューレは、硬い表情で俺を見つめていた。
 テューレの考える事は、俺にはわからない。
 それを、知る必要性も感じない。
 さて、これだけなら曖昧にされて終わりだな。もう少し煽るか。

「そもそも、軍を差し向けたのは明らかに侵略である!」

「私は日本に108人のスパイを飼っている!」

「奴隷を一人一千万で開放してやろう! 生きていたらだがな、くっくっく」

「日本がゴリ押しすれば言う言を聞くことなど、異世界人でも知っている」

「奴隷は日本が助けに来てくれるはず、などと言っていたがとんだお笑い種だな!」

「炎龍討伐で怪我人が出たのは由々しき事態! 全員を手厚く補償すべき!」

「侵略軍に対する虐殺を行うとは何事か!」

「謝罪と賠償を強く求める!」

「軍事情報の譲渡!」

「我が国以外と国交断絶!」

「無償開発! 技術譲渡!」

 そして……






ひゃっほー二億ゲットだぜー。






 どうしてこうなったorz



[15221] 俺の家はダンジョンではない 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/25 12:18

 ここに定住すべく、住む準備を整える。
 体調も整い、何でもできる気がした。
 ジャムを食べると力が満ちてくる。
 ただの食べ物ではないという事は、容易く予想がついた。
 神が美味しいと断言する事はある。
 祭壇にジャムを捧げると、神は受け取ってくれたようだ。
 パタウッキに頼ってばかりではいけない。ここで自らの足で立って生活出来るべく、準備を進める。
 パタウッキは、家畜も出して来てくれた。有難いことだ。
 餌を出して家畜を呼び、食べようとするとパタウッキは何故か怒り狂った。
 な、何故だ!?
 今、ここでパタウッキに見捨てられたら、生きていけない。楽園は移動式なのだ。
 家畜を返すと、卵をころがしてきた。
 殺生を禁じたのか。それとも、自ら育てろというのか。
 とにかく、私達はその家畜を育てる事とした。
 一月ほど経っただろうか。
 私達はパタウッキに見守られながら、自分達で生活出来るようになるべく努力していた。
 そんなときだった。
 きゃっきゃとはしゃぐ赤子に、パタウッキはおもむろにペンダントを取り出した。
 目を見張るほど美しいそのペンダントは、神々しく発光する。
 その光を浴びると共に、赤子は倒れた。
 私達は驚きに身を震わせた。赤子から聖なる力が溢れ、髪が、肌が見るからに清められ、白くなっていったのだ!
 パタウッキは怪しげな祝福の舞いを踊っており、選ばれた子を我らは崇めた。
 舞いの儀式が終わると、パタウッキはゴーレムを使って子を運び入れた。
 翌日、ゴーレムに返された赤子は力が無事定着し、美しい銀髪に新緑を思わせる緑の瞳、透き通るような白い肌の伝承どおりのエルフの姿となっていた。
 
「宴だ! 宴をせねば!」

「果実のジュースを出せ! 肉を出せ! 選ばれた子がエルフとなった!」

 ようやく、我らが力を取り戻す時が来たのだ!
 そのお祭り騒ぎは夜半まで続くのだった。
 翌日。親が、自分の愛しい子供の力を開放してやりたいと思うのは当然の事。
 そういうわけで、パタウッキの結界の間近に子供達がならばされた。
 もちろん、選ぶのはパタウッキであり、選ばれなくてもそれは納得せねばならない。
 けれど、期待するだけなら許されるはずである。
 だから、私達は祈るような眼差しでパタウッキを見つめ、事実祈った。
 しかし、パタウッキの行動は完全に予想外の物だった。
 向けられる、ペンダントの光。
 パタウッキは、子供達でなく、我らを選んでくれたのだ!
 途端、体が熱くなり、倒れてしまう。
 大きく芽吹こうとしているのに、その為の力が圧倒的に足りないのだ。
 パタウッキには選ばれても、我らの方にそれを受け取る資格が無かったか……。
 それを悔しく思い、いや、生き延びて見せると決心した。
 その時だった。またしても儀式の舞いをパタウッキが踊った後に、不可思議な飲み物を配ったのだ。
 これは、薬草を煎じて乳を混ぜた物だろうか……?
 それを飲み、目を閉じた。
 おおいなる生まれ変わりの瞬間。
 さなぎが蝶になるごとき、体が作りかえられるのを感じる。
 そして、気分よく我らは目覚めた
 我らは生まれ変わったのだ!
 溢れる力が嬉しくて、またしても宴を開いた。
 収まらないのは、未だ選ばれれぬ者達である。
 選ばれなかった者達は、パタウッキに必死に懇願した。
 パタウッキはペンダントを取り出し、神々しい光を発させた。
 そして我ら一族は全てエルフとなったのだった。
 エルフとなった我らは、結界を通り抜けられるようになった。
 ペンダントを探りに行かないようにする事は、かなりの精神力を必要とした。
 あれだけ助けてもらってなお、「相手は単なる魔物ではないか」と言い出したエルフを殴る。
 あれは、神が教えてくれた移動式の楽園の主。魔物は魔物でも、聖なる魔物なのだ。
 彼から、盗みは許されない。
 それからしばらくして。
 パタウッキは、我らに楽園を残して旅立ちの支度をして走り去った。
 あれほど急いでいたのだから、多分、彼には他の使命があるのだろう。
 見送ろうとした者、引きとめようとした者。それらの物の前で、パタウッキは……鳥の魔物に食われた。
 はわわわわわわわ。動揺する我ら。
 急いで神に救いを願う。

「心配する事はありません。パタウッキは新たな地に旅立ったのですとお告げがありました」

 そうか……神に召されたのか……。天に召されたなら、それは仕方のない事。
 一人の子供がパタウッキを失ったゆえか青ざめた顔をしていたが、彼を優しく慰める。

「パタウッキがいなくとも、恐れる事はない。我らには、パタウッキの残した遺産と力があるのだから」

 それから、我らは外に接触した。非力なダークエルフではなく、首狩の森になんの問題も無く住まう事が出来る、強大なダークエルフとして。
 パタウッキの遺産は何もかもが価値のある物ばかりで、大切にする事を誓う。
 そして、今は亡きパタウッキの事を語り継いだ。
 その噂は森の周囲に、徐々に広がっていったのだった。






 またか。また移動なのか。
 俺はうんざりとしていた。
 落ちた先に会ったのは、見上げるほど大きな山の大きな洞窟だった。
 魔物の巣になっているようだが、少し探索してみようか。
 段々魔物の皆さんに慣れて来た俺である。
 そりゃ、二回も食われればなぁ。
 そうして奥へ奥へ行くと、ああ、何という事だろう。
 その遺跡は素晴らしかった。
 自然の織りなす美しい水晶の剣山!
 鉱山!
 そして、その最奥にある、天井からの光が漏れてくる目も見張るほど美しい広場。
 なんと、泉まである。
楽園だ……。
 こここそ、俺の住むべき場所だ。
 今までの苦難は、全てここに来るためにあったのだ。
 俺はその洞窟に住む事を決め、せっせと準備をした。
 この洞窟全体が俺の家であると定めた。
 もちろん、魔物さん達から全ての住処を奪うほど俺は愚かではない。
 家畜と畑と家だけ結界を張り、後は必要な時だけ結界を張る事にする。
 水晶を、鉱物を採集し、畑を耕し、家畜を育て、武器防具を作る日々……。
 次第に賢くなった俺は、俺の家に続く通路をまやかしの術で見えなくさせた。
 これで人が来る事は永遠になくなる。
 俺の勝利だ! 
 はーっはっはっは。
 はっ家畜のえさの時間だ。
 そうそう、ここの魔物も可愛く思えるようになってきたのだ。
 彼らは案外悪戯っ子さんである。
 俺が作った武器や防具や道具や精製した鉱物を気にいり、持って行ってしまうのだから。
 あれはお前達には装備出来ないんだぞ。はっはっは。
 他にも、洞窟に物入れを用意して、そこに物を閉まっておくようになった。
 さすがに全ての洞窟内の部屋にまやかしの術を使う事はしないが。
 そして、五年の月日が過ぎた。
 まやかしの術は大規模なカラクリとなり、洞窟は要塞化していた。
 絶対に来られないような準備、見つかってもすぐに逃げられるような準備は完璧である。
 来るなら来てみろ、はーっはっはっは!
 そう自信を持って笑っている頃、その挑戦に応える者がいたのに俺は気付かなかったのだった。


「本当に、ここにいるんだな?」

「端末は確かにここにある」

 セズレイ、モアル、アリシアナ、ガルディ、カリス、そしてバルト。
 この6人パーティが、洞窟を見上げていたのだ……。



















実は、パタウッキが拾得物名乗り出ててんやわんやをしようかと複線撒いておいたのですが、無かった事になりました><
お待たせした方、すみません。笑って頂ければ幸いです。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハ―の夢を見る 6話 残虐表現注意
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/26 19:51
「まあ、そんな所だろうと思っていましてよ。むしろ事業を放り出さずに進めた事を褒めて差し上げましてよ。カートスとガイズを呼び戻して。私の右腕に任命しますわ」

 領主の館に戻ると、若干ちらかった書類の山。やろうとして出来なかったのだ。執務は三年分まるまる残っている事になる。手紙で連絡はしているとはいえ、そろそろ陛下に挨拶に行かなくてはならない。もう5年も顔を出していないのだから。
 いい加減、書物を作らないとならない時期でもある。
 まず先に出費を確かめると、予想外の出費をしていた。若干村の上層部が太っている。やれやれ、汚職だけはまともに出来るようね。
 領主の館に行くと、エルが子供を連れてやってきた。

「ほら、ダーク様、ルース様、エレーナ様、リーア様にご挨拶を」

「お母様、この方がリーア様……?」
 
 若干怯えた様子のルースとエレーナ。ダークエルフが、はにかみながらエルに縋りついて聞いた。その言葉はダークエルフ特有の言葉である。
 エルは勝ち誇った顔で私を見る。その服は、上等なもの。
 私は片眉をあげる。どうやらこの女、まだ立場をわかっていなかったようである。

「エスニア……? 貴方、本当に本当に族長の仕事をまともに出来ていましたの? 子供はダークが別人、公金の着服、ルースとエレーナの虐待、これでは教育も期待できないわね。せめてダークエルフ語、獣人語、共通語、帝国語の四ヶ国語の習熟と狩が出来るようにしておくように言っていたはずだけど。ダークはどこ?」

「ダークが別人? 何を馬鹿な。それに、まだ五歳にもならない子供だ」

 エスニアもわかっていなかったようである。その一方で、子犬達が帝国語でママ? ママ? といって私に纏わりつく。大きな子犬が、私に兎を捧げてくれる。よしよし、ルナはきちんと育てていたようね。

『リーアしゃま、ダークみつけまちた。エチュニアダークの事ちってまちた』

 そう、いい子ね、グート。

「あのね、二度目はないの」

「メラ」

 エルの片足が燃える。悲鳴と共にエルが倒れ、子供が潰される。
 怯えた子供が這いだすのを待って、もう一度放った。

「メラ」

「ミリーナ!」

 
 二撃と同時にエスニアが叫ぶ。エルの残った足が燃える。

「ぎゃああああああああああ!!!」

 私はカツカツと近寄り、ミリーナの片腕を踏む事で広げさせ、手を向けた。

「メラ」

 ようやく、エスニアが駆けよった。残りの腕は後一本。

「姫! どうか……!」

 エスニアが駆けよる。私は、にっこりと笑った。

「エスニア。貴方には何もしないわ。本当なら貴方も死刑なんだけど、曲がりなりにも私の夫ですものね。ただ」

 私はミリーナの顔を焼いた。右腕は許してあげる。

「醜くく変わり果てた妻を、それでも愛す事が出来るかしら?」

 やれやれ、ハーレムの主も大変である。
 具体的に言うと、手綱を取る辺りが。

「いい加減、私に逆らう事の愚かさを理解して欲しいものね。いいえ、私が甘かったわ。エスニア、今度やったら貴方の親しい者から同じ目に会ってもらうわよ。とりあえず、次は私の子の名を騙ったその子ね」

 呆然とするエスニア。
 そして、猛然とした勢いで書類を片付ける。
 ようやく書類整理が終わらせると、王都である。
 まったく、締めつけを行う時間すらないのだろうか。
 贈り物は十分用意できてある。
 色々忙しく働いている間にさくっと暗殺されかけ、さくっと返り討ちにする事五回。
 ようやく私は準備を終えて、王都へと出かけていった。
 子供は連れていくしかないか。政争まっただ中で置いて行った私が悪かったわ。
 王都に行くと、皆がざわめく。
 異形の子供達を連れて、とっぴなデザインの、見た事のない素材の服装をした女。もちろん、珊瑚も真珠もトッピングしてある蜘蛛の糸で織った布を使ったドレスだ。
 それが私。ふふふ。さらに! 自分の美しさには自信があるわ!
 そして、私は王と王子に謁見した。

「魔物姫。よくぞ参った」

「ご無沙汰していて申し訳ありません。どうかお許しになって」

「いや、構わない。しかしその子達は、一体?」

「私の愛しい子供と養子ですわ」

 私はいい笑顔で言った。ガタッと王子が蒼白な顔で立ちあがる。

「なんと。苦労してはいないか?」

「もちろん、領地を治めるのは大変ですわ。私の治世を認めない無礼者の手足を焼いたり、有力な方と契りを結んだり。今回は、色々なお土産を持ってきましたの。まだ、安定して産出する事は出来ませんが、せめてもの私からの心尽くしと思って下さいまし。私、やる気に燃えていましてよ。後5年で、見事迷いの森を平定して見せますわ」

「なんと……。猛々しい姫君よ。それがそなたの本性であったか。ははは、ルーファウス。お前にこの娘を御すのは無理というもの」

「ええ、私、支配者でいたい人間でしたの。女である私を領主にして下さった寛大なる王子には、深くお礼を申し上げますわ」

「子供達の顔を見せておくれ」

 げげん。

「あら。異形の子供達なんかご覧になっても、目に毒ですわよ。駄目ですわ!」

「そう言うな。兵士達よ。フードを取ってやれ。そっとな。怖がらせるでないぞ」

 むしろ、兵士達が怯えた様子でフードを取る。
 そして、怯えた顔を見せた。
 竜人、獣人、魚人、ドワーフ、ダークエルフ……そして、エルフのルースとエレーナを見て、止まる。
 その美しさに、驚愕しているのだ。
 王子が、ガタッと立った。

「そ、それは私の子か!?」

 私は、ニコリと笑った。

「父親が誰かなんて、保証できませんわ」

「それは私の子だ! 名は、名は何と言う」

 聞けよ、王子。
 陛下も目を丸くしていらっしゃる。

「ルースとエレーナ。「私」の子であり、私の領地の跡取ですわ」

 私にかなりのイントネーションを置いて話す。
 陛下は、ついに爆笑した。

「よい! ルースが領地を継ぐのであろう。ならば、エレーナは王族に嫁ぐが良い」

 えええええええええ。
 く……っ断る理由が見つからん。

「わかりましたわ。でも、誰を選ぶかはエレーナに任せたいと思います」

 必殺、丸投げ!

「ルースとエレーナの教育は任せよ。と言う事でこちらで預かろう」

 陛下の攻撃! 会心の一撃!

「親と引き離すなんて、あんまりですわ、陛下」

「まだ地盤を固めていないのであろう。王族の血を引くかもしれぬ子をそのような場所に預けるわけにはいかぬ。そのおどおどした様子、既に心に傷がある様子。ワシに任せよ」

 くっ王子はちょろいのに、陛下はなんて強敵なの!

「わかりました。ただ、これだけは御約束下さい。ルースとエレーナに王位継承権は渡さないと」

「了解した」

 今回はこれで満足すべきか。
 そして、私は贈り物を差し出す。主に王妃と、王太子妃に。そして、陛下と王子にも。
 真珠、蜘蛛の糸で作った布地、珊瑚、刀、剣。

「素晴らしいわ……」

「素敵……」

「何と美しい剣だ……」

「その剣は切れ味が良過ぎるほどいいので、扱いにはお気をつけて下さい。これが、私からの忠誠の証ですわ」

 そうして、恙無く迷いの森SUGEEEEEを人々の頭に刻みつけた私は森に帰ったのだった。
 帰ったらどうなっているだろうか。またクーデターが起きてたら泣いてしまうかも。






なろうの方でWEB拍手お礼、10個書いてアップしました(一つ外れでBLですが直接表現はないです。注意書きあります)。
良ければ覗いて見て下さい―。
リミットブレイク・オンラインで出ます。



[15221] 自分勝手な平和論 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/09/28 19:58

……能なし「アン・ソーサラー」は間引きされる。
 せっかく生まれ変わった私は、再度殺されようとしていた。
 私は必死にもがく。焦るばかりで、全く力は発現しない。わかっているのだ。
 私とお父様達は人種が違うんだって。けれど。出来なければ、私は死ぬ。
 だから、力づくでサイコキノに目覚め、石英を浮かせた。
 と言っても、石英を操れるわけではないので、ほんの少し浮かせる事が出来るだけ。
 だからこそ、私はサイコキノを自在に操れるようにならなければならなかった。
 公園で、盗み出した石英に必死に命令する日々。涙が出てくる。泣いちゃ駄目だ。石英が見えなくなる。集中が出来なくなる。
 そんな時だった。ジルグに会ったのは。

「おねぇちゃん、何をそんなに焦ってるの?」

 小さな少年は、私の手の内の石英を見ると、納得した顔をした。
 そして、手を握る。

「出来なくても、良いと思うよ」

「だってっこれがうまく出来ないと、私……っ捨てられちゃうの! 捨てられちゃうの!」

 前は出来るから捨てられた。今は、出来ないから捨てられようとしている。
 人生は、かくもままならない。

「じゃあ、僕が貰ってあげるよ」

 少年の当たり前の事を言うかのような言葉に、私の涙は引っ込んでいた。
 手を引かれるままに、ついて行く。
 男の人が、こちらに気付いた。

「ジルグ。どうした?」

「この子、貰った」

「貰ったってお前……お嫁さんって事か?」

「それでもいいよ」

「それでもいいって……」

 私は、おどおどと将軍を見上げる。
 男性は、心配するなとでも言うように私の頭に手を置いた。
 ジルグに会ってから、私の世界が変わった。
 事情を察したバルド将軍に庇ってもらい、ジルグを婚約者とする事で私の立場は確立された。
 感謝していた。
 後に、その少年が殺される役のジルグと知った時。救おうと決意するのは、当然の事だった。
 だって、ジルグは物ごころつくようになって、物事が理解できるようになっても、私を捨てないでいてくれるって知ってるから。
 私の力、本当はおかしいって知っているのに、黙っていてくれるから。
 私はジルグと研究にのめり込んでいった。
 6歳も年下の子供に縋ってるって陰口をたたかれているのは知っている。それは事実だ。

「ジルグ、私、ジルグを守れるくらいの女になるからね」

「期待しないで待ってる」

 そっけないジルグ。こんな小さい子供にときめくのは、きっとおかしい。けれど、私にはジルグだけなんだ。
 時が来て、ジルグと将軍の旅行に無理やりついていく。
 ジルグを守りたかった。
 犯罪を発見して、バルド将軍はジルグに私を守る様に言った。
 私は出来るだけ邪魔をしないように、ジルグの傍で息を潜めてついて行く。
 背後から敵が現れた時、私は銃で威嚇しながらジルグを庇った。
 でも、銃が撃たれる。私は、なおもジルグを後ろに庇う。

「ジルグ。撃って。貴方は私が守るから大丈夫」

「……駄目だよ、モイラ」

 ジルグが、銃を捨てる。


「好き勝手しやがって、この餓鬼が!」

……お願い。お願い! 小さなサイコキノでも、脳の血管をいじれば容易く殺せるはず。
――お願い! ジルグを助けたいの!

「死ね。死ね。私の為に死ね!」

私の意志の籠った言葉と共に、男は頭を抑えて倒れた。
ジルグが即座に銃を拾って男に止めを刺す。

「今のは……」

 ジルグが私を見上げる。私は、笑うしか無かった。
 
「ね、ちゃんとジルグを守れたでしょ?」

「泣かなくていいよ。大丈夫。早く終わらせよう」

 ジルグは、やっぱりそっけないけど優しい。
 普通、化け物って言うのに。今まで、私はそう言われてきたのに。
 その後、問題なく将軍とジルグは賊を倒した。
 
「ねぇ、ジルグ。私、アッサム国立士官学校に入るよ。石英を操る力はなくても、頭には自信あるし。毎日、手紙送るね。恋人の手紙は、誰にも見せちゃ駄目なんだぞ」

「ふぅん。浮気は駄目だよ」

「し、しないもん」

 そんな私達を、バルド将軍は微笑ましく見守ってくれる。
 大丈夫だよ、将軍。ジルグは、私が守る。絶対、絶対、絶対よ。
 



 学校に行ってから、私は手紙を何度も書いてはぐしゃぐしゃにした。
 そして、意を決して書き始める。一枚目に、前々世や前世で見たネタを。
 二枚目に、今考えたネタを。とりあえず、ゴーレムチート物を書いてみる。
 三枚目に、ネタが尽きたのでまたね。愛しているわ。と書いた。
 そして、また紙をぐしゃっとして、ネタが尽きたからさようならと書いた。
 ジルグには、普通の友達がいない。だから、私がジルグに教えてあげよう。年相応の、馬鹿な事を。
 ちょっとでも、笑ってくれたらそれでいい。
 そう、想いを込めて手紙を送った。
 返事が、「呆れた」の一言だった時は悲しくなったけど。
 そうそう、他の原作キャラにも会ってしまった。
 石英の場所を予知してしまって、興奮してここほれワンワンしていたら、手伝ってくれたのだ。
 石英は全部アッサムに行ったけどね。
 そんなこんなで、私は今、美形カルテットとバルト将軍とジルグと共に出かけている。
 どうしてこうなった。
 行き先? なんか私に一任されるらしい。
 どうしてこうなった。
 まあいいや、クルゾン海で泳ごう。

「そうだ、ねぇモイラ? 陛下から伝言があったんだ」

「なぁに?」

「あの本、出版して良い?」

 どうしてこうなった。
 
「それはちょっと恥ずかしいなぁ……。あれ、ジルグの為に書いたものだし」

「そうだ、魔法少女の話を聞かせてよ。マドカはあの後どうなったの? ホムラは?」

「何何、何の話だ?」

 私は、魔法少女物の物語を話して聞かせる。ついでに、オープニングとエンディングも歌った。

「汚れた欲望とその代償か……。悲しい物語だな」

「恋人を癒したいってのは欲望か?」

「欲望だな」

 そんな事を話しながら、あっという間に海についた。
 
「ジルグ―。砂のお城つくろっ」

 水着姿でシギュンと共に腕を振ると、鼻の下を伸ばす男共。
 その視線の先はもちろんシギュンだ。
 わ、私だってね……もうちょい育てば、と言いつつもう年頃だ。
 幼児体型のこの身が悲しい。
 二人きりの時に、ジルグに囁いた。

「ね、今度、一緒に旅に出よう。今度は、二人っきりで」

 目的は、宇宙船。あるいは基地。ここは、地球ではない。ならば、どこかに宇宙船があるはずだ。欲を言えば、基地や複数のゴゥレムも手に入れたい。

「……良いけど。本当に俺で良いの?」

「ジルグこそ。ジルグは知ってるでしょ、私が、その、能なしだって」

 ジルグは微笑んだ。

「関係ないよ。ねぇモイラ。もっと色んな事を教えてよ。モイラといると退屈しない」

 思わず、私は照れてしまう。ジルグが、頬にキスをした。

「とりあえず、今夜色々教えてほしいなぁ」

 今度こそ、私の顔は真っ赤になってしまった。こ、この早熟!



[15221] 自分勝手な平和論 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/01 21:43
 朝方。私とジルグは、二人で砂浜を散歩していた。
 こういう、静かな時間って良いなぁ。
 私が気分よく目を閉じた時だった。頭に、ノイズが走る。
 この映像は……!

「ね、ジルグ。来て。冒険しよう」

 そう言って、ジルグの手をぐいぐいと引っ張って、私は砂浜を移動した。

「どこまで行くの?」

「あの岩場」

「遠いね」

「行く価値はあると思うよ」

 そう受け答えしつつ、岩場に行く。私はジルグを呼んで、水に潜った。
 水に潜った先に、洞窟があり、私とジルグは海底洞窟の中へと入った。
 綺麗だった。
 石英が、天井に空いた小さな穴から漏れる光をキラキラと反射させて、とても綺麗だった。

「どうする? ジルグ。報告する? それとも、二人だけの秘密にしちゃう?」

「報告はするよ、もちろん。でも、もうしばらくここに二人でいようよ」

 二人、寄り添って歩く。洞くつ探検は、バルト将軍の雷で終わりを告げた。
 かなり探したらしい。
 その後、洞窟に案内したら石英探知機と言われた。
 今度もアッサムに没収かな。願わくば、ジルグに少し分けてほしい。
 私が帰ると、何か石英の見つけ方について尋問された。

「見つけ方って言ってもなぁ……勘?」

「アッサムで働かんかね」

「いやー、私、クリシュナ国民ですからー。将来はジルグのお嫁さんだしね」

「もったいない……。小規模とはいえ、二つ目も見つけて貢献してくれたのだから、君には何か褒美を与えるようにと言われている。何が良いかね?」

「ジルグに質の良い石英を少し分けてあげて下さい」

「他には?」

「えーと。じゃあ、旅行が好きなので、宿代優遇とか」

「旅費は全面的にこちらが出そう。また何か発見したら頼む。となると、お礼は賞金が良いかな」

「ありがとうございます」
 
 私はほくほくして学園に戻った。その後、私は休暇になると各国を旅行し、計五つの石英の鉱床を見つけた。
 一つは割と大きめだった。
 卒業時、真剣に各国から誘いを受けたが、私はどれも断った。
 私が卒業する頃、ジルグは学校に行き、私は旅に出たのだった。
 その間、私は複数の拠点を見つけていた。
 ジルグが学校へ行って初めての休み、私はジルグを誘って旅に出た。

「また、石英の採掘場でも見つけたのか?」

「ジルグ……お願いがあるの。これから見る物は、二人だけの秘密にして」

「へぇ? 可愛い婚約者のお願いなら仕方ないけど、お礼が欲しいなぁ」

 笑ってジルグが私にキスしてくる。ジルグは大分大きくなった。
 それは、ジルグの死の時が近づいていると言う証左でもある。
 
「いいよ。ジルグ。ジルグに全部あげる。でも、ジルグの全部を私に頂戴」

「……モイラってさぁ。なんで俺にそこまでメロメロなのかな? 将軍の子だから? モイラも崇拝したりしちゃってる?」

「ね。私って、どうして石英を発見出来ると思う?」

「……」

「私ね。予知能力があるんだ。未来を映像として見る能力。後は、ちょっと何かを動かす力。そんな強い物じゃないけどね。ずっと前に私が殺しをした時は、頭の血管を弄ってあげたの。他にもちょっと色々あってね」

「ジルグ、貴方は一九歳で死ぬ。将来性は、だから0。将軍の子なんて、何の意味も無いよ」

「遺産があると思うけど」

「あ、そっか!」

「……くっ」

 ジルグ、そこは笑う所なの?

「ま、まあ良いわ。とにかく、将軍の子だからじゃないの」

「じゃあ、同情?」

 鋭く私を見つめてくるジルグ。

「うーん。同情でここまで面倒な真似はしたくないなぁ」

「じゃあ?」

「今、こうしてジルグが普通に話してくれる事。それが理由だよ。私が石英を操る力を「持ってなくても」、不思議な力を「持ってても」普通に扱ってくれて、私を助けてくれた。能なしとか、化け物とか、一度も言った事無いよね。普通に扱ってくれる人がどんなに嬉しい存在か、ジルグなら知ってるよね。未来で、ジルグはそう言う人を助ける為に死ぬんだよ」

「……」

「ついでに、もう一つ。私とジルグって、種族違うよ。人間じゃないって言ったらいいのかな。アン・ソーサラーは大抵そう。昔、多分戦争か何かがあって、古代人は、滅びてソーサラーって種族にとってかわられたんだと思う。ううん、駆逐かな。ソーサラーと古代人が似ているのはどうしてかわからない。血が交わるうちに、似るようになったのかもね。わかるのは、古代人が遠い場所から来たって事だけ。……あ、最後に。ジルグを好きな一番好きな理由」

「……何?」

「美形! バルト将軍に似なくて良かったね!」

 数秒制止した後に、ジルグは大爆笑した。な、何。訳分からないんだけど。
 そんなこんなで、私達は洞窟についた。
 そこには巨大な石英があった。

「なんだ、やっぱり石英……何が埋まってる?」

「ジルグ、石英操るの得意でしょ。発掘作業しよう。これはね、宇宙船。古代人が、空を飛んでこの地に来た証拠。使えるかどうかはわからないけどね! ゴゥレムもあったよ」

「……古代人のゴゥレムか……いいね。興味が出て来た」

「でしょ? 私、ジルグのライバルにはなってあげられないけど、最強にはしてあげられるよ! ジルグは、好きな道を選んだらいい。私、人が言ってもらってるのを聞いて、凄く羨ましかった言葉がある。『どこにだって行けるし、何にだってなれる』これを、ジルグにプレゼントするよ。早死に以外、なんだって許容するよー」

「どこにだって行けるし……何にだってなれる……」

「さ、発掘しよっ」

 そうして、ジルグと私は駆け落ちした。わ、私は学校卒業待つよって言ったもん! 二人きりの採掘生活、楽しいです。



[15221] ある社員のバカンス(魔王のこうせき→マブラヴ)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/16 12:06
……参ったなぁ。
俺はマブラヴの崇宰家の次男に生まれていた。
どう考えても転送の儀式失敗です、本当にありがとうございます。
荷物の転送だけは成功して良かった。
しかし、並行世界がだだっ広い事は知っていたが、マブラヴの世界があるとは……。
どちらにしろ、ここで魔王の鉱石は取れないだろう……。
誰も見ていないのを見計らい、通信装置で、話しあいを行う。
ふんわりした魔力光が広がり、俺の就職している企業、「スコップ」のいかつい社長が沈痛な面持ちで話しかける。

「平坂君。こんな事になってしまい、残念だ。神々とも協議した結果、いくつか取れる選択肢があるので、どうするか聞かせてほしい」

 社長自らが出て来て、神々とも協議してくれた事に俺は感謝した。バックアップは期待できそうだ。

「一つは、帰還だ。今回の場合、バカンスと同扱いになる。申し訳ないが、社からの補償はもちろん出る。だが、本人への負担と産んでくれた両親への補償もかねて、一定の親孝行が義務付けられている。行方不明はいつまでも親が捜して可哀想だし、手段は転生となり、我が社が費用を負担する」

「ありがとうございます。他には?」

「うむ。二つ目。この世界に骨を埋める事だな。寿命をまっとうしても、きちんと転生はさせる。バカンスだと思いたまえ」

「随分殺伐としたバカンスですね」

「まあ、そういうな。その世界に興味があるとかで、無理なデータ採集さえしなければ、高額で日記や情報を買い取ると言う話が出ている。そこら辺は許可を得ている。ただし」

「ただし?」

「こちらの情報を無制限に手渡す事は禁ずる。決して他世界の事を悟られるな。そう言ったわけで、精神プロテクトが施される。人道的配慮から、記憶の削除は回避された」

「いいんですか? 記憶のロックはしておいた方が……」

「君は自己の判断で身を守る事が許されると言う事だ。精神プロテクトプログラムと共に、使用可能不可能のデータを送る」

 そして、俺の頭の中に多数のデータが入ってくる。

「相当自由度高いですね……。蹂躙は禁じられていたはずでは。それに、原作データも……」

「何。君というよりは、そちらの世界への、ささやかなプレゼントだ。君という不確定分子の流入で、その世界は助からない可能性が上がったのだから。それに、運命を感じないかね? ベータが地球に到着したその瞬間に産声を上げた事を」

 不器用にウィンクする社長に、不覚にも感動する。

「そういう事なら、有難くバカンスを楽しませて頂きます」

「ただし、君が得た情報や日記を本にした場合の売り上げは全て我が社の今回の損失に補填する」

感動台無し。やっぱり業務じゃないのかよ! まあ。でも。この世界を救う事が業務なら。やってみるか、なぁ。補償は規定上いっぱい出るし。
確かに、俺が産まれたのは1973年4月19日。ちょうどベータが到着した時に生まれた。
これなら、かなりの原作介入が可能だろう。といっても、00ユニットを完成させる術はなくなるから、夕呼先生が自力で思いつくしか無くなるけどな。
現在は、1978年。荷物が届くこの時まで生き残るのは義務だ。
五歳になって、ようやく様々な連絡や手続きが出来るのだ。
これ以前に死んでしまった場合は、諦めるしかない。その為、この時まで少し頭が良い程度の子供を演じて来た。
周囲の利発さが半端ないので、ちょっと調節に手間取ったが、まあ異世界文化で生まれる大変さに比べたら些細な事だ。
さて、勉強しますかね。医療装置や戦術機の知識など、色々興味深い物が沢山だから。
 こっちは草書が主体なので、基礎的な物でも学ぶ事は山ほどあるのだ。
 こちらは子供だからどこにでも入り込みやすいし、蔵書も充実している。
 自主勉強に励みますかね。

「……面白いか?」

 ある日、部屋で工学書を読んでいたら父上に聞かれた。

「いえ。特に」

 沈黙が落ちる。父上は、再度問う。

「けん玉とか剣術に興味はないのか?」

「けん玉よりはマシです。剣術は有意義なので別に時間を取っているではありませんか」

「わかるのか?」

「他の本も合わせて何度も読めば、なんとなく理解できるような気はします」

「ふむ。どれ、父が質問してやろう」

 俺はその問いに、当たり障りのない所だけ答える。それでも、父は満足したようだった。

「変わった子だが、勉学に励むのは悪い事ではない」

 というのが父上の判断だったようだ。
 その後、父上は俺の要望に応じて色んな研究機関に連れて行ってくれた。
 戦術機等のOSも直に見せてもらう事が出来た。いいのかな。無理強いしてないから、無理やりデータ収集には該当しないよね。あ、魔法の修練は諦めてる。ばれたら大変な事になるから、仕方ないよな。
 富嶽重工にも行った。
 へー。戦術機ってこうなっているのか。
 じーっとデータを見る俺に、親父は苦笑する。

「家でもこのような感じなのだ。ずっと難しい書籍を理解も出来ぬのに読んでいる」

「ははは、将来有望でございますな」

「父上。大体見て回ったので、次は知るだけではなく、自分で触ってみたいです。専用のパソコンとシュミレーターが頂きたく」

「我が子はこれよ! 大言壮語を吐きよる。おお、よいぞよいぞ。頑張るが良い」

 頑張りますとも。
 七歳。
一九八〇年になると、徴兵制度等が始まった。
 俺はそれらの時流になんら関係なく、パソコンに掛かりきりになった。
 もちろん、他の勉強も欠かすわけにはいかないので大変だ。睡眠時間を削るわけにはいかない。この身はまだ子供なのだから。
 父上がくれたのは、最新型のコンピューターだった。さすが父上。
 ところで色々問題があると言われているOSですが、一から作っちゃ駄目なの?
 作っちゃえ。ついでに便利な管理ツールも。
 いくらプログラミング知識とかは勉強してあるって言っても、戦術機知識については基本こっちの世界で得た物ばかりだから問題はないだろ。今回規制を緩くしてもらってるし。
 にしても、一つ一つ、書籍とかと格闘しながらだから、偉い時間が掛かった。
 この間にも、富嶽重工に足繁く通わせてもらっている。
 本当はこいつ理解してるんじゃないか? と危惧されてデータ公開を渋り始めた頃には、必要な物は学びきっていた。
 一九八一年。どうにか八歳の誕生日に、新OSを完成させる事が出来た。
 シュミレーターでも何回か試してあるが、今の所バグはない。
 出来としてはかなりの不満が残るが、初めて作るものだしな。
 CPUの改良案? 出来てます。現在の物をそのまま発展させたものだ。
 前の世界から持ってきた物じゃない。仕様違うしね。

「父上。試作品が出来ました。この後また多方面の勉強を頑張りますが、とりあえずこれで最近の勉強の評価として一区切りしたいと思います。取るに足らない物ですが、見るだけ見て下さい」

「おお。そうかそうか。では、富嶽重工の者に見せてやるとよい」

そこで富嶽重工へと向かう。そこの技術者が、どれどれー? とにこやかに見てくれた。俄然真剣になる。

「シュミレーターにはセットしてあるのですか」

「一応動きます。実機での実験はまだです。それと、CPUについては父上に頼んで実際に作って性能を見てもらわないと」

「試してみましょう」

「実用出来るほど凄いか、平峯の作は?」

「いえ、実際には使えません。全く新しいOSとその管理ツールなど……使っている暇がない。ですが、これは凄い物ですよ!」

 という事で実際に試して貰う。
 OSはプロトタイプ、即応、バランス、コンボ搭載の四つあったので、四回。
 テストパイロットがしばしの練習の後に動かしてみるが、俺のOSを使った機体がなんとか全勝した。でもプロトタイプなんかはかなり苦戦したし、パイロットの技量もあるし、全く新しいって事は信頼性とかもないし……。やっぱりCPUが小さいと、少しくらい荒技使ってもどうにもならんかねぇ。俺の技量不足もあるか。

「今の所、不可ってところかな。この程度じゃね。CPUが良くなれば多少の改善は出来るけど、俺のCPUじゃ、そこまで機能良くならんし。かと言って、CPUに腰入れすぎて今の年で人生の道を狭めたくないよな。あーあ! 失敗失敗! 要努力ってところかぁ。とりあえず、次は宇宙船の勉強でもしようかなぁ」

 気がつくと、皆化け物を見る目で俺を見ていた。

「崇宰様、平峯様は恐るべき鬼才でございますな」

「あ、ああ……平峯、戦術機の勉強はもうしないのか?」

「CPUがもう少し良くなるまで待ちます。五年位かなぁ」

「そ、そうか……励むが良い」

 三ヶ月後、CPUが採用されて、俺の所にもお金が入ってくる事となった。
 何故かあのOSも、採用された。こちらは正式採用ではないが、テスト導入という形だ。

「採用されちゃったんですか? それで死ぬ人が出たら不愉快ですし、継続して改良するしか無くなりましたね。あ、バージョンアップは無料で提供してもいいですよ。ただし責任はとらない。サポートはメールのみ、有料で対応にも時間掛かります。ヘルプも作らなきゃなぁ……。げ。勉強の時間大分削られませんか」

「お前がそういうなら、父に良い考えがある。来なさい、容保君」

「容保です。富嶽重工から参りました。家庭教師や、OS管理ツール「マリー」、OS「オンリーワン」の運営サポートをさせて頂きます。他のメンバーについては後ほど紹介いたします」

 あ、そう? 凄いな、父上。どっちが教える立場になるのかはわからんが、便利な事は確かだ。

「よろしくお願いします。容保先生」

「それでは、早速学力を測らせて頂きますね。その後、マリーとオンリーワンについて教えて下さい」

「うん、覚書は用意してあるんだ。それに色々追加するから、綺麗に纏めてほしい」

「かしこまりました」

 ヘルプ作成と、改良かぁ。CPU処理速度ごとにバージョンも用意しないとな。
 改良の手引も用意しておこう。必要なのは初期費用のみ! 後は全部無料です。
 ただし自己責任でってね。
 質問だけは金取るよ!



[15221] ある社員のバカンス 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/16 13:28
一九八二年。
 
「あーもう! オンリーワンから俺は撤退する。後任せた! 勉強する時間がガリガリ削られるじゃねーか!」

 なんか、その人だけのカスタマイズって所と完全国産、さりげなく女の子の案内するアプリケーションてのも気にいられたらしく、近衛で流行ってしまったのだ。
 無料という噂も広がり、余裕のある国家からジワリと浸透して行っているらしい。
 でも、当たり前だがいくつものタイプのOS作成は手間が掛かる。
 どんなに「マリー」が使いやすいようアナウンスしても、未知の言語に質問が出るのも当たり前。
 OS作成の手間だけでなく、質問や改善要求が山と来るようになってしまったのだ。
 一番多いのが、もっとスマートにならんのか。無理です。CPUが根本的にへぼいんです。
 でもまあ、全てのオプション……キャンセル・回避・先行入力・コンボ・自動戦闘を選ぶと、CPUが足りませんと出るから仕方ないよなぁ。
 好きなだけ改造しろい! とは言ってあるので、その内俺なんかより凄いカスタマイズをする奴も現れると思う……っていうか、現れていると思うんだけど。
 その知識を世界で共有するかは別問題なんだよな。
 各社、有料でひっそりと改良版を売っていたり、機密扱いにしたり、色々である。

「でも、凄いですよ。平峯様。日に日に凄い改善がなされて行くのがわかって、楽しいですよ」

「その度にバグ取りしてたらキリがねーよ! あーもう……今日はもう寝る。そんで明日から宇宙船」

 完全に言葉が荒くなってしまっている。イラついていたのだ。
 容保は残念そうに、でも引きとめずにいてくれた。
 ぐっすりと寝て心機一転すると、父上に頼んで様々な本を取り寄せる。
 メインはもちろん宇宙船だが、富嶽重工が融通してくれたので、いくつかの戦術機系の本や書類も読んだ。
 自分の戦術機を自分で作るってのもいいかもな……。
 まあ、まずは宇宙船だ。
 って言っても、既に十分な種類の宇宙船のデータはあるから、アリバイ作りの意味合いが強いのだが。
 宇宙船建造は、わりと多くの世界で行われているメジャーな技術なのだ。
 ちなみに一番メジャーなのは兵器。研究してない世界はないね!
 勉強の合間に、あんまりCPUの要求が凄かったんで、細々とCPUの改良案を投入。
 CPUの会社が育たなくなっても困るんで、そっと順番に会社にデータを送付する形を取る。

 一九八三年。
 ……。わりと期待してたんだけどね。やっぱり、宇宙でバカスカ撃ち合ってる世界には負けるわー。
 まあまだ二十年あるしね。二十年後には、素晴らしい技術が完成するんだろう。
 でも、今技術のテコ入れすれば、二十年後にはもっと素晴らしい船が出来上がるのでは?
という事で、巨大宇宙船計画出してみるかな。宇宙ステーションにもなるよって。
 設計図? 異世界の物を適当にそのまんま出します。さすがに技術格差は考えて出すけど。
 それとあれだ。衛星型レーザー兵器も。
 まだ十歳の子供の意見が聞きいれられる訳が無いか。
 とりあえず書きあげてパソコンに保存っと。
 さて、戦術機に移りますか。

 一九八六年。
 やはり戦術機全般となると時間が掛かる。というか、人型でないと行かんのか?
 多脚型攻撃兵器ベルモアシリーズじゃいかんの?
 兵器案出してみるか。
 それと、日米合同演習に連れて行ってもらえる事に。父上の権力パネェ。
 ちなみに勝負は巌谷大尉が勝ったが、そのまま「オーダーメイド」の話題にずれこませ、「そんな一握りの衛士しか出来ない超即応タイプより米軍の使ってたバランス・コンボタイプを使うべきだろう。常識的に考えて。米軍の選択は正しい。所で、俺の所のソフト使ってくれてありがとう。こんな物も作ってみたけど見る? 日本じゃちょっと予算でなさそうなんだよね。俺13歳だしさー」などと捻じ込んで勝負の事をうやむやにした。
 両方オーダーメイド使ってて良かった。じわじわ広まってるのは知ってたけどな。
 ああ、前線国家では使われてないです。これは当たり前。だって新OSなんて怪しい物、使えるはずがない。
 それはともかく、皆目の色変えて俺の作った兵器案を見てます。

「これはいくらで?」

「ベルモアは売り上げの1%を頂きます。衛星兵器は管理をきちんとしてくれるって約束、宇宙船はどしどし改良案出すつもりだから、受け取って認めてくれるだけで良いよ」
 
「精査してみなくてはわからないが、凄いな……。すぐに買い取るよう連絡を」

「ちょっと待ちたまえ、平峯君。それはまず日本で採用を検討すべきだ」

 俄然乗り気のアメリカ人さんと、慌てて止める巌谷さん。

「んーでも、日本だとベルモアの実用化が精々だし。宇宙船技術を売り込むならアメリカでしょ」

「待て待て、急ぐな、平峯。物事には順序という物があるのだ。ここは我慢して、手続きを待ちなさい」

「はーい」

 俺はぺろっと舌を出した。
 これで、F-15は正式に採用される事となる。
 宇宙船技術の代金という意味が強いが、満足だ。
 ベルモアシリーズだが、分解して各技術が戦術機に利用される事となった。
 ……うっかり高性能CPUの設計図をそのまんま乗せちゃったんだよね……。
 富嶽重工辺り狂喜してました。
 ベルモアシリーズのテスト及び開発は俺がする事となった。
 一三歳の子供が作った物をテストしてくれるんだから、まあいいか。
 出来れば作って丸投げって形が一番良いけど……。
 衛星もその技術が分解解析されつつ、実用化もアメリカがしてくれる事となった。
 さて、それがベータに効くかどうかが問題だ。

一九八八年。
 衛星、「ゼウス」が実用化された。
 ついでにアメリカが量産する戦術機が全て「オーダーメイド」の改良品となった。
 オーダーメイドについては、もう手を出さなくても良いな。各国、マリーもオーダーメイドもかなりのカスタマイズを加えているようだし。
 ゼウスだが、上空から、ピンポイントで光線級を狙ってすっぱり切断する事に成功。
 エネルギー充填の問題がある為、運用できる期間は短いが、問い合わせが殺到した。
 ベルモアの方も実用化出来て、前線でテストを行う。
 成功したのでこれも容保さんに丸投げ。
 それと、一五歳になったので任官した。
 誇らしい事に、あちこちからラブコールが来た。
 国連からの誘いにちょっぴり揺れたが、結局、帝国技術廠に任官する事となった。
 とりあえず、戦術機の新型作りたいな、新型。
 
「平峯君。ベルモアシリーズだが、凄いな! 対BETAに対してはやや力不足だが、サポート機能が素晴らしい。戦術機の盾となり、倒れた戦術機の元に救出に向かい、負傷者を運びだしてくれる。あれで生還率が20%も跳ね上がった! 死の8分を撃破したとすら言われているよ」

「ありがとうございます。でも今興味があるのは戦術機ですかね」

「君の作ったCPUとOSには素晴らしい物がある。期待しているよ」

 これについても、案はある。というか、兵器案だったら山ほどありますとも。ただ、バリア装置は一応可って出てるけど、さすがに思いつきようもない技術だから、不自然すぎるんだよね……。
 どこまで出すかな……。
 とりあえず、関節部用に新素材作りますかね。

一九九〇年。
 ようやく戦術機が出来た。
 半蔵と名付ける。忍者をイメージした機体だ。
 高性能CPUを駆使し、トリッキーな動きができるように設定した物で、まあ上級者向けかな。
 
「上空からの殲滅に適した機体って……光線級はどうするのかね」

「避けます。それ以前に光線級はゼウスに殲滅してもらう事が前提ですが。この機体自身、光線級を優先的に自動ロックオンするシステムです」

「な、なるほど……。避けると来たか」

「抜かりはないです。後関節部に新素材を利用しているので、高速機動どんとこいです」

「それは素晴らしい。それはそうと、アメリカから早くも輸入の話が出ているんだが、いいかね?」

「んー。アメリカ向けなら、多少改造入れていいですか? あそこは射撃専門でしょ」

「どんどんやりたまえ」

 許可が出たから、頑張ろうかな。



[15221] ある社員のバカンス 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/16 17:00
一九九一年。
 はい、半蔵ですが即分解されて次なる戦術機の糧となりましたよっと。
 せっかくアメリカの為のカスタマイズしたのに……俺悲しい。
 特許料はくれるって言ってるけどさ。
 宇宙船技術も、レーダーや自動デブリ排除装置が戦術機に転用されてたりしたらしい。
 もはや俺の評価は化け物です……。化け物ならちょっと無茶しても良いか。
ちょうど、来年はオルタネィティブ計画の3なのである。
 女の子達がいっぱい死んでいくのは見たくないよね。ちょっとした装置を開発しますか。
 大陸派兵では、ベルモアは大活躍したらしい。
 ベルモアは、常時群れと接続して情報を収集・学習して行く機能がある。
 今回の経験で、さぞ大きくなったことだろう。
 ベルモアを主体に開発するか。搭載するのは今まで技術公開を戸惑っていたバリア装置。
 オルタネイティブ3の兵士さんを救出・バリア内に匿って脱出を目指す装置だ。
 これは私費を投じて作り、ベルモアハイヴ専用部隊と名付け、帝国を通じてプレゼントする事に決めた。
 それに、ちょっとした隠し玉も搭載している。
 これだけ作ればいいよね。一年ほど休暇貰ってバカンスに行っていいですかと言ったら凄い勢いで怒られた。

一九九二年。
 オルタネィティブ3、スワラージ作戦が成功した。いや、失敗か。
 会話自体はしてくれなかったので、本作戦は失敗と言える。
ただし、ボパールハイヴは奪還されました。
 最奥まで辿りつく事が出来たので、AI的に人々を救うにはハイヴ破壊しかないと判断したらしい。
 隠し玉である超自爆装置を起爆。頭脳級を殺し、ハイヴを奪還。
 その後、BETA達が逃げるのを待って悠々と運びだしたらしい。
 お、俺はベルモアの成長に感動した!
 確かにハイヴ破壊の方法は教えてたけど、実践するとは思わなかった。
 ぶっちゃけ、最奥まで行けると思っていなかったんだ。
 自爆型ベルモアが頑張って壁をぶち壊しつつ進んだらしい。自爆型念の為に数作っといてよかった。
 ちなみに自爆型ベルモアにしかその情報は行かないようにしているので、情報が漏れる事はない。
 後はまあ、ベルモアが勝手に判断した事にしておこう。そこはそれ、プログラミングを改竄、と。
 その後、色々とハイヴの調査が行われ、頭脳級の破壊がBETAの離散を引き起こしたと断定された。
 
「ベルモアハイヴ専用部隊をライセンス生産したい? テストにちょうどいいから提供しましたけど、あれの技術は苦労したからばら撒きたくないんですよね」

「ハイヴを攻略したのだぞ、素晴らしい成果だ。それに、どの道ソ連が必死になって分解しているさ」

「わからなかったから打診して来たんでしょう?」

 にやりと俺が笑うと、上司は苦笑した。

「けれど、あれはベルモアから相当大規模な作戦だったと聞いています。ベルモアはあくまで補助。離散したBETAという問題もある。そんなに期待されても困るんですけどね」

「もう遅い。世界中が期待しているさ。帝国は既に正式採用を決定したし、アメリカからも国連からもせっつかれている」

「うーん……。ま、そこまで話が決まっているなら、俺が何か言える事ではありませんね。仕様書作っておきます」

「そうしてくれ。技術研修にも沢山来るから」

 うええ? 変な所突っ込まれたら反論できないぞ。だって本当はベルモア作ったの俺じゃないし。
 資料見て復習しておくかぁ……。
 十日後、ESP持ちまでいっぱい来た。

「ベルモアには助けられたから……お礼……」

「そうですか。それは光栄です。ベルモア達も、とても喜んでいるでしょう」

「ベルモアは……戦死した人がいた事を悲しんでいるように見えた……機械なのに……凄く一所懸命……」

「ベルモアは、どちらかというと人を助ける為の機械ですからね。ベルモアのAIを見ますか?」

 こくこくと頷く女の子。
 ベルモアに接続してプログラムを公開する。

「資料じゃないのかね?」

「ベルモアは成長しますから。既に20%はプログラムが増殖しています。もうしばらくしたら、調節しないといけませんね。ああ、やっぱりゴミデータが沢山入っている。削除しないと」

 俺がゴミデータと言ったのは、画像の山だった。
 助けた人達の、笑顔。
 助けられなかった人の、死に顔。

「……消しちゃうの?」

「何故か緊急時能力10%増の元となる事が多いデータですから、全部は消しませんが。基本的にゴミですから。全く、本当に必要な記憶以外は消すようプログラムしてあるはずなのですが」

 女の子が俺の袖を握ってフルフルと首を振る。

「緊急時能力10%増?」

「機械なりに、また笑顔が見たいとか、もう死なせないとか、守りたいとか。頑張るらしいですよ。あまり学習が進むと、助ける人の優先順位にくだらない友情とか紳士主義といった好みを介入させたり、壊れる際に他のベルモアに遺言残したりもするんですよね。誰を守ってくれーとか。だから定期的にメンテナンスが必要なのです。最初は十年毎、後は五年毎のメンテナンス予定でしたが、この機会にばっさり無駄データを削除してしまった方がいいかもしれません。メンテナンスの方法をお教えしましょう」

 うるりと来る研究者達。何か変な事言ったかな。
 まあいいや。俺はこれはいらない、これは使える、など記憶や収集データの大まかな物を選別して行く。
 さて消すぞという段階で、止められた。なんか研究者が泣いていた。

「私達は神ではない。神ではないのだ。記憶の操作など、やってはならない事ではないかな」

「はぁ……ロボットですよ?」

「ベルモア……死んだ私の友達の事、覚えていてくれた……覚えていて欲しい……」

「CPUを増設すればいいじゃないか」

 え。俺が悪人の雰囲気?
 仕方ないので、次の講義を始める。
 ベルモアをどこまで強化できるか、という事で研究者達は真剣になる。
 自爆装置やバリア装置、戦術機に利用できないかという話は当然出た。
 答えはYES。
 狂喜する彼らを落ち着かせて、一旦休憩。
 一人食事を食べていると、アメリカの要人が来た。

「バリア装置とは、素晴らしい発明だな」
 
「言っておきますが、バリア装置は無敵じゃないですよ。一定時間圧力を加えられると壊れます」

「その無敵じゃない装置で、多くの者が救われた。要は、ベルモアの救援が間に合えばいいのだ」

 まあ、そうだけど。
 
「ところで、この前添付したG弾についてどう思うね?」

 声を潜めての言葉に、こちらも声を潜めて答えた。

「あー。一発二発くらいならまだいいですけど、あんまり使うと地球壊れますね。緊急時に一発放つくらいが精々だともいます。かなり強力な兵器で、切り札としては有用だと思いますが……。通常兵器にはなりえないかな。核よりひどい」

「そうか……。ならば、君ならベータにどう立ち向かう?」

「んー……既に心情としては宇宙船で逃げちゃえって感じですかねー。現時点でも巨大宇宙船で食料生産や人々を避難させるのは有用だと思いますし……。オルタネイティブ3は方向性は間違ってないと思うんですよ。情報収集って言うね。ただ、情報戦にしろ殲滅戦にしろ、決定だが……あ」

「やはり例の計画について知っていたか」

「あちゃあ……。ついでに、米国案も知っていますよ。G弾での殲滅は無理でしょう」

「しかし、それでは人類に生きるすべがない」

「それは確かに。でも、この際言ってしまいますが、ベルモアがハイヴを探索した際、生体コンピューターらしきものを発見していましたね。要するに、人間の脳なのですが」

「そこまで知っていたか……」

「あそこがベータに繋がっているとしたら。人間ならば、テレパスが効きます。逆ハックも可能なのでは。そうなると、ベルモアが破壊した頭脳級……とでも言いましょうか。あれを生かしたままにする事が必要なのですが。私がG弾を使うとしたら、頭脳級の確保の為ですね。もちろんすぐに脳みそを使ってハックなんて真似は出来ないでしょうし、維持の手間が掛かるので、あまり手段としてはとりたくありませんが。この件に関しては、確か香月博士と霧山教授の研究が役に……立つかなぁ……。成功するかが問題ですよね」

「なるほど」

一九九三年。
 重慶に出来たハイヴにG弾が投下された。
 そして何故か俺もハイヴの調査に引っ張り出された。
 い、意味がわからないっ



[15221] ある社員のバカンス 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/16 18:46
 脳みそを前にため息をつく。
 どうすればいいって言うのさ……。

「逆ハックは出来そうか?」

「心を閉ざしてしまっています……。恐怖や痛みしか読み取れません……」

「完全な乗っ取りって出来ないの? 思考が出来ないなら操るのに好都合だと思うけど。こう、強力な思考を送りこんでさ」

「さすが崇宰家の子鬼ね。言う事が違うわ。思考が出来ないなら好都合とはね」

差し出された手を握り返す。

「私の事は知ってるでしょ? よろしくね」

「ええ、論文が不完全な事もね。脳みそは所詮一つですよ、香月博士」

「どういう事よ!」

「ご自分で考えて下さい。俺も専門じゃないし」

 俺もわからないし。貴方が言った事じゃないですか。異世界のだけど。

「あら、崇宰家の子鬼に専門は存在せず、あえて言うなら全てが専門って聞いたけど?」

「それは買いかぶりだな。で、あの脳みそは使えそうですか?」

「まだ研究は始まったばかりよ。少しばかり早まったわね。でも、やれるだけやってみるわ」

「そうですか。俺も尽力してみます。生きている脳みそは複数あるわけですし」

 残念だけど、数ある世界の中には、脳みそを弄る技術もあるのよね……。
 早速社長に頼んで取り寄せるか。
 頼んでみた結果、一度限りの使用という条件で送られてきた。
 早速試してみる。
 人がいない時を狙ったのだが、すぐに女の子達が起きて来た。

「な、何をしているのですか!」

「んー。さすがの俺も人に見られたくはなかったんだけどな。ちょっと残酷な実験って奴」

 脳みそに電極を刺し、色々とアクセスを試みる。
 ん。何とか取れた。00ユニット必要なかったな。
 俺はそのデータを保存すると、装置を爆破する。
 爆発音に兵士が走ってくる。
 手近な博士にデータを投げ渡した。

「ふぅ、疲れた。じゃあ俺、帰るわ」

「ま、待って!」

 引きとめる声に手をひらひらと振り、帰国した。
 その後、BETAに対する大攻勢が計画される事となる。
 まだ早いと思うけどなぁ。戦術機のスペック的に。

一九九四年。
 オリジナルハイヴ攻略計画があげられる。
 ありったけのベルモアを連れた国家総力戦である。

「どうしてこうなった」

「お前が警備計画を白日のもとに晒したからであろう。こうなれば、早い方がいい。オリジナルハイヴを潰してしまえば、やつらも警備計画は変更できまい」

「装備に不安があるのですが」

「数で押すさ」

 BETA相手に数で押すとは、言いおったな父上。

「私も、嫡男である平塚もこの戦いに行く事になる。お前は、我らが死んだら家を継ぐのだ。これからも励むが良い」

「そこは生きて勝って来て下さいよ。これだけ兵器作ったんだから、もう十分でしょう?もう隠居したいくらいですよ。将軍様が頑張れって言ってくれたらもう少し兵器作るのも吝かではありませんが」

「こ奴め」

 俺は小突かれる。
 一週間後。


「平峯。そなたの活躍、聞いております。これからも励むが良い。差し当たって、桜花作戦を成功させるのです」

「は、ははっ」

 父上、本当に謁見申し込むなよっ! そして将軍様も交代してまで受けるなよ!
 めちゃくちゃドキドキするだろ!
 あー……桜花作戦、是が非でも成功させなきゃな……。
 ベルモアの新兵器を急ピッチで量産させる。
 ベルモアは今まで、攻撃についてはメインが自爆という悲しい物だった。
 ベルモアの持てる小銃じゃ、要塞級などには歯が立たないのである。
 戦術機が食われるって時には気合でどうにかして引きはがしているが。
これはそれを解決してくれるのだ。弾数は少ないけど、実用に足る武器である。
 戦術機が、次々とハイヴに入って行く。その後を、大軍のベルモアが追従する。
 勝てよ……。

 勝った。止めはやっぱりベルモアの自爆。中々死ななくて、自爆機全部行ったらしい。これもう人類勝てるんじゃね?
 もう俺のやる事ないよね。ゼウスで光線級殲滅、ベルモアでハイヴ攻略と。
 なんかハイヴ攻略の際、ベルモアちゃっかり各国の武器装備させてもらってたし。
 十年もかければ、一掃出来るだろ。
 それはともかく、世界規模でベルモアのお葬式が行われて激しくうざいです……。
 なんか知らない間に、衛士や技術者達とベルモアの間に深い友情が発生していたらしい。まあ、じゃないとベルモア9割全壊、突入衛士9割生存の神割合は起きないか。
 という事で、ひと段落したから今度こそ休暇寄こせとねだった。受理された。
 やったね!
 という所で、緊急通信が社長から入った。

「魔王がそちらに向かったと言う連絡が入った。バカンスは終わりだ。繰り返す。バカンスは終わりだ。そちらの世界は魔王に抗する体力が無いと言う事で、繁殖待ちはしないでいい。でっかい魔王の鉱石持ち帰って来い。ボーナスが待っているぞ」

 イイイイイヤァァッホォォォォォゥ!! 待ってましたぁ!
 俺って偵察が主任務で基本狩りに回して貰う事って少ないんだよね!
 今回は俺一人で食い放題だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
 何の実りもないBETAの百倍やる気が出るぜぇぇぇぇぇ!
 早速ベルモアに俺以外護衛指示を出して、さりげなく世界各国で量産・配備されるようにしないとな!



[15221] ある社員のバカンス 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/16 21:16
一九九五年。

「父上。お願いがあるのですが」

「言ってみよ」

「ベルモアの新型の情報を無料で出すので、それを日本を中心とした広域の各町、出来れば一人一機を配備して欲しいのです。でないと、後悔する事になるかと。一年後の大攻勢の予兆を得ましたゆえ」

「何があると言うのだ」

「今はまだ言えません」

「……奏上してみよう」

 さすが父上、話がわかる。
 俺の名前はそれなりに強力だったらしく、国をあげてのベルモアや戦術機の大生産が始まった。それとは別に、もちろん間引き作戦やハイヴ攻略戦は並行して行われている。
 大体、ハイヴ攻略は半年に一度くらいのペースだろうか?
 俺は研究をすっぱりやめ、訓練に終始した。
 社長は救援が欲しければいつでも寄こすって言ってるが、手柄を渡すとか何それ笑う。
 今回は絶対に俺一人で倒す! そして激戦区に飛ばして貰うんだ。
 滾って来たぁぁぁぁぁぁぁ!!
 本気を出した俺の危機迫る訓練に、周囲は圧倒され気味だ。というかドン引き?
 どうせばれるから構わないけど。
 まあ、身体強化の術を使ってるから強いの当たり前なんだけど。
 んー。戦いの勘は大分戻ってきたかな。実戦迎えてないから、何とも言えないが。

一九九六年。
 俺は飛び起きた。武者ぶるいで体が震える。喜びに自然と口の端がつりあがり、歯をむき出しにして笑った。

『感じる、感じるぞ。小賢しき神めの兵の気配を! しかし、たった一人で何が出来るかな?』

 さっと服を着替え、武器である弓を構えて俺は『飛んだ』。

 亜空間からゆったりと出てくる魔王城。
 よし、よし、よしっ!!
 なんてことだ、こいつ魔王城付きだ! しかもでけぇぇぇぇぇぇ!! 芸術性たけぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 魔王城とはとんでもない量の鉱石の塊で、飾って良し、砕いて良しの逸品なのだ。
 日本じゃ一つを飾って後はぶち壊しちまってるが、これはその日本で発見された最も素晴らしい魔王城に収まるかもしれない!
 こいつを無傷で魔王のこうせきと共に持って帰れば、魔王勲章第二種も硬い!
 あ、やばい涎が!
 この場に社長がいたら、絶対により確実に魔王城を手に入れる為、増援を呼んでいただろう。
 渡さんぞ、手柄は渡さんぞー!

『……狂犬め。行くぞ』

「そりゃ俺にとっちゃ褒め言葉だな。行くぞ! サキュサキュサキュ……ザザクラックス!」

 魔王軍が、飛んでくる。
 嘘、だろ……?
これを、俺が……一人で迎え撃つ?











さいっっっっっこうじゃねぇぇぇかぁぁぁぁぁ!
喜びの余りぞくぞくして、気が狂いそうになりながらも、俺はどうにか矢を振り絞った。
 複数の鉱石を一気に矢にして放つ。
 それは多くの魔物を鉱石に戻し、俺の腰に下げた鉱石吸引機に吸い込まれて行く。

『なあ、魔王ウサギちゃん。そんな中に引籠ってないでよ、出てこいよ。楽しい楽しい食い合いをしようぜぇぇぇ』

『お前は神の兵の中でも特に下品だな。男と遊ぶ趣味はないのだが、仕方あるまい』

 魔王城から魔王が出現する。俺はその魔王の強大さに目を見張り、思わず涎を拭った。

『名を名乗れ、下卑た狂犬よ』

『平坂忠義。今世じゃ崇宰平峯って呼ばれてるなぁ。ご指名の際はぜひ平峯って呼んでくれよ。もしも俺があんたを取り逃したらだけどな、ウサギちゃん?』

『我が名はバルケイン。貴様も覚えておくが良い』

 俺は耳を疑った。魔王から名前を名乗られるなんて!
 ますますボルテージが上がる。

『そんじゃま、行くぜ。サキュサキュサキュ……ザザクロス!』

 魔王はそれを真っ向から弾いて見せた。弾いた先の魔物がけし飛び、その鉱石が俺の鉱石吸引機に吸い込まれる。
 そうでなきゃ面白くない。
 俺は舌なめずりして、新たな魔術を放った。
 戦いは一時間にも及んだ。
 なんか偵察機が周囲を回ったり魔物と戦ったりしているが、無視だ無視。
 そして、俺がバルケインに止めをさせると思ったその時、俺は背後から撃ち落とされた。

『兄上。手出しをして申し訳ありません』

『いや、助かった。弟よ』

「二人目の……魔王……?」

 ちぃっ直撃して意識が薄れていく。
 どうにか俺は、そこらを飛んでいた偵察機に捕まって手を吸着させ、意識を失った。
 次に俺が目を覚ましたのは屋敷だった。
 掛かり付けの医師や護衛が控えている。

「平峯様!」

 護衛の者が目に涙を浮かべて手を取ろうとするのを、すっと父が手振りで抑えた。

「平峯……いや、神の犬とやらよ。全てを話して貰おうか」

「父上……。いえ、そのような時間はありません。すぐに戦いに戻らなくては」

「ベルモアがその時間を稼いでいる。全てを話してから行くが良い」

 父の真剣な瞳に、俺はため息をついた。

「父上は、異文化交流に最も有効な方法はなんだと思いますか」

「話せ」

「それは、一度その種族の子供として生まれてみる事です。そうすれば、空気の成分の違いも未知の病原菌もある程度は無効化出来る。後は、仲間を受け入れる基盤を作ればいい」

 護衛が、父上が息を飲む。

「俺がここに生まれたのは事故でした。いえ……事故と言うよりも、この地の神の意志なのでしょうね。そこで、俺にはお役目が与えられました。親に産んでもらった御恩返しをし、有用な技術があれば無理やり出ない範囲で学べと。正直に言いまして、この世界には交流を結んでまで得ようとする物もなかったのです。すぐに帰還すると言うのは、産んでもらった恩義に反すると言う事で神に禁じられていましたし。ようするに、唐突に与えられたバカンスですね」

「バカンス……。お前にとってこの生は、バカンスだったと言うのか」

「ウィンウィンの関係ではいられたと思いますよ? 俺の所には戦術機の知識はなかったし、ベルモアシリーズの知識は役に立ったでしょう? でも、この地に魔王が現れた」

「魔王、とは」

「簡単に言えば、人間の女を浚って犯して繁殖する、殺戮をばら撒く生き物です。俺の一族は、魔王を倒し、その鉱石を持ちかえる事を使命としています。そういう生体なのです。俺の本能と言ってもいい。安心して下さい。魔王は必ず俺が倒す。仮に俺が倒れても、すぐに仲間があれを倒します。その後はすぐ帰還するので、この世界への影響は心配しなくても大丈夫です」

「神の犬と言っていたが」

「俺達には数多くの信仰する神々がいます。大半はただ見守って下さる神々、人とふれあえぬ神々ですが、その中に、積極的に人と交わり、導いて下さる神々がいます。その中の一柱が魔王退治に積極的なので、魔王はそう言ったのでしょう。もちろん、俺達一族は神から何か命じられれば全力で従います」

「神が……? そうか、神は真にいるのか……。ならば、何故救いの手を差し伸べてくれなかったのか」

「だから、俺が引き寄せられたのは多分神の御業ではないかと言っているではありませんか。目に見える神の鉄槌なんて行う神はほとんどいませんよ。むしろ、そのように積極的過ぎる神は人にも容赦なく鞭を振るいます。神々が人に下さる恵みは、導きだったり、ささやかな偶然という名の奇跡だったり、それぐらいだし、それぐらいが最も人間の繁栄の為になるのです。それに、神は人間だけの味方ではありません。例えば、日本とアメリカが争って、アメリカだけに力を貸したら「そんなぁ」と言いたくなるでしょう? 異星人同士の諍い事も、神から見たら同じ事。現時点で、十分ひいきを行っていると言えましょう。言っている事、わかりますか?」

「しかし……いや、そうか……。では、そなたの国と手を取り合う事は出来ぬのか?」

 俺はそれに首を振る。

「戦争中の国ですから。BETAが流入しても困りますし、正直何を置いても欲しいと言う技術もありません。我が国としては交流はしないと決定が出ています。ただし困っているようなので俺が多少の技術情報を流すのは良し。そんな感じですね。……役に、たったでしょう? BETAはもうすぐ駆逐できる、魔王は俺が退治する。それでいいではありませんか。では、もう行きます」

「待ちなさい。傷が……」

「道中で癒します。魔王軍が町を襲っているのでしょう? この地には魔王軍に耐える力はない。速攻で倒すように命じられています。父上、今まで育てて下さりありがとうございました」

 俺は空を飛んだ。
 食料等はこっそり貯蓄しているから大丈夫だ。
 しかし、父上に化け物だとばらすのは、袂を分かつのは辛かった。
 ……最後に、母上の顔を見たかったな。
 ……さあ。さあ。さあ。さあさあさあ!
 楽しい殺し合いをしようぜぇ、魔王軍!



[15221] ある社員のバカンス 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/17 13:04
俺はベルモアの発信を頼りに、魔王軍の現れた場所へと向かった。阿鼻叫喚。
 必死にベルモアが逃げ惑う人々を守っている。
 兵士達も既に投入されていて、必死に応戦していた。
 既に倒された魔物の鉱石が、俺の鉱石吸引機に吸い込まれて行く。
 俺はにぃぃっと笑うと、呪文を唱えた。

「サキュサキュサキュ……ザザクロックス!」

 流星の如く、魔物に魔力の矢が突き刺さる。
 空と人を抱えていて飛んでいた魔物が消えたことで、人が落下する。
 それをベルモア飛行型が救った。
 後に残るは、蠢く黒い影が、たった一つだけ。あえて残したそいつは……四天王!
 俺は魔力で刀を形作り、構える。

「さあ、二人っきりだ。楽しくやろうぜ」

「ゲゲゲゲゲッヒラミネか! いいぜ、やろうやろう! やろうやろう!」

 ごつごつとした黒い枝のような物が、一気に影から出て来て俺に襲いかかる。
 それをバラバラに切り、突撃する俺。刀を突き刺すような形に構えると、即座に刀は銃へと変わる。

「いっけぇ!」

 まるで柔らかいホースの内部を巨大なボールが通るかのように銃砲が歪み、銃砲の筒先から魔力が飛びだす。
 それは過たず四天王を貫き、巨大な鉱石に戻した。

「しまったな。名前を聞き忘れた」

 髪を掻きあげながら呟き、その格好よさに自分でぞくぞくした。
 ああ! 俺はなんて素晴らしい所に就職したんだと心から思う。
 ストン、と上空から降りると、手ずから四天王の鉱石を吸収する。
 これだけでも相当な大物で、同僚に羨ましがられる事は間違いが無い。
 さあ、次だ! 俺は空を飛んだ。
 一週間ほど、仮眠をとりながら一人で魔王軍を撃退した。
 仮眠を取っている時、声を掛けられた。

「ん……なんだ」

「平峯様……いや、平坂殿。緊急事態が起こりました。手を貸して頂けますか」

「……なんだ?」

「BATEが魔王軍と接触したのです。……BATEは魔王城を守る様に取り囲んでいます」

 俺は思わず笑ってしまった。そっか。そうかそうか。
 魔王は生物と認められたか。
 良かったじゃねーか、魔王に味方してくれる生物が存在するなんてな。あ、いや。機械か。
 機能停止じゃなくて、魔王への助太刀を選んだんだな。上等だ。

「情報サンキュ。十分仮眠もとったし、行くな」

 俺は立ちあがり、軽く体を動かして杖をクルクルと回し、構えた。
 よし。行ける。

「あっお待ち下さい! まさか、一人で立ち向かうつもりですか!」

「あったりまえだろ。そこに魔王がある限り、突撃あるのみ。大体の魔王軍は倒したしな」

 俺は飛空呪文を使い、空を飛んだ。
 悪寒を感じ、さっと避ける。今さっきいた場所を、銃弾が通り過ぎる。

「っどういうつもりだ!?」

 俺の護衛だった男は、硬い表情で俺に銃口を向けていた。

「魔王軍を通してなら、ベータと会話が出来るかもしれません。貴方には、是が非でも協力してもらわなければならないのです」

「異種族間に意志疎通の文字はないぜ? 利害の衝突すら考慮に値しねぇ。中にゃ利益度外視、理屈なんざしらねぇって奴らもいるからな。これだけ蹂躙されて、まだわかんねぇのかよ。そもそも、BETAはベルモアと同じ。へぼいAI持たせられただけの資源掘削機なんだよ」

「資源掘削機!?」

「結局、魔王もBETAもぶっ殺すしかないのさ。共存なんてありえねぇ。ま、共存できてもぶっ殺すがな」

 ヒヒヒ、と笑うと護衛は顔を顰め、それが本当の貴方ですか、と呟いた。

「異種族に意志疎通の文字はない……。私にはそうは思えません。少なくとも平坂殿は今まで、BETAを倒す手伝いをしてくれていたのだから」

「はっ! それが神の命で、溶け込むのが俺の仕事だったからな」

「いいえ。意志疎通は出来ます。……貴方が好んで狩っていた巨大な鉱石を、帝国は一つ保有しています。会談を」

「……ちっ獲物の横取りしてやがったのか。しかたねーな」

 男は、ふぅ、と息を吐き、俺はすとんと地面に降り立った。
 向かった先は、京都だった。
 おい。
 どんどん奥へと案内されて行く。
 おいおい……。
 そして、中には将軍様がいらっしゃった。
 マジかよ……。
 俺は頭をガシガシと掻いた後、思い切って平伏した。

「崇宰平峯こと平坂忠義、只今参りました」

「顔をあげよ」

 顔をあげると、微笑んだ悠陽様。
「将軍。このような化け物と謁見なさるなど、正気ですか」

「貴方は私を守る近衛。何故警戒する必要がありましょうか」

 ……まずったな……。さすがに将軍に近衛と断言されて、逆らう勇気はない。

「魔王を襲うのが習性と言いましたか。やはり食べるのですか?」

「……そのような物です」

 まあ、実際に食す事もあるから、間違いじゃないよな。
 悠陽様が差し出した小さな鉱石の山。
 一つを齧り、後は収納する。
 
「失礼」

 ハンカチで口を抑えてげっぷをした俺を微笑ましく見守り、小首を傾げた。

「もうそれでお腹いっぱいなのですか?」

「はい」

「しかし、如何に少食とはいえ、魔王を一気に狩ってしまっては食べる物が無くなるのでは?」

「魔王は人……おっと。人型を殺し、人型を犯して繁殖します。そう簡単に繁殖できる物ではありません。……そうですね。俺達は、いつも魔王を確保する為に必死です」

「そうですか。そのような状態なのに、親に恩を返す為にこの世界に滞在し続けたのですね。この世界への尽力、そなたに感謝を。……そもそも、この地で魔王の繁殖を待つ手もあったのであろう? その方法を取らなかった事、そなたに感謝を」

 優しくマイペースに語りかける悠陽。こういうタイプ苦手です。
 ……ちょいピンチかも。口を滑らせ過ぎないようにしないと。



[15221] ある社員のバカンス 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/17 22:55
「BETAとの意志疎通、そなたならば可能ですか」

「あー。俺も人型なんで。BETAは資源掘削機であり、BETAの所じゃ炭素生命体は機械って位置付で、BETAも作られた物なんです。だから、人間も生命体と認識できないんですね。炭素生命体は機械。この常識を覆す程複雑なAIを持っちゃいないんですよ。所詮資源掘削機ですから。恐らく、精々ベルモアレベルでしょうね」

「ならば、BETAを作りだした者は探せないのですか……?」

「見つけるのはすげー難しそうですね。もう滅びてるかも。BETAの繁殖は凄まじいみたいですから。ありゃ明らかに繁殖しすぎです。本当に資源が届いてるのかも不明ですね。そういう意味じゃ、ストッパーが無いって事で不良品です。一応、主と同じ生命体が繁殖している星では機能停止する様ですが。プログラムの書き換えは無理ってか怖いかな。繁殖力があり過ぎる上にネットワークが広いんでどういう結果になるか……。そういう意味でも、共存よりも絶滅させるしかない物ですね」

「魔王とも……?」

「ありゃ互いに兎とライオンの関係なんでどうしようもないです」

「そなた、どれくらいにどれほどの鉱石を食すのです? 他人の体を手に入れても、なお食さないと生きていけないのですか?」

「あー。俺らの生態については黙秘します。ただ、どんなに大変でも代替物を探すつもりもないもんで、食べなくても生きていけるように……とか、そう言った事はノーサンキューで。そういう生態だと思って下さい」

「例えいつか飢えても?」

「そんときゃそんときの奴らが考えますよ」

「先ほど、BETAがベルモアレベルと言いましたが、私には随分と違うように見えます。開発者の違いでしょうか。ベルモアは、そなたの種族が? それとも、そなたの種族が放浪する過程で手に入れた物ですか」

「あー。それも黙秘で。ただ、ベルモアは兵器ですからね。開発理念としては、自律兵器だからこそ、愛が必要なのだ、だそうです。でなければ、血も涙もない化け物が産まれてしまう。それに戦場は任せられないと」

 ベルモアシリーズの博士に言われた。「お前ら人間だから許されてるんであって、機械じゃったら即刻処分対象じゃから。人間と機械の差はそんだけでかいんじゃよ」と。あれはどういう意味だったのだろう……。
 まあ、俺みたいな奴らが戦場に投入されて、停戦命令出されても止まりっこないので、俺達が魔王相手みたいな玉砕殲滅戦にしか向いてない事は認める。

「兵器だからこそ、愛が必要……良い言葉ですね」

「ベルモアには酷だと思いますがね。優しい人間が戦場に放り出されているようなもんだ。まあ、機械だからどうでもいいんですが。……これだけ情報収集すれば十分でしょう。俺は一刻も早く魔王を倒さないといけません。四天王の鉱石を」

「仲間は呼ばぬのですか?」
 
「誰が手柄をやるか……やりますか。手出しは無用です。俺が死んでも代わりが来るので、まず魔王は問題ありません。BETAは皆さんの手でどうにかして下さい」

「うむ……どうにかします」

「は?」

「貴方は魔王を。私達は、BETAを。私達は、手に手を取って行けるはずですね?」

「あー。手出し無用にございます」

「共同作戦がなった暁には、四天王の鉱石とやらをお礼として授けましょう」

 すこし、得意そうにする悠陽様。なんというニンジン。

「ずるいですよ、それ……」

「魔王を倒したら、そなたは帰るのですか?」

「んー。一応、親孝行義務を果たせば帰ってもいいと言われていますが、今回のような場合の帰還って、恐らく俺達の崇める神様の心証が良くなりそうもないんですよね。苦労している両親や周囲を見捨てるのかーって。魔王を倒したら大人しく死ぬまで休暇取ります」

「……神はいますか」

「当たり前でしょう。……さて、俺が待てるのは一週間が限度です。通信機を渡すので、準備が出来たら呼んで下さい」

「滞在して行かないのですか」

「BETAの中心部以外にも魔王軍はいるはずです。それを探して殲滅してます。何より……体がうずく」

 だって魔力の塊である鉱石食ったからな! ちょっとむちゃだったかもしれん……。
 俺は、トントンと二段跳びに下がって窓から飛び降りた。箒で飛んでその場を離れていく。
 うー、話し過ぎたかも。
 大丈夫、意地でも世界って単語は出さなかったし。
 香月博士も、この世界では因果律量子理論を完成させなかったはずだ。
 パラレルワールドと異世界はまた違うし。
 名前と名字が同じだから、異世界って事はばれてたかもしれないけどな。
 魔王軍を殲滅しながら、ぐだぐだと考えて、その考えを頭を振ると共に振り払う。
 何も考えずに、魔王を狩ればいい。
 俺は、強力な気配が5つもする町へと向かった。
 四天王クラスがもう十数個も手に入っている。豊作である。

「来ましたか……ヒラミネ」

「ゲヒヒヒヒ! 罠に掛かった! 罠に掛かった!」

「引っかかったのではない……ですよね、ヒラミネ。貴方は、私達がここに集結している事を知っていた。知っていた上で来た。舐められたものですよねぇぇぇぇぇぇ!!」

 二体の魔物が掛かってくる。後ろに動く、三つの気配。
 俺は口角を釣りあげて、笑って応戦した。
 肩を貫かれる。俺は止まらない。
 足を貫かれる。俺は止まらない
 顔を殴られる。俺は止まらない。
 俺を両断しようと刃が迫る。それでも俺は止まらない。

「ビーっ」

 ベルモアが飛びかかってきて、代わりに切られた。もちろん想定済みだ。
 よってきたベルモアを盾に使いながら、俺は応戦する。

「ベルモアー!」

 お付きのベルモアが壊された市民の皆さんが絶叫する。

「ちっ壁になるのが遅い、役立たずめ。四天王ごときの攻撃を食らっただろ」

 俺はベルモアを踏みつける。
 市民の皆さんは、BETAより残酷な物を見たという顔で俺を見る。
 なんだよ、ベルモアは所詮機械だろうが。
 俺は応戦を続け、ようやく四天王を下した。

「ははははははははははははは!! 四天王の鉱石が5つ。たまんねぇな!」

 いそいそと鉱石を収納する俺。
 そこに、幼女がつかつかとやってきて、俺の頬をはたいた。

「さいてーよ!」

 そんな目に涙を溜めて言われても。








 一週間後、俺は戦術機達と合流した。何故か皆の視線が冷たい。
 ベルモアシリーズへの俺らの対応がばれた後はいつもこうだ。
 そして、女の子っぽい何かが俺に抱きついて来た。

「マスター! ベルモア00です! 香月博士に体と頭脳と名前を与えてもらいました!」

!?

 とりあえずベルモア00への心配の眼差しと俺への嫉妬の眼差しが痛い。



[15221] 出来れば僕達、母の跡を継ぎたい 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/12 23:24
出来れば僕達、母の跡を継ぎたい設定を改定しました









 近衛騎士フーリエは、名門出で実直、力も強かったが、馬鹿であった。ただひたすらに馬鹿であった。
 そんなフーリエの部屋に、悪友であるカズラが駆けこんできた。

「フーリエ! お前、俺と一緒に今日から冒険者になれ!」

 訳がわからず、フーリエは片眉をあげる。

「どうしたのだ、一体」

「来ればわかる!」

 フーリエは変装をさせられて、手を引っ張ってキャラバンまで連れて来られた。
 そこで紹介された双子の幼子に、フーリエは雷を打たれたかのようだった。

「どうか、例の物をお見せ下さい」

 カズラの言葉に、戸惑いながらもエルラドが短剣を見せる。しかし、それを見ずとも、フーリエには一目瞭然だった。フーリエの忠誠心は、王家にのみ寄せられている。その血を、フーリエが間違うはずがない。
 フーリエは跪き、一瞬の迷いすら見せずに忠誠の証を差し出した。

「あ、あの……」

「我らがお供させて頂きます」

 エルラドとエルディアは二人、戸惑った。
 短剣が何なのか疑問に思ったが、旅の一族が偉業を成し遂げ、力を持つ事はままある事である。これもその一端なのだろうか? 
 二人は自然、ハイドを振り返る。忠誠の証を差し出されたら、それを受け取らないという作法は存在しないのである。
 ハイドはしばし考えた後、彼らを受け入れる事に同意した。
 ここで戦闘になるのも面倒だし、二人を浚うのが任務というわけでもない。ディアトルテに来るというのだから、懐まで連れ込んでしまうのが一番良いように思えた。
 ……あまりにカモネギすぎて、不安ではあったが。
 そして、キャラバンは出発する。
 モルト―王国へ向かった。
 二人を追っていた貴族は、フーリエの突然の失踪で王子王女の脱出と、馬鹿だが強い護衛を得た事を知る。フーリエをどうこうできるのは、王族以外に存在しない。

「おのれ! ただちに王都にお連れするのが筋であろうに! だからフーリエはどこまでも阿呆なのだ!」

 こうなっては、手段は選んではいられない。
 王宮の暗部、闇の手を差し向ける。これは多少相手に悟らせる危険性をはらんだ行為であり、敵意ありと見られても仕方のない行為である。戦争になっても、双子は取り戻されなくてはならないのだ。
 ライド王子は病弱であり、隠されているが第二王位継承権のソワットはどうしようもない暗愚なのだ。庶子でもいい。まともな王位継承者がいると言うだけで、モルト―王国に見せる隙はなくなる。
 焦燥と共に、貴族は祈った。シャライア国を見守りし神子に。
 その頃、エルラド達はキャラバンに乗ってまったりと進んでいた。

「これから、モルト―王国を通る。モルト―王国は、どんな場所かわかるかい?」

「えっと……。色々作っている所、よね?」

 困った顔をして当り障りのないことを言うエルラドとエルディア。
 持っている情報は無いではないが、ひどく古いのだ。

「モルトー王国は、技術が非常に進んだ国だ。モルトーは技術、シャライアは魔術と言われるほどだね。それは、モルトー王国に降臨したという神ウガウティと、その娘、シェスティアに降臨せしセシュースティアの確執から由来する。彼らは自らの分野を賛美し、それ以外を否定した。父娘なのにね。だから、モルトーとシャライアは伝統的に仲が悪い。気をつけたほうがいい」

 二人はこっくりと頷いた。

「エルラド様、エルディア様。ディアトルテへ行かれた後、どうなさるのですか」

「どうって……」

 エルラドとエルディアは顔を見合わせる。
 
「ねえ、エルラド。忠誠を誓ってくれているのだから、言ってもいいのではないかしら」

「うん、そうだね。僕達は、母さんの跡を継ぐつもりだ。流浪の魔術師となり、子供を作ってその子供に技術を伝えていく。それなりに由緒正しい魔術師なんだ、僕達。ディアトルテでは、修行と素材の収集を行おうと思っている」

 フーリエ、カズラ、ハイドは耳を疑った。

「まさか、お父上のお血筋をご存じないのですか!?」

 フーリエが驚き、エルラドは短剣を出した。

「これ、父上のものなのか? よほど高貴な方なんだろうな。けれど、僕もエルディアも父上の子ではなく、母上の子。どれほど高貴な地位も、この身に流れる血には敵わない。我が一族はそれぐらいの信念を持った一族だよ」

「しかし、それではディアトルテに頼れる者は……」

「一応、各国に宛てはあるわ。死流に関わるのは縁起が悪いとされるし、どれも今でも通じるかわからないから、最後の手段になるけれど。ディアトルテで一番頼りになれそうなのはこれかしら」

 しゃらり、とエルディアはカバンからペンダントと古めかしい封書を出した。
 両方に施された、荒々しい鷹の紋章。
 
「これは、アルトバラン家の……!」

 ハイドがそれをそっと手に取り、驚愕する。

「ああ、残っているのね。よかったわ」

 エルディアは手を打ち合わせる。どうやら、死流の一派はそこそこ大きくなっているようだ。

「俺の家の本家だ」

「あら、だから貴方も旅をしているのね」

「へえ、偶然だな」

 ハイドの言葉に、エルラドとエルディアは頷く。
 フーリエとカズラは、心配そうに問うた。

「信用できるのですか?」

「心配はいらないわ。死流は生流の旅を最大限手助けするのが決まりよ。アルトバランが我が一族の血を引いている事を覚えていれば、だけれど。もちろん、長期滞在しようとしたら蹴り出されるのが前提だけど、少し滞在したりその国の事を教えたりみたいな援助はしてもらえるわ。そして、死流が生流を引き留めることは絶対に許されないの」

「死流? 生流?」

 ハイドが問う。

「一族の資格を持つ者を生流、資格がない一族の血縁を死流というんだ。基礎的な用語だから、分家といってもハイドが知らないってことはもう一族ではないのかな。このペンダント、効くと思う?」

「始祖の直筆の手紙とペンダントなら効力はある。というか、是が非でも欲しがると思うよ。縁起が悪いと言わず、ぜひ来てほしいな」

「どうする、エルラド?」

「ハイドの家だし、お話を伺うくらいならいいんじゃないかな」

「決まりだ。お二方も、それでいいかな」

「私はエルラド様とエルディア様のご意志に従います。しかし、一度お父上の所に顔を出されては、と愚考します」

「俺もです」

 フーリエとカズラが言うが、エルラドとエルディアは首を振った。

「数多くの一族が、伴侶、もしくは婿、嫁によって死流にされてきた。父上は一族ではないだろうし、しきたりを受け入れてくれる保証もないからね。戻るつもりはないよ」

「お父様に忠誠を誓ってくれているのに、申し訳ないけれど……。少なくとも次世代を育て上げるまで、会いにはいけないわ」

「ならば、お世継ぎを作られるまで、お伴致します」

「ありがとう」

 そうして、5人はキャラバンと共にまったりと進む。
 話しながら進む内、モルトー王国の最初の町が見えてくる。
 都市が、そこにあった。



[15221] こんなSS書いて欲しい3スレ目32レス二番目 五話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/12/15 22:22
主人公が何考えているかわからないという感想にはっとさせられました。
確かに、主人公目的が変わってたので改定させて頂きました。
微妙に変えてありますので、できれば最初からお読みください。
面倒くさいという方は、四話の最後だけ読んで頂ければオーケーです。














「あ、兄様。逆に相手から賠償金をせしめるとは、見直しました!」

「ふふふ、俺もやる時はやるのだ、ピニャよ。ところで今から世論を調べる、ジャマをするなよ」

 控え室でピニャにそう答えつつ、借りたノートパソコンをいじる。
 掲示板を見て絶望する。迷っている! 国民が迷っている!
 くそう、人が殺されていくさまを詩的にかつ臨場感たっぷりに話したことが原因か?
 だいたいお前ら、無辜の民が虐殺されてんの思いだせよ!
 これは煽らないと! 全力で煽らないと!











【この国】侵略軍に賠償金を支払うことになった件【おかしい】
1 直訴の名無しさん
 大虐殺される→街奪還する→相手王子乗り込んでくる→こちらが賠償金払うハメになる。拉致された無辜の民は戻ってこない。
 この国は一体どうなっているというの……。

2 直訴の名無しさん
 あれ? 確かにおかしい!
 
3 直訴の名無しさん
 おかしいじゃねぇよwww って笑い事じゃねぇな。撃ち殺せとは言わないまでも、どうして王子を拘束しないの?

4 直訴の名無しさん
 確かに、何が起こったかわからなかった。俺ら被害者だよな?

5 直訴の名無しさん
 疑問形にするな。一般市民が虐殺・拉致されたんだぞ。

6 直訴の名無しさん
 スパイが108人もいて、その国が攻めこんできたんでしょ? 国家反逆罪にならないの?

7 直訴の名無しさん
 戦争起こした場合はなる。今はテロだから……どうなるんだろ。確実にギルティなことは確かだけど。

8 直訴の名無しさん
 王子が言っているのはおかしい事だらけじゃねーか! おまいらしっかりしろ!

9 直訴の名無しさん
 ところで1って国会のIPなんですがwww 議員さんが立てたスレだったりしてww

10 直訴の名無しさん
 これから一体どうしたら良いの……。日本、奴隷になってしまうん?

11 直訴の名無しさん
 ふざけんな、あんな未開地の猿どもの下につくとか本気か? 人権の概念もない、科学もない。無辜の民を虐殺する害獣だ! つーかな、もう怪しいやつ片っ端から家宅捜索しろよ! 国を売り渡して虐殺事件を起こした売国奴が108人もいるってことだぞ! 奴隷だって、自衛隊に奪還させるべきだ!

12 直訴の名無しさん
 自衛隊の方ですか? 人権の概念もないとか、科学もないとか、詳しいですね。

13 直訴の名無しさん
 自衛隊がこんな考え持ってたら大問題だろ……。他国を未開地の猿とか害獣とか……。

14 直訴の名無しさん
 でも、家宅捜索は必要じゃね。マジで。今回は本気で侵略されたから、大問題。

15 直訴の名無しさん
 これって戦争なんだよな……。殺してるし、殺されてるんだよな……。

16 直訴の名無しさん
 おまいら悠長すぎ。いいか、王子の演説を一つ一つ解説して行ってやろう! いいか、まず演説の全文を載せる!

17 直訴の名無しさん
 1テラ必死すぎ。でもまあ、必死にもなるか。

 





 ふぅ、ようやく7割ほどを説得できたぜ。
 さらに他スレにも遠征して王子の悪行を広めておいた。
 俺はいい笑顔でパソコンを閉じた。
 
「どうでした? 兄様!」

「ああ、やはり賢い国民は気づいているようだ。だが、大半は気づいていない。このまま力づくで押し切れるかもしれん」

 キリッとした顔でピニャに向き直る。
 控え室でだいぶ待たされた後に、難しい顔をした菅原が現れた。もちろん、伊丹達も来ている。

「ああ、ピニャ殿下。殿下は先に戻っていて下さい。賠償金の件について大公殿と話がありますので」

「心配ない、ピニャ。先に行っていてくれ」

 菅原は椅子にどっかと座ると、長い長いため息を吐いた。

「……書き込みを見ました。何が目的ですか」

 俺はにこりと笑ってみせる。

「言っている意味が分からないな。俺はこの部屋で、何もしていない」

「……あんた、自分の国を滅ぼしたいんですか? 日本を利用して? 猿、害獣、絞りとるだけ絞りとって捨てるべき。自分の国の国民に対して、常軌を逸している言葉だ。何か、帝国で復讐したいと思うような事でも?」

 伊丹の言葉に、俺の表情が動く。

「何も。何も。ああ、特に何も?」

 笑ってみせる俺に、何故か菅原達が憐憫の表情を見せたことがたまらなく不快だった。

「何が唯一の穏健派だ。最も売国奴にして、最も過激派じゃないか! 日本はな、あんたの玩具じゃない。戦争は終わらせるぞ」

「ふぅん? まあ、別にどうでもいいが。一つ忠告だ。奪還作戦は早期に決行したほうがいいぞ。奴隷の存在をオープンし、そちらが価値があると認めた。すぐに父上に奪われるだろう。ああ、俺の正体を帝国に知らせるのと、使える駒を手放すのは同じ行為だ」

 菅原がぎりっと唇を噛む。

「後、国会の件では認識が甘かった。すまないな。落ち着けばおかしいことに気づいてくれるとは思うが、マスコミに編集される恐れもあるしな。今度演説する機会があればもう少しわかりやすく演説する」

「その前に殺されませんか?」

伊丹の言葉に、俺は首をかしげた。

「国を売るんだ、最初に死ぬ覚悟は出来てなきゃおかしいだろう?」

 その後、護送されて帰った。
 レストランは当然のごとく中止になったが、出前を取ってもらい、食べたかったものは食べたからいいか。
 んー、二億か。国家にこんなに日本円持たれて変なもん買われたくないんだよな。
 これで捕虜買うか。
 正直、自ら侵略しにいった奴らの身柄なんて知ったこっちゃないのだが。向こうに迷惑かけつづけるのもあれだしな。


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