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魔法を少々
   1

 薄い雲は空の高い所を霞め、冷たい空気が鼻の奥に刺さった。
 静かに吐いた息が左に線を引き、乾いた大気に解けていく。
「やっぱりこの場所からだとわかんないか」
 淡い色彩のダウンを着てワークパンツのポケットに左手を突っ込み、遠くを見るように目を凝らす。
「右手も冷えてきたし、さっさと終わらせたいんだけど」
 彼が立つ場所は高層ビルの屋上の一角。本来は立ち入り禁止であり、ドアに鍵と錠が掛けられていた。……数刻前までは。
鍵はドア自体が吹き飛べば全く意味を成すことが出来ない。
「法力無駄遣いしたくないし、場所変えよ」
 そう男が呟くと、この屋上から人は居なくなった。
高い風切り音を残して。
 
   2

「ねえ、エルトン」
「なんでしょうかミナお嬢様」
フリルが付いたドレスの少女の問いかけにまっすぐに伸びた背筋が映える燕尾服を着こなした老執事が返す。
「行き倒れよね。この人」
 少女は派手にひっくり返ったゴミ箱の横で倒れる顔面蒼白の男を指す。
「左様でございますね」
「さっきから少しも動かないわ」
「しかし彼の腹の虫だけは元気なようで」
「……そうね」
「左様でございますね」
 ここ近辺には先程からまるで近くを巨大な飛行機が飛んでいるのかと聞き紛うような音が男から発せられている。
「とりあえず車に押し込んどいて。このままじゃ通行の邪魔だわ」
「かしこまりました」
 白目を剥いた男をエルトンは軽く持ち上げ、胴が恐ろしく長い車の助手席に押し込む。
そしてリムジンの後部にミナは向かい、その一歩後ろをエルトンが付き添う。
「今日はもう戻りましょう、エルトン」
「学校側には既に今月八回目の法事と伝えております」
「流石ね。先生は何て言ってた?」
 ミナは上品な仕草で髪を耳にかけつつ、エルトンに問う。
「今年一三七回目の親族の方々に宜しくと仰っていました」
 よく手入れされた口髭を撫でながらエルトンは両肩を上げて返した。
「それはもうアレね。……完全にバレてるわね」
「完全にバレバレであそばされますね」
 そしてエルトンは後部座席のドアを開け、ミナが座席に着いた事を確認すると静かにドアを閉めた。
 運転席にエルトンは戻り、キーにエンジン点火用の法力を注ぐと、それに反応した燃料が燃え始め、胴長巨体で黒一色の車が動き出す。エンジン音はとても静かに。


 リムジンが抜けた豪奢な門の先にある庭はとても広大で、しかも手入れがよく行き届いている。
冬に咲く花々は凛として太陽を見上げ、丁寧に刈り入れられた木々は寒さをもろともせずに緩やかに揺れる。
「誘拐だああああ!」
 そんな落ちついた屋敷の情景と裏腹に、エントランスではちょっとした騒動が起きていたのだが。
「もー。落ちついてよ」
「内臓だけは、内臓だけはご勘弁を! いやまてよ。内臓が無くなればこの空腹からも解放されるのかもしれない! いや、内臓無くなったらおいしいものが食べられなくなるでしょうが! 渡さないぞ……断じて渡さないからな!」
 涙ぐみながら訴える男は、空腹と恐怖で腰が抜けたまま目の前のミナに訴える。
「そうね。エルトンお願い」
「かしこまりました」
 首根っこをまるで子猫の様につまみ上げられた男はそのまま屋敷の中に入って行く。
「本当にすみませんでした! 身ぐるみ置いていくんで命だけは」
 屋敷中に響く様な声を上げながら男はエルトンにどんどん奥に連れられていく。
「車をお願いね。あと食事も用意しておくようにメイドに伝えておいて」
 騒ぎを聞きつけた警備にそう言うとミナもエルトンを追いかける。
 エントランスには最高級の糸で編みこまれた絨毯が敷かれ、華やかなシャンデリアがつり下がっている。
 奥には緩やかな曲線を描く階段。さらに中庭へと続くガラスのドアには曇り一つなく中庭の中央で噴水が滔々と水を流しているのが分かる。
 まさに上流階級の中でも厳選された人間の豪邸と言っても遜色はないだろう。
 屋敷の数十ある部屋の中でも端に位置する部屋へとミナは向かう。
「やっと落ち着いたようね」
 客間では茶菓子を一心不乱に頬張る男の横でエルトンが赤いダージリンを子細な模様の描かれたカップに注いでいた。
「このお菓子すごくおいしいね! 全部もらってもいいの?」
「あんまり食べるとディナーが食べられなくなるわよ」
 呆れ顔でミナは次々と茶菓子を平らげる男の顔を見る。
 栄養状態が良くなさそうな顔に少しずつだが活力が灯って来ていて、男の顔色も良くなっている。
「それとあなたちょっと臭うから料理が出来る前に浴場で体を洗ってきてね」
 ミナはそう言うと、エルトンに着替えを持ってくるように指示を出す。
「すぐにご用意いたします」
 恭しく礼をしたエルトンは部屋から出てゆく。
「何から何まで本当にありがとう! ……バラバラにされると勘違いして騒いでごめんね」
 ミナは肩をすくめ、皿からクッキーをつまむ。
「あなたのおかげ学校サボれたしお互いさまよ」
 男は首を傾げ、菓子を食べる手を休めてミナを見る。
「学校は嫌なのかい?」
「授業なんて退屈なだけよ。既に学校で教わる分は全部勉強し終わったわ」
「賢いんだねー」
 唐突に褒められ、顔を紅潮させたミナは、照れ隠しにクッキーを小さくかじる。
「エルトンが教えてくれたのよ」
「あの人なんでも出来そうだもんねー」
 納得したかのように頷いて男は紅茶をすすり、一息ついた。
「自己紹介がまだだったね。俺の名前はシドだよ。よろしくねミナちゃん」
「こちらこそよろしく」
 シドの簡潔な自己紹介にミナは笑顔で返した。
「それにしてもすごい屋敷だ。父親は何かの社長?」
「そうよ、社長兼開発者よ。法力兵装具のね」
「法力兵装具?」
「まぁ兵器ね。この世は法力を使って機械を動かすでしょ? 法力だけだと小さい力しかないけど、それに機械や法力具を介す事で大きな力になるって事は知っているわよね。さっきの車みたいに」
「うんうん。じゃあ父親は法力を使って人を殺すために軍用に開発してるって事?」
 シドはしれっと普通の人なら怒り出す様な質問を投げかけるが、ミナは俯きながら首を縦に振った。
とりあえずぼんやりと今考えている分だけ載せます。

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