「創価学会・公明党批判」(5)
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「創価学会・公明党批判」(5)
宗教を語る時、日本人ほど大らかな宗教観をもつ民族は、他にないことに気付きます。我が家でも、朝、神棚に燈明を灯し、柏手を打って今日1日の無事を祈る。仏壇に線香を燻らせ先祖の霊に感謝する。
これが一般家庭の朝の習慣です。勿論最近の若者の家庭ではその余裕はないかも知れません。しかし神を祀り仏を敬う。神仏混淆の慣習は、日本人には当たり前のことで、不思議に思う事はありません。
創価学会が新興宗教であると指摘できるのは「財務」という方式です。創価学会では年1度(12月)、会員より「広布基金」(以下財務と表記)という集金活動を行っています。。
「財務」は銀行振込で行われており、金額は1口1万円から1万円単位、会員歴1年以上の者であれば資格が有り、義務があります。実際に一部支部や班では以下の指導をしているようです。
また創価学会では以下の財務コースが存在する。
それとは別に創価学会では『1.0運動』という毎日財務運動を行っていた。1.0とは一口財務(1万円財務)を無くそうという意味である。上記財務コースが難しい人には
という簡単なコースを設定し『それいけ55』では年間2口(2万円)『やったぜ300』では年間で10口(10万円)の財務を収められるようになっています。強制とは言いませんが、義務と言えるでしょう。
爺の菩提寺「法苑院・妙華寺」(浄土真宗)では、年5.000円の「お斉料」を納めることで「檀家」として墓地を維持できます。年忌法要等では「お経料」をその都度納め、先祖の霊を供養して頂きます。
新年正月「神社」にお参りして「お賽銭」を上げ、お札を頂くことで信者の一人として神を敬うことが出来ます。日本全国の神社・仏閣に参詣しても自由意思で、「お賽銭」を投じることで信仰が成り立ちます。
日本人は、世界の宗教「キリスト教」・「イスラム教」・「仏教」のような宗教観を持っていません。「仏教」が中国から入って来るまでは、神道が信じられてきました。「八百万の神」が存在していたのです。
日本の歴史は「神を信じる」ことから始まっています。神話として「天皇家」の歴史が始まったのです。もっと遡れば「邪馬台国・卑弥呼」という「巫女」時代から歴史の根源が有るのです。 熱海の爺
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