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 ダイヤモンドオンラインを読んだ読者の方から、「二重払い」について質問をいただきましたので、以下に回答します(2012年3月30日18時40分)。

 今回の原稿を書くきっかけとなった裁判例があります。賃金仮払いの仮処分にもとづいて使用者が支払った金員を本案訴訟において未払い賃金額から控除しなかった裁判例です。甲府地裁平成21年3月17日判決(労働経済判例速報2042号3頁)のT社事件です。

 以下判旨を引用します。
「ところで、賃金仮払仮処分は、その執行によって被保全権利(賃金請求権)が実現されたのと同様の状態を事実上達成することから満足的仮処分の一種とされているが、あくまでも本案訴訟による解決をみるまでの間の暫定的な状態を仮定的に形成するにすぎないものである。したがって、債務者が賃金仮払仮処分命令に従って金員を支払っても、それは、本来の賃金債務の消滅を目的として行われる実体法上の弁済とは異なるものであるから、本案訴訟においては、その仮の履行状態を考慮することなく請求の当否を判断すれば足りるというべきであり、賃金仮払仮処分命令に従って仮に支払われた金員はその後に清算の対象となるにすぎないのである。」

 じつは私は、この事件を1審判決言い渡しの直前から受任しました。1審判決(3名の裁判官による合議体でした)の判決書を私が受領しました。判決書を読んで衝撃を受けたことを今でも覚えています。仮処分で賃金を支払ったにもかかわらず、その賃金を控除することなく、解雇後から判決言い渡しまでの賃金を支払えとの判決が出るとは想像もしていませんでした。いわば給料の二重払いを認める判決です。

 私は仮執行宣言のついた判決が出たことを受けて、強制執行停止をするため、敗訴金額のうちの数割を法務局に供託しました。なお、2審は逆転で会社側が勝訴したため、この供託した金員は戻ってきました。

 この1審判決の考え方は私もおかしいと思います。しかし、私の知る限りこの問題について、確定した最高裁判例はありません。実際にこのような判決が今後も出る可能性がある以上、経営者の方に実情を知っていただくために原稿を執筆しました。

 ただし、この裁判例も「仮に支払われた金員はその後に清算の対象となる」とは記載されているので、使用者は不当利得返還請求訴訟などを起こして回収することになり、回収できれば理論上は二重払いになりません。この最終的には使用者が二重払い分を回収できるとの点について、記載しませんでしたので、誤解を招く記載をしたと思います。しかし、資力のない方から一度支払った金員を回収するのは非常に困難であり、一度仮払いで支払った金員は戻ってこないことが多いはずです。

 同様にご意見いただいた「退職勧奨」についても申し添えます。

 退職勧奨をすることについては法的に問題ないことは事実だと考えています。また、「ロックアウト型退職勧奨」についても、手法の存在を知らしめることに意図があり、決して推奨するものではありません。


 

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向井蘭 著

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向井 蘭(むかい らん)

 

弁護士。1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。狩野・岡・向井法律事務所所属。経営法曹会議会員。労働法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務めるほか、『ビジネスガイド』(日本法令)、『労政時報』(労務行政研究所)、『企業実務』(日本実業出版社)など数多くの労働関連紙誌に寄稿。
著書に、『時間外労働と、残業代請求をめぐる諸問題』(共著、産労総合研究所)、『人事・労務担当者のための 労働法のしくみと仕事がわかる本』(日本実業出版社)がある。


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