十九章 最狂最凶姉妹
「ココ先輩! 正気に戻ってください!」
「男は黙りなさい!」
ダークココ先輩は僕の話なんかまるで聞く耳を持たないようだった。やるしかないのか。その懐めがけて走った。とりあえず、なんとかして殴ろう!
だが、僕が近づくや否や、その前に『絶対守護者』の壁が現れた。
まずはこれをやぶる必要があるか――。
伝説の剣(仮)を握りしめると、力を集中させながら、そのバリアに向けて振り下ろした。くらえ、必殺の蒼炎の剣!
だが、それはバリアに当たったとたん、蒼い光を散らして消えてしまった……。
「お、おう……」
なんということでしょう。僕の最強技がこうもあっけなく……いや、今のはきっと集中が足りなかったんだな! 僕の真の力はこんなもんじゃない! よね?
どうせ、相手は防御しかできなし、もう一回やればいいさ。再び、剣を構えた。
と、そのとき――、
目の前のバリアが、光る壁が、こっちに迫って来た!
「なんだと!」
聞いてないよ、バリアのこんな挙動! あわてて後ろに下がった。だが、それはバリアの壁の癖に素早かった。そして、バリアの壁の癖に、こっちに向かって動きながら分裂しはじめた。そう、壁はまたたくにいくつものプレートになった。そして、僕はそれらに、あっという間に包囲されてしまった!
「『絶対守護者』アグレッシブモード! さあ、存分になぶってあげるわ!」
ダークココ先輩の高笑いとともに、それらは一斉に僕に向かってきた!
ドコ! バキ! ドカァ!
ぎゃあああっ! 痛い! 超板い痛い! バリアのプレートによる、波状殴打攻撃だ。まるで、たくさんの人によってたかってボコボコにされてるみたいだ。こ、これが「バリアで殴る」ということなのか……。
いや、でも、さすがにこのままやられっぱなしはまずい! 制服もどんどんボロボロになってくし、すぐにこれをふり払わないと!
「す、全てを焼き払え! 蒼雪炎舞!」
ぼー。周りに蒼い炎をまき散らした。
すると、プレートはすべてダークココ先輩のところに帰ったようだった。そこで再びドーム状の壁を作って、蒼雪炎舞の炎からダークココ先輩を守っている。
よし、とりあえず、リンチはやんだようだな。今こそ反撃だ!
もう一度、剣を携え、ダークココ先輩めがけて走った。くらえ、リベンジの蒼炎の剣!
今度は、炎はすぐに散ることはなかった。
ただ、それでもバリアはやぶることはできなかった。蒼炎の剣の刃はバリアの表面で止まったのだ。
くそ、まだパワーが足りないのか!
「うおおおおっ!」
腕に渾身の力を込めた。しかし、バリアはびくともしない。銀色の光がその表面に走る。
「おお、あれは、異なる力がぶつかったときに生じる光! 神闘気!」
なんか、後ろから少年会長の声が聞こえてきた……が、今はどうでもいい。ひたすら、剣に力を集中させた。砕けろ、バリア!
「……なかなかやるわね」
ふいに、バリアの中のダークココ先輩がにやりと笑った。
「でも、残念。私はもっと『やる』のよ?」
と、そのとたん、ダークココ先輩のバリアの形が変わった。ダークココ先輩の周りにドーム状に広がっていたそれは、またたくまに縮んで、前方、すなわち僕とダークココ先輩の間で、板状になった。そう、ちょうど蒼炎の剣の刃が当たっているところにバリアの光が圧縮されて集まって来たような形だ。これは……まるで盾――。
「『絶対守護者』、イージスモード!」
と、ダークココ先輩が叫んだ瞬間、その盾が爆発した! 僕は、すさまじい衝撃と熱風に襲われた!
「ぐあっ!」
僕は後ろに吹っ飛ばされた。痛い! それに、体が焼けるように熱い――っていうか、実際焼けてる! そう、僕の体は蒼い炎で火だるまだった!
「あちちちち!」
なんぞこれえ! 熱すぎるぅ! 地面に転がり、手足をじたばたさせた。制服がどんどん焼けていく。
「みじめなものね。自分の炎で苦しむなんて」
ダークココ先輩が、そんな僕を嘲笑っている。
「じ、自分の炎って、まさか、今の攻撃……」
「そうよ。私の『絶対守護者』は通常は攻撃を防ぐだけだけど、力を極限まで集中させることで、相手の攻撃を反射することができるのよ」
ぎゃあ。そんな反則技があったなんて! 聞いてないってばよ!
「この技がある限り、あなたは絶対に私には勝てないわね」
ダークココ先輩は、地面に転がっている僕の胸を踏みつけた。何度も強く。その青い瞳は、おそろしく冷たい光を帯びて僕を見下ろしている……。
と、そのとき、
「待って下さい、一之宮先輩!」
花澄ちゃんがこっちに走って来た。
「思い出して下さい! あたしたち、同じ学校の生徒じゃないですか! 戦う理由なんてないはずです!」
ダークココ先輩を説得し始めている。が、なんか、言ってることがおかしい。僕たち、元々美星杯ってので、同じ学校の生徒同士戦いあってた気がするんだが……。
「そこをおどきなさい、峰崎さん」
ダークココ先輩はやはり、聞く耳を持たないようだ。でも、僕の時とは違って、なんかこう、台詞にトゲがない気がする。まとっているダークオーラも心なしか、穏やかだ。これは……?
「お願いです、一之宮先輩! あの楽しかった勇者部の日々を思い出して下さい!」
いや、だから、花澄ちゃん、さっきから言ってることおかしいってば。そんな思い出ないってば。
「み、峰崎さん……」
しかしなぜか、心動かされてるようなダークココ先輩だ。
と、そこで、
「そうですわ、自分のやるべきことを思い出して下さい!」
花澄ちゃんの制服の胸ポケットから琴理人形が飛び出してきた。この人、姿が見えないと思ったら、そんなところにいたのか。
いや、でもこれはチャンスだ。ココ先輩は確か、琴理さんにはめちゃくちゃ弱かったはず……。
「はっ、そんなちんちくりんの人形風情が、私に指図するなんて、笑わせてくれるわ!」
なんと、ダークココ先輩、琴理さんを人形としてしか認識していない! ダメじゃん! 言葉届いてないじゃん! もうおしまいだあ……。
だが、その瞬間、琴理人形は何かひらめいたようだった。花澄ちゃんに小声で何かささやいた。なんだろう。花澄ちゃんはその言葉を聞いて「えっ」と驚いた。
しかし、ややあって、花澄ちゃんは何か決心したようだった。顔を赤らめて、すごく恥ずかしそうにこう言った。
「コ、ココ犬先輩! お願いですから、あたしの話を聞いてください!」
「な……」
たちまち、ダークココ先輩は胸がきゅんっとなったようだった。一瞬体を硬直させた後、恍惚の表情で頬を赤らめた。
「い、今、私のことを何と言ったの、峰崎さん?」
「コ……ココ犬先輩って……」
「い……いいわっ!」
ずきゅーん。ダークココ先輩のハートが射抜かれる音が聞こえたような気がした。彼女は、たちまち身をくねらせ、花澄ちゃんの足元に膝まづいた。
「も、もっと呼んでくれるかしら?」
はあはあ。吐息を荒げている様子は、まさに犬そのものだ……。
「コ、ココ犬先輩!」
「いいわ!」
「犬!」
「あはっ、もっとぉ!」
喜んでる。めっちゃ喜んでる。ダークなオーラもなんとなくピンク色に見えてきた。なにこの光景?
「峰崎君、今だ。彼女の体に力を注入するのだ!」
少年会長がこっちに駆けよってきながら叫んだ。花澄ちゃんは躊躇なく犬と化しているダークココ先輩を頬を殴った。
「きゃんっ!」
ダークココ先輩はそう鳴いて、身をのけぞらせた。
そして、
「もっといたぶって! 峰崎さん!」
鼻血を出したまま満面の笑顔でおかわりをおねだりしてきた……。
「わかりました! 全力で殴りますね! ココ犬先輩!」
花澄ちゃんはマジで容赦なかった。そのままダークココ先輩をボコボコにし始めた。しかし、殴られてもダークココ先輩は笑顔だ。鼻血が出ても笑顔だ。腹パンされて口から血が出ても笑顔だ。その制服がダメージでどんどんボロボロになっていく。
なんだろう、このシュールすぎる世界……。
ダークなオーラをまとったまま、犬と呼ばれて喜びつつ、殴られて痛そうながらも同時に恍惚の笑みを浮かべて頬を赤らめているダークココ先輩って何? 明らかに人類の理解の範疇を超越した何かだよ!
「深く考えないことだ小暮君」
気が付くと少年会長がすぐ隣に立っていた。
「彼女は元々、男に対してドS、女に対してドM、レズでロリで貧乳なうえに傲慢という属性山盛りのややこしい人物だったのだが、そこへきてあの闇落ちだよ。今の彼女は、属性の闇鍋状態と言ってもいい」
「属性の闇鍋状態ですか」
わけがわからないよ……。
「あ、お姉ちゃん、すごくかわいい顔してるー」
ロロ先輩も鉄塔の上からふわりと舞い降りて、僕のところにやって来た。
しかし、言ってることがこれまた理解できない。
「ロロちゃん先輩、あれのどこがかわいいんですか?」
「えー、すごくかわいいでしょ、お姉ちゃんのあの苦しそうな顔」
「え?」
「人間って、苦しそうにしているときの顔が、一番かわいいよね!」
ロロ先輩は、無邪気に笑って言う――って、なんなのこの人! さらっと、とんでもないこと言ってるよ!
「さっきの、お姉ちゃんにやられてるゴローくんの顔もかわいかったよ。死ぬほど苦しそうで。ロロ、誰かのああいう顔を見るの大好き!」
「は、はあ……」
やべえ。この姉妹、ガチでやべえ。どっちも筋金入りの変態だよ。社会的にアウトなレベルだよ!
「ゴロー君、地球のピンチが解決したら、また蒼い炎でみんなを焼いて苦しめてね。ロロ、みんなのかわいい顔いっぱい見たいの」
まさか、それで、僕のファンだったのかな……ハハハ。
犬扱いされて殴られて喜んでいるココ先輩といい、とんでもねえこと無垢な笑顔でさらっと言うロロ先輩といい、僕はもう乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
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