朝日新聞社説のバックナンバー社説のバックナンバーは、下記の有料サービスでお読みいただけます。 |
政府が消費増税を柱とする税制改革法案を国会に提出した。
消費税率を今の5%から14年4月に8%へ、15年10月には10%へと引き上げる。税収は社会保障の財源とする。
高齢化が急速に進むなか、社会保障を少しでも安定させ、先進国の中で最悪の財政を立て直していく。その第一歩として、消費増税が必要だ。私たちはそう考える。
しかし、国会でも、国民の間でも異論が絶えない。
まず、こんな疑念である。
■なぜ増税が必要なのか、なぜ消費税なのか
この問いに答えるために、国の財政の状況を整理しよう。
12年度の一般会計予算案で、歳出の総額は90兆円を超す。ところが、税収は42兆円余りしかないので、国債を発行して44兆円以上も借金する。
こんな赤字予算を続けてきた結果、政府の借金の総額は1千兆円に迫り、国内総生産の2倍に及ぶ。
財政悪化の最大の要因は、社会保障費の膨張だ。一般会計では26兆円を超えた。高齢化で医療や年金、介護の給付が伸び続け、国の支出は毎年1兆円余りのペースで増えていく。
多額の借金で社会保障をまかなう構図だ。この財源の「穴」を埋め、将来世代へのツケ回しを改めなければならない。
むろん、むだを省く工夫が必要だ。分野によっては、給付の大幅な削減も避けられない。
一方で、「穴」の大きさを考えると、医療や年金、介護の保険料ではとても追いつかない。ここは税の出番だ。
社会全体で支え合う社会保障の財源には、一線を退いた高齢者から、働く現役組まで幅広い層が負担し、税収も安定している消費税がふさわしい。
その際、低所得の人への対策を忘れない。所得税や相続税も見直し、所得や資産の多い人への負担は重くする。税制改革の重要なポイントだ。
■増税に頼らなくても、財源はあるはずだ
行政改革を徹底し、予算の配分を見直し、歳出を絞っていくのは当然のことだ。
この点で野田政権と財務省の無責任ぶりは甚だしい。昨年末には、整備新幹線の未着工区間の着工をはじめ、大型公共事業を次々と認めた。
消費増税の実現が最優先となり、与党から相次ぐ歳出要求に抵抗もせず、受け入れた。独立行政法人や特別会計にもまだまだメスが入っていない。とんでもない考え違いである。
ただ、歳出削減に限界があるのも事実だ。一般会計の教育・科学関係費や防衛費、公共事業費、国家公務員の人件費は、それぞれ5兆円前後。大なたをふるっても、多額のお金が出てくるわけではない。
特別会計や政府系の法人が抱える「埋蔵金」も、ここ数年積極的に掘り起こしてきた結果、次第に底を突きつつある。
10兆円を超す積立金を持つ特別会計がいくつか残っているが、それぞれ借金を抱えていたり、将来の支払い予定があったりする。活用しても、一時しのぎにすぎない。
■低成長が続くなか、増税して大丈夫か
エネルギーや環境、農業などで規制緩和を進め、新たな需要と雇用を生み出し、経済を活性化する努力は不可欠だ。
だが、「景気回復を待って」と言っている間に借金はどんどん積み重なる。リーマン・ショックのような激震時には見送るにしても、増税から逃げずに早く決断することが大切だ。
欧州の債務危機では、主要先進国の一角であるイタリアまでが国債相場の急落(利回りの急上昇)に見舞われた。財政は日本よりはるかに健全なのに、投機筋の標的になった。日本の国債は大半を国内の投資家が持っているからといって、価格下落と無縁なわけではない。
イタリアはマイナス成長が懸念されるなか、増税や年金の削減に乗り出した。フランスも、ユーロ圏ではない英国も、競って財政再建に着手し、国債への信用を維持しようと必死だ。
市場に追い込まれる形での財政再建は厳しい。
国債価格が下がると、新たに発行する分には高い金利をつけないと買ってもらえない。財政はいよいよ苦しくなる。
景気の回復を伴わない金利の上昇は、企業も圧迫する。給料が下がり、雇用が失われかねない。そんな状況下で、いま以上の増税が不可避になる。
経済学者でもあるイタリアのモンティ首相は「未来のために犠牲を分かち合ってほしい」と訴え、国民の支持を得て改革への推進力としている。
野田首相は「消費増税に政治生命をかける」と言うが、そのためには、国民が納得できる政策を示さなければならない。
私たちは目を凝らし、厳しく注文をつけていく。